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蛍大名・京極高次を語ろう

1 :人間七七四年:2007/07/13(金) 00:09:43 ID:hHJEd2W2
妻や姉のおかげでどん底から大名へと這上がった京極高次を語ろう。
姉松の丸、妻お初、弟高知、父高吉、母マリア、息子忠高の話題もOK

2 :人間七七四年:2007/07/13(金) 00:26:31 ID:pVKIQldx
戦国板初の2げと(∩´∀`)∩ワーイ

3 :人間七七四年:2007/07/13(金) 00:57:40 ID:2O34QFwY
(´∀`)さらば〜この世よ〜旅立つ船は〜檜造りの〜お棺〜♪
宇宙の彼方〜十万億土、戒名背負い今旅立つ〜♪
必ず盆に〜帰ってくると〜遺族の皆に〜笑顔で応え〜♪
この世を離れ〜極楽浄土、はるばるのぞむ〜阿倍野斎場焼き場〜♪

4 :人間七七四年:2007/07/13(金) 00:58:55 ID:B5TL+QB5
オヤジの京極高吉(佳)は、なかなかの人物だったよ。

5 :人間七七四年:2007/07/13(金) 02:32:14 ID:LLIV2uXH
何で蛍っつうの?

6 :人間七七四年:2007/07/13(金) 11:17:16 ID:ya7JNQhS
妻と姉の尻の光で出世したから。

7 :人間七七四年:2007/07/13(金) 12:52:40 ID:u6R5PVmU
>>4
ソース

8 :人間七七四年:2007/07/13(金) 15:32:00 ID:3hmbg4Tj
>>4
マジか?息子以上にダメ人間ってイメージだけど



9 :人間七七四年:2007/07/13(金) 18:33:13 ID:bFrTDwxN
京極て名前かっこいいな

10 :人間七七四年:2007/07/13(金) 18:54:51 ID:m4+kliJR
導誉の子孫とは思えんな

11 :人間七七四年:2007/07/13(金) 18:58:58 ID:bGRXpTlh
嫁さん+美人の姉とで十四光りか。
蛍大名の名のとおり周囲の妬みがすごかっただろうな。

12 :人間七七四年:2007/07/13(金) 22:45:45 ID:ya7JNQhS
関が原での小早川の裏切りはよく語られても、この人の裏切りはあんま語られないね。
勝敗を大きく左右した武将の一人だと思うんだけど。

もし西軍に与したままで、西軍が勝ってたら、
秀吉、淀殿の義弟、秀頼の叔父、松の丸の弟って事で
(小浜なんて問題になんないくらい)大出世してたんだろうか。



13 :人間七七四年:2007/07/15(日) 13:09:38 ID:lUKtdY5A
秀吉が死ぬときに、高次じゃなく妻のお初に知行を与えてるってのがな

14 :人間七七四年:2007/07/15(日) 13:57:36 ID:jrWwB87h
京極以外の足利家臣ってどんな人がいたの?

15 :人間七七四年:2007/07/15(日) 14:10:08 ID:wuOxpI9S
一色、六角、畠山とか各地の守護大名の一門が多いね

16 :人間七七四年:2007/07/15(日) 18:30:58 ID:i3sQ/A7i
本能寺の変の時に明智方につくと言う大物振りを発揮している。

17 :人間七七四年:2007/08/07(火) 14:18:35 ID:BTA1e32k
今更だが、京極は「高」が通字なんだな。

18 :人間七七四年:2007/08/07(火) 15:31:03 ID:qt7jlLDd
>>17
高は道誉以降だね
高も結構いるけど、足利将軍の偏諱を貰ってる人も結構いる

19 :人間七七四年:2007/08/18(土) 00:27:30 ID:gcoG0PSI
守護としての実権が完全に消えたのは高吉(高佳)の代から?

20 :人間七七四年:2007/08/22(水) 11:36:07 ID:opBAI1kD
小谷城の京極丸は豪奢な感じだったんだろうか?

21 :人間七七四年:2007/08/22(水) 11:43:31 ID:XNBtc9sA
結局幕末まで家を残したんだから凄いよね

22 :人間七七四年:2007/08/22(水) 19:08:19 ID:g8GLSiCc
残ってるのって弟の末裔じゃなかったっけ?

23 :人間七七四年:2007/08/22(水) 20:07:42 ID:kp5Mrk3T
明智軍に組しておいて大名として生き残ったってかなり珍しい気がする

24 :人間七七四年:2007/09/02(日) 01:58:12 ID:tsO7TnPo
>>23
織田政権下で高次同様に冷飯食わされてた武田元明(松の丸殿の最初の夫)も
高次と同じく明智方へついて、結局丹羽長秀に殺されてしまうんだよな。
で、松の丸殿との間の2人の男子も行方不明(一説には木下勝俊になった
ともいわれるけど)。

それを考えると、運もかなりあったと思う。

25 :人間七七四年:2007/09/02(日) 02:15:50 ID:NXWOd8fP
本能寺の後勝家の元に身を寄せてたみたいだね。

26 :人間七七四年:2007/09/21(金) 00:59:13 ID:EjXRgrwT
明智秀満と共に福知山城代を任されていた藤木権兵衛は本能寺のあと
どうなったんだろう?

27 :人間七七四年:2007/09/27(木) 03:10:31 ID:ppzTSM4W
>>12
しかし、何でまた突然裏切りしたんだろ?

28 :人間七七四年:2007/10/01(月) 17:07:34 ID:ythAeGTx
京極高次は三管領四職の京極道誉の子孫
関ヶ原の功で若狭一国を賜る(のち、出雲・隠岐)
弟・高知は丹後一国を賜り、京極家の威勢を回復させた

29 :人間七七四年:2007/10/02(火) 22:02:46 ID:5+dlyEdX
>>27
家康から大津城の修復費として銀を貰ってたんじゃなかったけっか?

30 :人間七七四年:2007/10/03(水) 18:52:48 ID:y6P67DG1
みんな知ってる?
若狭・丹後の国主になった高次・高知兄弟の実母は、両国の真ん中(丹後側の青葉山麓)に住み、
若狭・丹後の息子達の屋敷を交互に訪問したんだって。
この時期には両国の間に関所もなく、誰もが自由に行き来出来たんだって。
京極家に若狭・丹後が与えられた感じですね。
戦功からいって、最前線の激戦地で戦った京極高知の加増額が、あまりにも少ないし。
もともと10万石なのに戦後12万石でしょ。

31 :人間七七四年:2007/10/05(金) 22:32:29 ID:nFqZIdqR
>>30
京極高知に戦賞として丹後若狭が与えられたが
高知が兄に若狭を譲った(幕府に働きかけた)という説がある。
毛利家と吉川家みたいに。
高次の家は、後に出雲隠岐に栄転だから、幸運の家だね。
幕末まで変わらずあったら、雄藩まちがいなしだったのに。

32 :人間七七四年:2007/10/05(金) 22:34:33 ID:J+Jwef2m
太閤の義弟、将軍の義兄ってのはすごいよなぁ。


33 :人間七七四年:2007/10/09(火) 22:14:55 ID:hEYNXyGq
>>32
反対に京極家義の義兄(農民が)、京極家の義弟(土豪の息子が)のほうがすごい。

34 :人間七七四年:2007/10/09(火) 23:38:45 ID:HzIOTXP6
名門中の名門に生まれ、嫁のコネがすごかったというそれだけで・・・
大名のまま、のほほんと暮らせたんだからすごいなあ・・・・・
下克上の乱世も彼には関係なかったのか・・・・

出自の貴賎、コネというのが現実的にはどれだけ大切かを
教えてくれる見本のような人ですねえw

35 :人間七七四年:2007/10/10(水) 16:04:14 ID:PT9acWN1
出雲・隠岐は室町時代の京極家の守護国
尼子は守護代でしかないから

36 :人間七七四年:2007/10/12(金) 00:53:38 ID:nyZHFu19
>>35
だから、何?
ワカンネw

37 :35:2007/10/12(金) 16:10:03 ID:pcxBdQe1
ごめんごめん
京極家は徳川によって本来の領土が安堵されたといいたかった。
近江半国は井伊家だから貰えるわけないしなあ。

38 :人間七七四年:2007/10/30(火) 16:23:29 ID:R1BhFWYB
出雲、隠岐への加増転封の理由はなんだろうか?
大坂の陣かな?
もしや毛利が関係する?

39 :人間七七四年:2007/10/31(水) 19:16:04 ID:CrY7/l3z
かんぜんに毛利対策でしょうな
同じく徳川家と親戚の
小倉の小笠原家(旧・信濃守護)とともに挟み討ち
名家に挾まれると、さすがの毛利家も、かなり見劣りするよなあ
しょせん成り上がりの家だなあって
尼子には勝ったけど
京極は、その主家だから
よけいに嫌味だね
でも徳川って名家好きだねえ

40 :人間七七四年:2007/10/31(水) 20:42:40 ID:Fm0ZC0ka
まあ、先祖の旧領である出雲に戻れたことは幸運だな。

41 :人間七七四年:2007/10/31(水) 21:15:44 ID:xVtGx7mI
でも忠高に嫡子がいなくて減封されたんだっけ?
それでも、京極家は数家城持ちの藩がのこってるからラッキーなのか。

42 :人間七七四年:2007/11/01(木) 14:33:54 ID:C16B4HEZ
斯波、畠山、山名などに比べたらそうだね

43 :人間七七四年:2007/11/02(金) 10:19:57 ID:YS0aYfs4
忠高の甥が跡を継いだんだっけ。
しかし正室の初姫に子ができなかったのは、単に仲が悪かったからか?
初姫臨終の際、忠高は初姫そっちのけで相撲観戦に興じていたなんて逸話もあるし。
母親や姉妹達はたくさん子を産んでるのに、養母のお初同様姉妹で唯一子をなさなかったのね。

44 :人間七七四年:2007/11/02(金) 10:26:37 ID:lCxg6FCr
>>39
名家が好きというか名家を従わせる事によって徳川家・徳川幕府の権威を高めるのが狙いだったのだと思う。

45 :人間七七四年:2007/11/02(金) 20:38:44 ID:CMDDYHNJ
大津城篭城の評価ってどんなもん??

46 :人間七七四年:2007/11/02(金) 21:14:40 ID:2CTVsBQr
>>45 小説「難儀でござる」に描写されてたまんまだと思う。

47 :人間七七四年:2007/11/03(土) 01:05:14 ID:jbOEnnVR
昌幸と比べるとこいつの過小評価っぷりは泣けるな。
まさ真田が単なる過大評価なんだけどさ

48 :人間七七四年:2007/11/03(土) 09:01:11 ID:mXkCIMlf
>>45 いい人だけど無意味な篭城を続ける我が殿

49 :人間七七四年:2007/11/04(日) 18:10:21 ID:E1w9WRi7
おとうとの京極高知は戦功の割りに関ヶ原後の加増高が余りにも低過ぎだよね
福島正則と並んで最前線の激戦地で戦ったのに。
もともと10万石なのに12万石の2万石だけの加増でしょ、なぜ?。

50 :人間七七四年:2007/12/20(木) 17:17:33 ID:9/6cChNb
もっと早く降伏すれば西軍が勝っただろう。
後少し持ちこたえていたら、東軍一番の武功だったのに。
ある意味、かわいそうな人です。

51 :人間七七四年:2007/12/20(木) 17:48:01 ID:RGZKBvXk
弟の高知率いる部隊はは大坂の陣でも多くの首級をあげてなかった?
普通に猛将っぽいな

52 :人間七七四年:2007/12/23(日) 12:27:50 ID:86i/pNml
■■
■■ ←京極氏の家紋

53 :人間七七四年:2007/12/23(日) 14:03:34 ID:E/uhv7hO
>>50
石高が大きくなりすぎるといろんな大名に妬まれて
最悪因縁つけられておとりつぶしになったりする時代も後にくることだし
案外結果利口なのかも。

54 :人間七七四年:2007/12/24(月) 01:12:20 ID:mtwLHeij
>>50
同感、京極高知は猛将そのもの
たぶん福島や黒田並であったろうと思われる
三代で丹後国主から転落したのが惜しい
でも室町以来の名家だから高家にも一時期なっていたらしいよ
丹後国主家の分家は小藩ながらも但馬豊岡と丹後峰山の藩主だったみたいだね

55 :人間七七四年:2008/01/02(水) 03:41:48 ID:6UPAPqvV
黒田、福島と同じ最前戦で戦って戦功をあげたのに
10万石から12万石の加増はすくなすぎでしょ?
何で?

56 :人間七七四年:2008/01/03(木) 15:46:21 ID:HhmUl+Fp
□□
□□
京極氏は京極高次が近江大津6万石から若狭小浜8万4千石、ついで9万2千石の大名として出世し、さらに堀尾山城守除封後、出雲・伯耆24万石として御国司に昇格している

京極高知が信州飯田10万石から12万石へ加増。
一族併せて分封してる

57 :人間七七四年:2008/01/21(月) 15:29:49 ID:ddqxlboz
松江は忠高で無嗣改易→高和が名跡取立播磨龍野六万石、飯田→宮津の方は改易だね

58 :人間七七四年:2008/01/31(木) 02:40:13 ID:oH5Zwxko
鬼平の後ろ盾、京極備前のご先祖様ってこの御仁?

59 :人間七七四年:2008/02/02(土) 22:49:16 ID:gwIcLb5a
やはり京極家臣て室町幕府の遺臣が多いのかな

60 :人間七七四年:2008/02/18(月) 00:08:55 ID:hbUeZPHv
>>57
宮津(丹後藩)は宮津藩、舞鶴藩、峰山藩に三分割された。
宮津藩のみ改易。
>>58
峰山藩京極家の当主です。
>>59
佐々木一門や近江の古族の子孫が多いです。

61 :人間七七四年:2008/03/02(日) 14:30:32 ID:TpXY61RP
ありがとうございます

62 :人間七七四年:2008/03/04(火) 22:44:44 ID:NS7NRYr/
今は河川改修工事で規模が縮小されてるけど、京極高次が築いた若狭の小浜城は名城ですね。
完璧な形で残っていたら彦根城にも匹敵する城じゃないかとも思う。
彦根城天守閣も京極高次の大津城天守閣を移築したものらしいですね。

63 :人間七七四年:2008/03/06(木) 22:45:23 ID:xxijU8mj
オバマもそう思う

64 :人間七七四年:2008/03/22(土) 16:21:52 ID:xicWn5Ai
小浜市が真剣にオバマを応援しているのは面白いね

65 :人間七七四年:2008/04/10(木) 15:29:54 ID:cDUcZIDb
高吉は兄に追われ尾張に逃げてるんだっけ?

66 :人間七七四年:2008/04/14(月) 22:49:15 ID:CIQwX+3X
この人の子孫で一番有名なのはおそらく峰山藩主京極高久だな
後の鬼十字ことサムライスピリッツ零のラスボス兇國日輪守我旺である

67 :勘定奉行根岸備前守鎮衛:2008/04/14(月) 23:24:22 ID:hDwu5Bpj
峰山侯京極高久(次位の閣老、少老)が鬼平の後ろ盾だったというのは池波正太郎の創作。実際はとくに後ろ盾だったことはない

68 :人間七七四年:2008/04/15(火) 09:33:31 ID:moe9kbPy
立花・元康の一万五千がいれば西軍全壊回避できた事考えても
両川を落とした黒田・脇坂以下を絡めた藤堂より重要だよなぁ

結果的に東軍版真田昌幸となって関が原を決した訳で
今後再評価を受けると嬉しい所

69 :人間七七四年:2008/04/19(土) 13:13:14 ID:2r1rXhcM
西軍の立花が関が原の主戦場に配置されていれば
西軍はもっと粘れたと思う。

70 :人間七七四年:2008/04/26(土) 22:08:59 ID:y3ixAq5Q
どうでもいいけど、現京極本家の当主夫人は
三笠宮百合子妃の妹だったりする。
相変わらず閨閥が華やかな一族だ。

71 :人間七七四年:2008/04/30(水) 22:56:17 ID:ipOto7eX
400年経っても尻蛍か…

藤堂家も今頃
政財官の派閥を調子良く渡り歩いてんのかね


72 :人間七七四年:2008/05/19(月) 15:03:55 ID:58MwdcDB
尻蛍って言ってもな 滅亡同然からあそこまで盛り返した高次は大したもの。

73 :人間七七四年:2008/05/21(水) 22:57:04 ID:IKWDgv3C
スーパー源氏蛍

74 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 23:40:23 ID:9tFTgqja
>>72
大したものです。
さらに出雲隠岐に出世した京極家はスゴい。出雲隠岐飛騨は京極の旧領でしょ?。

75 :人間七七四年:2008/06/11(水) 18:09:29 ID:nMSf9oQM
京都・四条に京極どうりがあるが関係あるのか?

76 :人間七七四年:2008/06/11(水) 19:35:17 ID:0xVOOJrr
>>75
京の端っこにあるから「京極」

あと注意しておくけど京極通り(どおり)な。「どうり」は日本語として間違ってる。

77 :人間七七四年:2008/06/11(水) 19:38:23 ID:0xVOOJrr
ついでに言うと京極氏は、京極通りに屋敷があったから「京極」と呼ばれた。

78 :人間七七四年:2008/06/20(金) 18:39:41 ID:fT4CuHPP
>>76
正しくは京都の東の端だから東京極大路
西の端が西京極大路。
一条大路は北京極大路ともいえ
九条大路は南京極大路ともいえるな。

79 :人間七七四年:2008/07/10(木) 14:50:55 ID:qrLcA8Ki
西京極は現代でも名前が通っているけどね

80 :人間七七四年:2008/07/21(月) 13:11:00 ID:3P3tUmGW
このように見てくると藤孝と同じ名門の京極高次が何ら朝廷の保護を受けなかったことも肯ける。
たしかに高次は姉に豊臣秀吉の側室松の丸殿、妻の姉妹に淀殿、徳川秀忠の正室小督を持つ名門だが行きがかり上東軍についた覇道側の人物であり、二条尚孝の日記には「大津の事笑止の沙汰有り、物騒迷惑」この上ないと記載されている。
しかし西軍一万五千を大津城に釘付けにした功績は大きく、戦後、家康は高次を召し出し、若狭小浜八万五千石、ついで九万二千石にしている。
いわば、覇道のシンボルのような生き方とも言えなくもない

81 :人間七七四年:2008/07/31(木) 18:46:17 ID:9inqfoS7
>>79西京極球場?

82 :人間七七四年:2008/08/08(金) 03:54:54 ID:OKKRHKRa
戦国武将でこいつが一番好きだという変態は俺だけで良い。

83 :人間七七四年:2008/08/09(土) 17:47:43 ID:18B4PnWF
お初さんって可愛いよな

84 :人間七七四年:2008/08/12(火) 06:30:10 ID:iWfyHGdS
京極さん好きなので人気出て欲しいです

85 :人間七七四年:2008/08/29(金) 15:27:03 ID:4WKmmxid
>>83 肖像画ありましたっけ?

86 :人間七七四年:2008/09/10(水) 22:52:06 ID:3XT+PJXV
なんで高次のおくさんだけ当時それほどでかくない京極に嫁いだんですか?
姉と妹は当時の天下人と最大クラスの大名に嫁いでるのに

87 :人間七七四年:2008/09/10(水) 23:16:52 ID:q4JQeDWc
>>86
妹だって最初はw

まあ、京極さんが長生きして、添い遂げちゃったのが原因かと。

88 :人間七七四年:2008/09/15(月) 17:28:25 ID:OWusfQjo
浅井家に居た頃の高次公とお初さんは面識あったのだろうか。

89 :人間七七四年:2008/09/25(木) 11:30:45 ID:sBcal3XT
その辺りは想像と創造の域を出ないな
京極がぶっちぎりの名門だということは間違いないんだから
次女が勝ち組だろ

90 :人間七七四年:2008/09/27(土) 17:19:09 ID:RLhIldZS
名門の息子なのになんか親しみやすくて可愛いげがあるな京極高次っていう男は。

91 :人間七七四年:2008/10/13(月) 17:23:26 ID:AqBNljS+
408年前の今日大津攻城戦開始

92 :人間七七四年:2008/10/13(月) 20:01:35 ID:8grONAxi
京極家なんて鎌倉の評定衆やら
室町の侍所別当輩出してるから
並の守護大名とは格が違うよね

93 :人間七七四年:2008/10/14(火) 14:58:25 ID:lrPJ6FDD
初代婆娑羅みたいな雰囲気すらあるしね

94 :人間七七四年:2008/10/15(水) 18:26:49 ID:Hhq+JGDP
京極兄弟(高次・高知)って、どっちも貴族とか名家の生まれって感じの人じゃないよね。良い意味で。
両方好きだけど。


95 :人間七七四年:2008/10/15(水) 20:51:11 ID:V9bqqnpx
逆に言うと、そんだけ落ちぶれてたんだろうかな

96 :人間七七四年:2008/10/16(木) 00:01:57 ID:XVGcC3yT
そういう貧乏臭い(落ちぶれた)エピソードって伝わってるの?

97 :人間七七四年:2008/10/20(月) 00:28:56 ID:ZD/8RBGc
親父は生活困ってるのに「百姓でのお前なんかに娘やらん」って
一度断ったり信長と義昭で最終的に実利ある織田より義昭についたりしてるし
幕府の名門のプライドだけは保持してた模様
(時勢を見る目がないともいえるが)
まぁそう考えると貧乏しててもあまり貧乏くさいエピソードないかも
親父の教育方針がこういう感じだったら

98 :人間七七四年:2008/11/07(金) 17:41:26 ID:38M6vzg/
名門生まれにしてはずいぶん数奇な一生だよな高次。
面白い人物なのにイマイチ注目されないなあ。残念。

99 :人間七七四年:2008/11/22(土) 14:20:04 ID:/HuUjrDj
四職がメジャーじゃないんだよね。山名宗全以外。

100 :人間七七四年:2008/12/06(土) 13:51:27 ID:bxQ5xhVn
赤松満祐は有名だけどね

101 :人間七七四年:2008/12/24(水) 15:16:40 ID:dn0kSmmf
京極持清は土一揆の時 山城守護を兼ねる侍所頭人だったけど 手も足も出なかったみたいね。

102 :人間七七四年:2009/01/02(金) 16:38:15 ID:+TH0kA7y
>>86
姉も嫁いでない。最初は妾として喰われただけ

103 :人間七七四年:2009/01/03(土) 23:55:29 ID:2YBVeM51
竜子の娘って細川で引き取ってたという説があるが・・・

104 :人間七七四年:2009/01/15(木) 20:37:23 ID:vK3O/6/q
竜子って確かものすっごい美人だったんだよな。

105 :人間七七四年:2009/01/21(水) 17:06:41 ID:xVmYe4f+
蛍大名の方が、土下座大名よりはよほどマシだろう。

106 :人間七七四年:2009/01/21(水) 21:38:24 ID:s8+evIZ0
来週の日本史サスペンス劇場では妻が主役。
予告でも情けない駄目夫に描かれてました。

107 :人間七七四年:2009/01/24(土) 23:51:46 ID:q/6MmqGT
実は女房が夫に化けて南奥羽を切り取った伊達政宗の方がよほど蛍大名なんだが。

108 :人間七七四年:2009/01/26(月) 20:58:40 ID:59hs+iX5
大河主人公最有力候補だと思ふ

109 :人間七七四年:2009/01/27(火) 01:18:39 ID:2cDvJkIf
お市の方と浅井長政の遺児三姉妹

長女茶々は秀吉がウマーだけど、
妹ふたりも秀吉が大事に嫁ぎ先を選んであげてます。

次女お初は、浅井の旧主で従兄弟でもある京極高次へ
国人大名浅井氏は旧主京極家を小谷城京極丸に庇護
高次兄妹は京極丸生まれ、浅井三姉妹とは年代居城を同じうし
幼なじみの可能性あり。

三女お江は織田家の名門家臣で信長の甥、佐治一成へ
小牧長久手後、豊臣秀勝に再嫁するも秀勝文禄の役で客死
のちに秀忠に再々嫁。

110 :人間七七四年:2009/01/28(水) 20:10:31 ID:xvcftuQw
今テレビでやってんな

111 :人間七七四年:2009/01/28(水) 21:26:37 ID:EMjtbtNB
感動した

112 :人間七七四年:2009/01/28(水) 23:28:43 ID:72HKVONJ
情けないダメ夫・・・っていうイメージではないんだけどなあ俺は。
バカにされながらも大舞台で手柄を勝ち取った・・・ってドラマチックな人だと思うんだけど・・・。
この人って一般的なイメージはあんまり良くないのかな。

113 :人間七七四年:2009/01/29(木) 00:04:01 ID:vFQdvneh
大津で15000釘付けにできたのは大きいよな。
開城したとは言え東北で上杉を足止めした最上、九州で一暴れしら如水に匹敵する軍功だと思うよ。
家康も似たような評価した訳だし。(尤も近江30万石を辞退するんだがww)

114 :人間七七四年:2009/01/29(木) 08:12:34 ID:g29orYge
ボンボンだが、泥水啜りながら必死に生き残った人って感じで
寧ろカッコイイと思うが、流行らないタイプ・主人公にはなれないタイプだとは思う

しかし祖先は婆娑羅でやりたい放題だったのになぁ

115 :人間七七四年:2009/01/29(木) 09:39:36 ID:rXqCrl09
長期籠城した挙げ句に勅使がやってきた細川幽斎のような開城の仕方があるだけに
この人のダメさが際立つのが可哀想。
まー攻手が勇猛な立花宗茂なら仕方がないけどな。

116 :人間七七四年:2009/01/29(木) 10:02:23 ID:9QVEmjj0
寛政(寛正かな)年間くらいだと思うけど、京極氏の家来で
琵琶湖最北の菅浦の代官に松平益親(近江松平氏)ってのがいますが、
安祥(安城)松平2代親氏の子供なんすかね?高次とはスレチでスンマセン。

117 :人間七七四年:2009/01/29(木) 10:07:07 ID:9QVEmjj0
スンマセン。親氏は初代で2代は泰親でした。

118 :人間七七四年:2009/01/30(金) 03:04:53 ID:bCutkXgV
>>112
決してダメ男ってことは無いと思うんだけどね。
うまく勝ち馬に乗れない感はあるけど。


119 :人間七七四年:2009/01/31(土) 20:24:35 ID:/f2+V+m1
日本史サスペンス劇場のおかげで京極さんに興味がわきました。

120 :人間七七四年:2009/02/01(日) 00:55:01 ID:T+YnKX8t
日本史サスペンス劇場で竜子の話もやってほしいなあ

121 :人間七七四年:2009/02/08(日) 23:35:01 ID:D+q6PcO3
>>113
本当に辞退したんだろうか?。
また最前線で戦った高次与力大名の高知の加増額が、福島らに比べて少なすぎる。

122 :人間七七四年:2009/02/20(金) 15:05:12 ID:/VAr+jRc
若狭を貰っただけのような気がする

123 :人間七七四年:2009/03/10(火) 15:38:14 ID:ZXdRiKbF
高次はうまくやった。

124 :千石船:2009/03/16(月) 22:16:42 ID:EBs8Z2RW
敦賀・小浜の湊を含めた若狭・越前敦賀郡の領有を許された京極氏は
旧領の近江湖北を貰うよりも良かったと思う。
湊で金が入る割には石高が低いから軍役も少ないし。

125 :人間七七四年:2009/03/21(土) 17:37:39 ID:CBLQK1vv
でも兄弟で、丹後若狭という近畿周辺の国を続けて賜るというのは
徳川家康から凄い信用されていたんだろうな。
数ヶ国知行というのは池田氏並か、それ以上だろう。
さらに京極高次の子孫は出雲・隠岐・石見に加増転封だろ。
出雲なんか室町期の京極氏の本国じゃん、凄いよ全く。

126 :人間七七四年:2009/03/22(日) 18:42:20 ID:vbzrDbYH
そうなんだ?
京極家の本国って近江じゃなくて出雲なんだ
勉強になりました

127 :人間七七四年:2009/03/22(日) 19:53:17 ID:56rox7L1
いや京極一族(佐々木に遡っても)全体を通して近江が本国。
室町時代は出雲という話。



128 :人間七七四年:2009/03/28(土) 15:30:00 ID:e4/u2lmz
蛍って尻が光るんだよね。
でも閨閥で光っているのは尻じゃなく前のほうだよなあ。
ooo大名って放送禁止だからか?。

129 :人間七七四年:2009/03/28(土) 19:33:54 ID:Xw7cqe2T
祖母(101歳生きていれば)の曾祖母が丸亀京極氏から嫁に来たらしいけど,
丸亀京極氏は京極高次の直系ですか?

130 :人間七七四年:2009/03/29(日) 01:51:14 ID:vFMwXI7+
このスレはちと過大評価しすぎじゃね。
いくら立花その他の軍勢を足止めしたっていっても、落城してるわけだし
結果的には立花勢が関ヶ原に間に合わなかったとはいえ、それを計算したわけでもなくただの運でしょ。
関ヶ原一戦で決着がつくとは誰も思ってなかった当時、落城しちゃったら功とはいえないのでは。
結果オーライだったのと弟の高知が関ヶ原で頑張ったのを込みでのボーナス的な加増だと思う。
名門のボンボンながら頑張ったとは思うし、蛍呼ばわりは可哀想だし言いすぎだと思うけど。

でも高次を西軍に誘っときながら、
しらっと関ヶ原で裏切って東軍に参戦してた朽木を見つけた時は複雑な心境だったのでは。

131 :人間七七四年:2009/03/29(日) 21:26:57 ID:Cu9GLV55
>>130
高橋紹雲は結局落城したから対したこと無い
仁科盛信は結局落城したから対したこと無い

そういうことですね?

132 :人間七七四年:2009/03/29(日) 23:14:00 ID:hg/U/+iI
>>131
頭大丈夫?
いつから京極が高橋紹運並みに大津で奮戦した事になってるんだっけ。
だいたい高橋紹運のその他の武功も知らずにほざいちゃってるわけじゃないよな。

仁科盛信は全く未知数のまま討ち死にだから較べること自体ナンセンス。

133 :人間七七四年:2009/03/30(月) 00:13:06 ID:VcyVYd66
>>131
紹運の岩屋城戦は次ぎの立花城での宗茂の勝利と合わせて考えるべき。
戦う前からの目論見どおりの戦果って点が凄まじいんだよ。

134 :人間七七四年:2009/03/30(月) 19:42:49 ID:xCa3NKCN
後になってから条件を付け足し

135 :人間七七四年:2009/04/04(土) 22:32:49 ID:NSFB41rh
高次に若狭一国というより
京極家に丹後・若狭二国というのが家康の恩賞だったんじゃないかなあ?
高知の功を京極家本家の高次の功として評価したんじゃない?
そしたら井伊家なみの評価と信頼だと思うよ畿内最近の丹後・若狭領有は。
現に京極家の後には井伊家同等の酒井家が若狭の領主になっているもの

136 :人間七七四年:2009/04/11(土) 23:36:52 ID:lBvN6WaU
>>130
>>135
オレもその意見に賛成だ。京極高知の功が10万石から12万石への加増では過小評価しすぎだ。
福島並に丹後・若狭くらい貰ってもいいと思う。
徳川家康に対し兄京極高次を立てたんじゃないかなあ?。
反対に一国以上を貰うと改易されるかもと考えたのかもしれないが。

京極高知は京極高次の与力だし高次の功として評価しても別にいいけどねえ。

137 :黒田官兵衛:2009/04/12(日) 08:11:28 ID:+hyMdITo
拙者が京極高次殿であったなら、石田三成殿が大津城来城されたとき、人質
に取り、すぐに徳川家康殿に使者を送るが、皆ならいかに。

138 :人間七七四年:2009/04/14(火) 17:21:06 ID:tFS3GMou
>>47
昌幸・・・徳川の主力3万を引き付ける。ついでに戦をしかけ数千をコテンパンに
高次・・・西軍の有力1万を引き付ける。普通に攻め立てられ落城

139 :人間七七四年:2009/04/14(火) 18:11:41 ID:rj5ZIGL9
>>138
おまい自分で篭城して攻め手が立花来てみろ
どんだけ怖いか

140 :人間七七四年:2009/04/14(火) 18:58:39 ID:cINHVfzc
>>138
立花宗茂・毛利秀包・毛利元康に攻められての篭城だぞ!
むちゃくちゃ恐いと思う!
よく頑張った方だと思うぞ
山陰地方の田辺城の場合とは比べ物にならない。
西軍の主力級が攻めてきたんだからな!
でも真田は大したものだと思います・・・

141 :人間七七四年:2009/04/14(火) 19:13:19 ID:yjr7vkz4
細川忠興みたいにのらりくらりと老獪に振舞うわけでもなく
かといって城を枕に討ち死にする壮烈さもない。
中途半端。
これでは器量を見込んでの昇給的な加増は出来ん。
純然たる恩賞としてはこの程度が丁度いい。

142 :人間七七四年:2009/04/14(火) 19:21:37 ID:yjr7vkz4
忠興じゃねえ藤孝ぢゃ

143 :人間七七四年:2009/04/14(火) 19:42:41 ID:tOxT5x7f
むしろ大封もらっても福島らのように潰された可能性もある。
劣勢の中ふんばり、まんまと生存。
十万石といえばつぶれたに等しい家から見れば相当なもんだし。
だれでも英雄になれるわけじゃない、上等だよ。

144 :人間七七四年:2009/04/15(水) 11:10:32 ID:OR3sH16s
福島なんて豊臣家の子飼いの筆頭級で、奉行役や後方支援などの戦歴を重ねてる。
それを徳川家が引き立てたから意味があるんだろ。
京極なんてたいした戦歴も無く、高次は落城で高知もそこまで飛びぬけた功を挙げたわけでもない。
そんなんに大領をくれてやって誰が納得するんだっての。
努力賞で加増してもらえただけでも、儲けものだってのにドンだけ過大評価でずうずうしいんだよ。
大津城で根性見せてあと数日粘ってればだいぶ変わっていただろうけど。

>>143
他のスレとかで散々既出だけど、福島や加藤らが潰されたのは、大ヘマやらかしたり暗愚な跡継ぎだったりで唯の自業自得だよ。
その証拠に改易にも幕府は随分気を使ってるし、大封もらった黒田や細川や池田やらは改易されて無いだろ。
幸長が散々秀頼に忠誠を示して蠢動してた浅野家なんて更に加増されてるし。


145 :140:2009/04/15(水) 11:22:48 ID:FvW4wQWk
>>141
だから・・・
山陰地方の、しかもまとまりの無い旗本・小大名の集団が攻めてきたのと
京都(首都)と目と鼻の先の場所に、大大名・しかも精鋭部隊が攻めてきたのでは違うって

>>143
オレもその意見に賛成。大封にして潰すのは徳川の御家芸。公家の位討ちみたいなもの。
でも結局・・出雲・隠岐・石見の一部に加増されて潰されたね。
ああ丸亀に大減封だったっけ
潰されなかっただけでもいいとおもうよ

146 :140:2009/04/15(水) 11:27:23 ID:FvW4wQWk
でも確かに京極高知ってなんであんなに加増少ないの?
福島の隣で戦ったのにね?
国持ち大名に格上げなのか知らないけど2万石の加増だけってどうなんだ?

147 :人間七七四年:2009/04/15(水) 20:28:06 ID:iEA+YcF4
篭城のおかげで立花勢がたどり着けなかった
という戦果自体は大して変わらないから
あと数日粘れたところで、それほど恩賞が変わるとは思えないな

その時数日粘れたから変わることと言えば
後世の俺らみたいな人たちから馬鹿にされないこと。くらいだ

148 :人間七七四年:2009/04/15(水) 20:57:20 ID:WanVXJVD
士気への影響があるだろ。
先陣が功績になる世界だ。

149 :人間七七四年:2009/04/16(木) 01:15:06 ID:/0OTrZ1s
まあ嫁さんがアレだからあんま加増すると不味くねってことじゃね?
いや嫁さんは悪くないんだけどさ

150 :人間七七四年:2009/04/18(土) 05:05:58 ID:hadtVPya
>>129
高次の末期養子の高和が丸亀に転封になって、
そこで幕末まで落ち着くんで、直系ですね。

>>146
やっぱ国持大名って印象としてかなり違うんじゃないですかね。
特に京極家は家柄的にそういうの重視しそうですし。
ここなんか面白いかも
ttp://sans-culotte.seesaa.net/article/33596128.html
丹後って、狭いですしお世辞にも豊かな土地ではないんですが、
京都や近江に近くてなんか歴史も古くて一国扱いになりますから、
「実より名」って感じなんじゃないですかね。
後代の我々なんかは禄高で考えますけど、当時は何かにつけて
「格差」を意識させられるわけですし。
ちなみに私は高知流の分家峯山藩の足軽の家の出なんで、
世が世なら>>129さんに口をきいていただくことも憚られるところですねw



151 :人間七七四年:2009/04/18(土) 23:04:29 ID:IB30XcxI
>>150
同感ですね。
たしか高知は家康から「大谷吉継の越前敦賀および北近江か、丹後一国のうち好きな方を選べ」
といわれて丹後一国を選んだはずですよね。
やはり国持、京極丹後守の名乗りにこだわったんでしょう。

152 :人間七七四年:2009/04/19(日) 13:12:54 ID:6p+s6276
>>151
へえ,祖先の旧領を選ばなかったとは……。

153 :151:2009/04/20(月) 10:55:06 ID:RQxXfIrI
そうそう京極高知が必死で戦った大谷吉継の越前敦賀領も
結局京極高次の嫡男の京極忠高に与えられて・・・
強運厚遇の家ですよね高次家は。

154 :人間七七四年:2009/05/05(火) 13:23:25 ID:GjOO7UGx
石田三成の近江佐和山は井伊直政に与えられたんだよね?
やっぱり戦に勝ったほうが負けた方の領土を貰うんだ・・・
敦賀城も佐和山城も壊されたの?

155 :人間七七四年:2009/05/22(金) 15:55:17 ID:9C2cYmzS
彦根に居城を構えたのには訳があったよね。

156 :人間七七四年:2009/05/29(金) 23:23:58 ID:ZNP5GH7T
徳川家康の京極兄弟に対する信頼は抜群であったと思う。
若狭の木下家は高台院を守衛していたのに改易。
丹後の細川家は加増という名目の地方への左遷。
徳川家康は木下家や細川家を全く信用していない。
山城・近江周辺の国を与えられるということは本庄や酒井などの重臣並の信用があったということ。

157 :人間七七四年:2009/05/30(土) 00:25:09 ID:IDhec9n6
木下は秀吉の縁者だから仕方ないわな

158 :人間七七四年:2009/05/30(土) 01:37:51 ID:IDhec9n6
あと摂津有馬や池田も対大坂の包囲に入ってるな

159 :人間七七四年:2009/05/30(土) 07:32:03 ID:cDYdzcu8
お初こと常高院なら大河ドラマにしたらかなりおもしろくなりそうなんだけど
(旦那は関ケ原のくだりは涙モノになりそう、落城馴れした嫁が機転を利かせたみたいな)

あと旦那が死んでからも大阪の陣も涙無しでは語れないエピもあるしな

160 :人間七七四年:2009/05/30(土) 15:20:36 ID:ZDTQbCJz
本庄って誰だよw一瞬本気で考え込んじまったじゃねーかw
譜代並みの重用ってのはいくらなんでも言い過ぎ。厨専用隔離スレじゃないんだから。

細川に対してあれだけの加増をしつつ近畿に残すのは無理だ。
他の第一級の功将たちとのバランスもあるから40万石くらいやらなきゃならんしな。
考えればわかるだろ、浅野、池田を加増して近畿の抑えに井伊を近江に入れて尾張に一門入れたら土地がもうない。
あと近畿北陸間の抑えに秀康か。当時は対大坂シフトだから、京に近く日本海に面してるとはいえ丹後の重要性は低下してる。
ついでにいえば家康は本当に信頼してる将は江戸周辺の守備と各街道の要衝に配置してる。
京極はいざと言う時は池田か井伊か越前松平(いくらなんでもこの三人との重要度の違いは大きすぎるでしょ)の与力扱いが精々では。
それにあの時は大坂が仮想敵国で藤堂だって目付けを兼ねて四国に残ってるし。
江戸城内での序列も決して高くはなかったし。(藤堂とかある時代以降の脇坂とかなら外様でも有力譜代並みと言えるけど)

あと高台院を守護していた木下家定は領土安堵だぞ。改易されたのは敵前逃亡の勝俊だろ。
高次贔屓が過ぎて物の見方まで歪んじゃうってのはちょっと重症じゃない?

161 :人間七七四年:2009/06/04(木) 22:43:08 ID:c63tpFa6
>>160
細川を心底信用出来たなら丹後丹波但馬あたりを与えるだろうよ池田並に。
最終的に加藤の跡に細川を入れたということは、福島の跡に浅野を入れたのと同じ扱い。

162 :人間七七四年:2009/06/04(木) 22:59:35 ID:fttyAfHS
そりゃ細川と池田は違うわ。何のために比べてるかわからん

163 :人間七七四年:2009/06/12(金) 12:16:52 ID:CWNU5gZ4
靖国神社:新宮司に京極高晴氏…旧華族出身、人選に半年

 靖国神社は12日、最高意思決定機関である総代会と宮司推薦委員会を開き、1月に急逝した
南部利昭前宮司の後任の宮司に京極高晴氏(71)を充てる人事案を提示し、了承される見込みとなった。同神社の宮司は規定で75歳が定年のため、暫定人事の色合いが強いとみられる。

 京極氏は旧但馬豊岡藩(兵庫県)の藩主だった京極家の15代当主。
日本郵船事業部長、氷川丸マリンタワー社長、関東曳船社長などを歴任。父の故高光氏は
貴族院議員で俳人だった。旧盛岡藩主だった南部氏に続き、2代続けて旧華族で神職経験のない
民間企業出身者が宮司となる。

 南部氏の死後半年間、後任人選は難航し、一時は旧皇族でA級戦犯合祀(ごうし)に
慎重だったとされる筑波藤麿元宮司(在職1946〜78年)の親族が候補に浮上した。だが折り合いが
つかず、旧華族の中から選ばれた。【野口武則】
http://mainichi.jp/select/today/news/20090612k0000m040142000c.html

164 :人間七七四年:2009/06/12(金) 15:02:10 ID:IK2HgXQa
南部さんみたいなタイプじゃなく、控え目な方だと良いな

165 :人間七七四年:2009/06/19(金) 23:43:45 ID:rHC3ChhJ
>>161
徳川家にとって初期京極家(丹後・若狭両家)は親戚あつかいだったように思う。
若狭・敦賀は石高が低い割りに湊からの税収が多く、軍役が軽いオイシイクニだと思う。



166 :人間七七四年:2009/06/28(日) 10:25:37 ID:U/ClLne5
京極高次・高知兄弟は高山右近の影響で切支丹大名となったという本の記述を見たのですが
(ネット上にも散見できます)
これを裏付ける資料って何かありますか?洗礼名などはあるのでしょうか?

167 :人間七七四年:2009/06/28(日) 23:09:46 ID:x24Vn5KZ
京極って侍所の長官になれる家柄だよ
所司代は京極家臣の多賀が有名

168 :人間七七四年:2009/07/10(金) 14:38:33 ID:XIs3PSWR
道誉のおかげ。赤松 京極は足利と同族じゃないから。

169 :人間七七四年:2009/07/24(金) 14:41:17 ID:luJNsfyS
道誉後のエピソードがあまりないね

170 :人間七七四年:2009/08/03(月) 15:36:20 ID:LzReHQnJ
持清が少し目立つくらいか

171 :人間七七四年:2009/08/05(水) 19:44:43 ID:+qcdRkR7
義教に殉じた高数とか。

172 :人間七七四年:2009/08/20(木) 14:40:05 ID:QnR4YLY2
細川も誰かやられたよね?のレベルだね。

173 :人間七七四年:2009/09/04(金) 15:56:08 ID:LWXZlizS
細川持春 死んではないか。

174 :人間七七四年:2009/09/10(木) 21:04:12 ID:g7+OLvf7
京極高次は山崎合戦後、旧・若狭武田領に隠れていたという説と
柴田勝家に匿われていたという説を見たのですが
どちらが正しいのでしょうか?
1584年に秀吉に仕えているのはどちらも同じなのですが

175 :人間七七四年:2009/09/25(金) 14:57:34 ID:IwN22gRZ
武田元明を頼ったんじゃないかな。

176 :人間七七四年:2009/09/26(土) 13:00:05 ID:XqF4DYWL
>>175
山崎合戦のあと自害に追い込まれてる人間にどうやって頼る?

177 :人間七七四年:2009/09/26(土) 21:08:21 ID:U0VyzKlv
靖国神社の現宮司の出身家。

178 :174:2009/09/27(日) 09:38:51 ID:dAy8uZ4/
>>176
元明は首謀者の1人として殺されてますが
旧若狭武田家臣(武藤氏)など、意外と光秀に与していながら秀吉から命までは奪われなかった人物は多いので
旧武田領に隠れていても不思議ではないんですよね。
明智一族を討った後も、全ての明智勢がすぐに全滅降伏したわけでもないですし。

179 :人間七七四年:2009/09/27(日) 23:38:48 ID:VLUTWQQu
武田元明の子孫は京極家の家老を代々勤めているね。

180 :人間七七四年:2009/09/29(火) 13:03:47 ID:ICv7QXd9
今月の乱に載ってた漫画に出てきた高次は良い男だった

181 :人間七七四年:2009/10/10(土) 15:28:53 ID:wv2SAS/y
>武田元明の子孫は京極家の家老を代々勤めているね
そうなんだ。知らなかった。

182 :人間七七四年:2009/10/24(土) 15:27:26 ID:QJRFfRVw
元明の子って何ていう人?

183 :人間七七四年:2009/10/31(土) 10:01:33 ID:Tup22nFF
佐々木義勝とか佐々義勝と名乗った人らしい

184 :人間七七四年:2009/11/07(土) 07:14:24 ID:oYuFCxGS
>>182
元明の子というと、木下長嘯子とその弟(足守藩主)がその後身だという
話を時々見かけるな。それ以外にも子がいたのか。

185 :人間七七四年:2009/11/08(日) 10:27:40 ID:NddcAadE
>>184
木下兄弟が武田元明の子だというのは確証もない俗説。
京極家(若狭・出雲・丸亀に転封)の家老を務めた佐々家のみが系譜に明記された由緒正しい武田家の末裔だよ。
若狭守護の武田家と北近江の京極家は近しい間柄だから、没落した一方が出世した一方の家老を務めるのは
あたりまえの話。家老(親族)が主家の名字を名乗るのも普通の話。江戸時代初期、若狭国主京極家の下、佐々家
は西若狭の要衝である高浜城を任されていたというのも地元では有名な話。若狭武田家は、織田政権下、丹波の
細川昭元どうように、旧守護国の旗頭として利用されつつ、西若狭の大飯郡で3000石の直割地も許されていたから
西若狭は武田家にとって郷土だったんだよね。本能寺の変で武田元明は京極高次と同じく近江で反明智の城を攻めちゃ
ったから切腹させられちゃったけど。木下弟(足守藩主)の旧領を関ヶ原後、ふたたび武田家の末裔が実質的に支配
する訳だから縁が深いんだろうね大飯郡と武田家は。

186 :人間七七四年:2009/11/19(木) 14:38:49 ID:2kxYfH0i
京極の家老か、知らなかった

187 :人間七七四年:2009/12/19(土) 14:05:14 ID:s/ZeerrU
名門が残って良かったね

188 :人間七七四年:2009/12/29(火) 21:06:50 ID:Frtsvaw4
>>153
大谷吉継の敦賀って、たしか関ヶ原の戦功で京極高知に与えられる予定の所だったよね?
なんで結局・・・甥の領地になったの?

189 :人間七七四年:2010/01/27(水) 11:17:04 ID:fBcFTzcr
僥倖の人なのか

190 :人間七七四年:2010/02/18(木) 21:26:51 ID:AI0mMADk
>>188
丹後じゃなく若狭の隣だったから。

191 :人間七七四年:2010/03/07(日) 07:38:31 ID:xIDFfRlt
敦賀は若狭ではないんだ

192 :人間七七四年:2010/03/13(土) 22:23:33 ID:HCEvrb6U
47で死んだんだな>高次
関ヶ原で頑張りすぎて疲れたんだろうか

193 :人間七七四年:2010/07/04(日) 05:05:39 ID:ODtuYqYf
保全

194 :人間七七四年:2010/07/25(日) 00:49:25 ID:hNpBjX4Q
名将

195 :人間七七四年:2010/10/07(木) 02:24:34 ID:5GSyCZX8
あげ

196 :人間七七四年:2011/01/30(日) 12:25:36 ID:+TtXqpFs
>>188京極高知の手柄は高次の手柄だから

197 :人間七七四年:2011/03/11(金) 21:39:43.17 ID:whbqV1nD
京極高知の姫君は皇族に嫁いでいるそうだ。
なんでも・・・桂宮家(かつらのみやけ)という家だそう。
みんな知ってた?。


198 :京極家家紋:2011/03/20(日) 13:40:34.27 ID:cOFYyDKE
┏━┓┏━┓
┃・┃┃・┃
┗━┛┗━┛
┏━┓┏━┓
┃・┃┃・┃
┗━┛┗━┛

199 :人間七七四年:2011/03/20(日) 17:48:28.67 ID:lHL41evB
大河ドラマにまだ出てこないな。
本能寺の変後に光秀との関係で登場すると期待したんだがスルーされたし

200 :人間七七四年:2011/03/20(日) 18:17:43.27 ID:VceSdsiH
高次出るのは小牧長久手の後ぐらいじゃね?

201 :人間七七四年:2011/03/20(日) 21:23:38.18 ID:53kQIJvR
丹羽長秀は武田だけでなくこいつも打首にすべきだった

202 :人間七七四年:2011/04/14(木) 10:54:23.79 ID:eDlpqc4B
高次好きage

203 :人間七七四年:2011/04/14(木) 10:54:43.21 ID:eDlpqc4B
ageれなかった…

204 :人間七七四年:2011/04/19(火) 22:51:49.93 ID:1vLhthZX
ン、

205 :人間七七四年:2011/04/20(水) 01:13:52.44 ID:3IwgzAmk
この人って宴会芸で煙草をケツに刺す芸でこの異名がついたのか?

206 :人間七七四年:2011/04/22(金) 20:45:01.91 ID:Y5Tc0c4i
>>199
なんで光秀と関係あるの?

207 :人間七七四年:2011/04/22(金) 21:30:00.00 ID:KZbGp37c
>>206
本能寺の変で明智光秀に呼応した。
秀吉が勝つと柴田勝家のところへ逃亡、その後姉のツテで赦免される。

208 :人間七七四年:2011/04/23(土) 01:18:40.26 ID:ryPSoubk
京極高次が登場する作品 [編集]湖笛(昭和45年(1970年)・NET、 演:石濱朗)

大坂城の女(昭和45年(1970年)・KTV、 演:高橋昌也)
戦国の女たち(昭和57年(1982年)・CX、 演:細川俊之)
春日局(平成元年(1989年)・NHK大河ドラマ、演:長谷川明男)
葵徳川三代(平成12年(2000年)・NHK大河ドラマ、演:小野寺昭)
日本史サスペンス劇場(平成21年(2009年)・NTV、演:野久保直樹)
江〜姫たちの戦国〜(平成23年(2011年)・NHK大河ドラマ、演:斎藤工)

209 :人間七七四年:2011/04/24(日) 10:15:54.04 ID:tHMSU9OL
湖笛は本当によかったなぁ あれで高次が単なる弱小武将でないイメージになったわ
でも蛍の城、涙目でも頑張る高次もあれはあれで良かった
戦国武将でも結構異色だよねこの人 大好きだ


210 :人間七七四年:2011/04/30(土) 00:40:57.83 ID:AdA6Giy6
高次・高知とお初って、京極マリアの勧めでキリシタンになったと聞いたんだが
高知の洗礼名はジョアンだけど、じゃあ後の二人の洗礼名ってなんだったんだろう


211 :人間七七四年:2011/05/15(日) 23:02:33.72 ID:TVfralr2
急上昇ワード1位になるなんて最初で最後だろうから見とけ

212 :人間七七四年:2011/05/16(月) 01:21:52.97 ID:5UnTcPGz
大河効果かな?w
知名度上がるのは嬉しいが、悪い方にいかないといいけど…

213 :人間七七四年:2011/05/16(月) 23:04:48.10 ID:om8kNlFb
大河でイケメンの影虎が出てときあったけどその後上杉影虎を知ってる人が増えたかと言われると
そうはおもえない
京極は人気がでるといいね

214 :人間七七四年:2011/05/17(火) 00:44:28.80 ID:0wz5PNJH
あの景虎さんでは、人気はでまいて…
今回はただのイケメンに成り下がりそうな高次だから、どういう効果があるのやら

215 :人間七七四年:2011/05/17(火) 08:51:47.23 ID:ljKTZZWF
残念ながら高次より豊臣秀勝の方が印象に残ってしまいました…

216 :人間七七四年:2011/05/18(水) 09:34:37.23 ID:lMeghKZU
検索ランクに入るほど、知られていなかったてことか。
戦国武将ではかなりマイナー武将なのか。

217 :人間七七四年:2011/05/18(水) 12:31:32.36 ID:Lw4/4fK9
>>216
石田三成も初登場の時は検索上位になったから安心して



218 :人間七七四年:2011/05/19(木) 16:45:09.63 ID:1iSUfCaE
関ヶ原の合戦での東軍勝利の貢献者として
高次はかなり上位になるだろうけど
実際には知名度あまりないのが解せないな
自分の中では一番の功労者だと思ってるよ

219 :人間七七四年:2011/05/19(木) 21:21:29.37 ID:XqKK2elt
秀吉は本能寺の時点で打首にしとけば良かったのに
武田とたいして歳変わらんだろ

220 :人間七七四年:2011/05/20(金) 17:18:26.59 ID:cKaKN/Bg
秀吉にとって京極家は、自分の箔付けの為にもよい名門家
京極龍子を側室にし、更に茶々を側室にして、その妹を京極家に嫁がせれば
更によい箔付けって魂胆さ

221 :人間七七四年:2011/05/21(土) 16:12:43.99 ID:RRlslKPT
お姉ちゃんあげるから殺さないでと命乞いしたからだよ




丹羽に捕まらなかっただけの可能性が高いけど

222 :人間七七四年:2011/05/22(日) 20:24:23.34 ID:CbL9ipgv
兄妹三人フライング土下座したからだよ 武田は成り上がりに膝屈するの拒否した為に切腹

223 :人間七七四年:2011/06/12(日) 22:54:22.29 ID:RdbBNFfk
>>220
秀吉の根拠地(初めての大名の領地)が北近江だから家臣の少ない羽柴家としては浅井家や京極家
の浪人を多く羽柴家に雇用したはず。家臣からの忠誠心を得るためにも浅井や京極の血を羽柴家に
入れたいのは領主として当然といえる。
実際に旧浅井家家臣が一番忠誠心が強かった。

224 :人間七七四年:2011/06/16(木) 23:21:36.86 ID:dpzFboOD
京極家再興した後、旧浅井家臣の人たちも多く入ったのかな
だとすると再興後は、京極・浅井連合軍みたいになったのかな

225 :人間七七四年:2011/06/17(金) 14:10:36.20 ID:1RafdOlE
佐々木京極家を滅ぼしたのが浅井だからなあ
六角ならまだ分かるけど

226 :人間七七四年:2011/07/10(日) 00:56:17.63 ID:pCzzFrf3
高次は大体履歴分かるけど、高知の履歴があまり分からないな
高知は大抵兄の家臣として近くにいたんだろうか

227 :人間七七四年:2011/07/18(月) 19:53:17.62 ID:DxDdMhgm
京極高次 長谷川明男

228 :人間七七四年:2011/07/18(月) 23:39:14.12 ID:GkKVqOXH
>>225
>京極家を滅ぼしたのが浅井だからなあ
ええーっ!そうだったの!いつの何という戦い(または事件)でどういうふうに滅ぼしたの?

229 :人間七七四年:2011/07/18(月) 23:52:24.37 ID:fsCVF6t5
滅ぼしたのは語弊がある
もともと京極家は内紛がおおい家で、京極騒乱とも言われていて
高次の父、高吉が兄高広と家督争いをして、浅井家も高広支援 高吉負けて追放
その後、高広も浅井と戦い浅井家勝利 京極家は支配権を失う って感じ?



230 :人間七七四年:2011/07/24(日) 00:19:02.07 ID:H14Po+Da
>>220
そのとおり

っていうか・・・秀吉は織田信長から浅井長政に替わる右腕(野望達成征服の)と
して北近江の大名にされたはず(たしか左腕は徳川家康といってたような・・・)。
だから、とうぜん
秀吉は浅井家、もしくはその主家の京極家を一生涯意識していたと思う。だから恋
愛なんて関係ないんだよ。秀吉は北近江の大名だから浅井や京極の娘を大切にして
いた。北近江地侍を掌握するために、信望を得るために。

231 :人間七七四年:2011/07/26(火) 00:19:47.30 ID:ju+xhlI0
>>230北近江の大名きどりだから北近江出身の家臣が多いんだね

石田三成みたいにっ

232 :人間七七四年:2011/07/26(火) 00:22:12.58 ID:o3NPGuPP
高次は秀吉にヘコヘコして京極家再興したと色々書かれるが
内心秀吉を利用して再興したったわ! くらいの腹黒さのある人にも見える

233 :人間七七四年:2011/08/15(月) 21:33:07.04 ID:LNrrdclm
京極さんは、名門だし現代までお家続いているのに
なぜ逸話とか史料とか少ないんだろう 兄弟揃って好きなのに

234 :人間七七四年:2011/08/23(火) 20:38:30.74 ID:bgcvNuHW
http://www.city.marugame.lg.jp/go/index.html
こんなのやってんだな これを機に京極家の考察本とか発売されないかな

235 :人間七七四年:2011/08/24(水) 13:08:35.69 ID:imEJfcAZ
京極歌劇団syつつげきぃい

236 :人間七七四年:2011/08/29(月) 23:50:42.00 ID:GZ9dzQhL
織田信長の時代、松平家は京極の家臣の浅井家と同格だったんだね・・・・・・・

237 :人間七七四年:2011/08/29(月) 23:55:25.05 ID:G7S70noy
松平家も新興勢力だからなあ
その浅井家も逆転して京極家を家臣にするし

238 :人間七七四年:2011/09/05(月) 06:47:58.15 ID:JcBa5D06
それでも幕末までそれなりの旗本の要職についてたんだろ

239 :人間七七四年:2011/09/14(水) 23:25:52.93 ID:XV/KFg4o
父親の高吉の経歴がいまいちよく分からない

240 :人間七七四年:2011/09/15(木) 00:55:18.79 ID:Y4wp/Bh5
高吉が浅井長政の姉を娶った時、確か六十近くて、
妻は二十歳そこそこ。
そして高次ら五人の子を儲けてるってすごいよね。

高吉がその年まで嫁を取らなかったとは考えにくいので、
長政姉は継室と考えるのが妥当かな?

241 :人間七七四年:2011/09/15(木) 01:03:46.68 ID:X9cJJGcw
お家騒動で嫁取る暇もなかったかもしれん と思ったな
でも60歳まで独身はないな 継室かもしれんね
34歳差の夫婦って凄いなあ

高吉は浅井に負けた後に、京極丸に置かれてたんだよね
でも足利義昭擁立に尽力したり、信長に子供人質として送った頃がよく分からない
京極丸に置かれてたのに、そんな自由だったんだろうか

242 :人間七七四年:2011/10/08(土) 18:23:30.29 ID:bKo91DdR
弟の高知が10代頃で嫁がいたのに対して(津田信澄の娘)
高次は初を娶るまで、そういう話なかったんだろうか
なんで弟が先なんだ それかあったけどおじゃんになったのかなやっぱ

243 :人間七七四年:2011/10/16(日) 21:54:24.32 ID:Oq3NZLZi
>>242
知らないの?
信長の妹(養妹)が婚約してるよ。

244 :人間七七四年:2011/10/16(日) 21:59:50.37 ID:QN8KDvbx
>>243
知らんかった 何て本に載ってる?

245 :人間七七四年:2011/10/20(木) 04:03:13.11 ID:d0iuZQ7E
斎藤工ぢゃオンナっぽ過ぎるよナッ!!!!
幾ら美女の龍子の兄弟だとしてもサッ!!!!!



246 :人間七七四年:2011/10/20(木) 14:52:53.78 ID:72Gec9Ki
まともな大河だったら、高知も出てくれただろうか
葵徳川三代くらいしか見たことねぇ

247 :人間七七四年:2011/10/27(木) 23:32:35.17 ID:O2TzBcvQ
>>243
本当なら高次も高知も、織田家では割りと高く評価されていたのかね
名門家というのもあるんだろうけど

248 :人間七七四年:2011/10/29(土) 22:13:25.55 ID:eGAHmx0f
高知の娘って八条宮智仁親王の妻になったんだよね
凄いなあ どんな経緯で結婚決まったんだろう やはり名門だから?

249 :人間七七四年:2011/11/04(金) 12:22:12.22 ID:QWsRPPno
常高院の存在じゃない?
東福門院の伯母ってことで、宮中と縁が出来た。
お江の娘を養女にして忠高にめあわせて、将軍家とも二重三重につながりがあるから、朝廷からも一目置かれてたとか。
名門てのももちろんあるだろうけど。

忠高って、お江の葬儀で忠長と一緒に棺を担ぐ役目だったんだってね。
甥だからとはいえ、重きをおかれてたんだなあ。

250 :人間七七四年:2011/11/05(土) 18:20:59.61 ID:knSho4jz
しかし、後の後水尾天皇とどちらを次の天皇にするかの際
智仁親王はもう妻がいるから、徳川の娘は嫁がせられないと反対されたんじゃなかったっけ?
つまり和子が入内する前には、もう妻となっていたってことだ

251 :人間七七四年:2011/11/23(水) 00:14:25.75 ID:RpZ7GVHh
戦国時代の皇室には若狭武田氏の重臣の粟屋氏の血も入っているし
江戸時代の皇室には丹波山家藩谷氏の血も入っている。
近畿の武家と天皇家は意外と姻戚だったりする。

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