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仏教 議論スレッド 8

1 :神も仏も名無しさん:2010/11/04(木) 17:22:58 ID:X48R3uVh
仏教の総合的な議論スレッドです。

仏教に関すること全て扱います。

仏教 質問箱スレッドで議論になったら、
または、議論に発展すると感じたら、
或いは、話題・論点を拡げたい時は、
ここに誘導し、質問箱の機能の確保に御協力ください。


前スレ
07:http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/
06:http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1282465343/
05:http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1278424122/
04:http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/
03:http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/
02:http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/
01:http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/

ログ保管庫:ttp://houjugusya.web.fc2.com/link.html

2 :神も仏も名無しさん:2010/11/04(木) 17:24:51 ID:X48R3uVh
もう役目を終えたかと思ったが、まだ必要なようだ・・w

3 :神も仏も名無しさん:2010/11/05(金) 00:11:08 ID:i6+Oc7R4
さあ、スレも新しくなったことだし、そろそろ、アホ隠居がまた
バカ言って盛り上げてくれるかな?www

セブンが退屈して、哲板で遊んでいたぞw
隠居、ファイト〜〜〜

4 :神も仏も名無しさん:2010/11/05(金) 09:59:04 ID:Yj6zVSs3
前スレ654
信仰なら認める、と誰が書いた?
支持するためには信仰するしかないという限界を
自覚し、客観的事実だ論理的科学的に妥当だ等と言い張ったりしない。
それが空気を読むということだ。
これなしでは隠居と同じになってしまう。
自制心の無い教祖や隠居は議論に参加するべきではない。

しばらく、休め。隠居には内省の時間が必要だ。

5 :神も仏も名無しさん:2010/11/06(土) 20:12:11 ID:jk3F1aes
Journal@rchiveって凄いな・・w

ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnllist_ja.php

6 :神も仏も名無しさん:2010/11/06(土) 20:17:55 ID:uf5GTfJK
議論出来るようなもんは仏教でもなんでもねえよ。

7 :神も仏も名無しさん:2010/11/06(土) 20:21:52 ID:eOE3XKrd
ダライラマ来日してるんだな

8 :神も仏も名無しさん:2010/11/06(土) 22:48:26 ID:ppz9ht6e
隠居さんはもう議論には完全に負けている
本人がアホウ過ぎてそれに気付いていない
とりあえず何遍もレスすればいいというものではない
負けは負け 素直に退場しなさい




9 :神も仏も名無しさん:2010/11/08(月) 10:49:06 ID:3q2Lf9AO
>>8
ムリムリ、私は彼はネットを止めて静養すべき類の人だと思う


10 :神も仏も名無しさん:2010/11/10(水) 18:40:26 ID:dD5oPDEB
深度1/3超えたようなんでカラッと揚げとくか

11 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/10(水) 22:46:21 ID:8B+z0vjS
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/462
>462
>違います。呼吸法とかプラーナは初心者の行です。
>仏教徒は止観によって悟ります。止とは精神集中、三昧をいいます。
>>486
>テーラワーダの呼吸法というのは意識を集中させるための方便ですよ。
>つまり、呼吸が問題なのではなく、意識を一点に集中させることが重要なのです。

呼吸法は初心者や方便ということではありませんよ。
意識の集中などというものは理論的にも、現実上そのままではできない。
要するに肉体の性質上、思考活動を続けることが脳の仕事なので、
そのままでは集中を持続することなどは絶対にできないもの。
自然と必ず思考の流出が起こり、そこへ意識(の焦点)が持っていかれることになる。
つまり、“思考を追いかけてしまう”ことになるのです。
途中でこれに気付いて止めようとしても、それも思考活動の所産ですから無理。
思考には思考を制御することはできないのです。

この一見すると不可能と見えることを制御する術(テクニック)が呼吸法なのです。
であるから、呼吸を制する者が世界を制する、ともいう。
呼吸法の技法を完全に修得すると、自ら心臓の鼓動(及び呼吸)すら停止させることも可能になります。
こうして肉体の稼動に使用されていたエネルギーすらも意識の集中へと注ぐことが可能となり、
普段、不可能であった100%の精神集中状態を得ることができるのです。
こうして、究極のサマーディ境に至るわけです。

その後に縁起観(順観/逆観)が必要だというなら、好きにすればいい。
その具体的な内容が不明ですが・・・(師からの口伝しかないということか?)。


12 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/10(水) 22:47:37 ID:8B+z0vjS
投稿忘れ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/486


13 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/10(水) 22:49:09 ID:8B+z0vjS
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/500
>500
>ゴータマ・シッダールタはバラモンの環境の中で生まれ育ったのです。
>バラモンからの影響とクンダリニー・ヨーガの修習は【確実に行っていた】
>と私は解釈しています。
> − − −
>ゴータマ・シッダールタはクンダリニー・ヨーガの達人だったからこそ
>悲想悲悲想処よりも、もう一段上の、想も受も滅する状態、役目を果たす動きを止め、
>
>最高の楽のある阿羅漢の【想受滅(滅尽定)】に達することができたと
>私は考えています。

大部分、あなたのいう話については私は支持しますけれど・・・、
しかし、“ゴータマがクンダリニー・ヨーガの達人だった”という話には、やや疑問を感じます。
通常、正統な霊性修行においては意図的にクンダリニーに着手することなどはないであって、
ただそれは結果として、クンダリーニの正しい上昇とチャクラの覚醒が起こるというものなのです。
どうもこの辺を取り違えて、順序逆に勘違いしている人が実に多いのです。
もちろん、意図的にそれらに着手する派はあります(自滅的な破壊行為にて奨められない)。
また、これらの神秘性(驚異的な霊性の促成として)を煽ることで信徒を獲得しようとする
怪しげな自称グルらも徘徊しています。

けれども、
ゴータマがそうであったなどとは考え難いことだと思います。

14 :神も仏も名無しさん:2010/11/11(木) 21:56:10 ID:ETIIvHHt
ブイツーソリューションから出てるバーガヴァタ・プラーナ下巻の後書きによると、
インドの聖典・宗教研究をしたミューラーは、
意図的に意味を矮小化したり貶める訳語を用いたりしたそうな。
当時のインド学の裏にはイギリスの意図もあったらしい。

と、いうわけでギーターは紀元前三世紀から二世紀に成立したのではなく、
五千年前にクリシュナが説いたそのままかもしれない。
アーリア侵入(侵略)説は誤りかもしれない。

大乗仏典は釈迦の直説かもしれない。
後代の成立とする研究は元は西洋の陰謀に端を発するかもしれない。
なんつったって、西洋はキリスト教と唯物論の国々なんだから。
獲物にしたい相手の宗教を解体するために学問を利用するかもしれない。
そのために、大乗は捏造扱いされ、パーリはパーリで唯物論化させる研究が出てきた。

イエス・キリストが説いた輪廻説をキリスト教から削除した人々なんだから、
仕方ないね。
目的のためには自分たちの霊性や信仰すら歪めてきた文明だから何をやっても不思議ではない。

・・・と、このように考えられないだろうか。
宝珠さん。

15 ::2010/11/12(金) 06:17:29 ID:/xvluWTN

>>11 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ

> この一見すると不可能と見えることを制御する術(テクニック)が呼吸法なのです。
> こうして肉体の稼動に使用されていたエネルギーすらも
> 意識の集中へと注ぐことが可能となり、
> 普段、不可能であった100%の精神集中状態を得ることができるのです。
> こうして、究極のサマーディ境に至るわけです。

 ↑ レス、ありがとう、ございます


  ↓  おすすめの書籍  ↓

釈尊の呼吸法―大安般守意経に学ぶ   村木 弘昌 (著)

16 ::2010/11/12(金) 06:37:26 ID:/xvluWTN

>>13 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ
> 通常、正統な霊性修行においては意図的に
> クンダリニーに着手することなどはないであって、
> ただそれは結果として、
> クンダリーニの正しい上昇とチャクラの覚醒が起こるというものなのです。
> どうもこの辺を取り違えて、順序逆に勘違いしている人が実に多いのです。
> もちろん、意図的にそれらに着手する派はあります


   これは、あくまでも【 私、個人の仮説 】ですが ↓

   ゴータマ・シッダールタは、チャクラ覚醒の為に

   ◎呼吸法
   ◎瞑想
   ◎クンダリニー・ヨーガ
   ◎三十七道品(三十七菩提分法)
   ◎心修習
   ◎智慧修習

   などの修習を行って
   そして、ついに
   阿羅漢果に到達できた
   と考えています

17 ::2010/11/12(金) 06:44:18 ID:/xvluWTN

   これは、あくまでも【 私、個人の仮説 】ですが ↓


   【 阿羅漢果に到達する為には 】

   【 チャクラの覚醒は必須である 】

   と考えています

18 ::2010/11/12(金) 07:03:46 ID:/xvluWTN

  ☆  ウィキペディア参照  ☆

唯識思想の特色
仏教の中心教義である無常・無我を体得するために、
インド古来の修行方法であるヨーガをより洗練した
瑜伽行(瞑想)から得られた智を教義の面から支えた思想体系である。

@心の動きを分類して、八識を立てる。
  とりわけ、末那識と阿頼耶識は深層心理として無意識の分野に初めて注目した。
A自らと、自らが認知する外界のあり方を、三性(さんしょう)説としてまとめ、
  修行段階によって世界に対する認知のありようが異なることを説明した。
Bヨーガを実践することによって「唯識観」という具体的な観法を教理的に組織体系化した。

 − − −

 ↑ 瑜伽行唯識派は

   クンダリニー・ヨーガの修習などによって
   チャクラの覚醒によって
   【阿頼耶識】を理解する事が出来た

   と私は解釈しています

19 :神も仏も名無しさん:2010/11/12(金) 10:25:08 ID:5XeDlS4J
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1284253551/241
241 1/2 sage New! 2010/11/12(金) 10:09:39
「世俗化した仏教」と上座部等現行持律の系譜及び初期の伝統的仏教に於ける
「比丘」(僧侶)との対比を譬えれば、
極度に【純化された】《最終形態としての(=理想形としての)姿・在り方》を
「見本」「【モデルケース】」として、『どう提示するか』ということだ。

たとえば車や飛行機等であれば、、
・『実物大で、そのままのサンプルとして、(実際に走行、飛行するものとして)』提示されているのか、
・『図解付の説明書として』提示されるのか(或いは『文章説明のみのものとして』提示されるのか)、
という対比となろう。勿論、その間には
・『模型、簡略化された機能付のサンプルとして』提示されるのか、
・『模型としてのみ』提示されるのか、
というバリエーションを挟むこともできる。
が、いずれにしろ、そうした【《提示のされ方》の差異・相違である】と言うことができる。
どれがどう、という優劣を、(二諦を積極的に評価するならば)画一的につけることは拙速に過ぎるとしても、
 *(たとえば、部屋の中で実物大の車や飛行機の実演が不可能なように)、
  説明書でしか示し得ないケースもあり得る。日本仏教ならば、
  「歴史性」と「社会的環境」という制限によっているように・・。
  ダライ・ラマはそれが解っているから、多様な仏教の在り方を認めているのだろう。)

20 :神も仏も名無しさん:2010/11/12(金) 10:25:53 ID:5XeDlS4J
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1284253551/242
242 2/2 sage New! 2010/11/12(金) 10:10:27

・もし「環境・条件が許すならば」、
『実物及び(たとえ縮小スケールとしても)酷似したサンプル提示』であるべき、
というのが、原理主義に陥らない原点回帰の姿勢だし、
・環境・条件の圧が強いなら、それに合わせる形で、
『模型や説明書による、《(【共に仰ぎ見るものとしての】)理想形の【説明】》でも構わない』
というのが、現状肯定の姿勢となろう。

「現代日本で可能な提示法はどういうものか?」という問いは、
「歴史性と現状及び現行社会通念との折り合いをどう付けるか?」ということと表裏をなす。
そして、二諦を認むとしても、(いや、認めるとしたなら尚更)、
上記二つ(及びバリエーション)のそれぞれが、
《「聖」と「俗」どちらと見做し得るか、どちらに属するか》、を問うことになる。
そして、そここそが、今、日本仏教が問われていることでもある。
「僧侶は《僧侶(=比丘)》なのか《俗人(=在家)》なのか?」と・・。

21 :神も仏も名無しさん:2010/11/12(金) 11:06:13 ID:5XeDlS4J
チラ裏。


今、各動画サイトに(ワシはニコ厨なのでニコ動だがw)、
衆議院予算委員会の石破茂の質疑が幾つか上がっている。
見ていて隠居や在家とのやりとりを思い出したw

しかし、本来、議員ってのは石破さんレベルであるべきなんだろうな・・。
あれくらい勉強してくれてるなら、どんだけ特権があってどんだけ高給取りでも納得ものだ。
税金の(公給としての)使われ方としてふさわしい。
翻って、与党内閣のあの答弁は2ch以下だぜ・・。 何だい、ありゃ・・・。 orz

22 :一億総グループボケw:2010/11/12(金) 11:33:44 ID:3q5mDgWv
>しかし、本来、議員ってのは石破さんレベルであるべきなんだろうな・・


財政赤字や、大型公共事業依存大手ゼネコン病的依存財政赤字増大国家、ギリシャ危機すら忘れた、
一億総グループボケの象徴だろよw

自民自体が最近、愛国化強化し始めたけども、自民が政権を持っていた時の
対中国政策も民主と変わらぬだろうよw
大して何も日本が変わる事もない尖閣パーティー、

ま、民主が参議院で過半数取っていない時点で、財政赤字の増大と、
今寝ぼけた国民は何年後か、イギリスみたいにデモしても、もう後の祭りw
福祉不要の大金持ちだけが、余裕で、財政赤字理由に低所得層の社会保障を切られまくりw
民主過半数無しと小沢大型公共事業依存大手ゼネコン奉仕風潮が民主内で強まった時点で、社会保障負担増大政策をやり始めたしw
国民、尖閣パーティーしている間に、低所得者層地獄プランが増大。
労働者の味方と言われる社民、共産ですら、大型公共事業依存大手ゼネコン労働者を大事にするしw

23 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/13(土) 12:46:01 ID:iTAv0O+a
>>16-18
チャクラの覚醒が必須ではあっても、それは結果としてもたらされるものです。
一代氏が説明した通り、善行による積徳の繰り返しで浄化を図らないと無理であり、
心と智慧の修習の結果としてチャクラの開花があるのです。
その準備をすることなく、ただ技法によって即席で強制的にこれを謀ろうとすると
必ずといっていいほど破滅するだけです。

三十七道品とはいっても、その中の技法的な部分はごく僅かでしょう。
大部分は心修習と智慧修習の意味であり、これはヨーガにも共通するものです。

唯識思想がヨーガに関係しているといって瑜伽行唯識派をあげたところで、
それのどこがクンダリニー・ヨーガだということになるのでしょうか?
ゴータマがクンダリニー・ヨーガの実践者であったという根拠も不明です。

クンダリニーというのも、
クンダリニー・ヨーガの実践でなければ覚醒上昇しないということではなくて、
それは相対的な霊的修行の成果の一過程(解脱の完成などではない)として起こるものであって、
正しいプロセスを経てさえいれば(クンダリニー・ヨーガの実践などなくても)、
誰でも時期にごく自然と起こる出来事です。そして、ただの通過点に過ぎません(解脱ではない)。
そのことを知る正しい師は、左道密教(破壊破滅の道)などを推奨することは決してありません。
急がば周れの格言は、ここでも通用します。

24 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/13(土) 13:28:41 ID:iTAv0O+a
>>23
訂正:
 ×相対的な
 ○総体的な

25 :神も仏も名無しさん:2010/11/13(土) 15:57:20 ID:8kby9yYh
現代の
どんな地質学でもアトランティスやレムリアを扱わない。
どんな生物学・人類学でも、
○○根本人種は言及されない。

もし神智学が正しいなら、現代科学はおかしい。

ではなぜ科学の分野である文献学や仏教学を真に受けて
大乗非仏説を支持するのか。
一貫性が無いのではないか?

26 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/13(土) 19:26:05 ID:iTAv0O+a
>>25
現代科学のすべてが正しいわけではありませんが、
確実に進歩前進している部分があるのは本当でしょう。
やはり、認められる部分と認められない部分(科学の未発達や発見の遅れからくる誤認)とがあります。

アトランティスの存在根拠は確かにあります。
ヨーロッパウナギ、ヨーロッパのタビネズミ、
ノルウェーの鳥類などの不可解行動(渡りを行っていた先祖から受け継いだ本能行動の可能性)や
アトランティス大陸の名残の筆頭として上げられるアゾレス諸島など・・・
こちらについては、もう遠くない時に公的にも認められると思います。

○○根本人種というのは、神智学側独自の区分であって、
元々からして科学のライン上に乗ってくるような話ではないでしょう。
しかしながら、神智学が説くように人類の祖先という意味での猿的な哺乳類は、
更に太古の時代にまで遡れることが科学的にも定説化するでしょう。

文献学の大乗非仏説というのは、
その根拠となる理由と経典の記述内容からみて非常に整合性が取れています。
これは評価されてもいい科学の成果です。

大乗経典(大乗仏教の教え)が無価値などといったことがありません。
ゴータマが説いたものではない、といっているだけです。
いつまでも仏説などと偽るのではなく、
堂々と一つの素晴らしい実践宗教(ピンキリですが・・)として主張されればそれでよい。

27 :神も仏も名無しさん:2010/11/13(土) 19:46:40 ID:FQyEq2fJ
>>26
神智学(真我への気付き?)が無価値などと言ったことがありません。
ゴータマが説いたものではない、といっているだけです。
いつまでも仏説(仏教と共通、同内容)などと偽るのではなく、
堂々と一つの素晴らしい実践宗教(ピンキリですが・・)として主張されればそれでよい。


( ̄ー ̄)ニヤニヤ

28 :神も仏も名無しさん:2010/11/13(土) 20:06:34 ID:+mP4ck51
>>27
だよね。仏教というのは止めてくれよんしんちゃん


29 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/13(土) 21:12:36 ID:iTAv0O+a
>>27-28
まっ、悔しい気持ちはよく分りますが・・・
私は神智学がゴータマの説いたものだなどといったことは1度もありません。

ただ、
 『「一切の形成されたものは空である」と明らかな智慧をもって観るときに、
人は苦しみから遠ざかり離れる。これこそが人が清らかになる道である。』(ウダーナヴァルガ.12:7)

こういう経文を無視することなく、正しく仏教を理解してからいいましょうね!
「一切の形成されたもの」が「空」だということ。
「一切」とは物質現象界についての限定です。
「空」も然りで、「空即是色」とある通り。

ホトケも「空」、
ニルヴァーナも「空」などという寝言は辞めましょうね^^


30 :神も仏も名無しさん:2010/11/13(土) 21:18:55 ID:FQyEq2fJ
>>29
がっかりだよ・・。

>「一切」とは物質現象界についての限定です。
>「空」も然りで、「空即是色」とある通り。
隠居同様、色しか考えない物質主義者だったか・・・w
後四蘊を無視する立場だったか・・・w

(;´ー`)y━~~

31 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/13(土) 22:00:55 ID:iTAv0O+a
>>30
>後四蘊

“すべて”を「空」などというからカラッポ(空)といわれる。
空を説くそんな理論など、所詮は空論に過ぎないということ。

世間が実体だと見なしている「色」は実体のない「空」に過ぎないから、
これらを実体視して固執することは止めなさい、と説くのが仏教。
その同じことの繰り返しに過ぎない。

このことを単に知的に(理論として)見るのではなくて、
実際に“体感せよ”と説くのが仏教。それが解脱の境地。
解脱した先も「空」なら無意味です。

所詮、あなた方は実体論に対するアレルギー反応を起しているだけです。


32 :神も仏も名無しさん:2010/11/13(土) 22:19:21 ID:FQyEq2fJ
>>31
>「一切」とは物質現象界についての限定です。

『受想行識は「一切」の範疇ではない』、と
こういう御意見で宜しいですか?

33 :神も仏も名無しさん:2010/11/13(土) 22:22:38 ID:8kby9yYh
タビネズミって何のことかと思ったら、
レミングのことか。

あれは都市伝説ですよ。

34 :>19,20にコメントしようとしたらこうなった ◆4yy3YEx6Zc :2010/11/13(土) 22:55:34 ID:Z33dwsn3
今日は縁を頼って偉い坊様の話を聞いてきました。
一応全国的に名前の知られている方で、これまた歴史的な御寺で3時間ほど拝聴してきました。
正法眼蔵の授記に関する講義だったのですが結構なものでした。
修養の方法が自分が馴染んでいる方便と異なる宗派の方でしたので、細かい事はわかりません

「よい感化をうけた」とハッキリと感じます。即物的な快適さ以外にいくつか啓発された事もありました。
知る事と行う事の釣合は大事だと痛感しました。ただ何しろ話をされるのは大人物で私は小物
ですので、私は行い重視でいこうかな、とは思いました。

歳をとってくると誰でも感じる事だと思いますが、
 返すべき恩義は多く 残り時間は少ない 、のでがんばりたいと思います。

35 :神も仏も名無しさん:2010/11/13(土) 23:26:11 ID:8kby9yYh
ヨーロッパウナギの取り立てて特異でもない生態。
候補地に浮かんでるだけの島。

これでは、苦しい。

36 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/14(日) 00:29:23 ID:lBBetLoZ
>>32
はぁ?

色受想行識の五蘊すべてが空です。
「五蘊盛苦」---<苦なるものは我がものではない。我ではない。
 我ではないものは実体ではない。つまり、実体無きものがこれ「空」なり>

なにも肉体とイコールでないものも、
所詮は仏教の説く一切(現象界)の範疇です。
これ(有為)を超えたものがニルヴァーナ(無為)です。
従って、ニルヴァーナとホトケは空にあらず。


37 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/11/14(日) 00:32:30 ID:lBBetLoZ
>>33>>35
http://www.ntv.co.jp/FERC/research/19990228/f004.html

38 :神も仏も名無しさん:2010/11/14(日) 00:54:12 ID:IOtPHPJ7
>>36
ハァ?(゚∀゚)

「空」の話なぞしておりません。(私個人、「空」という言葉、概念にこだわりありませんからw)
「五蘊」と「一切」の話です。話をすり替えないでください。

>なにも肉体とイコールでないものも、
>所詮は仏教の説く一切(現象界)の範疇です。
ならば、>>29で殊更に
「 >「一切」とは物質現象界についての限定です 」(及び「 >「空」も然りで、「空即是色」とある通り 」)
と、強調する必要は(今の流れ上は)ありません。29の段階で、>>36 「 >一切(現象界) 」と述べるだけでよいのです。
貴方が【わざわざ】【自分から】【物質面を強調してきた】ので、横槍を入れました。
(これまでの貴方は、「そのような限定・強調」をせず、常に>>36 「 >一切(現象界) 」と発言していたからです。)

39 :神も仏も名無しさん:2010/11/14(日) 01:01:12 ID:IOtPHPJ7
宝珠関連は極一部しかURL集化してないが、
隠居同様、総まとめが必要なんかな・・w

(捜索・選別すべきレス数は隠居の比じゃないからなぁ・・w  orz )

40 :神も仏も名無しさん:2010/11/14(日) 07:39:13 ID:3QXm/tBa
>>36
そんなトンチンカンなこと言ってるのは宮元啓一とか一部の文献学者だけだよ。
テーラワーダでもチベット仏教でも言わないし、きっちり誤解だと明言されている。

歴史的にもそんな見解をとっている伝統仏教者を私は知らない。



41 :神も仏も名無しさん:2010/11/14(日) 09:47:02 ID:Od++Cjwy
37
言い出した人の主張を紹介するのは簡単。
それでいて、それだけでは意味がない。

「釈迦は輪廻に否定的」の意味を読み替えた人だって
立派に本は出してるじゃない。

42 ::2010/11/14(日) 11:00:13 ID:ftlL2Owr

新アジア仏教史〈02〉仏教の形成と展開―インド2 (新アジア仏教史 2 インド2)
奈良 康明 (編集), 下田 正弘 (編集)

佼成出版社  2010/10

  ☆  74ページ  ☆

スッタニパータ(三五一)

 「死を繰り返す輪廻を余す事なく捨てられた方にすがって、
  私は浄らかな真理を説いて下さいと言うでしょう。
  如来の方々は事を慎重に熟慮され成しえられるのです。」

 − − −

 ↑ 輪廻を余す事なく捨てる事が出来ていない人は、
   輪廻を繰り返す。
   と私は解釈しています。

43 :神も仏も名無しさん:2010/11/14(日) 15:49:42 ID:z7VvUMmn

いや、まんまじゃん

44 :神も仏も名無しさん:2010/11/16(火) 00:09:48 ID:2TrRMlAM
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/594

隠居はやっぱり中韓の人間だな。
正当な論理、或いは明らかな証拠、或いは論理矛盾の指摘、が、どれだけ突きつけられようとも、
それらを一切スルーし、或いは周縁の論点にスライドさせ本論から逃げ、
無根拠で筋の通らない強弁を繰り返す・・。ほとぼり冷めたら繰り返す・・。
そんな発言のし方がそっくりだw
或いは民主党員かもしれんなwww

45 :神も仏も名無しさん:2010/11/16(火) 20:36:16 ID:2TrRMlAM
スレが違えば、(論破・・とまでは言わないでおいてやるがw)、
指摘・反論されていないことになるようだな・・w

おめでたい野郎だw
詭弁強弁の陳列。
中身のない、その場限りの切り貼りの言葉の羅列。
現内閣そっくりだなwww

46 :神も仏も名無しさん:2010/11/16(火) 23:07:38 ID:2TrRMlAM
唐揚

47 :神も仏も名無しさん:2010/11/17(水) 00:28:38 ID:vJF1PvKz
>中韓

隠居が前に繰り返してた「東南アジア(の仏教)」
という言葉の使い方と同レベルになってる。

わざわざ相手のレベルに身を落とすことはない。

48 :神も仏も名無しさん:2010/11/17(水) 02:47:01 ID:FMjVfghM
本当の尖閣 海上保安庁1
http://www.youtube.com/watch?v=AZzR02rD7S0&feature=related

本当の尖閣 海上保安庁2
http://www.youtube.com/watch?v=P2qq-mDV1CY&feature=related

本当の尖閣 海上保安庁3
http://www.youtube.com/watch?v=-5W5I0xkRsE&feature=related

本当の尖閣 海上保安庁4
http://www.youtube.com/watch?v=3k5IgLYp2YY&feature=related

本当の尖閣 海上保安庁5
http://www.youtube.com/watch?v=hXI0DwLxOhA

本当の尖閣 海上保安庁6
http://www.youtube.com/watch?v=uPMM6GHWRFw&feature=related


解放軍【×尖閣諸島】【О???】中国領土を守る
http://il.youtube.com/watch?v=dgyE0NUNccI&feature=related

49 :宝珠愚者:2010/11/17(水) 23:38:29 ID:DCnscwc3
>>38
はぃハイ。
別にいいですよ!

私も「空」というアプローチに、特にこだわりはありませんから。
(逆にこだわりを示す人々のほうが違和感を感じるような・・)
では、 「一切(現象界)」と「無常」「無我」の関係ねぇ。

「色」とは元々、肉体のこと(後に物質すべてを含めて意味するようになった)。
その他の四蘊は、たしかに「色」(肉体)とは区別して使用され、
肉体崩壊後にもある程度の期間、存続するものをも含めて
同じく物質現象界の範疇としての「一切」ということになる。
尚、科学上のおいては四蘊もただの物質科学の領域に過ぎない。

ニルヴァーナ(無為)及び涅槃に座しているホトケ(如来)は、
この一切(有為)を超越しているから、(一切からの)解脱者と呼ばれる。

50 :宝珠愚者:2010/11/17(水) 23:43:01 ID:DCnscwc3
>>40
だから・・・全部、間違えたと。
伝統の師(聖者)たちも・・・(いうのが、私の意見です)。

数百年、いや、もっと古い時代に・・・
部派教団の時代から間違えて誤解のまま継承されてきてしまったのでは?
本来は物質現象界(有為)に限定されるべき「一切法」の中に、
部派仏教の時代においては、「無為」(涅槃)もその「一切(法)」の中へと入れるようになった。
と、水野氏が述べているのですから、きっとそうなのでしょう。

学問の世界からでなければ、
この誤解が(それとして気付いて)提示されることは、まず在り得ないのでしょうね。

仏門法門の伝統の中からでは、やはり無理でしょう。


**只今、PC投稿規制中(涙)

51 :神も仏も名無しさん:2010/11/18(木) 08:01:06 ID:DftNmuBk
>>44
>>45
セブンさんか。そうであれば、悪態ばかりついていないでw、「仏教界の大問題」
である「空における相互依存性」をあなたがいとも簡単に否定した根拠を示し
てくれ。「因果関係」では、実体論であり、空は成立しない。「釈迦の言葉」
は不要w。

竜樹は、「万物の相対性」により「空の原理」を根拠付けた。「相対性」とは、
「相互に依存する(dependent on each other)」という意味。

私は、民主党どころか、民主、民社、共産どのサヨク思想の批判とその源泉の
追求から、キリスト教とそれに類似の要素を有する釈迦仏教に至った。現在、
ニュース速報スレでサヨク叩きに忙しい。

52 :51隠居復活w答えろよw:2010/11/18(木) 16:22:45 ID:4yZE7Qp+
病的一神教徒宗教者、隠居生命教脳の解析を始めようw
さて、隠居生命教は人間の精神苦の原因分析を否定し
病的一神教のように生命で解決できうる宗教である。
チリの閉じ込められた19歳のジミー君は毎日PTSDに苦しみ、母親と一緒でないと寝られない(朝日新聞)
らしが、

病的一神教徒宗教者、隠居生命教の宗教患者の脳の見方は異なるようであるww

153 :神も仏も名無しさん:2010/10/16(土) 19:57:57 ID:v434uxvf
>>152
チリの作業員たちは、生命が助かった喜びで、PTSDなどもはや存在しない
ようだな。

隠居生命教がこのような人間の精神の苦を無視できる病的宗教患者の姿の予想が可能であるw

隠居は幼児期、カルト系キリスト教教団(エホバ)による虐待を受けた、と予想される。
思考回路が病的なアルカイダ、タリバンの思考と同じである。
隠居的病的宗教患者の思考こそが宗教戦争の根源であるw

そして、最近の学説によると幼児虐待をする人間の脳は幼児虐待されているので、
感情のコントロールを司る、大脳辺縁系及び海馬の縮小が見られる、
他者の精神の苦や感情に対する共感が低下し、平気で残虐な虐待ができうる。

故に、隠居生命教は感情及び、人間の精神の苦の原因分析を否定し鈍感であるが故に、
人間の精神の苦、感情を分析する釈迦は隠居生命教で否定されるのであるw


53 :神も仏も名無しさん:2010/11/19(金) 11:45:07 ID:vwt78l90
酷い名前をつけられたラーフラのことも
別にかわいそうだとは思って無いのかも。

それとは別として
ラーフラの意味が「ナーガの頭」
でなかったら、自分も釈迦をフォローできない・・・
王族じゃなかったら名前をからかわれてへこんでるだろう。

54 :神も仏も名無しさん:2010/11/19(金) 20:52:43 ID:kIJ83woZ
>>51
> 「空における相互依存性」をあなたがいとも簡単に否定した根拠を
私が反論したのは、『相互依存のみを見、因果関係(≒時間性)の排除』に対してです。
何度同じことを言えば理解するのでしょう。
筋違いの答弁を繰り返す、ここ数日の内閣閣僚と同じじゃないですかwww

>「因果関係」では、実体論であり、
大間違いです。実体でないもの(・こと)に因果関係は成立しないのですか?w
(これも何度も御指摘申し上げましたw)

> 竜樹は、「万物の相対性」により
はい、ここが大間違いです。
貴方は、『 >万物 』を、文字通り『物(rUpa)』でしか見ていない。
だから、上のように『因果は実体を前提としている』という頓珍漢なことを言い出すことになるw

> 「相対性」とは、「相互に依存する(dependent on each other)」という意味。
そのことは、「そうした関係性を結ぶものが『実体』であるという限定」を持ち合わせていませんwww

55 :神も仏も名無しさん:2010/11/19(金) 23:54:43 ID:D+2Iy3+L
>>54
「大間違い」「大間違い」と随分鼻息が荒いが、そもそも、小乗のあなたが
大乗の空を理解することが可能なのでしょうか。

今日立ち読みした島田裕己さんの新著でも、釈迦の空と般若心経の空とは
全く別物と言っています。これに対するコメントは?

時間は、今ここの生命が認知しない限り存在しません。従って、時間は存在
しません。

竜樹は、「もろもろの存在」について述べています。やはり「色」でしょうね。
「色」だが、無自性だから、執着に値しないと言っているだけです。

一方向の「因果関係」で空が成立しますか。それは空ではなく、「支配・被支配」
という実体論です。因果関係を認めないと、「業報論」が導けないからでは
ありませんか。

竜樹は、苦、集、滅、道の存在を否定しています。
「苦、集、滅、道が存在しないのであるから、苦を滅していかなる道(悟り)に
到達するのであるか」(中論24:25)
「(苦は)その本性として遍知されないものとすれば、それがさらに、どうして
遍知されるのであるか。本性は、実に固定的なものではなかあろうか」(中論
24:26)


56 :宝珠愚者:2010/11/20(土) 10:50:58 ID:Qo4uLASP
>>55
横レス失礼!!!

>竜樹は、苦、集、滅、道の存在を否定しています。
>「苦、集、滅、道が存在しないのであるから、苦を滅していかなる道(悟り)に
>到達するのであるか」(中論24:25)
>「(苦は)その本性として遍知されないものとすれば、それがさらに、どうして
>遍知されるのであるか。本性は、実に固定的なものではなかあろうか」(中論24:26)

これは勝義に過ぎない。

ただ、勝義の視点から、
「輪廻は存在しない(輪廻していない)」
「はじめから苦、集、滅、道もない」・・・などといったところで何も変わりはしない。

勝義の知っただけでは無意味であり、凡人には無価値です。
ヒンドゥーにも同様、ジュニャーナ(知恵と知識の道)というのがある。
しかし、これを知ったところでこれだけでは全くの無価値です。
これだけで成就する者も、また皆無。
知的理解だけで悟った気分に浸る禅世界も同様です。

最も困ったことは、
こういう勝義の言葉をただの唯物論者が利用する愚行なのです。

真の勝者は、
勝義をそれとして(正しく)知りつつも、それだけでは無価値であるとの理解を保って、

尚且つ、現実的な実践道を着実に歩む人のことです。

57 :神も仏も名無しさん:2010/11/20(土) 12:45:13 ID:C7eyM/HF
>>56
釈迦とは異なり、竜樹の理論は、世俗界・現実界に適用しても、論理的に1点
の破綻も無い。「世俗的なことにもとづかなくては、第一義は説示されえない」
(中論24:10)のだから。

そもそも、「勝義」の根拠は、一体何か。

>真の勝者は勝義をそれとして(正しく)知りつつも、それだけでは無価値で
>あるとの理解を保って、尚且つ、現実的な実践道を着実に歩む人のことです。

それはまさに一般の生活者(世俗人、凡人)のこと。彼等は、生存努力という
選択不能な「大修行」の中で、悟りを開いている。あるがままの生を生きること
自体が、「悟り」なのである。宗教者の修行のような「お遊び」ではない。

釈迦、イエスを含め、すべての人間、すべての生物は、物質に100%依存しない
限り一瞬も生存できないという意味で、唯物論者である。

58 :神も仏も名無しさん:2010/11/20(土) 12:49:01 ID:1dISWLbT
>>55
> 今日立ち読みした島田裕己さんの新著でも、釈迦の空と般若心経の空とは
> 全く別物と言っています。これに対するコメントは?
私の見解は、「相違がある」・「共通点は無常・無我(非我)であるということ」と再三再四述べていますが?w
龍樹によって純化されたことで、その共通点が縁起(及び三法印)とダイレクトにリンクしましたが、
「初期仏教の空」と「大乗仏教の空」は違うというのは、学界・仏教界の「常識」ですw
島田程度の言辞は学部生でも言えること。何の感慨もありませんw 所詮、小物です。
(彼は“宗教”学者であり、仏教専攻でもありませんしね・・w)
 *(【他人の言辞に便乗】するのでなく、中部「小空経」(及び「大空経」)でも読んで、
  【御自身の見解を構築】されたら如何ですか?www)
 *(ちなみに、大乗思想は「空」のみによっているわけではありませんよ?w
  あくまでも、般若経典群の系譜としての一流派にすぎません。
  龍樹以降、そこを外せなくなったので、どの系譜も「空」というラベルを使用しますが、
  その解釈・援用の仕方には多様なものがあります。(特に現代日本仏教を見るなら尚更ねw))

> 時間は、今ここの生命が認知しない限り存在しません。従って、時間は存在しません。
貴方の言辞に乗った言い方をするならば、
《認知があろうがあるまいが、「そこに生命がある限り、その生命の存在すること、
(変遷・(細胞等組織の、或いは心的在り様の)再生産を伴いながらも)存続していること」が、
時間が存在する》ということです。
「変化=時間」という視線は、貴方自身の口からも出ていたと記憶しますが?w

> 竜樹は、「もろもろの存在」について述べています。やはり「色」でしょうね。
(「存在(bhava)」については反証材料も併せて提示済みですが、スルーしっ放しですね。
〈都合の悪い指摘には触れず、別のことを述べる。或いは無視してリフレインを続ける〉。
今の内閣の答弁とそっくりですねw)

59 :神も仏も名無しさん:2010/11/20(土) 12:49:58 ID:1dISWLbT
>>55
> 一方向の「因果関係」で空が成立しますか。
しますねw
> それは空ではなく、「支配・被支配」という実体論です。
ハァ?(゚∀゚)
その理由を、是非、解り易く解説していただきたいものです。
そのような頓珍漢な理屈は、全世界で貴方によって初めて提起されたものなのですからw

> 因果関係を認めないと、「業報論」が導けないからではありませんか。
ハァ?(゚∀゚)
「業論(業報論)」は、突き詰めれば「因果」と同義なのですよ?w
導くも何も、同じことなのです。善悪(の行為)の側面に特化した際のラベルが「業(業報)」であり、
その現象面に特化した、(ズームアウトの極まで)俯瞰した際のラベルが「因果」であるだけです。
そして、何度もお尋ね致しました。
『「貴方の生」に(→「貴方の(貴方という)生命」に)「因果」は存在しないのですか?』と・・w
一向にお答え頂けていませんが・・・www

> 竜樹は、苦、集、滅、道の存在を否定しています。
その言い回し、文言はともかく、
もし、四諦を否定しているならば、『龍樹の思想は仏教ではない』ということになります。
四諦無き仏教などあり得ないからです。
それは、《『四諦』が説かれていること・四諦に則していること、が、
(三法印同様)謂わば「仏教の定義」である》からです。


一言申し上げておきますがw、
私に対して意見を提示し続けるなら(=駄弁を垂れ流し続けるなら)、
これまでスルーしてきた指摘に御解答や反応をしてからにしてくださいw
貴方の指摘に対しては、全て返答済みなのですから。
貴方が、それに対してスルーしているだけですw

60 :宝珠愚者:2010/11/20(土) 13:17:30 ID:Qo4uLASP
>>57
>「世俗的なことにもとづかなくては、第一義は説示されえない」(中論24:10)のだから。

それは、(世俗の人々の)理解できる言葉と表現でなければ、
結局、無意味となってしまう・・・という程度の意味でしょう。

>そもそも、「勝義」の根拠は、一体何か。

世俗の価値観というフィルターを取り払い、
あなたのような唯物論者のご都合主義で真理(真実)の歪曲されることを防ぐためですよ。
その勝義となる真理そのものの視点は、霊的な視力と体感によって初めて直知できる世界観を示すものです。
世俗の視点からは絶対に推し量ることのできないものです。
よって、これは“一方通行のみ”によって提供される内容なのです。
その正しさは、自らの実体験でなければ確認不能であり、
これを直知体験している者だけが、この絶対的な正しさを主張できるのです。
残念ながら、これを知らない世俗者からは、その正否を判定することは不可能なのです。


>釈迦、イエスを含め、すべての人間、すべての生物は、物質に100%依存しない
>限り一瞬も生存できないという意味で、唯物論者である。

彼らは、
そんな程度の事柄などは・・・当たり前のものとして理解しています。
彼らは世俗の視点と勝義の視点、この双方を知りつつ、
勝義に至るための生き方を説く。
その生き方(修行生活)はお遊びなどじゃ〜ありませんから。

61 :1/3 ついでだ、投下しとくか・・:2010/11/20(土) 14:21:30 ID:1dISWLbT
┐(;´ー`)┌

http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/660
>「どこかの誰かの『本』に書いてない」ということでしょ
いやいやw 仏教に関する知識だけじゃありませんよ?w
一般常識や対話(議論)のマナー、ヒトの認識の仕組み、現代医学等のスタンス、
乳幼児の観察、人間の思考・考察の傾向や癖、宗教(的考え方・文化)の発生発展、その歴史、
民俗学的な社会・文化への視線、etc.etc.etc. あらゆるものが欠けまくってるじゃないですかw
だから、「無知」だと中傷するのです。少なくとも、あれだけの大言壮語を吐くならば、
各領域のそれなりの基礎知識(【&常識】)くらい押さえておいて欲しいものです・・。 (ノ∀`)

あとな、(自分について評価めいた語りをするのは嫌なんだが)、
>「他人からの借り物」でない、あなた独自の見解で
俺の見解はな、伝統的解釈からは少しばかりズレてるんだよ。(だから、一代と意見が合わないこともある。)
 *(一代は「現代常識への阿諛」と批判するが)、
  「現代的価値観での再解釈や再構成」自体を悪だとは言わない。それが必要な場面もあると俺は思ってる。)
けどな、てめぇみたいに「気に入った部分だけイイトコ取り」はしねーんだよ。
「原点・原典・系譜の“捏造、俺様読み”」の上に、それ(現代的再解釈)を設けたりしないんだよ。
吟味し、理解し、納得し、頷けたことを、(全体の文脈に照らしつつ)言葉にするよう気をつけてんだよ。
 *(借り物発言は、てめぇ自身だろうがw
  「岩波辞書に載ってるから正しい」? 「仏教学の権威・大御所が言ったから正しい」? 笑わせんなw)
相手の意見、反対意見の依って来る文脈、理に目を向けることを疎かにはしないんだよ。
そこに理や整合性があれば、(そうした考察結果になるのもさもありなん、という理由があれば)、
評価もするし、時には賛同もする。「部分肯定全体否定」、「部分否定全体肯定」になる時もある。
相手の理が勝っていれば負けを認めもするさ。再考の必要性を感じることもあるさ。
(指摘や批判は、その発せられた理由(・背景)の吟味が受け手にとって必須なんだよ。)
それが、対話するということだ。論を交わすということだ。
てめぇに決定的に欠けているのがこれだ。ちったぁ自覚しろw

62 :2/3:2010/11/20(土) 14:22:32 ID:1dISWLbT
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/660
>「因」と「果」という「実体」が前提とされ
それが思い込みだと何度言ったら理解するのでしょうw
【「実体」である必要は全くありません】。
寧ろ、《なぜ、『「実体」である』『「実体」でなければならない』と考え得るのか》、不思議でなりませんw
そういえば、
「実体」絡みの話も、貴方が逃亡(スルー)したから議論が止まったのですよ?w
《「中道」は「道の両端」、「両端は実体」》の話も、貴方が逃亡(スルー)したから議論が止まったのですよ?w
《これあればかれあり》の話も(過去スレに原文挙がってますけどね・・今更ですがw)、
《(「あれ」「これ」「かれ」等)「代名詞」の指示対象は「実体」》の話も、
《原文・原典無視の翻訳依拠かと思えば、更に現代的再解釈こそが至高》も、
《対象を認識する際、刹那に静止させると、そこに「実体」がある》《高速度カメラ云々》の話も、
貴方が逃亡(スルー)したから議論が止まったのですよ?w
《生命現象の観察は、その根源を何ら担保しない》という指摘も、
《「死」は、根源性を担保しない》という指摘も
《「苦」は機能である》《○○という機能》の話も、
《貴方は「因果無き生活・生」を送っているのですか、貴方の生に因果は無いんですか》という問いも、
《岩波辞書執筆者》《執筆者選定》の話も、《仏教及び釈尊への現代的批判》の話も、
《諸行無常》についても、《自灯明法灯明の私のレス》も、《無明=生命》についても、
どれもこれもどれもこれも、てめぇが【スルーして】、【違う話題へシフトして】るだけだろがw
どれもこれも、既に【「論破」と言ってもいいくらいの「きっちりした反論」】をしてるんだよ。
それらを悉くスルーしておいて、いけしゃあしゃあと同じ問いをしてくんじゃねーよ。ボケナスが・・。
てめぇが「無知」で「世間知らず」だと言ったことの意味する所はな、
『社会的人間として、大人として、対話をする者としての、礼儀やマナー、文脈の把握等』に決定的に欠けているってとこだ。
どれだけ非礼の極みを尽くせば気が済むんだ?
てめぇには、「屑」という言葉さえ勿体無い。

63 :3/3:2010/11/20(土) 14:24:03 ID:1dISWLbT
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/660
>「因果関係」でどうして「空」が成立しうるのかご説明ください。
「因や果は実体ではない」。(そんな例は五万とある。)
これを「前提」とwする限り、因果関係(≒時間性)を持ち込むことで「空」が成立しないなどということはない。
「実体的、固定的」に見るから、顛倒妄想であり、「無明」だと言うんだ。
 *(次の段を受ければ、「因や果は実体である」という「誤った」「前提」だから成立しないだけだ。
  その「前提」自体にメスを入れてみろ。)
 *(俺と或る名無しとのやりとりも読んでないのか? (その割には横入りしてきてるようだがw))

>諸行無常」も「常である行」の概念を前提として
馬鹿か?w
「 >「常である行」の概念 」が倒錯であるから、「そうではないよ」と言われるんだよ。
「行 saNkhAra 」自体が、「無常なること」を既に含意してるんだよ。
それに、ここでの前提は、「肯定的前提」なんかじゃねぇ。「行」とも直接関連したものじゃねぇ。
「常なる(実体がある)」という通念が「前提」としてあるから、対の「無常なること」が提示されるわけだ。
それこそ、相対概念であるから、常-無常と対比されんだよ。【対概念として前提である】だけだwww
また、世間一般で【疑問なくそのように見做されている】という意味での「前提」なんだよ。
どこにもおかしいことはない。
 (参:http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/229


>>61
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/616
>> 397
> 「一切皆苦」「釈迦は常に正しい」。
だからwww
「○○が言ったから正しい」なんて誰も言ってないのw
(確認した上で)「内容が正しい」と言ってるだけなのw
たまたま最初に説いたのがお釈迦さんだっただけなのw

64 :神も仏も名無しさん:2010/11/20(土) 18:10:56 ID:G6iNag7p
>>63
>俺と或る名無しとのやりとり・・・・

これはもしかして、俺のことか? セブンwww

(また、規制で携帯しか使えん。隠居叩くにも、長文アウトだww)

65 :神も仏も名無しさん:2010/11/20(土) 18:43:44 ID:1dISWLbT
>>64
yes。

66 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 00:04:30 ID:TR/mnwZy
>>59
一方向の因果関係は業報論だから、バラモン教と同じ。空はどこへ行ったw。

67 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 00:30:04 ID:2lBO8ftN
>>66
馬鹿丸出しだなw

>一方向の因果関係は業報論だから、
或る意味その通り。59でそう書いてるじゃないですかw
そして、「業論者・行為論者(kamma-vAdin)」と称された如く、仏教の要であり、
これを抜きにしたものは「仏教」ではないのです。理解できませんか?w
 *(そして、四諦も業報も、縁起を軸としているわけです。
  貴方はホントに「空」がお好きなようですが、「四諦」や「縁起」無き仏教があり得るとでも思ってるんですか?www
  「空」という言葉・概念・考え方無しでも仏教は成立するんですよ。
  そして、「空」のみで構築された思想であれば、(そのようなものが、もしあれば)、
  それは仏教ではなく、何か他の思想であるに過ぎませんw)

>業報論だから、バラモン教と同じ。
だから何?と言いたい所だがw、少しく当時の他の思想を擁護しながら述べるなら、
『「倫理道徳」及び「善悪」の基礎』だから、それらに触れる思想は全て、業報(論)を前提とするんだよ。
もし、世界に、業報を基軸としない倫理道徳が存在するなら、是非とも御教え願いたいwww
 *(また、近代法においても、業報が前提とされていませんか?だからこそ「罪を問う」のではないですか?
  〈原則として「当人による行為の罪を問う」〉ものであるから、情状酌量の道を設けているのではありませんか?)

>空はどこへ行ったw。
何度も言うが、「空」という概念なくとも仏教は成立するんだよw

68 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 00:44:18 ID:BIepeTfX
>>67
「釈迦=仏教」というのは誤りだろう。仏教とは、後代の多くの人々が、釈迦の
思想にヒントを得て、膨大な思考を積み重ね、それを改良・発展させたもの。
だから、世界宗教たり得る。開祖の盲信は、単なるカルト。

「もろもろの存在は、どこにおいても、いつでも、決して自己より生じたもの、
他者より、両者より、さらに無因より、生じたものとして存在するのではない」
(中論1:1)。

「関係性」という「空の原理」の大発見です。

69 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 00:58:13 ID:2lBO8ftN
>>68
また馬鹿丸出しだなw

>「釈迦=仏教」というのは誤りだろう。
だったら、貴方は、「仏教」という名称・呼称を使用せず「龍樹教」「空教」「相互依存教」とでも言えばいいwww
「仏教」という名称・呼称には、そうした歴史的経緯も常に含意されるんだよ。馬鹿垂れがw

>「関係性」という「空の原理」の大発見です。
「空」とは「関係性」のことではない。
「自性無きこと」を「空」と言うんだよw いつになったら理解できるのかねぇ・・w (;´ー`)y━~~

70 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 01:01:31 ID:id/9Nxo/
>「自性無きこと」を「空」と言うんだよw 

エッ?
ごしごし

71 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 01:03:43 ID:BIepeTfX
>>69
「万物との関係性」の産物だから「自性がない」のですよ。

72 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 01:15:51 ID:id/9Nxo/
>>71
関係しようと思えば自性が必要ですよ。

73 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 01:27:14 ID:BIepeTfX
>>72
すべてが関係性という抽象性の産物であれば、自性は必要ない。

空とは、「何も無い」ということではない。厳然として実在するが、関係性(空)故に、
「執着すべき自性はない」と言っているだけのこと。

竜樹も説明に苦労して、「幻の如き」と言っているが、「幻」とは言っていない。

74 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 01:49:27 ID:id/9Nxo/
>>73
関係性というのは、抽象ではなく、関係し得る実体があることになり、
「執着すべき自性がある」と言うことです。
それが空です。

75 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 01:52:07 ID:BIepeTfX
>>74
その実体自体も、関係性の産物としたらどうなる?

76 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 01:53:47 ID:id/9Nxo/
>>75
また繰り返しですが、関係性の産物ということは
関係しているのだから自性があるということになります。

77 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 02:01:17 ID:BIepeTfX
>>76
すべてが関係性の産物だとすれば、その関係性は無限小まで連続する。

78 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 02:14:51 ID:id/9Nxo/
>>77
無限ではなく、どこかに原因があって、そこから始まっていると思われます。

79 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 02:46:32 ID:BIepeTfX
>>78
その原因も、関係性の産物であったらどうする?いくら繰り返しても無駄
である。

80 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 03:13:06 ID:id/9Nxo/
関係した、された、しなかった、されなかったと
いうとき、すでに「それ自体で存在する」主体とrelationshipが繋がっており、関与しているからこそ
そういうことが判断されたのだから、それ以上にこの主体を分解することはできません。

81 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 09:23:53 ID:2lBO8ftN
縁起. ┯ → 無自性 → ┓
     .|              ┃
    .└ → 関係性. ≒ .┸ → 空
      (≒相互依存…不可逆的)
━━━ ─ --- - - - -
      (≒相互依存…≒可逆的)  *(ま、実際は可逆的事象などあり得ないわけだが・・w)
個物. ┳ → 関係性 ― ≒ 空
実体. ┃      :
 ||  ┃      :
 ||  ┃     ↓
 ||  ┗ → 自 性 →. ≠ 空
 ||       .│
非「縁起」 .← ┘
非「空」


図のように、「関係性」という視線は双方に関わってくる故、混同・錯綜し易いが、
図下部の如きであることを忘れてはならない。
そして「関係性」や「相互依存」に目を奪われ、それを主軸(原点)に据える時、
その思考・考察は、(特に、矢印の逆考察をした時)容易に「実体論」へ堕す。(たとえば>>74のような方向で。)
ましてや、「個物」や「実体」、或いは原子・素粒子等「最小単位の類」を原点に据える時、
それは「反仏教」以外の何ものでもない。
 *(ちなみに、隠居が「因果」及び「時間性」を批判する時、
  A《「刹那の最小スパンで切り取れば、そこに実体が見られる」。故に「因果は実体を前提としている」》、と言うことがある。
  一方、そこに関連する形で(>>74>>72)のように)
  B《「関係し合うには(関係し合うということは)、すなわち『実体』の前提(存在)が必須である」、
   「『実体』が前提とされるから(存在するから)こそ、そこに関係が生まれる」》、という考え方がある。
  隠居は、これに「空」という言葉で対抗しているが、実は自分がこの側面に陥っているという自覚がない。
  この側面に堕ちているから、Aのような「因果は実体と実体の因果である」という言をなす。
  この台詞が出る背景は、まさしく、図下部の如き、或いはBの如き思考に自らが陥っている証に他ならない。
  >>73の愚かさを見よ。隠居の「空」は、非縁起・非仏教の「実体論(実在論)」に他ならない。)

82 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 10:27:09 ID:U7mTfXau
>>81
一旦釈迦仏教に嵌った者には、大乗の空(竜樹や般若心経)を理解することは、
不可能か、極めて困難である。小乗と大乗とは、「異なった二つの宗教」である。
君は、本質的に異なる大乗を、懸命に小乗に引き込もうとしているだけ。石飛
も、その一例である。

大乗の空とは、「物が実在しない」などという非常識な思想ではない。「厳然として
実在するが、相互依存性・関係性故に、執着すべき自性はない」ということに
過ぎない。

釈迦とは異なり、竜樹は「倫理・道徳」の「言葉」や「スローガン」は一切説いて
いない。その基盤をなす、「他者との相互依存性・関係性」という「原理」を
見出したのである。

一方向的因果関係では、「因」が「果」を規定し、支配するという関係。そこ
には、大乗の空の片鱗も見当たらない。バラモン教の忌むべき業報論と何らの
相違も無い。

相互依存・関係性は、万物のあるがままの姿であるから、執着とはいえない。
人間も、関係性の中でしか、存在できないのだから。

竜樹が例えとして「仮設」という言葉を使ったのは、すこしまずかった。「仮
設」では、そうでない「本来の姿」があるという印象を与え、仏教者の誤解を
招いているようだ。竜樹の理論は極めて高度だから、その説明の難しさは、重
々理解できるが。

83 :試案:2010/11/21(日) 10:32:51 ID:2lBO8ftN
或いは、このような図示をすることもできるだろう。
「関係性」という視線を大きく受ければ、
縁起. ┬ 個物 ─ → 関係性. ≒ → 空
     .| (色)      (≒相互依存…不可逆的)
    .├ 受 .─ → 関係性. ≒ → 空
    .├ 想 .─ → 関係性. ≒ → 空
    .├ 行 .─ → 関係性. ≒ → 空
    .└ 識 .─ → 関係性. ≒ → 空
と。
「空」なることの本義から見れば、
縁起. ┬ 個物 ─ 無自性. → 空
     .| (色)
    .├ 受 .─ 無自性. → 空
    .├ 想 .─ 無自性. → 空
    .├ 行 .─ 無自性. → 空
    .└ 識 .─ 無自性. → 空
と。
もし、この時、個物を実体的に捉えるなら(実体・実在として或いは最小単位を設定するなら)、
そこが原点となり、縁起ということと断絶する。
         (色)
縁起 ┬×┯ 個物 . .┳━━━━━ → 関係性. ≒ → 空
     | . .| (実体)..┃      (≒相互依存…不可逆的)
     |  ?a    ?b
     | . .|     ...↓
 ... ..└─┴─── 受・想・行・識 → 関係性. ≒ → 空

五蘊に於いて、「色」と「後ろ四蘊」を別と見ようが一括して括ろうが、
色を「実体・実在」とする時、縁起とは乖離する。(それは無常なることの否定であり、変化の否定でもある。)
 ※?aは、「後ろ四蘊」をも実体と見る時。?bは、「後ろ四蘊」が「色」に依存する時。
   そして、「色」を実体としてさえ見なければ、?bのように四蘊が色に依存しようとも整合性は保たれる。
   また、ここで可逆性を見るならば、やはり縁起とは乖離する。
   果によって、【それを生じさせた】因や縁が生じるということはあり得ないから。

84 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 10:39:20 ID:2lBO8ftN
>>82のような詭弁を弄するから、「民主党員じゃねーの?w」と揶揄するのだよ。
得意の詭弁で>>62について弁明してみろ。拝聴してやるからw

85 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 10:46:46 ID:U7mTfXau
>>83
一旦釈迦仏教に嵌った君が、いくら大乗の空を理解しようとしても無理。
釈迦を一切捨てて、虚心に竜樹に取り組んでみることしかない、彼の「信仰の
表白」に惑わされないように。これは、飛びきり口が上手く、礼儀正しい竜樹の
「お世辞」に過ぎないのだから。

「関係性」は、常に変化している。一方向に固定したら、それはもはや大乗の空
ではない。

86 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 10:58:42 ID:U7mTfXau
民主党員とは、釈迦仏教徒と同じく、「マルクス教」「社会主義教」に洗脳された
「宗教信者」に過ぎない。宗教だから、現実の直視が不可能で、なりふり構わ
ぬ「自己正当化」のみに終始している。宗教による洗脳の恐ろしさ・根深さを、
如実に証明している。

87 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 11:40:14 ID:2lBO8ftN
>>86
>なりふり構わぬ「自己正当化」
また自己紹介ですかwww
あれだけ矛盾を塗り重ねておいてよく言う・・w
貴方の言辞の非論理性は(大勢から)詳細に指摘済みなんですがねぇ・・。
自分・自説の瑕疵を認めず聞かず、詭弁を弄することに明け暮れる姿を揶揄しているんですよ。
「仙石」とコテを付けたらどうですか?w

88 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 12:06:24 ID:b7LsyK6F
>>87
「生命」には、矛盾はないよ。「矛盾・非矛盾」を超越しているのが生命だ。
「生命」は、「今、この瞬間にある」だけ。それ以上でも、以下でもない。

貴殿も仏教者を自称するのなら、もっと修行して、もろもろの煩悩を除去され
たし。様々な理屈は「煩悩の塊」という感じだ。道元でも読んだら如何。

89 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 12:34:02 ID:2lBO8ftN
>>88
wwwww

『生命』に矛盾があるかどうかなんて知りませんよw
【貴方の言説に】矛盾が溢れていると言っているのです。
ホント、オツムが弱いですね・・。

90 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 14:00:07 ID:tUzlJSGB
>>89
「釈迦の言説には矛盾が無い」と信じ込まされている貴殿こそ、矛盾であろう。
釈迦の頭脳では、「空の理論」を確立する能力はなかった。ただ言ってみただけの
話。「世界を空と観ぜよ」とは、世界の実体性を前提としてる。世界自体の実体性
を「無自性」により解体して、「空の理論」を確立したのが竜樹である。

生命の刹那性とは、道元の「前後裁断せり」と同義だと思う。

91 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 15:09:02 ID:2lBO8ftN
>>90
自分の信号無視の是非を指摘されているのに、
「あの車は信号無視をしている」とだけ述べ、自分の行為には一切触れない。
そういう(現内閣的w)姑息さを指摘しているのです。
>>62の各項は、このままスルーして逃亡ですか?www

直近の矛盾を指摘してみましょうか?
>>82
>大乗の空とは、「物が実在しない」などという非常識な思想ではない。「厳然として実在するが
>竜樹が例えとして「仮設」という言葉を使ったのは、すこしまずかった。「仮設」では、そうでない「本来の姿」があるという印象を与え

『(物(万物)は) >厳然として実在する 』 と 『(物(万物)には) >「本来の姿」がある 』 との関係は?
前者は、貴方により「そうである」という肯定され、後者は「そうではない」と否定されます。
貴方の中での、この二者の別を説明していただきたい。
また、『「物」が実在する』とはどういうことですか?
(水の例では、『 >極小時間を取れば「水」という「変化しない実体」である 』
などと戯けたことをのたまっていらっしゃいましたが・・w)、
もしそうであるなら、そのような在り方が、【貴方の説に於ける「本来の姿」】となるのではありませんか?
 (参:仏教議論スレッド 07
    ttp://mimizun.com/log/2ch/psy/1286586010/
    http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/155
    http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/170
    http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1286586010/174 )
貴方にとって、『「物」が実在している』ということ即ち『本来の姿』ではありませんか?
【否定している貴方こそが、その否定に反し『本来の姿』を設定して】いませんか?(まさに龍樹と真逆の位相ですw)

ま、『 >厳然として実在する 』という考え方が、そもそも「非仏教、非空、非龍樹、非大乗」なわけですが・・・w

ちなみに、>「世界を空と観ぜよ」 の出典はどこですか?
それと、>>52にも早く答えてあげてください。逃げてばかりではカッコ悪いですよ?w

92 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 19:56:45 ID:HbKdXdan
>91
仮設(幻)であっても、人間はその仮設(幻)以外では絶対に存在し得ないのだから、仮設が「本来の
姿」になる。「色即是空」、されど「空即是色」である。「仮設」以外に本来の姿があるという誤解を招く
点で、その言葉はやや不適当。しかし、竜樹は、そうとしか云い様がなかったのだろう。竜樹の苦労は、
手に取るように分る。

厳然たる実在であっても、それが関係性という抽象性の産物であるから、「執着すべき自性はない(空)」
ということである。すべての物質は、「原子や素粒子の関係的集合」である。どんな美女でも、原子の関係的
集合だと思えば、振られても諦められるのかも知れない。これが「悟り」である。女体に欲望を感じたら、
その女の骸骨を思い浮かべよ、と言ったお坊さんもいたなw。

「世界を空と観ぜよ」とは、仏教の殆どの概説書に書いてあること。出典は、仏教学者であるあなたに
聞きたい。

大王は、仏教やっているのだから、大乗仏教の思想の真髄でも語って欲しいね。それを語っているのは、
非仏教徒の私一人だけ。ここの仏教徒は、殆どが小乗カルトの信者。維摩経、大乗起信論、華厳経
を初めとする大乗仏典や世界最高の思想家とも評される道元については、誰も語れないのかね。ならば、
仏教を論じることは止めるべき。

日本は、大乗仏教の国である。

93 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 20:18:31 ID:94LNlCPz
悟りとは永遠に良心から離れない又は忘れない状態のことだよ、人間の動物としての
感覚を麻痺させたり殺したりすることじゃない。その麻痺や無感覚が欲しいなら体ごと
捨てちゃえばいい、つまり自殺すればいい。しかし釈迦はそんな自殺など弟子に要求
しなかったし、生きたままちゃんと大悟した。

94 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 20:59:30 ID:HbKdXdan
>>93
「四苦」はすべて「人間の動物としての感覚」に関するものですよ。「煩悩」
も「動物としての人間」の身体から発するもの。「それらを無くせ」と言ってる
釈迦は、人間に「死ね」と言ってるのと同じ。

釈迦は、矛盾しまくり。釈迦が「悟った」というのは、あくまで彼の自称。
誰も確認してはいない。因果関係なら、バラモン教徒にとっては常識。
すべてがバラモン教や六師外道の受け売り。新しいことは何もない。

95 :夜回し先生:2010/11/21(日) 21:03:08 ID:Mq2z7Ia+
釈迦の教えというのには現に救われなかった
効果がなかった
無我、無心だけでは廃人のようになれとしか聞こえない
すべては空だ、と言われても、どこまですべてだ
八正道のそれぞれの解説に「正しい何々を…」って、
正しさの中身が書いてないんだよ!

96 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 21:13:38 ID:2lBO8ftN
>>92
なぜ、物についてしか語らないのですか?
【貴方には】「感情」「想い」「気持ち」「意思」「認識」「思考」等々は“存在”しないんですか?
・・・・・・まあいいです。今後もスルーし続けるおつもりなのでしょう・・。

>厳然たる実在であっても、それが関係性という抽象性の産物であるから
何でしょうか?コレはwww
「>関係性という抽象性」が「実在」を産み出しているのですか?
だとすれば、「実在」は前提でも何でもないじゃないですか。
貴方は何度も、(「空」は)【「実在物(同士)の関係性」である】と述べてきました。
「龍樹は万物の実在を前提として・・」とも述べていました。ここでも矛盾が発生しています。
「実在」よりも先んじている「関係性」ということで宜しいので?
貴方の大好きなw「万物」は、前提でも根源でもなく《「関係性」によって生起したもの》
ということになりますが、それで宜しいので?
であるならば、《貴方が繰り返す【「実在」と「実在」との「関係性」】ではなく、
【「実在」を生じせしめるような「関係性」】》ということになりますが・・。
《「実在」が前提であるのではなく、「関係性」が前提である》ということになり、
「龍樹はそれ(実在(≒存在))を前提としていた」という発言とも齟齬を生じますが、それで宜しいので?

>あなたに聞きたい。
知りませんよwww
少なくとも、「仏陀の言葉として伝えられたもの」という話を聞いたことはありません。
仏典の言葉でなく、各解説者による“空思想”或いは“心経”に立脚した際の
説明語句でしかないのではありませんか?
だとしたなら、またしても捏造発言となりますよ? 貴方はこれを「釈尊の発した言葉」と言ったのですから。
歴史的に大乗仏教まで視野に入れた、通仏教的な概説ということでしょうか?
或いは、般若経典群に、「同趣意」の文言があるのでしょうか?
いずれにしろ、釈尊在世時代には、「空」という語や概念は重視されておりません。

>殆どの概説書に書いてあること
苫米地と変わりませんねw 概説書のツマミ読みに勝手な妄想を重ね、独自な思想を構築する・・。
そっくりだw

97 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 21:17:22 ID:S6WkOHt3
>>95
正しさとは「変化」するもの。
事象に対する観点の遠近により、時代により、場所により、変化するもの。
つまり、縁起故に空である。
一般的には縁起により変化しやすい我見を離れたものが推奨される。
固定されない故に高度に覚醒された頭脳と広い知見が要求される。
簡単なものではありませんよ。



98 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 21:20:14 ID:HbKdXdan
>>95
>八正道のそれぞれの解説に「正しい何々を…」って、
>正しさの中身が書いてないんだよ!

その通り。釈迦は、「正しい」「正しい」「正しい」とくどいほどいうが、その
「正しさ」の基準については、何も分らず、語っていない。「狂人のたわ言」
としか思えない。

「一切皆苦」などと言いながら、時折、「楽しい」「楽しい」「楽しい」と
叫びだす。精神医学的には、典型的な「双極性障害(躁うつ病)」の患者で
ある。釈迦教徒とは、釈迦の精神病が感染したもの。精神病は感染する(感応
精神病)。

99 :神も仏も名無しさん:2010/11/22(月) 12:26:08 ID:vus5KArQ
学問や学問的っていうのは、
外からの見方ってことなんだろうか。

相手の言う事(伝えてきたこと)を
相対的に受け取って、自分の中で
整合性が感じられる説明を新たにつける。

Q資料や大乗非仏説もそのような「合理的」「学問的」推量によっている。
前者は初期キリスト教の記録でも存在が言及されない。
純粋に「説明は成り立つ」から支持される仮想物といえる。

「ジャーンの書」はプラーナからの盗用がなされている、という説があるが
宝珠は他宗教の一部信徒がQ資料や大乗非仏説を否定するように
これを排するだろう。

同じ本源に由来するからであって、盗用による捏造では無いのだ等の返答が予想される。
実際、自前の体系内では説明はついている。ただ、そのまま受けとる義理は外部の人には無いだけで。

100 :神も仏も名無しさん:2010/11/22(月) 12:42:48 ID:vus5KArQ
学問の世界から伝統とは違う知見が出てくる、ってのは
その程度の話でしか無いんじゃないかと。

そのまま受けとるか、受け取らず切ったり貼ったり
選んだりするなら情報の扱いそのものが違うのだから
過程も結論も異なってくるのは当然。

論理上の推量や校訂作業とかぶるので
少なくとも感覚的には説得力がある。

101 :宝珠愚者/代行:2010/11/25(木) 00:55:58 ID:qVvCEugF
>>99-100
仰ることはご尤もであり、故に弁明し難いのですが・・・。
それでも敢えて、分りきったようなレスをさせてもらうならば。

>「ジャーンの書」はプラーナからの盗用がなされている、という説があるが

これは、
つまり、共通事項と類似性が見られることから、
「やっぱりそうなんだ!そう(盗用)に違いない」などという、
最も短絡的な誹謗の類の典型だろうと思います。

こういうのは当時においても、現在においてもそう。
新興宗教というものは、どうしても如何わしくて胡散臭くて、
とても信頼などができないのです。
要するに、最初から“インチキ”だと決め付けているのです。

このようなものへの反論として、
私が編纂したこのウェブページを提供します。

http://houjugusya.web.fc2.com/hpb.html
『シークレット・ドクトリン(秘密教義)』の真実
宝珠愚者編著

102 :神も仏も名無しさん:2010/11/25(木) 11:03:47 ID:niqHPDix
>>101
そう、まんま99の下二行なわけだ。超古代から遺されている 『ジャーンの書』に現行の宗教・聖典から補記してる。という主張。

>つまり、共通事項と類似性が見られることから、
>「やっぱりそうなんだ!そう(盗用)に違いない」などという、

阿弥陀仏や仏国土やらがゾロアスター教の影響と言えるのは、
宝珠にとって外側のモノにすぎないからだよ。 だからそのまま受け取る義理が無かった。

『霊界物語』の執筆速度が常人を超えていたり、ただの商人が説いた 『クルアーン』がアラビア語表現の最高峰であっても、そのまま受け取らないのも同じ理由だ。
後代に影響を与える人や教えなのだから、どこか尖った要素があっても当然だろう。と、「外側から見る人々」は考える。

しかし「内側で信じる立場の人々」はそうした傑出した部分が 信ずる相手の真正性を裏付けるもの、
少なくとも傍証にはになる、と考える。いまの宝珠のように。

103 :宝珠愚者/代行:2010/11/27(土) 06:09:50 ID:iczTyNKA
>>102
>阿弥陀仏や仏国土やらがゾロアスター教の影響と言えるのは、
>宝珠にとって外側のモノにすぎないからだよ。 だからそのまま受け取る義理が無かった。

 つまり、この主張というのは、カルトに嵌った妄信者は“自ら脱することは有り得ない”という決め付
けになりませんか?

 これも結局は程度の個人差なのでしょうが・・・。
 自分の信仰する教えだけに留まらず、自ら外部情報(他の思想諸宗教やマスコミ情報)にも目を配
り、冷静に比較内省する意識も一方で持ち合わせていたことで、最終的には自らの意志によって脱
会を果たすケースについてです。

 例えばこの場合でいうと、理路整然とした客観的な情報によって、阿弥陀思想そのものがゾロアス
ター教の影響(或いは意識的な導入利用)であったことを、ついに認めることにした阿弥陀信仰者が
現れるケースのことです。
 これによってその人が、その後、これまでの阿弥陀信仰を捨てることとなるのか、或いは、自分なり
の理由付けにおいて納得することで阿弥陀信仰を続けるというものです。こ
 の人はたぶん、これまでとは全く同じではなくて、きっと何か新しいことを取り入れるか、または、従
来の部分的な何かを自ら改善するかもしれません。そのようにして自らを納得させると・・・。

 こういう人は出ないという考えで宜しいでしょうか?
外部からの情報や働きかけは無意味であると?

104 :神も仏も名無しさん:2010/11/27(土) 08:44:32 ID:w/6s/NT+
>>82 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 10:27:09 ID:U7mTfXau
>>81
>>一旦釈迦仏教に嵌った者には、大乗の空(竜樹や般若心経)を理解することは、
>>不可能か、極めて困難である。小乗と大乗とは、「異なった二つの宗教」である。
>>君は、本質的に異なる大乗を、懸命に小乗に引き込もうとしているだけ。石飛
>>も、その一例である。


小乗と大乗は異なった二つの宗教ではありません。
空の論理は大乗(大般若経)だけに説かれているものではなく、小乗(阿含経)にも説か
れているのです。ただ、空の論理を小乗の基本的な原理としては説いていません。なぜな
ら、仏教一年生に説くには早すぎるからです。


>>大乗の空とは、「物が実在しない」などという非常識な思想ではない。「厳然として
>>実在するが、相互依存性・関係性故に、執着すべき自性はない」ということに
>>過ぎない。


大乗経の空とは「物が実在しない」という思想です。
すなわち、空とは幻のことであって、幻(空)には物は存在しないという意味です。
もちろん自性もない。


105 :神も仏も名無しさん:2010/11/27(土) 08:45:43 ID:w/6s/NT+
>>82 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 10:27:09 ID:U7mTfXau

>>釈迦とは異なり、竜樹は「倫理・道徳」の「言葉」や「スローガン」は一切説いて
>>いない。その基盤をなす、「他者との相互依存性・関係性」という「原理」を
>>見出したのである。


倫理や道徳が説かれているのは小乗です。
なぜ、空と倫理や道徳が必要かというと、『縁起の法則』が存在するからです。
幻は心の中の思いから生じます。だから倫理に反することを行えば、それが因果応報の原
理によって自分自身に苦として返ってくるからです。


>>一方向的因果関係では、「因」が「果」を規定し、支配するという関係。そこ
>>には、大乗の空の片鱗も見当たらない。バラモン教の忌むべき業報論と何らの
>>相違も無い。


この世は空(幻)である法則によって、因果が生じていることを理解することが一番大事
です。


>>相互依存・関係性は、万物のあるがままの姿であるから、執着とはいえない。
>>人間も、関係性の中でしか、存在できないのだから。


空であるこの物質世界の存在は、人間の欲望(本能)によって造られています。
だから人間世界は『欲界』に属しています。
だから、一切の欲望を捨て、再び欲界に戻ることなく、天界に生まれよ。これが仏教の悟
りです。


106 :神も仏も名無しさん:2010/11/27(土) 11:10:02 ID:lZEoUeQK
>>103
>つまり、この主張というのは、カルトに嵌った妄信者は“自ら脱することは有り得ない”という決め付
>けになりませんか?

全くならない。宝珠が103で引用したレスは、本人が「外側」とみなす/感じる事柄について
「そのまま受け取らない」動機を述べたものであって、それ以上でも以下でもない。
むしろ内側のものすら疑う可能性があるのに、外側ならなおさら、と言えるだろう。
「論理的」「学問的」追求をためらう理由が無く、よって苦悩や葛藤も必要ではない。

102での他の記述も、「内側で信じる立場の人々」が、真正性の裏付け(特別扱いする根拠)と
みなすものを選び定める際の傾向を述べたものにすぎない。
当然ながら信じるものによって「裏付け、証」と選び定めるものは変わるし、
信じることを止めたり宗旨替えすれば、それまでやっていた特別扱いは中止されることになる。

107 :神も仏も名無しさん:2010/11/28(日) 14:12:34 ID:jecTxDsT
>>104
>(阿含経)にも説かれているのです。
具体的にはどこ?

108 :神も仏も名無しさん:2010/11/28(日) 16:21:41 ID:H/skmGhs
>>107
---------------------------------------
『一切諸行は皆空、皆寂にして、起こる者、滅する者是れ幻化にして真実
有ること無ければなり。』(阿含経)
----------------------------------------
一切の現象は皆空であって、皆寂静であって、生まれる者、死んで行く者、これらは幻化であって、真実に起きていることではない。
という意味です。


109 :不説(規制明け) ◆AnATTa/dJc :2010/11/28(日) 17:00:50 ID:3btYBKBC
>>104
>大乗経の空とは「物が実在しない」という思想です。
>すなわち、空とは幻のことであって、幻(空)には物は存在しないという意味です。

>>108
>一切の現象は皆空であって、(……)幻化であって、真実に起きていることではない。

それ(マーヤー)はヒンドゥ思想ですね。非仏教。

そもそも「阿含経のどこ?」と言われて
>(阿含経)
って、無茶苦茶な……

110 :神も仏も名無しさん:2010/11/28(日) 18:26:08 ID:H/skmGhs
>>109
**********************************************
雑阿含 巻の第十11775(手声喩経)の一部

比丘、謂ゆる生じ老ひ死し没し生を受くるの法なればなり。比丘、諸行
は幻の如く炎の如く刹那の時頃に盡き朽ち実来・実去せず。是の故に比
丘、空なる諸行に於て當に知るべし、當に喜ぶべく、當に念ずべし。空
なる諸行は常恒住にして不変易の法ならんやと、空には我我所無ければ
なり。
**********************************************

111 :神も仏も名無しさん:2010/11/28(日) 18:29:17 ID:H/skmGhs
>>109
おまけです。
**********************************************
雑阿含13200(尼拘律想経)

『今無上士の其の功徳を記説したまふを聞けり空しく梵行を修せざりき
我れ聞きて大いに歓喜す説の如く説に随ひて牟尼の弟子に順ふことを得
生死の長縻虚偽幻化の縛を滅せり世尊を見たてまつりしを以ての故に能
く諸愛を断除し生死の彼岸に度りて復た諸有を受けず』と。
**********************************************


112 :神も仏も名無しさん:2010/11/28(日) 19:08:03 ID:kAIruZhb
>>105
> 天界に生まれよ。これが仏教の悟りです

たとえ功徳を積んで天界に生まれても、時が経てばまた輪廻が始まるので、その輪廻そのものから
離脱する「悟り」が本当の救いだと釈迦は教えていたんじゃないの?

113 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/11/28(日) 20:53:01 ID:3btYBKBC
>>110
そこに引用されているのは「長く持続せず、一瞬で消滅してしまう」「常恒不変ではない」
という主旨のことであって、「世界そのものが元々一瞬たりとも存在せず、根っ子から空だ
とか幻」ということは一言も書かれていません。そのような考えは、むしろヒンドゥ教のマ
ーヤーの思想です。

さらに、
>>111のおまけ
>虚偽幻化の縛を滅せり
ですから、むしろ、あなたの発想のような「幻化」することの、その束縛(執著)を滅する
ことが説かれている文章と読めます。

114 :神も仏も名無しさん:2010/11/29(月) 06:57:25 ID:wvQMuzU/
>>113
大般若経からのおまけ。
**********************************************
『善現、意に於いて云何。色と幻と異なり有りや不や。善現答へて言く、不なり世尊と。
何を以ての故に、色幻に異ならず、幻色に異ならず、色は即ち是れ幻、幻即ち是れ色。
受想行識も亦復た是の如し。』
**********************************************


115 :神も仏も名無しさん:2010/11/29(月) 11:49:53 ID:NbPBrrSH
>>105
「天界に生まれたい」という欲望を持っていくら修行しても、解脱できる
訳がない。「解脱したい」「苦を逃れたい」「涅槃に入りたいという欲望も
同様である。釈迦は、全くの誤り。

116 :神も仏も名無しさん:2010/11/29(月) 20:51:28 ID:X8U9qDOg

T0099_.02.0072c08:          比丘。譬如兩手和合相對作
T0099_.02.0072c09: 聲。如是縁眼色生眼識。三事和合觸。觸
T0099_.02.0072c10: 倶生受想思。此等諸法。非我非常。是無常之
T0099_.02.0072c11: 我。非恒非安隱。變易之我。所以者何。比丘。
T0099_.02.0072c12: 謂生老死沒受生之法。比丘。諸行如幻如炎
T0099_.02.0072c13: 刹那時頃盡朽不實來實去。是故比丘。於空
T0099_.02.0072c14: 諸行。當知當喜當念。空諸行常恒住。不變
T0099_.02.0072c15: 易法。空無我我所。譬如明目士夫。手執明
T0099_.02.0072c16: 燈。入於空室。彼空室觀察。如是比丘。於一
T0099_.02.0072c17: 切空行空心。觀察歡喜。於空法行。常恒住
T0099_.02.0072c18: 不變易法。空我我所。如眼耳鼻舌身。意法因
T0099_.02.0072c19: 縁生意識。三事和合觸。觸倶生受想思。此
T0099_.02.0072c20: 諸法無我無常。乃至空我我所比丘。

117 :神も仏も名無しさん:2010/11/29(月) 21:18:45 ID:X8U9qDOg
『於空諸行、當知當喜當念。空諸行、常恒住、不變易法』でぐぐった結果の一つ。

 台灣佛教網路論壇-> 雜阿含經中已有説過如來藏性的存在了 - [ このページを訳す ]
 投稿 3 件 - 1 人の編集者
 謂生、老、死、沒,受生之法。 比丘!諸行如幻、如炎,刹那時頃盡朽,不實來,實去。
 是故!比丘。於空諸行當知、當喜、當念:空諸行,常、恒、住不變易法,空無我、我所。
 譬如明目士夫,手執明燈,入於空室、彼空室觀察。 如是!比丘。於一切空行、 ...
 tw-buddha.com/forum2/index.php?s...showtopic=6920... - キャッシュ

『於空諸行、當知當喜當念。空諸行、常恒住、不變易法。空、無我我所』の結果の中には、こんなページも。

 [PDF] 第四章龍樹中道縁起與假名空性之統一 - [ このページを訳す ]
 ファイルタイプ: PDF/Adobe Acrobat - クイック ビュー
 諸行如幻、如炎,刹那時頃盡朽,不實來實去。
 是故,比丘!於空諸行,當知、當喜、當念;空諸行,常、恒住、不變易法空,無我、我所。」 (大正2,72c12~15).
 參見《空之探究》第二章第五節〈常空、我我所空〉p.103。 6 詳見《空之探究》第四章第五 ...
 video.lwdh.org.tw/download/lwdh/pdf/kztj/4/33.chp4_3.pdf

118 :神も仏も名無しさん:2010/11/29(月) 23:02:04 ID:X8U9qDOg
譬、如兩手和合相對、作聲。
如是、縁眼色、生眼識。三事和合觸。觸倶、生受想思。
此等諸法、非我非常。是無常之我、非恒非安隱。變易之我。
所以者何。比丘、謂、生老死沒、受生之法。
比丘、諸行、如幻、如炎、刹那時頃盡朽、不實來實去。
是故比丘、
【於空諸行、當知當喜當念。空諸行、常恒住、不變易法。空、無我我所。】a
【譬、如明目士夫、手執明燈、入於空室、彼空室觀察。】b
如是比丘、【於一切、空行、空心、觀察歡喜。於空法、行、常恒住、不變易法。空我我所。】c
如眼耳鼻舌身意法因縁生意識。三事和合觸。觸倶生受想思。
此諸法無我無常。乃至空我我所。

*(国訳一切経を見れてないので、特に墨括弧部分は、
 恣意的・独善的読みしかできないw 先に謝罪するm(_ _)m )

譬えば、兩手の和合相對して聲を作すが如し。
是の如く、眼・色を縁として眼識生ず。三事和合の觸なり。觸と倶に受・想・思生ず。
此等の諸法は我にあらず、常にあらず。是の無常の我は、恒にあらず、安隱にあらず。變易の我なり。
所以はいかん。比丘らよ、謂ゆる生・老・死沒は「受生」の法なり。
比丘らよ、諸行は幻の如く、炎の如く、刹那の時頃に盡朽し、實に來たらず實に去らず。
是の故に比丘らよ、
【空に於いて(空なるものとして)諸行は當に知られ當に喜ばれ當に念ぜられるべきなり。
空なる諸行は、常恒住にして不變易の法なり。空にして、我・我所無し。】a
【譬えば、明目の士夫が手に明燈を執り空室に入り、彼が空室を觀察するが如し。】b
是の如く、比丘らよ、【一切の空行空心なるを觀察歡喜し、
空なる法に於いて、行は常恒住にして不變易の法なり。空なる我・我所なり。】c
眼・耳・鼻・舌・身・意と法の因縁により意識生ず。三事和合の觸なり。觸と倶に受・想・思生ず。
此の諸法は無我にして無常なり。乃至、空なる我・我所なり。

119 :神も仏も名無しさん:2010/11/29(月) 23:08:56 ID:X8U9qDOg
>>110
>>118
【 】bは、「諸法の空なることを観察する」という意味として、素直に読める譬喩ではある。
 *ただ、≪「空なる場所(空室)で」(そこに入り、そこで)、「観察する主体」の存在≫
 を許容する素地を有すものでもある。 この点は、パーリ小空経の
 「○○について(於いて)空である」という言い回しの誤読要素と共通するかもしれない。
 現に、>>117一つ目は、そこに(阿含時代に遡り得る)如来蔵思想の萌芽を指摘しているものと思われる。

また、(不説氏は逆の意味で読んでいるが)
【 】aも【 】cも、『空なること』を、不変にして、無始劫来あり続ける「法」(=『理法』)として見ているものと思う。
 *これは『縁起』についても同様に言える。「古径を発見しただけ」という表現が実際に経典中にあるように、
 《『縁起』という『法(理法)』は、常住不変なものとしてある》という考え方として・・。
 ここに、《『法(ダルマ)』は常住する》という立場が担保されることになる。
勿論、【 】b及び、引用文の前後段における『「>三事和合」したものとしての空なる諸行・一切』を踏まえれば、
「自性無き事」へと龍樹により昇華される此縁性なるものであることが示されているとは言える。
「>空無我我所」「>空我我所」と、文が結ばれるように・・。
しかし、間に挟まれる「>常恒住、不變易法」という表現を見るならば、
扱いには注意する必要のある経だと思う。
 *また、この短経全体は、寧ろ「無我相経」に近似する「五蘊無我(=一切法無我)」
 を説く経ではないかと思える。

そして、「空なる○○」というキャッチフレーズは述べられているが、
「空であるとはどういうことか?」については詳説されていない。
(寧ろそれは、経全体として「三事和合(根境識の和合)」「因縁生起」による無我として説明されている。)
《阿含で「空」が説かれている》とするには、その意味でも、弱い、というのが私の個人的印象だ。
或いは、《後付理論で、「それは空のことを言っている」としているだけ》という感じもする・・。

120 :神も仏も名無しさん:2010/11/30(火) 23:15:40 ID:YIzZvI35
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/724
今月は、国会中継動画にどっぷり浸かってたんで、
もう、呆れるやら憤慨するやら悲しくなるやらの一ヶ月だったから、
ついつい、その方向でレスをよんでしまってね・・w

視聴が一区切りついて、その方向のテンションも下がってきたんで、
続ける気力も比例して下がったので一旦休止。 お騒がせしました・・w

ノシ

121 :神も仏も名無しさん:2010/12/01(水) 02:53:51 ID:oaPanVcz
http://webtv.hongwanji.or.jp/asx/news_1011_1.asx
築地本願寺はいつもたのしそうですな

122 :神も仏も名無しさん:2010/12/04(土) 11:50:50 ID:a0N7X6c0
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1291030938/273
>273 :゚ 。(*′∇`)。 ゚ 希美ちゃんは八王子在住の♂www:2010/12/01(水) 08:31:52 ID:dLa5eW2e
>>268
>仏教なんて絵空事だよまぬけwww
>だーれもさとれない二次元彼女www

サロメの現在の仏教観。前にこのスレで言っていた好評価は本音ではなかったのか?
それとも(それでも)六道に象徴される人間理解だけは評価していたということか。

123 :神も仏も名無しさん:2010/12/06(月) 05:45:18 ID:RdWl4SW4
お経を勉強しても、実践的な知恵が無いと思うけど?
普段役立つような知識や知恵があるのかな?
それらを理解しても、悟ったつもりになるだけで、
かえってあまり考えないような人になるだけのような気が?



124 :宝珠愚者/代行:2010/12/06(月) 22:04:14 ID:115vj7rj
>>123
視野と人生観が変わります。
これらが根底から180度変化することによって、
結果的に、日常生活の在り方にも違いが生じてきます。

果たして、
自己の行為による結果と影響力は
“死後の自分”にもあるでしょうか?それともないのでしょうか?
この考え方の価値観は人生を根底から覆すものでしょう。
仏典はこれに対する一つの見解を示しているのです。

125 :神も仏も名無しさん:2010/12/06(月) 23:22:03 ID:8M35P3qg
>>124
一足飛びで「死後」(後生)へ行かずw、
《日常での、「日々めまぐるしく変転する“心の在り様”が観察(≒直視)されること」による
 『「穏やかで、良き(善き)精神状態」と「他者への温かな視線」の育成・増長』に資する、》
くらいのことは言ってくれよ・・w

126 :神も仏も名無しさん:2010/12/07(火) 12:28:47 ID:0KCODVl5
>>125
そんなことが原始仏典のどこに書いてあるのかね。特に、「他者への温かな視線」。

ひたむきに生きている者は、自分の「心の有り様」など意識しない。心は生存
のためにフルに稼動しているからだ。それを意識するようになったら、心が既
に病んでいるということ。充分に生きてはいない、ということ。

そして、ひたむきに生きるためには、「他者への温かな視線」は既に不可欠と
いうことだ。

127 :神も仏も名無しさん:2010/12/07(火) 15:09:17 ID:Uw65yv9A
あの世とは時間が止まった状態のこと。この時間が止まった状態は生きてるうちに
到達することは可能ね。

128 :隠居真理教に注意:2010/12/13(月) 11:21:57 ID:k/DQKmup
病的一神教徒宗教者、隠居生命教脳の解析を始めようw
さて、隠居生命教は人間の精神苦の原因分析を否定し
病的一神教のように生命で解決できうる宗教である。
チリの閉じ込められた19歳のジミー君は毎日PTSDに苦しみ、母親と一緒でないと寝られない(朝日新聞)
らしが、

病的一神教徒宗教者、隠居生命教の宗教患者の脳の見方は異なるようであるww

153 :神も仏も名無しさん:2010/10/16(土) 19:57:57 ID:v434uxvf
>>152
チリの作業員たちは、生命が助かった喜びで、PTSDなどもはや存在しない
ようだな。

隠居生命教がこのような人間の精神の苦を無視できる病的宗教患者の姿の予想が可能であるw
隠居は幼児期、カルト系キリスト教教団(エホバ)による虐待を受けた、と予想される。
思考回路が病的なアルカイダ、タリバンの思考と同じである。
隠居的病的宗教患者の思考こそが宗教戦争の根源であるw
そして、最近の学説によると幼児虐待をする人間の脳は幼児虐待されているので、
感情のコントロールを司る、大脳辺縁系及び海馬の縮小が見られる、
他者の精神の苦や感情に対する共感が低下し、平気で残虐な虐待ができうる。
故に、隠居生命教は感情及び、人間の精神の苦の原因分析を否定し鈍感であるが故に、
人間の精神の苦、感情を分析する釈迦は隠居生命教で否定されるのであるw
釈迦のように苦の原因分析、解決のプロセスを
隠居によれば精神病であり、
他者の苦を共感して釈迦のように苦の原因分析、解決のプロセスは不要で、
他者の苦共感および原因分析、解決を必要としない、
アルカイダ、タリバン、オウムのようなカルト宗教、隠居生命教は正常であるらしいw
隠居生命教は釈迦のような他者の苦共感および原因分析、解決を否定し、
他者の苦共感および原因分析、解決の必要性を感じないw
他者の精神的な苦に対する共感が無い事、それが故にテロみたいな原理主義行為ができうるw
チリ鉱山の書き込みで明白w

129 :神も仏も名無しさん:2010/12/14(火) 22:08:10 ID:6rpiGuuR
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/782
> いやいや、パーリ・ニカーヤにもジャータカがあるでしょ。
> ということは一切智とアルハットの違いを認めてるということだよ。
> テーラワーダの教学は、そこら辺に自覚的ではないだけ。

いやいやw パーリ(≒上座部)の神格化が過去七仏に列位させる仏陀観だけとは言わないよ。
そこまでパーリマンセーするつもりはないさ。(尤も、先の流れではジャータカは捨象していたけどw)
パーリに於ける神格化の過程も、「在家目線のスター化」「比丘目線のスター化」という2方向で
仏典中に明確に辿り得ると思う。
ジャータカの発展は、(その訓話的性格とは別に)、その【要請】(誕生・原動力)として、
大乗仏教の仏陀観・悟り観とリンクする「(凡夫の、衆生の、人としての)願望、夢想」があると思ってるしw
 *(違いと言えば、パーリには美空ひばりや大川橋蔵、原節子といったスターしか存在しないが、
   大乗には、AKBやジャニーズあり、福山雅春や蒼井優、吉永小百合や高倉健あり、
   といった感じか?www)
ただ、経蔵及び論蔵全体の中に悟りの階梯に於いて「仏陀とその前段階」という明確な区別が見られること、
「スーパースターとしての仏陀」という幻想が見られることは事実としても、
それは、49年の説法と入滅を受けた上での「歴史的結果」でしかない。
経蔵及び律蔵の中核として「仏=阿羅漢」であるという基本スタンスは失われていないと思っているよ。
「 >自覚的ではない 」という指摘は当たっているだろうが・・w

> ということは一切智とアルハットの違いを認めてるということ
貴方が「自覚的でない」と批評した通り、それが(異物感を纏いながら)教義上並存しているとしても、
やはり骨子として、漏尽智の獲得と阿羅漢の間に教義上の壁は無い。
(それは、経蔵及び律蔵大品のほぼ全てを否定することになる。)

その上で、蛇足的揚げ足をとればw、(しかし結構重要なポイントでもあるが)、
上の文は、『大乗仏教は、パーリ・ニカーヤに於けるジャータカの位置付けと対応する』
ということかな?

130 :神も仏も名無しさん:2010/12/14(火) 22:24:26 ID:tHGVfKDf
>>129
>経蔵及び律蔵の中核として「仏=阿羅漢」であるという基本スタンス

それが、原義の「敬われるべきもの」という意味ではなく、羅漢果という意味だと、一切智とは違うんですね。

一切智を得るためには、資糧積集しなくてはならないのがジャータカでしょ。
それと小乗には徹底的な懺悔がないでしょ。これも一切智である必要がないからだと思う。
なぜか、一切智を得るためには完全な過去の罪障を浄化しなくちゃならないから。

ところが小乗だと、戒定慧の段階を踏んで、無我を完全に悟れば解脱してしまう。
解脱した段階で、おそらく完全な過去の罪障を浄化してなくても、
もう解脱して輪廻しないから OK なんだと思う。
資糧積集しなくていいのも、その反面ね。

逆に一切智者は、完全に浄化して資糧積集しないと仏として転法輪する時に障害になるから、
そうするのだと思う。

というわけで、オイラは違うと思うよ。これはニカーヤでも結構暗示されてるけど、
『清浄道論』あたりになると、そうは考えなくなって「仏=阿羅漢」と捉えられて、今に至ってるのではないかと考えてる。

たしか石飛先生も仰ってた。

131 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/12/14(火) 23:00:14 ID:tCdJ5jYb
(前回の規制解除はたった1日の命でした。今回は何日保つでしょうか?)

>>130
素朴な疑問なのですが、「完全な罪障の浄化」というのは仏陀(菩薩)でも可能なのでし
ょうか? 確か、釈尊とデーバダッタとの因縁と、それによって釈尊が怪我する結果にな
ったことというのは、釈尊の過去生でデーバダッタに対して行った行為に起因するもので、
仏陀ですら、菩提を得ても、回避できないという解釈が(パーリ仏教限定かもしれません
が)されていたような気がします。

私のイメージでは、罪障の浄化というマイナスの処理よりも、波羅蜜を満たすという、プ
ラスの方をどれだけ積み上げるかという問題だと思っています。こういうイメージ自体が、
パーリ仏教的な思考の結果として得たもので、「徹底的な懺悔がない」ということなのか
もしれませんが。

132 :神も仏も名無しさん:2010/12/14(火) 23:10:25 ID:6rpiGuuR
>>130
私も全仏典を読破したわけではないしw、経証としての論証に今は踏み込むつもりは無いし、
「buddha」「arahan」の語義定義、及びその変遷の問題にもなってはくるが、
>『清浄道論』あたりになると、そうは考えなくなって「仏=阿羅漢」と捉えられて、今に至って
全く逆の(歴史的)位相で見てるのか・・。ふーむ・・。

しかし、いつも同じポイントが意見の相違として浮き彫りになるなw
・「輪廻」「三世に跨ること」(→今の場合には業の清算)、
・「菩薩(道)の優位性」(→“阿羅漢”の語義・定義及び経蔵(律蔵)中の位置付け)
・「悟り」「仏智(≒漏尽智)」「一切智」の位置付け(→古くは“心理カウンセリング議論”“パーフィット”にリンクw)
・(上記と被るが)「悟りの最奥部の崇高性」(→神棚に上げる必要があるのか?)
目立つところではこんなところか・・。
 (一番上は、教義上外せないということは了解しているw
 それ以外は、「我がこととして受け止める仏教」を考えた時、
 巷に氾濫する「仏陀観」「仏教観」「修行観」「悟り観」等への違和感、反発が背景にあるかもしれない・・w)

他、又後日。

おやすみ ノシ

133 :神も仏も名無しさん:2010/12/14(火) 23:10:40 ID:tHGVfKDf
>>131
そこは解釈の分かれるとこですね。

シャカ族殲滅時の御頭痛とか。


134 :神も仏も名無しさん:2010/12/14(火) 23:19:16 ID:6rpiGuuR
>>131
お気の毒に・・。どマイナープロバやケーブル系への変更をお薦めしますw

ノシ

135 :神も仏も名無しさん:2010/12/14(火) 23:50:49 ID:tHGVfKDf
>>133
いろいろな道に縁起するのが仏教のいいとこね

おやすみ〜


136 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/12/17(金) 02:41:25 ID:DDfmprVm
>>132
私は伝承的には縁起氏の解釈で何も問題ないと思います。
阿羅漢果的な意味では、仏陀も(辟支仏も)声聞も何も違いはないと思います。
パーリ仏教では、仏陀の特殊性は、世間の人を悟りに導くこと、教える能力について
の特殊性と解されている気がします。つまり、転輪王となる資質を持っている、世間
の多くの人を導く能力というのは、聖道とは別個の、俗世間的な資質の問題であり、
その資質に恵まれた人が独覚すると、聖道を教えることにおいても、法王になれると
いうニュアンスですね。反対に言えば、聖道、悟りの世界である彼岸(涅槃)におい
ては、仏陀と声聞の間に差異はないというのが基本的な考えという気がします。ただ
し、数ある経典の中には、涅槃後でも、仏陀と声聞の間に、絶対的な差異があるとい
う伝承的なものも存在するかもしれません。一切智というのが、彼岸の世界に関して
も差異のあるものなのか、俗世間に関する一切智なのかというポイントにもなると思
います。やっぱり涅槃では完全無我だから、ゴータマもサーリプッタもモッガラーナ
も師も弟子も誰もいないも同然だから、仏陀阿羅漢か、声聞阿羅漢かという分別自体
が無意味という考えなのかもしれません。

しかしもし彼岸においても差異があるのでしたら、どうせなら、「主席で卒業してお
きたいよね」というのが人情で(一度卒業したら「もう一度大学をやり直す」という
ことができないというのが解脱なわけですし)、そこが大乗の発想であり、縁起氏の
考えなのかもしれないと思います。たしか有部のアヴァダーナでは、モッガラーナ尊
者が、釈尊の絶大な神通力を見せ付けられて、解脱してしまったから今さら輪廻に戻
って菩薩道を歩むことは不可能だとガックリうなだれているエピソードがあったと思
いますが、むしろ有部の経典に大乗的な菩薩道優位を説く萌芽が見られるのも興味深
いですね。

>>134
いくら何でも、2ちゃんねるだけのためにプロバイダ変更はできませんよ (^^;

137 :神も仏も名無しさん:2010/12/17(金) 07:25:21 ID:jXbmt6wL
>>136
非常に共感します。
有部律は大乗に接近してますよね。
そこから、菩薩の死、七地沈空の難までもう一歩って解釈ですね。


138 :神も仏も名無しさん:2010/12/19(日) 15:18:53 ID:lc+0clFN
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/856
60代になれば誰しもが必ずそうであるか、というと必ずしもそうではない。
二十歳になれば分別ついた立派な社会人になるか?
高校大学を卒業すれば、誰しもが社会の構成員としてふさわしく在れるのか?
そうではないだろ? そこには、個々別々に大きな時間的ズレがある。

また、確かに『「死」への怖れ』へと一括直結させることの短絡性が指摘されることはあり得ていい。
だが、同軸上にあり、その極に「死」があることを踏まえれば、外してはいないと思う。
だから、やや晦渋に過ぎたが以下のように
>今回なら、「現状」や「生」への過剰な期待・執着が、
>裏返しの如く、それらの「阻害」や「喪失」への恐れ・不安としての「象徴・極たる死」への恐れとなって
と述べた。ここで重要なのは、「極として死がある」ということよりも、その軸の上にある
「過剰な期待や執着の阻害・喪失が、不安・怖れの因」であろう、という部分だよ。
そして、 >受容できてくる のは、期待や執着の度合いや質が変化するからだよ。
その変化が微小であったり、強度が保たれ続けた時、どれだけ歳を重ねても受容できない60代となる。
一般論としての、平均的ゼネレーションとしての総論ならともかく、
個別の具体的事例は、数字(年齢)でレベル分け(段階分け)できることじゃないよ。

で、同軸上に連関してあるものだから、どのような軸であるかが問題なわけで、
その意味で、
> つまり、死を・・・・・・・・・・・等々の恐怖ではないの?  も
> 精神的なものより肉体的な苦の方が怖いのでは?  も
同軸上にある一連なりのうちの部分ということになる。
(そしてちなみに、肉体的な苦も、精神的苦へと集約されるものなわけさ。)
「死への怖れ」に特化させて考えるのではなく、そこへの軸を提示したつもりだったんだけどね・・。

139 :神も仏も名無しさん:2010/12/20(月) 07:52:05 ID:bX/acJhW
質問箱が議論場になってしまってますね。嘆かわしい。このまま以前に逆戻り?

http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/676
>大乗と小乗とは本質的に異なる宗教であることは、もはや常識ではありませんか。

これって具体的にどういうことなんでしょう?

「本質的に異なる」という為にはコンセプトが根本から変わってなければならないと思うのですが。
しかしながら全ての仏教は「仏になること」を目指しています。
難解な哲学も(仏教でいう)真理を理解する試みであり、現世利益もそれ自体は最終目的ではありません。
阿弥陀浄土も仏になるための場所であって、一般的な天界天国とは異なる。

「いずれは仏になる」というコンセプトを抜き取り、さらにそこから気に入った部分だけを抜き出して
自前のコンセプトで肉付けでもしなければ「本質的に異なる」モノにはできません。

140 :神も仏も名無しさん:2010/12/20(月) 09:05:05 ID:NrXLkKuT
>>139
生命教にレスするとそうなるよ


141 :神も仏も名無しさん:2010/12/20(月) 09:16:44 ID:lwg/e9Rv
日本人の土地を強奪しパチンコ屋を作った朝鮮人
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/47502/1237522889/

142 :神も仏も名無しさん:2010/12/20(月) 09:56:40 ID:b7UjeGkS
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/880
また後出しジャンケンですかw

http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/878中の例でも、
・〈争い(議論)のヒートアップの結果として「暴行」「生命の剥奪」が導かれるケースが共通項としてあり得る〉とか、
・〈上記の例は、(政治的なものを除き)『個対個』としての殺人が導かれることはあっても
 『集団と集団の殺人』は導かれ難く、宗教的争いは逆に『集団対集団、集団対個』の間での暴行、生命の剥奪が
 導かれ易く、『個対個』の間での「暴行」や「生命の剥奪」は導かれ難い、という差異がある〉とか、
各論に入ることが吝かではないにしても、それは結果的に導かれる副次的、二次的要素であって、
構図・構造上の相似を否定するものではないという反論も可能だが、
最初から質問箱880を要素として組み入れた発言であったなら、
最初から、「(結果的に導かれる)二次的要素」をも視野に入れた差異の提示(反論)であったなら、
一理あるのでスルーしていたよw

 *(ちなみに、後者の観点として「宗教的対立、及び政治的対立」が、
 なぜ、『集団対集団』或いは『集団による個への弾圧』が生じ易いかと言えば、
 それらが、「規範・倫理、秩序維持、生活水準・質の維持向上といった形での社会への貢献」が期待される
 という要素を持つが故に、『共同体(ひいては社会)全体の価値観』として「保持、遵守、従属・追随すべきもの」として
 受け止められるからであるが・・。
 逆に他の事案は、〈当該価値観が、社会全体では共有され難い「個の価値観」である〉という差異に依ると言える。))

143 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 08:32:51 ID:4PijQo75
>>142
集団であろうと個人であろうと、人を殺して「、「規範・倫理、秩序維持、生
活水準・質の維持向上といった形での社会への貢献」などないぞ。

言ってることが、「擬似宗教」である共産主義と同じ。


144 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 08:54:59 ID:4PijQo75
>>139
いたずらに、小乗と大乗を同一化して、小乗を正当化しようとしないで、「何故大乗が
生じなければならなかったのか」を熟慮すべきであろう。

小乗では、大乗に比すべき巨大な理論体系の発達と確立はなかった。

小乗では、仏になるべく修行するが、大乗では、すべての人間は、既に仏である(悉有仏性)。

小乗は、ひたすら開祖を盲信するカルト。小乗国の政治的・社会的混乱を見よ。

145 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 08:59:20 ID:4PijQo75
小乗は、人間差別、人間不在の超カルト。人類には、「聖者」と「凡夫」の区別
など、初めからない。

146 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 09:11:17 ID:KjMTt5zC
>>143
はいw
また、相手の意見の捏造(及び誤読)による「論点すり替え」ですねwww
誰も 『 >「人を殺すこと」が「規範・倫理、秩序維持、生活水準・質の維持向上といった形での社会への貢献」 となる』
などと言ってませんねw どこにもそんなこと書いてありませんね。

相手の意見を捻じ曲げ、自説にふさわしいように改竄する貴方のやり口の方が、よほど共産主義的ですよw

>>145
大乗仏教の方が「仏と凡夫(衆生)の差別化」が顕著に見られるんですけどねぇ・・w
いったいどこをどう読んでるんでしょうねぇ・・w

>>148
戯言は、過去の私の返答に反論してからにしてくださいなw

147 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 09:14:28 ID:BAgBWsVv
>>146
生命教、相手にすんな


148 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 09:23:37 ID:4PijQo75
>>146
小乗信者は、さっさと東南アジアにお戻りください。日本は、大乗仏教の国です。

日本で小乗信者が沸いてでるのは、やはりテラワダの布教の結果か。書店には、
テラワダ関係の本が山済み。

>>147
すべての人間は「生命教徒」だ。小乗仏教は、「生命・人間軽視」の宗教か。
キリスト教と同じ。

149 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 09:47:33 ID:KjMTt5zC
>>148
>小乗信者は、・・・・・・が山済み。
反論できなくなると、抽象的総論での中傷・罵倒、無根拠で使い古された批判のリフレイン。
論理性などまったくもって皆無。

>すべての人間は「生命教徒」だ。小乗仏教は、「生命・人間軽視」の宗教か。
過去何度も、綿密に反論(≒論破)して差し上げてるんですがね・・。
自分に不利な論議をスルーして、耳を塞いで、シュプレヒコールの如く定型フレーズを提示し続ける。
愚かで下劣の極みですな・・。

>>147
過疎ってるし、余興として楽しんだら?w

150 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 10:15:17 ID:5veTWNwh
>>144
不適切だと考えるのなら、139の論点の誤りを具体的に指摘してください。
大乗発生の原因は、この話題をつきつめてからにしましょう。
一つ一つ考えていきましょう。
>>148
下らないナショナリズムをふりかざすのではなく、論理的に相手の意見を批判しましょう。

151 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 12:29:35 ID:QNKIg/oD
>>149
>自分に不利な論議をスルーして、耳を塞いで、シュプレヒコールの如く定型フレーズを提示し続ける。
>愚かで下劣の極みですな・・。

それは君たち宗教者のこと。大昔の精神病者である1個人の「教え」を、一体
何千年間シプレッヒコールしているのかねw。

人生とは、まさに「生命のシプレッヒコール」なのだよ。大昔の1個人の開祖
とは異なり、生命は「すべてを知る」。

152 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 12:40:38 ID:KjMTt5zC
>>151

>>62

153 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 13:17:10 ID:pMHqFivo
お取り込み中スイマセンが、仏名会スレにもご参加くださいませ

154 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 14:34:04 ID:iQlZDYvi
>>144
>小乗では、仏になるべく修行するが、大乗では、すべての人間は、既に仏である(悉有仏性)。

仏になりうる可能性があるのと、既に仏であることは別物です。
既に仏であるなら、仏になるための方法論が説かれ探求されることもありません。
>>151
>下二行

ポエムでお茶を濁してはなりません。生命活動が繰り返しや連なりであることは、
議論における無益な繰り返しを正当化しません。議題から逃げて話を拡散させたところで
それは生命活動のような連なりではありませんので無駄です。話を先に進めましょう。
相手に欠点を見出すなら他山の石として、自分はそれをやってしまわないよう心がけましょう。


155 :神も仏も名無しさん:2010/12/21(火) 17:07:42 ID:D3kaQxSX
>>152
>仏になりうる可能性があるのと、既に仏であることは別物です。

選択・拒否不可能な「他者との係わり合いにおける生存努力」という大修行に
より、すでに「仏」である。

仏教の修行は、「生存」には無関係な、「自己満足」「エゴ」のための、「趣味」
「娯楽」「お遊び」であり、これでは「仏」になれる訳がなかろう。むしろ、
地獄落ちだ。

156 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 02:09:17 ID:QH64K2K5
>>155
話題をすりかえないでください。

「それは少なくとも仏教における仏ではありません。いま議題としている仏教や仏性とは繋がりがありません。
比喩表現としての「仏」や「悟る」といった言い回しを
イメージソースとはしていても、別物です」というような突っ込みをこれから何度もさせるつもりなのでしょうか?

意味が無いのでやめてください。

157 :隠居真理教に注意:2010/12/22(水) 08:38:45 ID:B2tTF2iI
病的一神教徒宗教者、隠居生命教脳の解析を始めようw
さて、隠居生命教は人間の精神苦の原因分析を否定し
病的一神教のように生命で解決できうる宗教である。
チリの閉じ込められた19歳のジミー君は毎日PTSDに苦しみ、母親と一緒でないと寝られない(朝日新聞)
らしが、

病的一神教徒宗教者、隠居生命教の宗教患者の脳の見方は異なるようであるww

153 :神も仏も名無しさん:2010/10/16(土) 19:57:57 ID:v434uxvf
>>152
チリの作業員たちは、生命が助かった喜びで、PTSDなどもはや存在しない
ようだな。

隠居生命教がこのような人間の精神の苦を無視できる病的宗教患者の姿の予想が可能であるw
隠居は幼児期、カルト系キリスト教教団(エホバ)による虐待を受けた、と予想される。
思考回路が病的なアルカイダ、タリバンの思考と同じである。
隠居的病的宗教患者の思考こそが宗教戦争の根源であるw
そして、最近の学説によると幼児虐待をする人間の脳は幼児虐待されているので、
感情のコントロールを司る、大脳辺縁系及び海馬の縮小が見られる、
他者の精神の苦や感情に対する共感が低下し、平気で残虐な虐待ができうる。
故に、隠居生命教は感情及び、人間の精神の苦の原因分析を否定し鈍感であるが故に、
人間の精神の苦、感情を分析する釈迦は隠居生命教で否定されるのであるw
釈迦のように苦の原因分析、解決のプロセスを
隠居によれば精神病であり、
他者の苦を共感して釈迦のように苦の原因分析、解決のプロセスは不要で、
他者の苦共感および原因分析、解決を必要としない、
アルカイダ、タリバン、オウムのようなカルト宗教、隠居生命教は正常であるらしいw
隠居生命教は釈迦のような他者の苦共感および原因分析、解決を否定し、
他者の苦共感および原因分析、解決の必要性を感じないw
他者の精神的な苦に対する共感が無い事、それが故にテロみたいな原理主義行為ができうるw
チリ鉱山の書き込みで明白w


158 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 09:14:25 ID:b7lc7QOt
>>150
>比喩表現としての「仏」や「悟る」といった言い回しを
>イメージソースとはしていても、別物です」

ならば、「仏」「悟る」を定義し、立証してください。出来なければ、それこそ
「意味がない」。

釈迦が「悟った」というのは、彼の「自演」ではありませんか。誰かが「証明」
しましたか。

159 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 11:55:35 ID:QH64K2K5
>ならば、「仏」「悟る」を定義し、立証してください。

その要求が出てくる時点で、【仏教における「仏」や「悟る」】が【比喩的な人物評としての「仏」や「悟る」】とは
別物であることをあなたも認識しているという事です。やはり155は単なる話題のすり替えということですね。
既にご存じなので定義を今更説明はしません(質問の意図のない質問もおやめ下さい)。
「仏」とは例えば「預言者」のような宗教上の位置づけであるため立証は不能です。できなくても問題ありません。
なぜなら「教義ではそういうことになっている」事さえ知っていれば議論はできるからです。イエスがキリストであることを
立証しなくてもキリスト教ネタの議論が成り立つのと同じ事です。

160 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 11:57:21 ID:QH64K2K5
「仏教は定義のわかりにくいアヤフヤな言葉の使い方をするなぁ、立証も出来ない。けしからん」
→「つまり俺が与えたハッキリした定義が、 仏教の経典や思想に出てくる「悟り」や「仏」の定義でもあるんだよ!」という
無茶苦茶な流れは論理的に成り立たないことを確認したところで話を>>139に戻しましょう。
>不適切だと考えるのなら、139の論点の誤りを具体的に指摘してください。(>>150

161 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 17:30:29 ID:TkioFOGl
>>139

「仏」や「悟り」の定義ができなければ、そもそも論理は成立しません。

例えば、竜樹の「空概念」(相互依存性)は、釈迦の空とは異なり、大乗起信
論の「真如としての衆生心」は、小乗にはありません。「自利利他」も、小乗
にはありません。

イエスの「キリスト性(メシア性)」は、充分に論議の対象になります。
イエスは、キリストになるめに必要な「権威ある者による塗油の儀式」を
受けてはいません。

162 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 18:11:11 ID:uKaNEKJp

やっぱり観念上の祈る神(キ教)、仏教の拝む仏は、現実には何の力も
示せないからいてもいなくても同じこと。つまり、「絵に描いた餅」。

災害などの天変地異や戦争・犯罪・病気・・・等々にも今まで力を示し
たことが一度もないし、人々が一生懸命救助・防止・治療するしかない。

やはり、 ★☆<神 = 人間 = 命 = 自然>★☆ヽ(▽⌒*)

↑ だね、当然の帰結!


163 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 18:24:39 ID:gQi1Vc0I
>やっぱり観念上の祈る神(キ教)、仏教の拝む仏は、現実には何の力も
>示せないからいてもいなくても同じこと。つまり、「絵に描いた餅」。

>神 = 人間 = 命 = 自然

神を否定しておきながら、何故そこに神を入れる?
頭膿んでるのか?

>災害などの天変地異や戦争・犯罪・病気・・・等々にも今まで力を示し
>たことが一度もないし、

災害や天変地異や病気も自然だろが。
やっぱり頭膿んでるな。



164 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 19:00:08 ID:8j+C251n
かなり目がチカチカするかもしれないがw、5〜7分くらいまで見てもらえれば、
石破茂の解説により、隠居の応答が現内閣とそっくりであることが理解していただけると思うw

ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm12641260


>>161
>竜樹の「空概念」(相互依存性)
検証済み。却下。

>釈迦の空とは異なり
検証済み。却下。

>「自利利他」も、小乗にはありません。
否定済み。却下。

>大乗起信論の「真如としての衆生心」は、小乗にはありません。
そりゃそうですw けど、無くても仏教は成立します。
検証済み。却下。

また、上記の論議を「大乗:小乗」という対比でやることも間違ってます。却下。

出直してくださいw

165 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 19:46:41 ID:94O0QxOw
>>139の質問は、「大乗と小乗との本質的相違」についてなのだがw。

釈迦の「成仏」や「悟り」の意味及びその検証がなければ、仏教そのものが
成立しない。単なる釈迦の「虚言」「詐欺」になってしまう。

166 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 19:51:45 ID:94O0QxOw
>>165の訂正
×「虚言」「詐欺」
○「虚言」「詐欺」「自作自演」

167 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 20:28:15 ID:94O0QxOw
釈迦は、自分から、「自分は正しい、清い、悟った」などと言っている。誰もそれを
検証した者はいないw。「自画自賛」「自作自演」の典型。

自分で自分を「誉める」人間には、碌な人間はいない。戦国や鳩ぽっぽ以下。

石破は、クリスチャンであることで、問題を抱えている。

168 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 20:30:30 ID:5FXxAk28
釈迦の一番の教えは慈悲だろ。
この点には全く同意、共感する。

169 :神も仏も名無しさん:2010/12/22(水) 23:54:07 ID:8j+C251n
>>167
アンカー無いがw、文中の用語の関連からレス入れときましょうか。

> 自分で自分を「誉める」人間には、碌な人間はいない。
学校にしても企業にしても、レストランにしても小売店にしても、或いは政党の政策にしても、
自分の所の長所のアピールをせずしてどうして選択を促せるだろうか。
どうして理解が得られるだろうか。(勿論、短所の提示もあった方が良いのは言うまでもないが。)
それは個人でも同じことだ。就職志願で、或いは野球やサッカーのプロテストでもいい。
自分がどれだけできるかということをアピールせずして、どうして理解を得られようか。
ましてや諸説乱立の当時のインド宗教界に於いて、そうした高らかな宣言無くして
どうして他の思想の不備(裏返せば自説の特徴)を示せようか。
ちなみに、同レス何の他の文と同様、これもまた論点の外れた中傷にシフトし、
指摘を有耶無耶にするいつもの手口ですなw

> 誰もそれを検証した者はいないw。
この2500年間、伝承してきた者達が検証し、確認してきているわけです。
龍樹もその一人ですよ?w そして、原点、骨子が否定・改竄されたことは無いのです。
この辺も、貴方がスルーしているだけで、検証・否定済みですね。

> 石破は、クリスチャンであることで、問題を抱えている。
全く無関係な事柄を持ち出して何が言いたいのでしょう?www

クリスチャンだろうがムスリムだろうが儒学者だろうが、
「議論の仕方」「或る議論における遣り取りの経緯、構図」が的確に指摘されていれば、
そこは問う必要の無いことです。 相変わらず、姑息で下劣な姿勢ですね・・。
(しかも >問題を抱えている とは、一体何が言いたいのでしょうか?w)

170 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 00:00:16 ID:2p0kC0fx
>>168
慈悲は「教える」ものではない。相手の窮状を目の当たりにしてはじめて生じる、
止むに止まれぬ自然の感情から、「人知れず黙って行う『行為』」。すべての人間が、
程度の差はあれ、生まれながらに有する肉体的本能。人から「教えられる」ば、
肉体的本能である慈悲が観念化・抽象化・精神化され、変容・破壊されて偽善
となる、イエスが「唱えた」愛も同じ。

171 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 00:25:40 ID:2p0kC0fx
>>169
本性表わしたな。釈迦は、レストラン、小売店、民主と同じく、「宣伝・広告」
して、一体何を売りつけようとしたのか。「洗脳」という狂気だろ。

彼等は常に、衆生による批判にさらされている。釈迦だけが、批判を拒み、
批判者を「姑息。下劣」呼ばわりする理由はない。それこそ、最も「姑息・下劣」
な行為であろう。戦国も鳩も、批判にのた打ち回っているのだよw。

172 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 00:54:06 ID:D3Po0XRv
>>171
本性?w  何を仰っていますやら・・w
私は最初から最後まで、「布教」であること(→171風に言えば思想の販売w)を公然と認めてますよ?
てか、「それこそが目的である」こともねw
ただ、買うか買わないか、選ぶか選ばないかは自由です。
(現に、仏典中にも批判したまま去っていく対論者は多いですよ?w)

洗脳?w
学校教育が洗脳の一種であることを知らない貴方ではないでしょう?www
問題は、「中身」と、その「教授の仕方」なのですよ。

>釈迦だけが、批判を拒み
ハァ?(゚∀゚)
仏典の記述は、その多くが、外教の者や中立的質問者との対論(批判とそれに対する答弁)で成り立っているんですよ?w
ホント、何にも知らないんですね・・(´ー`)y━~~

>批判者を「姑息。下劣」呼ばわりする理由はない
貴方が、「議論におけるマナー(約束事)を守り」
「きちんとした(資料的或いは体験的)裏付けに基づき」「矛盾なき論理的言説を以って主張し」
「自分への批判から逃げず」「論点をはぐらかさず」「指摘に対して的確に対応した反論を」「筋道立って、論理的に」
批判をしているなら、敬意を持って応対致しますよw
それができていないから、嘲笑しているわけです。

173 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 01:05:47 ID:2p0kC0fx
>>172
カルト丸出しだな。

選択の自由を奪うのが、宗教による洗脳だよ。

学校教育は、「生存」「共生」のために必要な知識と思考力を与える。宗教は、
そうではない。

宗教者にとっての「矛盾なき論理的言説」とは、「開祖の言説から離れない」こと
のみである。開祖に対する批判力を奪われている心理状態(洗脳状態)にある
のだから、矛盾も論理もへちまもない。

174 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 01:24:09 ID:D3Po0XRv
>>173
ほうw
> カルト丸出しだな。
どの辺が?w

> 選択の自由を奪うのが、宗教による洗脳だよ。
所謂「洗脳」はそうでしょうw
だから何なんですか? そうではないということは、過去幾度と無く反論・論証されていますが?www

> 学校教育は、「生存」「共生」のために必要な知識と思考力を与える。宗教は、そうではない。
ハァ?(゚∀゚)
文章をよく読んでくださいなw
ああ、貴方は「物事の構図、構造」を見るのが苦手だったんですね。忘れてました。
(そういえば、上のブランド崇拝の話はもう終わりですか? これも構図・構造の話でしたが・・w)

> 宗教者にとっての「矛盾なき論理的言説」とは、「開祖の言説から離れない」こと
> のみである。開祖に対する批判力を奪われている心理状態(洗脳状態)にある
> のだから、矛盾も論理もへちまもない。
何度も自己紹介しなくてもいいですよ。もう十分です。
貴方の愚かさは重々承知していますからw

175 :前世は一在家:2010/12/23(木) 01:37:11 ID:PRuMyStn
>>154
>>小乗では、仏になるべく修行するが、大乗では、すべての人間は、既に仏である(悉有仏性)。
>仏になりうる可能性があるのと、既に仏であることは別物です。

久々にこの板に輪廻しましたら、皆さんお元気そうで何よりです。

(ご参考)トマスの福音書 77章
イエスは言われた。「私は彼らすべての上にある光である。私はすべてである。
すべては私から出た。そして、すべては私に達した。木を割りなさい。私は
そこにいる。石を持ち上げなさい。そうすればあなたがたは、私をそこに見出
すであろう」

50章
イエスは言われた。「人々があなたがたに[どこから来たのか]と尋ねるならば、
こう言いなさい。[わたしたちは光から来た。光が自ら生ずる場所から。
それは立って彼らの像において現れた]。

光=神性=仏性、と置き換えて読むことも可能かと存じます。

すぐにクリ板に転生します。御機嫌よう。>住人各位


176 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 01:48:09 ID:p/8eWWSG
>>161
>「仏」や「悟り」の定義ができなければ、そもそも論理は成立しません。

不可能といったのは立証のほうです。
定義はあります。あなたはそれを知っているはずです。なので「質問の意図のない質問」と呼びました。
話題をすり替え、やり過ごすためだけの無益な作戦でしかないものに付き合いたくはありません。

>イエスの「キリスト性(メシア性)」は、充分に論議の対象になります。
>イエスは、キリストになるめに必要な「権威ある者による塗油の儀式」を
>受けてはいません。

とくに儀式は必要無いです。この場合「塗油の儀式」はイメージソースにあたります。
キュロス王はがっつり異教徒ですが、聖書には油注がれてるよ、と書いてあります。
>主が油を注がれた人キュロスについて/主はこう言われる。 (イザヤ書45:1)

177 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 14:37:45 ID:WQuaOdgu
>>176
>不可能といったのは立証のほうです。

立証できないことを、人前でみだりに口走るべきではない。また、それは、論理
の構成部分にもならない。

>とくに儀式は必要無いです

それなら「自分で言った者」が勝ちですか。精神病院には、「自称キリスト」や
「自称仏陀」は必ず何人かはいますよw。

キュロス2世は、バビロニアに捕囚されたユダヤ人を解放し、再び神殿をエルサレム
に建築することを許可した、実質上の「救世主」です。これに反し、キリスト教の歴史
は、ユダヤ人や異教徒迫害の歴史です。

178 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 15:23:34 ID:NYQmJlRv
>立証できないことを、人前でみだりに口走るべきではない。

話の流れを覚えてますか? 何が論点であったのか覚えてますか?
さすがに返し方が下らな過ぎます。

>それなら「自分で言った者」が勝ちですか。

そうです。仮に輪廻があったとしても、仏であるはずの釈迦が死後
輪廻を脱したかどうかは確かめようがありません。

>精神病院には、「自称キリスト」や 「自称仏陀」は必ず何人かはいますよw。

実際にキリストだったりブッダであるかどうかに関わらず、彼らの生涯や行動や発言について語ることができます。
>>159で言ったのはそういう話です。

179 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 15:24:15 ID:NYQmJlRv
>キュロス2世は、バビロニアに捕囚されたユダヤ人を解放し、再び神殿をエルサレム
>に建築することを許可した、実質上の「救世主」です。

でも塗油の儀式を受けたという客観的事実は無いですよね。
自分が言い出した事を後出しジャンケンで微調整しても無意味です。
「 」つきの救世主ではなく、メシアの話をしてたんじゃないんですか?
あなたがやることなすこと全部こんな調子なので残念です。
これからまともに会話が成り立つのでしょうか?

さて、実際にキュロス王がじつはこっそり塗油の儀式を受けてたとか、
神によって「油注がれて」るかどうか立証できなくても、キュロス王についての
話はできますね。別にただの恩人でも議論は成り立つことを再確認したところで
本題に戻りましょうか。

180 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 17:51:10 ID:oqteZuQ8
>>179
イエスは塗油の儀式を受けていないからキリストではないといったら、必ず
「実質上のキリスト」という奴が出てくるので(現に、キュロス2世の例を
出してきた)、「実質上のキリストでもない」と言っているのだよ。そのくらい
は読み取れないと、仏典解釈など無理。

なお、メシア(キリスト)とは救世主の意味。両語は同義である。

181 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 18:13:09 ID:fMqHqmfu
韓国では2006年にパチンコが全滅していた…なぜか日本マスコミがスルーする「パチンコ事情」を暴く
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/asia/1292424358/

182 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 18:36:49 ID:D3Po0XRv
仏典なぞ欠片も読んだことのない者が「仏典解釈」とかwww
ジョークにもならんw

183 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 18:44:49 ID:xQLlxSvR
>>163
>神を否定しておきながら、何故そこに神を入れる?
頭膿んでるのは君の方〜、→ 観念上の祈る神(キ教などの神)を、否定してるだけ。
<人間 = 命 = 自然> → は、観念ではない他者等の恩恵によって君も私も万人が生かされている。→神
観念上の祈る神(キ教)、仏教の拝む仏は、お金も出す力がないから、君達は一生懸命2chで布教して商売しなければならない。

>災害や天変地異や病気も自然だろが。
頭膿んでるのは君の方〜、→ 水、山、木々・川・太陽・月・雨・酸素・空気・動物・植物・・・等々
がなければ君も私も万人が生きていけません。
仏陀やイエス・聖者・・・等が出してくれるとでも言いたいの?(笑
彼らも水、山、木々・川・太陽・月・雨・酸素・空気・動物・植物・・・等々がなければ同じく生きていけなかったし、
修行も不可能、悟りも不可能、説法・教義・・・も不可能です。

一体彼らには<人間 = 命 = 自然>よりどんな重要な力があったのでしょうかね?


184 :神も仏も名無しさん:2010/12/23(木) 20:54:38 ID:JAEyiYib
中村元先生の本を読めば、釈迦が何を伝えたかったのかは分かる。
仏教は一神教ではないし、そうかといってそれらの宗教を否定したりもしない。
慈悲の言葉が中村先生の墓碑に刻まれているが、全く共感する。

185 :てすと:2010/12/24(金) 01:20:56 ID:h/3lJjck
流れぶった切ってごめん、以前質問してくれた名無しさんいるかな?

。。。ってまだご隠居いるのか。



186 :神も仏も名無しさん:2010/12/24(金) 01:26:38 ID:rzR20cXo
h

187 :神も仏も名無しさん:2010/12/24(金) 01:30:44 ID:rzR20cXo
パソも解除されたみたいだww

また、隠居からかって遊ぶかなw

んで、
>>185
>・・以前質問してくれた名無しさんいるかな?

これはもしかして俺のことかな?
質問の内容を示してくれないとわからんが。

188 :神も仏も名無しさん:2010/12/24(金) 03:23:30 ID:8Akjukxl
>>180
ま〜た、すり替えてる。キュロス王の例が何を意味しているかわからないんですか?
旧約の時点から、「油を注がれた者」に(地上での)「塗油の儀式」は必要ではなくなっているということですよ。
だからこそあれだけイエスを『予言された神の子』にしたがる福音書でさえも、偉い祭司に油注がせたりしてないわけです。
神に聖霊をふりかけてもらって、その後に神が俺に油注いだよ!とイエスに発言させるわけです。
繰り返すようですが、貴方はメシア、キリストを云々する際の定義を間違ってしまってるんです。

>)、「実質上のキリストでもない」と言っているのだよ。そのくらい
>は読み取れないと、仏典解釈など無理。

単に、
貴方が自分の都合のいいように
相手に反応して欲しいだけ、の間違いでしょう。

189 :てすと:2010/12/24(金) 03:47:17 ID:h/3lJjck
>>187

あ、ごめん、しばらくアク禁で2chできなかったので、読むのもやめてた。。
なんか途中で終わった気がするけど、自分も忘れたのでたいした話ではなかったのでしょう。

>>188

他人には定義しろしろ言って、自らは何の定義もしない宗教板の典型的な例。
ご隠居が定義しようがあなたが定義しようが、内部からその定義が正しいかを検証しようがないのだから、
あなたが先に定義して議論すればすむこと。

>貴方はメシア、キリストを云々する際の定義を間違ってしまってるんです。
もったいぶらずに、メシアとキリストの定義をここでしてみたら?
どうせできないんでしょ?

190 :神も仏も名無しさん:2010/12/24(金) 12:54:31 ID:eOegOX8P
>他人には定義しろしろ言って、自らは何の定義もしない宗教板の典型的な例。

神から特別に聖別され、神によって定められた統治や救済を行う存在。
で、 別に地上の偉い祭司に油を注いでもらわなくてもなれる。
キリスト教におけるキリストは、地上での政治的統治を行うという
ニュアンスが薄れている。

あと、自分は隠居にメシアを定義しろ、とは言っていません。
彼がメシアの条件としたものに異議を唱えただけです。


191 :てすと:2010/12/24(金) 14:08:34 ID:h/3lJjck
>>190

定義されていない単語をならべて定義しても定義とはいえない。
神は公理ですか?

>神から特別に聖別され、神によって定められた統治や救済を行う存在。

「神」の定義と、「救済」の定義をお願いします。
神とは何ですか?
救済とは具体的にどのような状態になったことを指しますか?




192 :てすと:2010/12/24(金) 14:14:08 ID:h/3lJjck
>>191

>彼がメシアの条件としたものに異議を唱えただけです。

その通り、宗教家は、意義をとなえるだけで、主張しない。

ディベートというのは、お互いの主張があって初めてなりたつが、
宗教家は相手に喋らせ、それを否定するだけしかできない。

ご隠居は間違っている、だれそれは間違っている、ただ否定するだけ。
お前の神学は解釈がまちがっている、仏教は間違っている、ただ否定するだけ。

まずあなたが「正しい」というものを主張してみなさいよ。


193 ::2010/12/24(金) 15:31:50 ID:25ZNs4xO

> あなたが「正しい」というものを主張してみなさい


輪廻からの解脱をする為には

例えば、精神集中、精神統一などの為には

◎呼吸法
◎瞑想
◎三十七道品(三十七菩提分法)
◎心修習
◎智慧修習
◎チャクラの覚醒

の修習などが必要である
と私は考えています

194 :神も仏も名無しさん:2010/12/24(金) 21:34:59 ID:eOegOX8P
>>191
>定義されていない単語をならべて定義しても定義とはいえない。

この場合の「神」はユダヤ教・キリスト教での設定に準拠です。
天地や人類を創造し、イスラエルの民を選民としたり、預言者送ったりしている、
……とされます。現物を出しようがないのでこのような設定の羅列しかできません。
「そういうものだと考えられている」事さえ踏まえればそのネタについての議論はできます。
説明や描写が欠けていたり不足している部分もまた議論材料になります。
>>192
「こっちのが実際の用法」として代案を出すというのは
こちらが「正しい」と思うものを出すことでは無いのですか?

195 :神も仏も名無しさん:2010/12/26(日) 22:17:42 ID:POH6WUIp
>>194
>この場合の「神」はユダヤ教・キリスト教での設定に準拠です

その設定自体に検証も論理もないのだから、いくら論じてみても、付け加えて
みても、妄想に過ぎない。妄想者の論理は、健常者にとっては論理ではない。

196 :神も仏も名無しさん:2010/12/26(日) 23:07:52 ID:9BIr4dAc
>>195
それで何か問題でも?

あなたは
とある宗教におけるとある妄想の内容を勘違いした。
ただそれだけの話です。

197 :神も仏も名無しさん:2010/12/26(日) 23:14:57 ID:yPt1aCif
>>196
無駄、無駄、ただの屁理屈屋なんだから


198 ::2010/12/27(月) 19:11:13 ID:SNA+qCeQ

サンガジャパン Vol.4 (2011Winter)
(単行本 - 2010/12/25)

正木晃  107ページ

会陰部に潜む性的な技法(シャクティ=クンダリニー)
を駆使して、霊的な方向へ覚醒させる

チャクラ(輪)とナーディ(脈管)の
霊的な器官の中を上昇させていけば
性的エネルギーは次第に霊的エネルギーに変換され
頭頂のチャクラに到達した時に
修行者は最高の智恵を獲得して、解脱を遂げる

199 ::2010/12/27(月) 19:32:30 ID:SNA+qCeQ

ウィキペディア参照

クンダリニーは、
普段は尾てい骨付近の
ムーラーダーラチャクラに眠っているが、
ヨーガの実践や宗教の各種修行によって活性化し始め、
生涯をかけ各チャクラを開花させ

最終的には頭頂の
サハスラーラを押し開け解脱に至る。

性欲を昇華させたものがクンダリニーとなるため、
梵行(性的な事柄を避ける)修行が重要となる。

200 :神も仏も名無しさん:2010/12/27(月) 19:47:21 ID:PRKkloE1
>>198
正木晃は読まない方がいいぞ。
酷すぎる。


201 ::2010/12/27(月) 19:48:27 ID:SNA+qCeQ

サンガジャパン Vol.4 (2011Winter)
(単行本 - 2010/12/25)

正木晃  107ページ

仏教は
性欲を修行によって
悟りへの原動力に変容させる事を
もくろんだからに他ならない

 − − −
 − − −

ゴータマ・シッダールタは

性欲の力を
悟りへの原動力に変容させる
達人だった

と私【?】は考えています

202 :神も仏も名無しさん:2010/12/27(月) 19:49:43 ID:HnViUbXh
アホか?w
そんな事を考えているのはアンタだけw

203 ::2010/12/27(月) 19:53:19 ID:SNA+qCeQ

>>200 >>202

  レス ありがとう ございます

204 :神も仏も名無しさん:2010/12/27(月) 19:54:20 ID:bAJ3crIK
力が悟りの道なら体力がある他の人達はとっくに悟っていたはずだ

205 ::2010/12/27(月) 20:06:41 ID:SNA+qCeQ

>>204
> 力が悟りの道なら体力がある他の人達はとっくに悟っていたはずだ

性欲の力を
悟りへの原動力に変容させる為には

例えば、精神集中、精神統一などの為には

◎呼吸法
◎瞑想
◎三十七道品(三十七菩提分法)
◎心修習
◎智慧修習

の修習などが必要である
と私【?】は考えています

206 :神も仏も名無しさん:2010/12/28(火) 23:58:01 ID:2kr/Z/MY
なんちゃって仏教国の日本では、
シャカの生まれ変わり、なんて無茶苦茶な設定の教祖様が現れているが、
日本ではない、ガチの仏教国でも自称シャカの生まれ変わりっているんだろうか。

207 :神も仏も名無しさん:2010/12/29(水) 00:45:54 ID:1CejVmWy
朝日が昇る頃
仄暗い空を背にひしひしと現れる1つの影
思わず逸らすも感じる2つの視線
走るも走るも消える事無い視線に思わず後ろを振り返る
振り返るも背後に感じる視線に尚
逃れる事の出来ない恐怖にやられ
ただただ朝日が昇るその時を待ちぼうけ
懐に抱える赤子を見送る術を持たぬが仏

208 ::2010/12/29(水) 19:50:00 ID:LZiNZa86

サンガジャパン Vol.4 (2011Winter)
(単行本 - 2010/12/25)

勝本華蓮  198〜199ページ

 「お釈迦様は菩提樹のしたで涅槃寂静の境地に入られて
  その間は肉体は残っているけど
  認識活動は止まった状態のはずで
  そのまま続けていたら、いずれ肉体も滅んで、
  完全な涅槃に入られたはず
  悟りの世界は、自他の分別がなく、有無を超える
  このとき宇宙全体と一体になった
  バラモン教でいう宇宙原理(梵天)に近いんじゃないのかと思う
  その宇宙意思と同調して等しくなってから
  そして
  この世に戻ることを選択した…」

209 ::2010/12/29(水) 20:29:35 ID:LZiNZa86

新アジア仏教史〈09〉須弥山の仏教世界 ― チベット
(新アジア仏教史 9 チベット) 沖本克己 福田洋一
(単行本 - 2010/4)

165ページ

チャンダーリーの火とは
臍(へそ)のチャクラに宿る熱である
この熱の力で【風(ルン)】を中央脈管の中に導き入れ
それが脈管に入り、留まり、溶け込む事に習熟した時
菩提心である精液が溶け出し
それが中央脈管の中を上下に移動しながら
四つのチャクラを通過する時に
四段階の歓喜が生じ、最終的には、
源初から存在する(倶生)大楽を元に
楽空無別の智恵を獲得する

210 :神も仏も名無しさん:2010/12/29(水) 22:20:13 ID:YYpEz/G5
アンタ、変な似非仏教に凝ってるなww
マトモな本を読めw

211 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/12/30(木) 11:03:07 ID:WlE+csMO
あまりにも酷いので・・・。

シャクティーについての正しい知識と理解ならば、
やはり、ヒンドゥーの本物のアヴァターラ存在の教えから学ぶべきだと思います。
ヨーガについては、正統なラージャ・ヨーガの系譜を辿るようお奨めします。
ババジ伝承のクリヤ・ヨーガにおいても、
スリ・ユクテスワ、ラヒリマハサヤ、そしてヨガナンダの誰一人として、
“クンダリニーの覚醒上昇とサハスラーラ(頭頂)・チャクラの開花を以って解脱=覚者とする方はいません。

その他、
ラーマ・クリシュナ、ヴィヴェーカーナンダ、ラマナ・マハリシらとて同様です。
興味を持つのはいいですが、ちゃんと正しく学ぶべきです。

もし、本気でそういうことを書いている自称専門家がいるならば、
その人は本当は素人かもぐりです。そういうところでバレてしまいますから・・
(オウム麻原レベルです)。

上記に掲げたような大聖方の教えを顕した良い書籍を読むようお奨めします。


年内最後の投稿かも・・。
 では、皆さん良いお年をお迎えください。

212 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/12/30(木) 12:53:57 ID:WlE+csMO
追記:

私も同様、若い頃はヨーガなどのHow-to本などを読んで、
“クンダリニーの覚醒上昇とサハスラーラ(頭頂)・チャクラの開花を以って解脱=覚者”
なんだと思っていましたからね。

当時は、
この解脱についての具体的な自己変化に関する解説を得て非常に満足していたのですが、
その後、パラマンサ・ヨガナンダの正統教団『Self-Realization Fellowship』(SRF)の
正式会員であるヨーギと親しく交流する中でいろいろと教えてもらいました。
もちろん、そういうものは紛いものの情報なので間違いです(笑われてしまった)。
尚、神秘力の開花という意味では確かその説明は間違いじゃないですが、
これで完成者(覚者/仏陀)ということにはなりませんから・・・。
この辺は誤解しないようにしたいものです。

1度、こういう誤解を植えつけられると、
開発した者勝ちという構図が出来上がるので、
神秘行法の没頭という日々になります。
こうしてオウムもどきになります。

213 :神も仏も名無しさん:2010/12/30(木) 16:15:03 ID:m8jSU57t
滝クリ番組で「やらせ」!フジテレビ謝罪

フジテレビは17日、毎週日曜夜放送の情報番組「ミスターサンデー」で2回取り上げた女性誌の特集について、
「あらかじめ取材した上で登場してもらった愛読者であるにもかかわらず、街頭で偶然見つけたように演出しており、
不適切だった」と、同番組内で謝罪した。

同局によると、女性誌の付録についての特集で、8月8日と9月26日に放送された。

同局広報部は「2回ともテーマは同じだが、取材対象者は別。それぞれの回で同じように演出をしていた。
今後は再発防止に努める」としている。

「ミスターサンデー」は宮根誠二と滝川クリステルが司会を務める人気番組。

ttp://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20101018-691452.html

214 :神も仏も名無しさん:2010/12/30(木) 21:44:35 ID:hz8I2js2
今年の総括。
「キチ○イに刃物」、「隠居に中論」。

215 :神も仏も名無しさん:2010/12/30(木) 22:17:58 ID:hlPy3LHf
それなら、馬の耳に念仏、猫に小判、生命狂に中論


216 :神も仏も名無しさん:2010/12/30(木) 22:54:45 ID:hz8I2js2
>>215
それだと、「用語術語や解説の濫用」という最大の弊害が表現できていないw

217 :神も仏も名無しさん:2010/12/31(金) 03:08:15 ID:c0CoC/Jj
>>216
なるほど、使い方を分からなくても振り回すという意味ですね。



218 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2010/12/31(金) 15:40:55 ID:E9o9uCkI
主は言われた。私の子羊は、私の言葉を聞きわけ、聞き入れる。
私の言葉は聖霊である。なぜなら私の言葉は、真理なのだから。

お久しぶりです、宝珠さん。
いつも宝珠さんの書き込みは参考にさせて頂いています。
獣の信仰に執着し、真理を決して受け入れない者達にいくら真理を説いても
無駄でしょう。彼らは獣に過ぎないのですから。だが決して宝珠さんの
2CHでの書き込みは無駄ではないと思います。なぜなら2CHではわずかにしかいないにしろ、
いずれ真理を掴むであろう人々が、ゴータマの説いた仏の教えとはまるで違う
獣達の説く、獣の信仰に過ぎない似非仏教に惑わされ、遠回りしないよう役立っていると思われるからです。
今後も掲示板上の宝珠さんの書き込み楽しみに読ませてもらいます。
さて、私事ではございますが、先般、私の母が亡くなりました。美しかった若かしり頃の
母の写真。それと比べ、老いた母の容姿のあまりのギャップ。どんなに楽しかった思い出も
死という結末で、悲しみへと変わる。どんなに楽しい人生であろうと、エンディングは
必ず死で終えるという今の(肉の)自我による生。釈尊の説いたこの世の生存は、結局は
苦でしかないという教えを痛感したしだいです。またなにかよい参考になる話でもあればメールでも
くださいな。それでは、良いお年を。でわ。

219 :神も仏も名無しさん:2010/12/31(金) 15:45:19 ID:Zcq9e387
老いた母が美しくなかったなどと考えるのは
まだ獣の心の残る所以であろう。

220 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2010/12/31(金) 15:52:42 ID:E9o9uCkI
>>219
早速の不愉快なレスありがとう。さすが2CH。
ここで真理を語るのは心の宝を泥の中に投げるようなものだと
改めて知らしめてくれたことには感謝しよう。

四苦八苦。四諦の真理を理解しない者に仏教を語る資格なし。
老いた母のエピソードを書いた真意を君は理解しない。

221 :神も仏も名無しさん:2010/12/31(金) 15:55:02 ID:Zcq9e387
そうだね。
我々は悟り釈迦云々する前に
三毒まみれをどうにかしなきゃいけないね。

222 :神も仏も名無しさん:2010/12/31(金) 15:59:48 ID:SE3MmcWv
>>218
>私の言葉は聖霊である。なぜなら私の言葉は、真理なのだから。

何という思い上がった言葉か。ナザレ村の大工の子倅で、まともな教育も人生
経験もないイエスは、己を一体何様だと思い込んでいるのか。

イエスは、神どころか、人間としても最低の人格の部類に属する。

なお、「子羊」という言葉は、相手にとっては蔑称であることを知っている
のか。毛皮を取るか、売り払うか、殺して肉を食うための対象だ。

自分を生み、すべてを犠牲にして慈しみ育ててくれた母の老いが醜いなどと
いう君の感性は、イエスの毒以外の何物でもない。

223 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2010/12/31(金) 16:10:02 ID:E9o9uCkI
主は言われた。死んでいる者は、死んでいるものを食べ。死んでいる体を生かす。
だが生きている者は生けるものを食べ、永遠に生きるだろう。私の言葉は、霊の体。
それは生ける私の体である。

>>222
久しぶりだな隠居。元気そうでなによりだ。俺は修行が足りんので2CHでの悪意に過剰に
反応してしまうのでこの辺でお暇するよ。ま、おまえさんとも何かの縁だ。おまえさんが実はキリストの
兄弟で、今はこんなんでも、いずれは真理を掴むことを陰ながら祈ってるよ。それでは隠居。良いお年を。

224 :神も仏も名無しさん:2010/12/31(金) 16:14:46 ID:Zcq9e387
カラスさん、亡くなられたばかりの御母堂のことでの無礼、
無分別な愚行であったことをお詫びいたします。
不祥の身ながらお母上のご冥福をお祈りします。

皆様の来年がより良い年でありますよう。



225 :神も仏も名無しさん:2010/12/31(金) 16:32:02 ID:SE3MmcWv
>>224
>御母堂のことでの無礼無分別な愚行であったことをお詫びいたします

むしろ、カラスの、亡くなった母に対する「無礼無作法」を非難し、わが子のために
一生を捧げた彼の母を悼んでいるのだ。

イエスを信じると、人間が創造主から与えられた肉体的本能としての愛が破壊される
ことの見本だ。

226 :神も仏も名無しさん:2010/12/31(金) 16:40:16 ID:Zcq9e387
そう申されましても、情は理で量れないもの、
そこからも仏道は通じているとおもいますよ。

227 :神も仏も名無しさん:2010/12/31(金) 18:17:29 ID:BeG+9tqI
>>226
だから、その情(キリスト教的に言えば、創造主がすべての人間に与えた肉体的
本能としての自然の感情)を、イエスの狂気に発する「観念の遊戯」により破壊
したのがキリスト教。

イエスは、「自分(イエス)に従うためには、家族を捨てよ」とそそのかして
いる。創造主に対するこれ以上の冒涜はあるまい。

肉親に対してさえ、人為的な宗教のベールを通してしか見ることができない、
エゴの行為である自分の宗教のためには、肉親さえも利用する、宗教の底知れぬ
倒錯である。

釈迦にも、イエスとの類似点が多いことに気付かれたし。

228 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 01:22:54 ID:B6wZ7ZxP
情だってよw

229 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 09:10:18 ID:5a1ahinA
さあ 始めるんだ
「修行するぞ、修行するぞ」

230 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 10:12:01 ID:7nm/7a4S
>229
釈迦のように、お遊び、趣味としての修行など、クソの役にも立たん。人間が堕落するだけ。
選択も放棄も不可能な、「他者との係り合いの中での生存努力」という「大修行」をやれ。

231 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 10:19:47 ID:vi9BF4uz
>>230
そう思うのならまず君が引き篭もりをやめ、社会人として生き、
真っ当な仕事に付き、その仕事を通して社会に貢献し、社会人として、
他者との係り合いの中での生存努力という大修行をやるべきじゃないのかな。
違うかい?

232 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 10:35:28 ID:7nm/7a4S
2chは、その大修行の息抜きに、趣味・娯楽としてやっているのだよ。
釈迦は、大修行はやらないで、趣味・娯楽ばかりに現を抜かしていた。
途中で嫌になってやめているw。

233 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 10:44:24 ID:vi9BF4uz
>>232
ほう。社会人やってる割にずいぶんと時間はおありのようだ。
君は確か、自分は働かないでも生きて生けるだけの経済力はあると。隠居は
最高と言っていたような。

ちなみに立派な人は、たとえ一生遊んで暮らせる
だけの経済力があろうとも、真っ当な職業に就き、社会に貢献して生きている
ものだ。一生遊んでも暮らせるだけの経済力があろうとも、決して引き篭り生活
に甘んじたりはしない。

234 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 10:48:33 ID:7nm/7a4S
>>233
自由業だよw。

235 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 10:55:13 ID:5a1ahinA
元旦から何やってんだ(笑)ちなみにおいらは修行(仕事)の休憩中

236 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 11:08:31 ID:vi9BF4uz
>>234
ならば、他者との係り合いの中での生存努力という大修行をやるべきという
のならば、娯楽に過ぎない2CHに人生の時間の大半を注がず、現実世界での
他者との係り合いの中での生存努力という大修行をやるべきじゃないのかね。
言っていることと、やっていることがあまりに違えば、誰も君の言葉に耳を貸さないだろう。

違うかい?

237 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 11:40:21 ID:5a1ahinA
お互いミイラ取りがミイラにならないよう
きをつけたいものです

238 :神も仏も名無しさん:2011/01/01(土) 14:13:52 ID:Ix8NUkTj
悟りでも 修行でも 別に仏教の専売特許ではない
誰もが生活の中で自然に感じるもの
それを纏め上げただけのものを
こんな時代に重宝に思わなくてもいいだろう
メディアが多様化してるように 心情や内面の問題も
既存のものは形骸化してしまってるだろう

239 ::2011/01/01(土) 14:52:25 ID:9GhMG+Kj

>>212 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ

釈尊の呼吸法―大安般守意経に学ぶ 村木弘昌(単行本 - 2001/12)

中阿含経などに説かれた、
仏教で、悟りに至るための三十七の修行法
三十七道品(三十七菩提分法)についての

書籍の御教示を御願い致します

240 ::2011/01/01(土) 15:04:49 ID:9GhMG+Kj

  ☆  ウィキペディア参照   ☆

中阿含経などに説かれた、
仏教で、悟りに至るための三十七の修行法
三十七道品(三十七菩提分法)

@四念住(四念処)四種の観想
A四正断(四正勤)四つの努力
B四神足(四如意足)四つの自在力
C五根、五つの能力
D五力、五つの行動力
E七覚支、存在を観察する際に、心の状態に応じた注意と方法
F八正道

241 ::2011/01/01(土) 15:14:04 ID:9GhMG+Kj

  ☆  ウィキペディア参照   ☆

四向四果 (しこうしか)とは、
部派仏教や上座部仏教における修行の階位である。

@預流向(よるこう)、預流果(よるか)
A一来向(いちらいこう)、一来果(いちらいか)
B不還向(ふげんこう)、不還果(ふげんか)
C応供向(おうくこう)または阿羅漢向(あらかんこう)、
  応供果(おうぐか)または阿羅漢果(あらかんか)

242 ::2011/01/01(土) 15:21:23 ID:9GhMG+Kj

>>212 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ

輪廻からの解脱をする為には

例えば、精神集中、精神統一などの為には

◎呼吸法
◎瞑想
◎三十七道品(三十七菩提分法)
◎心修習
◎智慧修習

の修習などが必要である
と私【?】は考えているので

三十七道品(三十七菩提分法)
についての御教示を御願い致します

243 ::2011/01/01(土) 15:36:10 ID:9GhMG+Kj

四念住(四念処)四種の観想

  身念住(わが身は不浄である)
  受念住(感受は苦である)
  心念住(心は無常である)
  法念住(諸法は無我である)

四正断(四正勤)四つの努力

  已生悪令永(すでに生じた悪は除くように)
  未生悪令不生(まだ生じてない悪は生じないように)
  未生善令生(いまだ生じていない善は生ずるように)
  已生善令増長(すでに生じた善は増すように)

四神足(四如意足)四つの自在力

  欲(すぐれた瞑想を得ようと願う)
  精進(すぐれた瞑想を得ようと努力する)
  念(すぐれた瞑想を得ようと心を集中する)
  思惟(すぐれた瞑想を得ようと智慧をもって思惟観察する)

五根、五つの能力

  信根
  精進根
  念根
  定根
  慧根

244 ::2011/01/01(土) 15:39:36 ID:9GhMG+Kj

五力、五つの行動力

  信力
  精進力
  念力
  定力
  慧力

七覚支、存在を観察する際に、心の状態に応じた注意と方法

  択法(真実を選びとり、偽りを捨てる)
  精進(一心に努力する)
  喜(真実を実行することを喜ぶ)
  軽安(心身を軽やかにする)
  捨(対象へのとらわれを捨てる)
  定(心を集中して乱さない)
  念(思いを平らかにする)

八正道

  正見
  正思惟
  正語
  正業
  正命
  正精進
  正念
  正定

245 ::2011/01/01(土) 18:12:44 ID:9GhMG+Kj

>>212 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ

四如意足(四神足)  四つの自在力
思惟(すぐれた瞑想を得ようと智慧をもって思惟観察する)

例えば、どの様な、方法によって
すぐれた瞑想を得ようとする
智慧を獲得できるのか?

 − − −
 − − −

すぐれた瞑想を得ようとする
智慧を獲得する為には

例えば、精神集中、精神統一などの為には

◎呼吸法
◎瞑想
◎三十七道品(三十七菩提分法)
◎心修習
◎智慧修習
◎チャクラの覚醒

の修習などが必要である
と私【?】は考えています

246 : 【大吉】 【1572円】 :2011/01/01(土) 22:34:24 ID:50FHt/BP
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1254219116/901
因果関係が一方向なのは、それが時間の流れだからだろう。
過去に何何があり、それがその後の現象に何々の形で関わり引き起こした。
これが原因と結果の繋がり、因果関係。時間上、因果関係が一方向なのは当然で、
それが駄目とすると、過去のことが未来につながるだけでなく、
未来から影響されて過去の出来事が生じるというSFのような話にしなければならない。

相対性によって互いに影響を与える、といっても影響を与えるのは現在の相手であり、
影響が表れるのは未来(0.00000(中略)001秒後でも現在に比べれば未来)の相手において、といえる。
自分に影響を与えたのは過去(0.00000(中略)001秒後でも現在に比べれば過去)の相手からだ。
万物は相対性で成立してるよ、という主張によって因果関係は否定されない。
「原子や素粒子の相対的結合」にも、そこにいたる過程と、さらにそこからいたる過程がある。

刹那の観察は、ある時点での観察であり、別の時間に刹那の観察をすると、
全く違うこともあるだろうし肉眼ではわからなくても厳密には違ってたりするだろう。
その違い、変化は因果関係によって起こっている。


247 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 00:12:24 ID:RnQMIj2k
>>246
「時間」とは「事物の変化」のことである。古代人は、天体や季節の変化によって、
時間を計測してきた。「日時計」や「水時計」がその例。現代でも、時計の針の「動き」
や水晶原子の「発振」により、時間を計測する。「心理的時間」は「心理現象」に過ぎず、
「物理的時間」とは似て非なるもの。望ましいものを待つ心理的時間と望ましくないもの
を待つ心理的時間とは、「物理的時間」が同一であっても、全く異なる。

存在の構成の観察に「時間」を導入すると、それはもはや時間によって変化した、異なる存在
の構造を観察していることになり、無意味である。

存在の構成についての相対性(関係性)とは、抽象概念であるから、「具象物の変化」で
ある時間を考慮に入れることは相当ではない。たとえ数万分の1秒の時間が経過しても、
観察対象は変化し、別物になっているからである。

竜樹によれば、万物は相対的であるから、現在も未来も、過去との相対関係において
存在する。従って、この三者間に時間(の差)はない。それらを認識するのは、「今この刹那」
における人間の生命だからである。人間が即死すれば、その瞬間にすべては消滅する。

因果関係は、「実体」である「因」が、これも実体である「果」を生じることである
から、「空」は成立せず、従って実体論に過ぎない。

248 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/02(日) 11:05:58 ID:wUTIjLJq
>>218
お久し振りでした-カラスさん^^
こちらこそ、今年も宜しくお願い致しますm(__)m



249 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/02(日) 11:24:40 ID:wUTIjLJq
>>239-245
 私は、あなたの見解については理解できるつもりでいます(恐らくきっと)。そして、全体としての
その大部分においては同意しますよ。更にいえば、たぶん昔の私の若き頃と殆ど瓜二つのような
匂いすらもしています。

 仏教についての、この私の未熟な知識と理解で敢えていわせて頂くならば、たぶん三十七道品
についての具体的な解説というものは、仏教の解説書にもなければ、そして、肝心の仏典中にも
ないように思います。

 確かに、増谷文雄/訳著の『阿含経典』筑摩書房刊などには実に多くの三十七道品についての
教えが経文中に登場しますけれど・・・。
 つまり、これは縁起一代氏のいうとおりであり、極端にいうと所詮は、経典というものは目録程度
の意味合いでしかないということのようです。結果的には、経典の記述だけでは実践上の歩みは
殆ど困難であるということ。よって経典を読んでも期待以上のものは出てきません。

>>11-13>>23>>24(再読推奨)

250 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/02(日) 11:26:33 ID:wUTIjLJq
 三十七道品も中身は重複事項があって、私は、つまるところは「瞑想」と「浄化法」と「積徳(梵行)」
の三つなのかなぁ、と思うわけです。そして、あなたが重視する呼吸法というのは瞑想の深いサマー
ディ境に至るための特別な技法メソッドのことをいうのです。
 肉体的には自律神経の完全なコントロール支配下を得て、心拍呼吸の完全停止状態へと持って
いくレベルです。これを意識的に自在にできるようになる必要があるのです。こうしないと、究極の
サマーディ境には入ることができません。この技法を教えてくれるところというのは、私が知るところ
としてはババジ直伝のクリヤ・ヨーガはそれに該当します。
 ちょっと極論をいっていますが、もし今生でこの境地をどうしても体験したい人はこういうところしか
ないように私は思います。仏教界では、私の狭い知識の範疇ではちょっと知りません(テーラワーダ
や密教世界の中にはあるのか?・・・)。

 私個人は、古代インドの聖なる教えを廃れることなく現在にまで継承し続けているのはヒンドゥー
(教)だと見ています。これをただ「外道」だの「邪教」だのと軽蔑する人には、やはりこれは到底、無
理な話なのです。例えば、仏教徒として自身の修行の中にクリヤ・ヨーガを導入することをヒンドゥ
ーヨーガ側は問題なしと見なしますが、けれども仏教徒側がこういうことには難色と強い拒否反応を
示すのですね(その殆どが実にヒンドゥーに対する誤解と偏見によるものに過ぎない--かつての私
自身がそうだった・・・)。

 昔の仏教徒らが「一切(法)」の中に「無為」すらも含めてしまった誤解を理解しないから、未だにヴェ
ーダーンタの説くマーヤーと唯一なる実在の教えと、仏教の説く縁起/空とが究極部分では同一真
理の異なったアプローチにしか過ぎないことが分らないのです。古代インド思想にゴータマが更に新
しい光を投じた、それが仏教になったに過ぎない。
 仏教だけが唯一であるとして他はすべてダメだという論に浸る人には無理なこと。

 確かに、クンダリニーとサハスラーラ・チャクラの件は、完成した覚者存在というのはこれらが覚醒
開花しているわけですが、ただし、クンダリニーとサハスラーラ・チャクラの開花で以って覚者である、
というわけではないということです。逆は全く違うと。

251 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 15:44:55 ID:5mzeesd6
隠居、机は常識に、カラス、宝珠はヒンドゥーについて語ればいいのではないか?
なんで仏教を云々するのか

252 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 16:32:08 ID:gsIifYRY
>仏教だけが唯一であるとして他はすべてダメだという論〜
ゴータマ自身はこんな事を言っていない。言っていないどころかあらゆる宗教を否定しなかった。
世界中のあらゆる宗教で他の宗派を否定していないのはゴータマの教えだけ。
ゆえに、仏教に争い無し〜というのが真実。争うのは、その時点でゴータマの教えに反している。

  一切の生きとし生けるものは
  幸福であれ 安穏であれ 安楽であれ
  一切の生きとし生けるものは幸であれ
  何ぴとも他人を欺いてはならない
  たといどこにあっても
  他人を軽んじてはならない
  互いに他人に苦痛を与える
  ことを望んではならない
  この慈しみの心づかいを
  しっかりと たもて

253 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/02(日) 16:33:52 ID:wUTIjLJq
>>251
やっぱり、そうくるでしょう・・・
(別にいいんですけれどねぇ)。

自己の頑な殻を勇気をもって自ら打ち破った者だけに道が開かれるのです。
まっ、最終的にはどの道からでも到達可能ですが・・・。

254 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/02(日) 17:46:46 ID:YAsr93tY
>>247
>竜樹によれば、万物は相対的であるから、現在も未来も、過去との相対関係において存在する

それは説一切有部などの論説でして、龍樹はそれにアンチの立場ですね。

実有論と無常の論理整合性における無理な論法です。
実際、実有と無常は理論的兼ね合いは無理ですね。
(それは龍樹が登場したから言えることなんですが)

簡単に説明すると、有部の刹那滅とは“ドミノ倒し”みたいなもんですね。
刹那に滅するけど、それは刹那に生起する。って・・・
それ自体が無常じゃなくて「常態」であることは明白です。
この理論体系を見事に破壊したのが龍樹菩薩ですね。

中論においては、ここが非常に重要です。

255 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 18:48:41 ID:5mzeesd6
>>252
そう、そのとおり。その釈尊の姿勢によって、恐らくインドでは諸宗教が、互いに相手との違いを認めながら共存できるスタンスを取れたのだと思います。

日本でも仏教の影響で、他宗教を認められるスタンスが形成されたのだと思います。
よく、日本でクリスマスを祝って、結婚は神前、死ぬ時は仏教というスタイルがプリンシプルがないなどと揶揄されますが、
それは排他的で選択を迫る絶対神教に染まった考え。
むしろ、その拘りのなさ、寛容性を誇るべきでしょう。

>>253
>自己の頑な殻を勇気をもって自ら打ち破った者だけに道が開かれるのです。

この言葉は真っ直ぐ君の頭に降りかかるよん

相変わらず頑迷だね。

確かに新唯識とか一部の方便説で見解の低い仏教はマーヤー説や
不二一元論的な見解を持つけど、それは仏教の本質である縁起・空・仮設を外しているんだって、いい加減気付いてほしい

256 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 18:48:59 ID:5QrEqmc3
>>254
竜樹の「時間について」は、中論の頌第19章の「時間の考察」の全文を
ご参照ください。

「相対性(関係性)」には、「生起」という概念はありません。

257 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 19:07:00 ID:Xu16lW7P
竜樹は悟ってないだろw

258 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 19:23:50 ID:XVy67Nkt
縁起する諸法に「スパンの区分を見ない、楔を打ち込まない」というスタンス・視線を取った時、
その時初めて「生起なし」「因果なし」「苦楽なし」と言い得る訳で、
おそらく中論はそれを言っているだろうし、初期仏教に於ける涅槃(ウダーナ8.1-4)も同様だろう。
ここを忘れると、「自身が〈恣意的に〉〈分別している〉にもかかわらず、他の分別を批判する」という
隠居や宝珠の言辞となる。
隠居は、『(実体を認めるということは自性を認めることに他ならないわけだが)、実体と実体の関係という分別・区分が、
上で触れたようなあらゆる分別・恣意性の消失している(滅している)ところの「空」「中道」に反していることに気付かない』。
宝珠は、『諸行(一切・有為)でない意識として〈真我〉等何がしかを、無為のカテゴリに含めて想定しているが、
意識的な要素は勿論、上で触れたようなあらゆる分別・恣意性の消失している(滅している)境地が涅槃なのであって、
《彼が言う全ての要素は、全て有為なるもの》であることに気付かない』。

259 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 19:26:35 ID:5QrEqmc3
竜樹の大哲学は、チンケな悟りなど超えている。釈迦は、竜樹の足元にも
及ばない。

260 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 20:18:07 ID:SRT5rDax
>>238
>悟りでも 修行でも 別に仏教の専売特許ではない
>誰もが生活の中で自然に感じるもの

同意。皆、現実の生活の中で修行してる。

カラス氏を見ればご隠居氏の指摘どおり、選択も放棄も不可能な、
「他者との係り合いの中での生存努力」という「大修行」を捨てて、
イエスや宗教に人格を丸投げした輩。↓

>肉親に対してさえ、人為的な宗教のベールを通してしか見ることができない、
>エゴの行為である自分の宗教のためには、肉親さえも利用する、宗教の底知れぬ倒錯である。

↑ 全く、ご尤もな分析で〜す。


261 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 20:22:14 ID:SRT5rDax
>>229
>「修行するぞ、修行するぞ」
↑ は、オウムの挨拶代わりの言葉
このスレには、元オウムの信徒がいるのかな?


262 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 21:59:06 ID:X8VtCsg5
>存在の構成の観察に「時間」を導入すると、それはもはや時間によって変化した、異なる存在
>の構造を観察していることになり、無意味である。

この文に書いてある「異なる存在」とは、フセインと渡瀬庄三郎が「異なる存在」であるのとは異なる。
そこには連続性がある。同一性を持つものの変化の観察には意味がある。
あるからこそ、そこから知見が得られ、経験や学問が生まれる。

>存在の構成についての相対性(関係性)とは、抽象概念であるから、「具象物の変化」で
>ある時間を考慮に入れることは相当ではない。

「であるから」の前後が全く繋がっていない。相対性(関係性)という概念は具象物の状態を表しているからだ。
「時間」ですら同程度には象徴概念と言える。相対性(関係性)に時間の経緯を持ち込むことに問題は無い。
だからこそ、何があると何が生じるのか、その理由を分析することができる。

前レスでの「同一性」は「連続性という意味での同一性」としておくかな。
続き。
>竜樹によれば、万物は相対的であるから、現在も未来も、過去との相対関係において
>存在する。従って、この三者間に時間(の差)はない

過去、現在、未来には相対性という共通点があるだけであって差はある。
過去の次が現在で現在の次が未来。まさに時間差。順番が差で無くてなんであろう。

263 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 21:59:54 ID:X8VtCsg5
>因果関係は、「実体」である「因」が、これも実体である「果」を生じることである
>から、「空」は成立せず、従って実体論に過ぎない。

言葉上そう称しているだけで、実際のところ隠居は因果関係を否定して(出来て)いない。
因果関係(時間)の中での刹那刹那を切り取り、それ以外から隔離して実体視してるだけだ。
ラべリングの仕方に工夫を加えているだけに過ぎない。
他の刹那(とそれぞれに置かれた事物・物事)との間に繋がりがなくて、
それ自体で有るものがどうして相対的と言えるんだろう?
隠居は相対的、相対性という語をどういう意味で使ってるんだ?

264 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 22:00:32 ID:X8VtCsg5
簡潔に言うとこうだな。

時間を導入するだけで、一刹那後でも厳密には別のものになってしまう理由は?
無から有が生まれて、前の刹那にあったものと入れ替わるから……なわけないよね。
しかしこれでなければ因果関係を否定できない。

265 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 22:43:36 ID:XVy67Nkt
この流れのポイント(モチーフ、議論材料):

・「縁起定型句の構文(論理的構成)」及び、そこに含まれる「時間性と相対性・相互(依存)性」
・「因及び果」は実体か否か
・「因」と「縁」の差異
・『「相対・相互依存」と「可逆性」』及び『「相対・相互依存」と「無時間性」』
 (→「相対・相互依存」は「時間性」を排せるか)
・「認識に於ける(認識という)“切り取り”」
・「人の認識・考察」は「時間性」を排せるか
 (→「論理」は「時間性」を超越し得るか)
・「“切り取り”という作用が持つ実体化への誘い」

など。

ノシ

266 :神も仏も名無しさん:2011/01/02(日) 23:02:19 ID:gsIifYRY
私は、昨年は福岡伸一さんと中村元さんの本で仏教を考えました。
禅は、ずっと昔から考えていました。
でも、分かったのは、生物は淀みだという事。シェーンハイマーの動的平衡論です。
数ヶ月前の自分と今の自分は分子レベルでは別物という事。
数ヶ月前どころか、0・1秒前と今では違う、なぜなら髪の毛が1本抜け落ちたから〜という
話と同じです。
刻々と私の体は、私の体を自主的に壊し、食物を摂る事で置き換えている。
コラーゲンなんて摂っても意味なし。所詮、アミノ酸レベルまで分解されて、それが人の中で
コラーゲンとして再生されるかどうかは別問題。
時間に逆らい、アンチエージングなんて意味なし。所詮、動的平衡に反する行為を行っても
同等以上の反動を喰らうだけ。
つまり、淀みが生体という事はそのとおりだと、福岡伸一さんの本で分かった。
一方、中村元さんの本では原始仏教関係の訳書を読んだ。
ブッダの慈しみの言葉(>>252の下半分)は中村さんの墓碑に彫られているらしい。
つまり、生きている事は、他の一切の生きとし生けるものとの関係を大事にしなさい。というのが
その教えだと思う。人間にとどまらない、ありとあらゆるものに対してという意味では「愛」なんてのは
「慈悲」とは全然別物だと思う。

267 : ◆4yy3YEx6Zc :2011/01/03(月) 00:03:10 ID:mKlFrqHI
物を見るのには光を目で感受する必要がある。
もし0時間なら光の移動する距離も0。

目で光を感受したとして目から脳へ伝わる必要がある。
もし0時間なら知覚が移動する距離も0。

知覚が脳へ伝達されたとして知覚情報が認識として処理される必要がある。
もし0時間なら見られた物は脳内イメージとして変換されない。

だから時間が0なら(脳にとっては)空間は存在しない。
0時間で目が機能したとしても、光が伝わらないから闇。
0時間で光が伝わり目が機能しても、目から脳まで伝わらないから見えず。
0時間で光が伝わり〜目から脳まで伝わっても、脳が処理しきれないから認識できない。

0時間で空間が成立すると認識できるのは神とか一切知者とかの(非人間的)存在になる。

268 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 00:10:09 ID:lUGrXE13
ちうろんなんて
言葉遊び止めなさいってだけだろ
ここの連中のやってるみたいな

269 :早稲田:2011/01/03(月) 00:26:25 ID:3ie59eg5
私は最近、仏教を信仰しようとしているものです。
私の家の檀家は曹洞宗なのですが最近、知りました。
年は40代です。
今年は地蔵菩薩、観音菩薩に初詣を行きました。
曹洞宗は釈迦如来と聞きましたが他の仏様でも良いと聞いたので行ってみました。まだ初心者なので仏教の定義も解りませんが真面目に知りたいです。
ちなみに宗教団体には属しておりません。
全部、書くと長文になるのでハンドルネームは出しておきます。

270 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 00:36:08 ID:x/VfatMX
人生の貴重な時間を
こんなもののために無駄にしないように

271 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 00:49:29 ID:eFNlvN2z
>>265 は、セブンか?w
まずは新年のご挨拶。
宝珠も、隠居も、バカカラスも相変わらずで結構なことだww

んで、>>269 さん。俺は仏教部外者だが、そんな俺だからこそ言って
おいた方が良いと思うので一言。
このスレは、実に様様なスタンスのものが書き込むので、仏教について
色々、質問することは大変有益だとおもうが、各レスはよく吟味するようにね。
ヒンズー風味の神智学仏教や、一見すると大乗主義者のように見えて、
実はトンでも宗教者がよく書き込みするので、気をつけてねww

あくまでも俺の個人的見解だけど、いきなり「・・菩薩を信仰します」
といくよりは、まずは仏教全体の通史を眺めてみては?
俺の体験からすると「仏教徒」と言っても実に様々で、「これで同じ宗教の
信仰者なんかいな?」と不思議に思うことがしばしばだww


272 :早稲田:2011/01/03(月) 00:55:04 ID:3ie59eg5
毎日、そちら(寺)に向かって手を合わせるとかたまに通りすがりでお地蔵様をみるとお参りするくらいですので仕事には支障はないですよ。
最後は自分ですから。
病気を良くして下さいとお願いしても暴飲暴食してれば良くなるわけないですからね。
信仰心があればない人よりは良いと考えてるタイプでしたが少しネットや本(まだ買ってないですが)で仏教とは何かを知りたいですので知っているかたは教えて下さい。
団体や過激な仏教は知りたくありません。

273 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 00:57:00 ID:Tk4HeA9q
>264
>簡潔に言うとこうだな。
>時間を導入するだけで、一刹那後でも厳密には別のものになってしまう理由は?
>無から有が生まれて、前の刹那にあったものと入れ替わるから……なわけないよね。
>しかしこれでなければ因果関係を否定できない。

もろもろの存在(人間も含めて)は、「相対性(関係性)」によって構成される。
「別のもの」とは、「関係性が変化した状態」をいう。竜樹の「空の思想」では、
「同一性」という概念はない。それでは、「相対性故に無自性」という、竜樹の
思想の中核が破壊されてしまう。

「相対性」とは、「相互に影響し合う」の意味。「因果関係」とは、「一方(因)」
が 「他方(果)」の原因となる、ということ。これでは、主従関係、支配関係であり、
竜樹の「空」とは程遠い。

過去、現在、未来を認識するのは、「今この刹那の生命」である。その意味で、「時間
(差)」はない。

涅槃については、中論の頌第25章「涅槃の考察」を熟読・理解されたし。

皆、恐らくは「既存の注釈書」に囚われて、竜樹の「空の思想」が理解できていない。




274 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/03(月) 00:57:16 ID:r/6jNpF2
>>269
質問スレに投稿したほうが良いと伝えようとしたら、
もう、すでに自分で気付かれたようですねぇ!
良いアドバイスがあるといいですね^^

>「仏教徒」と言っても実に様々で、「これで同じ宗教の
>信仰者なんかいな?」と不思議に思うことがしばしばだww>>271

激しく同意www

275 : ◆4yy3YEx6Zc :2011/01/03(月) 01:02:05 ID:mKlFrqHI
とりあえず

曹洞宗 統一スレッド
h ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234456132/

【初心者から】曹洞宗なんでも質問箱【上級者まで】
h ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1259673731/

神社・仏閣
h ttp://kamome.2ch.net/kyoto/

2ch以外の場の方が識者の適切なコメントが得られやすいかもしれません。
私個人の意見としましては、まず檀家寺の御住職にお話を聞かれるのがよろしいかと思います。

276 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 01:07:27 ID:Tk4HeA9q
>>267
いいポイントだと思う。勿論、人間の認識には最小限度の時間を要する。
その最小限度の時間内に生じた対象の変化は無視せざるを得ない。

しかし、我々は人間であり、あくまで「人間の認識」について論じている。
従って、生物としての人間の認識能力以上のことを語るのは、無意味で
ある。

物の存在は(相対的といえども)人間の知覚によって生じる。知覚に要する
最小限度の時間は、「物の存在の成立要件」と解すればよい。

277 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 01:09:07 ID:eFNlvN2z
簡単に説明しよう
@おそらく>>270 が「隠居」というアホ。言ってることの一割は正しいが
仏教に関する言動は勘違いばかりなので参考にしないこと。
A時々、この隠居の金魚のふんである、AAバカが登場するがスルー推奨。
B「宝珠」→神智学徒。よって、仏教を語るとき常にその視点で語るので
いわゆる「伝統仏教」とはかけ離れるよ。
C「カラス」→めったに登場しないので、気にしないでよい。
D「セブン」→ちょっと変わった仏教専門家。仏典および教説に関しての
知識は、もう一人の専門家、「縁起一代」とならんでこのスレでは出色。
(難点は、書き込みの論理構成はしっかりしてるけど、表現法が分かりづらいことが
よくあるので少なくとも2回は読むように)

E「縁起一代」→チベット仏教の専門家。ただし最近は見かけず。
F「机氏」→禅系のひと。なにやら独自の世界の住人のように思われるが
会話自体が成立しないことがよくある。
G「名無しさん」→このスレ以外にも、「中観スレ」「質問スレ」等にも
よく登場。 縁起一代と極めてよく似たスタンスの持ち主。「石飛氏」に傾倒。

こんなとこかね?常連さんはww


278 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 01:18:19 ID:Tk4HeA9q
>>277
そう言うご自分は、一体どの項目に該当するのか。まず、それから説明
してくれw。

279 :早稲田:2011/01/03(月) 01:22:51 ID:3ie59eg5
275さんありがとうございます。
ネットより本で勉強した方が良いですね。
2ちゃんねるなんかで相談してたら仏罰が下ります。
家のお袋は私と同じタイプなのですが私の友人にかなり修行とかにも行き語ると長い方がいましたので。
別にそれは悪い事でも有りませんが神社には行かない方が良いとか寺が仏様なので(そのくらいは知ってましたが)。
家の田舎は戦時中にお寺から釈迦如来(多分?)の小さめの仏像を預かってたらしいのです。戦後にお寺に戻しに行ったらしいのですが。それで親戚にも霊感の強いお方がおられて私が相談した時にいろいろとお世話になり(最近です)信仰心が前よりはある感じになってきました。
ちなみに親戚の方は(2ちゃんねるには方は書きたくないのですが)高野山で修行もしてます。
檀家とは違う真言宗ですが。
私は刺青も入っていますし霊感は全くないです。
暴力団ではないですよ。
のりで若い時に入れてしまいました。

280 : ◆4yy3YEx6Zc :2011/01/03(月) 01:24:05 ID:mKlFrqHI
現実には個人の中では意識と時間の流れが分離することはない。
「最小限度の時間」は空想の中にしかない。

近似の現象としてスポーツにおける時間的空間的な支配の現象がある。
商業における ライバル会社との顧客に対するサービスの質・量の競争もこれに類する。

空間は完全に時間に支配されている。相依性の基盤は因果です。


281 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 01:27:32 ID:x/VfatMX
すぐにかっとなるやつや情緒不安定なやつは
修行でもすれば・・・
仏教も少しは役に立つだろう

282 :早稲田:2011/01/03(月) 01:40:51 ID:3ie59eg5
ちなみに書き忘れましたが私は神社も行きます。
家の会社の御払いは会社の近くの神社でやってます。

283 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 01:43:40 ID:x/VfatMX
日本人には型が必要である

284 : ◆4yy3YEx6Zc :2011/01/03(月) 01:54:28 ID:mKlFrqHI
早稲田 様
言葉は少々荒いですが>>271さん>>274さんの話は、私もその通りだと思います。
>>275のリンク先には確りと御修行された方がいらっしゃるようです。
ネット上で個人情報を書き込みすぎるのは危険です。
自己開示は安全な場所で行なわれますように。
私も2chで交友を広げる気はありません。

285 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 02:00:31 ID:eFNlvN2z
>>278 そうか、自己紹介を忘れたな。
俺は「宗教部外者」だ。無神論者といっても良い。
趣味は「隠居をからかって遊ぶこと」

こんなもんでいいか?隠居www

286 :早稲田:2011/01/03(月) 02:12:21 ID:3ie59eg5
284さんご心配ありがとうございます。
今、早稲田に住んでいる訳ではないのでわかりませんよ。
私が信仰心を持っている事は身近な人には言っておりませんし。
信仰心があると頭のおかしい人と思う方もいますし。

287 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 02:21:07 ID:eFNlvN2z
>>286
>信仰心があると頭のおかしい人と思う方もいますし。

wwwwこのスレにも一人いるぞ、「隠居」と呼ばれている奴。
しかしなあ、この宗教板にいる「宗教者」を見てると、確かに
「頭がおかしい」としか考えられない奴によく出会う。
これは確かだ。

俺は決して「信仰そのもの」を否定したりしないが、『否定に値する
宗教家が多いのも、また事実だ。』
願わくば、決して、個人の信仰をもって他者に干渉することのないようにね。

288 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 08:01:47 ID:pKK8Pibr
>>287
>願わくば、決して、個人の信仰をもって他者に干渉することのないようにね。

いくらそんなことを言ってみても、宗教の本質は、「他人の精神に土足で上がり
こむこと」。釈迦やイエスを見ただけで自明、布教しない宗教があるか。この
スレだけでも充分に証明されている。

オウムや自爆テロを見て、「頭がおかしい」と思わないほうが異常。君は、
無宗教者などと自称するが、実はどこかの宗教の黒幕。カルトは必ず、「宗教
ではない振りをして」接近してくる。

289 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 08:29:30 ID:pKK8Pibr
>>280
>空間は完全に時間に支配されている。相依性の基盤は因果です。

空間は常に変化しているのだから、その構造・構成を知るためには、一旦
静止状態におくことが必要。物品や動く機械の構造を説明する図面でも、断面
図を含めて常に静止状態だ。動いている機械の映画を見て、その構造が理解
できるか。

相互依存性は、その文字が示す如く、「相互の」関係。一方向のみの「因果関係」
では、「主・従」「支配・被支配」の関係。竜樹の「空の思想」の完全な誤解。
釈迦の「業報」は、「空」ではない。竜樹は、釈迦の「これがあるから、あれが
ある」の命題を否定している。

290 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 08:36:19 ID:pKK8Pibr
>>280
人間が即死した場合、即死直前に認識する世界は静止状態である。

291 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/03(月) 08:43:12 ID:eS0qCpwC
>>256
>「相対性(関係性)」には、「生起」という概念はありません。

相対性と相互依存性は根本的に異なる概念です。
それは水と油のよぉなものでして、全く混じり合うことはない。

先ず仏教においては「相対性」といふ思考そのものは寂滅する。
そうじゃないと、チャンポン状態では論理整合性自体が成り立たない。
相対性→世俗諦です。
相互依存性→勝義諦です。

生起とか生滅とかも、これも世俗諦。
生起・生滅→世俗諦で成り立つ。
生起・生滅→勝義諦では成り立たない。
この分別こそ中論解釈においては重要であります。

>>277氏の仰るとおり。
>F「机氏」→禅系のひと。なにやら独自の世界の住人のように思われるが
>会話自体が成立しないことがよくある。

会話自体が成立しない。

292 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 09:03:30 ID:pKK8Pibr
>291
禅者が、「世俗諦」だの「勝義諦」だの、「言葉に囚われる」のはおかしいのでは。

そんな区別はありません。

道元の「現成公案」について、説明してください。

293 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/03(月) 09:14:21 ID:eS0qCpwC
>>292
>禅者が、「世俗諦」だの「勝義諦」だの、「言葉に囚われる」のはおかしいのでは。

それは彼岸の話ですね。
貴殿は彼岸について語ちりたいのですか?
一般的には掲示板に書き込むのは此岸にて調ふのがベターかと思いまふ。

>そんな区別はありません。

ちゃんと区別して般若波羅蜜多の完成ですね>^_^<

294 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 09:20:43 ID:pKK8Pibr
>293
また、「彼岸」「此岸」ですかw。そんな区別もありません。
そのような区別がなくなることこそ、般若の完成です。

295 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/03(月) 09:35:36 ID:eS0qCpwC
>>294
分別智
無分別智
両方の智慧が「無分別の分別」ですね。
これは非常に高度な教学になりますので、説明は割愛させて頂きますが、
またいずれ機縁がありましたら、話す機会もござろう。

296 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 12:53:34 ID:cVHDYP8r
>>273
>「相対性」とは、「相互に影響し合う」の意味。「因果関係」とは、「一方(因)」が 「他方(果)」の原因となる、ということ。
>これでは、主従関係、支配関係であり、 竜樹の「空」とは程遠い。

ご隠居氏の論理は簡潔・分かりやすくてサイコ―――――


297 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 13:00:34 ID:x/VfatMX
幼稚な精神のまま大人になったやつは
 他者だの因果だの ・・・・
そんなことは悩みのうちに入らない

298 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 13:12:46 ID:qKt5vWlM
例えば、仏陀が生まれた時代には、論理的思考が生み出されていなかった。
人間の思考方法は、基本的には様々な哲学者たちが生み出したものである。
自分オリジナルだと思っている考え方も、哲学を勉強してみると、
既に哲学者が用いていた思考方法だと気づく。

それは哲学を全般的に網羅してある、入門書的な哲学書を読めばわかる。
18〜19世紀までに哲学は発展し続け、それ以降はあまり変化がみられない。
人間の思考方法は、その時代に完成したと言えるかもしれない。

そのように人間の思考方法が完成していない時代に、生み出された思想や予測などは不完全である。
人間についてまだ不明な点が多かった時代の予言は、未来を完全な形では予測していない。




299 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 13:24:02 ID:x/VfatMX
過去に対するエレジーが強くなったとき
未来は閉ざされてしまうだろう

300 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 13:26:52 ID:tPuIlJA7
知識や論理が悟りなら、世界中の学者は悟っているはずだぞw

301 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 13:31:56 ID:x/VfatMX
そもそも悟りなんかない

302 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 14:54:35 ID:18gYf5Tb
>>298
>例えば、仏陀が生まれた時代には、論理的思考が生み出されていなかった。
>人間の思考方法は、基本的には様々な哲学者たちが生み出したものである。
>自分オリジナルだと思っている考え方も、哲学を勉強してみると、
>既に哲学者が用いていた思考方法だと気づく。

縁起・空・仮設は、誰が言ってるのかな?
オイラが知る限り西洋哲学も西洋論理学も仏教に遙かに及ばない幼稚な思想だと思う。

>それは哲学を全般的に網羅してある、入門書的な哲学書を読めばわかる。
>18〜19世紀までに哲学は発展し続け、それ以降はあまり変化がみられない。

なんでかわからんの? そりゃ、19世紀に科学が発展してそれに合致しないようなドイツ観念論などは一掃されたからに他ならない。

哲学も科学に迎合した。論理実証主義がその最たるものである。
しかし、その本質主義・実在論的前提から破綻して現在にいたっている。

おそらく現代科学の観測に説明を与えられるのは縁起・空・仮設しかないでしょう。

303 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/03(月) 16:08:20 ID:eS0qCpwC
>>291のつづき
>相対性→世俗諦です。
>相互依存性→勝義諦です。

相対性というのは西洋論理学の基本になるもので、
先ず二項における対立関係の意と理解くだされまし。
また、
相互依存性というのは、先ず(第一義)は二項はないのでふ。
依存性しかないのです。かように御理解くだされまし。
(ここにおいてしか、無我と無常の論理整合性は担保されません)
依存性において「相互」が成立ちます。
つまり相互というのは二義的なもので、ここにおいて五蘊の理論体系が説明されておるんでふ。

貴殿が逝っておる「生命」というのは、仏教においては二義になります。
仏教は唯心論ではありませんので、「生命」を一義にすることは
先ず有り得んのです。
どうか机龍之介の書込みを吟味されまして、目を開きなされまし。



304 : ◆4yy3YEx6Zc :2011/01/03(月) 16:42:27 ID:mKlFrqHI
物や周囲の状況を静止させて考える思考法は、場の支配権を持った者には使えるでしょう。

部品と製作者の関係は一方的なものですし
格闘技などでは入門者が熟練者にいいようにあしらわれますし
市場をコントロールしている寡占企業にニッチ目当ての会社は従わざるえません。

しかし入門者や中小企業は、周囲の対象ではなく自らを変革せざるおえません

縁起・因果があるから変化があります。
空間や相依性偏重の静止状態は空想の中にしかありませんし、
その静止的世界観は弱者や生徒には都合がよくないと思います

誰かさんが暇で貧乏な理由はその世界観のせいだと思いますよw

305 : ◆4yy3YEx6Zc :2011/01/03(月) 17:02:28 ID:mKlFrqHI
中論で言われる時間は、自己内の意味上の時間です。
御隠居が千遍くりかえしても飛んでゆく矢は飛び去ります。
朝御飯を食べても夕にはおなかが空いています。

ただ、矢は飛び行き、飢えは止められないにしても、無駄な思考は止められます

私が言う事を止めれば、御隠居が勝利宣言をする。
そして話題が別に移ったとき、御隠居の中には私に対する思考は浮かびません。
当然ですよね、御隠居は私を論破済みなのですから。
めでたし、めでたし。←これを今やればいいわけです

306 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 17:14:35 ID:bD809Ypp
>>303
「相対性(そうたいせい)」という言葉は、「絶対性」の反意語で、「相互依存」の意味を
内包しています。ちなみに、英語の"relative"の定義は、次のようになります。"related
each to the other, depending upon or referring to each other"。

「二辺が相対(あいたい)する」という場合の「相対」と混同されているのではないでしょうか。

「あいたい」と解すれば、竜樹の思想は、「絶対性の思想」となり、「空」とは対極をなす
ものです。

なお、相対であれ、絶対であれ、それを思考・認識するのは人間の「生命」です。「生命」が
第一義でなければ、何が第一義なのでしょうか。それを思考するのも、また「生命」です。

307 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 17:26:02 ID:bD809Ypp
>>305
「思考(精神作用)」とは、環境に適応して生命を維持するための機能
です。そうではない、「思考のための思考」こそ「無駄な思考」となります。

308 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 17:31:49 ID:CNhIUgGC
源伸=一在家の巣 

「陽光子の統一真光BBS」http://otd9.jbbs.livedoor.jp/mahikari/bbs_plain (来年移転)



309 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 18:15:59 ID:DPmaqIDr
因果関係も相互依存じゃね?

310 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 18:41:25 ID:n/lBextY
>>309
「相互依存」を全面に押し出すこと、ましてや、それのみに特化することは
「二項の同時存在」及び「事象の可逆性」をも意味することになるが、
問題は、「そのようなことはあり得るのか?」ということ。

311 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/03(月) 18:44:47 ID:eS0qCpwC
>>306
>「生命」が第一義でなければ、何が第一義なのでしょうか。

何が第一義なのか?これは経験則においてしか無理ですね。

何かの縁がある。→感受というものですが、
それからこの一瞬の空白において、我の生起がある。
この流れは正法眼蔵にも詳しく説明されてまして、いわゆる記憶の連鎖(配列)ですね。

つまり過去の記憶が縁において蘇り、そこで初めて自我が発生する。
縁において→我がある。こういう流れですね。
ようするに、縁なくば我(生命)はない。つうことです。
簡単ではありますが、なるべく平易に説明しましたざます。

臨済においては、奪人不奪境・人境倶奪のことですが、これはもぅ
あまりに専門の分野ですので、ここでは割愛させて頂きまふ。


312 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 18:52:06 ID:DPmaqIDr
>>310
これは認識の問題だと思うんだよね。
実際の物に対して言ってるんじゃないと思う。
だから事象の可逆性というのは実際にはありえないけど、
人間の認識の問題・・・ 例えば、「種」という認識は、
「芽が出る」という認識があって始めて生まれる。
つまりこの二つの認識は、相互依存していると言える。


313 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 19:09:47 ID:n/lBextY
>>312
その点を、是非、隠居に解り易く説明してやってくれw
そこすら解ってないようだから。

ついでに、話が広がるように揚げ足を取っておくと、
仮に認識の問題であったとしても、「種」という認識と「芽が出る」という認識は
同時に存在(→現象、顕現)し得るや否や?
(語弊を恐れず卑俗な喩えをすれば「バ」と「カ」を同時に発声できるか?ということと似ている)
また、「種」という認識も「芽が出る」という認識も、
(そうした概念、事象の総体を最初に記憶(学習)する際は勿論)、
【必ず、どちらかが先に知られる(知覚・認識される、提示される)】 のではないかな?

314 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 21:16:59 ID:eFNlvN2z
んじゃ、一言w

俺の個人的感想と前置きしておいて
「因果ってのは相依関係の一部だと思うんだがね。これは前にも書いたが
相依を時系列に乗せたのが因果であると。つまり相依とはメタな視点なのでは?
隠居は釈迦を否定したいために、必死に因果を否定するがww」
んで、セブンは「人間の認識」に拘ってるみたいだが、それはどうしても必要か?

同時性はともかく、人間の認識による切り取りは余計な要素の付加に思えて
しまうがなあ。



315 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 21:27:28 ID:18gYf5Tb
>>314
>んで、セブンは「人間の認識」に拘ってるみたいだが、それはどうしても必要か?

オイラの読みだと、少なくとも仏教では有情の認識に依らない縁起はないよ。
そんで、縁起しないものは存在しないから、つまり、ある有情の認識に縁起した対象しか因果とならないわけだ。

その有情の過去の業と、その有情世界の習慣によって諸対象は縁起するわけだ。

つまり、有情なしに自立的に存在したり、縁起・因果するものなどないというのが仏教。

これは決してソリプシズムではありませんよ。いっとくけど。

縁起は難しいのだ。

316 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:02:16 ID:tsiK9h7K
>>295
鈴木大拙氏の受け売りですねw

317 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:20:42 ID:eFNlvN2z
>>315 まず、そこで言う「有情」とは「人間」と言う意味でいいよな?

んで、今、問題となっているのは時間、存在等の認識についてだ。
仏教でいう「縁起」が人間の認識を前提するのはいいとして、
「仏教では、人間の誕生以前、すなわち人間の認識というものが無い時点
では、世界も存在しないし時間も流れてなかった。」という見解なのかい?

318 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:28:42 ID:fyT8EH+M
仏教の時間論で刹那滅論とは違う時間論があるのかな?
刹那滅の時間を継続させるものは認識すなわち記憶しか
ないんじゃにのかな、論理的に考えれば。

319 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:32:21 ID:18gYf5Tb
>>317
有情は人間に限定されないよ。神々や微生物も含むあらゆる生命。

生物誕生以前に世界があったかどうかというのは、きっちり無記とされます。
つまり、そういうことは考えるなということ。

なぜかというと、そういう起点を設けるという発想・論理はアルケー・第一原因を設定する、実在論・本質主義的認識法で縁起・空・仮説ではないからだと思います。

だから、輪廻は無始無終と説かれるのでしょう。

「これあらばこれあり、これなくばこれなし」という縁起の認識論・存在論はとても素晴らしいと思いますが、どうでしょう?


320 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:34:29 ID:18gYf5Tb
>>318
あるよ。時間も仮設というのが本来。

セツナ滅論は、セツナの認識・意識を実在とするので、縁起から逸脱した方便と思われます。


321 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:34:51 ID:tsiK9h7K
禅では父母が生まれる前のお前の面目を示せ〜とか言うな。
そういう事だろ。

322 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:56:00 ID:eFNlvN2z
>>319 「因果」というのは、必ず「時間性」を内包する概念だよな?
つまり時間的前後が存在する。それなくしては「因果」はあり得ない。
ならば、時系列を遡って因果をたどっていくと生物誕生以前に突入して
しまう。  では、生物誕生以前は、因果律は成立してなかったのか?
すると、どの時点で因果律が成立したのかな?
最初の生物誕生時点か? それ以後、因果律が成立したのかい?

323 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:56:30 ID:yH36yIly
>過去、現在、未来を認識するのは、「今この刹那の生命」である。その意味で、「時間
(差)」はない。

こちらが示した別の意味では差がある。これは認めるわけだ。
それとも竜樹や隠居は順番という認識ができない生命なのだろうか?

324 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 22:57:57 ID:yH36yIly
>もろもろの存在(人間も含めて)は、「相対性(関係性)」によって構成される。
>「別のもの」とは、「関係性が変化した状態」をいう。

変化したのは関係性だけ。関係性の構成要素が変わり移り行っていくのだから
「連続性という意味での同一性」はある。関係性の変化を認めるという事は、因果関係を認めるという事だ。
何の原因もなく変化は起こらない。

>「相対性」とは、「相互に影響し合う」の意味。

前にも書いたが、相対性によって影響を与え現れるのは現在以降の相互においてだ。
時間的にはどうあがこうと一方通行。


325 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:11:59 ID:18gYf5Tb
>>322
そう。だけど因果も時間も人間の言語習慣にほかならず、
その習慣に添って仮設されただけの話。

その時間を仮設・空と捉えずに本質・実在と捉えて論理的に追求すると
そのような論理矛盾がでるか、論理矛盾を妄想で補うかするだけのこと。


326 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:24:21 ID:eFNlvN2z
>>325
>そう。だけど因果も時間も人間の言語習慣にほかならず、
その習慣に添って仮設されただけの話。

因果をそのように「仮設されただけの話」と突っぱねてしまうと
現実に観測される事実と異なってしまうし、一般的な意味としての
「因果」という意味も喪失してしまうぜ。

我々が一般的に「因果律」を語るとき、『ある事象の原因を他に求め
A→Bという関係性を認めることだ』例えば、AさんがBさんの頭を
拳銃で撃って殺したとき、Bさんの死の原因をAさんの銃撃に帰結させる。
そこに因果を見るわけだ。それを「言語習慣」にほかならず、論理矛盾を
許容するのであれば、因果律そのもの否定になってしまうが?

327 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:24:37 ID:tsiK9h7K
>>325
そのとおりw

般若経の一切皆空というのはそういう事だろう。

では、実態が全く無くなっては人間の生きる意味が何処にあるのか?
という疑問が起こるだろうが、それは、生きていて他との関わり、関係、
生きている事の効果に実態(と言ってどうかは?だが)がある。という事だろう。

328 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:29:59 ID:tsiK9h7K
>>326
そのような「因果」は意味が無い。
因果にそのようも、あのようも無いだろうが、そもそも釈迦が言った因果というのは
悪い人間と付き合うな、とか理想的な人間と付き合え〜とかいう単純なものだった筈。

何でも因果で説明しよう〜なんて姿勢はゴータマには無かった。

329 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:34:47 ID:eFNlvN2z
>>328
>そのような「因果」は意味が無い

意味があるとか無いとかの価値論の話をしているのではないのだが。

>そもそも釈迦が言った因果というのは
悪い人間と付き合うな、とか理想的な人間と付き合え〜とかいう単純なものだった筈

そうなのかい?
釈迦の言った因果とは、そのような学校の先生が言いそうなことだったのか?

330 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:34:49 ID:18gYf5Tb
>>326
いやいや、仮設内での諸言語習慣は尊重しますよ。

だから、言語習慣内で因果や起源、時間、始まり終わりを問うなら、
あるがままの言語習慣通りに答えますが、

仏教という教えの中では、それは仮設だし、輪廻・世界以前などという問いは、正に形而上学的な知覚・体験を超えた正しくない問いとしか答えようがありませんね。




331 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:37:07 ID:18gYf5Tb
>>327-328
いや〜、全く分かってないよ。

分かってないことを自覚して水野弘元『要語』を三辺ぐらい読んでね


332 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:37:38 ID:tsiK9h7K
>>329
意味がある、と思うから君は書いてるんだろう。

後半はそのとおり、と答えるよりない。

333 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:38:58 ID:eFNlvN2z
>>330 仏教では、上記の例の
「Aさん、Bさんの話」に因果関係をみないのか?





334 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:39:19 ID:tsiK9h7K
>>331
そうですか?w

335 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:39:24 ID:n/lBextY
>>314
>相依を時系列に乗せたのが因果であると。
そのような謂いも可能だとは思いますが、>>315にあるように、
「時系列に乗らない相依は無い」という感じでしょうかね。
半歩譲って強いて言えば、
「時間性の排された相依」、それは「無為」であり「「涅槃」としての視座」であり、
(宝珠やカラスがよく引用したw)ウダーナ8.1-4、ウダーナ・ヴァルガ26.29のような謂いとなる、
(或いは、有為無為議論での宝珠へレスしたように)「有為でないもの」というだけでしかない、と。
(現代)大乗的に言えば「仏の視線・視座」「仏の見る世界」「悟りの世界」「悟りの視線」
に於いてのみ言い得る、ということです。
 *(或いは、初期の長文中にある「スパンや事象の切り取りに関する件(くだり)」に触れた如くです。)

>つまり相依とはメタな視点なのでは?
「メタな視線が仏教のカギ」だと、1・2度書き込んだことがあると思う。
「勝義の究極はそれ(メタな視線)である」と言ってもいいでしょう。
まさに、そのようにメタな視線による世界が、「重々無尽の縁起」による華厳の法界でしょう。
或いは、曼荼羅もそうでしょう。・・・(この辺は自信無しw)

>それはどうしても必要か?
315にあるように、それ以外に認識は無いからです。
ですから、三法印(Dhp277等.にあるように、特に宝珠と対立するようにw、
『「一切」の範疇はどこまでか?「一切の外」は何か?「有為」とは何か?』という論点と繋がり、
涅槃とは別に「般涅槃」という概念を立てねばならなかったこと、五蘊を離れた成仏がありえないこと、
にも現れていると思います。「一切の外(ほか)は涅槃しかない」、と。


(ちょいと自信不足なんで眉唾レスということでw)

336 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:40:12 ID:n/lBextY
>>322
>それ以後、因果律が成立したのかい?
私は、完全なる認識論(≒唯識?)の立場には立たないので、
「(人間の)認識が成立させている」と考えるものではない。(この点に関しては外縁起ということになるが。)
勿論、その始原や終局を考察することは無記の項目にあたるわけだが、
そうした始原の追求以外は、推論により「縁起する諸法」は生物誕生に左右されるわけではないと思う。
《【人間が】「縁起する諸法(≒事象、世界)」を【見る時】(知覚、認識し、考察する時)には、
 時間性を排除できず、【「“スパンの区分”や“輪郭”という楔」を打ち込まずには爲しえない】》、と。

で、そうした人間の限界を忘却しているのが、宝珠や隠居なのだと思っている。
 *(特に隠居に於いては、「刹那に区分していけば(静止状態を想定すれば)、実体が見出せる」とか、
  「実体と実体の相互の関係が縁起であり空である」「そこに因果は無い」「時間性(時間的先後)も無い」
  などといった世迷い言の因でもあろうw)

337 :神も仏も名無しさん:2011/01/03(月) 23:45:29 ID:18gYf5Tb
>>333
だから、仮設として見るよ。

これあらばこれあり、は正に因果関係。

しかしながら、認識の話。

そして、縁起にも階層があって、無常、無我、空、円入など、
それぞれことなるよ。

無常の場合は、本質を認めるセツナ滅に近い感じ。



338 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 00:16:08 ID:TELG2inu
>>336 俺の基本スタンスは「人間の認識は世界に干渉しない」
これは全く変わらないとこなんだ。だから

>《【人間が】「縁起する諸法(≒事象、世界)」を【見る時】(知覚、認識し、考察する時)には、
 時間性を排除できず、・・・

ここは全くそのとおり。【人間が】という限定条件を付せば、その通りだが
その人間の認識、考察は対象に干渉しない。よって、因果は別だが
「存在」に関しては「時間性の排除は可能である」と考えるな。
「厳密な意味においてではなく」一般的な形而上的考察において
【時間の停止】を認めないのかい?セブンは。

時間性を排除した相依を否定しているみたいだが。
(人間の認識、云々はぬきでの話だが)


339 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 00:29:59 ID:ppkxGMfV
>>314
参考として
ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=ibk1952&cdvol=39&noissue=2&startpage=934
これの詳細版が前田恵学頌寿記念論集に収められてる。
(こちらを読んだ記憶も、買った記憶もあるんだが、借りて読んだだけの思い違いなのかもしれないw
 いや、買ったと思うんだけどなぁ・・。見つかんないんだよなぁ・・。 orz
 ただ、リンク先の小論でも、よくまとまってて概要は解ると思う。
 ただ、ガチアビダルマ(或いは註釈時代)なんで、必ずしも初期仏教とは言い難い面もあるが・・。)

以前触れた「ブッダから道元へ」所収の片山小論の引用をしてもいいんだが、
計6レスになるんで、今は上のリンクだけw


>>338
>「厳密な意味においてではなく」一般的な形而上的考察において【時間の停止】を
文意がちょっとよく解らない。どういうこと?

先走って記すなら、
それこそ、貴方の言うように、(他、「無時間的相依」或いは「論理的同時性」も)、
「メタな領域(視線)に於いてのみ成立する(≒有効な)もの」じゃないのかな?
或いは「過去(記憶)、未来(想像・推測)を並置して考察する際の、便宜的措置(或る意味思考実験的)としてのもの」、
そうした、考察のテクニック以上のものではないのでは?(それこそ『仮に、そのように見做す』ということでw)

340 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 00:40:41 ID:TELG2inu
この「相依」による認識論を語ったのは竜樹だが、竜樹は
その考察において積極的に時間性を排除したかどうかはおくとして
少なくとも自己の見解に時間性が不可欠のものとは考えなかったと
思う。俺自身は、竜樹の考察は釈迦の考察と異なるものではなく
釈迦が非常にざっくりと表現したところのものを論理付け、さらに
結晶化したようなものなのでは?  と考えるがな。
よって、その思考過程において「存在」を考察するとき当然、時間性
を排除した関係性も許容したと思う。

341 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 00:45:49 ID:qO9rxjhb
>>312
>人間の認識の問題・・・ 例えば、「種」という認識は、
>「芽が出る」という認識があって始めて生まれる。
>つまりこの二つの認識は、相互依存していると言える。

そんなことは、一度経験した者、一度教わった者にとっては馬鹿でも分ること。
竜樹は、認識ではなく、認識の対象としての存在自体について追究している。

竜樹にとっては、「種」も「芽」もそれぞれ別個の存在。「前後裁断せり」
である。

認識の対象としての裸の存在と認識行為とを混同するから、話が分らなくなる。
後者は、人間の後天的学習の結果としての共同体内合意や事象の問題。認識の
対象としての「存在の構成原理」などではない。

342 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/04(火) 00:52:00 ID:ipHBneLj
〜どうも高遠な議論ご苦労様です^^
 ところで皆さんは、昨日の勤行はちゃんと済まされましたか?www
 そしてこの番組は見られましたか?とても面白かったですねぇ。
 今度は是非、“池上彰の学べる日本人の宗教”でもやって欲しいw

【たけしの教科書に載らない日本人の謎】
 『日本人は神様と仏様を同時に拝む、世界でも類をみない民族。なぜこれほど日本に仏様が根付いた
のか? そこに深く関わる二大スーパースター・最澄と空海は何をしたのか?
 お正月の初詣。皆さんが行くのはお寺?神社? 実は日本人は、神様と仏様を同時に拝む、世界でも類を
みない民族。除夜の鐘は仏教、お部屋に飾る鏡餅は神道。生活の中に、仏教と神道は渾然一体となっ
て根を下ろしている。 天才空海vsたけし。 たけしは、生まれて初めて空海の開いた高野山へ詣でる。
撮影禁止の聖域へ。そこでたけしが感じた「教科書に載らない日本人の謎」とは? 』

343 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/04(火) 00:53:57 ID:ipHBneLj
>>336
>それ以後、因果律が成立したのかい?>>322

横レスさせてもらうと、
物質が生じた時点から同時に因果律の作用が始まった、
という言い方は可能でしょうね。
(コレ単発レスw)

>で、そうした人間の限界を忘却しているのが、宝珠や隠居なのだと思っている。

元々、人間には途轍もない可能性(力)が内在している、という言い方も可能であるし、
(通常の)人間を超越したのが仏陀である、という理解も可能でしょう。
つまり、前者が密教的表現であり、後者が原始仏教的といえるものでしょうね。

344 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 00:59:05 ID:TELG2inu
>文意がちょっとよく解らない。どういうこと?

書きながら、「これじゃあ、わからんだろうなあ。」と思いながら書いたww
「厳密な意味においてではなく」と、但し書きしたのは、
【完全なる定刻の指示は論理的に不可能だから】
例えば「2012年1月3日午前1時】と指定しても正確な時刻の確定は論理的に
不可能。できるのは、誤差を凾として、lim 凾→0 とすることくらい。
しかし、一般的には現実にこの「極限値」による視点で全てを処理し、
これで問題ないw  そして、t=a という「停止した時間」における
考察を妥当なものとしている。勿論、現実に「時間の停止」が起きると
いっているのではなく、「思考実験」においては可能であり、認識論自体が
思考実験そのものなのだから、そこにおいては「有り」なのでは?
という意味。




345 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 00:59:30 ID:qO9rxjhb
「時間とは、存在の変化」と「存在は時間によって変化する」とは、
単なる無意味な「同義反復」。「存在の構成原理」には、到底到達
できない。

要するに竜樹は、釈迦の「縁起(空)」という一語にヒント(のヒント)
を得て、釈迦が思いも及ばなかった「空の原理」を発見・展開・確立した
のである。

釈迦に対しては、一応の謝辞を述べ、釈迦の顔を立ててはいるが、「(自分
が説くような)いかなる法も、どこにも、誰にたいしても、仏陀は説かなかった
のである」と言い捨てている(中論の頌25:24)。

346 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 01:02:11 ID:ppkxGMfV
>>340
ほぼ同意w
以前、龍樹は「縁起を純化させた」と評したと思う。それは今も変わってない。
純化したが故に、空思想は発展し得たし、法界(或いは法界縁起)の整合性が担保されたとも思う。
また、もとよりパーリに於いても(特にアビダルマ教学に於いては)、
時間性の希薄な(捨象された)関係性が想定されていないわけでもない。
しかししれは、括弧書きで「捨象」と入れた如く、
(隠居が>>276で >その最小限度の時間内に生じた対象の変化は無視せざるを得ない。 と飛ばしたギャグの如くw)、
考慮せずに済む『文脈』に於いて、ということになると思うが・・。

(注:これも眉唾レスだな・・w)


>>343
>元々、人間には途轍もない可能性(力)が内在している、という言い方も可能であるし、
そういうことじゃなくて、「どんな超人でも、行動はもとより、知覚認識にはタイムラグがある(筈)」ということ。
『「タイムラグ無き認識」、或いは「同時認識」はあり得ないのではないか?』 というのが、そもそもの問い。


ノシ

347 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 01:03:30 ID:ppkxGMfV
>>344
また後日w  ノシ

348 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 01:12:14 ID:TELG2inu
>>345 wwwwwwwwww

こら隠居、適当ぬかしてると、うちの信者けしかけるぞw
なんといっても、俺は「カルト宗教の黒幕」だからなww

349 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 01:16:55 ID:qO9rxjhb
>>305
>御隠居が千遍くりかえしても飛んでゆく矢は飛び去ります。
>朝御飯を食べても夕にはおなかが空いています。

その通り。人間にとって、それがあるがままの現実である。そのあるがままの
現実を受け入れれることを「悟り」という。

竜樹は、その悟りの対象としての「あるがままの現実」の構成原理を発見・展開・
確立したのである。それはチンケな悟りを超越した悟り、悟りの基盤とでも言う
べきであろう。

350 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 05:21:41 ID:46nnbYN5
>>349
> >>305
> >御隠居が千遍くりかえしても飛んでゆく矢は飛び去ります。
> >朝御飯を食べても夕にはおなかが空いています。
>
> その通り。人間にとって、それがあるがままの現実である。そのあるがままの
> 現実を受け入れれることを「悟り」という。
>
> 竜樹は、その悟りの対象としての「あるがままの現実」の構成原理を発見・展開・
> 確立したのである。それはチンケな悟りを超越した悟り、悟りの基盤とでも言う
> べきであろう。

竜樹は悟ってないよ

351 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/04(火) 09:04:02 ID:DKNlyZfT
>>316
>鈴木大拙氏の受け売りですねw

元ネタは古来からある、色即是空・空即是色の解釈に依るもので、大拙先生はそのパクリですw
「差別」→世俗智→分別
「無差別」→仏智→無分別
でもいい。意は同じですね。
禅宗の基本的教学でありますが、真言宗ではまた違った解釈になります。

縁起バカ氏が、真言アジャリである、と自分で吹聴したことがあるのですが、
真言宗なら勿論この色即是空・空即是色の解釈はご存知でありますね。
基本中の基本ですから。
「空即是色」の解釈が違います。
如来蔵思想ですから、違って当然ですが

352 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 10:05:58 ID:gfW+A9zs
>>350
>竜樹は悟ってないよ

当たり前だ。「悟り」も空なのだから、悟りを「絶対」として追い求めることは、
彼にとってはナンセンス。

353 ::2011/01/04(火) 12:49:29 ID:JHpJCDGO

>>342 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ
> 今度は是非、“池上彰の学べる日本人の宗教”でもやって欲しいw


  ☆  おすすめの書籍  ☆

ダライ・ラマ法王に池上彰さんと「生きる意味」について聞いてみよう
ダライ・ラマ14世 (著), 池上 彰 (著)
(単行本 - 2010/11/26)

チベットの生と死の書 (講談社プラスアルファ文庫)
ソギャル・リンポチェ (著), 大迫 正弘 (翻訳), 三浦 順子 (翻訳)
(文庫 - 2010/9/21)

新アジア仏教史〈09〉須弥山の仏教世界 ― チベット
(新アジア仏教史 9 チベット)
沖本 克己 (編集), 福田 洋一 (編集)
(単行本 - 2010/4)

354 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 13:01:39 ID:0Z40YUUc
【原始仏教】スッタニパータ【最古の仏典】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1294074608/

355 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/04(火) 13:08:00 ID:ipHBneLj
>>353
>ダライ・ラマ法王に池上彰さんと「生きる意味」について聞いてみよう

へぇ〜そんな書籍があったとわねぇ^^

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『日本ヴェーダーンタ協会』発刊の書籍を
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http://www.morikita.co.jp/shoshi/ISBN978-4-627-99931-2.html

356 ::2011/01/04(火) 13:31:16 ID:JHpJCDGO

>>250 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ
> 三十七道品
> つまるところは「瞑想」と「浄化法」と「積徳(梵行)」の三つなのかなぁ、と思う
> あなたが重視する呼吸法というのは
> 瞑想の深いサマーディ境に至るための特別な技法メソッドのことをいうのです。
> 肉体的には自律神経の完全なコントロール支配下を得て
> これを意識的に自在にできるようになる必要があるのです。
> こうしないと、究極のサマーディ境には入ることができません。
> この技法を教えてくれるところというのは、私が知るところとしては
> ババジ直伝のクリヤ・ヨーガはそれに該当します。


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ババジ・光への道 POD版 G. レイチェル、G. Reichel Verlag、 はんだ まり (単行本 - 2006/3)

 ↑ 今度、ババジ関係の書籍を探して観ます

357 ::2011/01/04(火) 15:59:49 ID:JHpJCDGO

>>355 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ

>> 『スッタニパータ』の第4章と第5章のそれぞれに大義釈と小義釈が存在することから、
>> この部分がもっとも古く、元は独立した経典だったと考えられている。

> 4章と5章はどっちがふるいの?

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1294074608/18-19

 ↑ よろしく、お願い致します

358 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 16:19:59 ID:I8yo1+D2
創価学会は平和平和と唱えつつも、方や真言亡国、禅天魔などと唱え他宗を排撃
するのが学会です。これは「仏法は勝負なり」、とか「ここは一つ勝負
で行こう」などといった聖教の言い分でわかる通り、仏法は闘争なりと
か抗争であるといったことからもわかる通り闘争を駆り立てているのです。
そして「日々ご苦労さん」と聖教で言われていることは日々怨念を燃や
すことを一人一人に要請しているということでもあります。この怨念と
憎悪の対象が非学会員の実に多数であることはみなさんもよく承知のこ
とでありましょう。この行為のどこが平和的歩みなことなのかが疑問です。
又、有名人と「会った会った」と日々聖教でとりあげていますが、肝心な
ローマ法王とはいまだ会見すらできていないのです。おそらくローマ法王が
会見したくないはずなのでしょう。
またご存知の通り、日本の大学からの名誉称号は皆無、天皇陛下からの叙勲
もお言葉もありません。これは何を意味するのでしょうか。皆さんにはもう
おわかりのはずです

359 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/04(火) 17:26:04 ID:DKNlyZfT
>>336
>《【人間が】「縁起する諸法(≒事象、世界)」を【見る時】(知覚、認識し、考察する時)には、
 時間性を排除できず、・・・

「縁起する諸法」だから、時間も縁起している。
「今日は日が暮れるのが早いなぁ」とか、
「俺も随分老いたものだ」とかの想起は
一瞬の時間認識であり、知覚や感受と同じ縁起でしかない。

   <五蘊皆空>

360 ::2011/01/04(火) 17:42:59 ID:JHpJCDGO

>>359 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ

お久しぶりで御座います
机様と私【?】で久しぶりに対決といきましょう

まず私【?】は

◎業報輪廻
◎中有身(死んでから次に生まれるまでの状態の意識)の存在

の肯定派でございます

机様のご意見は?

361 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/04(火) 18:05:06 ID:DKNlyZfT
>>360
お久しぶりです(^_^)

机龍之介の意見ですが、それは広義における「時間論」でありますから、
その骨格は>>359レスポンスのとおりで御座いまふ。

仏教における存在論と時間論は不可分であります。
これは平易に言うたら分別できん。つうことになります。
現世において縁起している。つうたら、
縁起だから実有でもなく、実無でもない、その時々に刹那でしか
ありゃ〜せん訳でして、それでもなお死んでから刹那・刹那が訪れるんであらうか?
まあ、あったとしても刹那・刹那だから、どうでもよか。
と、かように思う次第であります。

362 ::2011/01/04(火) 18:10:19 ID:JHpJCDGO

>>361 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ

意味が、全然、理解出来ないけど
とりあえず、レス、ありがとう、ございます

363 ::2011/01/04(火) 18:33:16 ID:JHpJCDGO

新アジア仏教史〈02〉インド2
仏教の形成と展開
奈良康明  下田正弘

佼成出版社  2010/10

  ☆  74ページ  ☆

スッタニパータ(三五一)

 「死を繰り返す輪廻を余す事なく捨てられた方にすがって、
  私は浄らかな真理を説いて下さいと言うでしょう。
  如来の方々は事を慎重に熟慮され成しえられるのです。」

 − − −

 ↑ 輪廻を余す事なく捨てる事が出来ていない人は
   輪廻を繰り返す
   と私【?】は考えています

364 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 18:36:23 ID:ppkxGMfV
年明け早々だが、早くも今年一番の名レスだなw >>362
ワロタわw

GJ!! (ゝ_ )b

365 ::2011/01/04(火) 18:51:40 ID:JHpJCDGO

>>364 様へ

笑ってもらえて、ありがとう、ございます

366 ::2011/01/04(火) 19:10:46 ID:JHpJCDGO

面白いほどよくわかる般若心経―
大乗仏教の精髄を説く262文字の大宇宙(学校で教えない教科書)(単行本)
武田鏡村(著),松原哲明

 ↓ この書籍の115ページの所

もし仮に【有が+5  無が−5】の場合

【有が+5で 無が−5の 間を取って ±0が空である!】

 − − −

 ↑ この説明の方が
   私【?】にとっては
   わかりやすいのですが…

367 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:12:50 ID:2xFcVZvQ
>>336
>《【人間が】「縁起する諸法(≒事象、世界)」を【見る時】(知覚、認識し、考察する時)には、
> 時間性を排除できず、【「“スパンの区分”や“輪郭”という楔」を打ち込まずには爲しえない】》、と。

その「楔」こそ、まさに時間性の排除の目的だろ。諸行無常なのに、時間性を排除しないで、存在の構成が
一体どうやって認識できるのかね。

なお、外縁起を認識するのも、人間の刹那の生命の機能。生命によって認識できなければ、縁起も空も
へちまもない。

君の言っていることこそ、論理矛盾だらけの世迷い言。

368 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:22:21 ID:2xFcVZvQ
>>366
有も無も「いずれも無い」というのが、般若心経の教え。

他人の「受け売り」ばかりに専念しないで、少しは「自分自身」で考え、
「他の誰からの借り物」でもない、「自分独自の思考」を確立することに
努めよ。さすれば、君のカルトも抜ける。

369 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:32:10 ID:TELG2inu
>・・「他の誰からの借り物」でもない、「自分独自の思考」を確立することに
努めよ。さすれば、君のカルトも抜ける。

その「自分独自の思考」の結果が「生命教」だろうがww
カルトが抜けるどころか、どっぷり嵌まってるだろ?

370 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:34:17 ID:kWAv2z6F
キリスト教に改宗します
こんなややこしいものは受け付けません

371 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:37:11 ID:2xFcVZvQ
>>369
「生命」は、「自分の身体」に宿っているから、誰からも借りる必要
はないw。

372 ::2011/01/04(火) 19:37:25 ID:JHpJCDGO

>>368 様へ
> 「自分独自の思考」を確立することに努めよ。
> さすれば、君のカルトも抜ける。


中阿含経などに説かれた、三十七菩提分法(三十七道品)の

四如意足(四神足)  四つの自在力
欲(すぐれた瞑想を得ようと願う)
精進(すぐれた瞑想を得ようと努力する)
念(すぐれた瞑想を得ようと心を集中する)
思惟(すぐれた瞑想を得ようと智慧をもって思惟観察する)

どの様な方法によって
【すぐれた瞑想を得ようとする智慧】を獲得出来るのか
と言う事について、これからも勉強したい
と言うのが、私【?】の考えです

373 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:41:21 ID:2xFcVZvQ
>>370
キリスト教は、もっと「借り物だらけ」だぞw。

374 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:45:26 ID:kWAv2z6F
にほん人のもやもやはこの邪教が原因
キリスト教に改宗し 布教しましょう
 

375 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:46:24 ID:2xFcVZvQ
>>372
また仏典からの「借り物」かw。君は「借り物だらけ」の、「自己喪失」の一生を
送りたいのか。一度きりの貴重な人生の無駄だぞ。

376 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:49:55 ID:axU5XxlS
>>373
日本に到来してる仏教はキリスト教の
借り物だぞw

377 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:51:40 ID:kWAv2z6F
何がどうとか 借り物だとか
悟りとか 涅槃とか 輪廻とか 因果とか・・・・・
 もうたくさん ややこしい 難しい 一般人には無理
キリスト教に改宗します

378 ::2011/01/04(火) 19:52:49 ID:JHpJCDGO

>>375 様へ
> また仏典からの「借り物」かw。君は「借り物だらけ」の、
> 「自己喪失」の一生を送りたいのか。
> 一度きりの貴重な人生の無駄だぞ。

  ご心配下さいまして、どうも、ありがとう、ございます

379 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 19:57:24 ID:2xFcVZvQ
>>377
キリスト教に改宗すれば、人間は自動的に「罪人」となり、死後、恐ろしい
「裁き」の対象とされるだけ。仏教では、そんな危険性はない。死後は仏と
して崇められる。

380 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 20:01:34 ID:kWAv2z6F
仏教の独善性はひどいな

381 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/04(火) 20:25:06 ID:DKNlyZfT
>>362
>意味が、全然、理解出来ないけど

私は、業報輪廻も中有身も縁起してる。って説明したつもりですね。
縁起してるんだから、縁起してない時も当然ながらあるわけで・・・

つまり、美味い鰻丼を食ったとしても、いつまでも美味い訳はござらんだろ?
その時に美味けりゃ〜どうでもいいじゃないか?
そういうことを書いたんでごわす。

382 ::2011/01/04(火) 20:40:08 ID:JHpJCDGO

>>381 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ
> 私は、業報輪廻も中有身も縁起してる。って説明したつもりですね。
> 縁起してるんだから、縁起してない時も当然ながらあるわけで・・・
> つまり、美味い鰻丼を食ったとしても、いつまでも美味い訳はござらんだろ?


さっきよりも、少しは、わかった様な、気がするかも?

そして、レス、ありがとう、ございます

383 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:02:02 ID:KzdcnoYc
日蓮正宗のバカに、

「正しいという字は、一つに止まるという組み合わせで成り立っている」

と説教(折伏?)されたことがあるが、
漢字の説明なんて東アジアでしか通じない道理だと
反論してやったことがある。

真理の普遍性を説くのなら、
文字の説明ではなく、
論理的に語るべきだ。
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1293247922/294

384 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:16:48 ID:KzdcnoYc
> 一神教の本質は「独善性」なのです。


天主が独善でも問題は無い。
神よりも上の善などあるのか?

神が最高で完全無欠の善ならば、
天主が独善的でも構わないではないか。

天主の善性を超える善など在るというのか。
神の独善とは、唯一頂点の善です。
「唯一神の独善性」に、問題はなかろうよ。


十十十 カトリック+189 十十十
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1293214809/

385 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:21:44 ID:HehLc8Sv
>>383

確かにその方は情けないものがありますが、そもそも日蓮系は仏教じゃありませんから。

>真理の普遍性を説くのなら、

仏教は普遍性とか普遍妥当性なんて実在論・本質主義の蒙昧には嵌ってませんよ。

>論理的に語るべきだ。

西洋論理学は、語られている言葉の形式・筋道についての妥当性は云々しますが、
内容の妥当性・確実性といったことには全く関われないのではないですか?

つまり、不当な前提に基づく妥当な論理は不当な結論しか導けない。
実在論・本質主義という不当な形而上学を前提とする西洋思想は、一つとして真理がないというのが私の所見です。


386 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:25:39 ID:HehLc8Sv
>>384
おやおや、それは子供やヤクザの論理ですね。

神は絶対・真善美・完全無欠なんだから、正しいに決まってるって。

問題は、神は絶対・真善美・完全無欠であることは、証明不可能で、
ひたすら信仰に関わっているということではないでしょうか?


387 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:30:01 ID:2xFcVZvQ
「人間を初め、すべての生物に共通する唯一の普遍の事実」は、その「生存本能
(生命)」だ。このことは、もろもろの生物を観察すれば自明である。生命は、
人間のすべての営みの根源。宗教など、その生命の機能の極一部に過ぎない。

根源である生存本能(生命)の指示に従え。宗教などの人為的観念はすべて排除
せよ。「生命のみが、すべてを知る」。生存本能(生命)を思考の基盤とすれば、
人生のあらゆる問題は一発で解決する。人生とは、生命の応用問題に過ぎない
のだから。

創唱宗教は、根源である生命をすっかり忘却した、開祖の精神障害から発生し
たものであることを、忘れてはならない。

388 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:33:44 ID:KzdcnoYc
>>386
不完全な被造物による善性よりは上だろうよ。

被造物の不完全性は、
多様的な善悪の判断という性質により
証明が導き出される。

完全な善悪の判断は、
時代的、地域的な違いをも超える
普遍性を有しているからな。

究極的な善悪は、霊魂の領域でのみ量られる。
徳高い霊魂の輝きと、悪に染まった霊魂の汚れは、
シンプルだが明白な識別(審判)だ。

389 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:40:21 ID:2xFcVZvQ
>>388
「善悪」とは、人間の生存本能(生命)に基づく「共生」のための技術概念。

「善とは、他者の生存を助ける行為。悪とは、他者の生存を害する行為」。

宗教者は、善悪をさかんに口にするが、それは言葉の遊戯ばかりで、上記の
ような、その本質的定義が出来た宗教の開祖は「皆無」である。

390 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:42:03 ID:HehLc8Sv
>>388
全てセム系宗教を前提とした主張ですね。

その前提を受け入れない我々には全く通じない。

我々からすれば、キリスト教の神も輪廻の中にいる不幸な有情の一人。

善悪の判断は何に基づくのでしょう。たしかセム系は神の言葉に従うのみではないでしょうか?

仏教では単純明解、苦が悪、苦がないのが善。つまり、善悪は知覚の問題なんです。
社会習慣的善悪は唯の社会習慣、それはそれぞれあるがままのもので、
時代的にも地域的にも明らかにことなるのが分からないとは。

391 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:45:15 ID:HehLc8Sv
>>388
>究極的な善悪は、霊魂の領域でのみ量られる。
>徳高い霊魂の輝きと、悪に染まった霊魂の汚れは、
>シンプルだが明白な識別(審判)だ。

いや、全然明白どころか、一般人には全く分からないでしょう。
さらに、認識次第でどのようにでも判断可能でしょう。
セム系宗教では「神のみぞ知る」とか言いそうですね。

いや、全く非論理な盲信者ですね。

392 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 21:52:14 ID:KzdcnoYc
>>389
あなたの論理によると、
「生命を脅かす死」は悪になるが、
人命よりも尊いのが霊魂だ。

永遠の救いを得られるならば、
肉体的な自己の生命をも代償にしても構わない。

霊魂は命よりも重いからだ。

人生は有限だが、霊魂の滅びと救いは永遠だからな。
キリスト教(カトリック)の宗教観では、
天国も地獄も、永遠性を有している。

あなたと私では、善悪についての認識に差異がある。
すなわち、これが個々、各々による多様的価値観という状況から
導き出される、被造物の不完全性という証明だ。

393 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 22:08:16 ID:HehLc8Sv
>>392
私はセム系宗教を信じたい人は信じればいいと思ってますが、
そんな妄想内論理を展開して他の信仰体系を非難するならこういいましょう。

神が全能なら、何故、嫉妬したり命令したりするのか?
全能なら、そのままで完全であり、現象や差別もなく、他もなく、
ましてや、他者に嫉妬したり命令したりするわけがない。

嫉妬したり命令したりするのは、自らの不完全さ、非全能性を証明しているも同じ。

これを人を試してると言っても、全く同じこと。

まあ、盲信者のあなたには通じないでしょうが。

そんな体系内真理を、体系外に説くことの愚かさに気付かないかな〜

オイラは、仏教を知りたいと思わない人に説くことはないぜ


394 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 22:09:18 ID:KzdcnoYc
>>392 追記

絶対的な尺度という真理の普遍性は在る。

多様的価値観を認めてるうちは、不完全なままです。
価値観の多様性を認めれば、
正しさの基準が無くなるのを意味するからな。

日蓮宗と浄土宗と真言宗と曹洞宗が
同時に正しいと言い切れるのか?

自己の宗派が最善だと主張するならば、
善悪に差異があるという証明ではないか。

生存の優先を絶対視するのが、
最善ではないと考える者も居る。>>389
堕胎する医師、殺人者、極悪人、死刑に賛成する者、
自己の価値観が絶対に正しいなどと言い切れる根拠でもあるのか?

395 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 22:14:22 ID:KzdcnoYc
>>393
神から与えられた戒律は、
天主の父性により発しています。
すなわち、「己が罪悪により、自己の霊魂を滅ぼす」という
リスクへの警告と助言です。

嫉妬というか、狂おしいほど愛されたほうが、
完全な愛だと思いませんか? 慈愛の神(^-^)


高い所から見下ろすだけの至高者は冷淡です。
イスラム教の神は嫌いですね。
存在すら信じていないけど。w

396 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 22:46:04 ID:HehLc8Sv
>>394
人の文を読まない自己中ですね。日蓮宗は仏教じゃないと言ったんですが、ちょっと前に。

浄土宗と真言宗と曹洞宗は、それぞれ正しい教えを含んでると言えますよ。
そこが仏教の素晴らしいとこ、縁起。
要するに人それぞれ道が違うということ。
唯一絶対の一神教、実在論、本質主義では絶対説けないこと。

だから、争わない。

>>395
>嫉妬というか、狂おしいほど愛されたほうが、
>完全な愛だと思いませんか? 慈愛の神(^-^)

偏執的なストーカーに愛されたいの?

あなたがもしキリスト教を大切に思っているなら、
これ以上、信仰しない人に説くことは止めたほうがいいと思うよ。

なぜなら、説かれた人はキリスト教が不合理で狂信的なカルトにしか思えず、
嫌悪感しかもたらさないと思うから。

トマス・マートンみたいな人なら、布教してもいいと思うけど。

オイラは、これ以上は発言しないからね〜


397 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/04(火) 22:53:42 ID:ipHBneLj
>>356 ?さんへ
参考:
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1239017285/212

これらの書籍はすべて私が述べているババジ
(ヒマラヤで数千年もの間、青年のままの肉体を現在も保持し続けている)のことではありません。
ババジ存在は複数おり、この方は別存在です(1984年に肉体を放棄)。
そして、そのことを知らない人々は分らずに何でもかんでも混在させてしまっているのです。
だから要注意なのです!!!

また、私が述べるババジの系譜からの教えの中では、
これらのウェブページにあるような「宇宙人と地球人の混血がどうしたとか?」
「アセンションがどうたら・・・」といったような怪しいニューエージ情報なんかは扱うことはありません。

また、私が述べるババジのクリヤ・ヨーガというものは、
ハタ・ヨーガ体系中のクリヤ・ヨーガのことではありませんから(これも重大間違いです)。
これらのサイト情報は全部〜違います。

とにかく余計なものから読まず、
黙って、『自叙伝』>>355から手に取ることを私は強くお奨めします。

398 :てすと:2011/01/04(火) 22:55:02 ID:vKo3XJJV
ご隠居は本当にアホだな。
生存本能が宗教を生んだんだよ。

うちらは宗教信者の末裔であり、
狂信者のDNAを引き継いでいる。

諦めて皆と狂いなさい!

399 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/01/04(火) 22:55:34 ID:ipHBneLj
>>357
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1294074608/40

これ以上は
私などでは分らないので、他の知者の方に期待して下さい。

400 :てすと:2011/01/04(火) 23:03:43 ID:vKo3XJJV
本当に君達いつも同じところをグルグルしてるけど、学習能力ないのか?

何が絶対に正しいかどうかは他者と共有する必要ないんだよ。

自分がそれを受け入れると覚悟を決める事が重要で、正誤なんて短い人生で役に立つものか。

401 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 23:12:55 ID:KIeSht2o
>>392
>被造物の不完全性という証明だ。

ほほう。全知全能の創造主を信じる君が、己も被造物であるという身の程を忘れて、
被造物を「不完全呼ばわり」するのかね。それは創造主を不完全呼ばわりする
ことであり、創造主のこれ以上の冒涜はない。キリスト教とは、創造主を冒涜する
宗教か。イエスの十字架の罪状は、「創造主の冒涜」という己の大罪である。

霊魂とは、英語ではsoul,spirit。「精神」の意味である。精神は、専ら生命のみ
から発し、状況に応じて生命を維持するためのソフトに過ぎない。霊魂とは、
生命に仕える侍女以上の何物でもない。

402 :不説 ◆AnATTa/dJc :2011/01/04(火) 23:21:01 ID:TzZCFPRh
>>385 縁起師
>西洋論理学は、語られている言葉の形式・筋道についての妥当性は云々しますが、
>内容の妥当性・確実性といったことには全く関われないのではないですか?
>つまり、不当な前提に基づく妥当な論理は不当な結論しか導けない。
>実在論・本質主義という不当な形而上学を前提とする西洋思想は、
>一つとして真理がないというのが私の所見で

強く同意いたします。

このスレ常連の例の名無しの“自称外道氏”との>>322,>>325-326あたりの問答に
ついてもこういうことが言えるのではないかと。この方、形式論理については非常
に熱心に取り組んでおられるようですが、形式論理を離れた領域の話になると、途
端にコロッと、典型的な外道の──すなわち仏教的見地からすれば誤った悪い──
思考様式を露呈されます。が、形式論理次元ではとても熱心に自論を磨かれている
自負からなのか、その次元の(仏教的見地における)非は認めず、そういう指摘の
仕方をした相手が悪いことになる。形式論理を離れること自体を非常に悪と見做さ
れるわけですが、仏教がその形式論理に執著することの非を説いている以上、形式
論理の不完全さを説く以外にこちらとしては、話をもって行きようがないわけなん
ですが……。

以上、縁起師宛ということで。

403 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 23:21:55 ID:KIeSht2o
>>398
>生存本能が宗教を生んだんだよ。

それは、自然宗教のみに言えること。古代人は、厳しい自然との闘いの
中で、ひたむきな生存努力に努め、生存を助ける自然現象を引き起こす
不可知な力を、便宜上、「神々」として崇拝した。

創唱宗教は、開祖の精神病の症状としての観念過剰から、自然宗教の
神々を抽象化、観念化、精神化し、生存との関係を断ち切ってしまった
のである。

生存本能(生命)を聊かでも重視する創唱宗教が、唯の一つでもあるか。

404 :てすと:2011/01/04(火) 23:21:58 ID:vKo3XJJV
だから宗教もソフトだっちゅうの。

バグだらけだけど、細けぇ事気にすんな。


405 :てすと:2011/01/04(火) 23:26:14 ID:vKo3XJJV
宗教は特権階級の生命を大事にしてるだろ。

羊飼いの生命は羊によって維持される。

ご隠居は認めなさい!

406 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 23:35:10 ID:KIeSht2o
>>405
クリスチャンは、「羊」だの「子羊」だのと呼ばれて喜んでいるが、この
言葉が「蔑称」であることに気付いていない。

「迷ってた一匹の羊」を探すのも、見つけて売り飛ばすか、殺して肉を食う
ためである。

キリスト教では、「羊飼い」とは、イエス一人のこと。特権「階級」とさえ
いえない。

>>404
バグのあるソフトは、使い物にならないばかりか、他のソフトもダメにする。
直ちに廃棄するか、交換だw。

407 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 23:43:03 ID:TELG2inu
>>402  おい、こら【不説】
俺の書き込みにアンカーふってるとこみると、そこに書かれているのは
当然、俺のことだな。
縁起氏宛てとしながら、実体は俺への批判か?バカたれが。

姑息なところは全く、治ってないなw
お前みたいな奴がいるから仏教徒が批判されるんだよ。
いい加減に気づけ、アホがw

俺がお前に対して今まで、批判的レスをつけたのは「お前が仏教と言う
範疇を飛び越えて、自己の価値体系を持って、仏教徒以外にも干渉して
来たからだ。その上、その批判に関しては、一切答えず言いっぱなしで
逃走を図ると言う姑息さ。」
俺は今まで「仏教」というフレームの中での話には極力、批判を避けて
きたがな。神の話や神通力に話にしても、それが「仏教の教説の範囲」
であれば、否定はしなかった。
お前は今まで自分のどこが批判されてきたのかも理解したなかったバカ
なのか?

消えろ、クソが!

408 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 23:46:58 ID:TELG2inu
>>405 「てすと」がきてるw
続きやる?
【釈迦が如何に侮辱に値するか?】 の実証。
確か、長文になるので時間的余裕わくれとのことだったと思うがw

409 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 23:49:44 ID:TELG2inu
さらに、もういっちょう。


ID:HehLc8Sv は、縁起一代なのかい?
確かセブンは別人と言ってたと記憶してるが。


410 :神も仏も名無しさん:2011/01/04(火) 23:55:37 ID:kWAv2z6F
上から目線の宗教より
キリスト教のほうがまだまし

411 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 00:08:21 ID:eDp9lfek
>>410 悪いがちょっと反論させてもらうよ。

俺も、もう宗教板は結構ながいが、「上から目線」のやつってのは
キリスト教徒にもいっぱいいたぞ。(特にコテつきのやつ)
勿論、仏教徒にも大勢いる。(俺は悟ってますよ〜みたいなバカ)

要は個人個人資質でしょ?

412 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 00:16:59 ID:69WTm8kj
仏教に欠点はないのか

413 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 00:24:40 ID:eDp9lfek
>>412
>仏教に欠点はないのか

その問いにはぜひ「仏教徒」に答えてもらいたいな。
俺みたいな「部外者が外から見ると」色々、目に映るが仏教徒自身は
どう考えているのかな?
「単なる他宗派批判に収まらず、また、特定地域、特定時期の批判
(例えば現代日本仏教)ではなく、『根本的問題』が仏教にあるか否か?
を語ってもらいたいね。
仏教徒にとっては、仏教は完全かい?

414 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 00:27:40 ID:69WTm8kj
完全なものなんてない
宗教心がなくてもわかること

415 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 00:31:24 ID:eDp9lfek
>>413 いやいや、俺が聞きたいのはそういうことではなくて
「仏教徒は」仏教をどのように捉えているのか?ということ。

やはり自分の信仰する宗教なので、一切問題の無い完璧な宗教である
と考えているのか?  ということ。

416 :てすと:2011/01/05(水) 00:52:55 ID:GMXZD1m6
>>415
仏教徒って何?そんなのこの世にいたっけ?どこにいるの?

417 :てすと:2011/01/05(水) 00:59:05 ID:GMXZD1m6
仏教の欠点を問う前に、欠点という言葉の欠点を思考したら?

418 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:00:35 ID:eDp9lfek
>>416 ん? 何がいいたい?

例えば ID:HehLc8Sv さんに
「あなたは仏教徒ですか?」と聞けば、おそらく「はい、そうです。」
という答えが返ってくると思うがね。

一般的な意味では、「仏教の教説を指示し、仏教に対する自己の理解を
深めようと努力している者」
こんなとこで良いのでは?

んなことより、>>408 はどうした?てすと。

419 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:07:04 ID:eDp9lfek
それからな、
>仏教の欠点を問う前に、欠点という言葉の欠点を思考したら?

俺は「言葉遊び」をしようとは思ってないのw
ある語彙に特別な意味を投射するのであれば、その旨を付すが、そうでないときは
「日常的に使用される一般的意味において使用し、その語彙の指示する概念そのものを
掘り下げることはしない。んなことしてたら、対話が一切進まないだろ?」


420 :てすと:2011/01/05(水) 01:09:42 ID:GMXZD1m6
>>418
長文うてん。すぐアク禁になるんだよね。

私は仏教徒です、っていう人に聞けば?こににいるなら。いるの?

421 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:11:24 ID:69WTm8kj
欠点の欠点を問う前に
欠点の欠点を問う欠点を思考したら
 と こうなる
だから仏教には限界がある
 金がかかりすぎるとか 難解とか 陰気くさいとか
腐敗を起こしやすい文化を創ってしまうとか
封建制に戻りやすいとか 独善的とか 権力の犬とか
 リーダーに当事者意識がない社会を作りやすいとか
 いろいろあるだろう

422 :てすと:2011/01/05(水) 01:13:28 ID:GMXZD1m6
>>419
んじゃ一般的にいって「正しい」って何の事よ?

掘り下げなくていいから教えてくれ。

423 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:16:19 ID:eDp9lfek
>>420
>私は仏教徒です、っていう人に聞けば?こににいるなら。いるの?

だから、俺は仏教徒であるという人に答えてもらいたいと言っている。
縁起一代なら、「自分は仏教徒である。」と言うと思うが。
あと、ID:HehLc8Sv →この人が分からん。ww言ってることは極めて
縁起一代と酷似しているのだが、セブンは別人と言うし。
確かに、まだ、縁起一代がいた頃、彼と非常に近い見解を語っていた人
がいたので、その人かも知れない。ただ、この人も自己を仏教徒と規定
していると思うがな。
セブンはどうかな? 自ら「外道」と言ってるしwwww
「外道」という語彙を使用するとこから見ても、「仏教徒」なんだろう。
俺は凡夫だがねwww

424 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:19:54 ID:AdIwcxzi
dd

425 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:21:23 ID:69WTm8kj
基本人は働かなくては食っていけない
 いくら小難しいものを追求しても
社会に寄生していては何の意味もない
 霊感商法の手法は
今に持っているやつから取り上げるだ
 今の金融の世界も
いかに人から取り上げるかだ
 どっか 似てるんじゃないか

426 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:22:27 ID:eDp9lfek
>>420
>長文うてん。すぐアク禁になるんだよね

それはマジで残念である。打てるようになったら、ぜひあげてくれ。
今まで仏教スレで「釈迦個人を批判したもの」は、隠居くらいしかみたこと
ないんでな。 隠居のアホ見解などではなく、「きっちりとした釈迦批判の
解説」は興味がある。

んで、「正しい」? ちょっと意味がわからん。何を言ったらいいんだ?

427 :てすと:2011/01/05(水) 01:27:29 ID:GMXZD1m6
>>423
たまにはマジレスするけど、
欠点かどうかは目的によるんじゃないの?

ハサミで石を切れなくてもハサミに欠点があるとは言わない。

宗教なんて道具なんだから論理的、常識的に間違ってたって、
目的が達成されればいいんだよ。

砂漠の民には砂漠用の宗教があるでしょ?

428 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:27:53 ID:cPgw0wL0
>てすとよ。

宗教信者に、「お前の宗教の欠点は何か」などと聞いてどうする?
彼等は、「欠点などない。完全。素晴らしい」と信じ込んでいるからこそ、
信者なのではないか。強いて欠点を答えるなら、組織や人間関係のことばかり
取り上げて、開祖・教祖・教義は絶対に批判できない。それが宗教に嵌ると
いうことだ。

宗教の批判は、すでに洗脳されている信者ではなく、広い外部社会が行うものだ。

君に、「イエスの欠点は何か」と聞かれて、答えられるかw。

429 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:32:34 ID:eDp9lfek
>>427 ん? 俺は「仏教に欠点があるか否か?」を問題にしているのでは
なく、「仏教徒は仏教を完璧な宗教と信じているのか?」を聞いているのだが。

430 :てすと:2011/01/05(水) 01:40:20 ID:GMXZD1m6
>>428
だからイエスがいた証拠はないし、
4福音書が必要だったのは、無い物を有るように見せかける宣伝テクニックだと言ってるだろ。

存在しないものを否定できるわけない。

ご隠居はイエスの「幽霊」を信じているのか?ww

アンチも教会に都合が良いのさ。

431 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:42:28 ID:cPgw0wL0
>>429
同じことじゃんw。

それに、単に「仏教」というから、話があいまいになる。小乗仏教(釈迦仏教)
と大乗仏教とは、異なる二つの宗教。

432 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:42:36 ID:eDp9lfek
>>426 隠居の参入か?ww

>宗教信者に、「お前の宗教の欠点は何か」などと聞いてどうする?
彼等は、「欠点などない。完全。素晴らしい」と信じ込んでいるからこそ、
信者なのではないか。

確かにそういう宗教者がおおいだろうが、俺が聞いて見たいのは
自己の信仰する宗教に対して100点をつけない者の意見。
そして減点対象はどこか?ということ。

いるだろ?中には。  そういう宗教者も。ww

433 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:46:50 ID:eDp9lfek
>>431
>同じことじゃんw。

アホのお前には同じにしか思えないのか?www
「対象の完全性」と、「その対象を完全と考えるか?」
は全く違うわ、バカたれw


434 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:47:38 ID:cPgw0wL0
>>432
開祖や教祖を批判できる宗教者は、一人もいないと断言できる。

その批判力(知性)があれば、宗教などとっくに止めている。

435 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:50:04 ID:eDp9lfek
>>430 お〜〜〜〜と、「てすと」はイエスの実在に対して懐疑的な
見解の持ち主か?
そのような説もあると聞いた事があるが、それはどの程度実証されて
いるんだ?  

436 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:52:16 ID:69WTm8kj
だから日本で知性が育たないのか


437 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:56:13 ID:cPgw0wL0
>>435
「聖書に書かれていない『真実のイエス』を信じているのだよ。
こちらのほうが、嵌り込みははるかに深い。「聖書のイエス」を批判
されると、そこに逃げ込む。

釈迦信者にも、同類がいるようだw。

438 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 01:59:52 ID:69WTm8kj
安らかに死んだ人がいた
処刑されたけれど安らかだった
 これが後の人を勇気付けたのは わかる

439 :てすと:2011/01/05(水) 02:00:26 ID:GMXZD1m6
>>435
実証するのはご隠居の仕事。
以前ご隠居が「イエスは大工の息子」と言ったから俺が、
「大工道具はどこにある?証拠出せ」
と言ったらダンマリだ。

ご隠居はどうやら聖書を否定できないらしい。
困ったもんだ。

440 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 02:01:51 ID:eDp9lfek
>「聖書に書かれていない『真実のイエス』を信じているのだよ。

なんだ?そりゃ。
「聖書に書かれていないイエス」?
んじゃ、何に書かれているんだ?

「てすと」の言ってることは「イエスなる人物は歴史上存在しなかった。」
ということだろ?

441 :てすと:2011/01/05(水) 02:07:02 ID:GMXZD1m6
>>440
現時点ではね。
証拠が発掘されたら修正するよ。

442 :てすと:2011/01/05(水) 02:33:10 ID:GMXZD1m6
ご隠居いじめてごめんww

ここは仏教スレだからキリスト教の話題はやめよう。

龍樹のファンだっけ?
ご隠居の好きな生命も空だぞww

443 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 02:40:42 ID:cPgw0wL0
>>440
ヨセフが大工であったことは通説だろ。イエスは発病後、仕事は止めた。

聖書には、イエスが「大工としての生活経験」から得た智恵は、一切
語られてはいない。ヨセフについては、イエスは言及さえしていない。

「目の中の梁やちり」について話すなら、イエスは、大工作業の中で、
実際に目に入ったちりの具体的な除去方法を教えるべきではなかった
のか。

クリスチャンは、イエスという「目の中の梁」の除去方法については
知らないw。

「聖書に書かれていない真実のイエス」とは、信者が専ら観念によって
作り上げた「理想のイエス像」のことである。

444 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 02:44:23 ID:cPgw0wL0
>>442
縁起・空を、思考・認識できるのは、生命しかない。死者には、縁起・空
もへちまもない。

445 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 08:31:00 ID:vHVAVcaz
>>389
> 「善悪」とは、人間の生存本能(生命)に基づく「共生」のための技術概念。
> 「善とは、他者の生存を助ける行為。悪とは、他者の生存を害する行為」。


動物と同レベルの価値観ですね。
いや、人間がこれを主張したら畜生以下です。

命よりも尊いものはある。
(誇り、精神、純心、真心、霊魂、など)

あなたが主張する善悪は、
肉体的な生死を基準にしている現世利益的で
唯物的な思想です。

霊魂は生命よりも重い。

446 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 09:18:33 ID:vHVAVcaz
>>396
> 日蓮宗は仏教じゃないと言ったんですが、ちょっと前に。


日蓮宗を「否」と断じている時点で、
正邪の判断に個人差が生じているのが分かる。

日蓮宗が正しいと思い込んでる門徒、
日蓮宗を邪宗だと信じている宗徒、
不完全な被造物が主張する「正しさ」とは曖昧なものです。

あなたの価値観が正しいと言い切れる根拠は何ですか?

447 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 09:26:20 ID:vHVAVcaz
>>446 補足および追記

聖書の御言葉
「正しい人は一人も居ない。」の真意とは、
義人が全く居ないという意味ではなく、
「人間が主張する正しさなど曖昧である」という意味です。

十十十 カトリック+189 十十十
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1293214809/120

448 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 09:26:37 ID:NiNq2pwN
>>402
不説さま、深い理解嬉しく思います。
縁起・空の勝義を云々する時、実在論・本質主義では理解できないというか、
実在論・本質主義に基づく論理形式・認識方法を壊すために空・無我が説かれたのだと思ってます。


449 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 11:02:42 ID:LLzffurj
>>445
>(誇り、精神、純心、真心、霊魂、など)

すべて、生命から発するものばかりではないか。

「命より尊いものがある」などと「信じ込まされて」、人を殺しまくっているのが、
宗教、とくに一神教系宗教の実態。まさに「狂人」「殺人鬼」である。

他の動物は、そんなことはしないぞ。宗教者こそ、「犬畜生にも劣る存在」。
すべては開祖の精神病が原因。創唱宗教とは、開祖の精神病の伝染以外の何物
でもない(感応精神病)。最古の創唱宗教であるゾロアスター教の開祖も、
大麻の常用者であったといわれている。ゾロアスター教とキリスト教との
関係は、周知の事実。ユダヤ教の開祖といわれるイクナートンも、現存する
その彫像などから判断すると、男女の区別さえ明らかでない不具者。

開祖の人格を批判的に見れば、いずれも極めて下劣。その精神病の症状としての、
「誇大妄想」「我のみ良しの思い上がった独善性」「自画自賛」「自作自演」「人間差別」
「あるがままの人間と自然とに対する畏敬の欠如」「論理矛盾」に満ち溢れている。
信者は、開祖の精神病の感染の、痛ましい「犠牲者」である。

スッタニパータの「ダニヤの章」を見ただけでも、釈迦が悪質なカルト教祖で
あったことは自明。

感応精神病に関する最新の論文を見ても、症例の殆どが宗教関連である。

450 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 12:34:14 ID:vHVAVcaz
>>449
生命に執着する自己保身は、
浅ましくて醜悪です。

保身とは、本能的な獣性より発せられる原始的で
畜生以下のような醜さです。

美意識と美学を内に秘めた人ならば、
生命よりも重んじるべき価値を優先するはずです。

繰り返しますが、
生命を基準にする善悪は動物と同程度であり、
人間を自然界と同列に並べる
唯物的な価値観によるものです。

和の国(日本)には、
切腹や特攻という美意識があるではないか。
名誉、誇り、愛国心、家族愛、などに殉じた勇者は、
生存本能をも上回る美学を尊びました。

大和民族の気高さを侮るんじゃないよ。

451 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 12:35:46 ID:69WTm8kj
保身に世襲も入るのかな

452 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 13:00:20 ID:vHVAVcaz
>>396
> 浄土宗と真言宗と曹洞宗は、
> それぞれ正しい教えを含んでると言えますよ。


それがあなたの選り好みではない、と言い切れるのですか?

あなたはキリスト教と日蓮宗を否定しましたが、
あなたが否定した宗教を信仰している人々も居るわけです。

このような個人差による正邪の判断は、
人間の善悪など不完全だという結論が導き出されませんか?

あなたはキリスト教と日蓮宗を否定していますが、
キリスト教徒と日蓮宗の門徒は、
自己の正当性を信じているでしょう。

正しさの基準と根拠を示すべきです。

私は、絶対的な普遍性を帯びた真理が
在ると確信しています。

人間による主観的で曖昧な善悪ではなく、
真理を指導原理とすれば丸く収まります。

453 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 13:06:45 ID:69WTm8kj
人間はある規模があり統一した見解があればリアルと感じる
しかし集団の思考は他思考への対抗から生まれる
つまり何かを信じるということは 何かを否定する面もある

454 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 14:02:22 ID:vHVAVcaz
>>452 追記

人間の正しさなんて、
主観的な嗜好による
選り好みが多いもんさ。

個人的な善悪の差異が在る限りは、
不完全な尺度・基準だよね。

455 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 14:16:01 ID:LzMCAtc4

感応精神病をググったら、コヮ〜 (・・;)   

■フォリ・ア・ドゥ folie à deux ■
http://homepage3.nifty.com/kazano/folie.html

■ 藤沢悪魔祓いバラバラ殺人事件 ■
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/fujisawa.htm


456 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/05(水) 19:18:15 ID:KSa/GF5G
>>382
>さっきよりも、少しは、わかった様な、気がするかも?

貴殿がわかったのは、鰻を食った経験によるものだろう?

鰻は食ってしまば無くなる。そういうことを経験則において学ぶ。
鰻も業報輪廻も、中有身も、食ってるときだけある。
「ある」と言っても、それが実体有ではないことは明らかなり。
じゃあ、実体無なのか?つうたら、
想起してるんだから実体無とは言えない。

この論法は、じつは一切のものが的中する!!
空とは空論ではなく、リアルそのものであることが納得できる。


457 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 20:18:42 ID:vHVAVcaz
>>445
「善も悪も無く、ただ現実のみが在る」
という思想は、(般若心経?)
良心の呵責や義憤に駆られるという
精神の働きを否定する悪魔の論法です。

458 :神も仏も名無しさん:2011/01/05(水) 20:23:15 ID:69Y9b8c5
教えは別にして、現代の日蓮宗の規模と社会的影響ってどんな感じなの?

459 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/05(水) 21:13:50 ID:U7UQrMLY
「Jane Style」v3.60(10/12/25)
- 多彩な機能を備えた“2ちゃんねる”専用ブラウザー
http://www.forest.impress.co.jp/lib/inet/browser/typclbrwsr/janestyle.html

「Jane View」v101231(10/12/31)
- 「OpenJane」の機能を拡張した動作の快適な“2ちゃんねる”ブラウザー
http://www.geocities.jp/jview2000/

「MiniTwitter」v1.64(10/12/24)
- シンプルなデザインと豊富な機能を両立させたTwitterクライアント
http://www.forest.impress.co.jp/lib/inet/websupt/sns/minitwitter.html

「食物連鎖シミュレーション」v2.60(11/01/04)
- 食物連鎖の生物バランスを数量の視点で学習・実験
http://www.forest.impress.co.jp/lib/stdy/study/science/rensasim.html

□「Mitaka」v1.2.0b(10/12/28)- 国産の3D天体シミュレーター
http://www.forest.impress.co.jp/lib/stdy/study/science/mitaka.html

電子書籍新刊情報(青空文庫)
http://www.forest.impress.co.jp/docs/update/ebook/20110105.html

460 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 00:30:39 ID:ppGasfOR
ID:HehLc8Svではないが、彼(「縁起」と呼ばれる名無しさん)が前に語ったところによれば、
本来融和的な経典である法華経を読み違え、排外的な教義を説いた。
インドやその他アジアの仏教でも一貫して法華経は融和的と考えられているらしい。
そうした仏教の伝統で日蓮は特異だということ。
浄土宗と真言宗と曹洞宗は、釈迦が説いたろんな経典、手法の中から
それぞれ選んで実践しているだけ、と言う事ができるが、
日蓮だけはこの関係に入れない。彼自身経典を誤解し、また仏教にあるまじき
排他主義で他宗を否定してしまっているから。

「聖書の暗号」やスウェーデンボルグの聖書解釈がノンクリからみてもおかしいようなものか。

>>449
イクナートンのは単にアマルナ美術の様式なんだって。
嫁や家臣の像も同じようなスタイルで造形されているらしい。

というかさ、トランスジェンダーを精神疾患や麻薬の使用と同列に扱うなんて
いくらなんでも粗暴に過ぎるんじゃないの?ドン引きなんですけど。

461 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 00:59:01 ID:Xh0yGiip
>>409
>>460に先に触れられてしまったがw)ID:HehLc8Sv は、かずよだと思うよw
直近では、ID:18gYf5Tb ID:5mzeesd6 なんかがそうw

別人と言った記憶はないが・・。
言ったとしたら、(そのIDじゃない)過去の、まさに「別人」だった時のことだと思う。


>>423
> 自ら「外道」と
> 俺は凡夫
《「凡夫」だから仏教徒ではない》という理屈にはならないよw
なぜなら、「凡夫」は「阿羅漢(≒仏、仏陀)」「如来」或いは「比丘(≒僧侶)」の対になるカテゴリだから。
だから、凡夫の仏教徒もいれば修行者である仏教徒もいるさw
 *(だからここで、以前も少し話題に上った『何をもってして〈仏教〉と言い得るのか?』
  という問いと同じ形の問いが顕れる。『何をもってして〈仏教徒〉と言うのか?』とw)
   *(それは、以前引用した“てすと”の発言・問いと密接にリンクしていることでもあるが・・。)
 *(で、ちなみに、その意味でいけば、ワシが「外道」を自称する時には、大きく二つの理由が考えられるw
  ひとつは「現代科学の知見及び生物としての人間の限界を超える形での
  “神通”及び“三世に跨る輪廻”に対して大きな疑義を持っている」ということ。
  もうひとつは、「自らの生・生活に、きちんとした“実践”を顕現し切っていない、形にしていない」ということ。
  この2点に於いて、「外道」という称号は甘んじて受けねばならないw
  この時、仏教徒として括れるかどうかは、上の条件設定(=仏教徒の定義)次第となるw)


ノシ

462 :てすと:2011/01/06(木) 01:10:02 ID:dYoNiIpU
日蓮は仏教界のプロテスタントだろ。

浄土を望んだり座ってないで、
現実で戦って生きてるうちに結果出せって、普通に聞こえるけどなぁ。

仏教の各宗派は違う目的を持つ道具なんだから状況で使いわければいいのに。

463 :てすと:2011/01/06(木) 01:18:30 ID:dYoNiIpU
プロ野球を見るのが好きな人と、
草野球が好きな人の違いでしょ。

後者がプレイヤーだから仏教徒。
ここにはいないよ。

464 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 01:21:31 ID:V68sMHnB
>>461
>・・ID:HehLc8Sv は、かずよだと思うよw

その「かずよ」という人を見たことが無いww
以前、そのようなコテをつけた人がいたわけか。
その人と縁起一代は別人なんだろ?

>《「凡夫」だから仏教徒ではない》という理屈にはならないよw

そうか、これは勘違いしていたw
俺は、凡夫という呼称は「仏教に【信】を置かない、すなわち、未だ仏教を
志さない者を指してのこと」だと思っていた。

>“神通”及び“三世に跨る輪廻”に対して大きな疑義を持っている」ということ

これに対しても、常々、俺は疑問に思っていたのだが、「現在の仏教徒」のうち
いったいどれくらいの者が信じているのかね?
「釈迦は母のわきの下から誕生した」「空を飛んだ」
これらを神格化ではなく、現実に起こった事象であると認識することは
あまりにも無理があるのではないかと思うがなw
キリスト教について言えば、石をパンに変えたとか。

465 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 01:26:35 ID:V68sMHnB
>>463 
>後者がプレイヤーだから仏教徒。
ここにはいないよ。

今いるかどうかは知らんが、縁起一代ってのは、確かプレイヤーだったぞ。
高野山だったかで修行したのち、どっかのお師匠さんに弟子入り。
チベットで数年、修行してたようなことも書いてたとおもうが。

466 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 01:31:34 ID:V68sMHnB
>>462
>仏教の各宗派は違う目的を持つ道具なんだから状況で使いわければいいのに。

wwww笑おた
仏教徒にとってみれば、そうはいかんだろう?
今日は「南無阿弥陀仏」明日は「南無妙法蓮華経」ってか?

467 :てすと:2011/01/06(木) 01:32:47 ID:dYoNiIpU
>>465

研修医と患者は違う。

前者が仏教徒。

468 :てすと:2011/01/06(木) 01:38:37 ID:dYoNiIpU
>>466
だからそれは自分がやる場合でしょ?

困ってる人いたら相手に合わせてお寺なり教会なり紹介してあげればいいじゃん。

469 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 01:38:53 ID:V68sMHnB
>>466
>研修医と患者は違う。

縁起一代は「患者」かい?w
まあ、リアルでの生活を聞いたわけではないので、なんとも言えんが、
確か「僧籍」をもつプロだったと思うぞ。


470 :てすと:2011/01/06(木) 01:50:01 ID:dYoNiIpU
>>469
いやだから免許持ってたって、
運転できないんだから、ドライバーじゃないでしょ。

彼は誰を目的地まで運べるの?

471 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 01:58:21 ID:V68sMHnB
>>470
>運転できないんだから、ドライバーじゃないでしょ

運転できるか、できないかは、俺は知らん。

てすとは「仏教徒」の定義を「誰かを目的地まで運べるか?否か?」
とするわけか?

俺はもっとハードルを低くしても構わんと思うがね。
ちょっと前に書いたが、「仏教に【信】を置き、自己の仏教に対する
理解を深めようと努力、(これには日々の実践、修行も含まれるが)
する者は『仏教徒』と呼称、または自称しても全く構わないとおもうがな。」

472 :てすと:2011/01/06(木) 02:08:44 ID:dYoNiIpU
>>471
わかった、こうしよう。
自分が仏教徒だと思っていて周りにもそう言っている人は仏教徒という事で。

明らかに間違って理解していても、
突っ込まない。

仏教版信仰告白。



473 :てすと:2011/01/06(木) 02:23:01 ID:dYoNiIpU
さらにハードルを下げよう。

自分の入る墓が仏教式なら仏教徒。

ちなみにうちの墓は寺にあるんで、俺も仏教徒。

本当にいいのか?ww

474 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 02:26:04 ID:V68sMHnB
>>472
>自分が仏教徒だと思っていて周りにもそう言っている人は仏教徒という事で。

基本は「自分が仏教徒である」と信じ込んでいるかどうかだろうな。
例えば日蓮系の信者たちは、自分らを「仏教徒」であると言うだろう。
しかし、ちょっと前に書き込んだ人は「日蓮系など仏教ではない」と言う。
ここで見解が分かれる。
やはり「自分は釈迦の教えを信じる。そして、日々、努力している。」
って奴は「仏教徒」なんだろう。

>明らかに間違って理解していても、
突っ込まない。

これはどうかね?例えば「釈迦というのは、唯一神の弟子であり、2500年前に
人々を救うためにこの世に使わされた天使のひとりである。」
なんてのを信じてる奴がいたら、これは果たして『仏教徒』と言って
よいものやら?

やはりある程度のブレ幅の許容範囲ってのもあるだろうww

475 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 02:35:56 ID:V68sMHnB
これはセブンも言ってたが「何をもって仏教徒するか?」
と言う問いにリンクするが、これに対する明確な回答がないだろ?

日蓮系は排他的であるから仏教では無いといったら、「んなこたあ、ない」
と日蓮系の人は怒るわな。んで、寺和田の人なんかは、よく、日本仏教なんか
あれは仏教ではないと言うよな。
んじゃ、幸福の科学は?ということになる。
いわゆる、伝統仏教の信者であれを仏教徒と認めている人は、ほとんど
いないだろ?
よって、まず仏教というフレームをどこで線引きして仕切るか?
そして、それに対してどのようなスタンスを取っているか?
この2点の問題だろ?

476 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 05:48:30 ID:hoGghgWW
>>460
日蓮よりも以前に、釈尊が絶対に正しいと言い切れるのか?
キリストよりも、ブッダのほうが上という根拠を示せますか?

私が言いたかったのは、日蓮なんてどうでもいいのです。
人間が主張する「正しい/間違ってる」の基準と尺度は、
アテにならないという論旨です。

価値観の多様化は、人間が不完全な被造物であるのを意味します。
各々の正しさに、時代や地域を超えた普遍性が無いからです。

477 :てすと:2011/01/06(木) 09:58:16 ID:dYoNiIpU
>>476

ハサミは紙を切るのには正しいですが、石を切るのには間違っています。

漁師はいまだ天動説を採用しても問題ありません。

人間が多様なのは目的が多様という事にすぎず、それを不完全か完全かという議論に置き換えるあなたの命題の立てかたに問題がある。

478 :てすと:2011/01/06(木) 10:13:12 ID:dYoNiIpU
>>475
だから仏教徒を定義する事は意味がないって事なんじゃ?

仏搭拝んで金箔貼ってる在家がいる以上、層かも幸福の科学も仏教でいいじゃん。

そんなの認めねぇ!ってここで叫んだら奴等と同じでしょ?


479 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 10:24:22 ID:V68sMHnB
>>476 確か、あなたはカトリックさんでしょ?

>人間が主張する「正しい/間違ってる」の基準と尺度は、
アテにならないという論旨です。

この「人間の認識、判断」が不完全であることは誰も否定しないと思うが、
それを主張するのであれば、「キリストの教え」は正しいと判断することも
あてにならないことになる。
勿論、唯一神である「父なる主」の存在も、あてにならなくなるね。
なぜなら、それを判断しているのは人間なんだから。

480 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 10:25:59 ID:Pjvh/y/5
>>475
伝統的には三宝帰依と四法印を認めるか認めないかですね。
日蓮宗などは、三宝以外の常住・恒常の何かに帰依してるので、明確に仏教とは言えません。
常住・恒常なものを認めるのは、諸行無常、諸法無我に反します。

ちなみに真言宗など、密教の本尊は空性です。
これを空性でなく、常住・恒常とする現代教学やチョナン派なども仏教から逸脱しています。


481 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 10:53:55 ID:V68sMHnB
>>478 さ〜〜〜〜て、それはどうかな?
おそらく、伝統仏教の信者さんたちは、「それが継承されてきた時間の
重み」を主張するのではないかな?
勿論、念仏系、日蓮系が登場したときも、既存仏教からは「あんなもん、
仏教ではない」と攻撃されたが。

俺は仏教徒ではないので、これは勿論、外部からの感想だが、
「現在の日本仏教は、釈迦が説いたところの教説とは大きくかけ離れて
いることは事実だよな。ただ、それを「仏教」と呼称してすでに1000年以上
が経過しているわけで、ほとんどの日本人がそれらを仏教と認識している。
ただ、ある程度の線引きは必要なのでは?
仏教と言う呼称に明確な定義がないわけだから、自分で言ったもん勝ち
みたいなところがあるが、それを全て許容するべきでもないだろう?
少なくとも、これはひどいと思われるような新興宗教が出てきて、「これこそ
真の仏教だ。」と主張し始めたら、既存の仏教側からは「それは違いますよ」
との指摘、反論は許されると思うがね。

>・・層かも幸福の科学も仏教でいいじゃん。

俺は創価は良く知らんので言及はさけるが、幸福の科学→これは仏教か?
俺には釈迦をネタにした新興宗教(それもかなり質の低い)にしか思えんがな。ww
ちなみに、てすとは「幸福の科学」も、仏教の宗派の一つとしてみているのか?

482 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 10:55:54 ID:hoGghgWW
>>477
私には、そちらのほうが、
論点のすり替えによる詭弁に聞こえます。

目的が多様なのを糾弾しているのではなく、
目的を一つとした場合、
善悪の判断に個人差があるのを
指摘しているのです。

具体例を挙げましょう。

コンビニではコーラを売っていますね。
これを手に入れたい人たちが居ます。
一人は金銭を支払って手に入れました。
もう一人は万引きで窃盗による手段を用いて手に入れました。

窃盗罪は、社会的に悪です。
大抵の宗教に於いても盗みは罪です。
しかし、この盗人は罪悪感・良心の呵責を感じていません。
彼の内では悪ではないのです。

宗教の目的は何でしょう?
「救い」という根源的な唯一の目的しかありません。
「目的の多様性」を主張している時点で
破綻している論理なのです。

間違った宗教では、霊魂を救済できないのです。
宗教の多様性は、正当化して扱えません。
人格の個性とは別物で、同列に論じるのは不可だと云えます。

483 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:00:51 ID:V68sMHnB
>>480
ちと聞くが
>ちなみに真言宗など、密教の本尊は空性です。

少なくとも日本の密教は「鎮護国家」をうたい、現実に「貴人の病気平癒」
の祈祷なども盛んに行ってきたわけだが、それって釈迦の教えに抵触しないのか?
確かスッタニパータ、その他の経典にそれらを禁じる記述があったと思うが?

484 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:05:09 ID:V68sMHnB
>>482 横レスだが、
>間違った宗教では、霊魂を救済できないのです

この「間違っているか?正しいか?」を判断するのも
あなたが言っていた「非常に不完全な『人間の認識』」ですぜ。

485 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:06:55 ID:hoGghgWW
>>479
たしかに、おっしゃることは、
ごもっともな御意見です。

わたくしの個人的な主観による感覚は、
カトリック信仰が、最も美しい宗教だと
識別しております。

私も不完全な被造物である人間であり、
判断や嗜好に絶対性を持ち得ませんが、
超越的な至高者が在るならば、
その御方が示した真理は、揺らぐことがないでしょう。

宇宙の初めを考えれば、創造主の存在は明白です。
無から有は生じません。
唯物的な宇宙論では納得できませんでした。

その創造主が、至聖三位一体の神であるかどうかを、
知り得ることは出来ませんが、
信仰心とは、見ないで信じる純粋な念にこそ、
意義が含まれるかと存じます。

486 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:20:00 ID:hoGghgWW
>>482 補足

コーラを手に入れたいという目的は一つだが、
手に入れる手段は複数ある。
これは手段の多様性とでも表現できよう。

一方で、欲しい商品が複数ある。
この複数の商品を目的という様に指すならば、
目的に多様性があると云えるだろう。

しかし、宗教の目的に多様性など全く無いのである。
宗教の目的はただ一つ、「救い」なのだから。

「日蓮宗と浄土宗では、
目指しているものが違う」というのは
破綻した論理なのです。

現世の物質的な商品と、
各々の人格による個性と、
宗教の多様性を同列に論じるのは、
極めて詭弁的な論法です。

487 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:22:19 ID:V68sMHnB
>>485
>わたくしの個人的な主観による感覚は、
カトリック信仰が、最も美しい宗教だと
識別しております。

はい、これは何の問題もないと思いますね。信仰は個人の自由です。(隠居は
反発するだろうが)、俺は個人の信仰は十分尊重します。


>宇宙の初めを考えれば、創造主の存在は明白です。
無から有は生じません。

これは「そのとおり」というわけにはいきません。キリスト教のひとは、よく
このように第一原因を神と規定しますが、これは必ずしもそうだとは結論づけられない
のです。この思考の元は「因果律」によりますが、「結果があるのだから、必ずその原因
があるはず」という『因果律』が、この世界の原初においてまで、妥当するという保証は
全くないのです。私たちは現在、因果律が成立する世界に暮らしているので、
当然、宇宙の原初にいても、それが成立すると考えがちですがそうとは限りません。
この世界の誕生と同時に因果の法もスタートしたとも考えられます。
つまり、現時点では宇宙の原初に関しては未だ不明であり、神の手による創造と結論づける
ことはできません。


488 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:24:06 ID:Ifysx6Cs
>>476
>人間が主張する「正しい/間違ってる」の基準と尺度は、
>アテにならないという論旨です。

ならば、すべての宗教はアテにならんな。いずれも「人間」の主張だから。

>価値観の多様化は、人間が不完全な被造物であるのを意味します。
>各々の正しさに、時代や地域を超えた普遍性が無いからです。

「時代や地域を越えた普遍性」とは、具体的には何か?アテにならん宗教
などやる前に、まずそれを確定すべきだろう。「人間が不完全な被造物」と
いう主張も、「人間の主張」だから、最もアテにならんw。アテになっても
ならなくても、「人間界限定の話」であることを、忘れてはならない。

489 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:33:37 ID:hoGghgWW
>>488
超越者により啓示された宗教ならば、
宗教が人間によって作られたものだとは、
決して言い切れません。

モーゼを通して全人類へ与えられた十戒、
聖主イエズスよりもたらされた福音、などは、
人間の軽薄な主張などではなく、
普遍的な真理だと思います。

490 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:34:02 ID:Ifysx6Cs
>>485
>宇宙の初めを考えれば、創造主の存在は明白です。

それも「人間」の主張だから、最もアテにならなんw。ビッグバンは「自然現象」。

491 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:38:02 ID:ge4YUj3r
これが普遍的な真理か。
普遍って言葉の意味、分からないんじゃないか。

1. 主が唯一の神であること
2. 偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
3. 神の名を徒らに取り上げてはならないこと
4. 安息日を守ること
5. 父母を敬うこと
6. 殺人をしてはいけないこと
7. 姦淫をしてはいけないこと
8. 盗んではいけないこと
9. 偽証してはいけないこと
10.隣人の家をむさぼってはいけないこと

492 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:41:30 ID:V68sMHnB
>>490 こら〜〜〜〜〜、隠居。
お前が「ビッグバン」を認めてどうする?www
お前は「人間の知覚によって全ての事物は存在する」というトンでも理論の
提唱者だろうが?ww
「ビッグバン」が起こった時点では、人間など一人もいないぞw

493 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:41:57 ID:Ifysx6Cs
>489
>聖主イエズスよりもたらされた福音

イエスは、人間、それもナザレ村の大工の子倅で、まともな教育も人生経験もない
30歳そこそこの若者だから、最もアテにならん。言ってることが矛盾しまくりだよ。

結果的には、福音(good news)どころか、worst newsだったではないか。

494 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 11:53:07 ID:Ifysx6Cs
>>491
その十戒に最も違背しているのが、イエス及びキリスト教徒。

>>492
ビッグバンは、人間が現在知覚できる物からの「想像・推測」。「想像・推測」
は自由であるw。

495 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 12:02:16 ID:Ifysx6Cs
結果的には、人間が完全であろうと不完全であろうと、すべて「人間界
限定」の話である。「完全」というなら、その根拠は何か。それも「不完全
な人間」の主張に過ぎないのだから、もっとアテにならんw。

「不完全な人間界」においては、その「不完全」のみが「完全」なのである。

496 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 12:03:57 ID:ge4YUj3r
>>492
「ビックバン」ってあったのか?って宇宙物理学的な疑問もありますがね。

>>494
最も、と言えるかどうかは個人的主観だと思いますがw

497 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 12:08:22 ID:Ifysx6Cs
十戒は、ヘブライ語の原語では、「禁止命令」ではなく、「人間だから、
するはずが無い」という意味だそうだよ。これは深い。

498 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 12:12:26 ID:Ifysx6Cs
ビッグバンは、キリスト教の神父が、聖書の「天地創造」に合わせる
ために唱えたもの。賛同者が多いのは、クリスチャンの割合が多いから
に過ぎない。全くアテにはならない。

499 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 12:16:52 ID:Ifysx6Cs
いずれにせよ、ビッグバンがあったとしても、それはまさに「自然の力」
であり、「神」などどこにも登場しない。

天文学でも古生物学でも地質学でも、「神」という言葉は一言も出て
こないw。神の化石が発見されたという話も聞かないw。

500 :てすと:2011/01/06(木) 12:17:53 ID:dYoNiIpU
さすがに人間が3日でよみがえったとか、アダムとイブから人類は始まっただとか、無理だろ。

仏教や進化論を否定したところで、
キリスト教の肯定にはならないよ。

クリスチャンの最後のあがきは
「みんな間違っている」(笑)

501 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 12:21:33 ID:Ifysx6Cs
>>491
十戒を一つ一つ読んでみるとよい。イエスには、殆どすべてが当てはまる。

イエスは、「原罪の権化」である。だから十字架で処刑された。

502 :てすと:2011/01/06(木) 12:29:12 ID:dYoNiIpU
一神教の人達の仏教批判って、
「釈迦は人間であって神じゃねぇ!」
だからな(笑)

まあ気持ちは分かるが落ち着け。


503 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 12:34:29 ID:Ifysx6Cs
釈迦もイエスも精神病者であることは同じだが、イエスの「教え」の
殆どは、「自分(イエス)の気に入らない者に対する非難・憎悪・排斥」
とセットになっている。御釈迦さんには、これはあまりないね。

やはり、育ちの問題かw。

504 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 12:50:40 ID:Pjvh/y/5
>>483
そこは大乗と小乗の違いですね。
小乗の場合、利他はそれほど行わない。

大乗の場合、そのような政治に関わるような行為ができるのは、成就者だけと考えます。
なぜなら、逆に失敗する人が多いから。
日本でも失敗した人が多いように思います。


505 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 15:52:59 ID:ThbVNcdZ
228 :前世は一在家 ◆2o6x38TRbE :2011/01/04(火) 16:26:34 ID:2EX3iQwC

■フリーメー○ンの陰謀はない! 
☆「暴かれた真光」サイトに「反ユ○ヤ民族の真光はけしからん」という批判が多くメー○ン
の論議が始まった。結局、シオンの議定書(プロトコル)が偽者かどうかは分からないが、
ユ○ヤ民族の教典タルムードを調べて、小心者のヒットラー達が恐れていた事実を発見した。
教典タルムード第348条に明文化→「ユ○ヤ人は非ユ○ヤ人から奪ってよい!」
外国が批判しているから、日本人も批判するのだ! という情けない論理を良識だという
貴方はそれで宜しいでしょう。
                     隣人を愛しましょう。>批判派ALL



506 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 17:41:30 ID:PE6b1M10
【原始仏教】スッタニパータ【最古の仏典】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1294074608/
【原始仏教】スッタニパータ【最古の仏典】

507 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/06(木) 18:10:53 ID:3CpKnSuB
>>482
>間違った宗教では、霊魂を救済できないのです。

仏教は霊魂を救済するものではなく、
また霊魂じゃなくても、「民衆を救済する」ものでもない。

よく「慈悲」に絡めて「救済」を言う宗教がありますけど、
これは仏教からすると間違った教義です。

@ある対象があって、それにおける慈悲は間違い。→衆生縁といふ。
Aまた仏教教義を根拠にした慈悲も間違い。→法縁という。如幻の想ともいう。
B仏果における慈悲とは、無縁なものだ。→これが慈悲の本意ですね。

本有性徳の慈悲と言いまして、化度の心をおこし自然に衆生を済度する。
月の衆水に影をうつすがごとし。是を真実の慈悲となづく。


508 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/06(木) 18:27:19 ID:D4Z/KmgH
>>506
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート28
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/
仏教 議論スレッド 8
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1288858978/

坐禅と見性第73章 社会的関係性と言う存在が、人
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1289688096/
【悟りとは何か part2】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1241491275/

他力VS自力
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1292851500/
☆ ★ 宗教なんでも@質問箱 12 ★ ☆
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1264931818/

【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】U
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1254219116/
【念仏禅】黄檗宗【持戒禅】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1284036748/

マイトレーヤPART5〜UFO出現!
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1277696940/
【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践5
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1252766603/

宗教ジョークを作ろう
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1267655053/
【仏教】悟りを開いた人のスレ89【天空寺】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1293376283/
悟りを開いた人のスレ の避難所 12
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/8276/1292607286/

509 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 18:49:46 ID:hoGghgWW
>>507
それでは伺います。
仏教は何を目的としているのですか?

カトリック教会の根本的な目的は、
死後の世界という来世で永遠の救いを得ることです。

そちらの考えをお聞かせ下さい。

510 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 19:44:12 ID:tUaQtLRS
死後の世界も妄想だ。
苦も自分が作り出した妄想だ。
俺は妄想を断ち切りたいからお釈迦様を師匠にする。
と、にわか仏教の俺が言ってみた。

511 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:01:37 ID:SNp4dsCT
>>509
つ 解脱
つ 救済
つ 悟り

512 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:21:59 ID:hoGghgWW
>>511
机龍之介氏は、
「救済が目的ではない」という
自論のようです。

513 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:23:49 ID:SNp4dsCT
>>512
机氏の持論を相手にしたいの?
それとも「仏教の理念」を相手にしたいの?

どっち?

514 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:33:55 ID:hoGghgWW
>>511 >>513
「解脱」の意義や定義を、
私は存じませんので、あえて触れません。


「悟り」を目的とするのは違和感を覚えます。
「悟り」とは「真理を知る智恵」のことですよね?
「真理を知る智恵」とは、能力的な手段のように思えます。

その手段を、得るために目指すのは、
手段を目的とする過ちを、
犯しているように見えるのです。

金銭は物品を買うためなどの生きる手段であって、
金銭そのものを目的とするのは愚かですよね。
貨幣そのものは食することが出来ないからです。

仏教の目的とは、悟りという手段を手に入れるためなのですか?

515 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:37:02 ID:SNp4dsCT
>>514
悟りが目的だとこちらは、それが何故、悟りという手段として置き換わるのか。
その理由が全く分からない。
自分に違和感があるからと言って、相手が述べていること入れ替えることは意味がない。

516 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/06(木) 20:39:49 ID:3CpKnSuB
>>509
>それでは伺います。
>仏教は何を目的としているのですか?

いい質問ですね。
何かを目的にする・・・つうか、
その過程で疑問が出てくる訳なんですが。

やはり疑問があって、それで謎が解けてくるんです。

貴殿は、今晩ゆっくり考えて、それから
私が明日レスポンスしますから、
今宵の仏縁を大事になされまし。

517 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:47:15 ID:hoGghgWW
>>515
悟り=真理を知る智恵、と定義いたしますと、
悟りという智恵は能力ということになります。
能力とは、喩えるならば、道具みたいなものです。

道具そのものは手段的な過程にすぎません。

智恵(道具/能力)を利用して何かを目指すというならば、
その目指す何かが目的となるわけですが、
仏教の目的は、「悟り」なわけですから、
手段を目的として目指しているように見えるのです。

悟り=智恵を用いて何かをするわけではないのですよね?
悟りによって何かを目的とするのなら、
悟りそのものは手段であって、目的ではないはず。

悟りの先に目的があるならば、
その目的を教義の根本として説明を願います。

518 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:48:46 ID:hoGghgWW
>>516
おやすみなさいませ。
また会う日まで〜(^-^)

519 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:49:14 ID:SNp4dsCT
>>517
>悟り=真理を知る智恵、と定義いたしますと、

その定義が違うのだから、話が噛み合わないのでしょ。

520 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 21:00:47 ID:hoGghgWW
>>519
では、「悟り」とは何でしょう?

「悟り」とは、ニルヴァーナ(涅槃)の領域ですか?
「涅槃・泥洹」とは「至福感」という解釈で合っていますか?

「至福感/ニルヴァーナ」とは、
現世でのみ味わえる感覚ですか?

「死後の極楽浄土」とは別物なのですか?

521 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 21:03:12 ID:SNp4dsCT
>>520

つ 一輪の花

522 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 21:21:45 ID:hoGghgWW
>>521
「涅槃」を、「煩悩が滅却した苦も楽も無い状態」だと定義すると、
現世でしか通用しない「苦難から逃避する麻酔」みたいなものではないですか?

523 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 21:23:19 ID:Pjvh/y/5
>>517
もし、本当に話したいなら、水野弘元『仏教要語の基礎知識』を三回読んでからにしてくれよんしんちゃん


524 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 21:26:43 ID:Xh0yGiip
>>520
>
> 続いて、前提(≒定義)を幾つか。(一般的仏教辞典の語義はここでは無視する。)
> イ:「悟りとは何か。どういうものか。」(とりあえず原語は bodhi とする)
>   1.原語の「目覚めること」という意味から敷衍し「【気づき】」「自覚」とする。(英訳のenlightenmentに近い)
>   2.「涅槃」と同義とみる。 → (都度更新が必要な)「【境地】」。
>   3.「涅槃」と同義とみる。 → 一度到達すれば、以降(多少の努力は必要かもしれないがw)「退転しない【境地】」。
>   4.涅槃への通過点(必要絶対条件)として、「体験を通過した上での、しっかりとした頷きのある【気づき・知識】」。
>   5.「智慧」と同義とみる。
>      →(巴英辞書で knowledge, enlightenment, the knowledge possessed by a Buddha とされるように)
>        「(仏教という枠内での)最高・最終の智慧」。「縁起や四諦など、仏陀の説いた教えについての【知識】」。
>   6.特に禅の枠の中で用いられる場合の「悟り」。 →「上記全てを包含した、体験に基づく【境地】」。
>                                   (※必ずしも、知識としての側面を必要とはしない。)
>   7.特に禅の枠の中で用いられる場合の「悟り」。 →「釈尊の体験・頷きの【追体験】」
>                                   (※必ずしも、知識としての側面を必要とはしない。)
>

525 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 21:38:57 ID:Pjvh/y/5
>>524
無駄だと思う。そういう断片的な定義を聞いてもキリスト教的意味で解釈するから。
だから、『要語』を三辺読んでからにして欲しいと。


526 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 21:52:22 ID:Xh0yGiip
>>525
けど、断片的というか、複層的語義を持つという点では「法(dhamma , dharma)」と同じだと思うけど。
それぞれの語義がそれぞれの文脈で使い分けられている点で。
そういう事例のつもりだったんだが・・。

527 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 21:56:24 ID:Pjvh/y/5
>>526
よけい分かんないでしょ。
彼らは真理は唯一無二の人たちだから。


528 :1/3:2011/01/06(木) 22:50:23 ID:Xh0yGiip
今、政局は混迷を極め、日本という国家が(「特に特定アジア絡み」でw)危険な状況にあるわけだが
異論があるだろうことは承知の上で、ステレオタイプな類型考察を事例としてしてみる。
民主与党が、日本という国を蔑ろにし、寧ろ解体する方向を目指している「売国」というスタンスだとしよう。
対して、玉石混淆で“媚中・親中”な者も居ようが、一応、“自民”や“たち日”を「保守」というスタンスとしよう。
単純な構図は、ここで二極化されているわけだが、
「完全保守」から「フレキシブル保守」や「改革保守」まで、そこにはやはり幅がある。
  (具体的には(私も不勉強で一例に過ぎんが)、たとえば「9条及び憲法全体」に関し、
  「核武装必須、自衛隊を軍隊へ」という理念の下での「憲法改正派」「解釈運用で対応する護憲派」があるし、
  前者にも、「即断すべき」「時間をかけて」という幅を含んだりもする。
  或いは「現9条のまま、その理念をもって日本という国を確立し、その理念の活きた防衛策を講ずべき」
  というのもあるかもしれない。或いはまた「現9条のままでも核武装まで行ない得る」というものもあるかもしれない。)
いずれにしろ、この時、《何をもって『保守』と称すか?》
「完全保守」のみが『保守』なのか、「柔軟な保守」は微妙なのか、
「改革保守」「革新保守」などと、変革を考慮したら保守とは言えない!となるのか?
(この時「変革の内容」がどの部分のことかによって、また幅のブレが生じることだろう。)
しかし一般的には、それらひっくるめて、やはり『保守』として括るわけだ。
なぜ、そのようなことが可能なのか?
「真の保守」なる言葉もあちこちで散見される。なぜか?
なぜ、わざわざ「真の」という説明語句を付加せねばならないのか。

529 :2/3:2011/01/06(木) 22:53:17 ID:Xh0yGiip
それはやはり、通底する何かが感得され見られるから、そこが押さえられていれば、その要素を核として含んでいれば、
『保守』と括り得るということが(暗黙裡にしても)コンセンサスとしてあるからだろう。
勿論、同時に【○○でないこと】という否定表現での要素も必須要件であろう。
 *(どちらかと言えば、一般的カテゴライズに於いては、この《○○でない部分の多様性》が、
  同時に線引きを決定付けているだろう。こちらでの分類の方が、より広く、ポピュラーなものと思う。
  《差異の多様性》を軸とすれば、カテゴリの範囲は狭くなるし、バリエーションも増える。
  《共通・通底する核》を軸とするなら、最大公約数的に非常に緩い条件での「括り」となろう。)
同じことが「仏教」「仏教徒」にも言えるわけで、
「差異に着目するか」「その差異の中身と共通項との間に齟齬が生じているかどうかに着目するか」すれば
自ずと《【そうした条件設定(≒差異)が、そのまま】「仏教」「仏教徒」という括りの線引き(≒差異)となる》。
「共通項、核(コア)に着目」すれば多少の差異は捨象され、
《そうした中核となる部分(≒共通項)が、そのまま「仏教」「仏教徒」という括りの条件(≒共通項)となる》。

ブッダ・サーサナ(buddha-sAsana)という言葉があるとはいえ、仏教興隆当時の学びと内容をみれば、
所詮「仏教」も「仏教徒」も、(後代或いは近代の)『ラベル、名札でしかない』という視線は忘れてはならないが
(―てすとの発言は、実はこの部分に根がある。「当人に於いて(何が)どのように実践されているのか」という点で―)、
他の思想、おしえと違う側面をもった潮流を区分する必要はある。そのためのラベル、名札でもある。
 *(だから「釈子(sakya-putta或いはsakya-puttiya)」
  或いは属格(gen.)との併用で「○○の徒」といった言い方が初期にはされていたと思う。(※後者は未確認w))
上で、《差異への着目》と《共通項への着目》という二つの視線を提示した。
どちらか一方でのみ仕分けするのでなく、両者を併用して爲されるべきなのだろう。
前者に偏れば(徹底すれば)【狭量な原理主義】に陥るし、
後者に偏れば(徹底すれば)【何でもありの、キメラが如き思想】になるだろう。

530 :3/3:2011/01/06(木) 22:54:06 ID:Xh0yGiip
「仏教徒」という括りも、
「凡夫(=教義或いは実践、体験に通暁していない一般人)」から
「敬虔に学び、実践している者」や「比丘(≒僧侶)として、修行者・求道者・学習者としての専門」まで、
その幅は様々だ。そこに『義務的要素・必要最低限の要素』をどのように設定するか、でまるっきり違ってくる。
それは、社会に存在するものとして避けられない『世間一般の目による見做し』ということでもある。
人々は、どのような人のことを《○○教徒、○○信者、○○の徒》と見做すのか、と。
 *(また、破天荒な在り方の者でも同軸上に分類される(見做される)ことがあるが、それはなぜか?)
やはり、
「何が仏教の核か、何が仏教徒たる条件か、どのような条件設定を採用するか」によって、それは決まってくるし
カテゴライズとはそもそもそういうものだ。
詳しいこと、難しいことはよく知らなくても、
毎朝仏壇の水を換え、線香を立て、手を合わせ、短いお経を一巻読み、出かける孫に
「仏さん(仏・先祖の霊双方含め)に手を合わせていきなさい」と叱るおばあちゃんは、やっぱり仏教徒だと思う。
勿論、上で述べた「厳格な条件設定」を用いれば、このおばあちゃんは仏教徒ではない。
他者を“救って”もいないし、教義についても詳らかでない。実践も“所謂”「修行、行」ではない。
初期仏教まで遡及すれば、彼女のやっていることは【仏教のものではない】、少なくとも仏教の実践ではない。
(勿論、日本仏教も仏教とは言えなくなるがw)


さて・・、いったい、どのような人が「仏教徒」と称され得るのだろうか・・・。

531 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 22:56:21 ID:SNp4dsCT
>さて・・、いったい、どのような人が「仏教徒」と称され得るのだろうか・・・。




532 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 23:30:39 ID:XRU+GoI+
「仏教徒であるかないか」などの名称の問題は無意味。そもそも、「仏教とは
何か」についての合意もない。

てすとが、下らんことを言い出したからよくない。枝葉末節に過ぎる。

全人類的視点から、「人間の生存に役立つか否か」の一本に絞るべきである。

533 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 23:33:10 ID:XRU+GoI+
宗教信者であるか否かの前に、「生物としての人間の問題」。

534 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 23:41:42 ID:XRU+GoI+
人間共同体においては、人間の価値は、宗教における価値などではなく、
「他者の生存にどれほど貢献できるか」の一点においてのみ判断される。

535 :前世は一在家 ◆2o6x38TRbE :2011/01/06(木) 23:43:31 ID:sKtcuhFR
>>509 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 18:49:46 ID:hoGghgWW
>仏教は何を目的としているのですか?

>>511 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 20:01:37 ID:SNp4dsCT
>つ 悟り

横レスですが、「自身が誰か」ということを気付く(悟る)ことでしょうか。
ルカ伝で「神の国は人の間にある」という教えも、
法華経方便品の「人は仏性を宿し、仏になり得る」も自身の本性(源)に
気付くという点では類似しております。

「自身が誰か」が真に分かれば、苦しむこともなく、輪廻もなく平安な
人生(天国、極楽)の住人になることでしょう。

その次のステージは愛(慈悲)を他人に施したくなるかと存じます。


536 :てすと:2011/01/06(木) 23:45:20 ID:gPTa8Iok
仏教の目的は、人の悩みや苦痛の原因を取り除く事です。

苦痛の種類により様々な解決法があるので、意見がまとまってないように見えますが、目的は同じです。

ですからキリスト教のような普遍的万能薬の議論は意味をなさず、誰がどのような状態なのか個別の案件にだけ対応し、一般論には口を閉ざすのが慣例です。



537 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 23:46:33 ID:CFTyPMKN
つまり他人の評価が至上になるわけか
生きるのが辛くなりそうだね

538 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 23:52:46 ID:CFTyPMKN
>>537はID:XRU+GoI+宛て

539 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 23:57:33 ID:XRU+GoI+
>>535
>「神の国は人の間にある」

その日本語訳はおかしい。英訳では、"the Kingdom of God is within you(神
の国は、あなた方の(心の)内部にある)"となっている。「間に(between)」
と「内部に(within)とでは、意味が全く異なる。前者は、「人間の外部に」
の意味となる。

すべての人間に神性を認めたらキリスト教は崩壊するから、その日本語訳は
「意図的な」な意味の歪曲、捏造である。

540 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 23:58:37 ID:5B6L12mG
むしろ仏教は、生存なんぞ眼中に無く、
生存してしまったものの生活がテーマなんじゃないか。

541 :神も仏も名無しさん:2011/01/06(木) 23:59:20 ID:Xh0yGiip
>>539
>その日本語訳は「意図的な」な意味の歪曲、捏造である。

お前が言うかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

542 :てすと:2011/01/07(金) 00:01:53 ID:gPTa8Iok
仏教の門を叩く人は、心に何か引っ掛かるものがあるので、それを取り除くために仏教の教義を学びます。

学んでも取り除けない場合、同じような人と議論を繰り返しますが、お互い取り除いた経験がないので、患者同士だと、失敗します。

取り除けた人は経験を生かして患者から医者に昇格します。

悩める人と治せる人を合わせて仏教徒と呼びます。

543 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:03:48 ID:XRU+GoI+
>>587
>つまり他人の評価が至上になるわけか
>生きるのが辛くなりそうだね

人間は、独りでは絶対に生存できず、共同体において、先人を含む他者
によって生かされているのだから、当たり前の話。

それは、「他人の評価」などではなく、「自分自身の評価」なのである。




544 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:05:10 ID:Fg8zK06V
>>542
>悩める人と治せる人を合わせて仏教徒と呼びます。

ありゃ? 患者も仏教徒で良しに変更か?

545 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:07:27 ID:axjbGpk7
>>543
つまりもっと空気読んで生きろと。

546 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:10:15 ID:Fg8zK06V
まあ、色々、ご意見もございましょうが

「隠居はアホだ。」   これが結論でよろしいでしょうか?ww

547 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:10:17 ID:zSTq3Ttt
寧ろ大真面目に考えて一生懸命に議論して全身全霊で講談して只管随分に構築して仏教に入信すると無事に救済去れるらしいよねー!?♪。

548 :てすと:2011/01/07(金) 00:10:24 ID:mClFvWyh
>>544
仏搭拝んで金箔貼ってる人も仏教徒でいいかなと。

外すと可哀想だし。

549 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:16:55 ID:Fg8zK06V
んじゃ、「先祖供養が必要だと騙されて、大金を払ってしまうかわいそうな
人も仏教徒だな」ww

「先祖供養」→俺が胡散臭さを感じるものの一つなわけだが、これって
そもそも仏教の教説を逸脱しとるんじゃないのか?

550 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:19:50 ID:fHgO+JF5
>>542
>心に何か引っ掛かるものがあるので

そんな、具体的意味不明な言葉をやたらに使うな。

純粋に精神的苦悩は、専ら自己中心主義から生じる。自己への執着を離
れて、家族などの身近な他者に心を移せば、苦悩は容易に軽減・除去される。

本来的に自己中心主義である宗教によっては、苦悩が除去されること
はあり得ない。それは単なる「自己欺瞞」「自己への執着」「自己中」
であり、結局は、更なる苦悩と焦燥感・渇望感を生じる。

人間の苦悩を救うのは、人間である他者のみ。この相互の助け合いに
よって、人間社会が構成・維持されている事実を自覚すべし。

551 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:22:30 ID:Fg8zK06V
>>550 www馬鹿たれが、

レイプを肯定していたお前が言うか?
レイプ、セクハラなど自己中心主義の最たるものだろうがw

552 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:23:15 ID:7S5JF5t4
ちょっといいですか?
その他人との関係(家族を含む)が上手くいかないから悩んでるんじゃないんですか。
ホスピタリティーの勉強とかすると自分中心もありかなと思うんですが・・・
自分自身の価値を高めていく人生です。

553 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:23:56 ID:HI6nsPHe
先祖供養って、

死んでも仏教に帰依してれば成仏できる
 ↓
自分も先祖供養し、子孫も供養してくれることで
先祖も、自分も、子孫も安泰
 ↓
おまけに死への不安もなくなる

って言う信仰システムってことでいい?

554 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:26:40 ID:7S5JF5t4
はっきり言うと、他人とのいい関係をつくる方法を皆知りたがってるんじゃないですか
僕は独りでする行を追求したいと思ってます
これこそが現代人が求めているものです

555 :てすと:2011/01/07(金) 00:30:15 ID:mClFvWyh
>>550
釈迦も他者なんだけど。

ご隠居は麻酔なしで虫歯の治療をするのかい?
アヘンをすわせて何が悪い?

社会で競争に敗れたものは宗教でもやって金持ちに迷惑かけないようにするのがよい。

貧しいものほど救われる(笑)

556 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:32:56 ID:Fg8zK06V
>>553 大まか、そうだと思うが、現在よく言われる先祖供養って

「自分の先祖は死後も、どこか(死後の世界?)にいる。そして、
その子孫が供養しないと、先祖は死後の世界で救われない。」
みたいな思想。おそらく儒教あたりが混入したのではないかと思うが。
これをネタに高額の供養料を吹っかけたりする奴も多いじゃない?

仏教の教説から逸脱するものなら、「仏教徒」がはっきり言うべきじゃないのかな?


557 :てすと:2011/01/07(金) 00:32:59 ID:mClFvWyh
>>554
他者と良い関係など作る必要はない。

友達百人できたらストレスで死ぬよ。

558 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:34:32 ID:Ks0qJvK8
>>557
友達なのに、そこまで気を使うのか?

559 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:35:41 ID:fHgO+JF5
>>551
>レイプ、セクハラなど自己中心主義の最たるものだろうがw

生物としての人間の生存本能と自己中心主義をと混同するな。「他者への
思いやり・憐れみ」は、前者からのみ生じる。

セクハラなど、アメリカのフェミニスト判例の「猿真似概念」を何時まで
も得意げに振り回すな。異性に対する愛着心を否定したら、人類は確実
に滅亡する。

レイプと和姦との絶対的区別が、果たして可能か。レイプ・セクハラの
主張は、現実には、最も美味しい営利の手段であることを理解せよ。

560 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:36:04 ID:Fg8zK06V
>>557
>他者と良い関係など作る必要はない。

だからなあ、てすとww
お前さんは、言うことが極論すぎるんだよ。
いつも「ななめ」から見ているww

561 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:37:24 ID:Ks0qJvK8
>>559
人の嫌がることはしない。
それだけのことだろうが。

562 :てすと:2011/01/07(金) 00:38:08 ID:mClFvWyh
>>556

言ってやるから先祖供養者をここに連れてこい。

563 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:41:57 ID:Yf1Xcy8j
一休さんかよwww

564 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:42:29 ID:Fg8zK06V
>>559  バカか?お前は。 お前のような基地外がいるから、いつまでたっても
性犯罪がなくならないんだよ。

相手の合意なくしての性行為の強要は、現在では否定されてるわけ。
それが日本を含む、世界のほとんどの地域での共通認識なだよ。
お前が言うような「女性も本当は、そのようにされることを望んでいる。」
なんてのは、一方的な基地外のたわごと。

565 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:44:10 ID:Fg8zK06V
>>562 こら!
お前はそもそも、「仏教徒」では、なかろうがwww

566 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:46:55 ID:fHgO+JF5
>>557
>友達百人できたらストレスで死ぬよ。

それが、君が極度の自己中であることを証明している。友達同士で思い
やれば、ストレスなど生じず、むしろストレスを解消してくれる。

それに、「人間は独りでは絶対に生きられない」ということを、自分自身
を振り返って自覚せよ。「共生」だから、ストレスは当たり前。ストレ
スもまた、生の原動力となっている。ストレスのない人生など、生きて
いるのではなく、死んでいること。死ぬより、ストレスのほうがマシだろw。

567 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:49:26 ID:Fg8zK06V
お!  隠居がてすとに噛み付いたw


568 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:50:08 ID:axjbGpk7
聞きたいんだけど、相互の助け合い、共生、共同体に
属したくない人はどうすればいいの?

569 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:51:39 ID:Ks0qJvK8
>>568
孤独に生きる
人と出会っても関わることなく、人と言葉交わしても心を開かなければいい。
簡単だろ。

570 :てすと:2011/01/07(金) 00:53:18 ID:mClFvWyh
>>566
思いやるから欝になるんだよ。

支配者側の思いやりの言葉はただのガス抜きだぞ。

大人になれ、ご隠居。


571 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 00:59:29 ID:fHgO+JF5
>>568
すでに属しているからこそ、生存しており、2chも出来る。属したくないなら、
共同体から排除され、生存できなくなるだけだ。

すべての生物は、共同体として生存している。宗教やる前に、公園に行って小動物
の観察から初めよ。

最初の生命であるシアノバクテリアも群生であった。神は人間を「男と女」に
作った。原初から共同体である。

572 ::2011/01/07(金) 01:00:33 ID:R2Q37UlW
ここの話は難しいし、仏教を良く知らないんだけど、
仏教的に死んだら仏になるとか、そうなるための修行があるとか、
愚かな者は地獄で泣きながら苦しむのじゃぁ〜!とか言うじゃない?

修行なら、先祖の墓参りしろなんて何を甘えた事抜かしとんねん!って事であり、
地獄で苦しんどるにしても、肉体の無い意識だけの状態で何ぬかしとんねん!って事だしw

まぁ、おかしな概念が染み付いただけかも知れんなw

仏教的な思想もおかしなもんだ。

ん?それが仏教的なのかは知らんよw

573 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:00:36 ID:Ks0qJvK8
んなことはない。
共同体は、共同体と認識して始めて機能する、幻想存在みたいな物だ。
無いと思えばないし、あると思えばある。
そんなものだ。

574 :てすと:2011/01/07(金) 01:02:27 ID:mClFvWyh
>>568
自衛隊と戦って土地を奪う。

575 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:06:54 ID:Fg8zK06V
>>572 おや、珍しい人がw
鬼和尚スレから、出張かな?

576 ::2011/01/07(金) 01:06:56 ID:R2Q37UlW
>>571
あれだ、当然多くの生命体はオスとメス有って産まれてくるんで己と他人という世界で生きるものでもある。
だけどこうも考えられる。

例えば独りで生きる事って悪い事でもない。
人間、子孫を増やす為には己と他人という社会が必要なんだけど、
子孫を残さず、独り生きるって事は自然に執着及び煩悩の発生を防ぐ事になりゃせんだろうか?

子孫を残さない、・・・・これって究極の苦からの脱却かもしれないなw

577 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:08:10 ID:fHgO+JF5
>>570
>思いやるから欝になるんだよ。

その思いやりの苦悩の中に、実は大きな、充実した、永続的な喜びがある
ことに気付け。その喜びによって、人間社会は維持されている。

釈迦は、鬱病という心の病の故に、そのことに思い至らなかった。病気
だから、仕方が無いが。

578 ::2011/01/07(金) 01:08:39 ID:R2Q37UlW
>>575
ここの話は俺には難し過ぎるぞw

鬼スレで話題になってるから来てみたw

すぐ帰るw

579 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:09:09 ID:h8/NBfnP
そうした多種多様な解釈が幾つかの方向にまとまっていくものだー
狐など研究者や批評家を含め神について実にさまざまの解釈をしていくのだー^^

580 ::2011/01/07(金) 01:10:03 ID:R2Q37UlW
>>570
>思いやるから欝になるんだよ。

メカニズム的に言ってもその通りw

581 :てすと:2011/01/07(金) 01:10:49 ID:mClFvWyh
オスとメスは共生のためじゃないよ。

単細胞だと不測の事態で全滅するから、遺伝子を混ぜて多様性を出すため。

582 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:12:21 ID:Fg8zK06V
>>578
>鬼スレで話題になってるから来てみたw

そうなんだ。 俺も鬼スレは立ち上げ当初からの住人だったが、ここ最近は
あまり覗いてないなw
昔のコテもほとんど消えたみたいだし。

583 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:14:37 ID:Fg8zK06V
>>581 てすと、お前さん、創造論スレで名無しで時々、書き込みしてないか?

584 ::2011/01/07(金) 01:17:26 ID:R2Q37UlW
>>582
鬼スレの避難所が俺は好きだよ。

585 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:18:29 ID:fHgO+JF5
>>581
直ぐにセックスに結びつけるなw。セックスするためには、生きていなければ
ならない。カーちゃんのご機嫌を傷つけたら、飯も食わせてもらえんぞ。勿論、
セックスなど問題外w。

586 ::2011/01/07(金) 01:19:40 ID:R2Q37UlW
今日の書き込みしか見てないけど、てすとも面白いよ。
で、てすとは創造論支持者なの?

587 :てすと:2011/01/07(金) 01:20:05 ID:mClFvWyh
>>581
いや、書きこんでないよ。
普通の学説だよ。

遺伝子が同じ単細胞生物はウィルス一つで全滅。

雌雄がある種は生き残る。



588 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:23:14 ID:Ks0qJvK8
>>587
えー
単性生殖をしてる生物がごまんといることは、ガン無視っすか?

589 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:29:33 ID:fHgO+JF5
てすとは、せっかく頭が良いのだから、下らん書き込みは止め、クソ難しい
中論読んで、その解釈論を展開してくれ。宗教者には、竜樹の理解は無理な
ようだ。

590 ::2011/01/07(金) 01:30:31 ID:R2Q37UlW
>>588
俺もそういう話好きだぞw
>>587の言ってる事もその通りだと思うし、
単性生殖ってクラゲとか菌類とかかな?
それだと進化が見つからないぐらい遅いと思う。


591 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:30:44 ID:Fg8zK06V
>>587 いや、>>500 の 
>仏教や進化論を否定したところで、
キリスト教の肯定にはならないよ。

この台詞を何度か創造論スレで見かけた覚えがあるので、そうかと
思っただけだww

592 :てすと:2011/01/07(金) 01:31:33 ID:mClFvWyh
>>586
いや、違うよ。

>>588
リスクの話でしょ。
まあ、理由なんて一番最もらしいのを採用するだけで、事実は分からんよね。

593 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:33:37 ID:Fg8zK06V
創造論スレも面白いぞ。
隠居がいないときは、ネヨからかって遊ぶww

594 ::2011/01/07(金) 01:34:36 ID:R2Q37UlW
>>592
>まあ、理由なんて一番最もらしいのを採用するだけで、事実は分からんよね。

その通りだけどw

595 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:38:13 ID:Ks0qJvK8
>>590
いっぱいありますよね。菌類とかもそうだし、
生物にとって進化する事は重要じゃないですよ。
生き延びることが重要です。
生存の副産物とし、進化と呼ばれる形態変化がが起きるのであって、
形態変化を起こすことが目的じゃないです。
あくまでも、生存第一。
だから、単性生殖の方が生き延びらるのに、有利な方法であれば、
そのまま使い続けるでしょう。
遺伝的多様性よりも、個体の増殖を選ぶ生物はいっぱいありますから。

>>592
リスク回避のために多様性がありますが、
回避方法は多様性だけじゃないし、まして有性生殖だけじゃないですよ。
そこら辺を見落としたらいかんです。
多様性一つ取ってみても、性を用いないで実現することは可能です。
現実に、ウィルスは、性を使わずに実に豊かな種類を持っていますよ。

596 ::2011/01/07(金) 01:47:57 ID:R2Q37UlW
>>595
>生物にとって進化する事は重要じゃないですよ。

そうかなぁ〜?俺はそう思わない。別の視点からすれば進化が重要じゃ無いとも言えるけど、
生きるって事は他を食うって事だから、願わずとも食物連鎖の頂上に立てればハッピーじゃない?
警戒して生きる事もないし、餌を与えられてその後食われる事もない。

これは想像なんだけど、現状で進化する生き物がガラパゴス以外で見つけにくいのは、
進化する前に食われちゃうんだと思う訳よw





あっ、あとさ別の話だけど、人間って子孫を残す為に必死だけど、
子孫を残さないって、究極の解脱だと思う訳。

子孫を持って解脱者ったって、アホでしかないだろうって事でw

まぁ楽しかったけど寝るw

597 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:50:01 ID:Fg8zK06V
今、鬼スレを久しぶりに覗いてみた。
なめ親父、すももが元気そうだったなw
ゴンガラも、まだいたとはww


598 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 01:52:23 ID:Ks0qJvK8
>>596
食物連鎖の中間でも、幸せだと思いますよ。
食べることで生かされるのなら、
食べらることは、立派な功徳。
他の者が自分を食って生きてくれたら、それはそれで幸せでしょ。
なら、進化しなくても別に良いかと。

おやすみなさい。俺も落ち。

599 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 02:02:30 ID:fHgO+JF5
>>555
>釈迦も他者なんだけど。

家族でも、身近な他者でもない。大昔の「赤の他人」だ。

>ご隠居は麻酔なしで虫歯の治療をするのかい?
>アヘンをすわせて何が悪い?

麻薬には習慣性や強い副作用があり、連用すれば心身の崩壊を招く。だから、麻薬の使用は、
厳重に規制されている。宗教も「精神の麻薬」であることは明らかだから、まず法律で厳重
に規制することが不可欠である。規制できないのは、「宗教中毒者」の強い反対が理由だ。
規制されれば、彼等は「離脱症状」で狂いまわるから、手が付けられない。

宗教中毒患者の治療方法は、精神医学の今後の大きな課題だ。

600 :てすと:2011/01/07(金) 02:06:49 ID:mClFvWyh
>>595

スレの流れを読んで欲しいのですが、
最初にご隠居がA「雌雄の存在は共生のためである」と主張し、
自分がその反論としてB「いや、そうではなく、生存のためである。単細胞生物は(ry」と主張しました。

ですので単細胞でもウィルスでも「生存のため」というあなたの意見は、
「雌雄は生存のため」という意見の否定にはならず、
単細胞もウィルスも「生存のため」の集合に入ると言っているに過ぎません。

601 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 02:15:34 ID:fHgO+JF5
>>596
>あっ、あとさ別の話だけど、人間って子孫を残す為に必死だけど、
>子孫を残さないって、究極の解脱だと思う訳。

君がいくら喚いてみても、人間を含むすべての生物の生存本能(生命)は、
個及び種属の生命を維持することが最大の目的なのである。これが「法」で
あり、「法」を悟るのが「解脱」である。君の言ってる事は、この「生存本能
(生命)」という根源に思い至らない、浅薄極まりない考え。

602 :てすと:2011/01/07(金) 02:20:36 ID:mClFvWyh
>>601

「本能」なら理解する必要ないし、法を悟る必要はない。

理解し、悟る必要があるものは「本能」とはいわない。

ほん‐のう【本能】

動物個体が、学習・条件反射や経験によらず、生得的にもつ行動様式。
帰巣本能・防御本能・生殖本能など。


603 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 02:24:26 ID:fHgO+JF5
>>600
単細胞生物も群生であるか、そうでなくても、忽ちコロニーを作る。

「生存のため」とは、「種属としての生存」も含む。

604 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 02:29:18 ID:fHgO+JF5
>>602
だから、修行も、悟りも、解脱も必要ないのだよ。生命のみが、既に
悟っている。「生命は、すべてを知る」。

宗教者の悟りとは、「迷妄」「倒錯」「誤謬」「狂気」の別名である。

605 ::2011/01/07(金) 03:28:31 ID:R2Q37UlW
>>604
>だから、修行も、悟りも、解脱も必要ないのだよ

これは全く同意する。
だが

>人間を含むすべての生物の生存本能(生命)は、
>個及び種属の生命を維持することが最大の目的なのである。

さてこれはどうだろうか?まぁ煩悩は産まれ時から持たされているもんだろうけどさ。

>これが「法」であり、「法」を悟るのが「解脱」である。

ここでまったく片寄った観念でしかなくなると思うぞw
強烈な思い込みでしかない。

今日日マツコデラックスみたいな性的マイノリティーはどうなる?
法から離れるのか?
随分細い法なんだなw

あんたのスタンスじっくり知りたい所だが、今の所 浅薄極まりない考えの持ち主としか言えないなw

楽しそうだから明日も来るわw

606 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 03:43:22 ID:axjbGpk7
>>571
つまりあきらめろと。
わざと聞いといてアレなんだけど
もっと独創的な回答が欲しかったなあ。

607 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 06:12:01 ID:pfDeoE4p
>>536
> 仏教の目的は、人の悩みや苦痛の原因を取り除く事です。


現世のみしか救えない宗教ですね。
それでは希望がありません。

現世的な解決策なら、
宗教を頼らず、科学でも頼ればよい。

死後の世界を扱わない宗教は似非です。

608 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 06:18:40 ID:pfDeoE4p
>>535
> 横レスですが、「自身が誰か」ということを気付く(悟る)ことでしょうか。


そのような論旨については、
>>517にて反論済みです。

悟るという智慧は能力的な手段であって、
手段を得るためにそれを目的とするのは、
論理の展開として説得力がありません。

智慧という能力を得た後の先に、
何かを目的とするならば、
初めからその目的を示せばよいではないですか?

繰り返しますが、
カトリック教会の根源的な目的は、
来世(死後の世界)に於ける霊魂の、
永遠の救いです。

単純明快な目的です。

609 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 06:31:40 ID:pfDeoE4p
>>604 >>601
> だから、修行も、悟りも、解脱も必要ないのだよ。
> 生命のみが、既に悟っている。「生命は、すべてを知る」。

> 人間を含むすべての生物の生存本能(生命)は、
> 個及び種属の生命を維持することが最大の目的なのである。
> これが「法」であり、「法」を悟るのが「解脱」である


それは仏教ではありませんね。
宗教ですらない。

ただの個人的な人生観であり、
人を畜生以下に貶める、
動物と同類の論理です。

そもそも、生存本能などというものは、
既に身に付いて知っている本能的な能力であり、
「悟って知る」必要も無いのである。

あなたは、当然の常識を、
もっともらしく難解な語句で飾り、
詭弁で煙に巻いて、欺いています。

悪魔ベリアルの欺瞞によく似ています。

610 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 07:06:30 ID:HI6nsPHe
悟りは生を生足らしめるものへの回帰だよ。
生という仇花も、死も、超えた。

611 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 07:48:18 ID:25XNceEK
うわ、ゴミばっか


612 :てすと:2011/01/07(金) 10:10:01 ID:mClFvWyh
>>607

死後があるかないかは証明できませんが、
キリスト教が現世ではなく死後を取り扱うのだとしても、死の直前にキリスト教に改宗すれば十分間に合うので、
今やる必要は全くありません。

マタイ20
天国は、ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、
夜が明けると同時に、出かけて行くようなものである。

彼らが『だれもわたしたちを雇ってくれませんから』と答えたので、その人々に言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい』。
さて、夕方になって、ぶどう園の主人は管理人に言った、『労働者たちを呼びなさい。
そして、最後にきた人々からはじめて順々に最初にきた人々にわたるように、賃銀を払ってやりなさい』。
9そこで、五時ごろに雇われた人々がきて、それぞれ一デナリずつもらった。

20:16このように、あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう


613 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 10:10:54 ID:qOsiOf4h
>>608
>カトリック教会の根源的な目的は、
>来世(死後の世界)に於ける霊魂の、
>永遠の救いです。

死ねば、感覚器官も思考器官も腐敗するか灰になって母なる大地に帰り、その
機能は消失する。その「救い」とやらを、一体どこで、どうやって知覚・認識
するのかね。

霊魂の原義は「生命」であることを、忘れてはならない。従って、霊魂は、肉体
の死と運命を共にする。死ねばすべては無になる。永遠の平安と休息。救いなど
もはや無関係。

614 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 10:20:16 ID:qOsiOf4h
>>609
>人を畜生以下に貶める、動物と同類の論理です。

人間も、動物の一種に過ぎないことも知らないのかw。動物分類表を参照されたし。

他の動物は、生存には無関係な架空の神をでっち上げて殺し合ったりはしない。
従って、宗教者は、まさに「畜生以下の存在」。

615 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 10:33:48 ID:qOsiOf4h
>>605
煩悩とは、状況に適応して生命を維持するために必要不可欠な機能。「生きて
いることの証(あかし)」である。「煩悩を去れ」とは、「死ね」ということ。

宗教こそ、生物的生命と言う、すべての生物に共通な唯一の普遍的事実を
忘却した、「偏った観念の遊戯」。

性的マイノリテイーは、大自然の摂理に反した「病理」。「精神医学による
治療の対象」に過ぎない。

616 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 10:43:49 ID:qOsiOf4h
>>612
>死後があるかないかは証明できませんが、

証明もへちまもない。死ねば、感覚器官も思考器官も腐敗するか灰になり、その
機能は消滅する。

生命の機能が存在しない世界を、生命の機能を以って思考し、語ることの矛盾
と滑稽さを自覚せよ。

617 :てすと:2011/01/07(金) 10:45:23 ID:mClFvWyh
>>616

サンタクロースはいるんだよ。夢を壊すな。

618 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/07(金) 10:46:23 ID:58M1HMqW
では僭越ながら>>516からの続きです。

>>それでは伺います。
>>仏教は何を目的としているのですか?

>いい質問ですね。
>何かを目的にする・・・つうか、
>その過程で疑問が出てくる訳なんですが。

仏教の目的といふのは、簡単に言いますと「生老病死」の謎を解くことです。
謎を解くってことは、何らかの正解があるわけで、
その正解を知らないのが無明(いわゆるメクラ)とされてます。

じゃあ、メクラの目が開いたら、もう迷うことは無いじゃろ?
自分の目が開くってのは、世界が良く見えることなんで、
その世界には「迷いなどありゃ〜せん」のですよ。
なら、他人を救うことはないだろ?

他人を救う。ってのは、まだ世界に迷いがある訳なんで、
それは本当に目が開いてる訳ではない。
これを仏教では自他不二などと言ってますね。

619 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 10:56:59 ID:qOsiOf4h
>>612
そんなことやったら、その主人も管理人も、労働者たちから張り倒されること
は必至。当時でも、そうだっただろう。

イエスの「教え」は、「創造主が与えたあるがままの人間性に反している」から、
「すべて誤り」であると断定できる。イエスは「神」を知らなかった。

620 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:02:10 ID:qOsiOf4h
>>617
サンタクロースを信じるのは幼児までw。大人のやることではない。

621 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:11:40 ID:pfDeoE4p
>>618
> 仏教の目的といふのは、簡単に言いますと「生老病死」の謎を解くことです。


おはようございます。
返信を感謝いたします。

そのような主張は、「過程」を目的としているように聞こえるのですが。
「謎を解く」という過程を目的としているように思えます。

つまり、目的としては、不十分というか
不完全かと見受けられます。

目的とは到達点や最終点を意味するものであり、
「過程」や「手段」や「能力(悟り・智慧・涅槃)」を
目的として定義するのは誤りです。

「過程」「手段」「能力」は通過点にすぎず、
目的としては扱えませんので、説得力が乏しいです。

622 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:13:30 ID:qOsiOf4h
>>618
「生老病死」は「身体」の問題ですよ。身体の問題は、自然科学の専門分野。
その謎は、奇跡的な程度で解明され、絶え間なく解明されつつある。

宗教の出る幕ではありませんよ。盲目(無明)なのは宗教。この2000年間
以上、一体何を解明しましたか。「ゼロ」ですね。

623 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:21:12 ID:pfDeoE4p
>>621 補足

現世的な涅槃の境地には希望が無い。
宗教よりも、科学や心理学を頼ったほうが救われる。

悟りという智慧は能力的な手段であり通過点にすぎない。
目的としては説明が不十分です。

人生の意味を見つめる真理の探究も過程であり、
到達点としての目標が明確ではないので納得できません。

現世に於ける救済は、唯物的な手段によって成し得ます。
死後の世界という来世に於ける救いを説かない宗教は、
宗教とは言い難く、哲学や人生観の範疇に収まる。

結論として、霊魂の存在を否定する宗教は似非です。

624 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:23:28 ID:qOsiOf4h
「生老病死」という「身体の謎」に挑んだ御釈迦さんは、現代的に言えば、
宗教家ではなく自然科学者。精神医学もなかった時代に、自分の「鬱病」を
自分で治そうとして、あれこれと工夫したw。立派なものですw。

但し、健常者には関係の無いことだが。

625 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:25:47 ID:UQyfzqZL
そんなキリスト教も仏教もネエヨwwwww

626 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:27:55 ID:25XNceEK
>>618
>仏教の目的といふのは、簡単に言いますと「生老病死」の謎を解くことです。

机は仏教のことなんか何も分かってないぞ。




627 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:35:40 ID:qOsiOf4h
>>626
ならば、仏教の目的は、一体何?

御釈迦さんにとっては、「生老病死」という「身体の問題」が、唯一最大の
問題だったはずだがw。

道元さんも、「遠くのものより、自分自身(の身体)という最も近くのもの
を知れ」という趣旨のことを言ってるね。

628 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:43:30 ID:qOsiOf4h
宗教者は、やたらと「大宇宙」を語るが、「自分の身体」という「小宇宙」
も、大宇宙と同じく、いやそれ以上に、神秘と複雑さと不可思議に満ちて
いることを、すっかり忘れている。

すべての宗教の教典を集めても、「爪の先」に宿る神秘さえ解明できない。

「爪の先」だけで診断できる全身的な病気も、沢山あるのだよ。

629 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 11:54:29 ID:qOsiOf4h
キリスト教の神やイエスがいなくても、人間は何の支障もなく生存できるが、
排尿・排便が出来なければ、間違いなく死ぬ。

「トイレの神様」を英語でやったら、世界中のクリスチャンも大泣きするだろうw。
「生命」という「内なる神」が感応するからだ。

630 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 12:06:34 ID:Yf1Xcy8j
神も仏も名無しさん New! 2011/01/06(木) 23:57:33 ID:XRU+GoI+
>>535
>「神の国は人の間にある」

その日本語訳はおかしい。英訳では、"the Kingdom of God is within you(神
の国は、あなた方の(心の)内部にある)"となっている。「間に(between)」
と「内部に(within)とでは、意味が全く異なる。前者は、「人間の外部に」
の意味となる。

すべての人間に神性を認めたらキリスト教は崩壊するから、その日本語訳は
「意図的な」な意味の歪曲、捏造である。



541 神も仏も名無しさん sage New! 2011/01/06(木) 23:59:20 ID:Xh0yGiip
>>539
>その日本語訳は「意図的な」な意味の歪曲、捏造である。

お前が言うかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

631 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 12:17:59 ID:qOsiOf4h
>>630
仏教では、「仏性は、すべての人間の内部に宿る」とズバリ言い切っている。
「一切衆生悉有仏性」。大乗仏教がキリスト教より格が一段上である所以。

632 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 12:19:20 ID:Yf1Xcy8j
>>631
アンカー間違ってないか?w
話が繋がってないぞw

633 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 13:18:25 ID:25XNceEK
>>632
この人もいつもこんなもんでしょ。


634 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/07(金) 13:41:43 ID:58M1HMqW
ID:pfDeoE4pどの
ID:qOsiOf4hどの

仏教における「目的」とか「手段」といふものは方便に過ぎんのだよ。
(つまり方便といふのは涅槃に至るまでの方法論ということ)
とにかく、「衆生はメクラ」といふ前程においてのことだからね。

そのメクラが、目的とか手段を用いて何らかの過程を経ると・・・
その途中で全く劇的変化に見舞われる。
それは体験上のことで、今までの蓄積なりノウハウなりが無に帰す。
(これが一般的に言われる涅槃といもの)

目が開けば「他人様が迷ってる」などの迷盲は全く寂滅する。
迷ってるのは「自分だけ」だよ。
こういういことが瞬時に解かって、それが涅槃到達です。

  <世界は実に美しい> by釈尊

635 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 16:49:38 ID:Zn6pskhM
岡田光玉(=神の言葉)の誇大こじつけw
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・日本の古文献を見ますと、日本は元「ミュー」といっておりました。
ところが、ムー大陸のムーは「 MU (MOO)」と書いてムウと発音してい
ますが、これはまた「ミュー」とも読めます。
結局同じことで、日本の太古文献で「ミュー」といっていた日本は
「ムー」だったといえます。

そのムー大陸の一番北の端が、三保の松原(静岡県)になり、
「ミユが転じてミホ」となっているという関係があります。
                神向き讃詞解説(絶版) P.296



636 ::2011/01/07(金) 18:38:07 ID:R2Q37UlW
>>615
俺にレス入れてるけど昨夜のID:fHgO+JF5の人なの?

>煩悩とは、状況に適応して生命を維持するために必要不可欠な機能。「生きて
>いることの証(あかし)」である。「煩悩を去れ」とは、「死ね」ということ。

極端だけど、そんなようなもんだろうな。
まぁ、過ぎたる煩悩は当然の事で煩悩は苦しみの原因だと思うけど。

>宗教こそ、生物的生命と言う、すべての生物に共通な唯一の普遍的事実を
>忘却した、「偏った観念の遊戯」。

偏った観念の遊戯w 宗教に限った事ではないだろうけど大体同意する。

>性的マイノリテイーは、大自然の摂理に反した「病理」。「精神医学による
>治療の対象」に過ぎない

法とか、大自然の摂理とか言うけど、法とか摂理が小さいんじゃないかな?
含まれてとけばええがなw
石原慎太郎みたいな奴だなw

でも今日の書き込みとか俺には共感持てるよ。
とっても気持ちいいw
頑張ってちょうよ。

637 ::2011/01/07(金) 18:40:01 ID:R2Q37UlW
>>616
この辺の文章なんて力強くて気持ち良いなw

638 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 21:33:29 ID:HI6nsPHe
生命という観念枠組みをとっぱらわんと解脱も超越も無い

639 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 22:32:02 ID:64BmkT1Z
>>638
観念も解脱も超越も、すべて生命の機能の極一部に過ぎない。死者には不可能。

640 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 22:39:19 ID:HI6nsPHe
観念は「いわゆる」生命の機能かもしれないけど生も死も
生を生足らしめるもの、すべてをすべて足らしめるもの、
あるいは法、あるいは神、の一つの相・状態でしかない。

641 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 22:42:56 ID:64BmkT1Z
>>640
法や神を認識思考するのも、生命の機能。生命は、すべてに優先する。

順序を間違えてはならない。

642 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 22:49:22 ID:HI6nsPHe
思考するのは生命の勝手。
すべてに優先するというのも生命の勝手。
順序があると言うのも生命の勝手。

好きにすればいい、とも言えるだろうね。

643 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 23:15:29 ID:Yf1Xcy8j
またか・・w

>>641>>639
「機能」について語るなら、逃げないでくださいよw
いつまでスルーするつもりですか?
既に貴方の矛盾は丁寧に指摘済みですよ?
しっかり反論答弁をしてからにしてください。

644 :神も仏も名無しさん:2011/01/07(金) 23:26:44 ID:IMmbRfSq
法華経を書いた人にとって、法華経とは何だったのか。
よく言われるように法華経には具体的な修行法が見当たらない。
著者(またはそのグループ)が別個に持っていた秘教的な解読法と
照らし合わせることで修行法が浮かび上がってくる仕組みだったのだろうか。
(そうだとすると「秘密の口伝」として師から弟子へと伝えられていたのかもしれない
http://www.furugosho.com/nomadologie/matsuyama1.htm
それとも、修行法を説いた経典は別に持っていたので法華経に
組み込む必要が無かったのだろうか。

上のリンクを見つけたtogetter
松山俊太郎「法華経講義」より
http://togetter.com/li/23867


645 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 01:02:06 ID:kewNyY78
真光の教え主と霊線を繋ぐ神様である、伊都能売大国魂大国主之大神とは?

真光では、神前に大黒様によく似た「伊都能売大国魂大国主之大神」という
神様を祭っているが、世界救世教では伊都能売を信仰している。

「伊都能売」を発掘した大本教だが重要としておらず、主神に準ずる重要な
神としている宗教は世界救世教で、大黒天も祭っている。

真光の主神に準ずる神様は、「伊都能売」と「大黒天=シバ神の化身」を
ブレンドして「伊都能売大国魂大国主之大神」という名前の神様を創作した
インチキ神、トンデモもいいところ。



646 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 07:46:16 ID:L8nf/5N9
>>644
>法華経を書いた人にとって、法華経とは何だったのか。

昔、日蓮もそのことで悩んだのだろう?

>よく言われるように法華経には具体的な修行法が見当たらない。

そうそう、確かにそこがキーポイント。
で、編み出されたのが法華経に帰依する。
といふ流れになるけど、
平安時代後期より鎌倉時代にかけての時代的背景が色濃い。
(平家物語や方丈記参照)

今の時代も、平安後期に似てないか?
食うには困らんけど、頭がやられてしまう時代。
まあ、精神病にはくれぐれも気をつけましょう。
私も含めてだが・・・

647 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 08:09:20 ID:Qy3dru85
>>643
「矛盾の指摘」も「反論答弁」も生命の機能。いくら足掻いても逃れる
ことは絶対に不可能。釈迦もイエスも例外ではない。

本当に賢い者は、宗教者でも、最終的には生命に行き着く。「無位の真人」
も生命そのものではないのか。

「赤肉団上に一無位の真人あり、常に汝等諸人の面門より出入りす。
未だ証拠せざる者は看よ看よ」(臨在義玄)

648 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 08:19:43 ID:Qy3dru85
>>647の訂正
×臨在
○臨済

649 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 09:03:29 ID:CmmKOJdE
>>647
また、「人工心肺つけた人は死んでる説」か?w

650 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 09:08:35 ID:Qy3dru85
>>646
「精神病」とは、「現実との接触の継続的な喪失(continued loss of contact
with reality)」と定義されます。非現実的な観念に耽る宗教も、これに含まれ
ます。

なお、「現実(実在)」とは、「(必要な場合には観測装置を使用して)人間
の五感で知覚できる世界」と定義できるでしょう。人間は、現実に100%依存しない限り、
一瞬も生存できないからです。それ以外を「空想」「妄想」と呼びます。

651 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 09:11:19 ID:Qy3dru85
>>649
「生命を維持するために」、人工心肺を装着する。それ以外の目的は何?

652 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 09:18:37 ID:CmmKOJdE
>>651
前のやり取り忘れた(なかったことにした)のか?w
お前さんは、「赤肉団=心臓」と言って、心臓こそが【生命】であると主張したんだろ?
よって、心臓が体内から取り除かれ、人工心肺を付けた人は、【生命】が無くなったことになるw

653 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 09:33:04 ID:L8nf/5N9
>>647
臨済禅師は、心のあり方について4っつに分類していて、
貴殿の「生命教」といふのは、そのアラカルトのひとつでありますね。

「無為の真人」といふのは、貴殿の推奨するアラカルトとは全く意が違いまふ。
「無為」ですから、違いますね。

はたはて「無為の真人」とは何ぞや?
生命ではないです。

654 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 09:47:43 ID:Qy3dru85
>>653
心はすべて「生命現象を表す肉体」即ち「生命」から発生します。
死者には心はありませんよ。

「赤肉団とは心臓のことであるが、広く肉体を意味するという解釈もある。
この活き活きと活動している主体を自覚することが要請されているので
ある。」(岩波仏教辞典)

「生命現象を現す肉体」即ち「生命」以外の何物でもありませんね。
まず、基本的・初歩的意味の理解から始めてください。

655 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 09:55:52 ID:Qy3dru85
>>652
「生命現象を現す肉体」即ち「生命」は、「心臓」だけではない。
他の組織が生きているからこそ、人工心肺を装着する意味がある。
死体に人工心肺をつけて、一体どうする積りw。

656 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 10:00:10 ID:Qy3dru85
>>653
そんな妄想垂れてると、臨済禅師から叩き出されますよw。

657 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 10:10:45 ID:L8nf/5N9
>>654
>まず、基本的・初歩的意味の理解から始めてください。

「そうですか、では理解から始めます」
・・・といふのが、境(客観)のみの自己を滅した境地。→臨済

頓悟の前程といふのは、先ずここより入る。
>>656
妄想ではないですね。
臨済禅師を掲示板に書込みするなら、少し勉強したらどうですか(笑

658 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 10:25:38 ID:Qy3dru85
>>657
下手に「勉強する」から、すべて「本からの借り物の知識」になり、
悟れないのですよ。

「一無位の真人」「無為の真人」。正しいのはどっち?

「生命」は、唯一の「無為」。あなたの「心」で、心臓を止められますかw。
生命を奪うのも、生命の力によらなければなりません。

659 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 10:38:36 ID:L8nf/5N9
>>658
>「一無位の真人」「無為の真人」。正しいのはどっち?

意味は同じですね。無為も無位も。

道元は彼岸に達したときの言辞が
「即心即仏・円相の位相」。の位相のことですから。
では位相(無位)に何か意味があるのか?ってたら・・・
何の意味もない。
しかしながら、本意とすれば即心即仏というより非心非仏です。
ただ、脈絡の流れで・・・かような表記にしたまでのこと。

文意に意味はなけど、了解信解するが仏道なるや。
どうかかように理解されたし。

660 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 10:47:42 ID:Qy3dru85
>>659
その「何の意味も無い」のが、まさに「生命」です。生命は、ただ、
「今ここにある」だけ。唯一の「無為」です。

なお、「悟り」を目指すのは、すでに煩悩だから、悟りはありません。
「無為の生命」のみが悟りです。生命のみが、既に悟っているのですから。

661 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 10:51:05 ID:Qy3dru85
>>659
「非心非仏」であれば、釈迦や心に執着するのは、矛盾ですね。

662 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 10:51:20 ID:L8nf/5N9
無位というのは「父母未生以前の本来の面目」のことです。

父母未生以前ですから、貴殿は生まれてはいない。
生まれていない貴殿の「本来の面目」ですから、
「生命」ではないですね。
生命以前の本来の面目のことです。

はてはて、じゃあ、生命のない本来の面目とは何ぞや?

663 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 10:51:38 ID:CmmKOJdE
>>655
>「生命現象を現す肉体」即ち「生命」は、「心臓」だけではない。
>他の組織が生きているからこそ、人工心肺を装着する意味がある。

ほうw
さすがに、「心臓=生命」論は撤回するのかw
少しは、まともになったな。

664 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 10:53:27 ID:L8nf/5N9
>>661
だから貴殿も、心に執着せん方が臨済禅師の理解がしやすいのでは?

665 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 10:59:01 ID:Qy3dru85
>>662
人類の生命は、父母未生のはるか以前から続いています。だから「本来
の面目」なのです。

「本来の面目」とは、すべての宗教観念を取り去った、「裸の生命」のこと。

666 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 11:00:25 ID:L8nf/5N9
>>660
>その「何の意味も無い」のが、まさに「生命」です。

何の意味もない。といふのは、世俗的な意味がない。つうことで、
「世俗的意味がない」ことにおいて、
世俗を悟るんじゃ〜ないですか!!

四諦を悟る。つうことですよ。


667 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 11:03:46 ID:L8nf/5N9
>>665
>「本来の面目」とは、すべての宗教観念を取り去った、「裸の生命」のこと。

それでは駄目ですな><
世俗にどっぷり浸かった観念論ですから。
その観念が貴殿の妄言の因ですね。

668 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 11:06:23 ID:Qy3dru85
>>664
心に執着しまくっているのは、貴殿を初めとする宗教者たち。

「一無位の真人」とは、一切の人為的観念を去った「裸の肉体的生命」
の意味です。臨済禅師は、大切なツボはしかりと押さえられています。

669 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 11:13:00 ID:L8nf/5N9
>>668
>「裸の肉体的生命」

そんなものはないよw
人間の命なんて儚いものだよ。
儚いものであることを納得しなければ、
臨済禅師の語録は理解できない。

これが「一無位の真人」の本意なんでつ。

670 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 11:16:06 ID:Qy3dru85
>>667
世俗と勝義とを区別するのが、すでに観念による分別。そんな区別は
どこにもありませんよ。

「四諦を悟る」などという「人為的観念」を口にするところで、既に
終わっている。「四諦」とは、「父母未生以前の本来の面目」でも
何でもありません。御釈迦さんの人為的観念に過ぎない。

671 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 11:22:14 ID:L8nf/5N9
>>670
勝義ってのは、人類生誕以前・・・
つまり「父母未生以前の本来の面目」のことで
原初のことです。
原初だから区別しようがない。
区別以前のことですね。つまり未分のことです。

貴殿も、未分であることを了解したならば生命について
もはやトヤカク言うことはなくなる。

672 :絶対神:2011/01/08(土) 11:25:15 ID:bdRkeEfm
>>688
仏教はそもそも「これ以上ないほどの人為的観念だぞ」w
まさか、動物も仏教を知っているとか思うまい
キリスト教も仏教も「すべての宗教は人間が考えたものだ」

宗教の問題点は、そんな小学生でも指摘できる矛盾に気づかないところ
だな
自我と自意識がないところには、そもそも「仏教」も成立しないよ


673 :絶対神:2011/01/08(土) 11:26:38 ID:bdRkeEfm
人間が持っている観念で、本当に人間や自我や自意識と完全に無縁に成立
している法則めいたものは
せいぜい、「物理法則」くらいのものだ


674 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 11:34:31 ID:flJ8yA1k
考え出したのではない。
見つけただけだ。


675 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 11:40:33 ID:Qy3dru85
>>669
師は「儚くない『永遠の生命』」など求めているのですかw。それでは、
禅などではなく、一神教です。師には、一神教の名残がまだ残っている。

座禅でもして、すべての人為的宗教観念を吹き飛ばし、「本来の面目」
「一無位の真人」に立ち帰ってください。

676 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 11:49:56 ID:Qy3dru85
>>671
人類誕生以前のことを、人間が考えて何になる?創造主でも考えている
のですか。それも一神教です。

釈迦は、「人間が考えても無意味なことは考えるな」と戒めたところが
偉いのです。

人間は、その儚い一生をひたむきに生きることがすべて。それ以外の
ことは、儚い一生をさらに儚くするだけです。

677 :てすと:2011/01/08(土) 12:10:49 ID:CSA0nNtL
>>676

2chで議論する事のどこがひたむきなのか教えてくれ。

678 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 14:49:09 ID:L8nf/5N9
>>675
>師は「儚くない『永遠の生命』」など求めているのですかw。それでは、
>禅などではなく、一神教です。師には、一神教の名残がまだ残っている。

一神教徒といふのは、ある意味非常に分かりやすい概念ですが、
仏教徒といふのは・・・そこのとこがファジーでありますね。
つまり、その対象化された“何か”がある訳ではない。

ただ2500年前に、こんなことを発見したのか!!って感動は凄いです。
そう>>674氏のとおり“発見”なんですよ。

「その価値観を共有する」。←これですよね。
魅力なのは。

#、現在、仕事中ですので直ぐにはレスポンスできません。
  あしからず。



679 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 15:35:57 ID:CvPNbHcv
>>677
君がお遊びで2chやってるからってご隠居氏も同じことにはならないでしょ。

ご隠居氏が2chでひたむきに一生懸命諭しているのがてすとくんには、分からないか?
自分にはよ〜く痛いほど分かるがね。。。
尤も、当方、君のような宗教者ではないからかな?・・

立場が違えば当然思考も異なる。だろ?


680 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 16:04:24 ID:pDwaFmxX
創価学会は平和平和と唱えつつも、方や真言亡国、禅天魔などと唱え他宗を排撃
するのが学会です。これは「仏法は勝負なり」、とか「ここは一つ勝負で行こう」などと
いった聖教の言い分でわかる通り、仏法は闘争なりとか抗争であるといったことから
もわかる通り闘争を駆り立てているのです。そして「日々ご苦労さん」と聖教で言われ
ていることは日々怨念を燃やすことを一人一人に要請しているということでもあります。
この怨念と憎悪の対象が非学会員の実に多数であることはみなさんもよく承知のこと
でありましょう。また富士の霊園造成時に暴力団の後藤組を使ったこの行為のどこが
平和的歩みなことなのかが疑問です。
又、有名人と「会った会った」と日々聖教でとりあげていますが、肝心なローマ法王と
はいまだ会見すらできていないのです。おそらくローマ法王が会見したくないはずな
のでしょう。
またご存知の通り、日本の大学からの名誉称号は皆無、天皇陛下からの叙勲もお言
葉もありません。これは何を意味するのでしょうか。皆さんにはもうおわかりのはずで


681 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 17:08:40 ID:L8nf/5N9
>>675つづき
>座禅でもして、すべての人為的宗教観念を吹き飛ばし、「本来の面目」
>「一無位の真人」に立ち帰ってください。

「一無位の真人」とは、臨済禅師の4っつのアラカルトの最後のステージです。
これは主観も客観(境)も全く無い境地でして、
これが涅槃ですね。
つまり禅師といふのは一回は死んでます。禅では「大死」とかいう。

一回死んでるから、もはや生きるも死ぬもないことになる。→生死一如
これが不死の境地でありまして、
不死といっても『永遠の生命』とは訳が違いますね。

つまり赤肉団がどうなろうと、それに関係なしで蘇ることはない。
仏教は「無の哲学」です。



682 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/08(土) 18:10:14 ID:QOnL7fUo
>>681 机龍之介さん

理解(りげ) ですね。

683 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 18:13:04 ID:HA/kGkWi
>>681
>仏教は「無の哲学」です。

「無の哲学」なら、2500年前の釈迦や仏典や仏教そのものに、それほど
執着するのは矛盾ですね。

「無の哲学」などではなく、「空の哲学」というべきでしょう。般若心経は、
無もまた否定しています。

臨済宗妙心寺派のホームページの最後の部分を下記に挙げておきます。師の
言われることよりも、むしろ無宗教の私が言ってることに近い。師はどこの
カルトですか。「ミイラ取りがミイラになった」のでは。

臨済宗妙心寺派の「生活信条」と「信心のことば」
生活信条
一日一度は静かに坐って身と呼吸と心を調えましょう。
人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も大切にしましょう。
生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう。    
信心のことば
わが身をこのまま空なりと観じて静かに坐りましょう。
衆生は本来仏なりと信じて拝んで行きましょう。
社会を心の花園と念じて和やかに生きましょう。

--------------------------------------------------------------------------------


仏教・禅の基本理念が解っていただけましたでしょうか。
我々の日常生活と全く遊離したものではないのです。
幸にもこの世に生をうけ、今・たった今ここに存在することに感謝して生きる。
与えられた環境・境遇をありのままに受け入れ、自分のできる範囲で最大限の努力をする。
いま・ここで・わたしがすべきことは何か?を常に自覚し行動していくことが禅の生き方なのです。


684 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 18:52:57 ID:HA/kGkWi
バラモン教のアートマンも、ユダヤ教の聖霊(ルーアッハ)も、いずれも原義
は「呼吸・生命」です。古代人は、宗教の目的が「生きること」「生命」で
あることを的確に理解していた。

そのはるか後に、釈迦やイエスなどの精神病者があらわれ(精神病者は何時の
時代にも、極少数は発生します)、その病気の症状としての「観念過多」「観念
の遊戯」から、本来の意味を誤解し、観念化、抽象化、精神化し、生存との関係を
破壊してしまった。

その開祖の精神病が、集団的に感染したのが、これらの「開祖宗教(創唱宗教)」の
信者たちなのです。従って、現在の宗教とは、精神医学の対象以外の何物でも
ありません。

685 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 19:27:32 ID:L8nf/5N9
>>682
なにやら秋でもないのに秋虫の声が・・・
それともこれは耳鳴りなのか?
いやいや、これは闇夜のカラスに違いない。と、
迷いに迷うて、これじゃあどうにもならんから、
身投げの準備に取りかかり、
そうなのか、そうであったのか。と
自らを滅したその刹那に説似一物即不中 。

686 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/08(土) 19:35:20 ID:L8nf/5N9
>>683
>「無の哲学」などではなく、「空の哲学」というべきでしょう。般若心経は、

「無の哲学」ってのは、それなりの意味を含有してますけど、
「空の哲学」ってのはないですね。
空は理論(知識)ではないですから、学びようがない。
むしろ「学ぶ」といふベクトルと対極にあるものです。
(世俗諦でしたら)


687 :前世は一在家 ◆2o6x38TRbE :2011/01/08(土) 20:10:34 ID:M8jFIUZG
>>539
>>「神の国は人の間にある」
>その日本語訳はおかしい。英訳では、"the Kingdom of God is within you(神
>の国は、あなた方の(心の)内部にある)"となっている。「間に(between)」
>と「内部に(within)とでは、意味が全く異なる。前者は、「人間の外部に」
>の意味となる。
>
>すべての人間に神性を認めたらキリスト教は崩壊するから、その日本語訳は
>「意図的な」な意味の歪曲、捏造である。

亀レスで大変失礼しました。まったく同感です。
異端として正統派教会に焚書されたトマスの福音書等では「神性は全ての人に宿る」
と明記されており、法華経の「仏性は全ての人に宿る」とほぼ同義です。


688 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 20:13:15 ID:wFNi6rEv
>>684
サンスクリットもヘブライ語もできないのにw
この前の英語自慢もワロタ

ほんとリテラシ低いのにシッタカだよな、君は


689 :1/2:2011/01/08(土) 20:23:52 ID:7hRfBeSi
まず、「赤肉団」を心臓と読むことは「禅の系譜(≒仏教の系譜)においては」ありません。
全て、肉体のことです。(勿論、死体・遺体を含まないことは言うまでもありませんが・・w)
その上で、件(くだん)の文脈に於いては、
《その赤肉団、肉体の上に顕れている「真人」(→真の自己)とは何か?どこにいるか?》
ということが問われている(示されている)ものです。
そして、そのように言われねば(弟子達に示さねば)ならなかった理由は、
「赤肉団」だけでは「真人」足り得ないからです。
「赤肉団」だけでは「真人」足り得ていないことをも示しているわけです。
また、もし仮に「赤肉団」=「真人」であるならば、そのような回りくどい説示を「禅」はしないでしょう。
(雲門風に言えばw)「如何なるか是仏」と問われて、「赤肉団」と言われるべきでしょう。
しかし、そのように言う禅者は存在しません。
臨済が、なぜ、「わざわざ赤肉団【上に】」「無位の真人あり」と言わねばならなかったかと言えば、
「赤肉団」(肉体)だけでは不足しているからに他なりません。
 *(勿論、「如何なるか是仏」「赤肉団」、という遣り取りもありえないわけではないですが、
  その際には、禅の系譜として『言外の含み』を忘れてはなりません。
  庭前柏樹子も乾屎ケツも花薬欄も、それぞれ「一般語義+α」という含みあってのものです。
  そうした言外の、一般語義を越えた含みを持つのが禅語なので・・。)

690 :2/2:2011/01/08(土) 20:27:11 ID:7hRfBeSi
勿論、「赤肉団」=「生命」でもありません。
もし仮に、(「赤肉団=生命」と解したとしても)、
・百歩譲って「赤肉団」が、一般的語義としての「生命」だったとしても、
臨済の言った「赤肉団上に一無位の真人あり」は、【その生命+α】を「悟り」と称していることに他なりません。
「生命」だけでは真人ではない。「生命」(赤肉団)【の上に顕現している“者”】こそが「真人」であるという意味になります。
・千歩譲って「赤肉団」が、貴方の言う『生命』だったとしても、
臨済の言った「赤肉団上に一無位の真人あり」は、【その生命+α】を「悟り」と称していることに他なりません。
『生命』だけでは真人ではない。『生命』(赤肉団)【の上に顕現している“者”】こそが「真人」であるという意味になります。

いずれにしろ、臨済の「赤肉団上の話(わ)」を、>>647>>654の如くに解している禅者は一人もいません。
学者・研究者にしても世界中に一人もいません。
世界で貴方一人だけですよ、そんな頓珍漢なことを言っているのは・・。



ちなみに、「無位」でなければ意味がありません。(>>658-660
「真人」は「阿羅漢」の漢訳でもあるわけですが、そのことや四向四果、
或いは漢訳大乗を受けての「種々の修行・修道階位」を臨済が知らない筈がありません。
ここでの「真人」が、そのものズバリ「阿羅漢」の意だというのではありませんが、
いずれにしても、【「位」を超えたもの】として提示されていると読まなければなりません。

691 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 20:42:40 ID:n/4Ronvv
>>686
>「無の哲学」ってのは、それなりの意味を含有してますけど、
>「空の哲学」ってのはないですね。

「有無」は、単なる二項対立。哲学でもなんでもない。ゾロアスター教やキリスト
教の「善悪二元論」「心身二元論」を見よ。釈迦の「無我」も然り。

勝義諦と聖俗諦との分別も、単なる二項対立。

「空(相互依存性・関係性)の哲学」こそ、古今東西比類の無い大哲学。
竜樹と釈迦とでは、知能の程度が大違い。

仏教徒を自称するのなら、般若心経くらいは理解されたし。

692 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 20:50:41 ID:n/4Ronvv
>>689
>>690

「無位の真人」など探そうとしたから、臨済禅師に胸倉捕まえられて、「クソ
かき箆」と言われたのだよ。全く理解していない。

693 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 20:55:14 ID:n/4Ronvv
>>691の訂正
×聖俗諦
○世俗諦

694 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 21:28:54 ID:wFNi6rEv
>>691
>「有無」は、単なる二項対立。哲学でもなんでもない。ゾロアスター教やキリスト
>教の「善悪二元論」「心身二元論」を見よ。釈迦の「無我」も然り。

哲学と言われてるものに二元論は多いぞ、また、シッタカ

>「空(相互依存性・関係性)の哲学」こそ、古今東西比類の無い大哲学。
>竜樹と釈迦とでは、知能の程度が大違い。

『中論』の最初と最後に釈尊に帰依してるのもしらんくせに
『中論』は全く分かってないし

>仏教徒を自称するのなら、般若心経くらいは理解されたし。

『般若心経』が分かったら、少なくとも七地の菩薩なんだが。
お前は『般若心経』はもちろん、仏教の片鱗も分かってないのは、常連さんは誰でも知ってるぞ。


695 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 21:56:33 ID:EjMFiFe/

>>694
>常連さんは誰でも知ってるぞ。

ここの常連さんは(どういう訳だか)、殆どが小乗教徒だから、狂ったように反発する
のは想定内。

竜樹の「信仰告白」が「儀礼的」に過ぎないものであることは、中論の内容を理解すれば
分る。


696 :てすと:2011/01/08(土) 22:15:52 ID:a1faCDUz
ご隠居は中論好きだなー。

今時背理法って言ってもどうかと思うが、少し読んでみるか。

697 :てすと:2011/01/08(土) 22:27:27 ID:a1faCDUz
中論って、ソシュールと後期ウィトゲンシュタインに近いのかな?

どの翻訳がオススメ?

698 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 22:30:19 ID:7hRfBeSi
先日、新着コメで上がってきてたので
麻生vs鳩山の党首討論動画を二つほど見た。
「具体的、論理的、簡潔且つ一貫性、明瞭、具体的意見あり具体的批判あり、根拠・裏付けあり」 な麻生発言に対し、
「抽象的、非論理的、冗長且つ雑多、曖昧、抽象的批判のみ具体的意見なし、無根拠・裏付けなし」 な鳩山発言。

毎度の事ながら、鳩山発言に隠居の発言が被って仕方なかったよw

699 :神も仏も名無しさん:2011/01/08(土) 23:37:04 ID:kewNyY78
510 :前世は一在家 ◆2o6x38TRbE :2011/01/08(土) 23:26:26 ID:M8jFIUZG
>507
>一在家(宇宙人)さんの信仰している崇教真光は、宗門宗派問わずに批判しないんですよね?
>イエスも嘆いているよ。

異教の私もイエスの元の教え、原始キリスト教を調べております。 
本当にイエスは嘆かれますか? 洗礼者ヨハネは嘆かれますか?




700 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 00:05:42 ID:gkaMT0nw
>>697
>(中論の)どの翻訳がオススメ?

私が読んだのは、筑摩書房発行の「大乗仏典」所載の「中論の頌」(平川彰訳)
だけ。注釈書の類は一切読まず。この本は、維摩経、法華経、勝まん経、華厳経、
阿弥陀経、大無量寿経、般若ハラミタ心経、大乗起信論、理趣経などの、主要
な大乗仏典の要部がずらりと所載されて、定価は¥4000。安いよw。

巻末には、中村元氏による、各仏典の簡潔な解説あり。

701 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 01:02:45 ID:zTjLAd9Y
真光の教え主と霊線を繋ぐ神様である、伊都能売大国魂大国主之大神とは?

真光では、神前に大黒様によく似た「伊都能売大国魂大国主之大神」という
神様を祭っているが、世界救世教では伊都能売を信仰している。

「伊都能売」を発掘した大本教だが重要としておらず、主神に準ずる重要な
神としている宗教は世界救世教で、大黒天も祭っている。

真光の主神に準ずる神様は、「伊都能売」と「大黒天=シバ神の化身」を
ブレンドして「伊都能売大国魂大国主之大神」という名前の神様を創作した
インチキ神、トンデモもいいところ。




702 :てすと:2011/01/09(日) 01:07:52 ID:4pIjheTa
少し読んでみた。なるほど。

俺も、釈迦の諸行無常よりは龍樹の不生不滅の方がしっくりくるかな。

縁起を更に純化したものだね。

でもすでに仏教じゃないね。
大乗は初期仏教と分けないと。

703 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 07:14:46 ID:42BIbXnw
>>697
近い。しかしながら、ソシュールもウィトゲンシュタインもまだまだ及ばない。

翻訳はろくなのがない。ネットでも見られる国訳にしとくといいでしょう。


704 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 07:17:35 ID:42BIbXnw
>>702
縁起を勝義から解釈したものと言えるでしょう。
最も核心的典拠は『勝義空性経』と思われる。
『勝義空性経』と『中論』24.18が分かれば、縁起の基本は分かると思う。

705 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/09(日) 08:16:06 ID:0NZ22N2r
>>691
>仏教徒を自称するのなら、般若心経くらいは理解されたし。

おそれいります。

般若心経は、私も大好きなのですが、なにやらその意とするところが掴めません。
「あぁじゃ〜ない」とか「こぉじゃ〜ない」とか書かれてますね。
これはどういうことなのか?

これをどう理解したら宜しいのか?
懐譲禅師も、こういうお題は苦手なようでして、
「説似一物即不中 」とか言ったら、
「それは凄い!!」って褒められたそうです。
ますます訳が分からんですけど、
貴殿は分かりますか?

706 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 08:19:46 ID:y6hNHftd
>>704
中論24:18の「仮設」という言葉はすこしおかしい。その言葉は「仮設
ではない『本物』」の存在を前提とするから。それでは空は成立しない。
竜樹が、単に説明のために使った言葉だと思うが。

竜樹は、「世間の一切の慣習(世俗諦)」は、「無条件の前提」としている。

707 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 08:40:19 ID:y6hNHftd
>>705
>貴殿は分かりますか?

「存在論」としては、当たり前のことを言っている。

「この世界は、人間の目に映じただけの世界だから、本当は空かもしれない。
しかし、その世界こそ、人間が生存している唯一の世界だ」ということ。

「空即是色」を「色即是空」と併置したところに、千金の重みがある。
「無」もまた否定しているのだから、論理的には、「二重否定」で結局は「有」
となる。

哲学的には、並ぶものの無い優れた「存在論」です。

708 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 08:43:29 ID:42BIbXnw
>>706
>中論24:18の「仮設」という言葉はすこしおかしい。その言葉は「仮設
>ではない『本物』」の存在を前提とするから。それでは空は成立しない。

ほんと無茶苦茶だな。お前は何も分からないんだから、
素直に中学校の物理でも読んでればいいだろう。
仏教のことは、全く分かってないどころか完全に逆転してる。

しかし、抄訳と辞書ぐらいしか読んでないのに、よく分かった気になれるな。
しかも、その解釈がボロボロなのは寄って集って指摘されまくってるのに。

709 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 08:44:22 ID:42BIbXnw
>>707
>「この世界は、人間の目に映じただけの世界だから、本当は空かもしれない。
>しかし、その世界こそ、人間が生存している唯一の世界だ」ということ。

ぜんぜん、そんなこといってないつーの。


710 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 08:46:52 ID:7oPy/a+3
>>706
>「仮設ではない『本物』」の存在を前提とするから。

「仮“説”を立てる」って言葉を知ってるか?w
これは、《【考え方として】、確かな説明体系・理論体系があるだろうと「仮定して」》行なうものだ。
それを「 >本物 がある」という前提と言い得ないこともないが、
結局そんなものはなかった、というケースもあるわけだ。
つまり、本物があることが前提なのではなく、「あるものと見做す」「あると仮定しておく」というだけでしかない。
実際に本物があるかどうかは別の話だ。
或いはこちらの方が解り易いだろう。
「工事現場で詰め所を仮設する」と言った時、
決して「どこかに“本物の”詰め所があるわけではない」「未来に本物の詰め所ができるわけでもない」。
《【工事期間中】、【仮に建てておく】だけ》だ。工事完了時には撤去されるわけだ。
『本物の詰め所』が前提となっているという《仮》ではない。
「イベント会場でトイレを仮設する」と言った時、
決して「どこかに“本物の”イベント用トイレがあるわけではない」「将来に本物のトイレができるわけでもない」。
《【イベント期間中】、【仮に建てておく】だけ》だ。イベント終了時には撤去されるわけだ。
『本物のトイレ』が前提となっているという《仮》ではない。

んとにお前は馬鹿だな・・。

711 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 08:57:44 ID:y6hNHftd
>>710
「仮設トイレ」とは、あくまで「臨時の」トイレであり、「仮設ではない、永
続的な、本物の、ピカピカのトイレ」があることを前提とするよw。

712 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:04:36 ID:7oPy/a+3
>>711
>「仮設ではない、永続的な、本物の、ピカピカのトイレ」があることを前提と
あくまでも「想定上」にねw

>あくまで「臨時の」トイレであり
それがまさに「仮設物件(この場合トイレ)」のことだろがw
(建築に関連した法律・条例等の条文中の「仮設」はそうした意味で用いられているが?w
 「本来建ててはいけないけど、“「仮設」のものなら”OKですよ」とね。)

713 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:12:38 ID:42BIbXnw
>>710
仮設は仮説(ヒポタシス)じゃないよ
仮説はサンスクリットで、プラジュニャプティ、チベット訳だとドクパ、言い習わすとか、仮に名づけるといった意味。
恣意的な言語習慣で適当に生成されている意味分節されるというような意味。

つまり、x という名で恣意的に記号付けられている言い慣わし、仕来りがあって、x という記号で指示される意味内容も適当に仕来りによって了解されている。
ところが x というのは空で無我、x という意味内容・本質はない無我・空だけど、仕来りに添って仮に名づけるという意味。

仏教で最も重視されるのが、「自我」。
この自我という名で呼ばれる指示対象は、意識を持った時以来、ずっとありありと実在してると思ってるけど、それは五蘊の集合に仮に名づけられただけのこと。

しかも、五蘊それぞれも無我・空で仮に名づけられただけのもので、
あらゆるものは無我・空で縁起しているだけであるというのが、『中論』24.18の意味。

そして無我・空だからこそ縁起できるというのが、『中論』24.14の意味。
それこそが色即是空空即是色の一般的意味に他ならず、諸法無我の意味もそう。


714 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:20:38 ID:7oPy/a+3
>>713
>最初3行 (他は別に異論を挟むつもりはない)
だから、「構図上の相似」を指摘してるのさ。
「 >仮に名づけるといった 」といった言い方がされているように、
(種々の要件・条件に基づいて(→影響されて))「仮に想定された説明体系」のことを我々は「仮説」と用いているわけで、
それはまさに、「構図上プラジュニャプティされている」ものではないかい?
 *(「仮に説く」という動詞的意味は今は措く)

715 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:31:10 ID:y6hNHftd
>>712
君の家のトイレは「仮設トイレ」、それとも「ホントのトイレ」のどっち?w

716 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:33:13 ID:7oPy/a+3
長野の竈と鹿児島の竈の別バージョンだなw >>715

717 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:34:55 ID:42BIbXnw
>>714
>(種々の要件・条件に基づいて(→影響されて))「仮に想定された説明体系」のことを我々は「仮説」と用いているわけで、
>それはまさに、「構図上プラジュニャプティされている」ものではないかい?

なるほど、通底することは認めるけど、
ヒポタシスを説明として用いると譬喩と断らない限り、
生命教のような、素朴実在論が混入すると思う。

仏教の仮設は、素朴実在論を否定した上で、現象上の効果的作用での因果関係、整合性をどう説明するかという要請に応じて導入された言葉ではないかと思うので、素朴実在論的解釈ではないことを明示する必要があると思います。



718 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:42:09 ID:y6hNHftd
>717
人間は「素朴実在論」で生存してきたのだが。どんなに偉い宗教者でも、飯を食うとき、
「この飯は果たして実在するか」などと考えて食う者はいない。腹が減ってれば、目の
前の飯をぱくつくだけ。

719 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/09(日) 09:43:57 ID:0NZ22N2r
>>707
>哲学的には、並ぶものの無い優れた「存在論」です。

なるほど、そうでしたか。

私は「存在」って概念は非常にファジーなもんだと思ってまふ。
一般社会通念上は「存在」の意味は通用します。
これはなぜ通用するのかは、最大公約数のコンセンサスにおいての暗黙の了解です。
(社会生活を営むうえでは、これは非常に大事なことです)

しかしながら「哲学的」ということになりますと、また話は別です。
存在論と中論は馴染めません。
何故かといいますと、存在とは時制と切り離すことだできんからです。
しかしながら時制なくば、中論の理論は到底成しえないでしょう。
そこである程度の時制(仮説)においての解釈をするのですが、
龍樹は丁寧にも、それを否定しつつ勝義諦に導入して逝きます。

この論法こそが龍樹の稀な才能ですよね。

して、中論には「存在論」なるものが書かれておるんでつか?

720 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:45:41 ID:7oPy/a+3
>>717
御指摘は御尤もw
だから、(今回は補足不足かもしれないが)補足に補足をいっぺんに組み込んでしまうから、
(多方面から時折批判があるようにw)私のレスは晦渋で小難しくなるわけさ。

721 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:47:39 ID:y6hNHftd
>>719
>して、中論には「存在論」なるものが書かれておるんでつか?

冒頭から「もろもろの存在」について述べている。終始一貫、存在の構造原理
の追究と解明です。




722 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:49:18 ID:42BIbXnw
>>720
セブンの文が読みづらいのは[ ]を多用するからかと思う。
文は、成る可く短文が善く。挿入節はない方が明解でしょ。


723 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 09:58:20 ID:y6hNHftd
>>719
「諸行無常」なのだから、時間を持ち込んだら、存在の「構成」は解明できません。
瞬間ごとに、「違った構成」になっているのですから。

例えば、機械の構造を知るには、機械を一旦停止する必要がある。機械の製造
図面は、すべて静止図面です。

724 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/09(日) 09:58:25 ID:0NZ22N2r
>>721
その論法だと、「生命」って概念は破壊される。
何故かというと、
存在が先か?生命が先か?ってことに集約される。
これが哲学ですね。

生命より宇宙創成が先だから、唯物論は正しい。ってことになる。

725 :てすと:2011/01/09(日) 10:03:03 ID:+mTJRL4/
とりあえず、議論するなら、
資料を合わせてくれ。

後になって翻訳が違うとか、とんちんかんな否定ではなく、範囲を限定してその中で論理展開してくれ。

みんな中論に一生を捧げるわけじゃないでしょ?

726 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 10:10:13 ID:y6hNHftd
>>724
生命がなければ、存在の認識も、宇宙創成の思考も、哲学も出来ない。

釈迦や竜樹の生命がなければ、仏教も中論も存在し得ない。

よって、生命は「すべて」に優先し、「すべて」の前提となります。

生命とは、「生命現象を現す肉体」という「物質」です。「精神」も、
その「物質」から生じる。具体的には、脳内電子の働き。従って、すべ
ての人間は、本来的に唯物論者です。

727 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/09(日) 10:11:31 ID:0NZ22N2r
>>723
>瞬間ごとに、「違った構成」になっているのですから。

だから、これが時制なんですよ。
「瞬間ごとに変化する」ってのは時制でしょ?

中論にはそんなことは書かれてない。

道元などは「焚き火」の比喩で、
瞬間・瞬間で変化するんではなく、終了だ。
と説明している。
存在してるものは生滅しない。って説明だよ。

728 :てすと:2011/01/09(日) 10:11:59 ID:+mTJRL4/
認識や思考は脳がしてるんだから、唯物論は説得力あると思うけど。

ご隠居が生命論を唱えたところで、
それは大脳の電気信号の流れにすぎないし、ある物質の状態を生命と名付けているに過ぎない。

729 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/09(日) 10:15:21 ID:0NZ22N2r
では、これにて落ちます。

730 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 10:19:18 ID:y6hNHftd
>>728
当然のことだ。しかし、「死ねば」脳は腐敗するし、電気信号も停止する。
生きてる間は、何故、脳を含む身体は腐敗しないのか。「賞味期限」が80年
もあるのかw。

生と死とでは大違い。

731 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 10:19:23 ID:42BIbXnw
>>725
オイラたちは、古典的なドラヴァレ・プサンのテキストをドゥ・ヨングが訂正した『中論』のサンスクリット・テキストと、最近発見された『ブッダパーリタ』のサンスクリット・テキストを参照してるよ。

もちろん、諸蔵訳、諸漢訳、インド註、チベット註、シナ註を参照してる。

近代語訳にろくなもんはない。なぜなら、ゲルク中観の影響を受けたペテルスブルグ解釈によって大きく誤解されているからだ。


近代語訳なんかに基づいて話しても、砂上の楼閣なのは明か。

生命教、机は近代語訳からも、ありえない解釈してるし。

732 :てすと:2011/01/09(日) 10:19:31 ID:+mTJRL4/
俺がご隠居に疑問なのは、生命なんてこの世から消え去っても誰も困らないのに、なんでそんなもんに価値を置くのか。

価値って言葉は宗教と同義だよ。

733 :てすと:2011/01/09(日) 10:27:34 ID:+mTJRL4/
>>731

結局原典から直でやらないと、誤解招くよね。それはわかる。

でも研究者でも仏教徒でもないので、そこまでの時間はとれない。

734 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 10:39:57 ID:y6hNHftd
>>727
>瞬間・瞬間で変化するんではなく、終了だ。
>と説明している。

変化する前の存在は「終了した」で正しい。「前後裁断せり」です。
そこがまさに、竜樹の「時間の排除」の真髄です。

>>732
価値概念を作るのも、人間の生命の機能。生命が、宗教に優先する所以
である。

735 :てすと:2011/01/09(日) 10:40:59 ID:+mTJRL4/
>>730
腐敗というのは、微生物が生きている状態をそう名付けただけだが?

ご隠居の言う生命は人間の生命限定なのか?
キリスト教から離れたら?

736 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 10:45:00 ID:42BIbXnw
>>733
無駄なことはやらないに越したことはないよ。

それでもやるというなら、ネット上で観られる宇井伯寿国訳を参照して、
彼のサンスクリットからの訳は見ないで、漢訳と漢訳の註を用いることを勧める。
漢訳の註、青目註はかなり妥当だと思われ、大筋は外していないと思われるからです。

三回ぐらい通読して疑問点を聞けば、大綱は分かるでしょう。




737 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 10:49:44 ID:y6hNHftd
>>735

キリスト教には、人間の生物的生命などという概念は微塵もないよ。

人間は、他の生物には成り変れないのだから、他の生物の生命まで考える余裕はない。
それ考えてたら、牛丼も食えなくなるw。

738 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 10:58:06 ID:y6hNHftd
>>736
その大昔の翻訳や注釈が「正しい」という検証は不可能なのだから、現代語訳で自由に
解釈しても同じこと。

そもそも、言語学も辞典も皆無か、極めて不十分だった大昔の翻訳や注釈よりも、
それらが飛躍的に発達した現代の翻訳や解釈のほうが「正しい」という可能性の
ほうがはるかに多いい。「古ければ正しい、良い」などというのは、倒錯も甚だしい。

739 :てすと:2011/01/09(日) 11:10:48 ID:+mTJRL4/
>>736
いや、なんかご隠居が珍しく中論中論言ってるのでなんだろと思ったので。

俺は上座のパーリ翻訳ぐらいしか目を通してないけど、後発の大乗の方が現代人には馴染み安いと思った。

>>737
だから、中国の奴隷の生命なんて気にしてたらユニクロ着れないのと同じでしょ?

740 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 11:26:11 ID:42BIbXnw
>>739
>いや、なんかご隠居が珍しく中論中論言ってるのでなんだろと思ったので。

最初は、釈尊、釈尊言ってたんだけど、完全に誤解だと論証されたから、
中論もなんども論証されてるけど、こっちはまだ諦めてないらしい。

>俺は上座のパーリ翻訳ぐらいしか目を通してないけど、後発の大乗の方が現代人には馴染み安いと思った。

テーラワーダの方が単純明解だと思う。
大乗は、難しいけど、方便が豊富なので、布施とか口唱念仏、果てはマニ車などから始められるのは、たしかに馴染みやすいけど、
生命教が盛んに喧伝しているような説は大乗でもなんでもなく、
ただ現代人が自分に都合良く妄想したご都合主義の説で、ただの常識とほとんど何も変わらない。

生命教は単に自分の欲望に合わせて、適当に言ってるだけ。
なにせ、人間以外は生命じゃないは、レイプはありだは、
そんな仏教は、常識に合わせた現代仏教でも説かないことは間違いないよん。

741 :てすと:2011/01/09(日) 11:26:54 ID:+mTJRL4/
>>738

仏教という一つの公理系の話でしょ?

絶対公理はないんだし、閉じた空間での正しさは規定しないと、なんも進まないじゃん。

俺は場所取りに興味はないので、
みなさんで範囲合わせてね。

742 :ネ申:2011/01/09(日) 11:30:41 ID:6vzPbc6K
仏教より日本国憲法の方が良く出来てる

743 :てすと:2011/01/09(日) 11:43:34 ID:+mTJRL4/
>>740
テラワダの弱点は、僧侶や信者が原理主義的でキモいところ。

やつらの大乗バッシングは狂ってる。完全に目がいってて怖い。

日本だけかもしれんけど、、

744 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 11:46:21 ID:42BIbXnw
>>741
ムリムリ、生命教は自分の欲望に根拠を与えたいだけなんだから
仏教の伝統を正確に読もうなんて気はサラサラない。

要するに、x も言ってるだからオレちゃんは正しいと言いたいだけ。
重要なのは後件で、前件はなんでもいいわけだ。

だから前件は、かなりずれてきてる。


745 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 11:52:13 ID:42BIbXnw
>>743
ああ、それは誤解ですよ。

テーラワーダの本質・心髄はビルマにある。

今、日本で流行してるテーラワーダは、スリランカのもの。
スリランカは英国支配時に仏教が一度断絶していて、
現在の仏教は外国から再輸入されたもの。

そして、日本テーラワーダ教会が唱えているヴィパサナ説は、伝統的なものでなく、タイのニューウェーヴ・テーラワーダの説。

そして、あの攻撃性は仏教徒は思えず、いずれ問題を起こすと思われる。

日本にもビルマの長老がいて、その方は立派ですよ。
オイラは大乗だから、あんまり知らないけど、ビルマの長老は尊敬に値すると思う。


746 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 12:03:27 ID:y6hNHftd
>>744
君たち宗教信者の、開祖・教祖盲信、仏典・注釈書盲信の「思考停止」より、
はるかにマシ。「すべて借り物」で、一度きりの貴重な人生を終わりたいのか。
それ以上、愚かなことはない。

747 :てすと:2011/01/09(日) 12:23:25 ID:+mTJRL4/
>>745

ふむふむ、なるほど。

大乗ならどこがオススメ?
ブータンとか良さそうだけど。



748 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/09(日) 12:30:07 ID:0NZ22N2r
>>731
中論を拝するに、その内容たるや説一切有部などの実有論を基軸に書いてあって、
もし実有論といふのがなければ書けない。

つまりアンチ実有論。
だから中論には結論など書いてないから、
どんな注釈でも、そんなに気にすることはないだらう。

749 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 13:28:11 ID:42BIbXnw
>>747
ブータン、いいね。
そのブータンも同じ流れのチベットですな。
大乗はチベット、チベットと言っても、侵略以降、
チベットだけでなく、ブータン、ネパール、インドにもあるよ。



750 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 13:29:02 ID:42BIbXnw
>>748
また、何も分かってないヤツが、シッタカしてからに


751 :てすと:2011/01/09(日) 14:41:54 ID:+mTJRL4/
とりあえず、一般人が「仏教やってみたい」と、言ったら何から始めたらいいのかな?

座禅?写経?読経?



752 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 15:03:49 ID:42BIbXnw
>>751
まず、三宝帰依ですね。仏法僧の三宝に帰依したら仏教徒ですよ。
それから、ビルマかチベットのいい先生から教えを聞くこと、
とにかく、これは本物だと思う先生から教えを聞くこと。

もちろん、坐禅も、写経も、読経も全ていいけど、
ちゃんと本物の先生から、教えを聞かないと意味がない。

なぜなら、仏教は自分の認識誤りである無明を直して正常な本来の認識に戻すことを道としているからです。
教えの内容も、禅定体験も自分勝手に解釈しては無明・自我の罠に絡め取られるだけだから、
ちゃんと伝統に従い、ちゃんと道を歩んできた先輩に内容や体験が正しいかどうかきっちり示して貰わないと唯の自我のおもちゃになってしまうからです。

先生の教えを理解するとりあえずの指針として、

ビルマなら、パユットー『仏法』
チベットならダライラマ『智慧の眼を開く』
現代仏教学的裏づけのあるものとして水野弘元『仏教要語の基礎知識』

のどれかを読んでおくと、理解しやすいかもしれません。




753 :てすと:2011/01/09(日) 15:16:52 ID:/mYyZStr
>>752

なるほど。
何を習うかより、誰に習うかを優先して、何を学ぶのかは自分の状態を見てくれる先生と相談して決めるって事か。

確かにその通り。

754 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 15:33:00 ID:42BIbXnw
>>753
そうそう、飲み込みが早い!


755 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 16:07:42 ID:zTjLAd9Y
宇宙人組手(源伸)は、しつこくキリスト教スレで荒らして、バカにされているw

----------------------------------------------------------------------
508 :前世は一在家 ◆2o6x38TRbE :2011/01/08(土) 23:17:48 ID:M8jFIUZG
>499 :サロメKoS ◆LGhlot2baY :2011/01/08(土) 20:39:48 ID:TTtZVelT
>日本神道は朝鮮道教の亜流でw

日本人のY染色体(父系遺伝)は朝鮮人や中国人とは異なるという調査結果を
度々紹介しております。

サロメ説では、代々続いている皇室も神社の神主、宮司も由緒正しい家系も
Y染色体(父系遺伝)は朝鮮人と類似になりますね。




756 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 18:30:09 ID:tEdSQufR
>>683
>臨済宗妙心寺派の「生活信条」と「信心のことば」
>生活信条
一日一度は静かに坐って身と呼吸と心を調えましょう。
人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も大切にしましょう。
生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう。    
信心のことば
わが身をこのまま空なりと観じて静かに坐りましょう。
衆生は本来仏なりと信じて拝んで行きましょう。
社会を心の花園と念じて和やかに生きましょう。


ほんと。日常生活と全く遊離したものではない。
机氏の日頃の日常生活と全く遊離した???レスとは、大違い〜、

「ミイラ取りがミイラになった」というご隠居氏のレスにも納得! (^0^) 


757 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 18:37:38 ID:7oPy/a+3
>>722
敢えて括弧の多用を続けるのは、
「行数制限、容量制限、連投規制」があることに尽きるw
『言い換え』や『解釈の幅』、或いは『基礎的コンセンサス』を別文で記そうと思えば、2行3行はすぐ増える。
そうした補足無く簡潔にすると、余計なツッコミを受けることになる。それは、無駄レスの増産にしかならない。
 *(論点がずれていく、或いはスレチな流れになる理由の多くは、
  この「本題と別の部分の説明が続く・長くなる」ことにも一因がある。)
また、括弧書きによる「単語の強調」は、
『語義の強調』或いは『特殊語義』の爲に必要だし(特に「一般的生命」と「隠居の言う生命」の別とかw)、
修飾部の係り方を明確にする為でもある。(これも結構重要だw)
こうしたことを、限られた行数、レス数で行なおうと思えば、どうしても括弧書きで示すしかない。

パーリやSktでの《「韻文」の解釈多様性と「散文」の冗長さ》という対比にも近いかもしれない。

いずれにしろ、主に上記のような理由で、私は括弧書きを多用している。
御容赦御了承願いたいw

758 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 18:41:41 ID:7oPy/a+3
>>753-754
その辺の機微は、既に了解済みだろ?w >>てすと
(知らないフリかとも思える)その“しおらしさ”は不気味だぞw

759 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 18:47:39 ID:7oPy/a+3
>>738

〔文献(原文)や過去の解釈、或いは別の読み方無視の俺様基準〕 (御隠居レス(Gk)込ver.)

☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/268(-Gk)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/271
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/272
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/277(-Gk)☆☆
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/283
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/284
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/287(-Gk)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/289
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/295(-Gk)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/305
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/310(-Gk)☆☆
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/336


〔翻訳ループ〕

☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/487



※みみずん変換
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/ → ttp://mimizun.com/log/2ch/

760 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/09(日) 19:18:32 ID:0NZ22N2r
>>756
禅には十段階の階梯(牛が歩いたりする)がって、そこに書かれているのは初歩的なものです。
例えば、
>衆生は本来仏なりと信じて拝んで行きましょう。

拝んでおっても「そんなもの拝んじゃダメ」って段階もあるし、
じゃあ、何で拝んじゃダメなのか?つうたら・・・
それでやっと目が覚める場合もあるんじゃよ。
それはそれ、機微なるゆえ詳細は書きませんけど、
ようは目が覚めれば・・・それでOK牧場です。

761 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 19:29:40 ID:42BIbXnw
>>757
オイラはいいよ。もっと難解なもん読んでるから


762 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 19:47:49 ID:5XJR+WwS
>>760
それは「目が覚めた」のではなく、「洗脳された」「狂った」「迷妄に
陥った」ということです。

カルトの洗脳過程そのままです。オウム信者は、そうやって「目を覚ま
された」のですよ。

「社会常識」を外れたことに「いいこと言ってる」と思った瞬間が、洗脳
の瞬間。真理は、生活者の生存努力にのみ存在します。それ以外は、すべて
偽物・独善。オウム信者の洗脳過程を詳細に分析しながら、比較してみて
ください。

釈迦は、「真如としての衆生心」に思い至れなかった時点で、既に終わって
います。

763 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 20:03:53 ID:5XJR+WwS
>>760
竜樹は「世間の一切の慣習」を「無条件の前提」としている。釈迦とは異なり、
押さえるべきところはきちっと押さえている。

「縁起と空性をと破する汝は、世間の一切の慣習を破壊するのである。」(中論
の頌24:36)

「如来の本性であるもの、それがそのまま生類の本性である。如来の無自性で
ある性格が、そのまま生類の無自性である。」(中論の頌22;16)

764 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 20:08:50 ID:5XJR+WwS
>>763の訂正
×縁起と空性をと
○縁起と空性とを

765 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 20:38:56 ID:7oPy/a+3
普通に読めば、
上座部の方が「世俗どっぷり」で、
中論には「世俗の欠片しかない」ってのが明らかなんだがねぇ・・w

766 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 21:00:40 ID:42BIbXnw
>>765
生命教は読んでるんじゃなくて、自分の妄想に適う言葉を見つけて、
妄想するだけだから、しょうがない。何を言っても無駄。


767 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 21:14:04 ID:DH4Qtney
楽しそうなスレですね。
私も古代バビロニア語で
「どうやって歩くか」
とか読んでみたいものです。
きっと面白い。

768 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 21:20:34 ID:wQbL3bLm
>>758 遊んでるんだろ?ww

769 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 22:43:54 ID:+5m6KjCh
読み易い「中論」の翻訳
http://gudoblog-j.blogspot.com/2007/12/blog-post.html

770 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 22:52:03 ID:+5m6KjCh
>>733
翻訳は原典とは言えないよな……隠居の言をもちいるなら「他人からの借り物」。
原典の言語や背景の哲学に通じていなければ「借り物」が適切かどうかもわからない。
初心者には、訳者が学者さんだからということでエイヤッと信用するしかない。
でもそのレベルだと、それ以上先には進めない。おれが使ってるのは学者様の翻訳だぜ、
とは言えても、それ以外それ以上の擁護が出来ない。自分の矛盾や誤りに気付くためには
ある程度の学びの素地も必用だろうしな……

時間をとれない人はせめて自分のカバーしてる範囲に謙虚になるしかないな……。
自分は、せめて2chぐるぐる張り付き時間を削って読み下しに慣れる練習をしていこうと思った。

>>736
中途半端が一番ダメということか。突き詰めていかない限り、
ニワカ誤解を途中から放置することになるから当然か。
西洋哲学的日常的な考え方とは、全く異なる体系を理解するためには
漢訳……白文を読むくらいの気合いは必要不可欠か。

縁起さんは、他の宗教哲学は本質論実体論に立っているので
わかりやすかったが、仏教はそうではなく、真の意味での理解に十数年かかった、と
別スレで書いていた気がする。毎日平均何時間を仏教理解に割いてきたのか教えてほしい。
>>738
古ければ、の違いではなく、仏教の伝統(継承)の中で翻訳・解読がなされてきたか、
という違いだろう。辞典が無くても僧のコミュニティがあり、師と弟子の交流があるのだから
コミュニケーションには問題ないだろう。相手方の言語の辞書を造る人より
母語話してる人達のほうがその言語には達者なはず。

771 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 22:55:30 ID:+5m6KjCh
>>731
>なぜなら、ゲルク中観の影響を受けたペテルスブルグ解釈によって大きく誤解されているからだ。

別スレでは仏教にあるまじき実体論を用いる派だと書いていたとおもうが、
ゲルク派にはいつから問題があったの?最初から?
それとも途中から実体論かそれ以外の誤謬が混入したの。
中観以外の仏典・論書の現代語訳も駄目なのだろうか。法華経とか。

それにしても、本格的な議論というのは大変だな。
仏教に関係する外国語を押さえなければ踏み込めないところがある。

初心者はまず、最低限読み下し文ぐらいは読めるようにならなければならないな。


772 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 22:56:37 ID:42BIbXnw
>>769
そりゃ、翻訳じゃないよ。
全くの中論をネタにした創作。
単に彼の素朴実在論という妄想を中論という権威を笠に着てに発信してるだけ。

生命教と全く同じことをやってるだけのこと。


773 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 23:17:50 ID:42BIbXnw
>>770
>別スレで書いていた気がする。毎日平均何時間を仏教理解に割いてきたのか教えてほしい。

充実している時は、寝ても覚めても仏教だったよ。
充実してない時でも十時間は、さいたと思う。

>古ければ、の違いではなく、仏教の伝統(継承)の中で翻訳・解読がなされてきたか、

というか、インド的伝承方法は繰り返して正確に理解できるまで伝え、
理解できた人にしか教えることを許さないことにあると思います。
この理解は、知的理解ではなく体得するという意味。

>>771
>ゲルク派にはいつから問題があったの?最初から?
>それとも途中から実体論かそれ以外の誤謬が混入したの。

実体論もあるけど、一番の問題は、中観の根本的目的である戯論寂滅を
論証・論理学に換えたこと。彼らの論理学というのは戯論に他ならず、
それでは戯論寂滅しません。

最初からで、恐らくジェ・ツォンカパは、空性を体得できない凡夫のために
方便として戯論寂滅を凡人の意識領域での論理学に換えたのだと思うけど、
彼の弟子から、その論理学が仏教と考えられるようになりました。

もちろん、正統な他学派から批判されて反論できなかったんだけど、
(形だけの反論はなされましたが)政治的に優位に立ったので、
他学派を弾圧するようになって現在に至ってます。

ただし、ダライラマやパンチェンラマはそういう立場ではなく超宗派的なんですが、暗殺されたり妨害されたりしてます。


774 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 23:25:06 ID:7oPy/a+3
>>771
>中観以外の仏典・論書の現代語訳も駄目なのだろうか。

駄目ということはない。それぞれがそれぞれに、それなりの研究をしている人たちなのだから。
また、そういう人達も「先達の翻訳」を必ず参照している。
また、在野で、個人で訳している人もいるけど、そういう人も、何らかの先訳に依っている。
全部が全部「一律に駄目」ということはないし、「一部の学者以外のものは駄目」というわけではない。
よっぽど独善的なものでない限り、
その「正確さ」や「革新性(≒現代性)」、「伝統解釈、読みとの距離」に幅があるだけだ。
だから、貴方が>>770で言うように >自分のカバーしてる範囲に謙虚にな って、
別の読みに出会った時に、きちんと比較検討する姿勢を持てばいい。
多少のスキル(読解力)がついてきたら、(一巻全文でなく、気になった一節だけでもいい)、
該当箇所の訳文を比較してみればいい。それだけで(それぞれの構文・訳語の選び方だけで)、多くのことが見えてくる。
 *(私が時折、南伝訳と中村訳或いは片山訳を併記する理由はそこにある。
  世間では圧倒的に中村訳の方が通りが良いしw)

勿論、原語を読むスキル(少なくとも主要術語の語源や解析、格変化等)も少しくらいはあった方がいいが、
上で触れたような「謙虚さ」と「必要に応じた比較」、「当該訳者(学者)への盲信への自戒、懐疑」等があれば、
原語を読めないから駄目ということもない。翻訳文(のみ)をベースにすることを卑下する必要はない。
(現に多くの学者でさえ、専門外の典籍は当該原語の訳者の訳文に依っているのだから。
中村さんのようなのはレアな上の更にレアなケースだよw)

問題となるのは、隠居のような姿勢だよw
ああならなければよいだけだ。 (´∀`)b

775 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 23:28:17 ID:wQbL3bLm
>>773 なんだ、縁起一代かよw
今までこのスレにいた、(セブンが『かずよ』とか言ってた)のも
お前さんのことかい?

なんか同じような見解の別人がいるようで、ややこしくて困るw

776 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 23:30:54 ID:42BIbXnw
>>771
>中観以外の仏典・論書の現代語訳も駄目なのだろうか。法華経とか。

訳者によるよん。
信じられる訳者は、梶山雄一、長尾雅人、水野弘元、片山一良などの諸先生が思いつきます。

>初心者はまず、最低限読み下し文ぐらいは読めるようにならなければならないな。

総ルビの国訳大蔵経、昭和新纂国訳大蔵経がいいかも、重要な経論が選ばれてるし、ネットで読めるし。
http://www1.atwiki.jp/occultfantasy/pages/1035.html

片山一良先生のパーリ大蔵経の訳から読む方が分かりやすいかも。
特に長部・中部経典を読むと誤解がなくなると思います。
『仏遺教経』も簡明でいいです。

大乗については『宝行王正論』『勧戒王頌』『入菩提行論』が、
全体が見えるのでいいと思います。


777 :神も仏も名無しさん:2011/01/09(日) 23:34:59 ID:42BIbXnw
>>775
縁起一代かずよ、売れない演歌歌手みたいだね

まあ、名無しにしといてくれ


778 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 00:36:53 ID:FYDcu84Q
>>775
>>777の通りw
いつか、「一代」という略は松居一代みたいで嫌だ、と言ってたような気がするから
時折わざと使っているw 深い意味は無いw

>>777
文章中、名札が必要な時もあるので我慢するようにw


あ、それから
白洲正子の「明恵上人」、いいと思うよ。伝記というより評伝に近いかもしれないが、
ちゃんと、「私はこう見る」と言うことも明記されてるし、種々の事跡も言行もきちんと拾われていると思う。
仏教そのものや教義(及び“明恵の仏教”)についての掘り下げがしっかりされているわけではないが、
その幾つかの言及に於いて、大きく外してはいないと思う。
人物像としての評や感想にも、読者に「もっと知ろう」と思わせる仕上がりだと思う。
あとは、読後に各自がそれぞれの方向性で分け入っていけばいい。
単なる事跡や言行の羅列でなく評伝ぽい点にこそ意味がある一著かと思う。
(その意味では、奈良さんの「釈尊との対話」に、雰囲気としては近いかもしれない。)

779 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 05:07:04 ID:SiCR+F3w
>>687
>異端として正統派教会に焚書されたトマスの福音書等では「神性は全ての人に宿る」
>と明記されており、法華経の「仏性は全ての人に宿る」とほぼ同義です。

>>539
>その日本語訳はおかしい。英訳では、"the Kingdom of God is within you(神
>の国は、あなた方の(心の)内部にある)"となっている。
>すべての人間に神性を認めたらキリスト教は崩壊するから、その日本語訳は
>「意図的な」な意味の歪曲、捏造である。

ふ〜ん。面白〜い。やはり、ご隠居氏の研究心・洞察力は凄いなぁ。(*^−^*)

「意図的な」な意味の歪曲、捏造・・・宗教者も善悪を持った普通の人間ということね。
人に偉そうなことばかり言ってられないね。 (-人-)ゴシュウショウサマ〜  

今まで気付かないで信じて勉強し一生をかけても全て水の泡〜、仏典も同じでしょw → >>746



780 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 05:10:03 ID:SiCR+F3w

「宗教」とは、「信仰」をその根幹となすものだが・・・では「信仰」とは何でしょうか。
  ↓
■「信仰」とは、信じないと成り立たないものであって、要するに「根拠がない」ということ。
■「真理」とは、真実には根拠があり、矛盾もなく、信じる必要すらないほど明らかで確か。

↑ とは、よく言ったもの。


781 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/10(月) 07:48:13 ID:5/jKEdHX
>>767
古代バビロニア語で歩くのと、日本語で歩くには、それほどの差異はなかろう?
まあ、実は牛が歩くことには気にせんでいいです。
それ程重要なことではありませんから。

「牛」というのは象徴的な比喩でしてね、
「真理」というのはカタチがある訳ではありませので、
カタチとしての「牛」を捕まえる話なんです。
つまり真理を捕まえる・・・ってことで了解してくらさい。

果たして真理なるものが捕まえられるであろうか?
これが、
>衆生は本来仏なりと信じて拝んで行きましょう。>>756

先ずは拝んで真理(牛)を捕まえよう。
これが
>臨済宗妙心寺派の「生活信条」と「信心のことば」>>756
ですね。

初段階ではこれでもいいですけど・・・
はたして拝んで真理(牛)が捕まえられますかね?
貴殿はどのように考えておられますか?
“疑問をもつことです”これが禅の奥義ですね。

782 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 08:04:25 ID:6tmvr+zj
仏教の基本

http://plaza.rakuten.co.jp/xp123/

783 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 09:03:39 ID:Tl6WAAZP
>>781
真理とは、探す必要のない自明なもの。あなたの目に映じる全現実がそうです。
「眼横鼻直」「現成公案」。

真理を意図的に捕らえようなどとしたら、必ずスルリと逃げられてしまいます。
即ち、真理に盲目になるということです。

「自分を生かしてくれている」衆生に感謝し、崇めることは、「生かされている
存在」としての人間の基本です。初段階も真理もへちまもありません。

「疑問を持つこと」なら、まずご自分の宗教について疑問を持ってください。
「自分の宗教には絶対に疑問を持てなくなる思考停止の心理状態」が、即ち宗
教です。

やたらと「真理」を口走るイエスに対して、ピラトが「真理とは何か」と質問
すると、イエスは答えることが出来なかった。ニーチェは、ピラトのこの質問
が、「聖書の中で唯一の価値ある言葉」だと言っています。イエスは、「この
あるがままの人間と世界」と答えるべきだった。真理を口走り、意図的に求め
る宗教者は、真理を知らない、眼前の真理が見えなくなる、ということです。

784 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 10:12:08 ID:Tl6WAAZP
>>782

「仏教は絶対を排除する」と言いながら、「釈迦」や「仏典」は、「絶対的に
信じる」という滑稽な矛盾を犯している仏教徒たちw。

785 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 10:15:54 ID:o/s49JJT
禅だけは例外。
しかしいつ飲んでもお茶がマズイ。
中身が混ぜすぎてるからかな。
ただ混ぜ返すのだけが愉快な人が立てたのだろう。

786 :てすと:2011/01/10(月) 11:44:02 ID:nXsGVv3L
でも、絶対を求めたい、という気持ちは誰にでもあるよね。

普通に仕事や家庭を持ってる人に、
これだけはやっておけ、というのがないと宗教にならないよ。

少し間違っていても、独善、断定、絶対正義を与えるのが宗教者の務めでしょ?

787 :てすと:2011/01/10(月) 11:49:20 ID:nXsGVv3L
俺は結局なんだかんだいっても、偶然崇拝が人の心を救うと思ってる。

大事なのは真理ではなく権威なんだよ。

788 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 12:04:31 ID:aBcDBCXo
>>786
>少し間違っていても、独善、断定、絶対正義を与えるのが宗教者の務めでしょ?

いやいや、それはセム系宗教だね。だから、どこまでいっても争う論理。
なぜなら、唯一の真理しか許さないから。他を認めない。

それに対して仏教は他を認める。それは縁起・空・無我・仮設だから。
例えば、善というのは苦がないことで、知覚に基づく相対的なものですよ。
そして自分の善に比して、他人にも善、つまり、苦がないことを行えとなるわけだ。
それを一言でいうとアヒンサー、他人を傷つけないという意味。
これは苦を与えないという意味ね。

断定もしない。正しいというのも、妥当だという意味。
私はこのように道を歩んだら、このように心が静まり安らかです。
共感するなら、みなさんも歩んでみてくださいというのが仏教の基本姿勢。

決して押しつけないし、他人の宗教を否定したりしない。
その最たる例は、釈尊が自分の部族が殲滅される時に力に訴えなかったことに現れます。
これは現代でダライラマが、シナに対して力で抵抗しないことと完全に一致します。

789 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 12:36:03 ID:v++qTbkJ
誘導されて、やって来ました。

 >決して押しつけないし、他人の宗教を否定したりしない。
  その最たる例は、釈尊が自分の部族が殲滅される時に力に訴えなかったことに現れます。
  これは現代でダライラマが、シナに対して力で抵抗しないことと完全に一致します。(>>788

ダライラマ法王猊下は非常に現実的な主張をされていますが、
亡命先のインドでは、中国とは核の均衡を根底にしたパワーバランスの下に
厳しい平和を維持しているのですね。
決してお花畑的9条論議をしている訳ではないのですよ。

|47 :ラピスラズリ−KoD:2010/11/27(土) 19:23:29 ID:kgMUWcVi
| 印度はお釈迦様のお生まれになった国。
| と思っていたら、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ法王猊下の
| 動画がUPされていましたので、感謝と共にリンクを貼らせて頂きます。

|  ◎ダライ・ラマ法王猊下 福岡講演 開会式 般若心経
|   http://www.youtube.com/watch?v=jWjTRgsKxIc
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/europa/1288935812/l50




790 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 13:19:21 ID:aBcDBCXo
>>789
私は政治には興味ありません。



791 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 13:38:36 ID:v++qTbkJ
>>790
現実世界から遊離した宗教も有り得ません。

葬式仏教と揶揄される現在の一部仏教も、お花畑サヨクと馬鹿にされている人達も
共に実社会から掛け離れている思考をしている点において、同じ穴の狢です。
このような事を釈尊は教えられたのではありません。

以上

792 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 13:43:01 ID:aBcDBCXo
>>791
釈尊も代々の聖者も「政治・世間に関わるな」というのが仏教の教えでしょう。

ただし、高い境地に達した人が政治に関わって多いに利他を為すということはありますが、私とは全く違う聖者の行為です。


793 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 13:55:51 ID:v++qTbkJ
>>792
ネットで嘘を書きなさんな!
恥を掻きますよ。

釈尊は街に出て、市井の人を相手に対機説法をなさいました。
また王様ともお会いになり、国政をお示しになられました。

以上

794 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:20:49 ID:aBcDBCXo
>>793
あなたが仏教を誤解してるだけのことでしょう。
少し、経典や論書などを読んでください。

>釈尊は街に出て、市井の人を相手に対機説法をなさいました。

政治とは関係ないでしょう。

>また王様ともお会いになり、国政をお示しになられました。

釈尊やダライラマ猊下、龍樹菩薩、不空三蔵、弘法大師などのような方は、
世間と係わっても自分は汚れない境地なので大丈夫ですが、
修行中の弟子に政治や世間と係われなどとは説きませんね。

以下中村訳『スッタニパータ』

>405 眼ある人(釈尊)はいかにして出家したのであるか、かれはどのように考えたのちに、出家を喜んだのであるか、かれの出家をわれは述べよう。
>406 「この在家の生活は狭苦しく、煩わしくて、塵のつもる場所である。ところが出家は、ひろびろとした野外であり、(煩いがない)」と見て、出家されたのである。
>407 出家されたのちには、身による悪行をはなれた。ことばによる悪行をもすてて、生活をすっかり清められた。

出家とは、世間的生活を棄てることに他なりません。


795 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:23:31 ID:aBcDBCXo
この後、釈尊はビンビサーラ王に認められて、こう言われます。

>421 象の群を先頭とする精鋭な軍隊を整えて、わたしはあなたに財を与えよう。それを享受なさい。わたしはあなたの生れを問う。これを告げなさい。」

つまり、国政に参加せよと勧誘するわけです。それに対して釈尊は、

> 422 (釈尊がいった)、「王さま。あちらの雪山(ヒマーラヤ)の側に、一つの正直な民族がいます。昔からコーサラ国の住民であり、富と勇気を具えています。
> 423 姓に関しては<太陽の裔>といい、種族に関しては<シャカ族>(釈迦族)といいます。王さまよ。わたしはその家から出家したのです。欲望をかなえるためではありません。
> 424 諸々の欲望に憂いがあることを見て、また出離こそ安穏であると見て、つとめはげむために進みましょう。わたくしの心はこれを楽しんでいるのです。」

出離というのは仏教の基本的心構えで、世間・輪廻などという外的対象から意識を離し、解脱・涅槃を望むことです。
このような釈尊が、何故、政治や社会に参加せよなどというでしょうか?

その他、インドの小乗・大乗、シナ、チベット、日本、ビルマ、タイどこでも同じことです。
もちろん、みな出家せよとは言いませんが、できるだけ政治や社会に係わるなということでは一致しているでしょう。



796 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 14:29:28 ID:v++qTbkJ
>>794
なかなか弟子の端くれにしか過ぎない私たちには
釈尊の深遠な教えを十分には理解し消化できないので、
そんな私たちの為に先人は今まで2600年間もの長い間思索を重ね、
その足跡を残して下さったのでしょう。

あなたのような狭い考え方を、例えば維摩居士も正して下さっていますね。

この一言だけで、十分な筈ですよ。

797 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 14:31:00 ID:v++qTbkJ
>>795
やはり>>796で十分でしたね。

798 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:35:39 ID:aBcDBCXo
>>796
維摩居士のような人は、凡人でなくどんな現象が起きても空性に留まれる人ですよ。
アナタは、周りの現れを変えることができますか?
できなくて、世間の常識と変わらない人なら、維摩居士というのは話にならないですね。

まあ、なかなか自分が無知で、誤解してるとは認められないものです。

しかたありません。



799 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:36:40 ID:o/s49JJT
>>796
2600年の歴史もかまわんけど、世界的な流れである政教分離、
日本国憲法なども考慮しないとな、
柔軟に現状にあわせるのも仏教のいいとこですぜ。

800 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:37:28 ID:FYDcu84Q
>>789-795
この場合の 「関わる」 ということがどういうことなのか?
が、枝葉末節な言葉尻を超えて、最重要な要素となっていることに注意すべきだ。

(政治・治世に)「関わる」とはどういうことか?
「発言する」ということか
「進言する、支援する」ということか
「宣揚する、具体的に関わる」ということか
「中核となって、各種行動に参加する・牽引する」ということか。
上記どれも「関わる」だ。

また、社会情勢の安定無き所に、一体どんな平和的思想が顕現し得ようか?
(「中国日本自治区」に仏教など存在し得ないと俺は思うねw)
悪しき思想、悪しき行為、悪しき判断、悪しき行政に対する意見を胸の奥深く仕舞いこみ、
その他大勢(≒仏教とは関わりの薄い・無い人々)の不幸を傍観することが慈悲と言えるのかい?

801 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:42:19 ID:aBcDBCXo
>>800
オイラは、心懸けるなという意味で理解してますよ。
心懸けというのは、縁ずる、アーランバな、ミクパのこと。

心を主とする仏教に相応しと言えるでしょう。

聖者は、現象的、身体的に係わっても縁じない、汚染されないのでしょう。


802 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 14:46:18 ID:v++qTbkJ
政教分離を主張したい為だけに、仏教を引用しようとするから間違いを犯すのですよ。
ですから、この反論のためには、キーワードとして維摩経を提示しただけですね。

それから「政教分離」とは憲法学上も、必ずしも絶対の法理であるという訳でもありません。
薄っぺらな近代の法概念は、必ずしも深遠な宗教を超越している訳ではないのです。

例えば近時「男女平等」「男女共同参画」といった言葉が踊っていますけど、
宗教的には必ずしも男女は同じ“役割”を担うものではないという抗弁が出されていますね。

803 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:51:06 ID:o/s49JJT
>>802
へえ。
維摩経のどこに政治に参加しろとかかれてるわけで?

804 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:54:27 ID:aBcDBCXo
>>799
>2600年の歴史もかまわんけど、世界的な流れである政教分離、

世界的というよりキリスト教的、あるいはカトリック的流れね。
それと日本の政教分離は、全く別でしょ。

日本の政教分離は、日本の国家的求心力を弱めるために行ったアメリカの政治政策。
これにまんまと乗って洗脳されてるのが、戦後教育を受けた人たち。

因みに西洋諸国で政教分離してるところあるの?

アメリカなんかもろ宗教が政治に関わってるでしょ。

まあ、オイラ的にはそんな世間のことはどうでもいいんだが。

805 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 14:57:38 ID:aBcDBCXo
>>804
>因みに西洋諸国で政教分離してるところあるの?

予想される答えとして共産圏が挙げられると思うけど。
共産主義・マルクス主義もセム系宗教にしか見えないんだな〜

806 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 15:02:44 ID:FYDcu84Q
>>801
浄い心のまま人民解放軍に銃殺されとけw

てのは冗談にしても、上に言われるような聖者の境地・資質・資格を持つ者は極々極々少数だ。
道の途上にある者・未達の者の数の方が圧倒的に多い。
そして、(日本に於いて、その数が人口比にして大勢ではないとしても)、或る程度の影響力ある人数であったなら、
彼らが一斉に口を閉ざし、傍観者となった時、社会は変わる。
「無常なる世なのだからそれでいい」というのも一つの考え方だ。
しかし、対岸の火事でなく、今まさに「その社会の構成員としてある時」、
そのような無関心が仏法に叶うかどうかは議論の要があるだろうと思うぞ。
釈迦国滅亡の話だけじゃない。アジャセ王への対応や七不衰法等の意味付けをどう見るか。
その他各王との対話に何を見るか。
森林比丘という言葉もあるが、生活空間としても心理的にも、「隠棲」であることが究極の理想であることは
現存仏典からしても明らかではあるが、
それは、「なるようにしかならない、流れは因・縁によってなるべくように流れていく」という
ギブアップとしての無常観となって良いわけでもなかろう?

以前(結構昔)、別のスレで、こういう主旨のレスを入れたことがある。
(その人が仏教と接点の有る無しに関わらず)道行く人が、余所見をして水溜りに足を踏み入れつつある、或いは足元を汚している。
その時、「そこに水溜りがありますよ」「その方向だと水溜りに入りますよ」と声をかけるのが仏教ではないのか、と・・。
この『声掛け』は、聖者しかしてはいけないものであろうか?
その視覚無き未達の者には禁ぜられることだろうか?

807 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 15:04:06 ID:v++qTbkJ
>>804には賛成します。

あまり時間が無いので論理的に反証するのは止めて、卑近な例を
いくつか示すだけにしておきます。

そもそも「政教分離」とは、西欧において教会の意向があまりにも強すぎて
国政を歪めてしまった事に対する反省から生まれています。
しかし、だからといって、西欧においても宗教色を完全に排除せよと主張していた訳では
ないのです。
例えば合衆国大統領は、就任において聖書に手を置き宣誓します。
念のために付け加えるのですが、もしもイスラム教徒の大統領が選出された場合には
コーランに手を置いて宣誓するのか、と議論になった事もあります。

我が国でも総理大臣は年初にはお伊勢参りをしますが、私たち国民は総理の参拝を
国家の行く末を祈願する当然の行為と捉え、歓迎しています。

このように、必ずしも偏狭な意味での「政教分離」は、誰も望んではいないという事なのです。

808 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 15:06:23 ID:FYDcu84Q
あ、×視覚、○資格 ねw  >>806末尾

809 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 15:08:49 ID:v++qTbkJ
どうやら「宗教の俗世からの完全隔離」を主張していた、その根拠は
薄っぺらな「政教分離」論を主張したい為に過ぎず、
仏教など宗教的な哲理に基づいた主張ではなかった事がハッキリとしてきました。

それでは、オチまつ。

810 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 15:12:24 ID:aBcDBCXo
>>806
>浄い心のまま人民解放軍に銃殺されとけw

実際そういう方が沢山いたらしい。

抵抗せず、自ら転生した人は数多く、虚空に消えた方もいる。

その中でも出色な方が、ケンポ・ムンセル。
強制収容所で全く自由に行や教えを行って、収容所から成就者が輩出したという。
あのシナ兵たちもケンポ・ムンセルの偉大さに圧倒されて何もしなかったという。

その高弟のお一人が、二度来日されているガルチェン・リンポチェ。
この方も酷い拷問を受けたそうだが、全くそのようなことを感じさせない人のことしか考えていない方で、その慈悲は圧倒的。

811 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 15:17:09 ID:o/s49JJT
>>804
宗教が政治に関ってよい結果を生むという主義をもたれるなら
それも個人の信条ですね。
中国の宗教弾圧が許されない、とおっしゃられるのも尤もな意見だと思いますよ。
しかし、世界史的、現状をみて、政治が宗教に関らないほうが良いとする
考えにも一理あるとは思いますがね。
政治が宗教を腐敗させては元も子もありませんから。
>>805
広義の政教分離を入れるとこのかぎりではありませんね。



812 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 15:28:11 ID:v++qTbkJ
>>811
 >政治が宗教を腐敗させては元も子もありませんから。

釈尊も宗教によって政治を腐敗させよなどとは仰ってないでしょう。
そのような宗教ならば、釈尊から破門されてしまうのではありませんか?

結論としては、それだけ宗教とは難しいということでしょうね。


813 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 15:34:20 ID:o/s49JJT
>>812
北条時頼の寄進を受けた弟子を即刻破門したのは道元だったかな。
けっこう日本の宗門にも厳しいところはあるんじゃないかな。

814 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 15:43:58 ID:aBcDBCXo
>>813
宗門というより、個人ですね。

増賀上人が傑作。

高僧の誉れ高い増賀上人に教えを受けたい皇后だかなんだかが、
増賀上人を宮中に招く、増賀上人は何度も断ったが、
それは政治の達人、搦め手で宮中に行かざる得なくなった。
増賀上人は、講義の途中で、「ここ数日調子が悪くて」と、
ケツをまくって襖に下痢便を撒き散らし宮中の人々は、大騒ぎ。


815 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 15:45:19 ID:v++qTbkJ
>>813
今の宗教は戦後民主主義教に染まっているからな。
戦後民主主義教とは、おおむねお花畑9条教とも重なる。

このお花畑教に汚染されてしまったから、竹村健一あたりが
日本の常識は世界の非常識なんて、言いたい放題揶揄していたんだw


しかしこれは、あくまでも戦後60年間の特異的な状況に過ぎないよ。


816 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 15:51:53 ID:emcYdyK1
政治とは、端的には、現実を徹底的に重視し、国民の生命を守る営み。人間の
生存にとって最も重要な営みである。

この両者を否定する宗教に、政治ができるはずが無い。鳩山元総理が、その
最近の典型例。

政教分離は、発生的には、宗教から政治を守るためのもの。その逆ではない。

817 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 15:55:37 ID:o/s49JJT
>>815
九条があるからといって、日本が弱腰でなくてはいけない道理も、
これからは日本だけが縮小せねばいけないという道理も
本当はどこにも無かったんですがね。
日本人は洗脳され易いのでしょうね。

818 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 16:04:26 ID:v++qTbkJ
>>817
憲法なんて、必要に応じて改正すれば良いだけだし、憲法96条の改正規定も
その事を前提としたものですよね。

それから、誰も自分達が「日本人は洗脳され易い」(>>817)なんて思っていませんよ。
そう言い張りたいのは、やはり前述のお花畑教のみなさんだけでしょうよw

819 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 16:09:33 ID:o/s49JJT
>>818
それはそうでしょうよ、自分のこと、洗脳されてるなんて言われて
腹の立たない人はいないでしょうから。

宗教万能、なんでも宗教で解決できます、みたいなのは
すごく牧歌的で楽しそうだといっておきましょう。


820 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 16:16:06 ID:v++qTbkJ
>>819
  >宗教万能、なんでも宗教で解決できます、みたいなのは
   すごく牧歌的で楽しそうだといっておきましょう。


どこの宗教でも「宗教とは牧歌的なものである」と教えている所は無いし、
そう思っているのもお花畑教以外には存在しない。
また、真っ当な所では「なんでも宗教で解決できます」とも教えていないしね。

結局あなたは、誰に向かって何を訴えたかったの?
ただネットで愚痴を言いたかっただけでしょう!



821 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 16:16:42 ID:o/s49JJT
まあ、うすうす、クリのコテさんたちがナナシで仏教すれ荒らしに
来てたのは解ってましたが、気付かないフリしとくべきだったんでしょうね。
いちおう隠居氏は仏教側のお人だというわけで、あちらさまの心証もよろしからぬ事態ですし。

822 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 16:25:57 ID:v++qTbkJ
>>821
クリさん達は、今お花畑教に犯されて大変な状況なのですよ。
とうとう「日本のキリスト教だけはどうやらオカシイ」と世界中のキリスト教から
奇異の眼差しを向けられる状況にまで陥ってしまいましたので、
真っ当な教会さんが気の毒なのです。

823 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 16:30:56 ID:o/s49JJT
>>822
まあ、あの人が噂通りクリ再凶人物と同一なら
最悪の事態、やぶから蛇みたいな感じで、、
こちらとしても偏見をもって接してしまいましたね。
申し訳ないです。



824 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 16:38:01 ID:v++qTbkJ
>>823
私たちが交流する相手は、真摯な教会です。
決してオカシナ2ちゃんクリではありません。

しかし、あの奇天烈な「キリスト教@質問箱」を是正しようともせず
見て見ぬ振りを続けている日本の教会全体には、正直言って憤りを感じます。
まあ、そうは言っても他宗教の事ですので、とやかく言う方がいけないのかも
しれませんけどね。

私も終戦直後に靖國神社を護ってくれたカトリック神父の話を聞いたのでお礼のレスを
しようと思ってキリスト教スレを覗いてみて、現在の状態に気が付きました。
それにしても本当に酷いものなんですよ。

825 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 16:48:04 ID:o/s49JJT
私はこのスレの住人じゃないので、
2chで唯一(比較的)良識ある仏教徒のいらっしゃるこのスレが荒らされるのは
忍びないと思っています。
ここにはもう来ないつもりなので、苦情は全て私向けに。
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1293376283/
でたまに書いてます。
最近、過疎ってるので皆喜ぶでしょう。

826 :ラピスラズリーKoD:2011/01/10(月) 16:55:34 ID:v++qTbkJ
>>825
そういうスレッドには私のような俗物は畏れ多くて近づけませんね。
きっとこのスレのみなさんが大挙して参加してくださると嬉しいですね。

それではお邪魔しました。これにて失礼します。

827 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/10(月) 17:34:00 ID:1LZMpbVT
【正定】坐禅・立禅・歩行禅(経行)実践スレ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1251513262/

【念仏禅】黄檗宗【持戒禅】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1284036748/

☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート28
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/

悟りを開いた人のスレ の避難所 13
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/8276/1294520561/

他力VS自力
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1292851500/

☆ ★ 宗教なんでも@質問箱 12 ★ ☆
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1264931818/

【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践5
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1252766603/

【仏教】悟りを開いた人のスレ89【天空寺】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1293376283/

マイトレーヤPART5〜UFO出現!
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1277696940/

【悟りとは何か part2】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1241491275/

【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1254216400/

828 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 17:51:53 ID:kCuZfD+p
クリスレは、まさに狂乱状態だね(このスレにも、半狂乱の方は少数おられるがw)。

これは、イエスが統合失調症であったのに対し、釈迦は躁うつ病であったという、
精神医学上の相違による。前者は「人格の崩壊」が生じるが、後者は「気分障害
(感情障害)」であり、「人格の崩壊」までには至らない。

829 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 18:20:58 ID:FYDcu84Q
>>810
そうだ。既読かもしれんがw、参考に片山さんの論文を二つ挙げておく。
「パーリ仏教に於ける相対的基準についてT(駒沢大学仏教学部論集 19)
「パーリ仏教に於ける相対的基準についてU(駒澤大学仏教学部研究紀要47)」
(どちらもciniiにあったと思う。journal@にもあるんじゃないかな。)
「理念による(行為の)規制」はどこまで及ぶのか、への一資料となろう。
 *(それは、(今の流れに引き寄せるなら)上座部に於いてデモに参加する比丘の立場と言ってもいい。
  その参加の仕方も、「先頭に立って声を挙げる」「横断幕やカードを所持する」「隊列に加わっているだけ」
  等種々考えられるが、その教理面での位置付けは如何なるものとなるか。)

「世俗に関わる」ということを【政治家となって国政・市政を動かす】ということに特化したものとするなら、
一ミリたりともあってはならない、と言うべきだろうがね。 活動するなら、少なくとも還俗してから、とw

810にもう一言添えるなら、
『聖者ならば(≒貴方なら)、それでいいでしょう。しかし、他の人々(≒我々)にも「銃殺されろ」と言うのですか?
仏教と関わっていない人々に対しても、「歓んで銃殺されろ、虐げられろ」と言うのですか?
それが仏教の教えですか?』
という問いは、当然生じると思うぞ。 (たぶん貴方は「そうだ」と言うのでしょうが・・・w)

《「水溜りがあること」を知り、「人がそこへ足を踏み入れかけていること」を知っている》時、
《「水溜りがあること」「そこへ足を踏み入れかけていること」を告げること》は、
《菩提樹の下から立ち上がること》と同義だと思わないか?


818〜826
なるほどw
キ教スレでのいざこざが飛び火してきてたのね・・。
で、「理念」及び「理念の顕現化」と「現実的制限、現実的要請」との狭間が、その骨子だった(?)ので
仏教内での“それ”に変換されてレスが続いてたわけか。(違ってたら許せw)

マジレスして損したw とんだ道化だったなw

830 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/10(月) 18:46:55 ID:1LZMpbVT
葛藤集第三十三則・南泉鎌子 

             _,,-―-、_ ,,_   ,,
    _,-''^¨⌒((''-く_      \⌒ ))''-、
    ((  ((⌒゚。・:゚))____,,,,,'i(゚∵。⌒))
  __,,,≫ゝ__`ー-一'ノ-------―''_`''''ー≪,,,__
  f!!!!!!!!!iiiiiiirrrrrー==-----rrrrrrrriiiiii!!!!!く
  `!、'' '''''!!ii((((リ ャー' 〈ャー'|!!!iii''''' '' '   ノ
    `-、   ''((〔9!    _  ト、     _,-'¨
      `'‐、_   _゚入  -‐ ,ji.|__,,-‐'¨´
.       __,¨イ   ` ,-‐ ' _,,!、, _
.      f    !    i f^¨ !   ヽ,
       i      !   | .!  !   /                              

 南泉、山に在って作務する次(おり)、
 僧問う、「南泉の路、何の処に向ってか去く」。
 泉、鎌子を拈起して云く、 「我が者の茅鎌子、三十銭にて買い得たり」。
 僧云く、「茅鎌子を問わず。南泉の路、 何の処に向ってか去く」。
 泉云く、「我れ、使い得て甚だ快なり」。 
☆ 南泉とカマ
 ある僧が、南泉の名声をたよって、南泉の住む庵(いおり)を訪ねてきましたが、山の中なので迷ってしまいました。
すると丁度その時、南泉自身が鎌で草を刈っていましたが、僧は彼が南泉であることに気がつかず、彼に南泉の庵への路を聞きました。「南泉さんへの路はどっちに向かって行けばよいのでしょう」
 すると当の南泉が、鎌をひねるように持ち上げ、「この私の鎌は、三十銭で買ったものです」と答えました。
 驚いた僧は「私は鎌のことを聞いているのではありません。南泉への路はどっちに向かって行けばよいか聞いているのです」と言いました。
 南泉が言うには「私が使って見て、随分使いやすくて気持ちよく切れますよ」
☆南泉とカマ
 僧「南泉さんは何に向かって生きているのですか」
 泉「この鎌は三十銭で買いました」
 僧「いや何に向かって生きているか聞いているのです」
 泉「この鎌はとても使い易く、自分もそのように生きています」

831 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 19:46:05 ID:aBcDBCXo
>>825
鬼和尚はなかなか良い線いってると思うよ。
2ちゃんでは類をみないなあ。

>>829
論文ども。

>『聖者ならば(≒貴方なら)、それでいいでしょう。しかし、他の人々(≒我々)にも「銃殺されろ」と言うのですか?

そうは言わない。逃げろ、なんとかして回避してくれと言う。
それが苦しみの寂滅を目指す仏教の道でしょ。

ただし、積極的に社会運動とか政治には関わらないと思うよ。
よっぽどの聖者は別にして。

832 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 20:23:03 ID:FYDcu84Q
>>831
で、その時に問題となるのが、
(特に聖者以外の者の)、その《「関わる」という行為の【幅】》なわけさ。

この手の議論に於いてもまた、(9条問題・核問題と同じくw)
ものの数秒で、二極化した極同士の議論に変貌する。
《「桃源郷の仙人の如くあれ」「世俗との間に大きな堀を設けた隠棲者たれ」》というものと
《「内部・中枢にがっぷりと関わり、そのことで社会を理想の形へと向かわせる」》というものとの対立として。
これを互いへの批判で記せば、
《「自分もまた所属する筈の社会に対し、或いは同時代同地域に生きる他の者の生活を無視するのか」》ということも言え、
《「そうした社会的・政治的活動は、理念としても、また実践においても、悟りや涅槃に資さない」
 或いは「関わることによる社会自体への弊害も確実にある」
 「聖俗の別を有耶無耶・“なあなあ”にし、その純度を極度に落とすことでもある」》ということも言えよう。

思考の二極化には、常に気をつけねばならない。


>逃げろ、なんとかして回避してくれと言う
具体的アドバイスは無し?w
具体的な内容となると、否応無しに、大きく政治や社会運動と関わることになるぞw

833 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 20:55:32 ID:aBcDBCXo
>>832
そこら辺は、縁次第だよ。

それと多くのチベットの高僧が、助けを求める病人へ病院へ行けというのが答え。

法による利他というのは道を説くことが主なんだから。


834 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 21:12:31 ID:kCuZfD+p
>>829
>《「水溜りがあること」を知り、「人がそこへ足を踏み入れかけていること」を知っている》時、
>《「水溜りがあること」「そこへ足を踏み入れかけていること」を告げること》は、
>《菩提樹の下から立ち上がること》と同義だと思わないか?

現実から逃避し、菩提樹の下で瞑想ばかりしている人間には、そもそも、その
水溜りも、人にも気付かない。気付いたら、瞑想が破られる。

政治とは、徹頭徹尾の現実観察と生命の保護の問題。現実にも生命にも背を向けた
「世捨て人」には到底任せられない。どんな結果になるか、考えただけでも
恐ろしい。「理念」では、政治はできない。ルーピー鳩山が好見本。

釈迦は、釈迦族の国家も国民も救えなかった。

835 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 21:16:20 ID:FYDcu84Q
>>833
ほらまた両極化w
「アドバイス」(≒関わる)を「治療行為・医療行為」へとすり替える、或いは限定するw
「具体的」だからといって、直接的治療行為(≒主要人材としての参画)に限定されるものでもなかろう?

836 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 21:29:20 ID:kCuZfD+p
>>835
「聖・俗」の区別が、両極化の最たるもの。そんな区別は、「生命現象を現す
肉体」即ち「生命」にはありません。

先の大戦に、宗教がどれほど係わったかについては、「近代日本の戦争と宗教」
(小田原正道著、講談社選書メチエ、2010年6月10日発行)に詳しい。

837 :てすと:2011/01/10(月) 21:38:15 ID:o9eEjZJK
これから俺がみんなに生きる極意を教えてあげよう。

「適当にやれ」

たかが真理じゃないか。あんまりマジになると苦しくなるぞ〜〜

楽しくね、楽しく。

838 :てすと:2011/01/10(月) 21:42:53 ID:o9eEjZJK
本読んだって、考えたって、人に聞いたって、結局なにも解決しないって。

あきらめが肝心よ。人生短いぞ〜〜〜。

839 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 21:56:20 ID:Da1JJDZM
キリスト教スレを荒らしながら、自分のことを棚に上げてw
自分のやっていることも理解不能、真光組手(一在家=源伸)の荒らしw

都合が悪くなると自演ですか? ワロス君と同じ真光的思考ですねw
-----------------------------------------------------------------------

891 :前世は一在家 ◆2o6x38TRbE :2011/01/10(月) 18:53:34 ID:FewmDQ4z
ROMしておりましたが、何か変ですね。
ラピスは過去ログとは別人のようです。
サロメは板違いの部落批判ばかり連呼しております。

尚、クラリオン星人は私の成りすまし君=真光板あらしなので放置願います。




840 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 21:59:32 ID:kCuZfD+p
>>838
>人生短いぞ〜〜〜。

宗教などやってる場合じゃないな。毎日、現実上の根拠皆無な大昔の、しかも古語・
死語の文献を読む時間があったら、現代語、特に英語の単語でも覚え、医学や
その他の自然科学をやったほうが、よほど人生の役に立つ。

漢文は本来は外国語の古文。漢文やるのなら、現代中国語をみっちりやったほうが
よい。中国に占領された時、殺されずに済むw。私は、中国語のほかに、ロシア語
も含め7ヶ国語やってるから、かなり安心だw。

宗教などやってると、却って危険だぞ。チベットみたいになる。人民解放軍の兵士が、
「チベット仏教徒は基地外だ」と言っていたが、気持ちは痛いほど分る。

841 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 22:16:25 ID:aBcDBCXo
>>838
>あきらめが肝心よ。人生短いぞ〜〜〜。

そうそう、人生短いから、諦めが肝心です。
だから、こそ教えを聞き、思考して教えの内容を明瞭に把握し、
修習して、その内容を身につけ心に染み込ませ、
縁起・無我・空を諦めることが肝心だと仏教徒は考えますね。



842 :てすと:2011/01/10(月) 22:34:52 ID:o9eEjZJK
釈迦が偉いのは「修行なんてくだらねぇ」って逃げ出したこと。だから悟れた。

仏教にこだわるやつが仏教的悟りに到達することはなく
「仏教なんて関係ねぇ」と投げ出した奴が悟れるというパラドックス。

>>841
まあ「東大行っても意味がない」と言える奴は東大に行った奴だけだから、
諦めるためにやるというのもわかるけど、時間かかりすぎ。

843 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 22:47:50 ID:aBcDBCXo
>>842
>釈迦が偉いのは「修行なんてくだらねぇ」って逃げ出したこと。だから悟れた。

そりゃ、あまりに知らなすぎですぜ。檀那。

釈尊は先ず、三昧で解脱を目指した。だが、できなかった。
次に苦行を六年間行った。この苦行というのは、タパスとかヴラタと呼ばれる方法で、現代でもヒンドゥーのサドゥーなどがやっている。
例えば、片手をずっと上げている、坐らない、片足で一生立ち続けるなどなどである。
これでも、できなかった。

苦行を放棄したのであって、修行を放棄したのではない。

そして、三昧中に縁起観を行うことで無我を悟った。

その後の教えで、四諦を説いている。
この道諦は、八正道などで正に修行法に他ならない。

この四諦、八正道などの教えを聞き思考して教えの内容を明瞭に把握し、
修習して、その内容を身につけ心に染み込ませ、
縁起・無我・空を諦めることが釈尊が示した道に他ならない。

844 :てすと:2011/01/10(月) 22:52:36 ID:o9eEjZJK
>>843

いや、、長文打ってもらって大変申し訳ないんだが、ネタにマジレスされると、。。

もっと楽しもうって話なんだけど。。。

宗教板って最近真面目な人が増えたよね。。。

845 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 22:55:45 ID:FYDcu84Q
>>843
てすとは、そこらのボンクラより基礎知識あるからw

一通りの基礎知識を踏まえた上で、敢えて大きく左右に振って大胆な謂いをするから、
用心しとかないと足元掬われるぞw



って
書き込もうと思ったら本人キタw

846 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:00:02 ID:aBcDBCXo
>>844
なぬ〜、ネタにマジレス、かこいい!

つか、2ちゃんって人減ったよね。

ツイッタとかにとられたかんじ

オイラは仏教を学ぶことが楽しみなんで


847 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:03:55 ID:aBcDBCXo
>>845
賢いのは分かった。

別に掬われてもいいぞ、それこそ救いかも

自分の欠点を突いてくれるのが本物の師である、とアティシャが仰られておる

まあ、オイラは欠点ばかりなんだが


848 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:07:39 ID:MeVFAsn5
もともと封建時代に
民衆をいかに支配し 心の中まで管理するかで
進化したので
これが隆盛すると 国家は衰退する
今の日本の状態がそうであろう

849 :てすと:2011/01/10(月) 23:10:00 ID:o9eEjZJK
>>845

いや、真面目に学ぶのはいいことだよ。。。混乱させても悪いから控えるか。。。

>>846
>>847

自分の気のすむまで仏教やってみるのはいいと思うよ。
頑張ってね!

850 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:10:18 ID:FYDcu84Q
ツイッターは、
「他者のない“言いっ放しジャーマン”」ってイメージがあるが、どうなんだろうね。
或いは、コミュというか、限定された共同体としての内輪の呟きの方が多数だという話も聞くし。
(本質的に持っている役割(→その機能的特質)が、「掲示板」とは別物であるとも感じられるし。)

尤も、人の減った2chも(各スレも)、
或る意味「仲間内だけの(少数の)茶会」と化していると言えるが・・・。
(今のこのスレみたいにw)

851 :てすと:2011/01/10(月) 23:21:47 ID:o9eEjZJK
>>850

人は自分が正しいと思いたいし、他人にもそれを認めてもらいたいものなのさ。

Twitterで増えたプチ哲学者たちは自己顕示欲にとらわれ、苦しんでいる。

しゃべる奴より、行動して結果出した奴のほうが上なのは何千年たっても変わらないのに、
しゃべり場が増えたせいで何か自分で発見したような錯覚を感じてしまう。

気の毒だが、彼らは何も解決しないだろう。

2chはお茶会でいいと思うよ。俺も慣れしたんだご隠居がいなけりゃここにこなかった。
狭い領域で言語ゲームを楽しめるのは2ch以外にない。

皆が宗教板に来るのは、苦しくて救われたいからじゃない、みんなでしゃべるのが楽しいからだ。

852 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:35:35 ID:j7LoLn6Y
>>851
>・・・みんなでしゃべるのが楽しいからだ。

俺は隠居みたいなバカからかってるのが面白いからなんだがw

853 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:37:45 ID:FYDcu84Q
>>851
なるほどね・・。


>末文
言えてるなw
ただ、「楽しい」だけじゃなく、(上で触れられてるツイッターについての分析と同様に)、
「或る話題、特に“自分が入れ込んで関わっている話題”」或いは「聞いてほしいこと、反応が見たいこと」
或いは「伝えたいこと」「明らかにしたいこと」等があって、
それをダイレクトに行なえる、結果が見れる、という点も大きいと思う。
だから、ちょっとヤバイ人とか盲信者の書き込みも多いのだと思う。(宗教板に限らず。)

垣根や制限の無い、書く者を選ばない掲示板ってのは、大きな意義があると思うけど、
多分、今の2chは、それが「過去の栄光・勲章・評判」でしかなくなってるのかもね。
(不特定多数感が薄れてるような気がするよ・・。)


ノシ

854 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:38:34 ID:2RyRkPrd
>>851
楽しんでばかりいないで、中論読めw。

855 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:44:17 ID:FYDcu84Q
ああ、でも、巡回するスレが減ったからという自分の側の視野狭窄なだけかもしれんなw
ガ板やほの板等幾つかは、人口こそ減ったけど変わらずまったり不特定感あるし。

856 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 23:55:18 ID:2RyRkPrd
>>852
宗教批判ほど面白いものはない。相手が、超有名人だからな。突っ込みどころ
満載という感じ。暇つぶしの趣味としては最高w。世の中の役にも立つからな。

宗教を撲滅したら、ノーベル賞10個くらいに値する。世の中の組織的大殺戮
は、殆どが宗教が原因。先の大戦も、キリスト教の世界宣教の一端と解釈する。
戦争をやらされたのである。


857 :てすと:2011/01/11(火) 00:04:27 ID:IWWlhpow
>>853

>「或る話題、特に“自分が入れ込んで関わっている話題”」或いは「聞いてほしいこと、反応が見たいこと」
或いは「伝えたいこと」「明らかにしたいこと」等があって、それをダイレクトに行なえる、

だからそれは仏教では毒矢の例えで戒められているし、臨済宗ならただ殴られるだろう。

>>854

ご隠居がいなかったら、聖書を読むなんて絶対になかったと思うw
それにしてもご隠居が仏教スレにいるなんて、時代変わったよねw

>>855
2chは自分を隠したい、Twitterは自分を見てもらいたい。
さすがに2chを本名でやる奴はほとんどいないでしょうw

レス乞食はTwitterに流れたみたいだけど。

858 :てすと:2011/01/11(火) 00:15:44 ID:IWWlhpow
>>856

うん、だからご隠居は宗教がなくなったら生きていけないんだよ。

宗教依存症。ちょっとは休みなさいよ。

859 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 00:38:12 ID:tzED0xbo
>>858
クリスレは狂乱状態で手が付けられないから、仏教板に来た。同じ基地外でも、
仏教徒は少しマシな基地外。それに、原始仏教(釈迦仏教)は、キリスト教との
共通点が多い。

君は最初からキリスト教(系)。最初から、「俺、クリスチャンにナローかな」
などと言っていたw。

フーテンさんっていたよな。彼は、私が知る限り、唯一の「正気の」クリスチャン。
しかし、こういうのが却って危ない。彼のスレは、私が潰した。

860 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 01:01:22 ID:tzED0xbo
一昔前の仏教板はよかった。反論にも、大汗をかいたものだ。

机師も、「髑髏仮面」のコテのころは、宗教板切っての「カルトバスター」
だった。彼の名レスには、何回か感心したものだ。最近は、少し変わられた。
「ミイラ取りがミイラになられた」のだろうか。カルトに接触する者には、
よくあることだ。精神医学では、これを「逆転移」と呼び、精神科医が最も
警戒すべきこと。

道元さんも、晩年には変わられたようだね。

このスレも、現在では、小乗系か、せいぜい浄土真宗系、オウム系が群
がってきている。テーラーワダの布教の結果だろう。

861 :てすと:2011/01/11(火) 01:17:06 ID:IWWlhpow
>>859

>フーテンさんっていたよな。彼は、私が知る限り、唯一の「正気の」クリスチャン。

臨済的切り返しができる唯一のクリスチャンだったよね。
どのクリコテよりも圧倒的な神学知識とそれを俯瞰で見れる稀有な人だった。
オルガニストらしいけど、救世軍の現役牧師(神学校教授らしいw)よりはるかに上。

宗教板も彼みたいな人がいれば、もっと面白いのにね。

>>860
ご隠居だって中論ミイラになりかけてるぞw

862 :てすと:2011/01/11(火) 01:26:31 ID:IWWlhpow
>>859

原始仏教は釈迦直説の抽出を目的としてるけど、それは経典群のなかの一部を権威化することと同じだから、
研究者以外やるべきじゃないと思うけどな。。

ご隠居は中論もいいけど、スッタニパータの4章を読んで反論してみたら?



863 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 07:00:50 ID:q98cOR/F
「死後の世界、霊魂の存在、来世、などは、
証明できないので、死んだ後もしくは、
死ぬ直前まで気にしなくてよい」という詭弁への反論


人生で自己本位に、好き放題の悪行を重ねておきながら、
死ぬ直前になって、「ちょっと聖書でも読んでみようか」などと
救いを求めるのは図々しく、遅すぎる。

具体例に最適な人物が居る。
創価学会の池田大作である。

奴の論理は、現世利益を追求する姿勢であり、
老境に達してから、死への恐怖で震え上がっている。
このようなクズが、今さら「聖書だ、来世だ」などと
救いを求めても、それはあまりに図々しさ極まりない。

天主は慈愛に満ちているが、
自己が犯した罪の代償は支払うべきだ。
不正な悪徳によって富を蓄えたのならば、
一斉に、慈善団体などへ放出しろ。

864 :てすと:2011/01/11(火) 08:03:35 ID:IWWlhpow
>>863

そこで彼はそのひとりに答えて言った、
『友よ、わたしはあなたに対して不正をしてはいない。あなたはわたしと一デナリの約束をしたのではないか。

自分の賃銀をもらって行きなさい。わたしは、この最後の者にあなたと同様にはらってやりたいのだ。

自分の物を自分がしたいようにするのは、当たりまえではないか。
それともわたしが気前よくしているので、ねたましく思うのか』。

(マタイ20:13-15)

865 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 08:13:10 ID:Tr9cHYc4
>>863 追記

信仰、善行、愛徳、慈悲、功徳、は、
生きているうちに積みましょう。

十十十 カトリック+189 十十十
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1293214809/

866 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 08:23:47 ID:wLvN3L5I
>>862
>原始仏教は釈迦直説の抽出を目的としてるけど、それは経典群のなかの一部を権威化することと同じだから、

これはキリスト教文献学の悪しき弊害だと思う。
セム系宗教は、聖書は神の言葉で唯一絶対だから本質主義になるのは仕方ないとして、
仏教は、縁起・空・仮設なのに

867 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 11:07:47 ID:8mzm4h8o
>>866 
>・・本質主義になるのは仕方ないとして、
仏教は、縁起・空・仮設なのに

縁起一代よ、まず仏教が否本質主義であるのは良いとして
それが本質主義より優れた認識論であることを示す必要があるのでは?
一代の他の見解のへ否定の方向性は今まで見てきたところ常に「それは
本質主義だから」というものだったが、それでは「仏教的認識論とは
異なる」としかいえないわけだよな?

さらに、突っ込むと一代の主張は常に「縁起に帰結」されるわけだが、
その解説があまりにも不十分すぎないか?
たとえ、それが言語表記をこえ、論理的整合性を要しないものだとしても
それに万能性を付与し、全てそこに帰結させてしまうのは問題ありなのでは?
体験、頷きを根幹とするにしても、もう少し異なる解説、説明を提示するべき
だと思うんだがな、仏教徒は。
この板にも何人もいる「自称、悟ったちゃん」のような奴が、次から次へと
わいてでてくるのも、その辺に原因があるわけだろ?


868 :てすと:2011/01/11(火) 11:36:43 ID:IWWlhpow
フーテン氏の話が出たので2006年からのご隠居とのやり取りをググッてみてすごく懐かしい。

自分はクリスチャンでも仏教徒でもなく七夕派であり星信仰者だと主張していたけど、
今でもそれは基本的に変わってないな。宗教より神話だよね。

星に願えば夢がかなう。
http://www.youtube.com/watch?v=9WAmOthCiXY&feature=related

When you wish upon a star
Make no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you

If your heart is in your dream
No request is too extreme
When you wish upon a star
As dreamers do

Fate is kind
She brings to those who love
The sweet fulfillment of
Their secret longing

Like a bolt out of the blue
Fate steps in and sees you through
When you wish upon a star
Your dream comes true

869 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 12:14:01 ID:wLvN3L5I
>>867
そうかな。これまで充分説明したつもりだけど。

要するに、何かの本質・実体が実在するという立場に立てば、
何か唯一絶対の真実・本質に還元されるわけですね。
セム系宗教は、それを神の言葉に求めるようで、
そうなるとテクスト、聖典の真偽が非常に重要になり、
昔からこれが聖典だということに非常に拘ってきたわけだ。

ところが、仏教はそのような唯一絶対の真実・本質に還元できない、
ものごとは過去の業と諸縁が縁起して仮設されただけのもので、
実体・本質などない無我で空なからっぽなものだとするなら、
あまり、テクストの真偽、特に記号の差異に拘るのは仏教の真意から逸脱しているでしょうということですね。

縁起によって伝承されてきた記号でない内容の方が重要だというのは明かでしょう。
なぜなら、記号体系が持っていた言語習慣は無常で恣意的であり、
文献学や言語学、考古学、歴史学などからある程度の妥当性が再現できることは認められるけど、完全に再現することなど現代の言語習慣でも無理なのは、各国の国語辞典を観れば一目瞭然なわけで、

現存テキストを物理的に緻密に分析して最も精度の高く広いコーパスを作って、言語学的に正確に読んだとしても、三昧や観の体験のない常識人は言うまでもなく、
三昧や観の体験がある程度ある人がそのような学問的な方法で読んでも、最終的に仏教的に妥当な見解に至れるとは思えない。

なぜなら、現代の諸学問には本質主義・実在論的前提が抜きがたく潜入しているから。例えば、三昧や観の体験が異常心理とされるような方向に端的に示されるでしょう。


870 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 12:30:13 ID:wLvN3L5I
すまん。因果の方を強調しろってことだね。
因果を強調すると、実在論・本質主義に接近する。
因果は世間の習慣のままなんだが、それが仮設・空であるということが
重要だと思うのが現在の理解。

871 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 12:46:34 ID:07xPi9XC
>>870
結局は、すべて空仮中の三諦におさまる。

872 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 13:12:19 ID:RbH5OVPy
>>840
>私は、中国語のほかに、ロシア語も含め7ヶ国語やってるから、かなり安心だw。

うわっ、凄っ!
多分、家庭環境にも恵まれてるんでしょうね。

ご隠居氏が悟ったと自己申告しても、レスの内容からも多分納得するね。うん。


873 :記憶喪失した男:2011/01/11(火) 13:18:19 ID:7/iuQe13 ?2BP(791)
エロティックファンタジーな小説を書きたいのですが、
仏教にいい題材はありませんか?

・輪廻転生するたびに同じ異性と交わる
・性に溺れているうちに悟る。悟りとは、セックスだと。
など。

874 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 14:08:49 ID:QnNrbBbb
>>866
世界的には本質主義が一般的で、仏教が特別なんじゃないの?
地元のヒンドゥーも、唯一絶対的な聖典は持たない割には、
ヴェーダを感得したのはリシだとか、ギーターは6000年前に書かれたとかいうことには固執するし。
古事記も体面上は、嘘の伝承を廃して真実を残すという目的を掲げていた。

研究対象を支持信奉してなくても、偽物の価値は小さくみられるわけで
相対的に本物扱いされたほうが持ち上げられることになるのは当然の成り行き。
蓋然性というレベルでの真筆・偽筆の判断も「キリスト教」的なら
非仏教徒が文献学をやればそれらは即「キリスト教」的ということになる。

875 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 14:17:01 ID:wLvN3L5I
>>874
>世界的には本質主義が一般的で、仏教が特別なんじゃないの?

そうだよ。だから、仏教は素晴らしい。

>地元のヒンドゥーも、唯一絶対的な聖典は持たない割には、
>ヴェーダを感得したのはリシだとか、ギーターは6000年前に書かれたとかいうことには固執するし。
>古事記も体面上は、嘘の伝承を廃して真実を残すという目的を掲げていた。

感得したかどうかは重要だから、『古事記』は正に神話でしょ。
ギリシャ神話とか、シナ神話なんかと同じ。

>研究対象を支持信奉してなくても、偽物の価値は小さくみられるわけで
>相対的に本物扱いされたほうが持ち上げられることになるのは当然の成り行き。
>蓋然性というレベルでの真筆・偽筆の判断も「キリスト教」的なら
>非仏教徒が文献学をやればそれらは即「キリスト教」的ということになる。

真偽の判断に素朴実在論を持ち込んじゃ話にならないってことですね。
要するに大乗非仏説とか、感得否定とか、地獄・天界否定とか。


876 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 14:20:57 ID:wNePBFC1
>>873
大分スレ違いだなw
質問なら、質問スレの方が良い。
あと、ネタにするなら、小説板の方がいろいろアドヴァイスもらえるかと。

まあ、そういう系なら、仏教よりも、ヒンドゥーとかの方が良いんじゃないかな。
あるいは、立川真言流とか。
そういえば、古い漫画思い出した。
「クラダルマ」 柴田 昌弘 (著)
アマゾン見たら、全12巻セットで、1,690 円だったw

877 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 15:52:12 ID:8mzm4h8o
>>869 まずは、長文のレス、乙。
時間がないのでレスは夜遅くになってしまう。
まあ、このあたりは、一番最初にやっておくべきところだったが、今まで
途中で打ち切って、なにやら中途半端なまま来てしまった。
のんびり詰めていこうやw


878 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 15:57:20 ID:wLvN3L5I
>>877
問題は要するに縁起の因果・仮設面と無我・空面をどう調和させるかってことだよね。



879 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 16:15:07 ID:8mzm4h8o
>>878 まあ、言ってしまえばそうなんだが、一足飛びにそこに
行くのではなく、そこに行くまでの方法論も含めて詰めていきたいと
思ってる。

880 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 16:37:33 ID:jaHcPk1x
次のスレッドです。

仏教 議論スレッド 9那由他
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1294731277/

881 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 16:52:19 ID:7ziJxzeB
>>862
>ご隠居は中論もいいけど、スッタニパータの4章を読んで反論してみたら?

スッタニパータは、数年前、最初の十数ページを読んで「読む価値の無い本」
と判断したから読まなかったが、昨日、その十章を読んでの感想は、次の通り。
なお「反論」までするには値しない。

1.釈迦は、煩悩や欲望をさかんに気にし、その源泉としての生を否定する。
しかし、これは釈迦の執着。これらもすべて縁起・空なのだから、執着するほうが
おかしい。釈迦は、縁起・空を「悟っては」いなかったのである。

2.煩悩や欲望は、実は生への不可欠な原動力であることに思い至っていない。
煩悩や欲望から苦が生じるのなら、その抑圧からも苦が生じる。どちらの苦が
大きいかは、単純な比較で自明。彼は、煩悩や欲望の否定から生じる苦については、
一体どうする積りだったのか。

3.生を否定する一方で、彼は死を最も恐れた。にも拘らず、彼は80歳まで
生き延びた。恐るべき生への執着であるw。彼の布教活動が、すべて彼の生命の
恩寵であることに思い至っていない。

4.「私は何も説かない」と言いながらも、説教が多すぎ。しかも抽象語・観念語
の羅列。これらの言葉をすべて削除したら、内容はゼロである。

5.「聖者」と「世俗(凡夫)」との間の極端な人間差別にあふれている。
「真如としての衆生心」に全く思い至れなかった時点で、釈迦は終わっている。

882 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 16:54:53 ID:7ziJxzeB
>>881の続き

6.彼がさかんに批判している点は、よく読むと、すべて彼自身と仏教徒に
当てはまる。「言行不一致」は、すべての宗教の開祖の顕著な特徴。

7.精神医学的には、スッタニパータには、躁うつ病を超えた、統合失調症の
症状(人格の崩壊)が現われている。

8.釈迦は、健常者である多数の後人の膨大な思索の成果である大乗仏典を
読んで、修行をやり直すべきである。

9.結論的には、スッタニパータは、新約聖書とともに、「人間」にとって、
「読んではならない、読ませてはならない」悪書のNo.1。彼等の狂気が
モロに感染する。こんなものを、批判力と人生経験の乏しい若年者に読ませ
たら一体どうなるか。考えただけでも恐ろしい。あくまで、研究者による批判
用にとどめるべき。オウムがこんな原始仏教から発生したのは、必然的と言える。

10.スッタニパータの他の箇所に対する徹底的批判は、今後じっくりやるから、
請御期待。

883 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 18:56:43 ID:Nt6GErnG
>>872
>多分、家庭環境にも恵まれてるんでしょうね。

必ずしも恵まれていないから、やる気が起きるのですよ。苦悩は、「よりよき生
への原動力」です。常に、苦とは対照的な価値を実現しようとするのが、生命の
力です。心理学上、これを「補償(compensation)」と呼びます。

苦を「排除すべき異物」とした釈迦は、人間性の洞察において、基本的に誤って
いたのです。

884 :てすと:2011/01/11(火) 19:20:36 ID:QSYKC1s1
んん?スッタニパータに十章なんてあったっけ?

885 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 19:27:54 ID:Nt6GErnG
>>841
>そうそう、人生短いから、諦めが肝心です。

諦めたら、短い人生がさらに短くなるではないか。

御釈迦さんは、生きるの嫌だ、嫌だといいながら、「諦めずに」、
しぶとく80歳まで生き延びた。

彼の「生へのあくなき執着」こそを見習えw。

886 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 19:32:30 ID:Nt6GErnG
>>884
4章の間違いだった。

君は、下らんところには、よく気が付く男だw。

887 :てすと:2011/01/11(火) 19:42:10 ID:vkWSyUsW
>>885

諦めたら終わりなのはバスケの試合だけだ。

釈迦は高田純二ばりの究極の無責任男だから、長生きして当然。

思いつめないで、適当に生きろと言っている。

ケンチヤナヨ、ケセラセラだ。

888 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 19:56:40 ID:wLvN3L5I
しかし、生命教と対話するなら、どっかに連れってほしいは
コテもないから、読まずにスル〜できないんだよね。

889 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 20:07:40 ID:Nt6GErnG
>>887

「一切皆苦」「修行」「解脱」「悟り」「八正道」などは皆、信者獲得、お布施
獲得のための「嘘」だったのだなw。釈迦は、「嘘」を吐いてでもお布施を貰い、
生きたかった。

キリスト教の「罪概念」や「救い」も、すべて信者獲得のための手段としての
悪質な勧誘手段。

「脅迫と甘言」こそが、すべての宗教の不可欠な営業ツール。

これは、現代のカルト教祖も同じ。彼等は、「祈れば病気が治る」と信者を集め、
信者に病気治しの資格を与えるのにも、高額の金銭を請求するが、自分が病気に
なると真っ先に病院に駆け込み、最新医学の治療を受けている。教団内常駐の
「病気治し要員」は、一切お呼びでないw。教祖は賢いから「祈っても病気は治らない」
ことを熟知しているからだ。知らぬは無知で愚かな信者たちだけ。

890 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/11(火) 20:17:07 ID:WlJQQXLI
>>870
横槍ですけど、

>すまん。因果の方を強調しろってことだね。
>因果を強調すると、実在論・本質主義に接近する。

明頭に問い來らば明頭に打し、暗頭に問ひ來らば暗頭に打せん。ということじゃないでしょうか?
(明と暗をハッキリせよ、ってこと)
どうにもならんもんは、どうにもならん。
ようは狐が人間に戻ればいいだけなんじゃないでしょうか?
学問はあまり関係ない。


891 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 20:18:14 ID:Nt6GErnG
>>888
「読まずにスルーする」のは、釈迦の教えに反していますよw。

892 :てすと:2011/01/11(火) 22:06:28 ID:vkWSyUsW
ご隠居へ

場所移動しようよ。
クリスチャンと違って、開祖批判されても、なんとも思わないのが、仏教徒。

人生の集大成として、二人でイスラム攻撃の旅にでよう。

命をかけてムハンマドとアッラーを否定しよう!

893 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 22:18:05 ID:wLvN3L5I
>>892
>クリスチャンと違って、開祖批判されても、なんとも思わないのが、仏教徒。

なんとも思わないわけではないよ。まず、自分の帰依の対象が貶されるのは悲しい。
そして、仏を貶すことで大きな禍根を作っているアナタの未来が可哀想だと思う。

>人生の集大成として、二人でイスラム攻撃の旅にでよう。
>
>命をかけてムハンマドとアッラーを否定しよう!

いや、そういう他人が崇めているものを貶めるのは、自分の心に大きな禍根を作る以外のなにものでもないと仏教徒は思う。

894 :てすと:2011/01/11(火) 22:33:53 ID:vkWSyUsW
>>893
それを言い訳に伝統宗教はカルト放置でしょ?
俺の周りにも被害者いるんだけど。

あなた方が現状を無視したから、カルトの味方と思われ宗教全体が叩かれる。

叩かれる因を積んだのは伝統宗教側であり、我々ではない。


895 :てすと:2011/01/11(火) 22:44:26 ID:vkWSyUsW
虫歯の治療には良い部分も削らなくてはならない。

あなたがたが、どんなに正当で良い人達であっても、今まで歯磨きをサボってきたのだから、社会から絶対的攻撃を受けるのは因果の法則として当たり前の話だ。

麻酔はないから覚悟されたし。

896 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 22:55:19 ID:wLvN3L5I
>>894
それは確かに伝統仏教が問題だけど。
意味が違う。伝統仏教自体がちゃんとしてないから、
本物の聖者が出れば、贋物などそれほど跋扈できない。

しかしながら、仏教は他宗教を非難することはしない。
そこはなんと言われようと外せない。

なぜなら、非難することは戦争や殺生に加担することと同じ方向だから。

そして、私は私たちのために攻撃を止めろと言っているわけではないよ。
一応、言うことは言ったので、それでもやりたければ好きにすればいいだけのことです。

仏教は強制しません。ただ促すのみ。


897 :てすと:2011/01/11(火) 23:00:34 ID:vkWSyUsW
若い人達が大嫌いなのは、金しか考えない人と、宗教だ。
若者は宗教を嫌悪し、恨んでいる。

宗教に倫理的社会を期待していた反動もあり、金持ちへの恨みよりも深い。

ご隠居なんて相手してくれるだけで、まだ優しい。

君たち社会から無言で差別さるてるのにそろそろ気付いた方がいいよ。

ミャンマーやチベットの僧侶みたいに、戦わないと支持されないぞ。

898 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 23:08:21 ID:yKqrTj7E
>>894
すべてのカルトは、伝統宗教を母体として発生し、その教義と洗脳テクニックを利用
している。カルトも伝統宗教も、原理的には全く同じ。従って、伝統宗教はカルト
を批判できない。批判すれば、そのまま自分に跳ね返ってくるからだ。

オウムを原理的に批判できた伝統宗教はない。現在では、伝統宗教が自己防衛のために
異端に対しカルトという言葉をつかっているだけ。

釈迦仏教もキリスト教も、発生時にはおどろおどろしい超カルト。釈迦に多数の弟子を
奪われて、血を吐いた他宗派の教祖もいる。

その意味で、過去及び現在における最大・最悪のカルト教祖は、疑いも無く釈迦と
イエスである。イスラームは、キリスト教の焼き直し。

カルトを絶滅するためには、すべての伝統宗教を撲滅する以外には、方法はない。

899 :てすと:2011/01/11(火) 23:11:27 ID:vkWSyUsW
>>896
うん、だから「禍根を残す」のはありえない。

宗教攻撃は社会正義であり、利他行であり、価値ある時間の布施だとみな考えている。

俺があまり宗教を攻撃しないのは単に社会性がないからだ。

一般人は怖いぞ〜。

900 :てすと:2011/01/11(火) 23:26:44 ID:vkWSyUsW
日本で自分の子供が「宗教に入った」と言ったら親は心から喜ぶだろうか?

君たちは自分の子供が幸福の科学に入っても、仏教徒だから批判しないの?

君たちがカルトを批判しないのは仏教徒だからじゃない。

自分の事しか考えてないからだ。


901 :てすと:2011/01/12(水) 00:01:08 ID:vkWSyUsW
単に他者を思いやる心がないだけなのに、仏教徒だから何も言わないのだ、と無関心を正当化するの偽善で卑怯だ。

俺は宗教板の皆が好きだから忠告するけど、カルト擁護とか人に恨まれる事の手助けはしない方がいいし、リアルでは宗教やってるって言わない方がいいよ。
2ちゃんだけなら大丈夫だから。

一般人の宗教への嫌悪感をなめない方がいい。理屈や議論は通じない。

902 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 01:34:05 ID:vqpk3b6M
>>869 さて、それではやりましょうかw

そこに書かれていることは
@テキストの記述は副次的なもの。それから、仏教的真理を読み取るには、
「仏教的体験」が不可欠なものであり、それを体験した者だけが正しく解釈
可能である。
Aまた、全ては
>ものごとは過去の業と諸縁が縁起して仮設されただけのもので・・
「本質」と言えるようなものはない。

まあ、大雑把に言えばこんなとこだよね。

それでは問題点を指摘していきましょうか。
まず、@だが、仏典を正しく理解するには「仏教的体験者であること」が
必須であり、その体験のないものが、喩えどのように精密にまた論理的に
釈迦の教えを検証しても無意味である。 
まあ、こういうことなんだが、
それでは、この「仏教的体験」をどのように検証するのか?という疑問が
常に排除できないわけだ。 なぜなら、この体験は完全に内部現象であり
外部からの検証が全く不可能であること。ここに最大の問題がある。
例えば、ちょっとした変性意識を「悟った」と勘違いしたり、あるいは
意図的に「悟ったふり」をして覚者を装い、新興宗教を立ち上げ、金儲けを
企む不届き者もいるわけだ。
では「本当に有意な体験を経て、ある一定のレベルまで修行が進んでいる」
ことの判定をどのようにすればよいのであろうか?
その最もポピュラーで伝統的な方法が「師匠」による判定であろう。
しかし、これにも致命的な欠陥があり「その判定をする師匠が、悟って
いなかったらどうすんの?」 という突っ込みに対して有効な回答が
用意されていない。そこはあくまでも師匠は悟っていると「信じる」しか
ないわけだ。 つまり、全く未成熟な弟子の「判断」が基盤になっているわけだ。

903 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 01:35:02 ID:vqpk3b6M
ここにある仏教徒がいたとしよう。彼は以下のように主張する。
「私は、修行も一定レベルまで進み、宗教的体験も経ている。これは私の
師匠にも認めてもらったことである。よって、各仏典に記述されている内容も
正しく理解できる。いくらあなたがたが精密に仏典の記述を精査しようとも
(体験を経ていないあなた達では)正しく理解できるはずもなく、
私の見解の方が正しい。」→(何かオウムの信者がいいそうなことだがw)

さてこの場合、彼の見解の正当性を担保しているものは、「彼の宗教的体験」
と「それを保障した師匠のお墨付き」なわけだが、それ自体がいい加減なものなら
どうだろうか? かれの見解、仏典の解釈などひどく胡散臭いものとなってしまうわけだ。
(事実、この宗教板には、師匠の認定を受けているのかどうかは知らないが
「自称」悟ってるよ君がたくさんいるわけで、彼らは日々、自己の見解を
語ってくれてるわけだ。)

904 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 01:35:48 ID:vqpk3b6M
Aだが、
現世の全てを「過去の業と諸縁が縁起して仮設されただけのもの」としか
説明しないのであれば、これは何も言っていないのと同じことである。
「この世の全ては、ある普遍的システムにより、『そのように見えるもの』『あるように
感じられるもの』として現出しているに過ぎない」
すなわち「実在性」を否定しているだけで、そのシステム自体を説明
しなければ単なる不可知論で終わってしまう。釈迦自身も不可知論を忌避していたよね。
論理的整合性を放棄したところに勝義をおくのであれば、それをもって世俗を語る
ときは余程、慎重にやるべきであると思うな。でなければ、論理的説明不能に落ち入った
ときの逃げ場所にしかならない。(そういうの、よく見るだろ?)
ある事例について、討論する場合、論理的思考というのは必須であり、それなくしては
討論自体が成立しない。論理的整合性を無視するのであれば、始めから討論自体を放棄する
必要がある。(釈迦が討論自体を忌避した理由がその辺にあると思うが)

この縁起の解説が不可能であるなら、我々が寄って立つ視点はまさにこの「仮設された
もの」しかないわけで、それを基盤に帰納、または演繹していくしかない。
『縁起』という法に万能性を付与し、「そこは縁起によっているとしか言いようが無い」
と帰結させるのであれば、「それは人知を超えた宇宙の普遍的法則によっている」
あるいは「人間には計り知れない父なる神の御心によります」と帰結させることと
全く同じことのように思えるが?

905 :てすと:2011/01/12(水) 02:20:40 ID:IyPPA8UT
問題は悟った後、世俗とどう絡むかなんだけどね。

三昧や公案、ビパサナ、その他瞑想法で俺より上のやつは見たことがない。

俺は悟ってはいないが、仏教的ステージで皆より上なのは、認めるよね?

昔からの知り合いは知ってるけど、
ここではレベル下げてるんだよ、、

つまらないから早くこっちの岸に来なさいよ。


906 :てすと:2011/01/12(水) 02:29:33 ID:IyPPA8UT
最近、シャーリプトラの悩みが良くわかる。

人はみんな同じだよね。

907 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 04:12:20 ID:dfP2qLPV
>>903
>>904
>>905

「悟り」という言葉を使い前に、その意味を具体的に定義しないと、話は一歩も
進まん。

「完全な内部現象」など、他人には誰にも判らんし、また興味もない。人前で
語るものではない。誰にでも「完全な内部現象」はあるが、それは「外部の
具体的状況」に応じて生じるのだから、まずそれを語るべき。

「自称悟った君」の第一号が釈迦であることは認めるよなw。

「釈迦は、煩悩や欲望の抑圧によって生じる『より大きな苦』につてはどうする
積りだったか」の疑問に、まず答えてくれ。話題のすり替えはよくない。

長文過ぎる。自分の言いたいことをよく反芻・理解して、世俗の「言語習慣」により
数行にまとめること。

908 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 04:23:15 ID:dfP2qLPV
>>906
「シャーリプトラの悩み」とは何か。師匠サンジャヤを裏切って、弟子
250人を連れて釈迦に寝返ったことか。そりゃー悩むだろうw。



909 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 04:36:52 ID:TY4rbTVH
世俗とどう絡むかなんて当たり前のことに迷ってるのに悟りだなんて滑稽

910 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 04:37:38 ID:TY4rbTVH
こっけーこっけーこけこっけー

911 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 07:02:07 ID:Z76KQ9ZR
>>902
難しいよねどっちも。

伝統的には昔から言ってるけど、一応、あらゆる手段で吟味するけど、
その妥当性は低く確実性はないですな。
良い師匠に就けるためには、自分自身功徳を積むしかないと思う。
一応の客観的判断基準は、経論といろんな師匠に聞いてみること。

2.の方は、仏教以外のことなら世俗的に妥当とされている習慣に一応従う。
例えば、科学とか常識。だけど法に関してはその限りではないというパターンでしょう。

912 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 07:04:12 ID:Z76KQ9ZR
>>905
>三昧や公案、ビパサナ、その他瞑想法で俺より上のやつは見たことがない。
>
>俺は悟ってはいないが、仏教的ステージで皆より上なのは、認めるよね?

凄い自信だね。へ〜、じゃ神通ある?

913 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 07:24:34 ID:WZKHywAn
レベルとか神通とかいってる時点でお話になりません。
結局、学者を装いながら、「正当」とよばれる経典の内容について精査をしてない。
言語学だけてなく、社会学的に(聖者の社会に対して希求するもの)もっとアプローチするべきだね。
そういう意味では隠居氏のほうが近い。

914 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 08:35:08 ID:Z76KQ9ZR
>>913
>結局、学者を装いながら、「正当」とよばれる経典の内容について精査をしてない。

結構調べてるつもりだけど。

>言語学だけてなく、社会学的に(聖者の社会に対して希求するもの)もっとアプローチするべきだね。

社会学は意味がないと思う。なぜなら、特定の言語習慣による解釈だから。
この場合、特定の言語習慣とは常識に他ならない。
それは意味がない。

915 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/01/12(水) 08:55:23 ID:Jx/oXtA/
>>904
>「それは人知を超えた宇宙の普遍的法則によっている」
>あるいは「人間には計り知れない父なる神の御心によります」と帰結させることと
>全く同じことのように思えるが?

そうですかね?
例えば、宇宙が有限?か無限か?といふ問いでしたら、どんなに論理構築しても
両者は破綻する。
(明頭に問い來らば明頭に打し、暗頭に問ひ來らば暗頭に打せん)>>890
何故かというと、宇宙の限界については人間は経験したことがないから、
論理の組み立てようがない。
つまり、論理ってのは人間の経験に基づいてしか整合性が成り立たない。

別スレで、鬼和尚の書込みを初めて読んだが・・・
「悟りってなんですか?」の問いに
和尚が「言葉」って返してきた。
まさにそのとおり。

道元が宋で初めて会った老僧の公案がまさに「言葉」でしたね。
道元は後ほどこの意味を知ることになるが、
永平寺は、この老僧の教訓が生かされている。

916 :だいおう:2011/01/12(水) 08:57:33 ID:GmHL03wy
てすとドン、あけおめ
煽ってんなあw
正月、曹洞宗寺院に二日籠り、曹洞宗修行したぜw
と、


暇ができたら、南方仏教の教義で隠居を苛めてみるかw

917 :だいおう:2011/01/12(水) 09:04:02 ID:GmHL03wy
ライヤーデスク復活かw
ライヤーデスクの理解度がどの程度やらw
正月、曹洞宗寺院に二日籠り、曹洞宗修行のおかげで、まあなんとか、
>和尚が「言葉」って返してきた。

がライヤーであることは理解できたなw、
903氏の対象に、ワイは入ってないよなw
隠居苛め、しか、最近投稿していないからなw




918 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 10:42:00 ID:vqpk3b6M
>てすと

エサの間から、釣り針がのぞいてるぞww

ここは「煽り」のようなエサに喰いてくれるような奴は少ないぞ。
隠居くらいのもんだw
(だからオモチャとしての価値が高いといえるがw)

919 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 10:47:22 ID:COOLwGqL
次のスレッドです。

仏教 議論スレッド 9那由他
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1294731277/

920 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 10:47:35 ID:4ESZOWNW
>>918
いや、幾つかはマジな本音だぞw

921 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 10:56:06 ID:vqpk3b6M
>>920 そうなのか? 俺はまだ今一、こいつのことがわからんがww
付き合いが短いんでね。 >>899>>901 あたりは結構、本音も混じってるのかな?
 ほとんどのレスが、人ごみの後ろから、空き缶投げつけて笑ってるように
思えるんだがなwww
「マジになっちゃ、おしまいだよwwww」なんてね。

922 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 12:33:23 ID:4ESZOWNW
>>921
また、たとえば、>>894なんかは本音と言うより『実態』『実状』だよw



>人ごみの後ろから、空き缶
>マジになっちゃ、おしまいだよw
とかは当たってるけどね。(つか、それ(こそ)が彼の「2chとの関わり方」だしw)

少し真面目に評するなら、「円卓会議の傍聴席」といった感じだろうか。
勿論、野次の禁止などされていないw
この時、《「円卓を囲む論客」の資質を問うか問わないか》ということさ。
「お前らはちゃんとした知識も無い傍聴人だろ?我々円卓の議士を批判するのは分を過ぎている」と
不真面目な態度で円卓席に座っている者が言い得るのか?ということ。
「同じ円卓を囲んでいるのに、なぜ注意(指導・矯正)しないのか?」と。
「円卓席に座す資格と傍聴席に座す資格のどこに違いがあるのか?」
「円卓席に座している者のスキルや態度は、傍聴席に座す者と少しも変わらない、というのが実態ではないのか?」
とねw

923 :てすと:2011/01/12(水) 14:51:26 ID:V6DVCRTD
観客席にいる俺の方がスキルが上だから苦笑いするしかないんだよ。。

試合を見にきたら下手くそばかり。
君たちが悟りと呼んでいるものに、
一番近いのは間違いなく、俺。

プライドが邪魔して、認めたくないの分かるけど、事実だから。

924 :てすと:2011/01/12(水) 14:57:09 ID:V6DVCRTD
>>916

大王どん、あけおめ。

ここの連中瞑想レベル低すぎて燃費が悪いから、長く修行しても到達出来ないよ。

宗教的センスや才能が全くない。。

925 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 15:39:03 ID:vqpk3b6M
>てすと

う〜〜〜ん、さすがに何度も繰り返すと、うざい荒らしにしか見えんぞw
ギャグは一回だから、おもしろい。

926 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 15:48:35 ID:vqpk3b6M
>てすと

そうそう、鬼スレはどうか?
あそこなら、お前のエサなら皆喰いつくぞw
入れ食い状態だw
覚者として乗り込んでみんか?
大王あたりを一番弟子としてさw
俺も太鼓もちひきうけるぞwww

927 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 16:00:11 ID:rwWnXYv1
>>925
そうだな。誹謗中傷はいけませんだったか2ちゃんルールにあるし

928 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 16:07:34 ID:Z76KQ9ZR
>>927
>そうだな。誹謗中傷はいけませんだったか2ちゃんルールにあるし

へ〜、そうなんだ。2ちゃんから誹謗中傷を採ったら余り残るものはないとみた。

>>925
オイラは別にいいけど。仏教の内容で誤解を撒き散らすのは困るけど、
オイラたちをどう言おうとご自由に。

>>926
鬼スレはやめとき。鬼和尚は結構いいと思うので、悪いよ。
生命教と伴にスレ立てて、そこで吼えればいいんじゃなかろか。



929 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 16:14:46 ID:vqpk3b6M
>>928
>鬼スレはやめとき。鬼和尚は結構いいと思うので、悪いよ。

いや、違う違うww
なにも鬼にからもうって言ってんじゃないよ。
大王は、大嫌いみたいだが俺はそんなに悪い印象は持ってない。
スレ主でもあるし、俺は鬼さんと絡むときは、それなりに礼はとおしてきたよ。

あそこに沸いてでる「自称」悟った君を掃除してあげたらどうかね?
って、てすとに言ったんだw

930 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 16:18:35 ID:Z76KQ9ZR
>>929
それなら結構です。ご自由に。
まあ、あんまり人を責めるのは善くないことをオイラも含めて自覚しましょう。


931 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 16:40:24 ID:y9GeVS1k
生命教はそれ自体の内容が貧困すぎるから、
他宗教叩きという燃料が必要。
生命教そのものは話題を提供できないから長続きせず
またどこか既存宗教のスレッドに還ってくることになる。

932 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 17:00:51 ID:2aMmxhUe
>>931
宗教者が、己の生命を以っていくら生命を批判しても無駄だね。その批判も、
生命の機能の証明に他ならないのだから。

円卓の宗教者とその傍聴者との例えで言えば、生命は、彼等とは一段高い
席から、その茶番劇を見下ろしていることになる。

933 :てすと:2011/01/12(水) 17:27:50 ID:V6DVCRTD
>>930

善くないことをしない、というのと、
善いことをする、というのは全く別の話。

余計なことをしないという生き方は、間違ってないが、胸をはる事でもない。

仏教やるのは構わないけど、そこを勘違いしないで。

934 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 17:37:30 ID:2aMmxhUe
>>928
>仏教の内容で誤解を撒き散らすのは困るけど

「仏教の内容の誤解」は、仏教内部にこそあるのではないか。言ってることに
統一性は見られない。

外部者にとっては、「現実上の根拠皆無な宗教」など、単なる妄想でしかない。

935 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 17:39:25 ID:A+TQmNF/
>>924 コテさんが、いたので・・・

> ここの連中瞑想レベル低すぎて燃費が悪いから、長く修行しても到達出来ないよ。 宗教的センスや才能が全くない。。

 ̄|_|○ ドテッ

おえらいさんみたいだ・・・そうなの?

936 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 17:39:32 ID:y9GeVS1k
>>932
生命を批判した覚えは無いのだが……

このように人の話もまともに見ないんだから、自前のネタで議論なんて続けていけるはずもない。

937 :てすと:2011/01/12(水) 17:41:55 ID:V6DVCRTD
私がダライラマに釈迦の悪口を言ったとして、彼は怒るだろうか?

自分の心の修行が足りないのを他者のせいにし、
「悪口は言うべきでない」などと上から目線で語るとは初心者なのだろうか?

悪口を言う私は仏なのだ。
礼拝奉るべきだろう。

938 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 17:43:50 ID:y9GeVS1k
>>934
・現代のゲルク派や日本仏教では仏教についての誤解がある。嫌だ。

・新たに仏教についての誤解を撒き散らされるのも嫌だ。

上のふたつがどう矛盾しているんだ?

939 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 17:48:26 ID:A+TQmNF/
>>937 わーい♪ヽ(∩。∩゛ヽ)(ノ∩。∩)ノわーい♪ コテさんが、いた。
と言っても、安価もないし、基地外 ダ━━ヽ(`・д・´)ノ━━コイツ!!さんの例の独り言かなー

> 私がダライラマに釈迦の悪口を言ったとして、彼は怒るだろうか?>
自分の心の修行が足りないのを他者のせいにし、 「悪口は言うべきでない」などと上から目線で語るとは初心者なのだろうか?>
悪口を言う私は仏なのだ。 礼拝奉るべきだろう。

かってに自己都合で、見た事も、あったことも無い人の名前を勝手に持ち出すなよ。なにさま?

940 :てすと:2011/01/12(水) 17:49:43 ID:V6DVCRTD
>>935
おー、懐かしい。
みんなまだいるんだね。

先輩として化身になり皆を引き上げてるところ。

でも、試験の前に模試も駄目で、
あちゃちゃちゃ、という感じ。

うーん、困った。

941 :てすと:2011/01/12(水) 17:51:29 ID:V6DVCRTD
>>939
会った事あるけど、、
2ちゃんなんでこれ以上はちょっと、、

942 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 17:53:43 ID:y9GeVS1k
いつものことだが、上の文章と下の文章との間の関連がわかりにくいな。

どうせ仏教(宗教)なんて出鱈目なんだから、仏教について出鱈目言ってしまってもいいだろ、
ということなのかな。

ミュータント・メッセージがアボリジニの部族と精神文化を捏造しようが
ドクター中松が金剛大アジャリを詐称しようがどうでもいいか。

相手方の信仰・宗教に同意していなくても、まともな大人なら
それなりに相手方に配慮をしようとするものだと思うけどね。

943 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 17:55:25 ID:2aMmxhUe
>>938
「誤解」とは、「絶対的な普遍の対象」がある場合に使う言葉。
そのような対象が無い場合には、単なる「解釈の相違」。お互いに
「誤解」だと思っているだけ。

仏教にはどんな「絶対的な普遍の対象」があるのか。そんなものがあれ
ば、もはや「空」ではない。

944 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 17:57:44 ID:y9GeVS1k
>>943
>「誤解」とは、「絶対的な普遍の対象」がある場合に使う言葉。

脳内辞書はけっこうです。

945 :てすと:2011/01/12(水) 17:58:07 ID:V6DVCRTD
>>943
ご隠居、「色」を忘れてるぞ。

946 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:00:13 ID:A+TQmNF/
>>940 コテさんを見つけた・・・

> >>935
先輩として化身になり皆を引き上げてるところ。 でも、試験の前に模試も駄目で、 あちゃちゃちゃ、という感じ。 うーん、困った。

......(o_ _)o ドテ!

自己が、パープー なのに、せんぱいづらなの?

947 :てすと:2011/01/12(水) 18:03:22 ID:V6DVCRTD
>>946
パープーだからいいんだよ。

あなたはまともな先輩がいいの?
随分変わってるね(笑)

948 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:03:24 ID:A+TQmNF/
>>941 コテさんが、いた!

> >>939
> 会った事あるけど、、> 2ちゃんなんでこれ以上はちょっと、、

新興宗教開祖の言をパクッたの?
いわゆる権威付けで・・
テレビで阿多とか、ラジオで、とか、雑誌でとか、は、駄目だよ。いっとくけど・・・

949 :てすと:2011/01/12(水) 18:04:57 ID:V6DVCRTD
>>948

随分、権威が気になるようですね(笑)

950 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 18:06:08 ID:y9GeVS1k
例えば、中世騎士物語では、ムスリムはムハンマドとアポロンとターマガントっていう神を
崇拝している、とホントに書いてある。おかげで間が抜けて見える。
現代なら義務教育受けてなくてもわかるレベルの誤解だね。

はい。誤解というためには「絶対的な普遍の対象」でなければならない、という俺設定が否定されました。
言葉ですら他人と共通の基盤を持てないんだから会話が成り立たないわけだ。

つか、ついさっき思いついたネタじゃないの?

951 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:07:02 ID:A+TQmNF/
>>947 コテさんが、居るんだねー
> >>946
> パープーだからいいんだよ。 あなたはまともな先輩がいいの? 随分変わってるね(笑)

マトモな先輩って、そう言うこと言ってないけど。また、ドコからかそう言う声が聞こえてきたの?ちーん Ωヽ(-"-;)南無南無。。。。

パープー、なんだね・・・...ψ(。。)メモメモ...

952 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:09:19 ID:A+TQmNF/
>>949 コテさんダァー
> >>948

> 随分、権威が気になるようですね(笑)

新興宗教開祖に似た言動だね、って聞いてるけど、答えず、かい。。。

953 :てすと:2011/01/12(水) 18:10:20 ID:V6DVCRTD
>>951

言ってないって当たり前じゃん、
掲示板なんだから(笑)

2ちゃんはいつ音声を出すようになったの?(笑)

954 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 18:13:21 ID:2aMmxhUe
>>944
そんな対象がないのなら、相手が「誤解(誤り)」であるとどうして
いえるのかね。単なる解釈の相違だろ。相手も、君を誤解(誤り)
だと思っているのだよ。

宗教では、使う言葉自体がすべて「脳内辞書(観念)」。

言語とは、生存に必要な「具象物」を指示・区別することから発生した
ものであることを、忘れてはならない。準拠すべき具象物を欠く観念語
は、その解釈は百人百様だから、コミューニケーションの役割を果たす
ことは不可能である。従って宗教とは、ある意味「誤解(解釈の相違)
の塊」によって成立していると言える。宗教に争いが絶えることがない
のは、それが原因である。

955 :てすと:2011/01/12(水) 18:13:25 ID:V6DVCRTD
>>952

新興宗教開祖に会ってもないのに、
なにさま?(笑)

956 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:21:43 ID:A+TQmNF/
>>953 コテさんだよね

> >>951
> 言ってないって当たり前じゃん、 掲示板なんだから(笑) 2ちゃんはいつ音声を出すようになったの?(笑)

問う、答える、に、まったく違う事しか、持ち出せ無い。
言動が、飛躍するね。
と言うより、つねに誤魔化し続けているのだろう。

957 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:24:10 ID:A+TQmNF/
>>955 コテ参加よ!

> >>952
> 新興宗教開祖に会ってもないのに、なにさま?(笑)

論理の破綻は、居直りのオウム(真理今日)返しか・・・(笑)

958 :てすと:2011/01/12(水) 18:24:27 ID:V6DVCRTD
>>956
そんな問いを発するからだ(笑)

や〜い

959 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:26:55 ID:A+TQmNF/
>>958  コテかな?

> >>956
> そんな問いを発するからだ(笑) や〜い

基地外 ダ━━ヽ(`・д・´)ノ━━コイツ!!?

960 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 18:28:50 ID:2aMmxhUe
>>950
神は、「絶対的な普遍の対象」でも何でもないから、そんな「解釈」が
あっても、ちっとも構わない。

イスラームのアラー概念も、従来の多くの神概念の、少なくとも影響
から発生したもの。

961 :てすと:2011/01/12(水) 18:28:59 ID:V6DVCRTD
>>957

論理の破綻 キリッ!

(笑)

962 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:31:35 ID:A+TQmNF/
>>961 コテか?

> >>957

> 論理の破綻 キリッ! (笑)

薬、いい薬もあるよ、最近は、・・・通ってる?

963 :神も仏も名無しさん:2011/01/12(水) 18:31:47 ID:jiAJXWIK
次のスレッドです。

仏教 議論スレッド 9那由他
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1294731277/

964 :てすと:2011/01/12(水) 18:32:13 ID:V6DVCRTD
>>952

君は正常でまともだね(笑)

良かったね(笑)



965 :てすと:2011/01/12(水) 18:34:33 ID:V6DVCRTD
>>962

なんだ、君は薬飲んでたんだ(笑)
情報ありがとう(笑)

966 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:35:41 ID:A+TQmNF/
>>964 コテ?

> >>952
> 君は正常でまともだね(笑) 良かったね(笑)

正常と言う言い方・・・やはり、そうだったのか、では、ここまでに・・・○┓ペコ

967 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:38:08 ID:A+TQmNF/
>>965 (゜Д゜) ハア??

> >>962
> なんだ、君は薬飲んでたんだ(笑) 情報ありがとう(笑)

言った?そんな事?
言っても無い事を聞くって・・・ゆっくり、やすむのもいいかも・・・

968 :てすと:2011/01/12(水) 18:40:07 ID:V6DVCRTD
>>967

だから掲示板は喋らないよ(笑)

969 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:42:11 ID:A+TQmNF/
>>968 βακα..._φ(゚∀゚ )アヒャ

> >>967
> だから掲示板は喋らないよ(笑)

なんなの、それ?
ドクタにだけ、話す事?

970 :てすと:2011/01/12(水) 18:44:47 ID:V6DVCRTD
>>967

休んでるんだから、ゆっくりに決まってんじゃん(笑)

君は素早く休んでるの?(笑)
疲れとれる?(笑)

971 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:49:26 ID:A+TQmNF/
>>970

> >>967
> 休んでるんだから、ゆっくりに決まってんじゃん(笑) 君は素早く休んでるの?(笑) 疲れとれる?(笑)

そうかあ、お休み中かぁー、

972 :てすと:2011/01/12(水) 18:52:53 ID:V6DVCRTD
>>971
休み中じゃなきゃ、2ちゃんに書き込めるわけないだろ(笑)

君、2ちゃんに書き込むのが仕事なの?(笑)



973 :アラララァ〜 ̄|_|○ドテッ  ◆nmOmn/xSs. :2011/01/12(水) 18:58:02 ID:A+TQmNF/
>>972

> >>971
> 休み中じゃなきゃ、2ちゃんに書き込めるわけないだろ(笑) 君、2ちゃんに書き込むのが仕事なの?(笑)

水曜日が、休みなの?
物販とか、流通業かな?

そう言う仕事って、あるの?初耳だけど・・・(¬ε¬) フーン

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