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南雲忠一中将を再評価するスレ(流)

1 :GF長官:2010/06/16(水) 20:38:13 ID:???
南雲長官はもっと評価されるべき(12代目)

(初代)南雲忠一中将を再評価するスレ(改)
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1210507385/
(2代)南雲忠一中将を再評価するスレ(伊)
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1215089973/
(3代)南雲忠一中将を再評価するスレ(呂)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/army/1218288706/
(4代)南雲忠一中将を再評価するスレ(波)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1222691768/
(5代)南雲忠一中将を再評価するスレ(仁)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1228736921/
(6代)南雲忠一中将を再評価するスレ(保)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/
(7代)南雲忠一中将を再評価するスレ(部)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/
(8代)南雲忠一中将を再評価するスレ(止)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1253350314/
(9代)南雲忠一中将を再評価するスレ(千)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/
(10代)南雲忠一中将を再評価するスレ(利)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1268653116/


2 :GF長官:2010/06/16(水) 20:39:12 ID:???
(11代)南雲忠一中将を再評価するスレ(奴)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/


3 :GF長官:2010/06/16(水) 20:40:54 ID:???
[支隊スレ]
南雲忠一中将を再評価するスレ(仁)(5代目とは同名別スレ)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1228571435/
【長官は】本日の南雲部隊司令部 1AF【無能だよ】
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1238337939/


4 :GF長官:2010/06/16(水) 20:42:26 ID:???
初めての方へ

ここは炎上する赤城を何とか助け出すスレです。

本編(発言者:GF長官)の構成は、

(改)スレの>>1〜   真珠湾攻撃編
       >>478〜  印度洋機動作戦編
(伊)スレの>>109〜  コロンボ攻撃の章
       >>497〜  兵装転換の章
(呂)スレの>>90〜  仮想戦記の章
       >>528〜  ツリンコマリ攻撃の章
       >>780〜  艦隊防空の章
(波)スレの>>358〜  人事考察の章
       >>588〜  珊瑚海海戦編
(仁)スレの>>53〜  MO作戦発動の章
       >>355〜  祥鳳沈没の章
       >>726〜  第五空襲部隊の章
(保)スレの>>172〜  夜間攻撃隊の章
       >>445〜  索敵考察の章
       >>709〜  空母決戦の章
(部)スレの>>397〜  筑摩一号機検証の章
       >>653〜  零戦最強伝説の章
(止)スレの>>157〜  サッチウィーブ誕生の章
       >>350〜  帰って来た!空母決戦の章


5 :GF長官:2010/06/16(水) 20:43:26 ID:???
(千)スレの>>205〜  敵情不明の章
       >>613〜  翔鶴被弾の章
(利)スレの>>92〜  <回想>印度洋機動作戦の章
       >>464〜  長波輻射の章
(奴)スレの>>313〜  翔鶴また被弾の章
       >>527〜  翔鶴復旧の章

戦史検証が中心なので、雑談は支隊スレへどうぞ。


6 :GF長官:2010/06/16(水) 20:46:30 ID:???
[MI作戦の作戦目的]

「ミッドウェー」島作戦に関する陸海軍中央協定
一、作戦目的
「ミッドウェー」島ヲ攻略シ、同方面ヨリ来襲スル敵国艦隊ノ機動ヲ封止シ、兼ネテ我ガ作戦基地ヲ推進スルニ在リ
二 略
三、作戦方針(1〜3は略)
 4、海軍ハ有力ナル部隊ヲ以テ攻略作戦ヲ支援擁護スルト共ニ、反撃ノ為出撃シ来ルコトアルベキ敵艦隊ヲ捕捉撃滅ス

第一機動部隊の任務は「ミッドウェー島航空兵力の無力化」と「米空母部隊の捕捉撃滅」です。


7 :↑ :2010/06/16(水) 20:47:48 ID:NffbjHtm
悲劇の将軍ではあった、でも重大な作戦を数多く落としすぎた
だれがやれば、勝つと言う物でもないが。
日本海軍の運命(負け)を決めた人、最後に57才で突撃したのは立派。

8 :GF長官:2010/06/16(水) 20:47:49 ID:???
[MI作戦の作戦日程]

6月4日(N−3日)第二機動部隊、ダッチハーバー空襲
            ミッドウェー島攻略部隊、敵哨戒圏(600浬)内に突入
6月5日(N−2日)第一機動部隊、ミッドウェー島空襲
6月6日(N−1日)第一機動部隊、情勢に変化なければ敵艦隊出撃に備えつつ、
            ミッドウェー島攻撃を続行
6月7日(N日)   ミッドウェー島攻略部隊上陸
            第一機動部隊、上陸支援

(註)第一機動部隊のミッドウェー島空襲は、当初N−3日の予定だったが、出撃が遅れたためN−2日となった。


9 :GF長官:2010/06/16(水) 20:48:37 ID:???
[ミッドウェー海戦戦闘経過](6月5日三空母被弾まで)日本時間
(日出0152時・日没1543時)

0130 第一次攻撃隊発艦(指揮:友永丈市大尉)零戦36・艦爆36・艦攻36(計108機)
     上空警戒機・索敵機も発進(利根四号機は遅延し、0200発進)
0220「敵情特ニ変化ナケレバ第二次攻撃隊ハ第四編成(指揮官加賀飛行隊長)ヲ以テ本日実施ノ予定」
     (南雲長官・第二次攻撃隊のミッドウェー再空襲を予令)
0234 PBY、南雲機動部隊を発見、触接開始
0334 第一次攻撃隊、ミッドウェー島攻撃開始
0400 「第二次攻撃ノ要アリ」(友永隊長、再攻撃要請)
0405 ミッドウェー島基地からの敵機第一波来襲(TBF6機・B−26 4機) 0415に終了
0415「第二次攻撃隊本日実施、待機攻撃機爆装ニ換ヘ」(南雲長官・雷装から爆装への兵装転換を下令)
0440「敵ラシキモノ一○隻見ユ」(利根四号機から0428時の報告・敵艦隊発見)
0445「敵艦隊攻撃準備、攻撃機雷装其ノ儘(ソノママ)」(南雲長官・雷装復旧を命令)
0453 ミッドウェー基地からの敵機第二波来襲 (SBD16機・B−17 15機・SB2U11機)0540に終了
0506 第一次攻撃隊帰投開始(対空戦闘中のため上空待機)
0509「敵ノ兵力ハ巡洋艦五隻・駆逐艦五隻ナリ」(利根機・続報)
0520「敵ハソノ後方ニ空母ラシキモノ一隻ヲ伴ウ」(利根機・敵空母発見)


10 :GF長官:2010/06/16(水) 20:49:07 ID:???
0530「直チニ発進ノ要アリト認ム」(山口少将・即時発進の意見具申)
0537 第一次攻撃隊収容開始(0617終了)
0555「収容終ワラバ一旦北ニ向ヒ、敵機動部隊ヲ捕捉撃滅セントス」
    (南雲長官、第二次攻撃隊をもって敵空母を攻撃することを明示)
0618 敵空母から敵機来襲(ホーネット第8雷撃中隊 TBD15機)0637終了
0640 同(エンタープライズ第6雷撃中隊 TBD14機)0700終了
0713 同(ヨークタウン第3雷撃中隊 TBD12機)
0722 同(エンタープライズ第6爆撃中隊 SBD31機)
0723 加賀被弾
0724 赤城被弾
0725 同(ヨークタウン第3爆撃中隊 SBD15機)
     蒼龍被弾


11 :GF長官:2010/06/16(水) 20:49:33 ID:???
Q1.事前の索敵計画(七線一段索敵)は、索敵軽視ではないのか(その1)
A1.当時の日本海軍では、重視でも軽視でもなく、標準である。

(註)「当時の聨合艦隊戦策では、索敵は一段索敵とすることが定められており、二段索敵を実施することに
   改められたのは、昭和18年5月のことである」    (『歴史群像(55)日米空母決戦ミッドウェー』)

Q2.事前の索敵計画は、索敵軽視ではないのか(その2)
A2.真珠湾でもインド洋でも珊瑚海でも、二段索敵は実施されていない。
   そもそも、二段索敵そのものがミッドウェー海戦の戦訓から生まれたものである。

(註)二段(多段)索敵という方法自体は、開戦前から考えられていた。
  「偵察が大事であるということは私自身もこれを痛感し、昭和2,3年ころ、初めて航空界に身を投じた時、
  第一に選んだ研究課題が"航空機による敵情偵知"であって、各種索敵法というものを考え出した元祖が
  私であったといっても過言ではないと思う」                  (『聨合艦隊』草鹿龍之介/著)


12 :GF長官:2010/06/16(水) 20:50:03 ID:???
Q3.事前の索敵計画は、索敵軽視ではないのか(その3)
A3.索敵機の数を増やすことは万能の解決策ではない(収容の手間)

(註1)艦上機(九七艦攻・二式艦偵等)の場合、収容の際、風上に立たなければならない。
    珊瑚海海戦一日目(昭和17年5月7日)、艦隊針路と風向が逆だったために、攻撃隊収容時に
    反転しなければならず、 その結果敵空母との距離を詰められず、薄暮攻撃になってしまった。

(註2)水上機(九四水偵・零式水偵等)の場合、着水した機体を揚収しなければならない。
    艦隊の行動が止まってしまい、敵潜水艦の格好の標的となる。

(註3)母艦が対空戦闘中の場合、帰艦した索敵機は上空待機を強いられる。
    ミッドウェー海戦では、利根四号機が0730頃に自艦上空に帰投したが、防空戦闘及び三空母
    被弾の混乱から、収容したのは0847時になった。

(註4)索敵機の中には、機位を失い不時着する機体が出るおそれもある。
   「インド洋作戦で起きたある不運な出来事のため、偵察に必要最小限度以上の兵力を割くことを、
   南雲およびその幕僚はためらうようになっていた。索敵機が機位を失し、そのために母艦が無線
   封止を破って電波を出し、艦隊の位置を敵に暴露することになったからである」 
                           (『ミッドウェーの奇跡』GordonPrange/著・千早正隆/訳)


13 :GF長官:2010/06/16(水) 20:50:24 ID:???
Q4.事前の索敵計画は、索敵軽視ではないのか(その4)
A4.索敵機の数を増やすことは万能の解決策ではない(誤報の増加)
   索敵機を増やせば、敵情報告も増加するが、同時に誤報が含まれる恐れも大きくなる。

(註)珊瑚海海戦一日目(昭和17年5月7日)では、20機以上の索敵機を出したが、最初に
   入ったのが誤報(油槽船を空母と誤認)だったため、攻撃隊が空振りに終わった。
   同海戦二日目では、わずか7機の索敵機だったのにも関わらず、正確な敵情報告のため、
   攻撃隊は会敵に成功した。


14 :GF長官:2010/06/16(水) 20:50:47 ID:???
Q5.0415時、南雲長官が兵装転換を命じたのは何故か(その1)
A5.0400時、友永大尉より「第二次攻撃ノ要アリ」と要請があった。第一次攻撃隊長が「効果不十分」
   と判断したのだから、再攻撃が必要なのは当然である。

(参考)「日本海軍には、第一線下級指揮官の判断を尊重する伝統があった」
                                 (『太平洋戦争航空史話』秦郁彦/著)

Q6.0415時、南雲長官が兵装転換を命じたのは何故か(その2)
A6.0405時から、南雲機動部隊はミッドウェー基地航空隊の攻撃を受けている。同島航空兵力は未だ
   健在であり、速やかにこれを壊滅させなければならない。

(註)「この攻撃によって、ミッドウェーに対する第二次攻撃の必要性についてのすべての疑問が解消した。
   いったいこれらの飛行機はどこから飛来したのか。南雲にとっては、もはや確認する必要はなかった。
   ミッドウェーから来たことは明らかだった」             (『逆転』WalterLord/著・実松譲/訳)


15 :GF長官:2010/06/16(水) 20:51:42 ID:???
Q7.0415時、南雲長官が兵装転換を命じたのは何故か(その3)
A7.味方攻略部隊は、すでに前日からミッドウェー島の敵哨戒圏(600浬)内を進撃中である。
   輸送船団に損害が生じては作戦全体に大きな支障をきたす。敵基地制圧が急務である。

 (註)「聨合艦隊命令は敵艦隊撃滅を第一順位としていたが、同命令はまた機動部隊によるミッドウェー空襲を
    6月5日と特に指令していた。もし我が機動部隊が計画通りミッドウェーの航空兵力を無力化しなかった場合
    には、空襲の二日後に予定されている上陸作戦は猛反撃を受け、全攻略作戦は重大な支障を受けるであろう」                         
                                            (第一航空艦隊先任参謀・大石保中佐)


16 :GF長官:2010/06/16(水) 20:53:08 ID:???
Q8.0415時、南雲長官が兵装転換を命じたのは何故か(その4)
A8.0130時から発進した索敵機(巡航速度120節・進出距離300浬)は、2時間半あれば索敵線先端に到達する。
   (最も遅い利根四号機でも0430頃)
   0415の時点で報告がないということは、南雲機動部隊の半径300浬内に敵艦隊は存在しない可能性が高い。
   よって、ミッドウェー島再空襲を優先すべきである。

(参考1)昭和19年6月19日マリアナ沖海戦1日目について。
「0730第一段索敵機、概ネ端末ニ達シタル時機、攻撃距離内ニ他ノ母艦群ヲ 認メザリシヲ以テ、
一航戦第一次攻撃隊ヲ発進セリ」               (『戦史叢書(12)マリアナ沖海戦』)

小沢長官もまた、索敵機が索敵線先端に到達した時点をもって、「他に敵空母群は居ない」と判断している。
南雲長官の兵装転換下令は、決して「航空戦の素人」だからではない。

(参考2)昭和17年5月8日珊瑚海海戦2日目について。
索敵機が米機動部隊発見を報告したのは、側程に入ってから約20分経過した時点に相当。
よって、南雲長官の決断は「時期尚早」という評価も成立する。


17 :GF長官:2010/06/16(水) 20:53:55 ID:???
[補足1]兵装転換評(国内)

(1)『戦史叢書(43)ミッドウェー海戦』(防衛庁防衛研修所戦史室)

「第一機動部隊は0405ころから防空戦闘を開始した。この戦闘中南雲長官はミッドウェー島再攻撃を決意し、
艦内で雷装して待機していた艦攻の兵装を爆装に換えるよう命じた。
ところが敵水上部隊発見に伴い、南雲長官はこれが攻撃を企図し、0445『敵艦隊攻撃準備、攻撃機雷装其ノ儘』
と下令した。

この命令に『其ノ儘』(そのまま)という字句を使っているところでも判るとおり、同長官は兵装転換に長時間を要する
ことや、30分前兵装転換を下令してから防空戦闘が続いたことなどから、爆装への転換作業はほとんど進んでおらず、
簡単に雷装に復旧できると判断したのである」


18 :GF長官:2010/06/16(水) 20:54:18 ID:???
(2)『ミッドウェー』(淵田美津雄・奥宮正武/共著)

「第二次攻撃隊をミッドウェー基地に向けるって、もう命令が出たのか?」
「イヤ、いま司令部で話し合っているのを艦橋で聞いてきました」
「だって、またインド洋のときみたいに、出たあとで偵察機から"敵艦見ユ"と来るかも知れんぜ」
「イヤ、しかし偵察機は、もう全部、とうに索敵線の前端まで行きついた時刻なのに、報告がありませんから、
 攻撃圏内には敵艦隊はおらんと判断されていますよ」
「そうか、しかし魚雷を抱いているんじゃないか?基地攻撃はちょっと困るね」
「ええ、それでいまから、陸用爆弾に積みかえろって命令が出るんですよ」
「いやあ、それは大変な騒ぎだ。それに、もうそろそろ敵の陸上機が来るころだぜ」
このとき司令部はすでに、第二次攻撃隊をミッドウェー攻撃に振り向けることに一決していた。


19 :GF長官:2010/06/16(水) 20:54:40 ID:???
(3)『写真太平洋戦争』(第3巻) (光人社NF文庫)

「南雲長官は、最初に兵装転換を下令してからまだ30分しか経っていないので、艦攻の大部分はまだ雷装のまま
だろうと考えた。しかし兵装転換というのは、外すのは簡単なもので、たちまちカタンと外してしまう。問題は装着に
時間がかかるのだ。したがって全機の魚雷がすでに外されて、格納庫内で爆装作業が始まっていた」


20 :GF長官:2010/06/16(水) 20:54:59 ID:???
(4)『歴史群像(55)日米空母決戦ミッドウェー』(学研)

「第一機動部隊司令部にとっては、これはミッドウェー島の航空戦闘能力は未だ健在で、今なお脅威となり得ることを
示しており、15分前に友永大尉機から送られてきた報告が正しいことを裏付けるものとなった。

この時点では、敵艦隊出現の兆候は聨合艦隊及び軍令部の対敵情報でももたらされていない。
また、発進させた索敵機はまもなく索敵線の先端にたどり着く頃だが、いまだに敵発見の情報がないということは、
敵空母の攻撃圏内に第一機動部隊が存在しないことを示してもいた」


21 :GF長官:2010/06/16(水) 20:55:21 ID:???
[補足2]兵装転換評(海外)

(1)『ニミッツの太平洋海戦史』(ChesterWilliamNimiz/著・実松譲 冨永謙吾/共訳)

「この時機(米空母の攻撃隊発進)までの南雲提督の作戦は、見事な慎重さで実施された。
彼の得た敵情報告からは、海上兵力による抵抗は予期されなかったが、ミッドウェー攻撃には使用可能な飛行機の
半分だけを発進させ、その残りは魚雷を装備、万一米艦隊が出現した場合の戦闘に備え、飛行甲板上に待機させて
いた。

午前7時、ミッドウェー攻撃から帰艦した攻撃隊指揮官は、ミッドウェーに対し第二次攻撃の要ありと進言した。
その直後に行われたミッドウェー基地機による雷撃は、この意見具申を裏書きするように思われた。
このときまでに、南雲部隊の巡洋艦搭載機はすでに二時間から二時間半の索敵を続けており、少なくとも200浬の
索敵線に達しているように考えられた。いまや米艦体に対する警戒を緩めても、安全であるように見えた。
いずれにせよ、ミッドウェー攻撃隊は間もなく帰投し、補給を必要とするであろう」

(註)「午前7時」は、日本時間0400時。
「ミッドウェー攻撃から帰艦した攻撃隊指揮官」は、友永大尉の無電を指す(戦闘経過参照)


22 :GF長官:2010/06/16(水) 20:55:55 ID:???
(2)『太平洋戦争アメリカ海軍作戦史』(SammuelEliotMorison/著・中野五郎/訳)

午前7時(0400時)、彼(南雲長官)はミッドウェー島空襲を終わったばかりの攻撃機隊指揮官友永大尉から
「ミッドウェー島に対しては第二次攻撃の要あり」という電報を受け取った。
その十分後に、ミッドウェー島から出たアメリカ軍爆撃機の来襲があったが、これは友永海軍大尉の具申した
意見を裏書きするものであった。

これに基づいて日本機動部隊指揮官南雲海軍中将は、7時15分(0415時)に彼にとって致命的となった決定をした。
すなわち彼は敵軍の水上部隊に対して即時待機の姿勢にあった攻撃機隊93機の「準備を解いた」のである。

すると7時28分(0428時)に至り、遅れて発進した巡洋艦利根の飛行機から電報が受領され、これで情勢は忽ち
一変した。この電報を受けた当初、南雲海軍中将はこの敵艦隊を処理しなければならぬと考えた。しかしこの報告は、
敵の航空母艦に関して何らの暗示もない漠然としたものであったから、同中将は彼の麾下の攻撃飛行隊の急速兵装
転換を取り消すことを至当とは考えなかった。

15分間熟慮して7時45分(0445時)決心を変えた。すなわち彼は直率部隊に対して、
「敵の艦隊に対する攻撃実施を準備せよ。爆弾装備に変更未済の攻撃機に搭載の魚雷はそのままに残せ」と信号した。
恐らくは当時、彼は珊瑚海海戦における原忠一海軍少将の大失策、すなわち航空攻撃隊の大部分を油槽艦に向けて
無駄に費やしたことを想起したのであろう。
そのため2分後に、利根機に対して「艦種知らせ。触接を持続せよ」と無電で指令した。

利根機の操縦士は、8時20分(0520時)に「敵ハ航空母艦ラシキモノ一隻ヲ伴フ」と報告した。
彼の計画していた攻撃隊はすでに編成を解かれていたし、その麾下の各航空母艦の飛行甲板は、ミッドウェー島から
刻々帰還してくる飛行機のために取り片付けておかねばならなかった。
彼は航空母艦間の戦闘において達成すべきものを、与える側ではなく、受ける側に立たねばならなかったのである。
これは何たる重大な運命の破局であったろう!

(註)( )内は日本時間。戦闘経過参照。


23 :GF長官:2010/06/16(水) 20:56:17 ID:???
(3)『空母ヨークタウン』(PatFrank/著・谷浦英男/訳)

「多くの著述家が、これ(兵装転換)を取り返しのつかない大失策であり、 おそらく日本に敗戦をもたらした
大錯誤だったと強調している。
そういうことにつながるとしても、その時点においては、これは妥当な決断 だったと言える。

ミッドウェーを再攻撃しなければならないのは明白だった。
現にたった今、 ミッドウェーからやってきた飛行機隊が、南雲自身の乗艦を攻撃したばかりである。
一方、索敵機が付近の海域に敵水上艦隊を発見したという徴候は全くない。

南雲長官は、正当な決断である、と判断した。
ミッドウェーに第二次攻撃をかけることは決して賭けではない。
第一波は間もなく帰投して、発進して行く飛行機と交替する。 第一波は着艦するやいなや爆弾と魚雷を
搭載して、 索敵機が敵の艦隊を 発見したなら、いつでも発進できるように待機するだろう。
客観的に見れば、これは論理的な決断だったと言える」


24 :GF長官:2010/06/16(水) 20:56:39 ID:???
(4)『ミッドウェーの奇跡』(GordonPrange/著・千早正隆/訳)

「南雲のこの決定は、その後に激しい批判の的となった。高い外野席からの結果論からみれば、南雲のこの決定は
重大なミステークであったと思う読者は、きわめて多いかもしれない。が、著者は草鹿や源田と同じく、当時の情況
からして南雲の決定は妥当なものであったと信ずる者である。

ミッドウェーを攻撃した友永が再攻撃の必要があると意見を具申したこと、
ミッドウェー基地の航空部隊がまだ攻撃を続けていること、
彼がもっとも信頼している源田が同意したこと、
南雲は彼自身の常識に基づいて決定を下したからである。
しかも、その前日に東京から『わが企図が敵に察知された兆候全くなし』という電報を受信していたのである

南雲のこの重大な決定の是非を判断するには、彼が赤城の艦橋でその決定をした当時の状況を見なければならない。
その決定は少なくとも、敵艦隊の配備および能力を知ることなくして為されたものであった。とすれば、それは指揮上の
失策ではなく、情報上の失策と看なすべきであった。
『知っていれば怪我はない』との古諺とは逆に、南雲は知らなかったために大怪我をした、と言ってよいであろう」


25 :GF長官:2010/06/16(水) 20:57:01 ID:???
Q9.0530時、南雲長官が山口少将の意見具申を採用しなかったのは何故か(その1)
A9.0530頃B−17が二航戦を撮影した写真がある。それによれば甲板上には攻撃隊は整列していない。
   この状態から発艦準備を完了させるには40分は必要。現実的に即時発進は不可能である。

 (註1)写真については、『歴史群像(55)日米空母決戦ミッドウェー』(学研)p64、p136 
                『写真太平洋戦争第3巻』(光人社NF文庫)p190を参照のこと。
 (註2)よく見ると、蒼龍飛行甲板艦尾付近に1機・飛龍飛行甲板中央付近に1機確認できる。
     おそらく直衛の零戦と思われる。
 (註3)「攻撃機などの兵装が完備していても、これを格納庫から飛行甲板に揚げ、攻撃隊の発進準備を完成する
     のにはまず40分は必要であろう」                    (『戦史叢書(43)ミッドウェー海戦』)

蒼龍(0521〜0524時におけるB−17の攻撃。艦尾に1機確認できる)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Soryu_under_B-17_attack.jpg

飛龍(後部甲板に「ヒ」の識別記号。飛行甲板中央に1機確認できる)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hiryu_f075712.jpg


26 :GF長官:2010/06/16(水) 20:58:03 ID:???
Q10.0530時、南雲長官が山口少将の意見具申を採用しなかったのは何故か(その2)
A10.第二次攻撃隊の制空隊(零戦)のほとんどは、母艦直衛に上がって対空戦闘中である。
    護衛なしの艦爆隊で敵空母を攻撃しても、戦果は期待できない。

時間帯別直衛戦闘機数
http://www.uploda.tv/v/uptv0065125.jpg

(参考1)珊瑚海海戦一日目には、護衛なしの薄暮攻撃を実施した。(編成は艦爆12・艦攻15の計27機)
     しかし、米戦闘機の奇襲に遭い、未帰還機9(艦爆1・艦攻8)の損害を出した。
     薄暮ですら、この大損害なのだから、昼間攻撃では到底有効な打撃は与えられないだろう。

During these battles, it became clear that attacks without fighter escort amounted to suicide.
これらの戦闘(珊瑚海海戦)を通して、護衛なしの攻撃隊は結局自殺行為になることが明らかになった。
                                        (『Grumman F4F Wildcat』Coral Sea)
http://users.skynet.be/Emmanuel.Gustin/history/f4f.html
米側の認識も同じである。

(参考2)ミッドウェー海戦において、単独で南雲機動部隊に攻撃してきた米空母雷撃隊は壊滅した。
     護衛なしの攻撃に躊躇したのは、間違ってはいない。
 (註)VT−8(ホーネット)    15機中全機撃墜
    VT−6(エンタープライズ)14機中10機撃墜
    VT−3(ヨークタウン)   12機中10機撃墜(2機未帰還)
    計41機中35機撃墜。

(参考3)0530時点での米空母情報は、利根四号機の「ミッドウェーヨリノ方位10度・240浬」(0428時発信)のみ
     であり、 実際の位置より北へ100浬近くずれている。よって、即時発進しても会敵できない恐れが大である。


27 :GF長官:2010/06/16(水) 20:59:41 ID:???
[補足3]第二次攻撃隊の兵装状態(推定)作業はすべて格納庫内

      一航戦(艦攻隊) 二航戦(艦爆隊)        備考
0130      雷装        空装?      第一次攻撃隊発進
0415   転換作業開始    爆装開始     兵装転換命令(一航戦は雷装から爆装へ)
                                        (二航戦は陸用爆弾装備開始)
0445   復旧作業開始   転換作業開始   一航戦は未換装機の爆装作業中止
                               爆装転換済みの機体は雷装復旧開始
                               二航戦は陸用爆弾を通常爆弾へ換装開始
0530   復旧作業途中   転換作業途中?  二航戦は陸用爆弾と通常爆弾の混載状態?
                               山口少将、即時発進の意見具申
0723   復旧作業途中   転換作業完了   三空母被弾


28 :GF長官:2010/06/16(水) 21:00:00 ID:???
(1)「空装」とは、魚雷も爆弾も装備していない状態。

(2)一航戦が雷装待機なのは、事前のGFの指示によるもの([補足4]参照)

(3)二航戦が空装なのは、インド洋作戦時の戦訓によるもの。

「(第二次攻撃隊の)二航戦の艦爆は、一航戦同様に対艦装備で待機していたとも言われているが、最近の米側の
研究では爆装がなされていない状態で格納庫内にあったともされる。これはインド洋で攻撃準備中に敵艦隊を発見
して雷爆換装に追われた戦訓を踏まえて、状況を見極めた上で敵情がはっきりするまでは、あえて艦爆隊の準備を
しなかったのではないかと考えられる」                 (『歴史群像(55)日米空母決戦ミッドウェー』)


29 :GF長官:2010/06/16(水) 21:00:25 ID:???
Q11.第一次攻撃隊収容より、第二次攻撃隊発進を優先させるべきだったのでは(その1)
A11.第一次攻撃隊は0500時過ぎから帰投を始めていたが、母艦が対空戦闘中であったため、上空待機を
    強いられていた。速やかに収容しなければ、燃料切れで不時着する機体が生じる恐れがあった。

Q12.第一次攻撃隊収容より、第二次攻撃隊発進を優先させるべきだったのでは(その2)
A12.第一機動部隊の任務は「ミッドウェー島航空兵力の無力化」である。
    この後のミッドウェー島再空襲、及び攻略部隊の上陸支援のためにも、母艦兵力を減少させる
    わけにはいかない。


30 :GF長官:2010/06/16(水) 21:00:55 ID:???
Q13.第一次攻撃隊収容より、第二次攻撃隊発進を優先させるべきだったのでは(その3)
A13.第一機動部隊の任務は「米空母部隊の捕捉撃滅」である。
    0530時点で、発見した敵空母は一隻のみ。新たな空母が別の場所で発見された場合、第三次攻撃隊を
    編成する上でも、母艦兵力を少しでも確保しておきたい。

(参考)海外の評価
「南雲としてはそのような意見具申(山口少将の即時発進)を必要としていなかった。真珠湾の勝利者である彼(南雲)
以上に航空攻撃の奇襲性と迅速性の価値を認識している者はなかったと言ってよい。が、彼は山本に対し、天皇に対し、
更に祖先の神霊に対して責任を負っている幾千の将兵の生命をその手中に預かっていた」

「南雲は理論的には、非難の余地のない作戦決定をしたのであったが、それが皮肉なことに裏目に出たのであった。
南雲は彼が戦闘の主導権を失っていたことに気づかなかったが、彼が入手していた情報を見る限り、彼がそのことに
気が付かなかったことを非難する理由は見出し難い。
だからこそ、彼にはパニックに陥り、中途半端の兵力で敵艦隊の攻撃に向かわす必要性がなかったのであった」
                                                       (『ミッドウェーの奇跡』)


31 :GF長官:2010/06/16(水) 21:01:18 ID:???
Q14.南雲長官は米空母が付近に居る可能性を考えていなかったのか。油断し過ぎではないか。
A14.考えてはいたが、A7の理由から、敵空母所在の「確証」がない限り動けない事情があった。
    敵空母所在の「兆候」のみでは、ミッドウェー島再空襲の方を優先したいという考えだった。

「このとき南雲長官は大した逡巡もなく(ミッドウェー島再空襲の)決断を下している。
が、ここで読者諸氏は疑問を浮かべられるであろう。米空母部隊の所在に、ここまできても気を遣わなかったのか
という当然の疑問である。

敵機動部隊に対する配慮は、当たり前のことながらあった。ただ何度も書くように
『味方の輸送船団は休むことなく前進を続け、ミッドウェー島に近づいているであろう』
という焦慮が、絶えず南雲長官以下各幕僚の頭から離れず、思考の弾力を奪っていた。
草鹿参謀長の言う『二兎を追うわずらわしさ』である。

もし、それなりの処置をとって敵空母部隊に出合えばよい。が、遭遇することなく無駄な時間と兵力を費やし、
空からの援護なしに味方輸送船団を裸でミッドウェー島に近づけ、作戦を根底から崩してしまうようなことが
あってはならない。
そういう思いが片時も離れない。責任の重圧から来るその感情は、恐怖にさえ似ていた」
                                      (『ミッドウェー戦記』亀井宏/著)


32 :GF長官:2010/06/16(水) 21:01:39 ID:???
Q15.山本GF長官は敵空母撃滅優先を指示していたはずだが、南雲長官に伝わってなかったのか。
   (その1)
A15.南雲長官は、GFの作戦方針を正しく理解していたと思われる。
    現に、0520時の敵空母発見の報告を受けて、0530時には敵艦隊に対する第二波準備を下令し、
    0555時には「敵機動部隊ヲ捕捉撃滅セントス」と敵空母撃滅を優先することを明示している。

(参考)
(1)珊瑚海海戦1日目には、索敵機が油槽船を空母と誤認し、攻撃隊が空振りに終わり、その後の作戦に
   大きな支障をきたした。
(2)珊瑚海海戦では、敵空母2隻を撃沈破したにも関わらず、MO作戦は失敗に終わった。
  「敵空母を全滅させても、味方攻略部隊が上陸できなければ、作戦は失敗である」
(3)0530の発令とは、
   「発:機動部隊指揮官」「宛:機動部隊」「本文:艦爆隊二次攻撃準備 二五○粁爆弾揚弾」
   収容した友永隊(第一次攻撃隊)の艦爆隊(一航戦)に対艦装備を施し、第二次攻撃隊発進後、
   すぐさま第二波として敵空母に向かわせることを企図したもの。


33 :GF長官:2010/06/16(水) 21:02:03 ID:???
Q16.山本GF長官は敵空母撃滅優先を指示していたはずだが、南雲長官に伝わってなかったのか。(その2)
A16.雷装待機中の第二次攻撃隊は「最強編成」である(板谷制空隊・江草艦爆隊・村田雷撃隊)
    新任の友永大尉に基地制圧を任せ、真珠湾以来の熟練指揮官を敵空母撃滅用に残していたというところから、
    南雲長官が米空母撃滅の方を重視していたことがうかがえる。

(註)板谷茂少佐(赤城)真珠湾攻撃では第一次攻撃隊制空隊長。
   江草隆繁少佐(蒼龍)真珠湾攻撃では第二次攻撃隊艦爆隊長。「艦爆の神様」インド洋作戦で8割超の命中率。
   村田重治少佐(赤城)真珠湾攻撃では第一次攻撃隊雷撃隊長。「雷撃の神様」

「まことにこの三人の指揮官は、この舞台ではベストワンのトリオである。そして彼らに続く
搭乗員は、すべて一騎当千の精鋭で、かけ値なしに当時日本海軍のベストワンの編成である。
もしこれでスポーツのように国際競技が行われるものとしたら、金メダルは確実である。
南雲中将は、米空母群は近くに居ないと一応は判断しているが、それでも万一に備えて、このように
敵空母群攻撃の最良編成で待機させたのである」      (『ミッドウェー』淵田・奥宮/共著)

「(第二次攻撃隊の)パイロットたちはぶらぶら歩きながらくつろぎ、待機していた。こんなに数多くの
優秀なパイロットをこのように待機させておくのは、なんだか無駄遣いのように見えた。
しかし、南雲は艦隊の安全を希望していた。
誰でも動かない島を攻撃できるが、動きまわる艦船を攻撃するには伎倆が必要である。だが、見込み
がなくても米艦隊の出現の恐れがある限り、南雲は使用できる優秀な搭乗員を待機させておきたかったのだ」
                                         (『逆転』WalterLord/著・実松譲/訳)


34 :GF長官:2010/06/16(水) 21:03:04 ID:???
[補足4]第二次攻撃隊雷装待機について

(1)雷装待機は事前にGFより厳命されていた。
「ミッドウェー攻撃ノ間、母艦搭載機ノ半数ハ、敵艦隊ノ出現ニ備ヘテ艦上待機ヲ行フ
 対敵艦隊攻撃待機ハ、第一編制(指揮官 赤城飛行隊長)トスル」(『戦史叢書』MI作戦要領)

(2)雷装待機に対する反論(『ミッドウェーの奇跡』より)
「山本長官が兵力の半数を、敵の空母部隊に備えるよう望んでおられることは、南雲長官もその幕僚も
よく承知していた。事実、情況の許す限りそうしていた。
が、敵のミッドウェー基地の航空兵力が我々に対して攻撃を開始し、敵の空母部隊がまだ発見されない
情況では、居るのか居ないのか分からない敵に対して、その兵力の半数を無期限に放置しておくのは、
前線の指揮官としてほとんど耐えられないことであった」       (草鹿龍之介少将・一航艦参謀長)

「そのような考えにこだわると、適当な敵が発見されない限り、攻撃兵力の半数が有効に使われないこと
になる。情況によって決定はなされなければならない」         (源田実中佐・一航艦航空甲参謀)


35 :GF長官:2010/06/16(水) 21:03:32 ID:???
Q17.『第一航空艦隊戦闘詳報』の「経過概要」では、0428時送信の利根機敵艦隊発見電は
    0500時受信となっているが、戦闘経過では0440時受信としているのは何故か。
A17.0445時の換装中止命令と矛盾するから。
    0500時受信の場合、情勢に何の変化もないのに、いきなり換装中止命令を出したことになる。
    兵装転換の中止を命ずる限りは、その前に何らかの敵情の変化が入ったはず。
    0445時の発令自体が虚偽とする説もあるが、0447時の無電を米側が傍受した記録が残されている。
                                               (『歴史群像ミッドウェー』より)

(註1)『戦闘詳報』の出典は、『記録ミッドウェー海戦』(澤地久枝/著)
    または、「国立公文書館 アジア歴史資料センター」のホームページより
    http://www.jacar.go.jp/index.html
    【レファレンスコード】C08030023900(11/54)
(註2)0447時の無電とは、
   「発:機動部隊指揮官」
   「宛:利根四号機」
   「本文:タナ一、艦種確メ触接セヨ」
   つまり、南雲長官が利根四号機に「艦種を確認せよ」と命ずる以上、0447時以前に利根機からの
   敵艦隊情報を赤城が受信していたことになる。


36 :GF長官:2010/06/16(水) 21:03:59 ID:???
以降は珊瑚海海戦編テンプレ

[珊瑚海海戦要図] 日出は0420時、日没は1614時(日本時間)

      □■ラバウル
     □□□
□□□□□□□     □□      ソロモン諸島
             □□  □□
□□□□              □□   □□
□□■ラエ                   □□   □□   □□
□□□□□                         □□   ■ツラギ
□□□□□□□   ジョマード水道                □□□ガダルカナル島
□□□■□□□□    ↓  ルイジアード諸島
 ポート □□□□■ □ □■ □ ■ロッセル島          □
 モレスビー  サマライ  デボイネ




□□               珊 瑚 海
□□
□□■クックタウン
豪□□
州□□                                ニューカレドニア
□□□■タウンスビル                          □□
□□□□                                   □■ヌーメア
□□□□□□


37 :GF長官:2010/06/16(水) 21:04:20 ID:???
[MO作戦日本側編成]

<南洋部隊>第四艦隊司令長官・井上成美中将

(1)MO機動部隊(第五戦隊司令官・高木武雄中将)
[主隊](高木中将直率)
 第五戦隊   重巡「妙高」「羽黒」
 第七駆逐隊  駆逐艦「曙」「潮」
[航空部隊](第五航空戦隊司令官・原忠一少将)
 第五航空戦隊 空母「瑞鶴」「翔鶴」
 第二十七駆逐隊  駆逐艦「有明」「夕暮」「白露」「時雨」
[補給隊]     給油艦「東邦丸」


38 :GF長官:2010/06/16(水) 21:04:40 ID:???
(2)MO攻略部隊(第六戦隊・五藤存知少将)
[MO主隊](五藤少将直率)
 第六戦隊 重巡「青葉」「衣笠」「加古」「古鷹」
        空母「祥鳳」
        駆逐艦「漣」
[ポートモレスビー攻略部隊](第六水雷戦隊司令官・梶岡定道少将)
 第六水雷戦隊 軽巡「夕張」
           駆逐艦「追風」「朝風」「睦月」「望月」「弥生」「卯月」
           敷設艦「津軽」
           掃海艇「第二○号」
           輸送船12隻
[掩護部隊](第十八戦隊司令官・丸茂邦則少将)
 第十八戦隊 軽巡「天龍」「龍田」
         水上機母艦「神川丸」「聖川丸」
         特設砲艦「日海丸」「京城丸」「勝泳丸」
         特設掃海艇2隻

(3)ツラギ攻略部隊(第十九戦隊司令官・志摩清英少将)
 第十九戦隊 敷設艦「沖島」
         駆逐艦「菊月」「夕月」
         特設掃海艇2隻
         特設特務艇2隻
         特設駆潜艇2隻
         輸送船2隻


39 :GF長官:2010/06/16(水) 21:05:04 ID:???
[珊瑚海海戦米側編成]

第17任務部隊(フランク・フレッチャー少将)

[第2群]攻撃隊(トーマス・キンケード少将)
 重巡「ミネアポリス」「ニューオリンズ」「アストリア」「チェスター」「ポートランド」
 駆逐艦「フェルプス」「デューイ」「ファラガット」「エールウィン」「モナガン」

[第3群]支援隊(ジョン・クレース英少将)
 重巡「オーストラリア」(豪)「シカゴ」
 軽巡「ホバート」
 駆逐艦「パーキンス」「ウォーク」

[第5群]航空部隊(オーブレイ・フィッチ少将)
 空母「ヨークタウン」「レキシントン」
 駆逐艦「モリス」「アンダーソン」「ハマン」「ラッセル」

[第6群]補給隊(ジョン・フィリップス大佐)
 油槽船「ネオショー」「ティッペカヌー」
 駆逐艦「シムス」「ウォーデン」

[第9群]索敵隊(ジョージ・デーボン中佐)
 水上機母艦「タンジール」(PBY12機)

(註)フレッチャー少将はヨークタウン坐乗、フィッチ少将はレキシントン坐乗
   この他に、ポートモレスビー及び豪州の陸軍航空隊が加わる。


40 :GF長官:2010/06/16(水) 21:05:41 ID:???
こちらは士官用テンプレ。過去スレの内容をまとめたものです。

<索敵>
Q18.ミッドウェー海戦における第五索敵線(77度)の筑摩一号機の行動について、
   (甲)米機動部隊の航路上を通過しながら、雲上飛行だったため発見出来なかった。
   (乙)途中で米艦爆(SBD)と遭遇し、交戦しがら報告しなかった。
A18.筑摩一号機(機長・都間信大尉・筑摩飛行長)の行動は謎が多く、断定は出来ないが、  
(甲)について、
索敵計画線を見れば、筑摩一号機は米機動部隊(TF16)航路上を通過している。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/437
雲上飛行は、都間大尉自らが認めている。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/398
予定通りに飛行していれば、同機は0320頃、左手方向・約23浬に米空母を発見できたはず。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/437-439
米側の記録によれば、当時米空母上空の天候は良かった。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/454
この状況で索敵機から視認できないのは不自然と思われる。

仮に雲上飛行をして、雲下の米艦隊を発見できなかったとしても、米海軍のレーダーが筑摩一号機
を捕捉するはず。史実でもエンタープライズのレーダーが利根四号機を発見している。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/534
米戦史にその記録が見られないことからも、筑摩一号機は規定の索敵線を外れて飛行していたのでは
ないかとも考えられる。


41 :GF長官:2010/06/16(水) 21:06:07 ID:???
(乙)について、
日米双方の公刊戦史に該当の記録は見られない。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/456-457
日本側では『実録太平洋戦争』(秦郁彦/著)に、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/400
米側では『空母ヨークタウン』(PatFrank/著・谷浦英男/訳)に見られる。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/458
秦氏の著述は『空母ヨークタウン』を出典としているのだろう。
しかし同書の記述だけでは、筑摩一号機と交戦したとは断定できない。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/459
更にヨークタウンSBDの索敵圏から考えると、仮に筑摩一号機と接触したとしても、
それは復路(0430時以降)になり、0415時の兵装転換下令には影響しない。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/466-468
また、筑摩四号機(第六索敵線・54度)と遭遇した可能性もある。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/469
よって、都間大尉の責任にすることは過早であると考えられる。


42 :GF長官:2010/06/16(水) 21:08:09 ID:???
<攻撃前日の敵情判断>
Q19.6月4日に輸送船団が攻撃を受けながら、なお奇襲が成立すると見込んでいた南雲司令部
    の判断は甘かったのではないか。
A19.企図漏洩をうかがわせる情況は以下の三点。
@第二機動部隊による、ダッチハーバー空襲(0040時)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/259
A攻略船団の被発見(0615時)と被攻撃(1330・2354時)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/258
B南雲機動部隊が、敵哨戒艇による触接を受ける(1630・2354時)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1268653116/230-231(敵信傍受)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/251-252(1630時)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/254(2354時)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/256-257
6月5日0000時点での情勢判断
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/260
@〜Bによりハワイから米空母が出撃してきても間に合わないと思われる。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/274
6月5日0130時に友永隊を発進させても、基地が空の公算大である。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/275
しかし発進時間や編制を変更する時間の余裕はない。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/276
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/306
奇襲成功の見込みは甘かったが、現実問題として他に方法はなかったのではなかろうか。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/279-280


43 :GF長官:2010/06/16(水) 21:09:25 ID:???
テンプレ終了。

先任参謀殿の提言により、[MI作戦の作戦目的]変更しました。
士官用テンプレQ19追加しました。


44 :名無し三等兵:2010/06/16(水) 21:12:40 ID:???
>>1

45 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 17:56:58 ID:???
大将だろ

46 :GF長官:2010/06/22(火) 21:29:58 ID:???
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/731
さすがに我が麾下部隊の行動は迅速だな!
>両方とも四捨五入すれば1000キロ
つ、つまり日本からハワイまでは5500キロだから、四捨五入すれば1万キロ。
往復2万キロで地球半周したわけか。南雲機動部隊恐るべし。

http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/738 
スレ移行したので心配ないかと。


47 :GF長官:2010/06/22(火) 21:36:31 ID:???
>>7 ようこそ南雲スレへ!
>悲劇の将軍ではあった、でも重大な作戦を数多く落としすぎた
南雲長官は批判されて然るべきだと思います。
ミッドウェーでは空母を全滅させているわけですから。
しかし、南雲が無能だから決断を誤ったのか?
それを検証するのが当スレの趣旨であります。どうぞご贔屓に。

>>45 こちらへ
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1210507385/762


48 :GF長官:2010/06/22(火) 21:37:52 ID:???
>>46リンク訂正
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/731
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/737


49 :GF長官:2010/06/22(火) 22:14:04 ID:???
前スレ埋まりました。
引き続き宜しくお願いします。

http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/730の続き

飛龍に取り残された機関科員たちの消息は・・・

「飛龍左舷前機室の萬代少尉は、突然の大爆発で身体が宙に飛んだ。
やがて耳をすますと、舷側の波音が聞こえてきた。
機械部員たちは敵のとどめの魚雷だと思い、すべてを諦めた。

すると天井の昇降口のハッチが開き、日高豊三等機関兵が声をかけてきた。
全員は”助かるぞ”と歓声をあげた」         (『勇断提督山口多聞』)

まさか”味方からの魚雷”だとは思わなかったでしょうね。
彼らは通路をつたって、他の缶室・機械室の生存者を確認。
更に機械室倉庫の隔壁の鋲が抜けており、光が漏れている箇所を発見した。
もしかしたら、巻雲からの魚雷命中の衝撃で鋲が飛んだのかもしれない。


50 :GF長官:2010/06/22(火) 22:16:06 ID:???
>>49の続き

さっそく大ハンマーとタガネをふるって脱出口確保に全力を尽くし、その結果、
約一時間後に一人が抜けられる程度の穴が開いた。
相宗機関長は全員脱出を下令。

「飛行甲板に上がった時、駆逐艦が現場を離れて行くところであった。
これを呼び戻そうとしてマストに昇って灯火で信号したが、モールス符号を
知らないので遂に目的を達しなかった。
のちに飛龍航海長であった長少佐の語るところによると、山口司令官や
加来艦長がお別れの信号をしているものと思ったそうである」(『戦史叢書』)

ここでも「意思疎通の欠如」が見られますね。
思い込みというのは他人から指摘されない限り、なかなか気づかないものですから。
本職もスレ内で思い知らされてばかりですよ。


51 :GF長官:2010/06/22(火) 22:17:23 ID:???
>>50の続き

飛行甲板に脱出できたのは相宗機関長以下、約70名にもなった。
夜明け後(0330頃)には、鳳翔からの九六艦攻が飛龍上空に飛来。
付近の味方艦艇が助けに来てくれるはずと思った彼らは、カッターでの脱出を決意。

早速準備にとりかかったが、作業完了しないうちに飛龍が沈み始めた。
時間は、6月6日0606時と記録されています。
全員は飛行甲板から海に飛び込んだが、沈没の渦に巻き込まれて残ったのは39名。
15日間の漂流の後、5名が死亡。残り34名は米水上機母艦バラードに収容され、
ミッドウェー島で捕虜となり、最終的には米本土へ送られた。

皮肉にも、彼ら34名だけが「ミッドウェー島上陸」に成功したことになる。


52 :前スレ>>734:2010/06/22(火) 23:08:27 ID:???
前スレ>>739
>南雲長官カワイソス・・・でもあの航跡図を見ると、そりゃ憔悴もするわなぁ。

ただ前スレ>>734の末国中佐証言「GF命令握り潰し」には個人的には疑問もありまして。
当時、3F機動部隊の艦隊行動は2F前進部隊と事実上連動していて、航空戦以外の総指揮官は2F近藤長官です。
よって、
・2F司令部の了解無しに、3F司令部(除く南雲長官)単独でそんな判断実行が可能なのか?
・仮に2Fと3Fがグルだったとしても、電波封止下でGFに気づかずにそのような意思疎通が“迅速に”可能なのか?
・同証言を3F内に限定しても、機動部隊前衛や補給部隊への行動指示に著しい支障が発生するのでは?
等々。

ちなみに同証言が事実な場合、逆に言えば、
「少なくともこの時の南雲長官は、参謀意見に単純にめくらばんを押すだけの指揮官ではなかった」
ということになるかと。

53 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 10:02:16 ID:???
>>52
厳密には、南太平洋海戦(というか、そこにいたる10日近い機動戦)の機動部隊は無線封鎖してないよん。

54 :GF長官:2010/06/23(水) 21:07:33 ID:???
>>52 結論を出すのはもう少し待った方がいいかな。
>「少なくともこの時の南雲長官は、参謀意見に単純にめくらばんを押すだけの指揮官ではなかった」
なるほど! メモメモっと。

>>53 そうだったのか。「南太平洋海戦編」が楽しみだ。


55 :GF長官:2010/06/23(水) 21:39:58 ID:???
>>51の続き

以上、いくつかの戦例を通して「指揮系統の崩壊」をみてきました。

何もこれは日本海軍に限ったことではなく、第三次ソロモン海戦(第一夜戦)では、
重巡サンフランシスコに砲弾が命中し、統一指揮官のキャラガン少将が戦死、
また軽巡アトランタも艦橋に命中弾を受け、スコット少将以下司令部全滅。
こうなると指揮も統制もあったものではなく、同士討ち等の混乱が生じている。

もともと軍隊においては、指揮系統の維持は想定内の案件であり、最高指揮官が
倒れた場合は次席指揮官が継承することになっている。

「戦隊指揮官ノ乗艦ガ列ヨリ離レ、指揮ヲ執リ難キニ至ラバ、次席指揮官ハ直チニ
指揮ヲ継承スルモノトス」                       (『海戦要務令』)

ミッドウェーでは赤城被弾後、一時的に八戦隊司令官・阿部弘毅少将が指揮代行
していますし、同一艦内においては、生存者の中で最先任の将校が指揮を執る。
これは加賀・天谷飛行長の話の通りです。


56 :GF長官:2010/06/23(水) 21:42:17 ID:???
>>55の続き

これ以上の措置を求めることは、空母という軍艦の性質上難しいのではないかと
思います。つまり「どうか艦橋には当たらないでくれ」と祈るしかない。

ただ「通信系統の途絶」に関しては、色々と改良の余地が残されているでしょう。

先に紹介した飛龍機関室の問題でも、艦内電話が通じなくなっても、通風筒を利用して
艦橋まで上がってきたり、また伝送管(圧縮空気を利用して通信文をやりとりできる)を
利用して状況を確認し合ったりと、懸命の努力が為されている。

平時から、艦内電源が落ちた場合、電話線が断線した場合等を想定して、複数の予備
系統を準備しておくことは可能だったかもしれませんね。


57 :GF長官:2010/06/23(水) 21:44:06 ID:???
>>56の続き

それと艦橋の近くには、たいてい煙突があるもので、煙突は防禦の「穴」。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/63
煙路が塞がれば排煙が逆流して、またもや機関室は焦熱地獄になってしまう。

再度翔鶴の命中箇所を確認すると、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/459
ちょうど、艦橋と煙突の中間ですね。

もし、航海長・塚本朋一郎少佐が”狙って”この位置に命中させたのなら、
それこそ「神操艦」ですが、やはり偶然の産物でしょう。
冒頭で言及した通り、「どこに命中したかによって艦の運命が左右 される」
ということになるかと。


58 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 23:21:59 ID:???
>>54
楽しみて、「南太平洋海戦編」もやるのは長官ですやん。

無線封止に関しては、確かに命令は出されてますが、機動部隊の現在地の報告や前衛への指示に何度も無電を使っとります。
ただ、毎回どうやって無電を打っていたかは不明ですが、内一回に関しては駆逐艦を分派して打たせてますな。

>>52
もう少し補足しときましょうか。

>・2F司令部の了解無しに、3F司令部(除く南雲長官)単独でそんな判断実行が可能なのか?
少なくとも、現場の総指揮官たる支援部隊指揮官による事前の了解無しで動いてはいますな。
機動部隊の北進に支援部隊指揮官は危機感を抱いていたと戦後に回想しており、前進部隊にも合わせて北上を命じていますから。
GF参謀長も「機動部隊の独断での北進は、前進部隊の孤立を招く」と不満を述べておりますし。

>・仮に2Fと3Fがグルだったとしても、電波封止下でGFに気づかずにそのような意思疎通が“迅速に”可能なのか?
>・同証言を3F内に限定しても、機動部隊前衛や補給部隊への行動指示に著しい支障が発生するのでは?
これは>>53でも述べたとおりに、無電でやりとりしています。
ただし、この海域では無電の大幅な遅延が発生しており(最大で6時間弱)、必ずしも“迅速に”出来ていたわけではありませんが。

まあ>>54で長官が安易に結論を出すことを忌ましておられますが、
あれこれ他の記録と付き合わせると、末国中佐の証言はかなり眉唾ものに見えますわ。

59 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 23:24:02 ID:???
前スレ>719
ttp://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/719
こういうアニメキャラが会話して色々解説するサイト一頃流行ったなあ
テキストサイトに絵が付いただけだから簡単だったのかな

ま、どうでもいいけど

60 :GF長官:2010/06/24(木) 21:21:45 ID:???
>>58 「南太平洋海戦編」なんて、あまりにも遠すぎて、いったい誰がやるんだよといった感じ
なんですよねぇ。

>>59 すみません。例の惣流・・・じゃなかった蒼龍の写真がここしか見つからなかったもので・・・
まぁ、なんでも、いいですけれど。
 

61 :GF長官:2010/06/24(木) 21:35:12 ID:???
>>57の続き

続いては二発目「飛行甲板右舷後方」
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/463のA

三発の命中弾のうち、これが最も軽微な被害だったと思われる。
短艇の炎上ですから、木造家屋の火災とそう大差はない。
また、短艇格納庫は開放型格納庫と構造が同じなので、燃え移った備品類は
どんどん海上に投棄すれば良い。

命中箇所を確認すると、いずれも飛行甲板の端っこです。
これが艦中央部だった場合、艦の応急機能そのものが前後に分断されてしまい、
例えば、「前方の応急班を後方に向かわせ、消火作業を支援する」といった対応が
出来なくなる。


62 :GF長官:2010/06/24(木) 21:36:56 ID:???
>>61の続き

ミッドウェーで赤城がたった一発の命中弾で沈んでしまったのも、中央部に命中した
からという見方も成り立つでしょう。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/597

もちろん誘爆の影響が一番大きいですが、艦中央で発生した火災は両側に拡大して
しまうのに対し、端部なら応急班で周りを取り囲んでの消火作業が出来る。
ちょうど両翼包囲と片翼包囲との違いみたいなものかな。
どちらが「消火戦力」を集中できるかは明らかかと。

そして、大前提である電源・消火系統に故障が生じなかったため、”訓練通り”に
消火作業に従事して、鎮火に成功した。


63 :GF長官:2010/06/24(木) 22:13:14 ID:???
明日は飲み会のため休業。次回は土曜日ということで。

『海軍反省会』を読み終わりました。
敗戦の原因を何に求めるかは、色々あって良いと思いますが、感想としては、
「負けた理由を挙げれば、いくらでも出て来る」ですね。

「負けた理由」=「出来ない理由」です。
同書の中にも「なぜ無謀な戦争を止められなかったのか」という項目がある。
仮にハルノートを受諾していたら、日本はどうなっていたか。

様々な未来を描けるでしょうが、一つだけ断言できることがあります。それは、
60年後の”並行世界”の軍板では「日米もし戦わば」スレが乱立しているはず。


64 :GF長官:2010/06/24(木) 22:15:24 ID:???
>>63の続き

スレ立て当初は戦前の想定通り、漸減邀撃作戦の上で話が進んでいきますが、
やがてある一言により、議論が紛糾。
「漸減邀撃作戦ではどのみち勝てないんだから、開戦と同時に真珠湾を奇襲すれば
勝てるんじゃね?」

たちまち反論の嵐が巻き起こる。
「素人の妄想乙」
「そんな作戦を許可するなんて、軍令部総長はどんだけ楽天家なんだよw」
「ハワイの航空戦力をなめすぎ」

更に支隊長官のような理論派が登場しまして、資料を駆使して、いかに
無謀な作戦であるかを丁寧に論破していく。
「企図秘匿が困難」「航続力不足・洋上補給の問題」「浅沈度魚雷の開発」等々・・・
そして、
「考えられる最高の幸運にでも恵まれない限り、成功は望めないでしょう」
と結論づける。

かくて、今日における「ハワイ太郎」(真珠湾奇襲と同時にハワイを占領して
しまえば勝てた)と同じ扱いになるかと。


65 :GF長官:2010/06/24(木) 22:20:01 ID:???
>>64の続き

戦史を深く学べば学ぶほど、真珠湾奇襲を採用した理由が分からなくなる。
どう考えても、うまくいくはずのない作戦です。
冒頭の通り「出来ない理由」を考えれば、いくらでも挙げられますから。

偏に、「真珠湾攻撃は私の信念である」と吐露した山本長官の力によるもの。
前代未聞の大奇襲作戦の最高指揮官に選ばれたのが南雲忠一中将。
いやぁ、漢の中の漢、船乗りの中の船乗りですね!カッコイイ。

私見ではありますが、
誰が指揮したとしても、史実のミッドウェーより悪い結果は考えられない。
同時に、
誰が指揮したとしても、史実の真珠湾奇襲より良い結果は考えられない。

『龍馬がゆく』の中で、司馬遼太郎氏は、
「人と生まれしその甲斐は、一時を為すにあり」と言っている。
本職もこれに同意で、先人に対して完璧を望んではおりません。
たった一度で良い。事を成せばそれで十分と思います。

真珠湾奇襲成功。
この一時をもって、海軍軍人・南雲忠一の使命は果たされた。
こう確信するものであります。


66 :GF長官:2010/06/24(木) 22:37:24 ID:???
>>65訂正
この一時をもって、海軍軍人・南雲忠一の使命は果たされた。
→この一事をもって、海軍軍人・南雲忠一の使命は果たされた。


67 :GF長官:2010/06/26(土) 19:45:10 ID:???
>>62の続き

むしろ運用長・福地少佐にとって想定外だったのは、こちらだったかもしれません。
それは「塗料の引火」です。

塗装には欠かせない有機溶剤ですが、

「有機溶剤は一般に揮発性が大きく、蒸気の比重が空気より大きく拡散しにくいために
通気不十分な場所で取り扱うと高濃度で滞留しやすい。
またほとんどのものは引火性があり、溶剤の表面から揮発した蒸気が空気と一定の
割合で混合すると、爆発性混合ガスをつくる。

したがって有機溶剤を取り扱う際には、火災危険性に対しても特別の配慮を払わなけ
ればならない」                    (『有機溶剤作業主任者テキスト』)


68 :GF長官:2010/06/26(土) 19:46:38 ID:???
>>67の続き

昨年関門海峡にて、護衛艦くらまと韓国コンテナ船との衝突事故がありましたが、
あの時くらまの方が派手に炎上したのは、艦首倉庫に保管していた塗料に引火
したのが原因だと聞いています。

そう、塗料は燃え易いのです。
試しに、手近な塗料缶の注意書きを読んでみて下さい。なければプラモデル用の
タミヤカラーでも結構、必ず「火気厳禁」とあるはず。

今更そんな当たり前のことを・・・と思われるかもしれません。
当時の人も塗料が危険であることは十分認識していたでしょうが、塗装した壁や
天井が燃え易いという事実は、意外な盲点だったのではないかと。


69 :GF長官:2010/06/26(土) 19:48:09 ID:???
>>68の続き

まさか「鋼鉄製の壁」が、あんなに容易く燃え広がるとは・・・

「(ミッドウェーでの)四空母沈没の原因が火災であることを知らされた技術者たちは、
どのような気持ちに捉われたであろうか。恥ずかしさに体がふるえたであろうか。
たしかに炭酸ガス放出装置や移動式ポンプは一応装備していた。しかし、そのような
ものは役に立たなかった。

めらめらと燃え上がり、艦内を焔に包んだのは、艦自体の塗料であった。
四空母沈没の責任は、用兵者以上に技術者にあったのである。
従来塗料の研究は呉工廠造船実験部が主体になって行っていた。艦には至る所に
防錆剤が塗られる。それは不燃性のものでなくてはならない。けれども、防錆力と
接着力の完全な不燃性塗料を、まだ開発することが出来ないでいた」
                                   (『艦と人』飯尾憲士/著)


70 :GF長官:2010/06/26(土) 19:50:11 ID:???
>>69の続き

そもそも何の為に、軍艦に塗装を施すのかと言えば、
「金属の多くは大気中の酸素に触れることで酸化し錆を発生させるが、こと鉄の場合は
表面の錆が内部に向かって浸蝕する性質が強く、多くの鉄製品では塗装が必須である」(wiki)

常に海上で行動する軍艦にとっては、不可欠の装備と言えますね。
そして耐火性・難燃性を有する塗料を日本海軍は持たなかった。まさに両刃の剣。

では、どちらか一方を選択しなければならないとなったら、道は一つしかない。
ミッドウェー以後、空母以下の各艦艇では徹底的な「可燃物の除去」がなされた。
具体的には、塗装を全部剥がしてしまった。

「四空母の大火災を耳にした時、技術者たちは一ヶ月前の珊瑚海海戦で傷つき
帰って来た翔鶴のことを、きっと思い出していたはずである。帰投後、艦長は
有馬正文大佐に替わっていた。有馬は運用長・福地周夫少佐の意見を容れて、
2万5千トン級の空母翔鶴の塗料を、乗組員に剥がさせ始めたのである。
技術者たちは愕然とし、消え入りたい気持ちであったろう」


71 :GF長官:2010/06/26(土) 19:51:20 ID:???
>>70の続き

ここに印象的な映像がある。
よく引用する『日本海軍艦艇集』の中に、ミッドウェー出撃直前、柱島において
赤城のペンキ塗り作業の場面が出てくる。
飛行甲板を支える支柱や外壁など、艦全体を丁寧に塗り直している。

動画は見つからなかったので、ナレーションだけ。
「この空母赤城の映像が、昭和18年の『海軍戦記』という記録映画で公開された時、
赤城はすでにミッドウェーの海に没していた」

出撃前の”お色直し”のつもりだったかもしれませんが、史実を知る我々からすると、
空しさばかりが漂ってしまいますね。


72 :名無し三等兵:2010/06/26(土) 22:26:44 ID:???
>>63
負けた理由→それが改善されれば勝てる
と考えるべきだと思うけどな。
よく言われる負けた理由は、それらが改善されたところで戦争に負ける事には変わりないってパターンが大半だわな。
そもそも、それは本当に改善すべき点として挙げるべきものだったのかという事すらも怪しいと最近感じる事もあるけど。

73 :名無し三等兵:2010/06/28(月) 13:49:10 ID:???
>>67-71
丸スペ131「戦時中の日本空母V」や学研「空母大鳳・信濃」には
・防火策の一環として油性塗料を剥離しアートメタルペイントに塗り替える
・信濃の艦内は薄い水色の「防火塗料」で塗られていた
とかある辺り最終的には耐火性の塗料を採用したみたいだけど時期が…

74 :GF長官:2010/06/28(月) 21:17:12 ID:???
>>72 そうですよね。
>負けた理由→それが改善されれば勝てる

全く同意なのですが、この手の話になると「最終的に完敗したから、何もかもダメ」
といった感じになるんですよ。
教育も人事も用兵も・・・とにかく日本人が何やっても勝てないと。
極端なのだと、日本海海戦で完勝したのが慢心を生んだとか、
果ては元寇で神風が吹いたから(ry

反省すべきところは反省し、評価すべきところは評価する。それだけの話であって、
民族性にまで敗因を求めるのは日本人の悪いクセ・・・(おっと)

同書の最後に出席者の経歴がありますが、前線で戦った経験があるのは、野元少将
(瑞鶴艦長)と末国大佐(3F参謀)くらい。
例によって真珠湾の第二撃、ミッドウェーの兵装転換、第一次ソロモン海戦での反転、
レイテの栗ターンなどが叩かれているのですが、それを教育制度や人事と結びつける
のはどうかなと。


75 :GF長官:2010/06/28(月) 21:18:58 ID:???
>>74の続き

「戦闘というものは事が終わった後ならいくらでも理路整然と語れるが、戦った当事者
から言わせてもらうと事前はまるで闇の中を手探りで進むような気持ちのものだ」
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1215089973/148

フレッチャー少将が回想しているように、実戦では想定外のことが起こるもの。
暗中模索こそ、指揮官の心情を的確に表す言葉と言えるでしょう。

江田島が「型にはめ込む教育」で、アナポリスが「思考型人間を育てる」って、
それで失敗したのが、ゆとり教育じゃないのか?
「独創性を育くむ」と導入した結果、生まれたのは怠け者ばかり・・・
そう言いながら、次席の多聞を持ち上げてるし。

だいたい米海軍にも年功序列やハンモックナンバーはあったし、「実力主義」
とやらも、結局はキングの好き嫌いに振り回されてるだけだろw

・・・すみません。ちょっと脱線し過ぎましたね。
スレ違いになるので、このへんにて。


76 :GF長官:2010/06/28(月) 21:19:28 ID:???
>>73 有難うございます。
引用した箇所はミッドウェー直後の話ですので、念の為。
本職も耐火塗料とはどういうものなのか、あまり知識がありませんので・・・

ただミッドウェーに間に合ったとしても、沈没から救えたかは微妙かな。


77 :GF長官:2010/06/28(月) 21:41:48 ID:???
>>71の続き

もう一つ幸運だったのは、「至近弾ではなく、命中弾だったこと」。

逆説的に聞こえるかもしれませんが、艦尾付近の至近弾は危ない。
至近弾が侮れないことは、過去スレでも確認しましたけれども、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/109
空母としての機能を奪うだけでなく、推進・操舵系統に影響を及ぼし、致命傷にも
つながりかねない。

ミッドウェーで飛龍が被弾した時、護衛の榛名にもSBDは投弾している。叢書によれば
「二弾灯火したが命中せず」となっているが、実はこれだけでは済まなかった。

「榛名はミッドウェー海戦で敵の爆撃至近弾により推進器軸(シャフト)に損傷を受け、
その一本を折断し、幾分速力が落ちていた」              (『栗田艦隊』)


78 :GF長官:2010/06/28(月) 21:44:11 ID:???
>>77の続き

建艦工事において推進軸の設置は、難度の高い作業のようで、

「瑞鶴の推進軸は四本あるが、これが非常に長い。このシャフトのラインを
いかに真っ直ぐ通すかが最大のポイントであり、一つのノウハウであった。

シャフトラインの決定は昼間は出来ない。夜、太陽熱が冷えて船の動きが少なく
なった時に決めるのである。
すなわち機械室の前端に灯火をつけ、中間に何箇所かスリットを設けて、この
スリットの小さな孔に光を通しながら位置を決めていく。

今ならレーザーで簡単に出来るが、当時は一番苦心したのではなかろうか」
                                (『歴史群像 翔鶴型空母』)

いったん折れてしまったシャフトを再び通すのは、無理だったのかもしれませんね。


79 :GF長官:2010/06/28(月) 21:45:22 ID:???
>>78の続き

とはいえ、推進軸が一本折れたくらいなら航行に支障はない。

問題は舵の方です。
至近弾により操舵系統に故障が生じると、艦の運命を左右しかねない。
軍艦にとって、戦闘海域での「操舵不能」は死刑宣告に等しい。

そして、これまた戦史の中で現実化している。
それは「日本海軍初の戦艦喪失」の汚名を着せられた”彼女”の事です。


80 :名無し三等兵:2010/06/30(水) 00:21:09 ID:???
>それは「日本海軍初の戦艦喪失」の汚名を着せられた”彼女”の事です。
初瀬さんの事ですね。わかります。
ただ、二度目の触雷沈没が無ければもって帰れたと思うけどなあ。

81 :名無し三等兵:2010/06/30(水) 00:47:00 ID:???
軍艦の代名詞が彼女か…
英語はアホとしかいいようがない言語だな

82 :名無し三等兵:2010/06/30(水) 13:31:28 ID:???
愛しのサラ金

83 :GF長官:2010/06/30(水) 21:10:09 ID:???
>>80 ひえー (≧▲≦;)

>>81 そりゃあ、昔から男が乗るものは女と決ま(ry
ハットン「てめぇら、女房(かみさん)に乗るように優しく着艦するんだぞ!」

>>82 降参です・・・


84 :GF長官:2010/06/30(水) 21:57:13 ID:???
>>79の続き

彼女の名は「比叡」。
比叡の由来はもちろん比叡山。戦艦なのに山岳名なのは巡洋戦艦の名残りです。

以前、日本海軍艦艇の命名基準について触れたことがありましたが、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1222691768/424

「少年の日、わたしが軍艦にあこがれを抱いたきっかけは、我が国の艨艟たちの
名前の美しさであった。
そこに見出される国土の山河、古い歴史を物語る国名、ゆかしい大自然の姿、
日本の艦名には詩があった。夢があった。

戦艦の国名は海を圧して進む威風堂々の主力艦にふさわしく、重巡の山岳名は
あの浮城とも言いたい構造美の艦橋司令塔に似つかわしく、軽巡の河川名また、
流麗軽快の艦容をしのばせた。

さらに駆逐艦の天象地象名は優美な中に激しい動きを思わせ、水雷艇の鳥の名、
航空母艦の龍・鶴・鳳・鷹、潜水母艦の鯨、砲艦の名勝旧跡名ーどれもが、それ
ぞれの艦種にふさわしい名であった」 (『聨合艦隊軍艦銘銘伝』片桐大自/著)

美しい文章ですねぇ・・・全く同意であります。
ちなみに、高校時代の英文法の授業で、
最上級→もがみクラス
比較級→比叡級
に脳内変換されていたのはここだけの話。


85 :GF長官:2010/06/30(水) 21:59:23 ID:???
>>84の続き

比叡が死闘を演じた舞台は、船の墓場として名高い「鉄底海峡」。

昭和17年11月12日第三次ソロモン海戦(第一夜戦)
第十一戦隊司令官・阿部弘毅中将(比叡坐乗)率いる挺身攻撃隊は、ヘンダーソン
飛行場砲撃のためサボ島沖に進入。
迎え撃つ米艦隊はダニエル・キャラガン少将(重巡サンフランシスコ坐乗)麾下の
重巡二隻を基幹とする部隊。

種々の錯誤から不意の遭遇戦となり、双方の距離は3千メートルまで接近したとか。
日清戦争かよと驚きですが、こうなると測距不要、目視照準の水平撃ち!
さすがに水上砲戦ともなれば戦艦は海の王者、巡洋艦など鎧袖一触。
36センチ砲弾命中により、キャラガン・スコット両司令官は戦死(>>55

ところが比叡は探照灯照射のため敵の集中砲火を浴び、不幸にもその中の一弾が
致命傷となった。重巡の20センチ砲弾(盲弾)が艦尾を貫通し、舵機室上方(右舷
喫水線付近)に直径2.5メートルの破孔を生じさせた。

浸水により舵機室・舵柄室上方区画が満水となり、直接操舵・人力操舵とも不能。
サボ島東方4キロ沖の海面にて、面舵一杯に舵が固定されてしまった比叡は、
ぐるぐると回頭を続けていた。


86 :GF長官:2010/06/30(水) 22:02:19 ID:???
>>85の続き

十一戦隊司令部では、このまま夜が明ければ米軍機の攻撃により艦の喪失は
避けられない。いっそガ島に乗り上げて”浮き砲台”にしようとの意見も出たが、
比叡艦長・西田正雄大佐は拒否。

当時の心境について、公刊戦史にはこう回想しています。
「比叡は我が海軍に四隻しかない高速戦艦の一隻であり、開戦後はこの四隻しか
役に立たないと言われる貴重な艦であったため、軽々しく棄てるべきではないと思い
直し、手段を尽くして避退することとした。
当時主機は健全で、問題は舵機室の排水のみにあると判断していた」
                       (『戦史叢書(83)南東方面海軍作戦(2)』)

西田艦長の証言にある通り、上部構造物にはかなりの被害を生じていたが、
主砲や機関室など艦の主要部は健在であり、航行にも支障はなかった。
問題は舵だけです。応急操舵さえ完成すればなんとか攻撃圏外に脱することは
可能だと思われていた。

更には駆逐艦による曳航も検討されています。
通常、駆逐艦で戦艦を曳航することは不可能ですが、今回の場合機関は無傷
なので、駆逐艦を比叡の前後に配置し、曳航索を引っ張ることにより舵の役目を
果たさせようと試みたが、うまくいかなかったようです。

やがてソロモン海は夜明けを迎える・・・


87 :GF長官:2010/07/01(木) 21:48:51 ID:???
>>86の続き

これより先、阿部中将は将旗を駆逐艦雪風に移した。
円滑な指揮を継続するための対処だと思われます。
それにしても雪風か・・・
護衛に雪風が付くというのは、軍艦にとってある意味”死刑宣告”かもしれんな。

黎明と共に、目と鼻の先にあるヘンダーソン飛行場から飛び立ったカクタス空軍が、
比叡上空を乱舞する。

舵機室浸水以来、比叡艦内では防水マットで破孔を塞ぎ、ポンプによる排水に努めて
いたが、空襲下で高速で運動するとマットが外れてしまい、再び浸水するを繰り返した。

雪風坐乗の阿部中将は「舵故障復旧の見込み無し」と判断し、0820時にガ島座礁を
命じたが、もとより舵が利かないので実行不可能。
続いて1035時には「空襲ノ合間ヲ見テ停止セヨ、人員ヲ収容シ処分ス」と命令。
しかし、西田艦長が「まだ舵復旧の見込みはある」と報告したので、これを取りやめた。


88 :GF長官:2010/07/01(木) 21:50:54 ID:???
>>87の続き

西田艦長は1105時、前進部隊指揮官(近藤信竹中将)宛に打電。
「本艦舵故障、機関全力発揮可能ナルモ、只今速力16節、中央航路ヲ取リショートランドニ向フ」
ところが、1225時の空襲で右舷一番砲塔下付近に魚雷一本命中、艦は右に傾斜。

これを見て、阿部中将は比叡沈没は目前と判断し、1330時再び下令。
「総短艇ヲ卸シ、比叡乗員ヲ収容セヨ」
「比叡ヲ処分シ、総員退去セヨ」
「比叡処分ノ為、各艦魚雷二本ヲ準備シオケ」

実際のところ比叡の状況はそれほど悪いものではなく、士気も依然高かった。
その後も阿部中将から再三の督促があるも、比叡は行動を起こさず。

その時、偶然にもある報告が艦橋に届いたー「主機械使用不能」
それまで「舵さえ復旧できれば・・・」と力を尽くしていた西田艦長も機関が動かないと
なれば、もはや手の施しようがない。ついに「総員退去準備」を下令した。


89 :GF長官:2010/07/01(木) 21:52:53 ID:???
>>88の続き

乗員たちは「まだまだ比叡は助かる見込みがある」と信じていただけに、司令部の
処置に不満を唱えながらも準備を進め、キングストン弁開放、万歳三唱、御真影を
先頭に退艦を始めた。

この段階になって、先程の「「主機械使用不能」は誤報であったと判明するも、
時すでに遅し・・・
1600時に至って、比叡乗員収容を完了した。
当時比叡は右舷に15度傾斜し、艦尾が沈下していたと言う。

山本長官は比叡は雷撃処分せずに、そのままにして避退するよう命令。
これは敵機の空襲を吸収し、撤退を容易にするためと言われています。
同日2300頃、再度現場に向ったところ、比叡の姿はなく沈没と断定された。


90 :GF長官:2010/07/01(木) 21:54:39 ID:???
>>89の続き

この経過を見ると、飛龍の喪失の驚くほど似通っていますね。
誤報により過早に艦の放棄を決断してしまったー
「意思疎通の欠如」がここでも見られます。

比叡の沈没は、開戦後の戦艦喪失第一号であり、日露戦争で触雷沈没した
初瀬・八島以来じつに38年ぶりの戦艦喪失であった(>>80

西田艦長は内地に帰還した後、予備役編入、即日召集、閑職を転々とする。
ミッドウェーで生還した赤城艦長・青木泰二郎大佐と同じく「同期の面汚し」と
陰口を叩かれたと聞きますから、何ともやりきれない思いです。


91 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 01:46:41 ID:???
雪風に翻る阿部司令座乗の印である少将の将旗。
米パイロット達は駆逐艦にしてはデカい旗を翻す、この雪風に攻撃をやるようになった。

雪風艦長「司令官、将旗を一時下ろさせて頂きます」

信号旗はともかく、少将旗を格納していたわけではないので
恐らく比叡から退艦時に下ろして持ってきたと思われるが、
やはり、大きかったのかな。

92 :GF長官:2010/07/03(土) 19:35:50 ID:???
>>91 将旗はやはり狙われるのか・・・
>米パイロット達は駆逐艦にしてはデカい旗を翻す、この雪風に攻撃をやるようになった。
参考になるか分かりませんが、デアゴの250分の1大和模型では、
伊藤長官坐乗を示す中将旗は戦闘旗の4分の1くらいです。


93 :GF長官:2010/07/03(土) 19:53:01 ID:???
今週の立ち読み情報
『近代未満の軍人たち』(兵頭二十八/著)

南雲長官登場であります。どこが”近代未満”なのか、読んでもよく分かりませんでしたが、
真珠湾攻撃の指揮官に選ばれた理由について。

(1)南雲は寄せ集めの高速艦隊の夜間運用に関しては現役提督随一の熟達者で、
  往路でつまらぬしくじり等をやらかさないと信じられていた。
(2)もし途中で対米避戦の方針が決定した場合、小澤では参謀達の攻撃熱意に
  引きずられる恐れがある。南雲は枯れているのでそのような危惧はない。
(3)艦隊派の南雲を指揮官において、成功すれば山本の下に全海軍を結束出来る。
  失敗すれば彼らを抑え付けることが可能になる。

誰が「枯れている」じゃー!!  南雲提督は生涯現役だぞ。

それはさておき、(1)は納得ですね。
実際のところ南雲長官自身も、冬の北太平洋を艦隊航行させた経験はないから、
やってみないと分からない。
しかし指揮官の人選に当たって、「誰々が司令長官なら大丈夫だろう」と一兵卒に
至るまで思わせる説得力があったのは、南雲提督をおいて他にはない。

それを8ヶ月前の一航艦編制時に予期して南雲を選んだとするならば、山本長官の
先見性は卓越したものだと思いますね。
20隻の艦隊を率いてハワイまで往復するのは、誰でも出来ることじゃないですから。


94 :GF長官:2010/07/03(土) 20:13:16 ID:???
>>90の続き

比叡の場合、至近弾ではなく命中弾です。
しかし「喫水線付近の盲弾」というのは、至近弾と性質が似ている。
命中弾では船腹に穴が開くことはないですしね。

通常は小破孔からの浸水が、艦にとって致命傷になるとは考えられない。
そういう場合に備えて艦内は細かい防水区画に区切られており、浸水を最小限に
とどめるよう設計されているのだから。

比叡にとって不運だったのは、その破孔が舵機室と直結していたこと。

「船体の一部に海水が浸入してきて、それが直接の致命傷になるなど、むしろ
稀な例であった。浸水した箇所を覆い、まるごと持ち帰れば良い。
損傷箇所が艦内で機関と共に最も重要な、舵を操作する空間であったところに
比叡の不幸があった」           (『歴史群像(6)死闘ガダルカナル』)


95 :GF長官:2010/07/03(土) 20:14:53 ID:???
>>94の続き

今回は舵機室の浸水が原因となりましたが、もともと舵は船体外にむき出し
状態で設置され、防禦を施すことが出来ない。
至近弾の弾片程度でも十分に損傷を受ける危険性を秘めている。

ミッドウェーで赤城が受けた命中弾(左舷艦尾)も至近弾だったとの説もあり、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/597

「赤城は左舷後部の至近弾による浸水で左舷の舵機が異常を来たして
艦の自由が利かなくなったため、0742時に青木艦長は機関停止を命じた」
                 (『歴史群像(55)日米空母決戦ミッドウェー』)


96 :GF長官:2010/07/03(土) 20:16:20 ID:???
>>95の続き

模型等で確認するとよく分かるのですが、大抵の空母は短艇格納庫のちょうど
真下に舵があります。
塚本航海長がわざと外さずに命中させた?のには、拍手を送らねばなりません。
ま、命中弾の衝撃で操舵系統が故障することも考えられますがね。

ここでも冒頭に戻って、
「どこに命中したかによって艦の運命が左右 される」と言えるでしょう。


97 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 21:09:46 ID:???
>>93
南雲中将の1AF長官就任に山本長官は影響力を行使した、もしくは行使できたんですかねえ?
一応、艦隊司令長官は新補職ですし、人事は海軍省のお仕事ですし。

98 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 23:41:34 ID:???
>どこが”近代未満”なのか、読んでもよく分かりませんでしたが、
というか”近代未満””近代の軍人”とやらはどういうものなのだろうか。
浅学なものでどうもこういう用語の意味がわかりかねない、きっとその本の中で説明されているのだろう。

ぶっちゃけ、題名と著者からして「いい加減な事書いてある臭」がプンプン臭ってくるけど、とりあえず今から本屋言ってくる。

99 :GF長官:2010/07/05(月) 21:35:53 ID:???
>>98 まぁ、先の大戦を客観的に振り返るには、まだ時間が必要なのかも。

「第二次世界大戦から早くも半世紀を越えた。この間に大戦についての資料は、
世界各国から厖大な量にのぼり、もはや出尽くした観がある。

従って、その中から自己の基準で選んだものを配列し、評論する安易な書物が
氾濫しているが、私は、少なくともこの年表では紙面の許す限り、あらゆる国々の
あらゆる航空に関する資料を”公平に”収録したつもりである。
(ある項目での、いささかの意見開陳は赦して頂きたい。筆者も一日本人なのだから)

まだまだ我々は、第二次世界大戦を『歴史』として論評する状態には達していないのだ」
                               (『年表世界航空史』横森周信/著)

全く同意であります。というか当スレの方針そのものですね。
とはいえ「公平」というのは難しいんですよねぇ、ほんとに。
本職もまた、南雲びいきの一日本人ですから。


100 :GF長官:2010/07/05(月) 21:38:38 ID:???
>>97 そうですね。もちろん海軍省人事局の管轄ですが、人事局長も山本長官の
意見を参考にするでしょうし。強硬に反対してまで別の提督を据えるなんてことには
ならないんじゃないかな。


101 :GF長官:2010/07/05(月) 21:58:56 ID:???
>>96の続き

最後は、一発目の「飛行甲板左舷前方」
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/463の@
ガソリン(軽質油)庫の炎上です。

三発の被弾の中で最も深刻だったのは、間違いなくこれでしょう。
言うまでもなく、ミッドウェーで空母全滅したのは火災によるものであり、その原因は
格納庫内の弾頭及び搭載燃料の誘爆に求められるからです。

陸海空あらゆる兵器において、内燃機関・外燃機関の差はあっても、燃料を燃焼させて
動力を得ることにかわりはない。”オール電化”でも実現すれば話は別ですが、兵器に
とって被弾による火災とは密接不離の関係にある。


102 :GF長官:2010/07/05(月) 21:59:59 ID:???
>>101の続き

当時、軍艦の機関は蒸気タービンが主流で、燃料は重油。
重油に比べてガソリンの取扱いに慎重さを求められるのは、同じ石油でも
両者の性質の違いに起因することを知らねばなりません。

      沸点  比重  引火点 着火温度  蒸気比重  燃焼範囲
ガソリン 40℃  0.7 −40℃  300℃    3     1,4〜7.6%
C重油 300℃  0.9  70℃  380℃    −        −


103 :GF長官:2010/07/05(月) 22:02:10 ID:???
>>102の続き

[ガソリンの性質]
(1)原油により分留された石油製品の中で沸点が最も低い
(2)比重は約0.7で水に浮き、水に溶けない
(3)引火点はー40℃で、常温ではもちろん、液温が0℃以下でも引火する
(4)燃焼範囲の下限値が低い
(5)揮発油と呼ばれ、揮発性が大きく、引火しやすい
(6)蒸気比重は約3のため、地面に沿って低所に滞留したり、低く遠くへ流れやすい
  無風状態のときは特に危険である
(7)パイプ内の流れ・移送中・攪拌などによる流体摩擦で静電気を発生し、引火することがある

[重油の性質]
(1)比重は約0.9で、水に浮き、水に溶けない
(2)引火点が高く、常温では引火しない。
  加熱により液温が高温になっていなければ、引火する危険性は少ない
(3)引火する時は、液中の水分が蒸発、沸騰して噴きこぼれる恐れがある
(4)大量の重油が燃焼した場合、冷却が困難であり、ガソリン火災よりも消火が難しい
                         (『乙種第四類危険物取扱者テキスト』)

ガソリンの取扱いには特に注意を要することが分かります。


104 :GF長官:2010/07/06(火) 21:16:36 ID:???
今日は南雲長官の命日。

現在NHKの朝ドラで『ゲゲゲの女房』が放映中ですが、水木しげる氏の作品の中に
『コミック昭和史』があり、サイパンでの南雲中将が描かれています。

コミック昭和史(南雲忠一編)
http://www.nicovideo.jp/watch/nm4950167

[7:15]〜南雲提督自ら担架を提げて傷病兵を移送する場面が出て来る。
「老提督は、一人でも多くの重傷者を安全な所に運ぼうと副官以下に担送を命じ、
自らもスコールの中を力無い足を踏みしめるのだった」

これ以外にも、
「ミッドウェーの敗戦さえなかったら、君達にこんな苦労を掛けずにすんだのです」
似たような台詞が繰り返される。

南太平洋海戦でホーネットを沈め、仇討ちを果たしたといっても、最期まで心の傷が
癒されることはなかったのでしょう。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/251

謹んで哀悼の意を表します。


105 :GF長官:2010/07/06(火) 21:35:24 ID:???
>>103の続き

重油とガソリンの違いを最もよく表すのは、そのタンクの設置位置です。
戦艦や空母などの大型艦には、魚雷防禦用にバルジが設けられている。

「大型艦の水線下防禦は、直撃または至近弾の水中爆発に対し、艦の致命部となる区画
(機関関係・弾薬庫)を出来るだけ爆発の中心から離すため、艦の長さの約3分の2に及ぶ
水中舷側外部にバルジまたはブリスターと名付ける膨れた区画を取り付け、舷側外板の
内側には数列の水密縦通隔壁を配置し、これを適宜な水密横隔壁で仕切り、多数の区画を
設ける」                                     (『艦艇工学入門』)

そのバルジの中には何が入っているのか。
「これらの区画は、電線または諸管通路、燃料タンク、注排水区画、水防区画に配分される」

”燃料タンク”に注目して下さい。
『歴史群像』他の資料頁で「艦内断面図」を御覧になったことがあると思います。

戦艦の話
http://www2.ttcn.ne.jp/~kobuta/emusi/sennkann/s03.htm
上から二番目の画像です。


106 :GF長官:2010/07/06(火) 21:51:29 ID:???
>>105の続き

前掲書には長門の図が掲載されている。

[戦艦長門中央構造切断図]

       上甲板
━━━━━━━━━━━━━━━┫
                       ┃
       中甲板           ┣━━┓
━━━━━━━━━━━━━━━┫   ┃      吃水線
                      ┣━━┫───────────
                      ┃WTC┃
       缶室            ┣━━┫
                      ┃FOT┃
                      ┣━━┫
                      ┃FOT┃
━━┳━━━━━━┳━━━━━╋━━┫
WTC┃  FOT    ┃  FOT   ┃FOT┃
━━┻━━━━━━┻━━━━━┻━━┛

(註)
WTC(Watertight Transverse Compartment)水防区画(注排水区画)
FOT(Fuel Oil Tank)燃料タンク
Fuel Oil=重油


107 :GF長官:2010/07/06(火) 22:02:38 ID:???
>>106の続き

これで明らかなように、魚雷が命中しても重油タンクが炎上することはない。
逆にその爆発力を吸収する役割を果たすくらい”燃えにくい”ものなのです。

米海軍でも全く同様で、レキシントンのアクションレポートによると、

PORT SIDE
Outboard layer of F.O. tanks (emergency tanks) filled with oil.
「左舷外側の重油タンク(非常用)は満載状態だった」

米戦艦も多層式液層防禦が採用されている。

ここまで重油が燃えにくいものだとすると、ボイラーを焚く時にどうやってるんだ
と疑問に思われる方があるかもしれませんが、缶室ではバーナーにより霧状に
して燃焼させています。

「重油などの液体燃料はそのままの状態で完全燃焼させることは不可能である。
少ない過剰空気量で燃料を完全燃焼させるためには、バーナーで微細な噴霧と
して供給する必要がある」            (『ターボ動力工学』刑部真弘/著)

さて問題はガソリンタンクの方です。
空母を設計する際、軽質油庫はどこに設置すれば良いのでしょうか。


108 :GF長官:2010/07/11(日) 20:19:43 ID:???
遅ればせながら出典を確認しましたので報告を。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/430

「レジスター少尉は重力のため血が頭から下へ引くような急上昇反転の方向転換を
二度行って、ゼロ戦とメッサーシュミット109(訳注:これは何かの間違いであろう)を
撃ち落とした。このドイツ製の戦闘機はきりもみして落ちていくゼロ戦の後から、炎を
上げながら落ちて行った」
      (『空母エンタープライズ』エドワード・P・スタッフォード/著、井原裕司/訳)

だから太平洋戦線では航続距離が1000km以上はないと役に立たんと何度言え(ry
一応エンタープライズのアクションレポートをざっと見てみましたが、ありませんでしたね。

まだ上巻を読み終わったばかりですが、第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦の戦闘が
詳細に描かれていて、とても楽しめました。


109 :GF長官:2010/07/11(日) 20:23:39 ID:???
>>108の続き

米側視点は英文の資料を引用していますが、軍事用語は難しいんですよ。例えば、
general quarters=戦闘配置
flank speed=最大戦速
こんなのは辞書には載ってませんから。

ちなみに「general quarters」は洋画の戦争映画にはよく出て来ます。
『ミッドウェイ』や『東京上空30秒』など字幕に気を付けて鑑賞すると楽しめると思います。

そんな時に利用するのが『暁の珊瑚海』。
本文を読んでると、「この箇所はアクションレポートのあの部分を訳したものだな」
となんとなく分かります。それで少しずつ照合していくわけです。
ソロモン編では、この『THE BIG E』を基本資料にしようかな。


110 :GF長官:2010/07/11(日) 20:28:10 ID:???
>>109の続き

これは戦史叢書にも記述されていませんが、

第二次ソロモン海戦において、日本軍第一次攻撃隊の至近弾(艦尾)により、
エンタープライズは舵機室浸水、約40分ほど面舵固定で操舵不能になったとか。
ちょうど比叡(>>85)と全く同じ状況です。

もし第二次攻撃隊が会敵に成功していれば、今度こそあの忌々しいビッグEを
沈めることが出来たのに・・・!
かえすがえすも残念ですなぁ。


111 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 21:14:15 ID:???
>だから太平洋戦線では航続距離が1000km以上はないと役に立たんと何度言え(ry
緒戦において爆撃や哨戒任務で活躍した九六水偵は1000kmないし、二式水戦以上の高い評価を受けたとされる零観は正規状態では1000km無いけど。
これらは役立たないとな。

112 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 21:17:28 ID:???
× 九六水偵
○ 九五水偵
どうみても九五水偵です。本当に(ry

113 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 06:25:50 ID:???
MI作戦で、利根・筑摩、霧島・榛名に搭載された水偵を、もっと有効活用できなかったかな?
仮に、九五水偵を各艦1機/零式水偵を戦艦各1+重巡各3/零観を戦艦各1+重巡各2、計18機と仮定する。
対潜哨戒は、九五水偵に全部任せる。
零観の格闘能力なら、米雷撃機の妨害には役立つし、通信士が搭乗、つまり母艦や旗艦と交信可能だから
艦隊上空警戒任務には最適な機体かも。
(SBD隊の接近を交信できれば、急降下爆撃を交せるよう見張りが真剣になったかも???)

零式水偵は25番の水平爆撃も可能、九七艦攻−20節の巡航速度だから、友永隊九七艦攻の補助として使用可能。
となると、友永隊から九七艦攻2コ小隊6機を引っこ抜き、九七艦攻7機による索敵が可能。
(=零式水偵に25番積んで友永隊に参加させる)
第2射法(速度100ノット、高度10m で飛行しての雷撃)を、鹿児島湾で1941年8月の終わりまで
猛訓練していた九七艦攻のパイロットだったら、脚を出し、フラップを下ろしての飛行らしいけど、
雲が低いからといって、安易に雲上飛行に逃げずに、雲の下をキチンと飛べる力量がありそうなもの。
索敵のときには重い800kgの魚雷は搭載していないし、第2射法雷撃よりはラクなハズ。

こんな運用でも、触敵用には二式艦偵が1機、友永隊から引っこ抜いた九七艦攻2コ小隊から1機、
仮定した零式水偵の数は8機だから友永隊に6機参加したとしても2機、合計4機が残ってる。


114 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 11:59:59 ID:???
>>113
>仮に、九五水偵を各艦1機/零式水偵を戦艦各1+重巡各3/零観を戦艦各1+重巡各2、計18機と仮定する。
まあ仮定の数字を元にしてるということなんで、ツッコミをいれるのは野暮な気もしますが、
MI作戦時の機動部隊に零観はございやせん。

【母艦以外の搭載機数】
第三戦隊:九五式水偵3機×2
第八戦隊:九五式水偵2機×2 零式水偵3機×2
第十戦隊:九四式水偵1機
・計17機

>対潜哨戒は、九五水偵に全部任せる。
元々の作戦計画からして九五式の任務ですんで。

>零式水偵は25番の水平爆撃も可能、九七艦攻−20節の巡航速度だから、友永隊九七艦攻の補助として使用可能。
ただでさえ、一撃で撃破が難しいと考えられていたミ島攻撃隊の戦力をさらに減らすと?

>猛訓練していた九七艦攻のパイロットだったら、脚を出し、フラップを下ろしての飛行らしいけど、
>雲が低いからといって、安易に雲上飛行に逃げずに、雲の下をキチンと飛べる力量がありそうなもの。
散々既出な話ですが、搭乗員入れ替えと訓練時間の少なさのせいで、艦攻隊にも真珠湾時の錬度はありませんぜ。
いや、もちろん腕のいいベテランも残ってますが、それを索敵に割くってことは、
水偵参加の攻撃隊の戦果がさらに怪しいことになりそうなんですが…。

そして水偵と艦攻のどちらにも当てはまる話ですが、餅は餅屋といいますか、
索敵になれた水偵の搭乗員に索敵を行わせ、水平爆撃になれた艦攻に水平爆撃をやらせたほうが、
下手になれない任務に投入するよりも、よほど有効活用になると思いますがね。

115 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 14:46:40 ID:???
第16任務部隊の水偵をもっと有効に活用できなかったのd(ry
OS2Uによる迎撃を行えば日本艦爆攻の妨害には役だt(ry

なんていう人は誰もいないだろうな。
俺も言わないし。

116 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 15:02:50 ID:???
>>114
艦攻が三座なのは長距離策敵を期待されてのことだし、艦攻による策敵・哨戒はMI作戦以前にも普通に実施している。
MI作戦は水偵で爆撃して艦攻で偵察やるべきと言う気はないが、艦攻による偵察がなれない任務とかはありえない。

117 :名無しさん:2010/07/13(火) 15:24:53 ID:???
って書いたはいいけど、艦攻による偵察は慣れてないとは一言も書いてないことに今気が付いたことはきっと俺のきのせいでありたい。

118 :GF長官:2010/07/13(火) 21:30:26 ID:???
>>111 これは失礼。
空母戦のつもりだったのですが・・・>太平洋戦線
言葉足らずでしたね。

>>112 九五水偵もいいですねぇ。
「本来の偵察はもとより、小型爆弾による艦爆まがいの正確無比な降下爆撃、
戦闘機顔負けの空中戦など、その八面六臂ぶりは枚挙にいとまがない。
のちに世界に例のない実用水上戦闘機を擁することになった日本海軍の構想は、
まさにこの時の九五水偵の活躍がヒントになった」
                     (『世界の傑作機(47)日本海軍水上偵察機』)

珊瑚海海戦でも妙高・羽黒に2機ずつ搭載されています。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/270


119 :GF長官:2010/07/13(火) 21:31:10 ID:???
>>113 おもしろいかも。
>MI作戦で、利根・筑摩、霧島・榛名に搭載された水偵を、もっと有効活用できなかったかな?
米空母もSBDを雷撃機阻止用に配置していますしね。
ただ水上機は収容に手間がかかりますからなぁ・・・

>>114 有難うございます。
こちらが優勢なんだから、奇策に頼らなくても正攻法でいいじゃないか!ですね。

>>115 ミッドウェーの話は、どうも「帽子に合わせて頭を削る」になるような。

>>116-117 気のせいでしょう。


120 :GF長官:2010/07/13(火) 21:53:57 ID:???
>>110の続き

珊瑚海海戦関連では、祥鳳撃沈について。

「これ以上素晴らしいニュースはなかったであろう。何ヶ月もの間、日本の機動部隊は
太平洋と南方の海を暴れ周り、出会ったものは全て撃破していた。この日まで失った
軍艦のうち、一番大きいの駆逐艦だった。
それがとうとう”ビッグE”の姉妹艦の飛行隊の爆弾と魚雷により、日本の空母が沈んだ
のである。敵が宣伝している無敵神話は祥鳳と共に死んだのである」

少し自画自賛の風も感じますが、モリソン戦史を始めとしてアメリカの戦記を読んでると、
祥鳳撃沈の場面は気合が入ってるんですよね。よほど嬉しかったのか。

日本人の場合、まず「祥鳳」の名前を知らないだろうし、軍板の住人でも特別な思い入れが
ある方は稀でしょう。
アメリカ人にとっての”SHYOHO”は、日本人にとっての”大和”くらい親しまれているのかも。


121 :GF長官:2010/07/13(火) 21:55:36 ID:???
>>120の続き

もう一つは、レキシントン沈没。

「この日(5月8日)の夜、ワシントン、パールハーバー、南太平洋の洋上では
たくさんの頭脳が簡単な算数の問題を考えていた。

5隻の空母からレキシントンを引けば4隻になる。
そこからサラトガ(修理中)を引けば3隻になる。
すなわちエンタープライズ、ホーネット、ヨークタウンである。

誰もその次の問題の答えを出したくなかった。
3隻マイナス1隻はどうなる?
ヨークタウンの被害はどれくらいで、修理にどれだけ掛かるのか。
果たして2隻の空母だけで日本軍から太平洋を守れるのだろうか」

日本側と考えていることは一緒ですねぇ。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/192

”誰もその次の問題の答えを出したくなかった”
当時の米軍将兵の気持ちがよく表れていると思います。
南太平洋海戦まで、着実に一隻ずつ減って行っていますから。


122 :GF長官:2010/07/13(火) 21:56:32 ID:???
>>121の続き

おまけ

本文には明記されていませんが、マクラスキー隊長は、ミッドウェーまでは
戦闘機隊の隊長だったようです。SBDに機種変更しての初陣であの大戦果とは。

日本海軍には小野了少尉のように、艦爆から月光に乗り換えて撃墜王になった
搭乗員も居ますが、逆の例はあまり聞きませんね。
満足な訓練の余裕もないのに、急降下爆撃なんて出来るんだろうか。


123 :GF長官:2010/07/13(火) 22:26:25 ID:???
ずいぶんとご無沙汰であります。
仕事の方もようやく落ち着いてきたので、そろそろ定時哨戒に戻れると思います。
これからも何卒よしなに。

>>107の続き

設計上、空母とそれ以外の艦艇で大きく異なるのは、ガソリンタンクでしょう。
戦艦や巡洋艦にも水偵を搭載しているので不要なわけではないが、空母とは
その容量は比較にならない。

ちなみに、翔鶴型の航空機燃料搭載量は496トン。
ヨークタウン級は540トン、エセックス級は610トン。
『歴史群像 アメリカの空母』によると、エセックス級はF6F満載110機分だとか。
定数が36機だから3回は出撃できるということかな。

ちょっと少ないような気もしますが・・・
何しろ、ガソリンの無くなった空母なんて、ただの箱ですからねぇ。
出来るだけたくさん積んでおきたいもの。


124 :GF長官:2010/07/13(火) 22:28:20 ID:???
>>123の続き

では、そのガソリンタンクをどこに設置すれば良いのか。

そりゃあ、やっぱり重油タンクと一緒にバルジの中へ・・・ちょっと待てい!
インテグラルタンクを採用した一式陸攻が何と皮肉られたかをよく思い出して
みるべきでしょう。

上下方向で考えれば、艦底近くであることは間違いない。
急降下爆撃による被弾の影響が及ばないように、出来るだけ飛行甲板から遠くに
設置する。まさか飛行甲板のすぐ下に設けるようなことはしないですよね。


125 :GF長官:2010/07/13(火) 22:29:35 ID:???
>>124の続き

次に前後(首尾線)方向ではどうか。
日本海軍の場合、明確な方針が定まっていました。

「一番問題になったのは、大鳳の爆沈原因になったガソリンタンクであった。
米国でもレキシントン・ワスプなど、ガソリン庫の大爆発が命取りになっている。
飛行機を搭載している以上、その燃料のガソリンを大量に積むのは空母の
特徴だが、これが最も危険な存在であることは充分に承知していた。

日本海軍では、赤城を空母に改造するとき、この問題について様々に実験
した結果、ガソリン庫は弾火薬庫から出来るだけ遠くに置くことが採用されて
おり、独立して防禦する方針が採られていた。従って、艦の前部および後部の
水線下最下位をガソリン庫にしていた」            (『空母入門』)

理に適っていますね。
弾薬庫から極力遠ざけて設置し、万一引火した場合でも火が回らないようにする。
翔鶴の被弾位置(>>101)からも、軽質油庫が艦首付近にあったことが分かります。


126 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 01:05:46 ID:???
>>123
よくよく原文を読むとF6F満載110機分の意味がわかりますよ。
あれは、45年時点でのエセックス級の航空燃料搭載量610トン=F6F満載110機分ではなく、
ヨークタウン級からの増加分70トンでF6F満載110機分ということです。

まず航空ガソリンの比重は0.70〜0.72らしいので、0.71と仮定しておきましょう。
F6Fの燃料搭載量は増槽なしで889リットル、増槽混みで1457リットルということは、
重量換算で増槽なしで631キロと増槽混みで1034キロってところですね。

ということは、110機のF6Fに必要な燃料はそれぞれ69.41トンと113トンとなりますから、
ヨークタウン級から増載した70トン分は、増槽なしのF6Fを110機を動かす燃料とほぼ一致します。

面倒くさいので、F6Fの数値で計算しますが、610トンの航空燃料があれば、
エセックスの航空機搭載数を『歴史群像 アメリカの空母』に記載の90機で計算すると、
全力出撃でも増槽なしで約9.7回分、増槽ありで約6.0回分にはなりますから、搭載量としては充分じゃないですかね?

やはり『歴史群像 アメリカの空母』に航空部隊が10日間連続して作戦行動を実施できる量が要求されたと書かれており、
戦訓による改設計で燃料搭載量が結構削られたようですが、それでもほぼ要求通りの燃料搭載量は確保できたようで。

127 :GF長官:2010/07/14(水) 21:41:05 ID:???
>>126 あ、しまった。とんだ勘違いでしたね・・・orz
よく読めば「この航空燃料搭載量の増大は・・・」と書いてありました。すみません。

ついでながら日本側も計算してみました。
(註)比重0.72として計算、定数に補用機は含めず

          搭載量 (重量)   定数
(A)零戦     855L (616kg)×18機=11.1トン
(B)九九艦爆  1000L(720kg)×27機=19.4トン
(C)九七艦攻 1160L(835kg)×27機=22.5トン
合計(A+B+C)=53トン

よって、496/53=9.4(回)
全力出撃で約9回といったところですね。
搭載量としては十分と言えるでしょう。


128 :GF長官:2010/07/14(水) 22:03:21 ID:???
>>125の続き

具体的な位置はと言うと、

[翔鶴艦内図]
                                    ┏━━┓
                飛行甲板              ┃艦橋┃         艦首→
  ━┳━━┳━━┳━━━━━━┳━━┳━━━━━╋━━╋━━━━━━┳━
┏━┻━━┫後部┣━━━━━━┫中部┣━━━━━┫前部┣━━━━━━┻┳━┳━━┓
┃      ┃リフト ┃         ┃リフト┃        ┃リフト┃           ┃H┃ ┏┛
┗━┓   ┗━━┛         ┗━━┛        ┗━━┛          ┗━┛┃
   ┃        ┏━┳━┳━┳━━━┳━━━━━┳━┳━┳━┓  ┏━┓   ┃ 
   ┃        ┃F ┃E┃D ┃機械室┃  缶室  ┃C ┃B┃A ┃  ┃G┃   ┃
   ┗━━━━━┻━┻━┻━┻━━━┻━━━━━┻━┻━┻━┻━━┻━┻━┛
(A)前部軽質油庫
(B)前部高角砲弾薬庫
(C)前部爆弾庫
(D)後部高角砲弾薬庫
(E)後部爆弾庫
(F)後部軽質油庫


129 :GF長官:2010/07/14(水) 22:11:43 ID:???
>>128の続き

これは、『写真日本の軍艦』(第三巻)に掲載されているものです。
(ミリクラVol.8 翔鶴・瑞鶴特集にもあります)

・・・が、御覧の通り、前後部共に弾薬庫の隣に軽質油庫がありますね。
あれ、「ガソリン庫は弾火薬庫から出来るだけ遠くに置く」じゃなかったっけ?

ちょうど珊瑚海海戦で、被弾した翔鶴の写真があるのですが、
(米軍機から撮影したもの、『写真太平洋戦争第三巻』p89)
艦首から激しく煙を噴き上げている。

飛行甲板前端に命中したのだから、てっきりGの位置あたりにあるものかと
思っていたんだけれど・・・、
写真では艦首部分は船体が隠れるくらい火焔に覆われているが、Aの位置
(前部リフトの前方)には何の変化も見られない。

この艦内図は、本当に正確なのだろうか?


130 :名無し三等兵:2010/07/15(木) 01:04:05 ID:???
>>129
グランプリ出版の『日本の航空母艦―軍艦メカニズム図鑑』で確認した方が確実なんでしょうが、
手元にある飛龍の艦内図を見る限り、やはり軽質油庫は翔鶴と同様の配置ですから、私は間違ってないと思います。

ただ、珊瑚海で米軍の使用した爆弾の信管がほぼ瞬発(0.01秒)であること、
第一弾目の被弾で発生した被害としてガソリン庫火災以外に「揚錨装置破損」が含まれていること、この二つを合わせて考えると、
被弾によって艦底部にあり被弾箇所から結構離れている前部軽質油庫が火災を起こしたとは考えずらいんですよね。

とは言っても、福地運用長の証言や実際にもうもうと黒煙を上げている翔鶴の写真もありますので、
被弾によって翔鶴の艦内の10000リットルのガソリンが火災が発生したのは間違いないのですが。

では、この微妙な辻褄の合わなさはどう解決されるものなのか?
取りあえず、飛龍の艦内図を眺めていて一点気付いたことがありました。
翔鶴は飛龍の拡大改良型のようなものですから、私が飛龍の艦内図で気付いた部分が、
翔鶴と飛龍で同じ配置だったとしたら、辻褄はあいます。

>>128の[翔鶴艦内図] に、まだ未説明のHがありますから、このからくりに長官もお気づきなようなので、
ご回答はそちらにお譲りしますが、軽質油庫が弾火薬庫と隣接していることと合わせて、
>>124のような設計方針を持っていながら、なぜこういう配置にしたんでしょうね?

131 :GF長官:2010/07/16(金) 21:58:54 ID:???
>>130 毎度お世話になります。

実際のところ、ガソリンタンクの位置については、
「日米で明確な設計方針の違いがあり、
(日)艦の重要区画から遠ざける→艦首先端に設置
(米)艦の重要区画内に収める→艦中央部寄りに設置」
といった内容を、何かの本で読んだ記憶があるので、これで話を進めて行く
つもりだったのですが、どうもうまく話がつながりませんなぁ。困ったもんだ。

>グランプリ出版の『日本の航空母艦―軍艦メカニズム図鑑』で確認した方が確実なんでしょうが、
近所の図書館にあるので、週末に確認してきます。


132 :GF長官:2010/07/16(金) 22:38:48 ID:???
>>129の続き

軽質油庫や各弾薬庫を前後に分けるのは被害局限の一環でしょう。

他の空母と比較してみると、
鳳翔→ほぼ翔鶴と同じ。ただし弾薬庫のすぐ隣ではなく、数区画前方付近(>>128のAとGの間)
赤城→ほぼ翔鶴と同じ。
龍驤→飛行甲板前端真下付近(>>128のG)
飛龍→ほぼ翔鶴と同じ。鳳翔と同じで弾薬庫との間には少し距離がある
大鷹→飛行甲板前端真下付近(ただし隣は弾薬庫)

『歴史群像(22)空母大鳳・信濃』には両艦の艦内図が付属していますが、
それによると、大鳳は前部リフトの真下にある。
その後ろに「MAG MAGAZINE」とあるので、機銃弾薬庫の隣ではないかと。

また信濃は前部リフトの前方。その後方は「防水区画」となっているので、
弾薬庫からはある程度距離があると思われる。


133 :GF長官:2010/07/16(金) 22:40:15 ID:???
>>132の続き

「心配なのは航空機用ガソリンタンクの防禦である。
日本海軍では、空母のガソリンタンクは弾火薬庫からなるべく遠くへ離す方針
だったから、信濃とて例外ではない。
だから、ガソリンタンクは前後部の水線下に設けられ、その天井には25ミリの
DS鋼が張られた」
(註)DS(デュコール)鋼とは、マンガンを1.35%含み引張力に対して強い

赤城の頃と基本方針は変わっていないようですね。

以上を鑑みると、空母のガソリンタンクは前後部の二箇所に分かれ、前部は
前部リフトの前方付近。
ガソリンタンクが弾薬庫と隣接している場合と、そうでない場合がある。
こんなところでしょうか。


134 :GF長官:2010/07/16(金) 22:43:26 ID:???
>>133の続き

どの空母でも艦首付近(>>128のG)は水防区画・釣合タンク・兵員室・錨鎖庫
などに充てられることが多い。
よって、翔鶴のように飛行甲板前端に命中弾を受けても、軽質油庫炎上とは
考えにくい。

注目すべきは、赤城のH(>>128)の位置に「揮発油庫」なるものがある。
これもガソリンタンクのことだと考えられますが、区画としては小さいので、
容量は少量だと予想される。
もしかしたら、格納庫内の給油を容易にするための仮貯蔵所みたいなもの
かもしれない。
これなら、翔鶴の艦首被弾→ガソリン炎上も納得できますが・・・

いずれにせよミリクラ程度の資料では詳しいことが分からないので、週末に
図書館で調べて来ようと思います。


135 :GF長官:2010/07/16(金) 22:44:34 ID:???
明日は飲み会のため、お休みです。
先週は日曜も出勤だったので、二週間ぶりの休日だ!
それではまた来週〜


136 :名無し三等兵:2010/07/17(土) 00:05:23 ID:???
>>133
翔鶴については長官にお任せするとして、飛龍の場合ですと、>>128のHというか、さらにその前方、
まさに艦首部分の錨鎖庫の下2層に「整備科軽質油庫」というものがあります。

普段からどれだけの量のガソリンがここにあったのかはわかりませんが、翔鶴の場合ですと、
繰り返しになりますけど、福地運用長が珊瑚海での被弾火災に際しては「1万リットルのガソリンが〜」と言っています。
1万トンのガソリンは重量換算すると約7トンなので、翔鶴のガソリン搭載量496トンのわずか2%弱といったところ。

ガソリン貯蔵のメインは、長官からご説明のあったとおり、艦底にある前部と後部軽質油庫ですから、
単純に二分割すれば、それぞれに248トン(=約34万リットル)程度は貯蔵されていたはずですので、
1万リットルのガソリンがあった整備科軽質油庫ではなく、こちらが被害を受けて火災を起こしていれば、
さすがの翔鶴級でも神鷹のように致命傷となっていたかもしれませんね。

>>134
真偽はわかりませんが、そこでガソリンをドラム缶に詰め替えてたと言う話を以前どこかのスレで見た覚えがあります。

137 :GF長官:2010/07/18(日) 18:21:50 ID:???
>>136 調査報告を。
まずは、『日本の航空母艦〜軍艦メカニズム図鑑』(長谷川藤一/著)
ご指摘の通り、飛龍艦首の「整備科軽質油庫」がありました。

[飛龍艦内側面図]
                飛行甲板
━━━━━━━┳━━━━━━━┳━━━
 上部格納庫  ┃           ┃  最上甲板(錨甲板)
━━━━━━━┻━━━┳━━━╋━━━━━━━━━━━━┓
                 ┃    ┃  運用科倉庫      ┏┛
                 ┣━━━╋━━━━━━━━━┏┛   ─上甲板
                 ┃錨具庫┃第一整備科軽質油庫┃
                 ┣━━━╋━━━━━━━━━┃     ─中甲板
                 ┃前部 ┃第二整備科軽質油庫┃
                 ┃錨鎖庫┣━━━━━━━┏┛       ─下甲板
                 ┃    ┃         ┏┛
                 ┃    ┃       ┏┛
                 ┃    ┃     ┏┛
                 ┗━━┛    ┏┛
                         ┏┛
━━━━━━━━━━━━━━━━┛


138 :GF長官:2010/07/18(日) 18:39:02 ID:???
>>137の続き

ご覧の通り、艦首先端の中甲板・下甲板の二層にわたって軽質油庫が設置されていた。

『写真日本の軍艦』(別巻2)の図面集でも全く同じ。
肝心の翔鶴ですが、図面そのものはありましたが詳細は描かれていなかった。
なんでも、「兵装図より再現したものでディテールが不足している」とのこと。
艦内図そのものは残っていないようです。

ちなみに飛龍の軽質油庫は前部のみで、後部にはない。
前部に1番から4番までの軽質油庫がある。
(1・3番は右舷側、2・4番が左舷側)


139 :GF長官:2010/07/18(日) 18:40:47 ID:???
>>138の続き

ただ、
>福地運用長が珊瑚海での被弾火災に際しては「1万リットルのガソリンが〜」と言っています。

「命中したのは前甲板左舷側で、前甲板は大破し、飛行甲板前端は上方に跳ね上がり、
前部飛行機昇降機は下方に陥没、前甲板下方にある1万リットルガソリン庫に引火して
大火災となり、黒煙は艦を覆った」                  (『海軍くろしお物語』)

ガソリンの比重0.72とすれば、1万リットルは7.2トンになるので、翔鶴も飛龍と同じく、
艦首中・下甲板あたりに「整備科軽質油庫」があり、被弾により炎上したと考えられる。

どうやらこれが真相に近いのではないかと本職も同意します。
つまり炎上したのは、メインタンクではなくサブタンクであったため、消火に成功したと。


140 :GF長官:2010/07/18(日) 18:51:40 ID:???
>>139の続き

同書には他に、赤城・隼鷹・雲龍の図面が収録されていますが、赤城の艦首錨甲板下に
「揮発油庫」がある(>>134)他は、詳細不明。
(隼鷹の軽質油庫は後部のみ)

また、いずれも軽質油庫は前後部ともに弾薬庫に隣接しており、
「ガソリン庫は弾火薬庫から出来るだけ遠くに置くことが採用されており、
独立して防禦する方針が採られていた」(>>125
は、実情に即していないものと言えるでしょう。

歴史群像の『空母大鳳・信濃』には、
「日本空母のガソリンタンク防禦については、牧野茂氏の『造船技術概要』によれば、
”全く自信がなかったので、バイタルパートから遠く離れたところに設置した”とある」

戦後の研究者だけでなく、当時の設計者(牧野氏は大和の設計主任)も同じことを
記していることから、上記が基本方針となっていたことは間違いないと思いますが、
なぜ方針通りに建造されなかったのかは分かりませんねぇ。

また、艦首部の「整備科軽質油庫」が何の目的で設置されたものなのかも見つかり
ませんでした。何か情報があれば、お寄せ下さいませ。


141 :名無し三等兵:2010/07/18(日) 19:14:50 ID:???
>>138
図面等の資料不足がネタになる日本空母の中でも特に少ないのが翔鶴型ですからな…
残ってるものも左艦橋だった初期計画当時のものが混じってるので
模型の考証でそのまま鵜呑みにすると色々厄介だったりするし
(翔鶴と瑞鶴の違いも建造中の設計変更箇所等で未だ不明の部分が多くて困る)

142 :名無し三等兵:2010/07/19(月) 22:23:48 ID:???
>>137-140
調査、ご苦労様でした。
『日本の航空母艦〜軍艦メカニズム図鑑』で分からんとなると、現時点ではほぼお手上げに近いですね。

まだアジ歴で公開されていませんが、珊瑚海海戦時点での翔鶴の戦闘詳報は現存しているようなので、
それを見れば翔鶴の前部の被弾で艦内のどこが壊れたかが書いてあるはずですから、
翔鶴の艦首にも赤城や飛龍と同様に「整備科軽質油庫」があったかどうかだけは確定できる…かなあ?

さすがに恵比寿まで行って現物を眺めてくるのはかなり手間ですので、
「整備科軽質油庫」の用途と合わせて、宿題の一つとして気長に調べましょう。


143 :名無し三等兵:2010/07/19(月) 22:40:32 ID:???
そういえば、「整備科軽質油庫」の位置が確定している飛龍ですが、
ミ海戦にて鳳翔機が撮影した有名な漂流中の写真が残されてますよね。

あの写真をよくよく眺めていると、一番火勢が強いのは何気に艦首部分です。
やっぱり可燃物があったからこそ良く燃えていたんですかね?

144 :GF長官:2010/07/20(火) 21:05:21 ID:???
>>141 モデラーの皆様の考証には定評があると聞きますが、艤装品ならともかく
ガソリンタンクの位置とかは興味ないかな。

>>132 その手があったか。
>珊瑚海海戦時点での翔鶴の戦闘詳報は現存しているようなので
今度上京する時に調べてこようと思います。

>>143 有難うございます。こちらの写真ですね。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/687
wikiだといま一つ分かりにくいですが、
『日本海軍艦艇写真集』(福井静夫コレクション)の「航空母艦・水上機母艦」では
鮮明な写真が確認できます。ほんと図書館は有難いですなぁ。


145 :GF長官:2010/07/20(火) 21:22:40 ID:???
暑中お見舞い申し上げます。
あづい・・・南方の海での格納庫内って、こんな感じだったのかな。
整備科の皆様にはご苦労様であります。

>>140の続き

一方の米空母は、どこにガソリンタンクを設置していたのか。
こちらも、レキシントンのアクションレポートで明らかです。

The forward torpedo hit occurred between frames 60-65 in way of the port gasoline stowage tanks.
「前方の魚雷命中箇所は、フレーム60番から65番の間、左舷ガソリンタンクのすぐ近くだった」

レキシントンは左舷に2本の魚雷を受けましたが、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1253350314/708
前方(艦首側)の魚雷は、ちょうどガソリンタンク付近だったようです。


146 :GF長官:2010/07/20(火) 21:23:46 ID:???
>>145の続き

ここで「フレーム60番」とは、何のことなのか。
これは艦内の位置を表すためのステーション・ナンバー(位置情報)で、戦闘記録には
必ず出て来るので、覚えておいて下さいね。

軍艦を建造する際、最初に行うことは船台の盤木の上に竜骨(キール)を据える。

竜骨
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E9%AA%A8_(%E8%88%B9)

「船底中心線を艦首から艦尾まで縦通し、船体の背骨の役割を為す一枚の板を
平板竜骨(Flat Keel)という」                 (『艦艇工学入門』)

人間で言うと背骨に相当し、艦全体の荷重を支えるのがキールです。


147 :GF長官:2010/07/20(火) 21:25:19 ID:???
>>146の続き

スリガオ海峡での扶桑を「魚雷が命中して船体が真っ二つに折れた」と戦記等で
表現されますが、これはキールが折れたことを表しています。

またワシントン条約の結果、巡洋戦艦天城・赤城を航空母艦へ改装することが
決定されたが、関東大震災の影響で船台上の天城が破損し、急遽戦艦加賀に
代役が回って来たことはよく知られています。

天城が廃棄された理由は、キールが折損したため。
一度折れたキールを修復することは不可能で、また最初から造り直さなければ
ならない。それほど重要な構造部材なのです。


148 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 03:17:05 ID:???
たしか、金剛だったかがキール交換してるから不可能じゃないはず。
超大工事になるのは間違いないけど。

149 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 05:20:06 ID:???
当時はまだアロンアルファがなかったからな。現代なら超簡単に直せる。

150 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 16:07:46 ID:???
>アロンアルファ
母艦一杯分があり各艦一箱分配備されてたら
さぞ、応急修理が楽になったような。
でも、奇麗にひっつきすぎて忘れて、内地に戻っても放置
そして肝心なときに突然パキ…

151 :GF長官:2010/07/22(木) 21:06:28 ID:???
>>148 有難うございます。これは不勉強でした。
>金剛だったかがキール交換してるから不可能じゃないはず。
交換できるものだったのか。ど、どうやって?

>>149 さすがは万能接着剤ですね。>アロンアルファ
本職もデアゴ大和建造時にお世話になりました。

>>150 そうか!飛行甲板の修復も簡単だな。
・・・たぶん塗料と一緒に燃えてしまいそうな・・・


152 :GF長官:2010/07/22(木) 21:19:54 ID:???
>>147の続き

続いて、艦首から艦尾までキールに対して垂直に並べていくのがフレームです。
ちょうどCTスキャンのように、船体を輪切りにしていくものと考えれば良いかと。

「肋骨(Frame)は内側から外板を支持し、水圧や水中での爆発力に対して、
外板の凹凸や座屈を局部的に防ぐとともに、それ自身が船体に横強力を与え、
強力甲板のビームと結合されて、横隔壁と同様に船型を保持する重要な部材
である」                             (『艦艇工学入門』)

(註)座屈とは、「構造物に加える荷重を次第に増加すると、ある荷重で急に変形の
模様が変化し、大きなたわみを生ずることをいう」(wiki)

ビーム(梁、Beam)とは、「各甲板の裏側に取り付けて両側のフレームと結合させ、
フレームと共に船体のリングを形成するものである」
甲板にかかる荷重を支え、甲板に剛性を与え、側面ではフレームを補強する役目
をなす。つまり、縦と横の両船体強力部材を兼ねている。


153 :GF長官:2010/07/22(木) 21:29:09 ID:???
>>152の続き

[船体の横断面]

                 甲板
   ┏────────────────────┓
   ┃□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□┃   
   ┃            ビーム             ┃
   ┃                              ┃
   ┗┓                           ┏┛
     ┃                          ┃
フレーム┃                          ┃フレーム
      ┗┓                      ┏┛
        ┗┓                  ┏┛
          ┗┓     キール     ┏┛
            ┗━━■■■■■━━┛


154 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 21:39:50 ID:PE54Gcuo
相変わらず過疎ってるね

155 :GF長官:2010/07/22(木) 21:49:25 ID:???
>>153の続き

キールを人間の背骨に喩えると、フレームは肋骨に当たる。
故にフレームの訳語は、そのものズバリで「肋骨」(肋材)です。

そして、フレーム番号とは、

「フレームは原則として船体中心切断面に垂直に取り付け、FPからAPまで
連続的に、艦首から1、2,3・・・とフレーム番号(Frame Number)を付ける」

(註)FP(前部垂線、Fore Perpendicular)IWLと艦首前面との交点を通り、ベースラインに垂直な線
   AP(後部垂線、After Perpendicular)IWLと艦尾後面との交点を通り、ベースラインに垂直な線
   IWL(計画水線長、Designed Water Line)ベースラインに平行で計各時艦の長さを決める基線
   BL(船底基線、Base Line)船体中心の船底に接し水平な基線


156 :GF長官:2010/07/22(木) 21:56:15 ID:???
>>155の続き

[船体寸法図]

  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
  ┃                                        ┏┛
AP┃                                     FP┏┛
 ─●─────────────────────────●────IWL
  ┃                                    ┏┛
 ─┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛──────BL

(註)日本海軍と英海軍では、APは艦尾後面ではなく、舵軸中心線としていた


157 :GF長官:2010/07/22(木) 21:57:53 ID:???
>>156の続き

・・・なんか、用語解説を始めると収拾がつかなくなるなぁ。
とりあえず、艦首と吃水線が交わるところがFP、艦尾と吃水線と交わるところがAPと考えれば
問題ないでしょう。本職も専門ではないので。

通常フレーム番号は、「F60」「Fr60」「肋骨60番と記載されます。
艦の大きさにより異なりますが、APでFr200〜250くらいになる。
よく『歴史群像』等の艦内切断図面で、「60番切断面図」とあるのは、Fr60の位置で切断した
図面であることが分かります。

では、レキシントンの「Fr60〜65」とは、どのあたりなのか。


158 :GF長官:2010/07/22(木) 22:13:09 ID:???
>>154 ですね。
まぁ当スレでは、だらだらと本編が続いて、たまにレス(ツッコミ?)がつくのが
通常進行で、むしろ過疎ってない方が珍しいかな。
初代スレと、南雲スレ乙事件(先任参謀大暴れ)くらいだったか。
あとミッドウェー関連で数日間盛り上がるくらい。

そして見計らったかのように「相変わらず過疎ってるね」等の発言が登場するのも、
また定番だったり・・・
というか、似たようなことを以前にも何度か言った気がする・・・

よ〜し、そろそろ自演で燃料投下してみるかw
1期で赤城が空を飛んだんだから、今期の最終回では大和が宇宙へ(ry


159 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 23:43:57 ID:???
でも今更南雲を擁護しなくとも
最大の戦犯は山本だってことはみんなわかっているだろ?

160 :名無し三等兵:2010/07/24(土) 20:20:23 ID:???
毎日覗いてはいるんですがね、参加は難しいですよ。

161 :GF長官:2010/07/24(土) 20:49:56 ID:???
>>159 夏休み恒例企画「戦犯は誰だ?」 
実は昨年の夏も開催されました。こちらをどぞ→
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/527-528
今のところ、戦犯横綱はペリー提督のようですね。

>>160 有難うございます。
ですよねぇ・・・>参加は難しいですよ。
空母のガソリンタンクがどこにあるかなんて話題、参加しにくいと思います。
まぁ、読み物として楽しんで頂ければ幸いかな。


162 :GF長官:2010/07/24(土) 20:54:36 ID:???
>>157の続き

レキシントンの図面は見たことがありませんが、アクションレポートの記述から
おおよその見当はつきます。

The after torpedo explosion, whether of one or two torpedoes, appeared to be centered at about frame 85.
「後方の命中魚雷は、1本か2本かは確実ではないが、フレーム85番付近に集中したと思われる」

再度戦闘記録を確認すると、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1253350314/708
2本目(艦尾側)の魚雷は、ちょうど艦橋の反対舷に命中している。


163 :GF長官:2010/07/24(土) 21:04:54 ID:???
>>162の続き

[レキシントン飛行甲板平面図]
                     Fr85          Fr60          FP
───────────────┼───────┼───────┤

              2本目の魚雷↓          ↓1本目の魚雷
━━━━━━━━━━━━━━━★━━━━━━━★━━━━━━━┓
                    ┌──┐                     ┃
                 ┌─┤   │       ┌─┐          ┃艦
           前部リフト│ │   │       │  │ガソリンタンク ┃→
                 └─┤   │       └─┘          ┃首
                    └──┘                     ┃
━━━━━━━┳━━━┳━┳━━┳━━━━━━━━━━━━━━┛
          ┗━━━┛  ┗━━┛
             煙突     艦橋


164 :GF長官:2010/07/24(土) 21:21:34 ID:???
>>163の続き

上図の通り、艦橋(Fr85)のすぐ横に前部リフトがあるので、ガソリンタンク(Fr60)は、
リフトから数区画隔てた前方にあったと推定できる。

The I.C. motor generator room, on the 1st platform just forward of the elevator bottle
room and between gasoline stowage tanks and I.C. room was inspected.
(註)
I.C. room(Intensive Control)艦内管制室
elevator bottle room(リフト動力室)リフト直下にある

「(被雷後)第一船艙甲板のリフト動力室の前方にあるICモーター室。そして、
ガソリンタンクとIC室の間の隔壁が検査された」

つまり、前部リフトの前方のIC室があり、更にその前方にガソリンタンクがある
といった感じですね。
こうしてみると、日米の空母でガソリンタンクの位置は大差ないと言えるかと。


165 :名無し三等兵:2010/07/24(土) 21:52:32 ID:???
>>163-164
『Summary of War Damage』のレキシントン部分を見ると、1本目の被雷箇所、
ガソリンタンクのあるFr60を分かりやすくいうと、艦橋前というか二番主砲のある辺りですね。
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/rep/WDR/SUMMARY%20OF%20WAR%20DAMAGE%20-%20U.S.%20Battleships,%20Carriers,%20Cruisers%20and%20Destroyers,%20October%2017,%201941%20to%20.pdf

一応長官の説明の補足用にレキシントンのダメレポと
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/rep/WDR/U.S.S.%20LEXINGTON%20%28CV-2%29,%20BOMB%20AND%20TORPEDO%20DAMAGE%20-%20Coral%20Sea,%20May%208,%201942%20%28LOST%20IN%20ACTION%29.pdf

飛行甲板から見た被雷箇所(フレーム85付近)の写真など
http://www.navsource.org/archives/02/020235.jpg

166 :GF長官:2010/07/25(日) 16:41:40 ID:???
>>165 毎度感謝します。
>ガソリンタンクのあるFr60を分かりやすくいうと、艦橋前というか二番主砲のある辺りですね。
>>163は縮尺が適当すぎましたね(汗)。訂正しときます。

>一応長官の説明の補足用にレキシントンのダメレポと
>>162は4頁の(A)、>>164は6頁の(4)にあります。

>飛行甲板から見た被雷箇所(フレーム85付近)の写真など
なんか網にかかった魚のようなものが見えるなぁ・・・

そう言えば、『零戦黒雲一家』の中で、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/681
砂浜から海へ向かって手榴弾を投擲し、「大漁大漁♪」という場面が出て来る。
「史上初の空母決戦」も、珊瑚海の海洋生物からすると迷惑な話だったのでしょう。


167 :GF長官:2010/07/25(日) 16:45:20 ID:???
>>163訂正

[レキシントン飛行甲板平面図]

                  Fr85    Fr60                 FP
────────────┼────┼────────────┤

          2本目の魚雷↓     ↓1本目の魚雷
━━━━━━━━━━━━★━━━━★━━━━━━━━━━━━┓
                  ┌──┐                     ┃
               ┌─┤   │ ┌─┐               ┃艦
         前部リフト│ │   │ │  │ガソリンタンク      ┃→
              └─┤   │  └─┘               ┃首
                  └──┘                     ┃
━━━━━━━┳━━━┳━┳━━┳━━━━━━━━━━━━━┛
          ┗━━━┛  ┗━━┛
             煙突     艦橋


168 :GF長官:2010/07/25(日) 17:00:16 ID:???
>>140 調査結果報告(続報)

『日本海軍艦艇図面集』(日本造船学会/編)原書房より。

翔鶴の図面が見つかりました。
飛龍(>>137)と同じく、艦首に軽質油庫がある。
(「整備科軽質油庫」ではなく、ただの「軽質油庫」という名前)

飛龍の場合、最上甲板より一層隔てて軽質油庫があるが、翔鶴では、
最上甲板のすぐ下(「運用科倉庫」の位置)にある。
つまり、SBDより投下された1000ポンド爆弾は、飛行甲板前端を貫通し、
錨甲板も突き抜けて、軽質油庫に直撃、爆発炎上したというわけです。

これで決まりでしょう。
というか、そんなところに設置したら炎上するのは当たり前じゃないか・・・


169 :GF長官:2010/07/25(日) 17:01:48 ID:???
>>168の続き

それと一つ訂正を。
>隼鷹の軽質油庫は後部のみ(>>140
と書きましたが、前部にもありました。

ついでに戦艦や巡洋艦の軽質油庫の位置も調べてみました。
おおむね空母の後部軽質油庫の位置(>>128のF)と同じで、スクリューの
前方に防水区画があり、その前方に軽質油庫があるといった感じ。

例によって弾薬庫と隣接している場合が多く、重巡鈴谷では五番砲塔(20センチ砲)
の直下に弾薬庫があり、そのすぐ後方に軽質油庫がある。
空母でなくても、この配置は色々問題がありそうなんだが・・・?

まだまだ検討の余地がありそうですね。


170 :名無し三等兵:2010/07/26(月) 20:33:06 ID:???
>>168-169
繰り返しの調査、お疲れ様です。

翔鶴の軽質油庫の位置が予想通りの位置で確定できたのは嬉しいものの、
軽質油/ガソリン関係の艦内配置については、
定説とされる設計方針と実際の艦内配置の矛盾は未解決なままですねえ。

ただ、各艦の艦内図を眺めていると、バイタルパート外にガソリンを置こうとするなら、
ほとんど選択の余地なく弾薬庫の隣くらいにしか置く場所がないのかもしれませんが。

171 :GF長官:2010/07/27(火) 21:07:46 ID:???
>>170 まぁ、本人が一番勉強になったかな。
「ガソリンタンクは弾薬庫から離して設置する」とは、知識として知ってはいましたが、
実際に調べてみないと分からないものですね。

>ほとんど選択の余地なく弾薬庫の隣くらいにしか置く場所がないのかもしれませんが。
後部軽質油庫に関してはまさにそれで、主機や舵取室の関係で、ほとんど「選択の余地
なし」と感じます。ただ前部の方はもう少し融通がききそうなもんだが・・・


172 :GF長官:2010/07/27(火) 21:23:54 ID:???
>>169の続き

何と言っても、ガソリンの怖いところは「揮発性の高さ」(>>103

ガソリンと言えば引火しやすいものの代名詞的扱いですが、重油と同じく(>>107
液体そのものが燃えるのではなく、「蒸発燃焼」といって、気化したガソリンと空気
との混合気が燃焼する。

この可燃性蒸気が充満した状態では火気厳禁。マッチ一本どころか、静電気
ですら危ない。大鳳やレキシントンの事例で明らかですね。

余談になりますが、例えば夜に帰宅して玄関のドアを開けた時、「ガス臭いな」と
感じたら、絶対に部屋の電気をつけたら駄目です。蛍光灯がつく瞬間の静電気
火花により爆発する恐れがあるから。
そういう場合には、まず窓を開けて十分換気してから点灯するようにしましょう。


173 :GF長官:2010/07/27(火) 21:26:14 ID:???
>>172の続き

ガソリンも全く同じで、タンクの設置箇所だけではなく、タンク周辺の換気につい
ても、細心の注意を払わなければならない。

日米双方ともそれは周知の事項であり、日本空母ではタンクの周囲を二重構造
とし、通風装置を作動させて、常時換気するようになっていた。
一方の米空母は、

All inboard and outboard voids surrounding gasoline tanks filled with fresh water.
「ガソリンタンク周囲の内側・外側の区画は、全て真水で満たされていた」

タンクの周りに水を張って、気化ガソリンが空気と直接接触しないように対策が
施されていた。

以上を比較すると、米側の方が有効なように思いますね。
日本側だと被弾の衝撃で通風装置が故障してしまったら、おしまいだし。
想定外のことまで想定しておくのが、ダメコンの基本ですから。


174 :名無し三等兵:2010/07/27(火) 22:25:10 ID:???
後、米軍は使った分だけタンクに水を注入してなるべく気化しないようにしているのですが、
これはタンクの整備性なども考えると有効ではあるにしても面倒な手法ですね。
戦訓により日本側は周辺区画をコンクリート詰めにしましたが、気化したガスを漏らさない
という点ではやはり固体よりも液体の方が良いのです。でも水詰めるのは後が色々と面倒ですよね。

175 :名無し三等兵:2010/07/27(火) 23:03:35 ID:???
>>173-174
米はレキシントンやワスプ沈没の戦訓として
後には送油管を舷側に移設してガスが艦内に充満するのを防ぐようにもなったし
炭酸や窒素を各配管やタンク内部に充填してより入念な火災対策を施したね

176 :名無し三等兵:2010/07/27(火) 23:05:03 ID:???
何という施工。

177 :GF長官:2010/07/28(水) 21:40:51 ID:???
>>174 そうですね。
>後、米軍は使った分だけタンクに水を注入してなるべく気化しないようにしているのですが

「さらにレキシントンが損傷時の衝撃で燃料配管に亀裂が生じ、揮発して漏れた
ガスに着火して艦内に大火災を発生させた戦訓に対しては、各空母とも水中防禦
の強化と航空燃料を使用した分を海水で置き換える形にタンクの構造を改めて
安全性を向上させている」              (『歴史群像アメリカの空母』)

ただ、これは少し疑問ですね。
ガソリンと水を一緒に保管するのは、色々と不都合が多い。

まずガソリンの中に水分が含まれていると、ガソリンを燃焼させた時に発生した
熱量の一部が水分の蒸発に奪われてしまうため、熱効率が悪くなってしまう。

そのため、航空機のガソリンタンクの底には「水抜き穴」がある。>>103の通り、
ガソリンの比重は0.7で水に浮くため、水分はタンクの底部にたまる。定期的に
栓を開けて水を抜くことが保守点検作業の中に含まれています。


178 :GF長官:2010/07/28(水) 21:45:22 ID:???
>>177の続き

もともと飛行機は高高度を飛行することが前提なので、気温が零下になること
は、当然想定しておかなければならない。
燃料中に水分が含まれていると凝結してしまい、故障の原因となり兼ねない。
エンジンが「水冷」ではなく「液冷」なのと同じ理屈です。

もう一つは腐食性の問題。

「燃料による腐食作用は主として水による。
水は通常、飽和状態でガソリン中に溶解し、その溶解量は温度に比例する。
従って燃料温度が下がると燃料系統内で水が燃料から析出して金属面に
付着し、ガソリン中に含まれる酸素に助けられて腐食を助長する。

水を完全に除去することは出来ないので、腐食防止剤の添加により、水と
金属の間に膜面をつくり、両者の直接接触を防いだり、燃料の水溶解能力
を増したりしている」  (『航空用ピストンエンジン』日本航空技術協会/編)

つまりガソリン中の水分により、タンクが錆びてくるわけですね。


179 :GF長官:2010/07/28(水) 21:46:37 ID:???
>>178の続き

更に、自動車用燃料は無鉛ガソリンが主流ですが、航空用燃料は今でも
加鉛ガソリンです。
(註)鉛とはアルキル鉛のことで、アンチノック性を向上させる。

有鉛ガソリン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%89%9B%E3%82%AC%E3%82%BD%E3%83%AA%E3%83%B3

「また、アルカリ性物質や酸性物質を含むと腐食しやすいので、ガソリンは必ず
中性であることが望ましい。
加鉛ガソリンではエチル液中のハロゲン化合物が燃料タンク、フィルタなどの
亜鉛を侵し、燃焼によって生じる酸化鉛、臭化鉛などはシリンダ、ピストン、
バルブの腐食を助長する」

ただでさえ錆びやすい環境なのに、その中に水を入れるとか、まして海水なんか・・・
>後が色々と面倒ですよね。
米海軍工廠の担当者は不平たらたらだったと思いますよ。


180 :GF長官:2010/07/28(水) 21:46:51 ID:???
>>175 有難うございます。
これらは実に有効な対策だと思います。さすがは「不屈のダメコン魂」ですね。

>>176 ミッドウェーには間に合ったのかなぁ


181 :GF長官:2010/07/28(水) 21:59:15 ID:???
>>173の続き

何しろ、気化ガソリンは「目に見えない」ですからね。
仮に配管に亀裂が入ったとしても、どこから漏れているのか発見することは
並大抵の事ではない。

ここで、「ちょっと待て」と思われる方があるかもしれません。
確かにガソリンの蒸気は目に見えないが、あの臭いで分かるんじゃないのか?

本職はいつもセルフのガソリンスタンドを利用していますが、給油キャップを外すと
ツンと鼻をつくアレですね。
昨晩、ガス漏れの話をしたばかりなんだし。

ところが、よく考えてみると、空母の艦内ではガソリン臭が漂っていることは極めて
日常的な光景なのです。
格納庫内や飛行甲板上で給油作業を行いますから、整備兵にとってはかぎ慣れた
もので、臭いでガソリン漏れに気付くとは、なかなか思えない。


182 :GF長官:2010/07/28(水) 22:03:40 ID:???
>>181の続き

本職はガソリンスタンドで働いた経験はないですが、たぶん似たようなものではない
でしょうか。慣れとは恐ろしいですねぇ。

大鳳の事故では、防毒マスクをしないと作業できないほど、格納庫内に充満していた
と聞きますから、それほど濃度が濃ければ誰でも気付くでしょうが、いずれにせよ、
漏洩箇所を見つけることは難しいでしょう。

現在の米原子力空母は、どんな対策が施されているんだろうか。


183 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 22:14:54 ID:???
>>181
元スタンド員が一言。
通常、ガソリンを給油するという行為がなければ、匂いません。
そもそもSSは構造的に風通しが良く出来ています。
冬のSS作業が地獄なのはその為です。
>臭いでガソリン漏れに気付くとは、なかなか思えない
現場を知らない人の発想ですね。いや、常識の奴隷でしょうか。
SSのホームで匂うと言うことは、もうホーム内で油がこぼれているか、漏れて気化していると考えられます。
直ちにメーターを見て各部点検を行ないます。
セルフスタンドで、あのアイランドの近くでも匂わないでしょ?入れるまでは。

ですので、、
>空母の艦内ではガソリン臭が漂っていることは極めて日常的な光景なのです。
それは誰が言っているのでしょうか、それをまず疑って掛かるべきです。
海軍も内規があります、ハワイ作戦で庫外に搭載した重油等は内規違反です(安全・海軍内規の範疇)
よって、母艦の格納庫で匂いがしているというのは、一見そうかなと思われますけど。
明らかに、イメージの植え付けです。
>格納庫内や飛行甲板上で給油作業を行いますから、
>整備兵にとってはかぎ慣れたもので、
言葉のトリックではないでしょうか?
飛行甲板上なら常に風が吹いてますよね、停泊中ならともかく、航行中ならあのフラットな甲板で
匂いの元である気化ガスが滞留するはずもなく。それは、二つに分けるべきでは?<格納庫内と飛行甲板上。
で、格納庫といえども、ガソリン給油車(弾に被弾の巻き添えで火災の原因になりましたね)があるとしても
余程その機械のパッキン等が緩んでなければ漏れると言うこと自体無いのでは?
そもそも、漏れる事自体が内規に違反しませんか? その格納庫内の匂いとはガソリンではなく
潤滑油ではないでしょうか?自動車工場で匂うあの匂いです。少なくともガソリン臭とは違います。

184 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 22:19:50 ID:???
>>182
>慣れとは恐ろしいですねぇ。
16年やってましたが、ガソリン臭は直ぐに解ります。念押ししておきますね。
通常は匂ってはいけません。給油中でもないのに匂うと言う事は、もうどっからか漏洩していると考えます。

>防毒マスクをしないと作業できないほど、格納庫内に充満していたと聞きますから、
その辺は割り引いた方が、大鳳の生存者の数とその部署を
もう一度精査する必要があるのでは無いかと具申します。

漏れていたと言う報告は艦橋の司令部要員が確認してますが、
それでも大鳳は、通常通り航行を続け、飛行甲板上では作業を行なっていますし。

185 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 22:24:04 ID:???
もういっちょう
軽油とガソリン、匂いがちょっと違います。
灯油(ケロシン)とガソリンが違うように。

186 :GF長官:2010/07/29(木) 21:03:18 ID:???
>>183 おお!有難うございます。ひょっとしたら・・・の期待を込めて、
>本職はガソリンスタンドで働いた経験はないですが、
の一文を入れておいたのですが、まさかお目当ての方がいらっしゃるとは。
不思議なご縁ですねぇ。

ご指摘感謝します。やはり経験者に伺うのが一番ですね。
>空母の艦内ではガソリン臭が漂っていることは極めて日常的な光景なのです。
これは、例によって(汗)「出典あいまいソース」で、最近何かの戦記で読んだ
記憶はあるのですが、もしかしたら2chのレスだったかも・・・
改めて読み返してみると、つじつまが合わないところがありますね。勉強になります。

では早速質問をば。ご存知ならばお答え下さい。
ガソリンスタンドの地下タンクはどのような構造なのでしょうか?
二重構造なのか。また、タンクの周りはセメントで固めているだけですか。
それと防火対策にどのような事がなされているのか教えて下さいませ。


187 :GF長官:2010/07/29(木) 21:40:50 ID:???
>>182の続き

ただガソリンが気化すれば、常に引火するわけではない。
それが、「燃焼範囲」です(>>102
ガソリンならば、1.4〜7.6%

燃焼範囲とは、空気量に対するガソリン蒸気量の体積比率で、例えば、
空気100リットルに対して、ガソリン蒸気が1.4リットルならば、1.4%。
つまりガソリン蒸気量が燃焼範囲内にある時に限り、引火するのです。

下限値(1.4%)未満の場合、マッチをすっても引火しない。
(例:空気100リットルに対して、ガソリン蒸気1リットル→体積比率1%)

逆に上限値(7.6%)超の場合も同様。
(例:空気100リットルに対して、ガソリン蒸気10リットル→体積比率10%)


188 :GF長官:2010/07/29(木) 21:42:50 ID:???
>>187の続き

昨日「ガソリン臭」の話題を出したのは、艦内の気化ガソリン濃度が、燃焼範囲内
にあるのかどうか、人間の鼻でかぎわけられるのか?
ここにつなげて行くつもりだったのですが、少々無理があったようですね。

ガソリンスタンドでは、「火気厳禁」「給油中エンジン停止」と掲示することが、法令
で定められていますが、仮にタバコをふかしながら入って来ても引火することはない。
>そもそもSSは構造的に風通しが良く出来ています。(>>183
気化ガソリンに対して空気量が圧倒的に多いので、体積比率が下限値を上回る事が
ないからです。

ここで重要なのは、「風通しが良く出来ている」。
これが”風通しの悪い”室内の場合、濃度が上昇し、危険な状態に陥ってしまう。

大鳳もレキシントンも密閉型格納庫。
クローズドハンガーは、艦内で爆弾が爆発した場合の被害が大きくなるとの欠点が
指摘されますが、ガソリン漏れが生じた場合も危険。


189 :GF長官:2010/07/29(木) 21:45:20 ID:???
>>188の続き

「しかし、この時(大鳳)艦内では被雷箇所の軽質油タンク亀裂部分から噴出した
ガソリンが気化ガスとなり、第二格納庫に充満していった。運用科担当員は防毒
マスクを着け、毛布で亀裂孔を閉ざそうと懸命の作業を続行していた。

やがてガソリン洩れの勢いは弱められたが、気化ガスはその濃度を高め、防毒
マスクの機能は低下し、ガス中毒でバタバタ倒れるものが続出した」
                             (『歴史群像 空母大鳳・信濃』)

このままでは、艦内の蒸気濃度が燃焼範囲内に入ってしまうため、速やかな
換気が必要となる。

「続けて”第一次戦闘配備を解き、全艦通風換気せよ”が下令された。
第一第二格納庫に通じる右舷四箇所、左舷五箇所の扉をすべて開き、ガスの
逃げ口を作った。

通路の密閉扉を全開にし、大型排風機は全力運転、後部エレベーターを下部
格納庫まで降ろして換気に努めたが、防禦第一の目的で建造した大鳳には、
外気の入る場所がなかった。やむなく、舷窓をハンマーで打ち破り外気を入れた」


190 :GF長官:2010/07/29(木) 21:50:45 ID:???
>>189の続き

執筆者は、陥没した前部エレベーターの上方を塞いだ仮設飛行甲板を取り除き、
前部エレベーターから格納庫内を通って後部エレベーターへ抜ける、自然通風路
を設けるべきだったと指摘していますが、果たしてうまくいったかどうか・・・

逆転の発想という視点を加えるならば、燃焼範囲には上限値も存在するので、
艦内を完全密閉してガス濃度を7.4%以上に保てば、引火の心配はない。
まぁ、そうなると艦内では何も出来なくなってしまうので、極論という他ないですが。
防水区画で細かく区切られた艦内が、均一濃度になるとは考えられないし。

そして1423時、艦内で大爆発が発生し、不沈空母だったはずの大鳳はわずか
一発の魚雷で姿を消してしまった。

『空母エンタープライズ』によれば、マリアナ沖海戦の参戦したビッグEの副長は
戦闘前にこう訓示したと言う・・・
「ジャップに太平洋の半分をくれてやろう。海の底半分を」


191 :GF長官:2010/07/30(金) 21:53:19 ID:???
>>190の続き

結局日本海軍は大鳳の戦訓を基に、信濃ではガソリンタンクの周囲をセメントで
囲むことにした。

「信濃では、大鳳沈没の戦訓からガソリンタンクの空所をセメントで充填した。
しかし固体で囲む限り、外圧は直接タンクの亀裂を生じ、気化ガスの漏洩は起こった
のではないかと思われる」                    (『空母大鳳・信濃』)

根本的な解決とはならなかったようですね。
米空母のように水で囲んだところで、爆発の衝撃を完全に吸収することは出来ず、
タンクに亀裂が生じる恐れは十分にある。

う〜む、悩ましい問題だ。
固体も液体も気体も駄目だとなると、飛行機の防弾タンクのようにゴム系の物質で
覆うしかないな(穴が開いても自然に塞がる仕組み)
しかし強度が・・・


192 :GF長官:2010/07/30(金) 21:55:08 ID:???
>>191の続き

ここで、もう一度レキシントンのタンク構造(>>173)を思い出して頂くと、周囲を真水
で覆っていたのなら、物理的に気化ガソリンと空気は接触しないはず。なのに何故
艦内爆発が起こってしまったのか。

完璧に思える米空母の防禦にも、一つだけ「抜け穴」があった。それが配管です。
搭載機に給油するために軽質油庫があるのだから、給油配管は必須。
そして配管全長に渡って、真水で覆うなんて無理な話ですね。

すなわち、
魚雷命中→給油配管に亀裂→ガソリン漏れ→気化ガソリン充満→引火爆発
これがレディ・レックス沈没の真相でした。


193 :GF長官:2010/07/30(金) 21:56:01 ID:???
>>192の続き

後世の我々からすると、別段驚くようなことにも思えませんが、当時の設計者
にとっては、意外な盲点だったのではないかと。
ガソリンタンクの防禦は、タンクの事だけを考えていてはいけないのです。
ほんとダメコンは、「想定外」との闘いですなぁ。

これらの戦訓に鑑み、米空母では給油管を艦外に移し、戦闘前には配管内の
ガソリンを抜いて、炭酸ガスを詰める等の対策が採られている(>>175
このあたりは、流石ですね。


194 :名無し三等兵:2010/07/30(金) 23:35:52 ID:???
大鳳の戦闘詳報は、海軍省が空襲で焼失した時に燃えてしまったらしいのですが、
戦後に米軍が聞き取り調査したレポートが公開されてます。

http://www.fischer-tropsch.org/primary_documents/gvt_reports/USNAVY/USNTMJ%20Reports/USNTMJ-200H-0745-0786%20Report%20S-06-2.pdf

斜め読みした限りですが、微妙に日本側で伝わっている内容と違うなあ…

195 :名無し三等兵:2010/07/31(土) 00:55:28 ID:???
>>171
といっても前部もそうスペースが余っている訳ではありませんからねえ。

まあガソリンタンクの更に前に位置している重油タンクとは入れ替えられそうですが、
入れ替えても防御は厳重にしなければいけないわけで。
そして防御を厳重にするということは、その分の重量がより前部に移動して艦首が重くなるますし、
艦首によせればよせるほど、艦幅が狭くなりますから防御を考えるとタンクの容量も確保し辛いでしょうし。

どうせ弾火薬庫に準じた防御を施すのであれば、バイタルパートに含めないのであっても、
隣接させておいた方が、艦の重量バランス的にも設計的にも楽なのかなあと思ったり。

196 :名無し三等兵:2010/07/31(土) 15:31:34 ID:???
全く流れに関係ないけど豆知識。
・インド洋作戦でハーミス沈没の写真を撮影した94式水偵には、後の芙蓉部隊指揮官美濃部少佐が乗っていた。
・ミッドウェーでの長波輻射命令は、引継ぎの筑摩機や2式艦偵が合流する為のもの。
長波輻射は100〜150浬しか届かず、200浬以上離れた母艦へ向けて輻射しても届かないからだ。
だから長波輻射命令のタイミングは別に遅くなく、後続機が電波を捕捉できる範囲にいないと意味がない。

197 :名無し三等兵:2010/08/01(日) 00:38:40 ID:???
>>196
機動部隊司令部が利根4号機に対して「方位測定用電波輻射せよ」と明確に指示してるからなあ。
接触機や攻撃隊を誘導させる時は「攻撃隊を誘導せよ」「無線誘導を為す」と命令の内容も違うし。

198 :GF長官:2010/08/01(日) 21:54:00 ID:???
てっきり連投規制にかかったと思ったら、軍板のアドレスが変更されていたのね・・・orz

>>194 情報提供感謝します。
大鳳の部分(29頁から30頁、文書では24頁から25頁)をざっくり読んでみました。
(原文はコピペ出来ないので省略)

「大鳳の魚雷命中箇所は右舷前方Fr54番付近」

「大鳳の軽質油庫の位置は重大な設計ミスであった。前部タンクは耐魚雷防禦層(機関室
全長に渡って施されていた)の更に前方にあったからだ。タンクの位置には重油タンクによる
薄い防禦層しかなかった」

対魚雷防禦層(torpedo defence sysytem)とはバルジか、それに類する防水区画(重油タンク
も含む>>106)を指すものと思われます。
軽質油庫の位置にはそれがなかったので、魚雷命中により簡単にタンクに亀裂が生じてしまった
ということでしょう。


199 :GF長官:2010/08/01(日) 21:55:36 ID:???
>>198の続き

「大鳳の事故の戦訓として、日本空母の全ガソリンタンクの周囲は三層のコンク
リートで補強された。その目的はガソリン蒸気を吸収するためである。日本海軍
では、パイロットの反対により真水代替方式は採用されなかった」

これは信濃のタンク防禦を指します。
真水代替方式(water replacement system)とは、米空母で用いられていた
タンク内の空所に注水するという方法かと(>>177)。
色々と問題がある(>>177-179)ので、搭乗員に敬遠されたのかもしれません。

日米の認識の違いを一番感じたのは、
「ダメコンの失敗点は、艦内の全給排気装置を作動させたこと。ガソリン蒸気を
拡散させただけでなく、無数の点火源を提供することになった」

米側の評価では、密閉型格納庫である大鳳の艦内において、送風装置を動か
しても、艦外に排出されるのは一部で、かえって艦内全体に可燃性蒸気を拡散
させることになったのではないか。歴史群像(>>190)とは正反対ですね。

むしろタンク周囲を密閉して、他所に広がらないように処置した方が良かったと
言いたいのかもしれません。実施は難しそうですが。


200 :GF長官:2010/08/01(日) 21:57:11 ID:???
>>195 そうですね。満載時と軽荷時で重心が大きく移動するのも厄介な話だし。
米空母のタンクの位置が比較的中央部にあるのも、これが理由かもしれない。

>>196 有難うございます。
ハーミスの写真はてっきり九九艦爆から撮影したものと思っていましたが、
水偵だったのか。知らんかった。

>長波輻射は100〜150浬しか届かず
これも初耳です。
通常、長波は短波(モールス)よりも減衰性が小さく遠くまで届きます。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/army/1218288706/805
無電が届く範囲なら長波も届くと思いますが・・・?

>>196 本当に150浬程度なら困ったもんですねぇ。


201 :GF長官:2010/08/01(日) 22:01:57 ID:???
>>200 訂正
>>196 本当に150浬程度なら困ったもんですねぇ。
>>197 本当に150浬程度なら困ったもんですねぇ。


202 :名無し三等兵:2010/08/02(月) 15:59:11 ID:G06B6/NT
石黒進編「海軍作戰通信史」 電氣通信大学歴史資料館蔵
第一項 ハワイ作戰ノ通信
(1)通信系(任務別/電波/統制艦/記事)
攻撃機隊・索敵機・局地偵察機/甲種短波/艦隊旗艦/攻撃戰果報告後、丙種電波ニ轉換ス
制空隊/甲種戰闘機短波/2Sf旗艦/仝上
上空直衛/丙種(特定)戰闘機短波/艦隊旗艦/仝上
對潜警戒/乙種長波/艦隊旗艦
(2)歸投通信
飛行機隊ハ歸投極力航法ニヨリ實施シ電波ノ輻射ハ止ムヲ得ザル場合行フモノトス
艦攻艦爆ハ飛行機長波輻射、艦上方位測定、短波通信ニ依ル
艦戰ハ「クルシー」歸投法トシ長波輻射擔任艦ヲ蒼龍トス
二、部隊外通信
(イ)部隊外通信ハ艦隊旗艦之ヲ統制ス
(ロ)機動部隊ニ對スル通信ハ総テ東京通信隊經由トシ左ニ依ル
機動部隊ニ對スル通信 東京通信隊第一放送通信系
機動部隊ノ通信 東京通信隊特定通信系
(ハ)交信擔任艦ヲ3S旗艦トス
三、對敵通信
(イ)敵信傍受
艦隊ノ實施スル敵信傍受ハ艦隊旗艦ニ於テ實施スルモノトシ第八戰隊及第三戰隊ノ
一艦ヲシテ其一部ヲ補助セシム
傍受主目標ヲ敵基地航空部隊ノ哨戒機電波、敵潜水艦電波及「ハワイ」海軍基地電波トス
(ロ)妨信
妨信ノ實施ハ特令ス
妨信擔任艦ヲ第八戰隊及第三戰隊ノ一艦トス
(ハ)僞瞞通信
機動部隊ノ行動企圖秘匿ノ爲九州南部ニ於テ訓練續行中ナル如ク僞瞞通信ヲ實施ス
(詳細ニ関シテハ別項記載ノ通)
(ニ)本通信ニ於テ機動部隊ノ使用スル呼出符號、並ニ交信法ハ船舶通信ニ類似セシメ特定ス。

203 :名無し三等兵:2010/08/02(月) 16:02:29 ID:G06B6/NT
作戰準備
(イ)戰闘機ノ通話ハ電話通話ヲ原則トスルガ制空隊トシテ攻撃隊ト協同スル爲
約二○○浬作戰スル爲電話ノ通信ハ通達不能デアルノデ止ムヲ得ズ電信ニヨルコトトシ
訓練ヲ重ネ略語通信ノ様式ヲ確立シタ
一様ニ全機ノ電信ニヨル交信ヲ訓練錬成シタタメ電信機ノ取扱兵器ノ整備等ノ関係上
全機電信ヲ採用シ上空直衛指揮モ電信ニ依ルコトトシタ
(ロ)戰闘機ノ歸投ハ「クルシー」ニ依ルガ之ガ有効ニ利用サレルノハ特殊ノモノヲ除キ艦船ノ
長波送信機ニ對シ大体一○○浬ト見ルノヲ安全トシタノデ母艦群ヨリ一○○浬圏内迄ハ
航法又ハ艦爆ニヨリ誘導シ爾後「クルシー」航法ニヨルコトトシタ       
(ハ)コノ作戰ノ成否ガ企圖ノ秘匿ノ成否ニ依存スル所至大ナルニ鑑ミ基地出撃後ハ電波ノ輻射ハ
絶對ニ禁止スルヲ要シ長時日ノ後完全ナル通信ヲ實施スル爲基地出撃前ノ電信機ノ整備ト
其ノ状態ノ保持ニ非常ナル苦心ヲ拂ッタ
(ニ)不用意ナル電波輻射ヲ絶對ニ回避スル爲發信回路ノ一部ヲ取ハズシタ母艦モアッタ
(ホ)多数機ガ一波ニヨル通信ヲ實施スル爲訓練ノ當初ニ於テハ相當ノ錯綜ヲ來タシタガ訓練ヲ重ネルニ
従ヒ適當ニ統制サレル様ニナリ出撃前ニ於ケル綜合訓練ニ於テハ充分ノ確信ヲ得ルニ到ッタ
(ヘ)艦船ニ於テモ同様電波輻射ニ對スル思想ノ徹底ニ関シ特ニ苦心シ又同時ニ所要ニ應ジ、
必要ナル電波輻射ノ可能ナル状態ニ整備維持スルコトニ通信指揮官ノ注意ヲ喚起シタ

204 :名無し三等兵:2010/08/02(月) 21:08:53 ID:???
>>202-203
リンクを貼れば一発なのに、わざわざ全文コピペしてきてどうしたいんだ?
http://homepage2.nifty.com/ijn-2600/navalcommunications.html

205 :名無し三等兵:2010/08/03(火) 02:32:07 ID:???
どうもこうも、それは俺が書いたから

206 :202:2010/08/03(火) 17:30:07 ID:???
本来抜粋したかった箇所は
(ロ)戰闘機ノ歸投ハ「クルシー」ニ依ルガ之ガ有効ニ利用サレルノハ特殊ノモノヲ除キ艦船ノ
長波送信機ニ對シ大体一○○浬ト見ルノヲ安全トシタ
の部分だけだが、スレに関係ありそうな部分もオマケで引用したら長くなっただけ。
この場合は艦船からの長波輻射の場合だけど。
昭和20年3月25日の硫黄島夜間爆撃でも、陸攻が(八丈)鳥島まで来ると八丈島からの長波が入るようになったとの記述がある。

207 :名無し三等兵:2010/08/03(火) 20:33:23 ID:???
>>206
その2例が指し示しているのは、当時の日本軍の装備だと、
航空機が受信側となって行う方位探知は100〜150浬程度が限度、という話だな。

で、それがどうしたの?

208 :GF長官:2010/08/03(火) 22:04:29 ID:???
>>202- 勉強になります。話を総合しますと、>>207様の通り、
>長波輻射は100〜150浬しか届かず
これは、飛行機側で方位測定をする場合の話と言えそうですね。

艦側の方位測定ならば、200浬以上でも十分可能。
以下の部分からも明らかです。
>艦攻艦爆ハ飛行機長波輻射、艦上方位測定、短波通信ニ依ル


209 :GF長官:2010/08/03(火) 22:30:26 ID:???
>>193の続き

今度は逆に「引火させない」という視点で考えてみましょう。

たとえ艦内のガス濃度が燃焼範囲内にあったとしても、点火源がなければ
絶対に引火しない。

大鳳でもレキシントンでも、艦内でガソリン漏れが発生し、危険な状態にある
ことは十分に認識されていた。
まさか、この状況で煙草に火をつける人は居ないでしょう。
火気厳禁が徹底されたことは、想像に難くない。

それでも引火したということは、マッチやライター等の分かりやすい「火」が
点火源ではなかったことを示している。
では、何が原因だったのか。


210 :GF長官:2010/08/03(火) 22:32:51 ID:???
>>209の続き

それは、静電気火花(スパーク)だと言われています。
冬期には、ドアのノブを触った瞬間にバチッとくるあれですね。
この静電気が意外と侮れない。

飛行機にとって雷は大敵でありますが、その一つの例として、
1976年5月9日、スペイン・マドリード近郊で発生した、イラン空軍ボーイング
747−131Fの被雷墜落事故が挙げられる。

通常、飛行機には落雷した時のために「放電索」なるものが翼端に付いている。
これは避雷針と同じ仕組みで、雷が落ちた時、機体の電流を大気中に放出
させるもの。

ところが、この事故の場合、左翼に落ちた雷が放電索に至る前に、リベット部に
大電流が集中しスパークが発生、翼内燃料タンク内の気化ガスが爆発して、
左翼が脱落、墜落してしまった。

もともと飛行機の機体は、導電性の高いアルミ合金で出来ているため、たとえ
落雷しても大気中に放電しやすい構造になっている。怖いのは雷そのものよりも、
むしろそれにより発生する静電気火花の方なのです。


211 :GF長官:2010/08/03(火) 22:34:08 ID:???
>>210の続き

また雷でなくても、スパークが発生することがあります。

1996年7月17日、JFK空港(ニューヨーク)発、シャルルドゴール空港(パリ)行の
ボーイング747−300(トランスワールド航空)が、ニューヨーク沖で空中爆発を起し、
大西洋に墜落、乗員乗客230名全員死亡。

事故調査に当たったNTSB(米国家運輸安全委員会)は、電気配線のショートにより
スパークが発生し、その火花が燃料タンク内の蒸気に引火爆発したことが原因だと
特定した。

向後、燃料タンクの防爆構造の強化が研究され、現在でタンク内に不活性ガスを
充填する等の安全対策が施されている。

これは戦時中の空母と同じですね。


212 :GF長官:2010/08/04(水) 21:23:36 ID:???
>>211の続き

では静電気を発生させないためには、どうすれば良いのか。
空母に雷が落ちることは、まず無いと思いますので・・・

最も確実な方法は、アース(接地)をとること。
本職行きつけのガソリンスタンドでは、
「静電気除去シートに触れてから給油して下さい」と案内が流れます。

昨日紹介しましたが、ドアノブをつかむ時にバチッとくると不快ですよね。
これを防ぐには、先にしゃがんで地面に触れてからドアを開ければ静電気が
発生することはありません。


213 :GF長官:2010/08/04(水) 21:24:50 ID:???
>>212の続き

じゃあ、空母の艦内でもアースをとって・・・とは、なかなか難しいでしょう。
千人以上の人間が種々の機械を動かしている環境で、静電気を発生させない
なんて、まず不可能です。

米海軍のレポート(>>199)にも「無数の点火源を提供することになった」とある。
何しろ戦闘中のことですから。機関停止して浮かんでいるだけで良いというのなら、
また話も別でしょうが。

実際に出来ることと言えば、帯電しにくい服や靴を着用し、移動する際は完全に
アースをしてからドアを開ける・・・等々、これくらいかな。
大鳳の事故でも「応急員の靴も、全部ゴム靴に履き替えた」とあります。


214 :GF長官:2010/08/04(水) 21:26:16 ID:???
>>213の続き

こうしてみると、密閉型格納庫をもつ空母艦内でガソリン漏れが発生すると
厄介ですねぇ。
むしろ被弾即炎上してもらった方が、かえって消火しやすいのではないか。
火は目に見えますからね。延焼を防いで鎮火に専念すれば良い。

それに比べると、防毒マスクを着けて、静電気を起こさないように、慎重に
作業するのは、骨の折れることでしょう。

特に翔鶴の場合、炎上箇所は艦首部分なので、消火戦力を集中し易いし、
弾薬庫からも離れた位置なので、落ち着いて作業すれば「訓練通り」に制圧
出来たのではないかと思います。


215 :GF長官:2010/08/04(水) 21:27:14 ID:???
>>214の続き

以上、翔鶴の被弾箇所を通して、ダメコンについておさらいして来ました。
普通、1000ポンド爆弾を三発もくらったら沈没してもおかしくはない。

翔鶴の被害が比較的軽微で済んだのは”当たり所が良かった”のと、もう一つ、
通説で言われるほど、日本空母は脆弱ではないし、ダメコンがダメダメなわけ
でもなかった。そう言えるのかもしれません。


216 :名無し三等兵:2010/08/04(水) 22:22:21 ID:???
>>214
炎上した場合、木甲板が熱で燃え上がったりして。
鉄甲板だと熱くなりすぎて更にヤバイ

217 :GF長官:2010/08/05(木) 21:07:21 ID:???
>>216 ふっふっふっ、
「安禅必ずしも山水を用いず、心頭滅却すれば火も亦た涼し」
貴官には特別精神教育が必要のようだ。

・・・ま、あくまで比較の話であります。
「ガソリン庫が炎上しても余裕だぜ、ヒャッハー!」
というわけでありませんので、念の為。


218 :GF長官:2010/08/05(木) 21:21:42 ID:???
>>215の続き

さて、本格的にダメコンの話に入る前に、日本海軍艦艇建造の歴史について、
簡単に振り返っておきたいと思います。

帝国海軍造艦史を学ぶ上で、避けては通れない二大事件、それが
「友鶴事件」と「第四艦隊事件」です。

これらを知らずして、日本空母の設計を安易に非難することなかれ。
それでも「飛行甲板を装甲化しろ」とか、「開放型格納庫を採用すべきだった」とか
言うのなら、台風に突っ込んで(ry


219 :GF長官:2010/08/05(木) 21:23:26 ID:???
>>218の続き

まずは友鶴事件から。
昭和9年3月12日、佐世保沖にて、水雷艇友鶴が転覆。

友鶴事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8B%E9%B6%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6

その原因は、わずか600トンの船体に駆逐艦並みの重武装を施したため、
復原性が悪化したことだと言われています。

復原性は、設計者にとって最も気を使うところの一つ。

「復原性は艦船の色々な性能の中で最も重要な要素の一つであり、その
数値的な良否の判定は、個々の艦船の船体寸法なり、要求性能が異なる
ため、それぞれについて検討されなければならない」 (『艦艇工学入門』)


220 :GF長官:2010/08/05(木) 21:25:01 ID:???
>>219の続き

駆逐艦級の武装を搭載すれば、重心が上昇し、トップヘビーになることは
素人でも分かることです。何故そんな船を設計したのか。

水雷艇友鶴は、ロンドン条約締結後のマル一計画で千鳥型水雷艇の三番艦
として建造されました。

このあたりから、さぐってみることにしましょう。


221 :名無し三等兵:2010/08/06(金) 19:54:56 ID:???
ここはスレタイに反して空母戦史スレなんだな。
南雲再評価スレというなら、普通その人物の一生を追っていくもんだが。
支那事変スレのイナゾウ中佐みたいなもんか。
例えば南雲の戦術には水雷戦隊での経験が生かされてるか、みたいな検証はないのか。

222 :名無し三等兵:2010/08/06(金) 20:09:18 ID:???
資料もなく検証もできないようなものは論じない、語らない

223 :GF長官:2010/08/06(金) 22:15:08 ID:???
>>221 まぁ、それは当然と言うべきかと。
>ここはスレタイに反して空母戦史スレなんだな
南雲提督に対する非難は「空母戦を理解していなかった」。これに尽きます。

ここで重要なことは、「勝敗」が問題ではないということです。
ミッドウェーで大敗したことで叩かれるのなら、当然と言えますが、大勝利した
はずの真珠湾まで文句をつけられるのは、筋が通らない。

本当に”南雲は空母戦術の素人だったから”、ミッドウェーで敗北したのか。
それを問うのが、当スレの趣旨と言えますね。
特に太平洋戦争前半戦においては、南雲機動部隊の戦歴=空母戦史みたいな
ものですから。

>南雲再評価スレというなら、普通その人物の一生を追っていくもんだが。
故に、南雲長官の個人的な挿話をお望みなら、ご期待には添えないと思います。
あくまでも、指揮官としての南雲提督を「再評価」する場所なので。


224 :GF長官:2010/08/06(金) 22:15:45 ID:???
>>223の続き

>例えば南雲の戦術には水雷戦隊での経験が生かされてるか、みたいな検証はないのか。
こういうのかな?
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1268653116/237-239
それとも、「操艦貰うぞ」を詳しくやれと?

>>222 そうですね。水雷屋と機動部隊指揮官との関連ということで言えば、
「ハワイ沖まで一隻の落伍もなく大艦隊を導いたこと」。
これで十分だと思いますがねぇ。

もう少し具体的な話が出てくれば・・・とは思いますが。


225 :GF長官:2010/08/06(金) 22:32:43 ID:???
>>220の続き

百余年前、明治海軍は戦艦6隻・装甲巡洋艦6隻のいわゆる「六六艦隊」を擁して
日露戦争に勝利した。

戦艦6隻=三笠・朝日・敷島・富士・八島・初瀬(第一戦隊)
装甲巡洋艦6隻=出雲・吾妻・八雲・磐手・浅間・常磐(第二戦隊)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/495
八島と初瀬は触雷沈没したため、装甲巡洋艦春日・日進が第一戦隊に加えられた。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/511

しかしその結果、対米関係は微妙なものとなってしまう。

「米国は、日露戦争集結までは英国と共に、日本に好意的支持を与え、露国の
極東製作を阻止することに日本を利用したが、日露戦争後はアジア、特に支那
大陸に対して、門戸開放・機会均等を要求する政策をもって、次第に対日圧迫
に乗り出すようになり、戦争終結を転機として舞台は一変し、日米関係は協力
から抗争へと移行する情勢となった」    (『戦史叢書(31)海軍軍戦備(1)』)


226 :GF長官:2010/08/06(金) 22:33:34 ID:???
>>225の続き

両雄並び立たず。
幕末、ペリー来航により開国したあの時から、日米両国は戦う定めにあったのかも
しれません。

とはいえ、当時の米国は未だ「新興国」の部類であり、その海軍力も我々の知る
”物量チート”と比べると、まだまだ控えめでありました。

明治31年 米西戦争(比島・グアムの割譲)
       ハワイ併合
明治34年 パナマ運河開設

日露戦役前は、こんな感じです。


227 :GF長官:2010/08/06(金) 23:03:37 ID:???
>>224の続き

ま、「南雲の名前が全然出てこないじゃないか!」とのご指摘ならば、全く
その通りでありますね。スレタイ詐欺だと訴えられても仕方ないかな・・・orz

ただ、ミッドウェーを語る上で珊瑚海海戦の理解は不可欠というのが、
本職の信念です。

この後、南雲スレはどのように進行していくのか。
或いは、ミッドウェー海戦編はいったい何時から始まるのか。
はたまた、このスレは完結できるのか。
ついでに、伊呂波・・・47文字を使い切ったら、スレタイはどうしよう・・・
スレ主自身が、毎日わくわく(どきどき?)しながら書き綴っております。

どうぞ、温かい目で見守ってやって下さい。


228 :名無し三等兵:2010/08/07(土) 02:40:06 ID:???
スプールアンススレやフレッチャースレがもしあったら、
スプールアンスやフレッチャーの戦術は戦術駆逐艦・巡洋艦部隊を率いた経験が生かされていたか、戦艦艦長時代の経験が生かされていたか
みたいな考証は間違いなく行われるだろう。
そして、なんか上手い理由くっ付けて褒められるんだろうな。

229 :名無し三等兵:2010/08/07(土) 06:51:46 ID:???
フレッチャー、レキシントン沈めてキングに睨まれアッツ方面の作戦を最後に首
スプルアンス、とにかく怠けもの。 スタッフに丸投げ。

230 :名無し三等兵:2010/08/07(土) 10:42:20 ID:???
>>228
>>229
ソースも出せないような妄想は自分の巣でやってください

231 :GF長官:2010/08/07(土) 21:25:05 ID:???
>>228 米海軍の提督は、日本海軍以上にイメージで語られているような
気がしますね。有名なエピソード以外はあまり知らなかったりする。
実際はどうだったのでしょうか。

>>229 ふむ、>>221-222と言い今回と言い、息ピッタリですな。夫婦漫才のようだ。

>>230 じゃあ本職も一つ、スプルーアンスは散歩好き。


232 :GF長官:2010/08/07(土) 21:45:28 ID:???
>>226の続き

参考までに、当時の「世界の海軍力ランキング」は、

     前(日露戦争)後
1位   英       英
2位   仏       米
3位   露       独
4位   日       仏
5位   独       日
6位   米       露

さすがはロイヤルネイビー、不動の首位は揺るがない。
我が帝国海軍は・・・あれ?日本海海戦で完勝したのにランクダウン・・・orz

「帝国海軍は明治35年においては米国及び独国の上位にあって世界第四位であった。
日露戦争において第三位にあった露国海軍を撃滅し、戦利艦を加えて実力を倍加する
幸運にあり、自然の結果から観れば第三位になるべきところ、米独はにわかに勢力を
増加して、わが海軍を第五位に転落させた」             (『海軍軍戦備(1)』)


233 :GF長官:2010/08/07(土) 21:50:07 ID:???
>>232の続き

戦艦で言えば八島・初瀬を触雷事故で失い、旗艦三笠はあろうことか、弾薬庫に引火して
爆沈していますから。戦利艦を除くと保有数はわずかに3隻。
これでは帝国の国防はこころもとない。

明治40年に定められた「国防所要兵力量」によれば、日本の仮想敵国は、@露A米B仏。
第一次改訂(大正7年)で、@露A米B支那
第二次改訂(大正12年)で、@米A露B支那

アメリカが想定敵国筆頭に出て来るのは、まだまだ先のことですが、その潜在的工業力から
考えて、将来の宿敵となることは首脳部も認識していたと思われる。

では日露戦争終結直後、日本海軍がまず手をつけねならなかったことは何か。
海軍大臣になったつもりで考えてみましょう。

ヒントは三笠お姉さまは英国生まれ。
塵も積もれば大和撫子?


234 :名無し三等兵:2010/08/07(土) 22:56:51 ID:???
>>221-222
このスレ初めて?
このスレ以外ではあまり語られることがない南雲観として、

南雲は空母戦は雷撃戦で勝負がつくと思っていた
南雲指揮下の艦艇は面白いように魚雷があたらない

てのがある。
もう何スレか前から半分定着してて、あまり語られることがないんだよなぁ。

235 :名無し三等兵:2010/08/07(土) 23:39:24 ID:???
>>232
日露戦争前に就役した米独の前弩級戦艦と装甲巡洋艦の数を(大雑把に)数えてみた
  前弩  装巡 
米 11隻  2隻
独 14隻  3隻
日  6隻  6隻

本当は巡洋艦以下も数えるべきなんだろうけど目安にはなるかと。
どうも日本の世界第四位が理解できない。
その「世界の海軍力ランキング」はいつのどういう基準でランク付けしたか教えてくれないか?

236 :名無し三等兵:2010/08/08(日) 02:22:36 ID:???
>>235
>>232で長官が仰ってる通り、66艦隊が完成した明治35年=1902年の3月時点でなら、
ドイツ海軍は艦隊法の影響で急拡大してて建造中の戦艦も10隻弱あるけど、
66艦隊の完成(=三笠の竣工)時点で竣工してる戦艦は、日本海軍は2等戦艦の扶桑と鎮遠を加えると8隻なのに対して、
ドイツ海軍の竣工済み戦艦は、ブランデンブルク級4隻とカイザー・フリードリッヒV級5隻の合計9隻。
(※ドイツには、扶桑や鎮遠になら対抗できるザクセン級もいたけど1902年の時点で艦種変更されたり除籍済み)

当然ながら装甲巡洋艦は、日本海軍が66艦隊分の6隻が揃っているのに対して、ドイツ海軍は2隻のみなので、
主力艦といえる戦艦・装甲巡洋艦の合計数は日本が14隻なのに対して、ドイツは11隻。
戦力的に怪しい扶桑や鎮遠を除いても、12隻VS11隻なので日本の方が数的には上といって問題ないかと。

これが1902年の10月になると、ヴィッテルスバッハ級3隻が揃って竣工することで、
主力艦の数的には14隻VS14隻と互角となり、ドイツは1903年にヴィッテルスバッハ級1隻と装甲巡洋艦2隻の追加でドイツが逆転、
日本も開戦直前の1904年1月に日進級2隻を加えるけど、日露開戦の時点でなら数的には16隻VS17隻でドイツが上かもね。

もっとも、日露開戦の時点で完成してるドイツ戦艦って、
旧式28センチ装備のブランデンブルク級、24センチ砲装備のカイザー・フリードリッヒV級とヴィッテルスバッハ級なんで、
数はともかく戦力的には日本側と比べると怪しい気もするけど。


237 :名無し三等兵:2010/08/09(月) 18:07:30 ID:???
携帯無線封止解除セリ

全軍突撃セヨ

238 :GF長官:2010/08/09(月) 21:03:51 ID:???
>>234 そういえばありましたねぇ、水雷☆無双伝説。
自分で言っときながら忘れていた。

>>235 すみません、ソースというほどのものはなくて、>>232の引用箇所がそれ。
>その「世界の海軍力ランキング」はいつのどういう基準でランク付けしたか教えてくれないか?

一応、同書のp121には、日露戦争後の各国の主力艦保有数一覧があり、そこから
逆算して出した順位です。

       戦艦 装甲巡洋艦   計
1位 英   23    34     57
2位 米   16    13     29
3位 独   14     6     20
4位 仏    6    11     17
5位 露    6     4     10
6位 日    4     6     10

海軍力=保有戦艦数と定義するなら、日本は6位になってしまいます。
詳しくは>>236にてお答え頂いた通りで、「日露戦争前」と言っても、何年を基準にするかで
変化するものと思われます。


239 :GF長官:2010/08/09(月) 21:04:30 ID:???
>>236 く、詳しいですね・・・
もちろん、本職はここまで調べていたわけではありません。ははは・・・

それにしても、ドイツ帝国の成立(1871年)って、明治維新(1868年)より後なんですよね。
なのにこの差は何なのだろう。やはりドイツの科学力は世界一ィィィ、というわけか。

>>237 また規制があったようですねぇ。
>全軍突撃セヨ   これで、ガ島の米軍が海に追い落とされるのも時間の問題だわい。


240 :GF長官:2010/08/09(月) 21:32:08 ID:???
>>233の続き

それは国産軍艦の建造。

技術立国たる我が国にとって、国産化は夢、というか使命ですね。
YS−11然り、F-1支援戦闘機然り、HUロケット然り。
特に兵器は機密保持の点から言っても、いつまでも外国頼りではいけない。

件の六六艦隊は全て外国製であり、

[戦艦]
三笠  明治32年1月24日起工  英ヴィッカース社
朝日  明治30年8月18日起工  英ブラウン社
敷島  明治30年3月29日起工  英テムズ社
富士  明治27年8月1日起工   英テムズ社
八島  明治27年12月28日起工 英アームストロング社
初瀬  明治31年1月10日起工  英アームストロング社

[装甲巡洋艦]
出雲  明治31年5月14日起工  英アームストロング社
吾妻  明治33年7月28日起工  仏ロアール社
八雲  明治31年2月26日起工  独ヴァルカン社
磐手  明治31年11月11日起工 英アームストロング社
浅間  明治29年10月20日起工 英アームストロング社
常磐  明治30年1月6日起工   英アームストロング社

春日  明治35年3月10日起工  伊アンサルド社
日進  明治35年3月29日起工  伊ゼノア社


241 :GF長官:2010/08/09(月) 21:34:50 ID:???
>>240の続き

実に多彩であります。
当然ながら、国が変われば仕様も異なる。操艦や砲撃、保守点検に至るまで
色々と苦労が強いられる。

本職は外車を所有したことはないですが、昔は似たようなものだったのでは。
イタ車のデザインは素晴らしいですが、ただでさえ故障が多い上に、なかなか
パーツが手に入らない・・・では、困りますよねぇ。

幸いにも明治35年に成立した日英同盟のおかげで、英国とは良好な関係が
築かれ、戦艦はすべて英国製で統一されている。これ以外にも直接的または
間接的に、戦争遂行に貢献したことはよく知られています。

更に、英国は最新の技術を盛り込んだ戦艦を建造して輸出し、うまくいったら
本国艦隊にも採用するという方針だったため、三笠以下、当時最新鋭の主力艦
を揃えることが出来た。


242 :GF長官:2010/08/09(月) 21:37:58 ID:???
>>241の続き

ただいくら高性能とはいえ、ずっと英国製ばかりに頼っていては問題が残る。
日本の海軍力は英国の統制化に置かれることになるし、我が国の内情が
米国に筒抜けになることは容易に想像がつく。

かつて戦国時代に伝来した火縄銃をたちまち国産化して鉄砲大国となり、
幕末には黒船来航に驚愕するも、見様見真似で蒸気船を建造した先人を
持つ本邦であります。

国産戦艦建造を手がけるのは、当然と言えましょう。


243 :ROMラーイ168:2010/08/10(火) 19:56:33 ID:???
携帯規制に制圧され続け

ちょっと浮上

244 :GF長官:2010/08/10(火) 20:57:54 ID:???
>>243 ぜひ赤城の仇を・・・ぐふっ


245 :GF長官:2010/08/10(火) 21:33:34 ID:???
>>242の続き

記念すべき初の国産戦艦は薩摩になるわけですが、その前に三笠の後継となった
戦艦2隻を紹介しておきます。

戦艦香取  明治37年4月27日起工(英ヴィッカース社)明治39年5月20日竣工
戦艦鹿島  明治37年2月29日起工(英アームストロング社)明治39年5月23日竣工

香取
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99%E5%8F%96_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
鹿島
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%B3%B6_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

     常備排水量   速力                      兵装
香取  15850トン  18.5ノット  12インチ砲×4門、10インチ砲×4門、6インチ砲×12門
鹿島  16400トン    同上                     同上


246 :GF長官:2010/08/10(火) 21:35:30 ID:???
>>245の続き

竣工日を見れば明らかなように、日露戦争には間に合わなかった。
(ポーツマス条約締結は明治38年9月5日)

明治海軍は、第二期拡張計画(明治29年)により六六艦隊が成立。

続く第三期拡張計画(戦艦2・一等巡洋艦3・二等巡洋艦2)を第17通常議会
(明治35年12月)で成立させる予定だったが、地租条例改正法案をめぐって
議会は紛糾、ついに衆議院解散となってしまった。
結局、協賛を得たのは第18特別議会(明治36年5月)だった。

この半年の遅れが、発注の遅れとなり、竣工の遅れにつながったのです。
とはいえ、>>233のように日露戦直後の戦艦保有数はわずか3隻だったので、
貴重な戦力補充になったことでしょう。


247 :GF長官:2010/08/10(火) 21:37:23 ID:???
>>246の続き

ここでしみじみと知らされるのは、「軍艦建造とは予算確保の戦いである」。
実は本職が『海軍軍戦備』を読んで、最も強く感じたのがここ。

戦前は軍国主義なんだから自由に出来そうなものですが、ところがどっこい、
どれだけ海軍大臣が訴えても、艦政本部が優秀な設計をしても、帝国議会が
「うん」と言ってくれないことには起工できない。

現在でも同じですが、予算が通らないことには何も始まらないのが議会制民主
主義の本質と言えそうですね。

議会(衆議院)を構成する議員は選挙(当時は制限選挙)で選ばれた国民の
代表であるわけだが、大多数の国民にとって”国家戦略”よりも”今晩のおかず”
の方が関心事だったりする。


248 :GF長官:2010/08/10(火) 21:38:05 ID:???
>>247の続き

「一方、国内情勢は日露戦争によって当面の敵である露国を打倒した結果、
新たなる国防に対する熱意に乏しく、海軍軍備も戦後の諸施策からする国家
予算の制約によって進捗しないのみならず、既定計画すら繰り延べざるを
得ない情況に立ち至っていた」              (『海軍軍戦備(1)』)

三笠建造の際にも、西郷従道・山本権兵衛両提督が切腹覚悟で予算の不法
流用をしたという挿話が残されています。

三笠
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%AC%A0_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

先立つものは何とやら、ですなぁ。


249 :名無し三等兵:2010/08/11(水) 00:50:18 ID:???
>>239
長官の粗探しや揚げ足取り…もといサポートをするのが参謀の務めですから!
いやまあ、実際は手元にちょうどいい資料たる『ドイツ戦艦史』があっただけなんですが。

>>247-248
ドイツ帝国海軍も、1871年のドイツ帝国成立直後に艦隊創設計画が立てています。
この時の計画は、>>236でも触れたザクセン級の海防コルベット(7,635t)5隻を中心としたものでしたが、
日本海軍と同様に予算獲得に苦労して、5隻分の予算獲得に8年(!)もかかり、
そこまでやっても予算が足りず、結局5隻目は小型(オルデンブルク、排水量5,247t)になる始末。

まあ日本と違い、ドイツの場合は、フランスによる普仏戦争の復讐を恐れて陸軍予算を優先した結果として、
海軍予算が削られたというのが真相のようですね。

250 :名無し三等兵:2010/08/11(水) 19:15:27 ID:???
前衛部隊司令官より意見具申 ユトランド沖海戦の補講が必要と思われる。

なお、意見具申文書は通信筒によって赤城甲板に投下す。

251 :GF長官:2010/08/11(水) 21:07:45 ID:???
>>249 どこの国も台所事情は似たようなものだったのかも。
世艦の日本空母史は復刻しないんだろうか・・・買う気満々なのにw

>>250 具申了承セリ
実のところ現在、南雲スレどころか、空母すら関係のない話を続けているのは、
ダメコンの元祖である、ジュットランド海戦での独巡戦ザイドリッツの奮闘について
取り上げようと思っているからであります。

でも、ジュットランド海戦の資料って、どんなもんでしょうか?
今のところwikiと、サイトの「三脚檣」様と、リデルハートの『第一次世界大戦』を
調べているところなんですが。
歴史群像とかで特集号があれば助かるんだけどなぁ。


252 :GF長官:2010/08/11(水) 21:39:15 ID:???
>>248の続き

そして満を持して、戦艦薩摩・安芸の登場です。

戦艦薩摩  明治38年5月15日起工(横須賀工廠)明治43年3月25日竣工
戦艦安芸  明治39年3月15日起工(呉工廠)明治44年3月11日竣工

薩摩
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E6%91%A9_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
安芸
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E8%8A%B8_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

     常備排水量   速力                    兵装
薩摩  19372トン   18ノット  12インチ砲×4門、10インチ砲×12門、4.7インチ砲×12門
安芸  19800トン   20ノット  12インチ砲×4門、10インチ砲×12門、6インチ砲×8門

ようやく造船所が国内になりました。


253 :GF長官:2010/08/11(水) 21:41:32 ID:???
>>252の続き

ここで、前型(香取型)までとは異なる点にお気付きかと思います。
それは「艦名」。

明治38年8月1日に艦名選定基準が制定され、「戦艦は国名」と定められた。
その基準に則り、最初に命名されたのが、薩摩と安芸の両艦だった。
旧国名が80余りある中で、なぜこの二国が選ばれたのかを考えて見ると、
当時の首脳部の意気込みがうかがえます。

薩摩は「薩の海軍・長の陸軍」と呼ばれ、黎明期の海軍に多くの提督を輩出し、
近くは聨合艦隊司令長官・東郷平八郎大将も薩摩出身です。

「かくも海軍に関係深い薩摩の国名を、我が国最初の国産戦艦の名に選んだのは、
当然のことと言えよう」                 (『聨合艦隊軍艦銘銘伝』)


254 :GF長官:2010/08/11(水) 21:43:28 ID:???
>>253の続き

ちなみに双葉社の『日本の戦艦』によれば、
軍艦の艦首には、その象徴たる菊花紋章がありますが、薩摩だけは艦首両舷(主錨
の前方)に二箇所取り付けられていたようです。
理由は記されていませんが、これも「国産初」に関係あるかもしれません。

また安芸は、軍都として知られる広島であり、東洋一の軍港呉や、江田島の海軍
兵学校、聨合艦隊の泊地として有名な柱島も近い。
呉工廠で起工されたことも無関係ではなかったことでしょう。

安芸は主機に蒸気タービンを採用、20ノットという装甲巡洋艦並みの速力を達成。
香取型(>>245)と比べると、起工から竣工まで長期間を要していることが分かる。
これは初めての国内建造なので、工期を急がせず、丁寧な工事を進めようとの
意図が感じられます。


255 :GF長官:2010/08/11(水) 21:44:30 ID:???
>>254の続き

かくして、並々ならぬ期待を背負って、キールを据えられた両艦だったが、
その慎重さが仇となってしまう・・・

彼女たちが竣工する4年も前、明治39年12月2日、英ポーツマス造船所にて
一隻の戦艦が登場し、世界の海軍関係者を震撼させた。

その名は「ドレッドノート」!


256 :名無し三等兵:2010/08/11(水) 22:26:03 ID:???
>>251
「WWI最大の海上決戦 『ジャットランド海戦』の真実」が載った
丸の06年7月号と8月号も宜しいのでは(英国寄りの記述が多いけど)

257 :名無し三等兵:2010/08/11(水) 22:33:27 ID:???
>>254
御紋章が両舷に付けられてた艦といえば装甲巡洋艦(巡洋戦艦)鞍馬もですな

258 :名無し三等兵:2010/08/12(木) 02:11:52 ID:???
>独巡戦ザイドリッツ
黛艦長が武蔵に意見具申した戦訓の元ですね。

259 :GF長官:2010/08/12(木) 20:37:13 ID:???
>>256 有難うございます。早速調べてみますね。
・・・またスレが脱線しそうだな。巡戦対決だけにしとくか。

>>257 そうだったのか。前掲書によれば薩摩だけになっていたもので。

>>258 本編が始まったら、また補足をお願いします。


260 :GF長官:2010/08/12(木) 21:00:55 ID:???
毎年この時期になると、関連番組が多くなりますよねぇ。
といってもNHKばかりですが・・・(しかも内容はアレ)
本日2600時(13日0200時)「兵士たちの戦争〜フィリピン・エンガノ岬沖」
栄光の空母瑞鶴の登場ですよ!お見逃しなく。

>>255の続き

「ふんふんふ〜ん♪」
「何がそんなに嬉しいんだよ」
「だって弩級戦艦だよ、なんかカッコいいよ〜」
「で、いつ出たの?」
「はっ」
「戦艦ドレッドノートは明治39年12月2日竣工だよ、お姉ちゃん」


261 :GF長官:2010/08/12(木) 21:02:10 ID:???
>>260の続き

いやぁ、軍板でドレッドノートについて語るのは、いささか気恥ずかしいですが、
一応流れですので。

戦艦ドレッドノート  明治38年10月2日起工(英ポーツマス造船所)明治39年12月2日竣工

ドレッドノート
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88(%E6%88%A6%E8%89%A6)

          常備排水量   速力        兵装
ドレッドノート  17900トン   21ノット  12インチ砲×10門

@中間砲・副砲を廃止し、単一口径連装主砲塔5基に統一。遠距離砲戦能力が向上
A主砲塔のうち3基を中心線上に配置し、片舷火力が三笠(4門)の倍(8門)に
B主機に蒸気タービンを採用し、速力21ノットを実現


262 :GF長官:2010/08/12(木) 21:03:22 ID:???
>>261の続き

ドレッドノートの何がすごいって、「超弩級」という言葉が平成の今日でも、未だに現役
であることですね。

「みゆきです。物事の物凄く大きな様などを表現する時に、“超弩級”という言い方を
することがありますが、この語の中にある弩とは、1906年に就役した、イギリス海軍
の戦艦ドレッドノートのドに由来しています。つまり、超弩級とは、戦艦ドレッドノートより
大きなクラス、というのが元々の意味なのですが、それが転じて、先に述べたような意味
として使われるようになったそうですよ」

高良みゆき先生の有難いお言葉でした。
次回もお楽しみに〜

我が帝国海軍も、真珠湾攻撃と同時に大和竣工を公表していれば、「YAMATO-class」は
全世界に定着し、その衝撃の大きさに米国民は戦意を喪失、講和会議の席に・・・
とはならんよなぁ。


263 :GF長官:2010/08/12(木) 21:05:06 ID:???
>>262の続き

ドレッドノートの出現により、当時の戦艦は(建造中のものも含めて)すべて旧式艦に転落。
薩摩・安芸とて、その例外ではなかった。

この明治39年12月2日は、薩摩の進水から半月後、安芸の起工から9ヶ月後であり、
両艦とも竣工は、まだまだ先の話(>>252
つまり、彼女たちは処女航海の前から”中古”と呼ばれることに(ry

しかしながら、それほど悲観することもない。
二線級となっても、その建造過程で培われた技術は次へ活かされるし、
「世界一の旧式戦艦保有国」となったのは、他ならぬ英国自身だったのですから、
皮肉なもの。

列強海軍は、新たなる建艦競争の舞台に立つことになった。


264 :名無し三等兵:2010/08/12(木) 21:38:53 ID:???
長門とか、本来はポストユトランド型なんだけどね。
だから本来大和はあえて言えば超ポ型。

そりゃあ、普及しないよなぁ。

265 :名無し三等兵:2010/08/12(木) 22:01:13 ID:???
中古の処女www
皮肉がすぐるwww

266 :GF長官:2010/08/13(金) 20:54:24 ID:???
>>257 こちらのサイトによれば、鞍馬も両舷についていますね。
http://livedoor.2.blogimg.jp/irootoko_jr/imgs/2/b/2b99d948.jpg

>>264 長門が超超弩級戦艦なら、大和は超超超弩級戦艦だな。
ドレッドノートは偉大だ!

>>265 全国の薩摩・安芸ファンの皆様、ごめんなさい。
この上は彼女たちが活躍する同人誌を発表して、お詫びを(ry


267 :GF長官:2010/08/13(金) 21:20:42 ID:???
>>263の続き

とりあえず薩摩・安芸の建造は続行するとして、帝国海軍はすぐさま「国産弩級戦艦」の
起工を急ぎます。といっても、予算を獲得しないことにはキールを据えられない(>>247
はぁ〜、頭が痛い・・・

明治39年9月28日、斉藤実海相は西園寺公望首相に「海軍整備の議」を提出。

「しかして我が海軍は、日露海戦において大捷を博し、多数の戦利艦を収めて、数額上では
喪失を補って余りあるところとなったが、多くは艦齢を重ねた旧式のものとなり、戦訓と科学の
進捗とによって製艦・兵装に一大革新が促されるに至った現在では、最も精鋭であった三笠
以下の四戦艦すら、もはや優位に立つことが出来なくなり、数年後わが主戦闘艦たり得るもの
は、目下製造中の薩摩・安芸と香取・鹿島等に過ぎない状況である」

切実な内情がひしひしと伝わって来るようです。

国民が「聨合艦隊最強!」「これで我が国も一等国の仲間入りだ!」と浮かれている最中、
指導者たちは身を削るような思いで軍戦備を進めていた。
いつの世も、世論は短絡的で無責任なものであります。


268 :GF長官:2010/08/13(金) 21:25:58 ID:???
>>267の続き

しかも戦争中は、多額の外債を発行してようやく戦費を調達していたくらいですから、
そんな簡単に予算が出て来るものでもない。
そこで「軍艦水雷艇補充基金」により財源を確保して、ようやく第23通常議会(明治40年
3月)にて成立した。

これにより建造に着手したのが、河内と摂津の両艦です。

戦艦河内  明治42年4月1日起工(横須賀工廠)明治45年3月31日竣工
戦艦摂津  明治42年1月18日起工(呉工廠)明治45年7月1日竣工

河内
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%86%85_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
摂津
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%91%82%E6%B4%A5_(%E6%A8%99%E7%9A%84%E8%89%A6)

     常備排水量   速力                    兵装
河内  20823トン   20ノット  12インチ砲×12門、6インチ砲×10門、4.7インチ砲×8門
摂津  21443トン   20ノット  12インチ砲×12門、6インチ砲×10門、4.7インチ砲×8門


269 :GF長官:2010/08/13(金) 21:31:16 ID:???
>>268の続き

ついに排水量2万トン超えですね。

12インチ砲12門はドレッドノートより強力ですが、亀甲型と呼ばれる配置だったため、片舷火力は
8門にとどまり、ドレッドノートと同等。

[亀甲型配置]

        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛      =■      ■=       ┗┓
      ┃  =■                  ■=  ┃
      ┗┓      =■      ■=       ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛


270 :GF長官:2010/08/13(金) 21:41:03 ID:???
>>269の続き

しかも、中心線上の2基は50口径、中央部の両舷4基は45口径だったので、
厳密な意味では、単一巨砲艦とは言えない。

更に、小口径砲は残ったまま。
というか、副砲まで撤廃したドレッドノートが画期的過ぎです。
後の超弩級戦艦では復活していますから。
水雷艇が突撃して来たらどうしようか、とか考えていたのだろうか・・・
俯角一杯で主砲を発射するのか? 護衛艦艇に任せるのか?
まさに前衛戦艦だな。

それでも国産で弩級戦艦を建造できたのだから、立派なものと言えるでしょう。


271 :GF長官:2010/08/14(土) 21:19:18 ID:???
>>270の続き

続いては超弩級戦艦の登場となるのですが、ここからは大正時代に入るので、
一旦、日露戦争後に時計の針を戻して、もう一方の主力艦である装甲巡洋艦に
注目したいと思います。

艦隊決戦において、戦艦がその主役を演ずるのに対し、巡洋艦の役割は「偵察」。
本隊の前程に進出し、その快速と長大な航続力を活かして広範囲を索敵、敵艦隊
発見の後は、味方主力を優位に導く。

ところが現実問題として、
「前線では双方の偵察部隊が遭遇することが考えられる。味方の位置を敵に知ら
れないために、敵の巡洋艦戦隊を撃退しなければならない」
「触接中の巡洋艦を敵艦隊が放っておくはずがない。交戦は避けられないが、
逃げ回るだけでは触接維持は困難」
「味方主力艦と共に攻撃に加わることが出来れば、戦闘をより優位に展開可能」

以上の要求を満足させるには、巡洋艦と雖も、ある程度の火力と防御力が必要に
なる。そこで誕生したのが装甲巡洋艦です。


272 :GF長官:2010/08/14(土) 21:20:53 ID:???
>>271の続き

実は巡洋艦の定義は曖昧で(「戦艦より小さく、駆逐艦より大きい」ってなんじゃそりゃw)
ロンドン条約で明文化されるまでは、

(1)装甲巡洋艦→舷側全体に装甲帯を有する
(2)防護巡洋艦→舷側に装甲帯は持たず、防護甲板を有する
(3)偵察巡洋艦→装甲は持たない
と分けられていたようです。

六六艦隊で比較すると、

           出雲          三笠
主砲     8インチ砲×4門  12インチ砲×4門
舷側装甲    7インチ         9インチ
速力       21ノット         18ノット
航続距離  7000浬(10ノット)  7000浬(10ノット)


273 :GF長官:2010/08/14(土) 21:21:59 ID:???
>>272の続き

よって、
「戦艦を上回る速力と航続力」「戦艦に準ずる火力と防御力」が、
装甲巡洋艦の特徴と言えるでしょう。
(註)日本海軍は邀撃艦隊の性格が強いため、航続距離は控えめ

ただし、これらはいずれも外国製(>>240)。
戦艦と同じく、まずは「国産装甲巡洋艦」の建造に着手するのは、
当然の流れですね。


274 :名無し三等兵:2010/08/15(日) 14:26:32 ID:???
戦闘詳報やら戦時日誌やらの記録は結構残ってるのに
俺の年金記録は残っていなかった

275 :名無し三等兵:2010/08/15(日) 19:28:09 ID:???
黒島参謀の改竄だな。

276 :52:2010/08/16(月) 20:37:38 ID:???
>>58
遅くなりましたが、詳細ありがとうございます。
この機動部隊の独断での北進≠ヘ、10月24日の「南下を開始せず、補給実施」のことでしょうか?
それとも海戦直前26日夜明け前の「敵触接機爆撃による一斉反転、韜晦行動のため北上開始」のことでしゅうか?
南太平洋海戦の戦史叢書等を読んだことが無いので、海戦に至るまでの北上・南下が激しく推移が分りづらいです。

10月24日については、
『歴史群像 太平洋戦史シリーズ59 ソロモンの激闘』
の158ページ「Y日および25日の支援部隊の行動」で説明されていました。
以下、引用抜粋。
「〜22日2332に出された連合艦隊「電令作第351号」によって、支援部隊は、
Y日にガ島の制圧に成功した場合(第1案)にはマライタ島東方水域まで南下し、
制圧に失敗した場合(第2案)はオントンジャバ東方で待機することとされていた。
だが、23日の攻撃開始が延期されたことから、
機動部隊は燃料事情の悪化もあってY日当日の24日は南下をせず、
0700以降、南緯3度3分、東経164度17分付近の洋上で燃料補給を実施した。
この頃、南雲機動部隊の参謀の間では、
ガ島方面に向けて南下するのは、ガ島の陸戦の状況と敵の情勢を把握できるまでは避けるべきで、
それまでは敵哨戒圏外の北方で行動すべきであるとの意見が大勢を占めるようになっていた。
南雲長官はこの方策は連合艦隊の命令に反するとして反対したが、参謀長以下の説得に押し切られ、
1345には駆逐艦「嵐」を経由して、「電令作第351号」の行動予定に比べると
機動部隊のマライタ島東方への進出が1日遅くなる翌25日以降の機動部隊の行動予定を発した。

277 :52:2010/08/16(月) 20:39:06 ID:???
>>276の続き

一方、前進部隊は「電令作第351号」によってすでに1200より南下を開始していたが、
この行動予定に沿って南雲機動部隊が南下すると、
敵機動部隊の来攻が予測されるサンタクルーズ諸島方面の索敵が空になって側面を突かれるおそれがあるなど、
前進部隊の行動に重要な影響が及ぶと判断した。
このため、近藤長官は前進部隊の翌日の索敵計画を空隙のできる東方を含むものとするとともに、
南雲機動部隊に対しては前進部隊の東側への索敵をできる限り広範囲に実施するよう命じた。
また、この報を聞いた連合艦隊司令部は、「極力電令作第351号に応ずるごとく行動せよ」と打電した。
これらの報を受けて、南雲機動部隊は翌25日0500に南緯6度30分、東経163度30分のマライタ島の北方水域に進出することを報じ、
2000に補給を打ち切って南下を開始した。〜」

278 :52:2010/08/16(月) 21:06:25 ID:???
>>52
前スレ>>734の私がおぼろげに記憶していた末国正雄中佐の証言は、座談会ではなく手記でした。
「丸10月別冊 戦争と人物5」(平成5年10月15日発行)掲載の『手記 わが海戦記』です。
内容は第一次上海事変からろ号作戦までの全16ページ。
ポケット云々(作戦命令無視)≠ノ関する以下を、参考まで引用抜粋します。


・サンゴ海海戦(5月7日の戦闘):第5戦隊 砲術参謀(次席参謀)
「〜第四艦隊長官から、明朝のMO機動部隊のあるべき地点を指定する命令がきた。
しかし、その地点に行くとすれば360度、四周全面に多数の索敵機を出す必要があった。
明朝、索敵に使用できる飛行機はわずか6機だけである。
一方向だけの索敵で、必ず敵を発見捕捉できる地点に占位する必要があった。
しかも長時間探照灯を点し、飛行機の帰投を待っていたので、
いったん敵と離隔し、こちらの行動を韜晦秘匿する必要があった。
高木司令官は、原司令官の意見もあり、あえて第四艦隊司令長官の命令を無視して、
指定された地点の北方120浬付近に移動すべく決心した。
こうして第5航空戦隊とともに急速北上し、明朝の作戦に備えた。」

279 :52:2010/08/16(月) 21:09:10 ID:???
>>27の続き
・サンゴ海海戦(5月7日の戦闘)
「 〜(海戦推移省略)〜
5月下旬、第5戦隊は内地に帰投した。
柱島泊地で第5戦隊高木司令官は、長沢先任参謀、と私を帯同、
原第5航空戦隊司令官は山岡先任参謀を帯同し、
ともにサンゴ海海戦の状況と戦訓を山本司令長官に報告するため、旗艦大和に赴いた。
ところが、
 「いまはミッドウェー作戦の準備で忙しい。下手な作戦の報告など聞く暇がない」」
と断られ、すごすごと引き返してきたしだい。
 「驕る平家久しからず」
と思わず呟きを漏らしたことだった。」

(注、第四艦隊司令長官からの作戦命令無視についての処理及び報告、戦訓内容、
第5戦隊及び第5航空戦隊のそれぞれの原隊である第2艦隊及び第1航空艦隊への報告内容等、
具体的な言及は無し)


日黎明時点の機動部隊(本体及び前衛)の位置及び行動予定、即ちGF命令無視の事実について、
全軍に通報・布告あるいは海戦後に事後報告等をしたか否かは、本文に言及無し)

280 :52:2010/08/16(月) 21:10:32 ID:???
>>279の続き
・南太平洋海戦(10月25日までの経過):第3艦隊 砲術兼戦務主務参謀
「〜23日午後、総攻撃日はさらに1日延期され、24日、と通知を受けた。
そこで同夜、反転北上に移った。
〜総攻撃日が変更延期となるそのたびごとに、敵潜水艦伏在を予想される海域を
往きつ戻りつを繰り返し行動することは、はなはだ危険であった。
そのうえ敵基地飛行圏内と思われる海域に近接することは毎回必ず触接を受け、
ときには攻撃を受ける状況であった。
したがった、必ずしも連合艦隊長官の指示どおりには行動しがたく、
司令部では独自に状況を判断して行動を定めていたが、
南雲長官にはこれが心苦しく感じておられたようであった。
元来、長官は命令には絶対服従の性格であり、このことはハワイ作戦実施のときにもよく現れている。
連合艦隊司令部からの督促もあり、24日には補給を打ち切った。
そして同夜から南進を開始し、25日、26日の行動予定と警戒方法、索敵方法などを隷下へ下令した。
〜その後、ガ島陸上戦闘の推移、変化の情報を入手し、さらに連合艦隊司令部の命令、
支援部隊指揮官の命令を受領し、機動部隊は南下を開始した。
そして諸状況から判断して、26日黎明時の占位地点をを定め、前衛を分離した。
戦策所定の接敵序列隊形をとったのである。」

281 :52:2010/08/16(月) 21:14:12 ID:???
>>280の続き
・南太平洋海戦(10月26日の戦闘)
「25日夜半、前衛の駆逐艦磯風が敵飛行艇の雷撃を受けたが、命中しなかった。
〜26日午前1時前であったと思う。
瑞鶴付近に数発の敵爆弾が落下、爆発した。
瑞鶴には損害はなかったが、このまま南下を続けると、敵の術中に陥ると直感した。
わが方は先日来の敵機出現で。敵機動部隊が近海にあることは承知していたが、
その所在については全く不明であった。
明朝の索敵で確実に捕捉できるという自身もなかった。
司令部内では、敵触接機が去ったなら反転韜晦すべきであると話し合っていたところ、
この爆弾投下で即座に反転を決し、南雲長官は艦橋にのぼり反転を下令した。
機動部隊本体は26日午前1時半頃に反転したが、しかし、約100浬前方に横幅広く、
単艦で分散展開している前衛各艦にこの一斉反転を伝達するのに、多大の苦心と時間を要した。
約1時間後にようやく反転を開始し、南雲長官も艦橋下の休憩室に入って仮眠された。
参謀長と長井参謀、高田先任参謀と私の四人は作戦室へ入った。
ちょうどそのころ、連合艦隊長官から明朝黎明時の、機動部隊の進出すべき
地点占位位置を指定した命令を受信し、通信参謀がそれを作戦室に持参した。
海図へその位置を記入してみると、間合いのない地点であることが判明した。
つまり敵機動部隊の位置がわかっていない現状において、我はあらためて索敵の必要があるのに対し、
敵は我が所在を知っており、したがって黎明以後、敵の思い通りに攻撃を受け、
我は敵を攻撃する方法がないことになる。

282 :52:2010/08/16(月) 21:16:36 ID:???
>>281の続き
そこで、いまこの電報を長官に届けたら、長官の性格からまた反転すると命令されるであろう。
せっかく苦心惨憺してやっと全軍反転して韜晦行動に入ったばかりであるから、
この電報は黎明時に長官が艦橋に出られた時に届けることに決し、それまで一時保管することになった。
そのとき、参謀長と先任参謀は私に対し、
 「戦務参謀、悪者になれ」
といわれ、私はその電報をポケットに入れたまま黎明時まで預かり、
夜明けを待って索敵機を発進させるときに艦橋で長官に届けた。
もはや後の祭りであるため、長官はそのまま電報を見られただけで終わった。
これは連合艦隊長官の命令を無視した幕僚の独断専行であったが、
これが南太平洋海戦を勝利に導く重要な要因となったのである。
 〜(海戦推移省略)〜
もし25日夜、機動部隊が反転北上せず、忠実に連合艦隊長官指定の地点に行っていたとしたら、
それは前衛の筑摩が26日早朝に占位していた地点付近である。
このとき、筑摩は敵飛行機群の集中攻撃を受けて甚大な損害をこうむっているので、
同様に空母も敵飛行機群の餌食となったであろう。
それを思ってゾッとしたものである。」

(注、26日黎明時点の機動部隊(本体及び前衛)の位置及び行動予定、即ちGF命令無視の事実について、
全軍に通報・布告あるいは海戦後に事後報告等をしたか否かは、本文に言及無し)

283 :52:2010/08/16(月) 22:16:54 ID:???
以上、末国正雄中佐著『手記 わが海戦記』からの引用を掲載しましたが、
「〜約50年も経過していることでもあり、記憶もそろそろ薄くなりつつある。
日時等については、あるいは間違いを生ずるかもしれいので、
その点、あらかじめお断りしておく。〜」
と冒頭に述べられています。

「命令文(電文)を自分のポケットに入れた(隠した)」
という証言の対象が、
『海軍反省会』では、南太平洋海戦→珊瑚海海戦となっている理由の一つなのかもしれません。

南太平洋海戦直前であるの10月26日に反転北上から黎明前に受信・一時隠匿したという
「連合艦隊長官から明朝黎明時の、機動部隊の進出すべき
地点占位位置を指定した命令を受信し、通信参謀がそれを作戦室に持参した。
海図へその位置を記入してみると、間合いのない地点であることが判明した。」
という電文は、
10月22日2332発、連合艦隊「電令作第351号」以外に該当するものがあるのでしょうか?
詳しい方に教示願いたいところです。


同手記には、機動部隊前衛等の新戦策研究や入れ替わった参謀連と残留した南雲長官・草鹿参謀長との
微妙?な空気とかのエピソードもありますんで、ソロモン戦到達時にはまた引っ張り出しますです。

284 :名無し三等兵:2010/08/16(月) 22:32:30 ID:???
規制中で携帯から長文書き込みが出来ないので、結論だけ言うと、末国中佐の手記は誤りが多いですな

285 :ROMラーイー168:2010/08/17(火) 00:07:48 ID:???
>>260
航空戦艦伊勢、中瀬艦長が150機以上の攻撃をかわし、ハルゼーも
「老練なる艦長に回避された」
小沢治三郎もかなり驚いたとか
航空機からの爆撃回避の研究は松田千秋少将が研究してレポートを各艦に配ったと(艦長達の証言)にありました。

このスレの繁栄を願って潜航します

286 :名無し三等兵:2010/08/17(火) 18:39:47 ID:???
>>276
>>58で示したのは10/24の方です。
10/24の北上について「命令違反」と不満を述べていた宇垣GF参謀長ですが、
10/26の夜明け前の北上については、「この措置適当」と褒めており命令違反とは書いていません。

>>279
これも宇垣GF参謀長他、複数の証言がありますが、
5/24に原5sf司令官が、5/25に高木5s司令官がそれぞれ報告を行っています。

>>280-283
>>284でも書きましたが、10/25から10/26に書けての記述に記憶違いか事実誤認が目立ちます。
そもそも、10/24の場合とは異なり、10/25〜10/26の機動部隊はある程度のフリーハンドを与えられているんですな。

10/25の1918に出されたGF電令354号で「各隊は既令の外左に依り作戦すべし (イ)支援部隊 指揮官所定」とあり、
支援部隊指揮官の所定で行動が行えることになっており、その支援部隊指揮官が出した支援部隊電令第14号で、
前進部隊に関しては事細かに位置を指定していますが、機動部隊に関しては「機動部隊は前進部隊に策応すべし」
と方針を示しているだけです。

また、10/25の夜に宇垣参謀長名で電令を出していますが、こちらも内容は10/26における索敵の強化と、
敵を発見した場合の接触持続に努めよと言っているだけで、10/25の夜から10/26の明け方にかけてには、
機動部隊に対してGFからも支援部隊指揮官からも特段どの地点に進出せよという命令は出されていない、
つまりポケットに隠したり、握りつぶすべき電報など存在しとらんのです。

繰り返しになりますが、行われていた珊瑚海海戦後の報告をなかったとしたり、存在しない電報をポケットに隠したりと、
末国中佐の手記は、とても鵜呑みにしていい内容ではない、というのが私の感想ですな。

287 :GF長官:2010/08/18(水) 21:17:57 ID:???
>>274 それはお気の毒に。
では、戦艦大和建造費の一部を流用して貴君に支給するとしよう。
当時の物価に合わせた支給額でいいよね?

>>275 なんだと!
長官「すぐに黒島君を呼べ」
参謀「先任参謀は外出中です」
長官「何処へ行ったんだ?」
参謀「確か有明へ行くとか言ってましたが・・・」
長官「また例のまんが祭りか。すぐに憲兵に通報して連れ戻せ!」

>>285 そうそう、「老練な艦長だと思っていたら、実は新米艦長だったでござる」の巻。
ハルゼー涙目w

>>286 本職も詳細な把握しておりませんので、南太平洋海戦編に入ってからということで。


288 :GF長官:2010/08/18(水) 21:19:13 ID:???
>>276- 詳細な報告感謝します。珊瑚海海戦後の報告についてですが、
>「いまはミッドウェー作戦の準備で忙しい。下手な作戦の報告など聞く暇がない」
>と断られ、すごすごと引き返してきたしだい。

翔鶴運用長・福地少佐の手記によれば、
「ミッドウェー出撃直前(5月25日)、私は山本長官から出撃部隊の准士官以上に対し、
大和艦上において珊瑚海海戦の応急戦訓について講和するように命ぜられた。
午前10時から2時間にわたって、翔鶴の爆弾命中、火災発生、応急指揮官として執り
たる処置及びその戦訓について講和を行った」          (『海軍くろしお物語』)

この講和には山本長官も出席し、終了後長官自ら福地少佐に「ご苦労」と声をかけたとか。
末国参謀の証言とは少し温度差を感じます。ただ、

「別室ではMI・AL作戦の最後の図上演習が行われており、終了後に各指揮官や幕僚が
講和場へ来られた時には、私の話の重要なところはすでに終わっていた」とあるので、
似たような対応があり、それを上記のように感じたのかもしれませんね。


289 :GF長官:2010/08/18(水) 22:00:24 ID:???
>>273の続き

初の国産装甲巡洋艦はこちら。

装甲巡洋艦筑波  明治38年1月14日起工(呉工廠)明治40年1月14日竣工
装甲巡洋艦生駒  明治38年3月15日起工(呉工廠)明治41年3月24日竣工

筑波
http://ja.wikipedia.org/wiki/筑波_(巡洋戦艦)
生駒
http://ja.wikipedia.org/wiki/生駒_(巡洋戦艦)

     常備排水量   速力               兵装
筑波  13750トン   20.5ノット  12インチ砲×4門、6インチ砲×12門
生駒  13750トン   20.5ノット  12インチ砲×4門、6インチ砲×12門


290 :GF長官:2010/08/18(水) 22:02:16 ID:???
>>289の続き

両艦とも日露戦争中に起工されています。

「その建造の契機は、37年5月の初瀬・八島両戦艦の触雷沈没で早急に補充を
要したが、戦争中は外国への発注は出来ず、国内建造の決断が下されたもので
ある。この道の先進国イギリスでも珍しい建造期間の驚異的な速さもその故で
あった」                            (『聨合艦隊軍艦銘銘伝』)

初の国産戦艦薩摩の起工が明治38年5月15日(>>252)だから、それより4ヶ月
早く、国内建造の主力艦としては初めてのもの。しかも2番艦生駒はわずか2ヶ月
後に同じ呉工廠で起工している。

当然筑波はまだ進水していませんから、両艦は同一造船所で船台を並べて建造
されたことが分かります。その慌てっぷりが目に浮かぶようだ。
何しろ戦争中の事だから、一日でも早く完成させて戦線に送り込みたいとの思い
だったのでしょう。


291 :GF長官:2010/08/18(水) 22:05:21 ID:???
>>290の続き

結局、就役は戦争終結後となってしまいましたが、多くの新機軸が打ち出されている。

(1)衝角(ラム)の廃止
実は初瀬・八島沈没と同じ日、防護巡洋艦吉野が装甲巡洋艦春日と衝突。左舷中央を
ラムで突かれて轟沈するという事故が発生している。
もはやラムアタックの時代ではなくなった。

(2)12インチ砲搭載
先に装甲巡洋艦は「火力が戦艦より劣る」と記しました(>>273)が、これで三笠と並んだ。
ただし装甲は7インチで出雲型と大きくは変わっていない。

(3)主缶に石炭・重油混焼缶を採用
筑波は石炭専焼缶ですが、生駒から宮原式炭油混焼缶を搭載。
主機はレシプロのままなので、劇的な速力向上にはつながりませんでしたが。


292 :GF長官:2010/08/18(水) 22:08:45 ID:???
>>291の続き

(4)船首楼型の船型
こちらの艦影が分かりやすいと思います。

巡洋戦艦筑波
http://livedoor.2.blogimg.jp/irootoko_jr/imgs/7/c/7c6809e7.jpg

艦首から後檣まで上甲板の上に最上甲板が設けられた。
後部主砲だけ一段下がっているのが確認できるでしょう。

日本海軍が手本としたのが英国海軍。
イギリスは海外に多くの植民地を抱えるお家事情から、巡洋艦には特に「航洋性」
が求められる。故に伝統的に英国艦艇は乾舷が高い。
こうすると荒天でも艦首に波をかぶらないので凌波性は向上するが、重心が上昇し、
風圧側面積が増大する結果、復原性が悪化するという欠点を持つ。


293 :GF長官:2010/08/18(水) 22:11:22 ID:???
>>292の続き

そこで考えられたのが船首楼型甲板。
艦首部分だけ一段乾舷を高くし、後半部分は乾舷を下げる。
これで両者の良いとこ取りということになりますね。

筑波のように艦尾近くまで乾舷が高いのを「長船首楼型」と言う。
この経験をもとに、駆逐艦峯風型から「短船首楼型」を採用し、外洋行動能力を
向上させています。(「短船首楼型」とは、前部艦橋付近まで乾舷が高い船型)

駆逐艦峯風
http://livedoor.2.blogimg.jp/irootoko_jr/imgs/d/c/dcc33434.jpg

このように遅れたとはいえ、初物づくし。
列強海軍に「追いつき、追い越せ」のこの頃は、進取の気運にあふれている。


294 :名無し三等兵:2010/08/19(木) 13:09:15 ID:???
>>287
長官「また例のまんが祭りか。すぐに憲兵に通報して連れ戻せ!」
某侍従「憲兵もグルでして……どうしようもありません」

295 :GF長官:2010/08/19(木) 21:01:17 ID:???
>>294 実は黒島君、参謀長からの言いつけで早朝から並んでいましたとさ。
まぁ、当時は同人誌と言えば、まっとうな文学作品ですからねぇ。

汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる・・・


296 :GF長官:2010/08/19(木) 21:24:12 ID:???
>>293の続き

装甲巡洋艦史の最後を飾るのは、

装甲巡洋艦鞍馬  明治38年8月23日起工(横須賀工廠)明治44年2月28日竣工
装甲巡洋艦伊吹  明治40年5月22日起工(呉工廠)明治42年11月1日竣工

鞍馬
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9E%8D%E9%A6%AC_(%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6)
伊吹
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%90%B9_(%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6)

     常備排水量   速力               兵装
鞍馬  14636トン   21.25ノット  12インチ砲×4門、8インチ砲×8門
伊吹  14636トン   22.5ノット   12インチ砲×4門、8インチ砲×8門


297 :GF長官:2010/08/19(木) 21:25:42 ID:???
>>296の続き

鞍馬は起工から竣工まで5年半も要している。
起工の段階で日露戦争がほぼ終結していた(>>246)ので、前型(筑波型)のように
急ぐ必要はなかった(>>290)ため。

それと横須賀工廠が戦利ロシア艦の復旧整備工事を優先させた。
(戦艦ポビエダ→周防、戦艦ペレスウェート→相模)

対する伊吹は約2年半(起工から進水まではわずか半年)。

「これはドレッドノートがわずか4ヶ月で進水という驚異的な実例を作ったのに対抗し、
有事の際のテストケースとして綿密な計画のもとに日程を定めたもので、船台の
クレーンが整備されたことが成功の鍵であったと言われる。当時の造船部長・小幡
文三郎博士(のち造船少将)以下、関係者の努力は大きい」(『聨合艦隊軍艦銘銘伝』)

残業や休日出勤は一切なかったそうですから、うちの会社も見習って欲しいものだな。


298 :GF長官:2010/08/19(木) 21:27:10 ID:???
>>297の続き

兵装は筑波型より更に強化され、従来装甲巡洋艦の主砲であった8インチ砲を”副砲”
として搭載。配置は亀甲型(>>269)で中央部両舷4基がそれ。

機関について、鞍馬は生駒と同じく(主缶)混焼缶+(主機)レシプロだったが、伊吹には
カーチス直結タービンを採用。最高速度の差となって明確に現れている。

「このタービンはアメリカから輸入されたものだが、そのアメリカでさえ採用したのは、
数年後の戦艦ノースダコタだったのであるから、わが造艦思想は他に先んじていたと
言えよう。また本艦は司令塔上の指揮による一斉射撃装置を初めて設置した」

戦艦安芸に搭載予定だったタービン(>>254)の実験艦としての役割もあったため、
工事が急がれた一因になっている。


299 :GF長官:2010/08/19(木) 21:29:49 ID:???
>>298の続き

以上のように、筑波・生駒・鞍馬・伊吹と当時世界最高水準の装甲巡洋艦4隻を揃え、
意気上がる帝国海軍。
しかし、またしても英国海軍に足もとをすくわれてしまった。

一隻の軍艦が装甲巡洋艦の時代を終わらせ、新たな艦種を誕生させることになる。


300 :名無し三等兵:2010/08/19(木) 23:25:06 ID:???
足もとをすくわれ

足もとをすくわれ

足もとをすくわれ

足もとをすくわれ


自民総裁なら辞任ものですな長官

301 :名無し三等兵:2010/08/20(金) 18:31:05 ID:???
敵は内にあり…セッシュウ・ミフネ中将(宇宙歴…)

302 :名無し三等兵:2010/08/20(金) 20:50:44 ID:???
>>295
いえ、黒島参謀は架空戦記本を買いあさっていたのであります。

これがハワイ作戦をはじめとした第一段作戦躍進の原動力に(ry

303 :GF長官:2010/08/20(金) 21:32:51 ID:???
>>300 勉強になります。実は自動車レース雑誌では定番の表現なんですよ。
「路面のオイルに足もとをすくわれてスピン」とか。なので、つい・・・
漢字が読めても、人当たりが良くても、仕事が出来なければ意味がないことは、
政権交代以降よく理解できたと思いますがねぇ。

>>301 さすがは誉れ高きミフネ殿。
しかしまぁ、そよかぜ艦長の強運がうらやましい限りですな。
彼なら、敬礼一つでこの戦争を終わらせてくれるはず!

それとフジ参謀総長、麻生首相に似すぎw

>>302 あのアブノーマルな発想の根本はそこにあったのか。
本職も買ってこよっと。


304 :GF長官:2010/08/20(金) 21:45:45 ID:???
>>299の続き

世界初の巡洋戦艦インヴィンシブル見参!

巡洋戦艦インヴィンシブル  明治39年4月2日起工(英アームストロング社)明治41年3月20日竣工

インヴィンシブル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%96%E3%83%AB_(%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6)

            常備排水量     速力               兵装
インヴィンシブル  17526トン   25.5ノット  12インチ砲×8門、4インチ砲×16門

竣工日からすると生駒(>>289)とほぼ同期生ですね。

先に紹介した筑波型・鞍馬型は準巡洋戦艦とも言える存在ですが、それらと
インヴィンシブルはどこが違うのか。


305 :GF長官:2010/08/20(金) 21:51:37 ID:???
>>304の続き

まず兵装ですが、12インチ連装砲塔4基なので、ドレッドノート(>>261)よりは
1基(2門)少ない。とはいえ、それまでの装甲巡洋艦と比べれば、格段に火力
が増強されている。

[インヴィンシブル]

        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛            ■=          ┗┓
      ┃  =■                  ■=  ┃ →
      ┗┓          =■            ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛

[ドレッドノート]

        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛               ■=       ┗┓
      ┃  =■  =■             ■=  ┃ →
      ┗┓               ■=       ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛

中央部両舷の主砲を、右舷側は後方、左舷側は前方に向けることにより、
前後方向の指向火力を同等にしている。
片舷火力は6門で、これまたドレッドノート(8門)に準ずる。


306 :GF長官:2010/08/20(金) 22:09:13 ID:???
>>305の続き

次は速力。
巡洋戦艦の巡洋戦艦たる所以は、何と言ってもその比類なき高速力。
ドレッドノートが21ノット(>>261
一年半後に就役する伊吹ですら22.5ノット(>>296
インヴィンシブルの25.5ノットは、文字通り主力艦では世界最速です。

ドレッドノートと比べると排水量は大差ないのに、これだけの速力差が生じるのは
機関出力が違うからで、
ドレッドノート(出力2万3千馬力・主缶数18)
インヴィンシブル(出力4万1千馬力・主缶数31)

その設計思想は、、
「中間砲を廃止して、単一口径主砲塔に統一、戦艦に匹敵する火力」
「機関出力の向上により、戦艦を凌駕する高速力」を実現した。

インヴィンシブルの登場により、それまでの装甲巡洋艦は旧式艦となり、
巡洋戦艦なる新たな艦種が誕生したのです。


307 :名無し三等兵:2010/08/20(金) 22:46:01 ID:???
そろそろ砲門が縦一列になるライオン、オライオン級がアップを始める時間か。

308 :GF長官:2010/08/21(土) 19:23:05 ID:???
>>307 そう。本職も意外だったのが、全主砲塔を一直線に並べるまでには
結構時間を要している。

戦艦薩摩も計画段階では、中心線上に前後2基ずつ12インチ連装砲塔を設置
する案があったが、爆風対策等で目処がつかず、従来の前後1基ずつになった
らしいですね。


309 :GF長官:2010/08/21(土) 19:48:48 ID:???
>>306の続き

ドレッドノートと言い、インヴィンシブルと言い、この頃の王室海軍は神がかって
いますなぁ。ただ、手放しで歓迎するわけにはいきません。

そもそも装甲巡洋艦とは「舷側に装甲を施した巡洋艦」という定義でした(>>272
ところが、インヴィンシブルの舷側装甲はわずかに6インチ。
なんと一世代前の出雲型(7インチ)よりも薄かった。

驚異的な高速力の影で、防御力が後回しになっていたことを心に留め置いて下さい。
「攻撃は最大の防禦」は有名ですが、巡洋戦艦はさしずめ「高速は最大の防禦」。
防禦を犠牲にして火力と速力を向上させ、敵主力艦の射程圏外からアウトレンジするー
そこまで考えていたのなら、空母の運用と共通するところが見えてきます。

要は「当たらなければ、どうということはない」。
あれ、極東の戦闘機にもそんなのがあったような・・・


310 :GF長官:2010/08/21(土) 19:51:35 ID:???
>>309の続き

ドレッドノートが「弩級戦艦」の分類を生み出したように、本来ならこの画期的な巡洋戦艦は、
「イ級」(もしくは「イン級」)巡洋戦艦とでも呼ばれるべきだったでしょう。
しかし、「弩級巡洋戦艦」と言われることが多いですね。
両艦はほぼ同時期に建造され、設計思想も似通っていたからではないかと。

本職もこれで良かったと思っています。だって考えてもみて下さい。
もしインヴィンシブルが「イン級巡洋戦艦」と呼ばれ、「淫級」の字が当てられたら、
次に登場する金剛型四姉妹なんか「超淫級巡洋戦艦」と紹介されることに(ry
まぁ、なんてはしたない娘でしょう! もうお嫁にいけない・・・

失礼。
実際のところ、インヴィンシブルの同型艦にはインドミタブル・インフレキシブル、
次はインディファティガブル級と、「イン級」が四つばかり続きますからね。
どれを指すのか分からなくなってしまう。

さて、またしても英海軍にしてやられた日本海軍。
このまま後追いばかりしていて、帝国の未来に明日はあるのか?


311 :名無し三等兵:2010/08/22(日) 05:06:40 ID:???
超DQN戦艦

312 :名無し三等兵:2010/08/22(日) 11:36:47 ID:???
邪馬死露

313 :GF長官:2010/08/24(火) 21:01:28 ID:???
>>311 無意味に乾舷が低かったり、機関が騒々しい戦艦ですね。

>>312 それで珍走は旭日旗大好きなのか。迷惑な話だ。


314 :GF長官:2010/08/24(火) 21:59:32 ID:???
>>310の続き

このまま後塵を拝してばかりでは、”日出ずる国”の名折れというもの。
さぁ、みんな大好き金剛型の登場ですよ!

巡洋戦艦金剛  明治44年1月17日起工(英ヴィッカース社)大正2年8月16日竣工
巡洋戦艦比叡  明治44年11月21日起工(横須賀工廠)大正3年8月4日竣工
巡洋戦艦榛名  明治45年3月16日起工(神戸川崎造船所)大正4年4月19日竣工
巡洋戦艦霧島  明治45年3月17日起工(三菱重工長崎造船所)大正4年4月19日竣工

金剛
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%89%9B_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
比叡
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E5%8F%A1_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
榛名
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%9B%E5%90%8D_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
霧島
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%A7%E5%B3%B6_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

     基準排水量    速力               兵装
金剛  26330トン   27.5ノット  14インチ砲×8門、6インチ砲×16門
(註)同型艦は同じ


315 :GF長官:2010/08/24(火) 22:02:36 ID:???
>>314の続き

細かいことですが、常備排水量から基準排水量に代わりました。
基準排水量はワシントン条約で導入された概念ですが、

         燃料  弾薬    真水
基準排水量  無し  満載  予備缶水を除く
常備排水量  1/4   3/4     1/2
公試排水量  2/3   満載    2/3
満載排水量  満載  満載    満載

ご覧の通り燃料が空の状態であり、実際には有り得ない机上の数字。
それまで各国では、計画設計の段階では常備排水量を用いることが一般的でしたが、
なぜ基準排水量なるものが創り出されたのか。

常備排水量には燃料1/4が含まれているので、同じトン数でも燃料搭載量が多い
(航続距離が長い)軍艦ほど不利になる。
日本海軍のように航続力を求められない船は、常備排水量に占める燃料の割合が
小さくなり、その分を兵装や艤装に回すことが出来る。
この不公平を是正するために採用されたのが基準排水量。

真水に関しても同じで、蒸気タービン機関ではボイラーで真水を加熱して蒸気にし、
それでタービンを回転させた後、復水器により水に戻し、再びボイラーに給水される。
この循環の中で消耗する真水を補充するのが「予備缶水」です。

つまり、缶水(ボイラー水)そのものは機関の容量に依るが、予備缶水は航続距離が
長くなるほど多くなる。これも燃料と同じ。


316 :GF長官:2010/08/24(火) 22:05:40 ID:???
>>315の続き

次に公試排水量とは、大正末期から導入されたもので、

「大正末期までは常備状態を計画の基準状態としていた。公試状態をもってこれに
代えた表面上の理由は、より戦闘状態に近い状態で計画し、公試試験を行う方が
合理的であり、戦術的には数字が同じとすれば、速力・航続力の実質的向上が
得られる点に着眼されたことにある」           (『艦船ノート』牧野茂/著)

>>233のように大正末期頃からアメリカを明確に仮想敵国と定め、具体的には
漸減邀撃作戦で、決戦海面を小笠原沖と想定された。
公試排水量とは、弾薬は満載で、燃料・真水を1/3消費した状態になる。
これはちょうど内地を出撃した艦艇が決戦海面に到着し、これから戦闘を開始
しようという状態。この状況での艦の性能を把握する方がより現実的だという
ことになりますね。

ところが、ここには裏事情もあったようで、

「当時完成重量が計画重量を大幅に超過したため、兵装の一部を未装備として、
公試運転に必要な燃料・予備水・工具などを積載して、ようやく計画常備状態と
しなければならないという、建造上の不具合を生じた軍艦もあったため、造船屋も
喜んでこれに同意したと、先輩から聞いたことがある」

同じ船なら常備排水量より公試排水量の方が重くなる。
公試排水量を採用することにより、計画を超過した分をごまかせるということ。
この部分は友鶴事件の遠因となりますので、これまた覚えておいて下さいね。


317 :GF長官:2010/08/24(火) 22:06:50 ID:???
>>316の続き

ずいぶんと話が逸れました。
太平洋戦争でも第一線で活躍する戦艦群ですから、馴染み深いですね。

当初金剛型は一等巡洋艦(装甲巡洋艦)として起工されたが、ドレッドノートや
インヴィンシブルの竣工を受けて、大正元年8月28日に艦種類別変更があり、
筑波型・鞍馬型と共に巡洋戦艦と呼ばれるようになりました。
(註)明治45年7月30日に明治天皇崩御。以降は大正元年となる。

これで型式上は、日本海軍が保有する巡洋戦艦は8隻。
イギリスの10隻に次いで、世界第2位の「巡戦大国」です(ドイツは5隻)


318 :GF長官:2010/08/25(水) 21:51:25 ID:???
>>317の続き

まず気が付くのは、一番艦である金剛のみが”英国製”であること。
せっかく国産戦艦の経験を蓄積して来たというのに、今更何故外国製に戻すのか。

起工日に注目すると、ちょうど弩級戦艦河内型建造中であることが分かります(>>268

「藤井較一軍令部次長は新艦建造順序を定めるに当たり、超弩級戦艦よりも超弩級巡洋戦艦
を先にすると決し軍政当局を動かした。海軍省も巡洋戦艦一隻を英国に注文することに同意し、
手続きを進めた。当時わが国の造船技術においては、高速力巡洋戦艦建造の経験がなかった
からである。

折からの金準備窮乏のため大蔵省の同意を得ることが出来なかったが、関税改正のため
英国の日本に対する好意的国民感情が漸次薄らごうとする際であったので、この注文を行う
ことは英国の対日好感を回復するに有利であろうという影響を配慮して決定されたのである。
契約交渉はきわめて順調に進捗した」                   (『海軍軍戦備(1)』)


319 :GF長官:2010/08/25(水) 21:55:15 ID:???
>>318の続き

明治日本の国家戦略は「不平等条約の改正」
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/526

具体的には「治外法権の撤廃」と「関税自主権の回復」。
日英関係で言うならば、明治27年7月16日に日英通商航海条約を締結。
日清戦争直前の事でしたが、初めて領事裁判権の撤廃を実現した。
しかし、もう一つの関税自主権の回復は認められなかったため、その後も
粘り強く交渉を続け、日露戦勝後の明治44年になって、ようやく達成された。

英国側にしてみれば、これまで関税を自由に決めて、自国の製品を安く
日本国内に売りつけることが出来たのに、それがかなわなくなってしまった。
その英国民の対日感情悪化を防ぐという外交上の配慮の側面もあった。

実は六六艦隊の装甲巡洋艦が各国にバラけている(>>240)のも同じ理由と
言われています。
う〜む、日本史の授業もこんな感じで進めてくれたら、面白かったのになぁ。

また文中にもある通り、技術導入の目的もあったので、単に発注するだけで
なく、製艦図面一切の譲渡、技師・職工を技術収得のためヴィッカース社に
派遣すること等が契約に含まれていた。


320 :GF長官:2010/08/25(水) 21:56:35 ID:???
>>319の続き

以降の三艦はすべて国内で建造されています。

英国側も自国の軍艦ではないので、細かい設計方針などに縛られることもなく、
また、輸出艦艇で冒険する性癖(>>241)のおかげで素晴らしい巡洋戦艦が完成
しました!

何といっても主砲に14インチ連装砲塔4基を採用。

ドレッドノート(弩級戦艦)が、12インチ砲×10門
インヴィンシブル(弩級巡洋戦艦)が、12インチ砲×8門
オライオン(超弩級戦艦)が、13.5インチ砲×10門
ライオン(超弩級巡洋戦艦)が、13.5インチ砲×8門

いずれも上回っている。
速力もインヴィンシブル(25.5ノット)、ライオン(27ノット)を超える27.5ノット。

わっはっはっ、世界最強じゃないか!


321 :GF長官:2010/08/27(金) 21:19:12 ID:???
>>140 空母のガソリンタンク設置位置について。

「一般配置上、もっとも危険性の大きいガソリンタンクをどこに置くかが、一番の
問題点であった。はじめの頃、最も防禦の強い前後部の元の弾火薬庫の部分に
設けることが一番安全ではないかと考えた。

またこの部分は全くガランドウで作りやすくもあったが、結局従来の考え方の通り
危険物はなるべく主要部から隔離して配置することとなり、主要部の前方の重油
タンク部分と、後部は元のガソリンタンクに隣接して増設することとなった」
                                         (『艦船ノート』)

著書は違いますが、同じ牧野氏の記述です。
「従来の考え方の通り」とあるので、「ガソリンタンクは弾火薬庫からなるべく離して
設置する」は、初期の頃からの設計思想であったことがうかがえます。
ただ、実際にそうなったのは信濃くらいですね。

やはり艦内スペースの関係からやむを得なかったのだろうか。


322 :GF長官:2010/08/27(金) 21:44:33 ID:???
>>320の続き

金剛竣工の衝撃は、まさに「超弩級」の名にふさわしく、
英国はライオン級巡洋戦艦四番艦(タイガー)の設計を大幅に変更して、
”準金剛型”とし、第一次大戦中には日本側に「金剛型欧州派遣」要請も
あったとか。自分のとこで造っときながら、何やってんだか・・・

また、米海軍カーバートン大佐はこう述べています。

「吾々は太平洋作戦を研究する毎に、常に日本の金剛級巡洋戦艦に抑圧
せらるるを経験せり。其の唯一の対策は、グァム島の築城と有力なる巡洋
戦艦5隻を建造するに在る」       (『華府会議と其後』伊藤正徳/著)

本職がアイオワ型戦艦を知った時、「戦艦にこんな最高速度(33ノット)は
必要なのか?」と不思議に思ったものでしたが、”対金剛型”として建造され
た経緯を知れば、その疑問も解消できるというものです。


323 :GF長官:2010/08/27(金) 21:46:08 ID:???
>>322の続き

更に三番艦榛名は神戸川崎へ、四番艦霧島は三菱長崎へ、主力艦としては
初の民間造船所での建造となった。

これにより、我が国の造艦能力は飛躍的に向上し、
神戸川崎では、戦艦伊勢・加賀(後に空母改装)、空母瑞鶴・大鳳、重巡摩耶・足柄、
三菱長崎では、戦艦日向・武蔵、空母隼鷹、重巡鳥海・羽黒・三隈等
帝国建艦の中核として、軍戦備に貢献している。

榛名と霧島は起工日が一日違いで、竣工日が全く同日。
このあたりに、民間造船所日本一を賭けた意地のぶつかり合いを感じます。


324 :GF長官:2010/08/27(金) 21:47:38 ID:???
>>323の続き

しかしながら、その裏では、

「工事もかなり進んだ1914年、一つの悲劇が起きる。この年の11月18日に機関の
繋留試運転が予定されていたが、直前に故障が見つかったため予定が6日遅れる
こととなった。本来であれば試運転が実施されるはずだった18日の朝、機関建造の
最高責任者であった川崎造船所造機工作部長・篠田恒太郎が自刃してしまったの
である。遺書などは無かったが、繋留機関試験遅延の責を感じた上だということは
明らかであった。当時の軍艦建造は、それほど重大な責任感を持って行われていた」(wiki)

本職も社会人になって、「製造業は納期が命」だと思い知らされましたね。
学生の時なら課題の提出が少しくらい遅れても、「風邪なら仕方ない」で済みますが、
会社では「なんでこんな忙しい時に風邪をひくんだ!」と言われるくらいですから。
まして軍艦の建造は、その比ではなかったでしょう。


325 :GF長官:2010/08/28(土) 19:43:18 ID:???
>>324の続き

ここ最近、いささか?スレ違いの話を進めているのは、ザイドリッツの名前を
出すためでもあるのですが、もう一つ、巡洋戦艦という艦種が空母の運用と
似ているなと感じたからでもある。

戦艦さえ凌駕する攻撃力、他の追随を赦さない高速に裏付けられた機動力、
長大な航続力を活かした作戦行動半径の広さ、そして防禦力がアキレス腱
であることも・・・

まさに、Invincible(無敵)
当時の関係者が、「巡洋戦艦最強じゃね?」と建造に力を入れたのも無理はない。
防御力の欠陥が指摘されますが、それは後世の視点であって”軍艦の沈みにくさ”
を数値化することは、なかなか難しい。

もちろん装甲の厚さで比較することが出来ますが、1インチ薄いとどれだけの差と
なって現れるのか。それこそ被弾してみないと分からないと言えるでしょう。
インヴィンシブルとザイドリッツでも、水平装甲で言うなら大差ありませんし。


326 :GF長官:2010/08/28(土) 19:45:15 ID:???
>>325の続き

一般的に、軍戦備は保守的なもの。
研究機関が画期的な新兵器を提案・開発しても、即採用とはならない。
なぜなら軍事力とは想定敵国との微妙なバランスの上に成立するものだから。
この均衡が崩れると、国防は窮地に陥ってしまう。

「計画者はかなり新考案の提案をしているが、用兵家は極めて懐疑的で採用に
躊躇し、計画側もあえて深追いしなかったようである。

戦艦河内計画の際、金田技師は全砲塔を中心線配置案を考案したが、結局
採用されなかった。これは全砲塔が同一甲板配置であったため、不具合と認め
られたものと思う。もしここに背負式の着想が入れば話は変わったであろう。

あるいはこの中心線配置の原案に用兵家が強い関心を示し、実現に一歩を
踏み込むことにしたら、これを改善して背負い式が実現する機会があったかも
知れない」                               (『艦船ノート』)

牧野氏は「無難な模倣になれた後進性のせいである」と評していますが、
背負式の採用は復原性の悪化につながりますし、日本の技術力でどこまで
ものにすることが出来たのか。用兵側としては失敗した場合のリスクも考え
合わせると、そうそう冒険するわけにもいかないかと思います。


327 :GF長官:2010/08/28(土) 19:47:10 ID:???
>>326の続き

余談ながら、文中の金田技師(金田秀太郎、のち造船中将)ですが、かなり
破天荒な人物だったようで、同時期に「50万トン戦艦」を構想している。

その要目は
全長 670メートル
速力 42ノット
兵装 16インチ砲×100門(主砲)
    6インチ砲×200門(副砲)
    45センチ魚雷発射管×200門
乗員 1万2千名

言っときますけど、大和が登場する30年も前の話。
当時は12インチ主砲が標準だから、16インチは超超弩級ですね。
かの氷山空母の全長が600メートル程度なので、その巨大さが想像出来る
でしょう。

『丸』(2006年7月号)(>>256)に詳しくありますので、興味のある方はどうぞ。


328 :GF長官:2010/08/28(土) 19:49:29 ID:???
>>327の続き

話を戻しますと、保守的である故に、この業界では「仲間外れ」を嫌う傾向にあり、
どこかの国が新兵器の開発に成功すると、他国もみんな追従するわけです。
ドレッドノート誕生後、いっせいに各国が弩級戦艦建造に走ったことでも明らか。

それがうまくいっている間は問題ないのだが、時折よく検証しないまま採用して
しまうことがある。
戦史においては、たまーに”謎のブーム”が到来するのです。

例えば、戦闘機無用論とか、複座戦闘機最強論とか、ミサイル万能論とか・・・
あとから冷静になって振り返ると、「なんであんな恥ずかしい格好してたんだろう」
と赤面するのと同様に、「どうしてあんなもの熱心に開発していたんだろう」と反省
することになるのですが、それを簡単に笑うことは出来ない。


329 :GF長官:2010/08/28(土) 19:50:47 ID:???
>>328の続き

『ブラックホークダウン』という映画があります。
この映画を見て印象に残るのが「RPG」という台詞。
RPGとは携帯式対戦車ロケット。(ドラクエのことじゃないよん)

ソマリア市街上空を低空でホバリングするブラックホーク。
その時ビルの屋上に人影が動く。
見張が「RPG!」と叫ぶのと同時に、発射されたロケット弾が機体に命中し墜落・・・
とても印象に残る場面です。

本職も視聴後には、「RPG最強じゃないか」、「戦闘ヘリなんて役立たずだなw」と
思ったものです。

列強各国が巡洋戦艦建造に邁進する中、その防禦力の欠陥を指摘して拒絶する
ことはよほどの先見性と勇気を要する決断だと思います。


330 :GF長官:2010/08/28(土) 19:52:00 ID:???
>>329の続き

さて、第一次世界大戦前に突如到来した”巡戦ブーム”。
果たして、これは新たな時代の寵児となるのか。それとも一発屋に終わるのか。

次回から『じゅんせん!』 始まるよ!
カイザーリッヒ・マリーネ高校軽音楽部に所属する5人の女の子たちが主人公。

りゅっつおー(G、Vo)
であふりんがー(G)
もるとけ(B、Vo)
ざいどりっつ(D)
ふぉん・であ・たん(Key)
ひっぱー先生(顧問)

バンド名は「HTT」
(H:HMSを、T:徹底的に、T:叩き潰す)

それでは聴いて下さい、「スカゲラック」!


331 :GF長官:2010/08/30(月) 21:16:14 ID:???
>>330の続き

ここから舞台は欧州へ。
伝説の魔女たちの活躍を・・・じゃなかった、「ジュットランド海戦」の章開始です。
主役は、ドイツ帝国海軍巡洋戦艦ザイドリッツ。

ザイドリッツ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84_(%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6)

当時のドイツでは大型巡洋艦と呼ばれていたようですが、話がややこしくなるので、
英独ともに「巡洋戦艦」の呼称で統一します。


332 :GF長官:2010/08/30(月) 21:18:10 ID:???
>>331の続き

なぜザイドリッツに注目するのか。
それはジュットランド海戦における彼女の奮闘が「ダメコンの元祖」と言われるから。

「世界の海軍国で最初にダメコン対策に注目したのは、ドイツ海軍と言われており、
第一次大戦前にすでに各艦艇別『応急対策指導書』を作成し、艦に装備させていた。

1916年のジュットランド海戦で、イギリス巡洋戦艦の防禦とダメコン対策の脆さが
目立ったのに対し、各ドイツ巡洋戦艦の損傷に対する強靭性とダメコン効果は、世界
の海軍国から賞讃を受けた」                     (『艦艇工学入門』)

当時の花形であった、巡洋戦艦同士の戦闘が中心となったこの海戦では、大英帝国
の誇る巡戦戦隊があっさりと沈んでしまった。
喪失数は、英3隻(インディファティガブル・クイーンメリー・インヴィンシブル)
       独1隻(リュッツオー)
でしたが、英側3隻が文字通り”轟沈”だったのに対し、独リュッツオーは多数の被弾を
喫するも戦線離脱に成功。しかし浸水を防ぎ切れず、総員退去の後、味方駆逐艦の
魚雷により処分された。


333 :GF長官:2010/08/30(月) 21:20:06 ID:???
>>332の続き

その防御力は、明らかにドイツ側の圧勝。

独巡戦は計5隻が参戦しているが、リュッツオー以外にも無傷の艦は一つとして無く、
全艦瀕死の重傷を負いながら、母港に帰投している。

ドイツ海軍の『北海海戦史』(第5巻)において、
「ドイツ軍艦の異常なる抵抗力は、敵にとりて該海戦の最も不快なる意外事の一なりき」
と誇っているのは、決して自画自賛ではなかったのです。


334 :GF長官:2010/08/31(火) 21:51:56 ID:???
>>333の続き

中でも特筆されるのがザイドリッツ。

「ザイドリッツはイギリス艦隊との交戦で、艦首に魚雷1本と38センチ主砲弾2発が命中、
さらに5つの主砲塔のうち4つと副砲2門を破壊され、艦内各所で火災が発生した。

艦首部の被害で艦内浸水区画が拡大し、艦首吃水は一時的に最上甲板まで達したが、
後部防水区画と釣合タンクに注水して艦首トリムを修正、適切な消火・排水作業と隣接
主隔壁の補強など、乗員のダメコン努力により艦を沈没から救った」(『艦艇工学入門』)

同書には被弾図が掲載されていますが、艦首のA砲塔以外全ての主砲塔が破壊され、
最終的には大口径弾(12インチ砲以上)21発、魚雷1発を受け、戦闘能力をほぼ喪失、
帰途僚艦に曳航され、かろうじて生還している。

当初英側はザイドリッツを沈没判定していたくらいですから、その凄まじさが想像できる
でしょう。


335 :GF長官:2010/08/31(火) 21:53:57 ID:???
>>334の続き

先の『北海海戦史』は、
「艦長・副長及び戦闘の試練を経たる部下乗員の優秀なる運用上の能力に帰すべき
ものなり」と讃えている。

具体的には、

「ドイツ巡洋戦艦の応急ぶりをみると、戦闘の一時休止期までに火災を鎮火させ、
満水した火薬庫を排水し、酸素切断機をもって戦闘に支障する屈曲した鉄板を
切断除去、切れた無線空中線を展張し、信号揚旗線をかけ直すなど、次の戦闘
まで狂気の如く働いたと言う。

軽巡や駆逐艦でもめちゃくちゃに撃ちまくられ、ザルのように穴だらけになっても
何とか帰投できたのは、適切な応急処置による」(『世界の艦船』1991年5月号)

船を沈没から救うには、艦自体の装備はもちろんですが、乗員の適切な行動が
重要だと分かりますね。


336 :GF長官:2010/09/01(水) 22:08:50 ID:???
>>335の続き

無類の打たれ強さを発揮したザイドリッツではありますが、ドイツ海軍がダメコンの
手本としたのは、なんと日本海軍でした!

「ドイツ海軍にダメコン重視のヒントを与えたのは日本海軍で、日清戦争・日露戦争で
損傷した艦艇が実行した応急処置の戦訓によるものである」  (『艦艇後学入門』)

まずは、日清戦争黄海海戦における比叡の活躍。
比叡と言っても、巡洋戦艦(>>314)ではなく、初代のコルベット(鉄骨木皮船)

比叡
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E5%8F%A1_(%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88)

当時比叡は、伊東祐亨GF長官率いる本隊に属し、三景艦の後を単縦陣で続航。
右舷からラムアタックを企図し、横陣で突入して来る清国北洋水師に対し、比叡
艦長・桜井 規矩之左右(さくらい きくのじょう)少佐は「面舵一杯」を号令。

敵巡洋艦・来遠から発射された魚雷を右舷7メートルでかわし、その後は、
右舷に定遠・揚威・広甲、左舷に来遠・超勇を身ながら敵中突破。まさに神操艦
ですが、ようやく危機を脱したかに思えたその瞬間、悲劇が訪れる。


337 :GF長官:2010/09/01(水) 22:10:37 ID:???
>>336の続き

「比叡(2250トン)は、清国艦隊旗艦・定遠の30.4センチ主砲弾を右舷後部
水線上に受け、同弾は舷側外板を貫通し、士官室内の後檣基部で爆発した。
多数の戦死傷者を出すと共に、隣接区画を含めて火災が発生、士官室直下は
後部弾薬庫で延焼爆発の危機が迫った」

絶体絶命の窮地でしたが、

「近くに居合わせた副長が直ちに”弾庫注水”の命令を出し、掌砲長に海水注入口
を開放させ、庫内の浸水で大爆発を未然に防ぎ、艦は沈没を免れた。
咄嗟の機転、すなわち応急対策が艦を救ったことになる」

比叡は上部構造物が原形をとどめないほど破壊されたが、なんとか生き延びる
ことが出来たのです。


338 :GF長官:2010/09/02(木) 22:17:06 ID:???
>>336 少し訂正を。
>右舷に定遠・揚威・広甲、左舷に来遠・超勇を身ながら敵中突破。
比叡から見ると、右舷に来遠・靖遠・済遠・広甲・揚威、左舷に定遠・鎮遠・経遠・致遠・超勇。
ちょうど敵陣のド真ん中を突破したことになりますね。
(このド真ん中の”ド”もドレッドノートが語源かな?)

観戦武官として鎮遠に乗艦していた米海軍マクギフィン少佐の手記によれば、

「大胆にも意を決して、両甲鉄艦の間なる捷径を取り、背面に出て僚艦に合せんとす。
而してこの目的は花花しく遂行せられたり!」
(註)捷径とは近道、目的達成のための手近な方法。

よくぞ生還できたものだ。


339 :GF長官:2010/09/02(木) 22:40:45 ID:???
>>337の続き

続いては、日露戦争の日本海海戦。
我が方の損失は、わずかに水雷艇3隻でしたが、こららは主に一日目日没後の
夜戦における喪失であり、味方同士の衝突事故が多発したようです。

その中で水雷艇鷺(さぎ・152トン)に注目。

隼型水雷艇
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%BC%E5%9E%8B%E6%B0%B4%E9%9B%B7%E8%89%87

友鶴も水雷艇ですが、こちらは535トン(基準排水量)だから、150トン程度でよく
外洋を航行できたものだと思いますが、これでも一等水雷艇で大型の部類に入る。
だいたい水雷艇で600トン近くあるというのは、二等駆逐艦なみで無茶し過ぎだな。


340 :GF長官:2010/09/02(木) 22:42:07 ID:???
>>339の続き

「鷺は敵艦攻撃の態勢に移った時、突然暗闇から現れた水雷艇第43号(110トン)
に左舷機械室を追突され、機械室は破孔により満水となり右舷機械室にも浸水が
始まった」                               (『艦艇工学入門』)

直後から実施された応急処置は、
@防水蓆による浸水部の閉塞
A浸水により艇の左舷後部が沈んだため、上甲板の予備石炭を海中投棄
B後部の弾薬や魚雷を前部に移動
C後部諸室入口を閉鎖、波浪の浸入を防止
D浸水区画の隔壁補強、反対側から木材で支柱を当てる
E右舷機械室では、機関科員が首まで海水につかりながら作業、自力航行可能とする
F破孔を生じた左舷側を風下にして微速航行

この結果、翌28日朝には対馬沿岸へ到着した。


341 :GF長官:2010/09/02(木) 22:43:02 ID:???
>>340の続き

「浸水区画が大きく、予備浮力の少ない小艇を沈没させず、通常では運転不能となる
右舷主機械を動かし、自力航行を行ったことは、乗員の努力と共にダメコンを実施した
好例として注目に値する」

ちなみに追突した第43号艇の方も沈まなかった。

以上の戦訓をザイドリッツ以下の独巡洋戦艦はどのように活かしたのか。
見守っていくことにしましょう。


342 :GF長官:2010/09/02(木) 22:44:02 ID:???
明日からちょっと出かけてきます。
来週もパン「つづく」し


343 :GF長官:2010/09/05(日) 18:41:54 ID:???
今週の新刊情報
『空母機動部隊』(丸編集部/編)

珊瑚海海戦関連では福地少佐の手記を収録、高橋少佐の「最後の言葉」が
紹介されています。

「朝食を終えた私は艦橋に昇り、当直将校として艦の操縦をしているうちに、
菅野機から敵空母発見の電報が来た。城島艦長は直ちに総員を戦闘配置に
つかしめ、攻撃隊発進を命じた。

私は当直将校の職務を塚本航海長と交代して、応急指揮所の配置に就くため、
飛行甲板から降りる階段まで来たとき、下の方から飛行服に身を固めた高橋
隊長が、巨体をゆさぶりながら階段を昇って来るのにバッタリ出会った。

すれちがう時に私が、”隊長、しっかり頼みます!”と声をかけると、彼は童顔に
微笑を浮かべながら、”今度はやりますよ”と自信にあふれた声で答え、愛機に
向かって飛行甲板を走って行った。

その必勝の声は今もなお私の耳に残っている。これが我が海軍航空の至宝、
高橋赫一少佐が、この世に残した最後の言葉であった」

『海軍くろしお物語』にも同様の記述がありますね。


344 :GF長官:2010/09/05(日) 18:42:47 ID:???
>>343の続き

それと、これは初耳でしたが、珊瑚海海戦後に南雲長官より五航戦宛に祝辞
が贈られていたようで、

「勇躍翔破珊瑚海 翔鶴艦上凱歌高   忠一誌」

少なくとも南雲長官自身は、五航戦を「妾の子」とは思っていなかったのでは
ないでしょうか。


345 :GF長官:2010/09/05(日) 18:45:33 ID:???
>>333補足
『北海海戦史』は、ドイツ海軍の公刊戦史ではなく、日本海軍軍令部が
昭和元年に編纂したものです。


346 :名無し三等兵:2010/09/06(月) 20:53:41 ID:???
携帯型潜水艦隊、浮上せよ!

347 :GF長官:2010/09/07(火) 21:10:36 ID:???
>>345 そういえば、昭和元年は一週間しかなかったから、1926年というのは、
大正15年のことですね。失礼しました。

>>346 ナンカ聞コエタカ?
見張「右舷前方ニ潜望鏡見ユ」
当直「緊急左45度一斉回頭、赤赤!」
三隈「ト〜リカ〜ジ」
当直「もういっちょ、赤赤!」
三隈「ホラヨット」
最上「ちょ、おま(ry」
(どーん)
三隈「ドコ見テンダ、オマエー」


348 :GF長官:2010/09/07(火) 21:38:34 ID:???
>>341の続き

>>232のように、日露戦役を前後して飛躍したのがドイツ帝国海軍。
そもそもプロシア以来、ドイツはフランスと並ぶ陸軍国であったため、海軍は
保有していても、沿岸警備隊程度だった。

ところが、明治21年ヴィルヘルム二世が皇帝に即位すると、
「ドイツの将来は海上にあり」「余は大西洋提督とならん」と呼号し、急速に
海軍を拡大していった。

明治30年海軍大臣に就任したアルフレート・ティルピッツは、その意を受け、
四次にわたる艦隊法を成立、建艦計画を推進していきます。


349 :GF長官:2010/09/07(火) 21:40:40 ID:???
>>348の続き

戦艦ブランデンブルク級(明治26年11月19日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ヴェニト、ヴァイセンブルク、クルフェルスト・フリードリヒ・ヴィルヘルム

常備排水量   速力                    兵装
10013トン   16ノット  28センチ(11インチ)砲×6門、10.5センチ(4,1インチ)砲×6門
(註)竣工日は一番艦のみ
ドイツはメートル法を採用していたが、比較のためインチ換算値も併記します。

ドイツ初の外洋型戦艦です。


350 :GF長官:2010/09/07(火) 21:42:40 ID:???
>>349の続き

続いては、

戦艦カイザー・フリードリヒ三世級(明治31年10月7日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%923%E4%B8%96%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:カイザー・ヴィルヘルム二世、カイザー・ヴィルヘルム・デア・グロッセ、
カイザー・カール・デア・グロッセ、カイザー・バルバロッサ

常備排水量   速力                    兵装
11097トン  17.5ノット  24センチ(9.4インチ)砲×4門、15センチ(5.9インチ)砲×18門

主砲口径は小さくなったが速射性能は向上。副砲も強化。


351 :GF長官:2010/09/07(火) 21:44:44 ID:???
>>350の続き

戦艦ヴィッテルスバッハ級(明治35年10月15日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ヴェッティン、ツァーリンゲン、シュヴァーベン、メックレンブルク

常備排水量   速力                    兵装
11774トン   18ノット  24センチ(9.4インチ)砲×4門、15センチ(5.9インチ)砲×18門

第一次艦隊法(明治31年成立)により計画。
前級の改良型であり、副砲の艦首方向火力が強化(6門→8門)


352 :GF長官:2010/09/07(火) 21:47:11 ID:???
>>351の続き

この時代の仮想敵国はフランス。
日英の前弩級戦艦(12インチ主砲)と比べると、若干火力が劣るように見受けられる。

ただ決戦想定海面は北海。悪天候で視程のきかない気象条件では、遠距離で敵艦を
発見する機会は稀であり、中距離砲戦が主体になると考えられ、主砲の大口径化よりも
速射性能を重視した設計思想。副砲が多いのも同じ理由から。

それにしてもドイツの艦名は長いですなぁ・・・かっこいいけど。
向こうの軍ヲタはどうやって覚えているんだろうか。
カイザー〜云々なんて、どれがどれやら。


353 :名無し三等兵:2010/09/08(水) 01:34:20 ID:???

              南雲閣下!
 拳銃にしとく    ∧∧ 介錯は御入り用でしょうか!
  ∧_∧      (Д゚#) 
 (; ´∀`)       .|  ∪    
 ( 可二)       |  |\
 (__(___,,^_、      し^J

354 :GF長官:2010/09/08(水) 21:44:24 ID:???
>>353 夏草や 兵どもが 夢の跡


355 :GF長官:2010/09/08(水) 22:06:28 ID:???
>>352の続き

戦艦経済が不況を救う。
そうだ、国家予算の半分を使って戦艦を20隻くらい建造すれば、この不景気も
回復するに違いない・・・はず。

戦艦ブラウンシュヴァイク級(明治37年10月15日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AF%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:エルザース、ヘッセン、プロイセン、ロートリンゲン

常備排水量   速力                    兵装
12108トン   18ノット  28センチ(11インチ)砲×4門、17センチ(6.7インチ)砲×14門

第二次艦隊法(明治33年成立)により計画。
速射性が向上した新型28センチ砲を搭載。


356 :GF長官:2010/09/08(水) 22:07:26 ID:???
>>355の続き

戦艦ドイッチュランド級(明治39年8月3日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ポンメルン、ハノーファー、シュレージェン、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン

常備排水量   速力                    兵装
13191トン   18ノット  28センチ(11インチ)砲×4門、17センチ(6.7インチ)砲×14門

前級の改良型。二番艦以降はドレッドノート登場後に竣工となる。


357 :GF長官:2010/09/08(水) 22:12:50 ID:???
>>356の続き

ここまでが前弩級戦艦になります。
ブラウンシュヴァイク級の頃から、ドイツ海軍の仮想敵国はフランスからイギリスへ移行。
それに伴い、戦艦の設計もイギリス式を意識したものと変わっていった。

ヴィッテルスバッハ級までは、前部主砲塔が上甲板より一段高く設置され、その下に
副砲を並べている。副砲の艦首方向火力が充実していることも含めて、フランス流と
言えるかもしれない。タンブルホームは採用されなかったようだ。懸命な判断だな。

ブラウンシュヴァイク級からは前後の主砲塔ともに上甲板に揃えられている。
三笠などと同じですね。

ドイッチュランド級くらいからジュットランド海戦に関係してきます。
ポンメルンは英グランドフリートと交戦して沈没。
シュレージェンとシュレスヴィヒ・ホルシュタインは、その後も生き延びて、ダンツィヒ沖から
ポーランド沿岸要塞を砲撃して、第二次大戦の口火を切ることになる。


358 :GF長官:2010/09/09(木) 21:03:55 ID:???
>>357の続き

ドレッドノートの登場により、これら前弩級戦艦が一気に旧式化したのは既述の通り。
しかし、ドイツ海軍にとってはむしろ好都合(?)だった。
そう、「ピンチはチャンス!」なのです。

イギリス海軍の従来の方針は「二国標準主義」。
これは世界第二位と第三位の二国を合計したのと同等の海軍力を保有するというもの。
主力艦の数を比較しても明らかですね(>>238

だいたい英国戦艦は同型艦の数が半端じゃない。
マジェスティック級9隻とか、キングエドワード七世級8隻とか、いったい何隻建造すれば
気が済むんだよ・・・


359 :GF長官:2010/09/09(木) 21:05:06 ID:???
>>358の続き

ここで思い出して欲しいのは、ドレッドノート竣工により、それまで大英帝国が所持していた
”あり得ない数の”戦艦群もまた、旧式艦になってしまったこと(>>263

追いかける方にとっては、好機到来ですよね。
ちょうどF1で喩えると、レースでハミルトンがトップを独走していたのに、セーフティカーが
入って、2位のベッテルが一気に差を縮めてしまったようなもの。
これで、列強海軍は同一スタートラインに立ったわけです。

ドイツ海軍も頑張れば、ロイヤスネイビーを逆転することだって夢じゃない!
というわけで、建艦競争は更に激化する。


360 :GF長官:2010/09/09(木) 21:06:19 ID:???
>>359の続き

戦艦ナッソー級(明治42年10月1日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%83%E3%82%B5%E3%82%A6%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ヴェストファーレン、ラインラント、ポーゼン

常備排水量   速力                    兵装
18873トン  19.5ノット  28センチ(11インチ)砲×12門、15センチ(5.9インチ)砲×12門

ドイツ初の弩級戦艦。前級に比べて主砲の火力が3倍になった。
ただし砲塔配置は亀甲型(>>269)のため、片舷火力は8門にとどまる。


361 :GF長官:2010/09/09(木) 21:08:25 ID:???
>>360の続き

戦艦ヘルゴラント級(明治44年8月23日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:オストフリースラント、チューリンゲン、オルデンブルク

常備排水量   速力                    兵装
22808トン  20.3ノット  30.5センチ(12インチ)砲×12門、15センチ(5.9インチ)砲×14門

主砲を30.5センチに強化。砲塔配置はそのままだったため、門数ではドレッドノートを
上回り、片舷火力でも同等になった。
主機はレシプロのため速力は劣るが、ドイツ海軍の伝統として防御力が優勢。
(舷側装甲は英11インチ、独12インチ)

十分に渡り合えると言えるでしょう。


362 :名無し三等兵:2010/09/10(金) 20:11:24 ID:???
このスレも意図的なのか脱線がひどいな。
零戦最強伝説あたりから既に本来の目的を見失ってる。
自分の伝えたい本題を貫けずに他へ脱線するのは、本や論文を書く上でやってはいけない事だ。
これでは長官の単なるエッセイ・コラムに過ぎない。

363 :名無し三等兵:2010/09/10(金) 20:31:09 ID:???
アウトレンジ廚が迷惑掛けました、さあ帰ろうか>>362

364 :名無し三等兵:2010/09/10(金) 21:08:41 ID:???
このスレが過疎なのは独占的で排他的で他者の存在を認めないから。
スレの当初はまだみんなでワイワイやる雰囲気があったが、今ではそんな雰囲気は望めない。
まあ先任参謀の乱で粘着があって以来、その傾向が強化されてるので先任参謀の責任とも言えるが。
スレ主も既に専制君主と化している。

365 :名無し三等兵:2010/09/10(金) 21:56:57 ID:???
哀れだな

366 :名無し三等兵:2010/09/11(土) 00:22:24 ID:???
100年スレに書き込むは、ただ1レスの草wwwwwwwを生やすがためなり。

俺は現行のままで不満はないな。

367 :GF長官:2010/09/11(土) 21:07:52 ID:???
>>362 恐れ入ります。ご指摘の通りですね。
ジュットランド海戦まで触れるのは、冗長の誹りを免れないでしょう。

>自分の伝えたい本題を貫けずに他へ脱線するのは、本や論文を書く上でやってはいけない事だ。
教示感謝します。ただ論文を意識したことはありません。どちらかと言うと、
新聞連載小説かな。故に「単なるエッセイ・コラムに過ぎない」は言い当て妙かと。

>>363 せっかちさんですなぁ。

>>364 排他的なのか・・・orz
本職の主張はテンプレの通りで、異論反論は何時でも受け付けております。
>スレ主も既に専制君主と化している。
確かにw と言うか、最初からそのつもりだったりして。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/482


368 :GF長官:2010/09/11(土) 21:09:31 ID:???
>>365 裸の王様?

>>366 有難うございます。
まぁ、スレ進行に対する不満を発言して頂いたことに感謝しております。
自分ではなかなか気付かないところですからねぇ。
何より、古参の常連さんの”生存”を確認できたことは嬉しい限り。

実際のところ、「ネタ発言はつまらん」とか「脱線しすぎだ」とお叱りを頂戴しても、
これは本職の性格に起因するものでして、改善しようにも「これ以外の進め方を
知らない」と言った方が正確でしょうか。

それがお気に召さないのなら謝るしかありません。ごめんなさい。
気軽に発言できない雰囲気になっているとしたら、淋しいことですね。


369 :名無し三等兵:2010/09/11(土) 21:34:12 ID:???
スレの当初のイメージはアイドル板の応援スレみたいな感じ。
ファンクラブのようなノリで、長官がストーリーを語るイベントありファンとアンチが互いの思いをぶつけるという。
それがいつの間にか南雲が関係なくなり、空母戦史となり更には空母すら関係なくなっていく。
どんどん本筋から離れスレタイと関係ない話になっていく。
いうなれば南雲ファンとしてスレを覗いたら、全く関係ない話に裏切られた思いでスレから離れていく感じ。

370 :GF長官:2010/09/11(土) 21:40:44 ID:???
>>361の続き

この間、英側も先駆者の立場に安住していたわけではない。
次々と弩級戦艦を世に送り出しています。

戦艦ベレロフォン級(明治42年2月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AC%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:シュパーブ、テレメーア

常備排水量   速力                    兵装
18800トン  20.75ノット  12インチ砲×10門、4インチ砲×16門

ドレッドノートの量産型。
ドレッドノートには水雷艇撃退用に3インチ砲×27門を装備していたが、4インチ砲に強化。
排煙により射撃指揮が妨害されないよう、前部マストを第一煙突の後ろから前へ移動。


371 :GF長官:2010/09/11(土) 21:42:57 ID:???
>>370の続き

戦艦セント・ヴィンセント級(明治42年5月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:コリンウッド、ヴァンガード

常備排水量   速力                    兵装
19500トン   21ノット  12インチ砲×10門、4インチ砲×24門

集中防禦方式の採用。艦首尾の装甲を減じて、その分中央部や弾薬庫の防禦を強化。


372 :GF長官:2010/09/11(土) 21:44:33 ID:???
>>371の続き

戦艦ネプチューン級(明治44年1月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%97%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%B3_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
同型艦:なし

常備排水量   速力               兵装
19680トン   21ノット  12インチ砲×10門、4インチ砲×16門

砲塔配置が変更された。

[梯形配置]
           D C    B   A    @
        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛              ■=        ┗┓
      ┃  =■=■              ■=   ┃ →
      ┗┓         =■             ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
(註)CとDは背負い式

ドレッドノート(>>305)と比較するとよく分かりますが、不完全ながら主砲全門を片舷に指向
できるようになった。このように両舷の砲塔を前後にずらすのを「梯形配置」と言います。


373 :GF長官:2010/09/11(土) 21:48:28 ID:???
>>372の続き

この流れを見ると、わざわざ前後にずらすなんてややこしいことをせずに、全砲塔を中心線上に
並べれば良いじゃないか、と思いますよね。後に戦艦オライオンにて、ようやくそれは実現する
>>307)のですが、どうしてこんなに時間を要したのか。

それは良いことばかりではないから。
全門を一直線に並べると全長が長くなる。そうなると旋回性能は悪くなるし、被雷面積も増大、
舷側装甲の重量が増して速力低下・・・等々。

その解決策として出てきたのが「背負い式」。
むしろこちらの方が我々にとっては馴染みが深いですが、砲塔をひな壇状に重ねることにより、
砲身の長さ分、全長を短くすることが出来る。

ところがこれも問題がないわけではなく、砲塔同士が近い分、発射時の爆風の影響が無視
できなくなる。実際このネプチューンでは、四番砲塔を艦尾に向けて発砲すると、爆風で下の
五番砲塔が機能しなくなった。

ちょうど大和の主砲発射時にブザーが鳴って、甲板の機銃員は艦内に退避しなければなら
ないという話を思い出しますよね。何のための世界最大の巨砲なんだか。
空母の発達史と同じく、試行錯誤の過程がうかがえます。


374 :GF長官:2010/09/11(土) 21:50:06 ID:???
>>373の続き

戦艦コロッサス級(明治44年7月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B5%E3%82%B9%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ハーキュリーズ

常備排水量   速力               兵装
20225トン   21ノット  12インチ砲×10門、4インチ砲×16門

前級の準姉妹艦。
煙突の前にあった前部マスト(>>370)を再び後方に移した結果、排煙が問題となる。

以上のように、英弩級戦艦は小改良が加えられたことを除けば、兵装・速力等に
大きな変化はなく、追いかける独海軍にとってみれば、ホワイトエンサインの背中
は、もはや指呼の間と言える。


375 :GF長官:2010/09/11(土) 21:56:38 ID:???
>>369 なんだ、毎日南雲長官の名前が出ないと満足できないのか。
提督は人気者ですなぁ。

当スレは時系列の戦史検証スレなので、ミッドウェー海戦編が始まるまで、
気長にお待ち頂くしかないかな。
ちょうど南太平洋海戦を語るには、ガ島の攻防を理解しなければならない
のと同じだと考えてもらえば幸いです。

「本筋から離れていく」「全く関係ない話」と受け取られたのなら、本職の力量
不足ですね。深く反省したいと思います。有難うございました。


376 :名無し三等兵:2010/09/12(日) 18:58:17 ID:???
>>375
最近話題の永遠の0でも、南雲長官は名前出された回数が将官でトップですよ。
もう大人気と言わざるを得ません。

377 :GF長官:2010/09/13(月) 21:08:06 ID:???
>>376 そうなのか。今度図書館で借りてみます>永遠の0
もともと名前は知られていますがねぇ・・・戦犯的な意味で。


378 :GF長官:2010/09/13(月) 21:38:57 ID:???
>>374の続き

戦艦カイザー級(大正元年8月1日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:フリードリヒ・デア・グローセ、カイゼリン、プリンツ・レゲント・ルイトポルト
     ケーニヒ・アルベルト

常備排水量   速力                    兵装
24724トン   21ノット  30.5センチ(12インチ)砲×10門、15センチ(5.9インチ)砲×14門

独海軍で初めて主機に蒸気タービンを採用。
前級(>>361)に比べて、主砲が1基減っているが、梯形配置(>>372)のため、
片舷火力は10門を確保。但し、ネプチューン級と反対で、梯形部分は右舷が
前方、左舷が後方に向けられている。


379 :GF長官:2010/09/13(月) 21:40:51 ID:???
>>378の続き

ネプチューン級は船体幅(26メートル)の関係で、片舷に集中させると発射時の
衝撃に耐えられなかったが、カイザー級は十分な艦幅(29メートル)があったので、
全門斉射が可能だった。

二番艦のフリードリヒ・デア・グローセはジュットランド海戦における独公海艦隊の
総旗艦であります。

これで速力の劣勢(>>361)も解決し、英国戦艦と対等に闘えるようになった。
万歳!と思いきや、またしてもイギリス海軍がやってくれました。
カイザー竣工の半年前に、一隻の戦艦が再び世界を驚愕させた。


380 :GF長官:2010/09/13(月) 21:42:46 ID:???
>>379の続き

戦艦オライオン(明治45年1月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:モナーク・コンカラー・サンダラー

常備排水量   速力               兵装
22200トン   21ノット  13.5インチ砲×10門、4インチ砲×16門

超弩級戦艦の登場です。
「主砲を13.5インチ砲に強化」
「砲塔をすべて首尾線上に配置」
「前後ともに背負い式を採用」

やはり砲塔は一直線に並んでいる方が美しい。


381 :GF長官:2010/09/13(月) 21:43:47 ID:???
>>380の続き

[戦艦オライオン砲塔配置]
           D C     B      A @
        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛                         ┗┓
      ┃  =■=■   =■      ■=■=   ┃ →
      ┗┓                         ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
(註)@とA、CとDは背負い式

主砲の大口径化により射程は2万メートルを超えたが、爆風問題(>>373)は
解決されず、二番砲塔の艦首方向への発砲、また四番砲塔の艦尾方向への
発砲は禁じられていた。

余談ながら、13.5インチ砲の搭載は極秘事項で、建造中は「12インチA砲」
と呼称されていたようです。大和の46センチ砲も「九四式45口径40センチ砲」
でしたからね。どこの海軍も考えることは似通っているな。


382 :GF長官:2010/09/14(火) 21:34:32 ID:???
>>381の続き

英国海軍、怒涛の建艦攻勢。

戦艦キングジョージ五世級(大正元年11月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B85%E4%B8%96%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6_(%E5%88%9D%E4%BB%A3)
同型艦:センチュリオン 、オーディシャス、エイジャックス

常備排水量   速力               兵装
23000トン   21ノット  13.5インチ砲×10門、4インチ砲×16門

同じKGVでもこちらは初代。プリンス・オブ・ウェールズの姉妹艦とは異なります。
オライオンでは一番煙突の後方にあった前部マストを前方に移動。
ベレロファン級(>>370)から前にやったり、後ろにしたり・・・何やってんだか。
日本空母の艦橋も右舷にしたり、左舷にしたり・・・でなかなか定まりませんでしたが。


383 :GF長官:2010/09/14(火) 21:37:30 ID:???
>>382の続き

戦艦アイアンデューク級(大正3年3月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%AF%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:マールバラ、ベンボウ、エンペラー・オブ・インディア

常備排水量   速力               兵装
25000トン  21.25ノット  13.5インチ砲×10門、6インチ砲×12門

駆逐艦の大型化に対応し4インチ砲が6インチ砲に強化。事実上、副砲の復活です。
更に航空機の発達に対処するため、3インチ高角砲2門を搭載。
ネームシップのアイアンデュークは、ジュットランド海戦のグランドフリート総旗艦。


384 :GF長官:2010/09/14(火) 21:39:09 ID:???
>>383の続き

一方の独海軍。せっかく追いついたと思ったのに、逆に引き離されてしまった。
すぐにこちらも、超弩級戦艦の建造に着手したいところですが、大口径の主砲は
そう簡単に製造できるものではない。

戦艦ケーニヒ級(大正2年8月10日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%92%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:グローサー・クルフュルスト、マルクグラーフ、クローンプリンツ・ヴィルヘルム

常備排水量   速力                    兵装
25796トン   21ノット  30.5センチ(12インチ)砲×10門、15センチ(5.9インチ)砲×14門

こちらもオライオン級と同じく、全砲塔を首尾線上に配置。
ドイツの主砲は一般的に高初速で、他国のものより威力があるとされ、12インチ程度でも
英13.5インチに対抗できると考えられていたようです。


385 :名無し三等兵:2010/09/14(火) 22:11:29 ID:???
>>346
我コレヨリ合流ス(即座に制圧されそうだが…)

先ずは>>286氏へ、回答感謝。

>>364
>スレ主も既に専制君主と化している。
革命か死か
まあ長官とは別に、同時平行でネタ振りとかすればよいのでは?
特に土日とか。
疑問提示なり図演なりでも。

>>373
>その解決策として出てきたのが「背負い式」。
ある意味、ドレッドノートよりも革新的な米サウスカロライナ級もいっときますか?

386 :名無し三等兵:2010/09/15(水) 01:44:38 ID:???
ここしばらく要目カタログになっているのは
満を持してすばらしい論考が出てくるに違いないと
期待に胸を膨らませる次第
照準器とサッチウィーブの話のような

387 :名無し三等兵:2010/09/15(水) 07:42:15 ID:???
期待しすぎるのはいくない

388 :名無し三等兵:2010/09/15(水) 14:58:22 ID:???
やっと規制が解けたか。

ドイツ海軍で不思議なのは、デアフリンガー以外の巡洋戦艦はなんで戦艦と同じ口径の砲を装備してないのだろう、と。
「戦艦は最強の艦であるべし。よってそれ以外の艦は戦艦と同等の砲を積むべからず」
という皇帝からの勅命でもあったんかね。
んなわけないか。

389 :名無し三等兵:2010/09/15(水) 19:00:34 ID:???
建艦競争に夢中になった割には意外とスペックに無頓着なカイザー?

390 :名無し三等兵:2010/09/15(水) 20:01:31 ID:???
>>386
強大な火力を高速に移動させて運用するという機動戦の概念に連なる所だから、
空母への助走として戦艦じゃないのかしら?

391 :GF長官:2010/09/15(水) 21:22:31 ID:???
>>385 おかえりなさいませ。
>まあ長官とは別に、同時平行でネタ振りとかすればよいのでは?
そうそう。>>369では、
>ファンクラブのようなノリで、長官がストーリーを語るイベントありファンとアンチが互いの思いをぶつけるという。
と回想されていますが、少し美化しすぎではないかと。本職の印象としては、
「本編の流れを無視してミッドウェーの話題で盛り上がる」
「何度軌道修正しても、すぐにまた脱線する」

”みんなでワイワイやる雰囲気”(>>364)どころか”学級崩壊”だったような・・・
支隊スレが創設されたのも、そのあたりの経緯があったと記憶しています。

別に「本編の流れを妨げては・・・」なんて気兼ねする必要なんかないのに。
てか、ここの住人は本職の言うことを素直に聞くような”優等生”の集まりじゃないだろw


392 :GF長官:2010/09/15(水) 21:25:01 ID:???
>>391の続き

>ある意味、ドレッドノートよりも革新的な米サウスカロライナ級もいっときますか?
鋭いですね〜 すでにお気付きかと思いますが、冒頭で「仮想敵国はアメリカ」と
書いておきながら、米戦艦が全然出てこないじゃないか!と。

実は「ジュットランド海戦→日米建艦競争→条約時代」の流れを考えております。
サウスカロライナ級が登場するのは、「八八艦隊VSダニエルズプラン」からですね。
二階建て砲塔・・・ハァハァ

>>386 深読みしすぎかも。
「要目カタログ」は、ジュットランド海戦参加艦艇確認のためと、本職の思考回路を
第一次大戦期に移行する意味での準備期間です。
何しろ空母も基地航空隊も出てこない、純粋な水上砲戦艦隊決戦ですからね。

もちろん、ザイドリッツのダメコンを採り上げるだけなら、簡単に流れをおさらい
すれば良いだけで、英独建艦史は不要と言えるでしょう。
そうではなく、海戦の経過まで詳しく記そうと思っているのは、ある意図があって
のこと。それについては「要目カタログ」が終わってから。


393 :GF長官:2010/09/15(水) 21:26:49 ID:???
>>387 そうだそうだ。そんなこと言ったら気負ってしまうじゃないか。
ちなみに、便宜上「脱線」という言葉を使っていますが、本職は脱線とは思って
いません。すべて南雲長官を再評価するための既定路線です。

ただ「零戦最強伝説の章」だけは、完全な趣味であります。
零戦に対するあふれる愛を記しておきたかった・・・ごめんなさい。

>>388 どうなんでしょうか。
>デアフリンガー以外の巡洋戦艦はなんで戦艦と同じ口径の砲を装備してないのだろう
大口径化より速射性能を優先させたためかな?

>>389 ドイツの戦艦と言えば三軸推進が特徴ですよね。
巡航時に中央のスクリューだけ回すという発想らしいですが。

>>390 そっちの方向も考えてみましたが、今ひとつ話が発展できなかったので・・・


394 :名無し三等兵:2010/09/15(水) 21:34:21 ID:???
>>393
順じ能力を向上させていたようですが、大口径砲製造能力が戦艦分で手一杯だったと言う話もありますな。
それと、大口径砲を装備してさらに高速発揮を狙うと船体がバカにならない大きさになるので、
防御を充実させるためと船体サイズを抑制するために砲のサイズを押さえたという話もあったり。

395 :GF長官:2010/09/15(水) 21:57:20 ID:???
>>384の続き

而して大英帝国は、更にその上を行く!

戦艦クイーン・エリザベス級(大正4年1月19日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ウォースパイト、バーラム、ヴァリアント、マレーヤ

常備排水量   速力              兵装
27500トン   25ノット  15インチ砲×8門、6インチ砲×14門

日独の新型巡洋戦艦(金剛級とマッケンゼン級)搭載の14インチ砲に対抗するため
15インチ砲を採用。重油専焼缶により25ノットの高速を実現。

巡洋戦艦の次世代型と言える「高速戦艦」の元祖です。
ジュットランド海戦では巡戦戦隊顔負けの活躍を見せます。
ただネームシップのクイーン・エリザベスだけは修理中のため不参加。


396 :GF長官:2010/09/15(水) 21:58:27 ID:???
>>395の続き

戦艦リヴェンジ級(大正5年3月19日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B8%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ロイヤル・オーク、ロイヤル・サブリン、レゾリューション、ラミリーズ

常備排水量   速力              兵装
28000トン   23ノット  15インチ砲×8門、6インチ砲×14門

混焼缶の復活。過去スレ参照のこと。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1268653116/439
二番艦のロイヤル・オークまでが海戦に参加。


397 :GF長官:2010/09/15(水) 22:05:56 ID:???
>>396の続き

こうなるとドイツ海軍も、「ドイツの主砲は一般的に高初速で、他国のものより威力がある」(>>384
とは言っておれなくなりました。

戦艦バイエルン級(大正5年3月18日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B3%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:バーデン

常備排水量   速力                    兵装
28600トン   22ノット  38センチ(15インチ)砲×8門、15センチ(5.9インチ)砲×16門

ドイツ初の超弩級戦艦。
残念ながら、一番艦バイエルンは海戦時に公試中であり間に合わなかった。

英独戦艦の紹介は以上です。
独海軍は日進月歩の建艦競争の中で、英国海軍相手によく頑張ったと思います。
ドイツ怒涛の建艦攻勢により、英海軍は伝統の「二国標準主義」(>>358)を
「六割優越主義」(第二位より六割上回る海軍力を保有)に改めざるを得なかった。

我々は、彼女たちが最後スカパフローで自沈する運命を知っているだけに、空しさを
感じさせるものですが・・・


398 :GF長官:2010/09/15(水) 22:09:11 ID:???
>>394 有難うございます。
軍艦の設計もまた、どこで妥協するかで悩むんだろうなぁ。


399 :GF長官:2010/09/15(水) 22:12:07 ID:???
>>396 リンク訂正
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1268653116/439
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1268653116/489


400 :385:2010/09/15(水) 22:13:02 ID:???
>>391
>”学級崩壊”
>ここの住人は本職の言うことを素直に聞くような”優等生”の集まりじゃないだろw
いや、全くそのとおりw

>>392
>二階建て砲塔・・・ハァハァ
長官の今後の展開とか思惑が色々透けてみえるw
まあ真面目な話、米海軍が空母用カタパルトに成功したのは、これに通じるものがあるんじゃないですかね<壮大な回り道

>>394
後段の話だと、ティルピッツ海軍大臣が主導したと読んだことがあります。

401 :名無し三等兵:2010/09/15(水) 22:16:03 ID:???
とりあえずこれだけは言える。

仏伊露の戦艦達はきっと出てこない。

>>394
そういう解説は聞いたことあるんだが、それは後付でつけられた理由なのではという気がする。
あくまでそういう気がするだけだが。

402 :名無し三等兵:2010/09/15(水) 22:42:36 ID:???
ところで先任参謀殿は元気?

403 :名無し三等兵:2010/09/16(木) 00:07:56 ID:???
>>401
個人的にはオーストリア・ハンガリーの戦艦が大好きだなぁ

404 :名無し三等兵:2010/09/16(木) 04:20:18 ID:???
>>402
確か、

水平爆撃怖くない。舵切れば回避できるし。
ミッドウェー島を早朝空襲するのはおかしい。米空母捜索してからだろ常考。
ミ島空襲すると帰還するまで米空母攻撃ができない。何故ならば零戦が足りないから。

の人だっけ?
そういえば元気にしているだろうか。

405 :名無し三等兵:2010/09/16(木) 20:22:11 ID:???
>>393-394 >>400-401
フォン・デア・タンからザイドリッツ級まで28cm砲に抑えたり
マッケンゼン級でも35cm砲だったのは皇帝が実際に>>388めいた意向を持ってたみたい
(マッケンゼンの場合は当初案で38cmだっただけに重心上昇を恐れたという見方もあるが)

406 :名無し三等兵:2010/09/16(木) 20:37:37 ID:???
>>405
マジかよ。
その話を聞いたのは酒の席での話しだったからな。
俺の耳が酔っ払ってイカれたか、はたまた酔っ払いの戯言かと半分思っていたのに。

カイザーって一体。

407 :名無し三等兵:2010/09/16(木) 21:13:18 ID:???
>>405-406
一応フォン・デア・タンは、当初21センチ砲装備になるはずが、
インヴィンシブルが戦艦と同じ30センチ砲装備が判明したんで、28センチにサイズアップしてるんだけど、
計画年度は1907年度だから同時期のヴェストファーレン級と主砲のサイズは一緒だよん。

だから完成した分だけで考えるなら、7隻中4隻は同年度計画の戦艦と同サイズの主砲だったりするし、
マッケンゼンの38センチverのヨルク代艦も計画年度は若干遅れるけど、起工自体はバイエルン級とほぼ同時なんで、
その皇帝の意向とやらが本当にあったのかはちょいと疑問だなあ

408 :GF長官:2010/09/17(金) 20:34:29 ID:???
>>400 だから深読みしすぎだってw
>米海軍が空母用カタパルトに成功したのは、これに通じるものがあるんじゃないですかね<壮大な回り道
その発想はなかった。

>>401 ご名答。
>仏伊露の戦艦達はきっと出てこない。
誰も文句ないよね?

>>402,404 きっと次の出番に向けて作戦室にこもってるんですよ。

>>403 フィリブス・ウニーティス級とか? 通ですなぁ。
12インチ砲連装4基を前後に背負い式配置。なかなかよくまとまっている。

>>405 戦艦には皇帝の名前をつけるぐらいですからねぇ。
他の艦種とは別格だったのかも。

>>406 どんな酒の席だよ・・・うらやましい。

>>407 有難うございます。巡戦紹介はこのあとすぐ!


409 :GF長官:2010/09/17(金) 20:59:35 ID:???
>>397の続き

続いては、本海戦の主役である英独巡洋戦艦。
元祖である英インヴィンシブルは既述の通り(>>304
同型艦はインドミタブルとインフレキシブル。

その改良型がこちら。

巡洋戦艦インディファティガブル級(明治44年2月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AC%E3%83%96%E3%83%AB%E7%B4%9A%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ニュージーランド、オーストラリア

常備排水量   速力               兵装
18470トン   25ノット  12インチ砲×8門、4インチ砲×16門

砲塔配置を変更。

[インディファティガブル]

        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛              ■=        ┗┓
      ┃  =■                  ■=  ┃ →
      ┗┓        =■              ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛

>>305と比較すると分かりますが、梯形配置の採用により全砲門を両舷に指向
出来るようになった。


410 :GF長官:2010/09/17(金) 21:01:03 ID:???
>>409の続き

巡洋戦艦ライオン級(明治45年5月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E7%B4%9A%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:プリンセス・ロイヤル、クイーン・メリー

常備排水量   速力               兵装
26270トン   27ノット  13.5インチ砲×8門、4インチ砲×16門

超弩級巡洋戦艦。主砲に13.5インチ砲を採用。
竣工日を見ると戦艦オライオン(>>380)と同時期ですが、巡洋戦艦なのに、
戦艦の排水量を上回るという前代未聞の出来事だった。

にも関わらず、27ノットの俊足(オライオンより6ノットも速い!)は、偏に
機関出力のおかげですね。
戦艦オライオン(2万7千馬力) 主缶:混焼缶18基
巡洋戦艦ライオン(7万馬力) 主缶:混焼缶42基

フィッシャー提督の高笑いが聞こえてきそうだ・・・


411 :GF長官:2010/09/17(金) 21:02:19 ID:???
>>410の続き

艦影を確認すると、オライオンと同じく第一煙突の後ろに前部マストが設置
されていたため、排煙の影響が問題となった。

この時期の英国戦艦は第一煙突と前部マストの順序が、しょっちゅう入れ
替わっている(>>382)が、そこにはある事情がありまして、当時は第一煙突
と第二煙突の間に艦載艇を搭載していた。

艦載艇を運用する際には、甲板から海上に降ろしたり、逆に海面から引き
揚げたりするので、デリック(船上クレーン)が必要になる。
そこで前部マストをデリックの支柱と兼用させようという発想からこうなって
しまったのです。


412 :GF長官:2010/09/17(金) 21:17:05 ID:???
>>411の続き

[ライオン艦上配置]

                         射撃指揮所
                         ┏┓
                   デリック ┣┛ 
                  │\    ┃
          ■■     │ \   ┃  ■■
          ■■     │  \  ┃  ■■ ┏━━┓
          ■■     └   \ ┃  ■■ ┃   ┃
          ■■     □□□ \┃  ■■ ┃   ┃    上甲板
━━━━━━━■■━━━━━━━━┻━■■━┻━━┻━━━━━
           第二    艦載艇 前部  第一   艦橋     →艦首
           煙突          マスト  煙突


413 :GF長官:2010/09/17(金) 21:43:54 ID:???
>>412の続き

もし前部マストを第一煙突の前に置くと、デリック用の支柱を別に設置しなければ
ならない。効率性の観点からすれば、良い着眼だったかもしれません。

しかしその結果、どうなってしまったか。
上図からも明らかのように、射撃指揮所から見ると、足元に第一煙突がある。
その排煙をもろにかぶることになるわけです。
そればかりか、熱煙によってマストの昇降が不可能となり、信号旗が丸焼け
になってしまうなんてことさえ起きた。

これでは話にならないということで、竣工直後にドック入りし、前部マストを
第一煙突の前に移動する工事を行い、第一次大戦には間に合った。


414 :GF長官:2010/09/17(金) 21:46:00 ID:???
>>413の続き

めでたし、めでたし・・・とはならないところが、戦史の面白いところ。

ジュットランド海戦でライオンは英巡洋戦艦部隊旗艦となり、ビーティ中将が坐乗。
彼の指揮下には、第一・第二巡洋戦艦戦隊(インディファティガブル級とライオン級)と
第五戦艦戦隊(QE級)が入り、文字通り海戦の主役となるのですが、その緒戦に
おいては、艦隊行動に不手際があり、その隙をドイツの巡戦部隊につけこまれ、
僚艦を失うことになった。

その不手際の原因となったのが、旗艦に掲げられた信号旗が排煙のため、後続艦に
うまく伝わらなかったこと。

そう、前部マストを第一煙突の前に移動することによりライオン自身の射撃指揮は
問題なくなったが、後続艦からすると、旗艦のマスト直後に第一煙突があるため、
信号旗が視認しにくくなってしまったのです。

艦隊指揮の難しさは空母決戦でも同じですが、第一次大戦期ならでは光景だと
思いますね。


415 :GF長官:2010/09/17(金) 21:53:43 ID:???
>>413補足 工事終了後の様子です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:HMS_Princess_Royal_LOC_18244u.jpg
写真はプリンセス・ロイヤルですが、第一煙突の前にマストがあることが分かりますね。


416 :GF長官:2010/09/18(土) 19:12:31 ID:???
>>414の続き

巡洋戦艦タイガー(大正3年10月竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%AC%E3%83%BC_(%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6)
同型艦:なし

常備排水量   速力               兵装
28430トン   28ノット  13.5インチ砲×8門、6インチ砲×12門

ライオン級四番艦の予定だったが、金剛型の成功により急遽設計変更された(>>322
機関出力は8万5千馬力まで向上し、28ノットをたたき出している。


417 :GF長官:2010/09/18(土) 19:15:18 ID:???
>>416の続き

艦影を確認すると、タイガー級以降(戦艦ならQE級以降)、中央砲塔が無くなる。
それまでは煙突をはさんで、艦中央に主砲を一基置くのが定番だった。

[ライオン]
              C     B      A @
        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛        C     B  A       ┗┓
      ┃     =■ ○ =■ ○ ○ ■=■=  ┃ →
      ┗┓                         ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
(註)@とAは背負い式、
   ○は煙突(Aは第一煙突、Bは第二煙突、Cは第三煙突)

このように、ライオンでは第二煙突と第三煙突の間に第三砲塔(B)がある。


418 :GF長官:2010/09/18(土) 19:16:58 ID:???
>>417の続き

これは缶室の配置によるもので、

[ライオン缶室配置]

    C(第三煙突)    B(第二煙突) A(第一煙突)
━┳━━━┳━━┳━━━┳━━━┳━━┳━━━━━━━━━━
 ┃□□□┃ 三 ┃□□□┃□□□┃   ┃
 ┃□□□┃ 番 ┃□□□┃□□□┃□□┃
 ┣━━━┫ 砲 ┣━━━╋━━━┫□□┃               →艦首
 ┃□□□┃ 塔 ┃□□□┃□□□┃□□┃
 ┃□□□┃ B ┃□□□┃□□□┃   ┃
━┻━━━┻━━┻━━━┻━━━┻━━┻━━━━━━━━━━
  第四缶室    第三缶室 第二缶室 第一缶室

(註)□はボイラー(ライオンの缶数は42基>>410
第一缶室(6基)と第二缶室の前列4基の計10基が第一煙突(A)へ
第二缶室残り8基と第三缶室(12基)の計20基が第二煙突(B)へ
第四缶室(12基)が第三煙突(C)へ


419 :GF長官:2010/09/18(土) 19:19:28 ID:???
>>418の続き

少しややこしいですが、
要は巡洋戦艦が高速を出すためには多数のボイラーが必要。
しかし缶室が多くなると、煙路導設が複雑になるということ。

そこで金剛型ではボイラーをすべて艦中央部に集中させ、煙突もまとめた。
これで煙路構造が簡素になり、また集中防禦方式にとっても有利になった。
タイガーも採用。

[タイガー]
           C    B          A @
        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛           C B A         ┗┓
      ┃  =■   =■ ○ ○ ○  ■=■=  ┃ →
      ┗┓                         ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
(註)@とAは背負い式、
   ○は煙突(Aは第一煙突、Bは第二煙突、Cは第三煙突)


420 :GF長官:2010/09/18(土) 19:20:20 ID:???
>>419の続き

艦上構造物を見ても、非常にすっきりしていますよね。

巡洋戦艦タイガー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:HMS_Tiger_(1913).jpg

金剛型は第三砲塔(B)と第四砲塔(C)の間が大きく空いているのが特徴ですが、
あの空間には主機室がある。やがては機械室も中央部に移動し、近代軍艦の艦内
構造はほぼ完成となります。


421 :GF長官:2010/09/18(土) 19:36:10 ID:???
>>420訂正 うまくリンクしないのでこちらを。

巡洋戦艦タイガー
http://livedoor.2.blogimg.jp/irootoko_jr/imgs/3/d/3d56fd3e.jpg

金剛型とよく似ていますが、直立した艦首がいかにも英国風だなぁ。


422 :名無し三等兵:2010/09/19(日) 17:12:50 ID:???
>>396
>ドイツ怒涛の建艦攻勢により、英海軍は伝統の「二国標準主義」(>>358)を
「六割優越主義」(第二位より六割上回る海軍力を保有)に改めざるを得なかった。

戦艦だけを大雑把に比較
WW1開戦前に就役した弩級戦艦の隻数
英29隻 独17隻 米10隻
と二国標準(>>358の「世界第二位と第三位の二国を合計したのと同等」)を保っているように見えます。

WW1中に就役した弩級戦艦の隻数
ドイツ ケーニヒ級、デアフリンガー級、バイエルン級 計9隻
イギリス アイアンデューク2隻、カナダ、エリン、QE級とR級、タイガー、レナウン級 計17隻
アメリカ ネヴァダ級、ペンシルヴァニア級、ニューヨーク2隻 計6隻

と二国標準をやっぱり保っています。
イギリスとドイツの差は全然縮まってないように思えるのですがどうなのでしょうか?

423 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 02:24:38 ID:???
アンサイクロぺディアに南雲長官の項目が無いことに気づいた。
牟田口はあるというのに・・・・・・何故だ。

424 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 10:08:49 ID:???
ウィットに富んだジョークを書くにはセンスが必要なのさベイビィー?

425 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 10:34:26 ID:???
>>423
南雲忠一 アンサイクロぺディア素案(二型
実は世界史上最大の幸運な中二病のおじいさん。
中二病ラノベで出てくる奇想天外な設定の武器や兵器に匹敵する
空母機動部隊を自ら指揮するという運命を持ったヒーロー。
しかも栄光と挫折、両方をも経験することになったり、突然空母の操舵をしちゃったり、
大艦隊なのに、事故艦を一隻も出さない名艦隊運用(加賀たんは、ドジッ娘だったので(お察し下さい)
最後は悲劇的とはいえ、我が軍人生活に悔い無し!とラヲウ様のような最後ッ振り。
このような人生を歳も入った段階で巡り会うなど、まさに中二設定と言うしかない。
当時の海軍人事局には、先任順序以前に、既に中二ラノベが(禁則事項ですぅ)
それで海軍のホープであった小澤(この人も中二病ヒーロー・おもにクリリンタイプ)を差し置いたのではないか。
それにしても、中二ラノベには葛藤する主人公が多いことでも有名だが、
それは若い者に中心に描写されており、悩む主体が主に若者のキャラであることを意味する。
(例外有り注a)しかし、我らが南雲長官は、あの歳で「大丈夫かな」「換装どうしようかな」とか
僅か半年の間に何度も判断に悩む局面に立つ。まさにラノベの王道を行く司令官ではある。
最近のラノベ(2010現在)ではつるぺたしすたーやビリビリツンデレ女や無力化する腕を持つ男とか
全部ベクトル反射するガキやアマがぞろぞろ出てくるラノベが大人気!
しかし、敢えて言おう、そんなガキやアマ共の中二的葛藤などは(お察し下さい)であり
我らが長官の葛藤は、妹が20001名の内10031人殺されていてどうこうとかいう
レベルではないのだ。 艦をぶつけた、沈むーで艦と運命に共にする伝統の海軍の中
目前で世界最強を誇った空母三隻を撃破され、その地獄を見たときの長官の心は
まさにその瞬間、腹を切りたくなる衝撃に駆られたであろう。

426 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 10:35:42 ID:???
だが諸君、我らが永遠の中二ヒーロたる南雲長官はそうではない、
その屈辱の中生還を期し、山本五十六(アンサイクロぺディア先)の前で
「おめおめ生きて帰れるものではありませんが、ただ、復仇の一念で帰還した次第です」と
ラノベのヒーロに付く相方(黒子とか新井とか)の草鹿参謀長が涙ながらに訴えると、
山本五十六長官も実は永遠の中二病患者であったので「承知した」と第三艦隊を建制して、
指揮を執らせるという超萌える展開の為の部隊を用意したりと、
まさに、ここからも南雲長官=ラノベの主人公という構図が推測出来るのである。
―――ここまで
ちょっと書いてみた。序章素案はこんな感じかな。
それで少しづつ積み上げていけばルーデル閣下にも劣らぬ物が出来るに違いない。

427 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 10:37:30 ID:???
>>421
ではGF長官、本官は主隊スレより、
本スレ前衛部隊・長官は無能だよスレの指揮を執る為に帰還します。

428 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 17:08:52 ID:???
>>422
縮まっていないと書くと語弊があるな。
19世紀末からドイツ海軍の追い上げは目を見張るものがあると思う。
英独の海軍兵力の差は確かに縮まっただろう。
ただ、ドイツ怒涛の建艦攻勢によりイギリスは二国標準から六割優越に改めざるを得なかったって本当なの?

429 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 19:48:18 ID:???
まあ最盛期には一年に戦艦3隻と大巡1隻を建造してましたからねえ。
さすがにそのペースでの建造が続けられたのは3年間ですが、
それでも3年で12隻を揃えようというのだから、ドイツの底力恐るべしと言うところですな。

もっとも、それを上回るペースで自国向けの戦艦や巡戦を量産しつつ、
平行して輸出用の戦艦建造もこなす海洋帝国もありましたが。

430 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 20:22:53 ID:???
しかしド級戦艦建艦計画だけなら、仏露も半端無いですわな。

431 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 21:11:52 ID:???
>>422
過去レスの日本海軍は世界で第何位?と同じく、要は数え方の問題なんですわ。

前ド級も含めた現役の戦艦数でいうと、1905年の段階でこんな感じ。
この時点の英国は、確かに2位と3位を上回る戦艦数を保有しています。
英 独 仏 米 日
58 18 30 13 9

これが、1908年になるとこうなります。
独もさることながら、米国がわずか3年で戦力を倍増させてるんですな。
英 独 仏 米 日
61 26 32 26 13

さらに1911年。
ここで2国標準主義が崩れてしまいます。
英 独 仏 米 日
58 31 28 31 13

さらに海戦直前の1914年になるとこの差がさらに詰まってきます。
隻数的いえば、ドイツの猛追のせいで6割優越主義をなんとか満たしている情況ですね。
英 独 仏 米 日
70 43 29 33 16

実戦力でいえば英国の優位は明らかなのですが、隻数で見るとなかなか危険な状態だったのです。。

432 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 21:22:38 ID:???
>>431つづき

で、>>430のレスにもあるとおり、仏露も結構な規模の建艦計画を立てています。
当然、ドイツも既に建造した分だけでなく、ティルピッツ海軍大臣がイギリスに対抗する建艦計画を立てていました。
いわゆる海軍法に基づく建造計画なわけですが、戦前の時点での最終的な第三次改訂で、
戦艦の定数が41隻に大巡の定数が20隻の合計61隻もの主力艦を揃えようとしていたわけです。

フランスを抜いて第二位の規模を持つようになったアメリカの増強ぶりも考えると、
現状はともかく将来的にはイギリスが2国標準主義を維持する事が現実的ではなくなっていたんですな。
だってまともに遣り合おうとしたら100隻近い主力艦を揃えなきゃなりますから。

なもんで、イギリスは大戦前からドイツになんどか海軍の軍縮条約を呼びかけていたようですが、
ドイツ(というかティルピッツ)が、わが国の建艦計画は艦隊法という法律に基づいているから駄目!と断っていたそうです。
なんというかチキンレースという言葉がお似合いの意地の張り合いですなあ。

433 :名無し三等兵:2010/09/20(月) 21:39:23 ID:???
そいや、「六割優越主義」って日本では馴染みの無い言葉なのか?
googleで検索
"六割優越主義" 3件
"6割優越主義" 1件

なんでこんなに少ないんだ?
本当にそんな主義なんてあったのかと一瞬思ってしまったのは内緒だ。

434 :GF長官:2010/09/20(月) 21:48:56 ID:???
>>422 有難うございます。
すでに>>431にてお答え頂いておりますが、数え方により異なるみたいですね。

一応、出典はこちら。

「各国が建艦競争に邁進する中で、イギリスはそれまでの二国標準主義では戦艦の
建造が追いつかないことを悟り、世界第二位の海軍国(当時はドイツ)の兵力よりも
六割上回る戦力を保有するという六割優越主義へと海軍戦略を改めている。

第一次大戦が終わるまでに各国が建造した弩級・超弩級戦艦は、
イギリス(35)、ドイツ(21)、アメリカ(19)、日本(10)、フランスとロシア(7)、
イタリア(6)であった」                   (『世界の戦艦』世界文化社)


435 :GF長官:2010/09/20(月) 21:50:54 ID:???
>>434の続き

他に以下のサイトも参照されたし。

建艦思想に見る海上防衛論ーイギリス海軍編
http://www3.ocn.ne.jp/~y.hirama/yh_ronbun_kenkan_e_2.html

「しかし、 新興国ドイツのウイルヘルム二世が一八九八年、 次いで一九〇〇年に
『海軍法』を制定し大海軍の建設を始め、アメリカのローズヴエルト大統領も大海軍
の建造を始め二国標準主義の維持が困難となると、 イギリスは第二位の海軍に
対して六割の優越を確保する『六割優越主義』へと転換した」

ただ今回も本職自身は数えていたわけではありません(汗)
やっぱり横着いかんなぁ・・・


436 :GF長官:2010/09/20(月) 21:52:00 ID:???
>>423 言われてみれば・・・

>>424 本職は「坂井三郎」がお気に入りだったのですが、消えてしまった?

>>425-426 採用決定w とりあえず推薦文を用意しておきますね。
どうやら我が麾下将兵には中二病とやらが蔓延しているようだな。

>>427 武運長久

>>428 そうですね。
>19世紀末からドイツ海軍の追い上げは目を見張るものがあると思う。
あのイギリス海軍を相手に勝負しようとした心意気は立派!


437 :GF長官:2010/09/20(月) 21:53:52 ID:???
>>429 そうそう。
>平行して輸出用の戦艦建造もこなす海洋帝国もありましたが。
金剛なんか造ってる余裕はないはずなのに。

>>430 ノルマンディー級かな。
十年間で28隻建造計画なんて、八八艦隊もビックリだぜい。

>>431-432 毎度お世話になりっぱなしで・・・恩に着ります。

>>433 本職も、>>422のレスを読んで初めて「六割優越主義」を検索したのは内緒だ。


438 :GF長官:2010/09/20(月) 22:15:05 ID:???
>>421の続き

レナウン級は間に合わなかったので省略。

続いては、これを迎え撃つドイツ巡洋戦艦部隊。

巡洋戦艦フォン・デア・タン(明治44年2月20日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%B3_(%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6)
同型艦:なし

常備排水量   速力                    兵装
19370トン  24.8ノット  28センチ(11インチ)砲×8門、15センチ(5.9インチ)砲×10門

なんとも萌え萌えな艦名ですが、普仏戦争で活躍したバイエルン王国の歩兵大将が
その由来。陸軍の将軍名を採用するなんて、陸軍国らしいですな。


439 :GF長官:2010/09/20(月) 22:16:12 ID:???
>>438の続き

ドイツ海軍初の巡洋戦艦ですが、巡洋戦艦の特徴と言えば、
「戦艦に匹敵する火力」と「戦艦を凌駕する高速力」(>>306

同時期の戦艦はナッソー級(>>360)なので、未だ30.5センチ砲は未搭載。
ただ装甲巡洋艦時代(ブリュッヒャー)の21センチ砲からは大幅に強化(>>407参照)
機関にはいち早く蒸気タービンを採用。24.8ノットはインヴィンシブルと比べても遜色ない。

当時ドイツでは、大型艦用蒸気タービンを製造できたのはブルーム&フォス社だったため、
同社は「巡洋戦艦専門造船所」となった。
以降、モルトケ級、ザイドリッツ、デアフリンガーまで建造されている。


440 :GF長官:2010/09/20(月) 22:26:51 ID:???
>>439の続き

[フォン・デア・タン]

        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛       =■               ┗┓
      ┃  =■                  ■=  ┃ →
      ┗┓             ■=         ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛

砲塔は梯形配置ですが、インディファティガブル級(>>409)とは向きが反対。
ネプチューン級とカイザー級みたいだ(>>378
単に英国と同じが嫌だったからなのかもしれないな。

舷側装甲は25センチ(9.8インチ)で、インヴィンシブルの6インチとは大きな差がある。
25センチあれば、インヴィンシブルの12インチ砲弾にも耐えられそうですが、
6インチの装甲で防げるのは、せいぜい8インチ〜9インチ砲くらいか。

英巡洋戦艦は装甲巡洋艦相手なら有利に戦えるが、同じ巡洋戦艦が相手だと厳しい。
これは第一次大戦でも如実に現れます。


441 :GF長官:2010/09/21(火) 21:39:31 ID:???
>>440の続き

巡洋戦艦モルトケ級(明治44年9月30日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%B1%E7%B4%9A%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:ゲーベン

常備排水量   速力                    兵装
22979トン  25.5ノット  28センチ(11インチ)砲×10門、15センチ(5.9インチ)砲×12門

主砲が1基増え、後部甲板に背負い式に配置。
二番艦ゲーベンは地中海に派遣されていたため、海戦には参加せず。
舷側装甲は27センチ(10.6インチ)と更に強化されている。


442 :GF長官:2010/09/21(火) 21:41:26 ID:???
>>441の続き

巡洋戦艦ザイドリッツ級(大正2年5月22日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84_(%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6)
同型艦:なし

常備排水量   速力                    兵装
24988トン  26.5ノット  28センチ(11インチ)砲×10門、15センチ(5.9インチ)砲×12門

船首楼甲板の採用により、前級で問題になった凌波性が改善。
QE級(>>395)が重油専焼缶により25ノットを出しましたが、ザイドリッツは石炭専焼缶で
未だ混焼缶ですらない。重油と違って、石炭は機関兵が手作業で運ぶしかないですからね。

ドイツ海軍では混焼缶は搭載されず、次級のデアフリンガー級からは石炭専焼缶と
重油専焼缶の「併設」という形をとっています。


443 :GF長官:2010/09/21(火) 21:42:10 ID:???
>>442の続き

予備知識として、英独では砲塔の呼称が異なるで確認しておきます。

(英)前部砲塔→A・B・C
   中央砲塔→P、Q
   後部砲塔→X、Y、Z

[インディファティガブル]
                      P砲塔    A砲塔
        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛              ■=        ┗┓
      ┃  =■                  ■=  ┃ →
      ┗┓        =■              ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
         X砲塔     Q砲塔


444 :GF長官:2010/09/21(火) 21:43:17 ID:???
>>443の続き

(独)上から見て、艦首から時計回りにA、B、C・・・と名付ける。

[ザイドリッツ]
                  E砲塔        A砲塔
        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
      ┏┛         =■             ┗┓
      ┃  =■=■               ■=  ┃ →
      ┗┓              ■=        ┏┛
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
         D砲塔C砲塔     B砲塔
(註)CとDは背負い式

更に缶室や煙突も、艦尾から第一、第二、第三・・・と呼称する。
これはフレーム番号(>>155)をAP(艦尾)から付けるところから来ている。
ちなみに商船でも伝統的に艦尾から数えます。


445 :GF長官:2010/09/21(火) 21:44:23 ID:???
>>444の続き

巡洋戦艦デアフリンガー級(大正3年9月1日竣工)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC%E7%B4%9A%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6
同型艦:リュッツオー、ヒンデンブルク

常備排水量   速力                    兵装
26600トン  26.5ノット  30.5センチ(12インチ)砲×8門、15センチ(5.9インチ)砲×12門

主砲を30.5センチに強化。すべて首尾線上に並べ、前後ともに背負い式。
三番艦ヒンデンブルクは独主力艦最速の27ノットを記録するも、竣工は海戦後。
二番艦リュッツオーが独巡戦部隊旗艦を務めている。


446 :GF長官:2010/09/21(火) 21:44:56 ID:???
>>445の続き

これで主役は出揃った。
まもなく開演でございます。

本日の演目は、
「ディビット・ビーティの暴走」
「ジョン・ジュリコーの溜息」
「フランツ・ヒッパーの激動」
「ラインハルト・シェーアの動揺」
「南雲忠一の憂鬱」

豪華五本立てでお送りします。


447 :名無し三等兵:2010/09/22(水) 00:57:43 ID:???
>>446
5本目のジジイはイワシでも焼いてろw

448 :名無し三等兵:2010/09/22(水) 01:56:26 ID:???
こう、変に若者受けを狙おうとしてるが、ライトノベルってのはそうじゃねぇんだよな。
「南雲忠一の憂鬱」まぁこれをやりたかったんだろうから残すとして
他は
「D・B・コンバット」
「ジュリコー・ロジャー・トラベル 異次元騎士ジョンの冒険」
「FRANZHIPPER」
「帝国の守護者TheAdmiral of Hochseeflotte」
こんな所だな。

449 :名無し三等兵:2010/09/22(水) 19:01:53 ID:???
第503特殊戦 SFファン編隊13機が着艦を求めています。
長官、赤城は露天繁止有りですよね。

飛行隊長は武家少佐 編隊長は深井中尉

450 :GF長官:2010/09/22(水) 21:25:15 ID:???
>>447 ジジイ・・・ヒドスw 南雲長官は今日”だけ”主役ですよ!

>>448 ほほぅ、今の若者にはこういうのが受けるのか。メモメモっと。
ハルヒ原作ネタは、過去スレで出たのを思い出したもので。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/304

かくいう本職はラノベの類を読んだことがないので、ツッコまれるとお手上げだったりして。
一応「暴走」「溜息」「激動」「動揺」は、各提督の見せ場を表す言葉として選んでみました。
まぁ、なんでも、いいですけれど。

>>449 着艦よろし。横風に注意されたし。


451 :GF長官:2010/09/22(水) 22:22:47 ID:???
>>446の続き

これから海戦に入っていきますが、つい先日「脱線自重しろ」と指摘を承ったばかりなので、
本職の見解を申し上げておきます。

繰り返しになりますが、大事なところなので。
当スレの趣旨は、
「ミッドウェー海戦敗北の責任は、すべて南雲長官にある」
「しかし、南雲長官は無能指揮官でも空母戦術の素人でもない」
「それは空母戦史を検証すれば明らかに出来る」

例えば、兵装転換下令は誤った決断と言えますが、それをもって「南雲は空母戦術を
理解していなかった」と決め付けるのは、客観的な評価ではないと考えます。


452 :GF長官:2010/09/22(水) 22:24:17 ID:???
>>451の続き

そもそも「空母戦術の素人」と聞いて、疑問に思ったことはありませんか?
「何をもって素人と言うのか」と。

「無能指揮官」の方はよく分かります。
戦争に負ければ最高指揮官が非難されるのは当然のこと。彼らは職業軍人なのだから。

「かつての旧日本指導者たちは確かに無能であったろう。彼らは毎年莫大な経費をかけ、
それにふさわしい名誉と権限を与えられた”国防のプロ”なのであり、それが結果として
国を破滅させた以上は”無能者”と非難されても当然である」  (『虚構戦記研究読本』)

今日でもスポーツの世界では顕著であり、先のワールドカップで日本代表の岡田監督が
どう評価されたのか。その典型例と言えるでしょう。

故に、ミッドウェー敗戦をもって「南雲は無能」と評するのは筋が通っている。
(甚だ無責任な評価だとは思いますが)


453 :GF長官:2010/09/22(水) 22:25:48 ID:???
>>452の続き

問題は南雲長官を語る時、肩書きのように添えられる「生粋の水雷屋であり航空戦は
ズブの素人だった」の方です。
水上砲戦や水雷戦と空母戦との間には、それほど大きな隔たりがあるのだろうか。

逆に何をもって「空母戦術の専門家」と定めるのか。
空母の艦長や、航空戦隊司令官の経歴を指すのか。
それで小澤長官や山口・角田少将を「達人」と言って良いのか。

だいたい空母運用の経験値という観点ならば、ミッドウェー時点で南雲長官以上の
提督が居たとは思えない。開戦から半年、6隻もの空母を率いて連合国軍艦艇を
沈めまくったのに「ズブの素人」とは、不自然だと思いませんか。

米英蘭豪軍はド素人相手にボロ負けしたのか?


454 :GF長官:2010/09/22(水) 22:27:14 ID:???
>>453の続き

「それがいつの間にか南雲が関係なくなり、空母戦史となり更には空母すら関係なくなっていく」(>>369
とありますが、印度洋機動作戦編の後、ミッドウェー海戦編にはいかず、珊瑚海海戦編を
はさんだのは、「空母戦とはどのような戦闘なのか」を確認するためでした。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1222691768/588

索敵や攻撃隊編成、防空戦闘に補給等、具体的にどのように運用され、何が課題となるのか。
例えば、「電探が間に合っていれば、ミッドウェーでの被爆は防げた」と言われますが、
条件に恵まれていた米空母の戦闘経過を検証すると、そう単純な話ではないことが、
確認できたと思います。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1253350314/421


455 :GF長官:2010/09/22(水) 22:28:36 ID:???
>>454の続き

それともう一つは、冒頭の疑問に対する答えを見つけるためです。
珊瑚海海戦編冒頭では、こう記しました。

「よって、本編の主題は「原少将と南雲中将の比較」としたい。
つまり、ミッドウェー海戦での南雲長官の指揮は、当時の帝国海軍の常識から
いって標準的だったのか、あるいは非難すべきものだったのか。評価する上で
参考になると思います」
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1222691768/589

原少将も南雲長官と同じく水雷出身。開戦からの経験もほぼ同じ。
二人の間に優劣の差があるならば、それは経歴によるものではなく、個人の
資質の問題です。

珊瑚海海戦編はまだ終わってはいませんが、あとは退却戦を残すのみなので、
結論を先に述べますと、
「指揮官の経歴と空母戦術の理解との間に、相関関係は見られない」。


456 :GF長官:2010/09/22(水) 22:29:45 ID:???
>>455の続き

例を挙げてみましょう。

テンプレでは「索敵軽視」を採り上げています(>>11-13
珊瑚海海戦二日目、5月8日朝の索敵計画は「七線一段索敵」。しかも、
「索敵機数を減らして、可能な限り攻撃兵力を確保したい」との思想からすれば
「索敵軽視」そのものです。

しかし原少将に対するそのような批判は、本職は寡聞にして知らない。
ではなぜ、ミッドウェーの南雲長官は同じ理由で叩かれるのか。
こう考えると、結果論以外の何ものでもない、とは思いませんか?

更に一歩進めると、「空母戦術」の定義そのものが非常に曖昧であることが
見えてくる。


457 :GF長官:2010/09/22(水) 22:30:56 ID:???
>>456の続き

珊瑚海海戦編を通して、大きな収穫だったと感じるのは、
MO作戦総指揮官:井上成美中将、MO機動部隊指揮官:高木武雄中将。
彼らは南雲や原以上に「航空戦の素人」であるはずですが、その作戦指導は
意外なことに(?)とても理に適っている。

井上長官はこちら。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/509-510
高木中将はこちら。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1228736921/100-102
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/666-667


458 :GF長官:2010/09/22(水) 22:32:31 ID:???
>>457の続き

本職も最初は、「新軍備計画論」の井上長官はまだしも、高木中将なんて
空母戦の「く」の字も分かっちゃいないだろう・・・となめ切っていました。
ところがどっこい、高木中将の情勢判断(特に一日目)は完璧と言ってよい。
フレッチャー少将の意図を正確に見抜いていました。
南雲長官の代わりに一航艦長官で良かったんじゃね?と思うくらい。

これまた繰り返しですが、「理に適っている」とは「決断が正しかった」ではない。
決断を誤った場合でも、「空母戦術の理解不足」に起因するものではないということ。

どうです?
空母戦術とか、専門家とか、素人とか、その基準が分からなくなって来ませんか。

小澤や多聞や角田は空母戦のプロで、
南雲や原や井上はド素人。
このような”提督仕分け”は、そろそろ改める時期に来ているのではないでしょうか。


459 :GF長官:2010/09/22(水) 22:34:03 ID:???
>>458の続き

さて本題のジュットランド海戦ですが、以前角田求士の言葉を引用したことがあります。

「水雷屋であろうが、飛行機屋であろうが、戦術機略というものには、かならず
共通分母があるはずだ。 とっさの決断力というか、これはもう理屈じゃない。
例えばの話ですよ。飛行機専門の者にしか理解できない戦術論などという
摩訶不思議なものがあるだろうか」
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/army/1218288706/406-407

この中で「共通分母」に注目されたし。

珊瑚海海戦編により、空母戦の実態について理解が深まったと思います。
そこで次に、航空機の関与しない純粋な水上砲戦による艦隊決戦と比較
することにより、最高指揮官に必須の「共通分母」を見つけたい。
そして、南雲長官の作戦指導を評価する時の材料とする。

これが、「ジュットランド海戦の章」を始めた動機です。


460 :GF長官:2010/09/22(水) 22:35:18 ID:???
>>459の続き

本海戦について、名前は知っていても詳しい経過は知らないという方が結構多い
のではないでしょうか(本職もその一人)

また、登場人物は馴染みに薄い(?)英独の提督なので、余計な先入観を挟まずに
論評できるのではないかと思っています。
例によって、「なりきって」考えて頂ければ幸いかと。

以上、決して”いつの間にか”南雲長官と関係なくなったのでもなければ、
”気まぐれに”寄り道しているのでもないことも合わせて、しばらくは本職の
わがままにお付き合い下さい。

最後に、南雲長官ごめんなさい。
提督の出番は今日だけ。
次回は、まだまだまだまだ・・・先です。

第一部「南雲忠一の憂鬱」(完)


461 :名無し三等兵:2010/09/22(水) 22:47:35 ID:???
>>452
勝ち戦の場合、号令かけただけで名将扱い

燃えるような髪と眼をした女の子が戦う小説でそんな事が書いてあった希ガス

重要なのは勝ち負けで、勝てばその内容や人格が絶賛され、負ければ内容どころか人格まで否定されるってことか。
単純だな。

>逆に何をもって「空母戦術の専門家」と定めるのか。
権威ある作家様に「こいつは空母戦術の専門家だ」と書いてくれること。
作家様の胸三寸で定まる、なわけないか。

462 :名無し三等兵:2010/09/23(木) 00:00:51 ID:???
意外とお仲間が多いな、このスレ。

問題は判断って何? という事が結果論に傾くと次の判断に影響することなんだよな。

463 :名無し三等兵:2010/09/23(木) 00:28:37 ID:???
>沈めまくったのに「ズブの素人」とは、不自然だと思いませんか。
>米英蘭豪軍はド素人相手にボロ負けしたのか?

戦果を挙げる パイロットのおかげ。参謀か何かのおかげ。南雲以外のおかげ。
損失・失敗する 南雲のせい。

ってことだよww
言わせんな恥ずかしいww

464 :名無し三等兵:2010/09/23(木) 11:32:18 ID:???
>>450
ハルヒの陰謀が圧巻。消失が南雲長官なら、陰謀は草鹿参謀長

465 :名無し三等兵:2010/09/23(木) 11:37:12 ID:???
>>458
あの時期では、最初に誰が1AF長官の椅子に座ったか否かが全てでしょう。
全て新しい軍事技術の経験になりますし。

ゆえに、もし、先任順序が無く、小澤長官が1AFになってても、同じような経緯を辿ると思います。
繰り返しますが、あの頃は空母戦は未知数、どのくらい場数を踏んだかだろうです。

ですので、小澤長官が南太平洋海戦が終わった後に三艦隊に着任したこと自体が
もう彼の不幸だったわけです。 MIですら部内秘、さてそれまでの第三艦隊のノウハウはちゃんと
小澤とそのスタッフに伝わったか伝承されたか、戦訓は? そう言う問題なのです。
つまり私は、日本の組織論に求めるものです

466 :名無し三等兵:2010/09/23(木) 15:48:12 ID:???
奇遇だな。
実は俺もアメリカの機動部隊の司令が変わる時、ノウハウはちゃんと次の司令とそのスタッフに伝承されたか、戦訓はどうか、
というのが気になっていたんだ。
いやね、「こういうノウハウや戦訓を受けついだ」というはっきりしたものを見て無いからさ。
疑問なわけよw

467 :名無し三等兵:2010/09/23(木) 19:19:30 ID:???
そんなモン

「大和魂で乗り切れ」
だろw

468 :名無し三等兵:2010/09/24(金) 04:59:18 ID:???
>>466
米軍はコンバットレポートを提出するんだよ。

469 :名無し三等兵:2010/09/24(金) 05:03:11 ID:???
>>486
それがちゃんと受け継がれたかどうかはわからない。
つまり、私はアメリカの組織論に求めるものです。

470 :名無し三等兵:2010/09/24(金) 05:05:13 ID:???
ニミッツの大海戦でも読めよ

471 :GF長官:2010/09/24(金) 21:34:55 ID:???
>>461 勝ち戦の指揮は楽しそうですなぁ。
>勝ち戦の場合、号令かけただけで名将扱い
西方電撃戦でも、

「だが独軍戦車部隊の進撃はあまりにもめざましかった。OKW(国防軍総司令部)
でも、陸軍参謀本部でも、更には前線の方面軍司令部でも、参謀たちの仕事と言えば、
ただ地図に引っ張った矢印の先端を作戦計画通りに書きのばすだけである。
”軍人として、どうしてかかる爽快な戦さを中断できましょうか”」
                    (『第二次世界大戦 ヒトラーの戦い』児島襄/著)

これなら誰でも名将になれそうだ。


472 :GF長官:2010/09/24(金) 21:36:09 ID:???
>>462 そうですね。まぁ、たいそうなことを書きましたが、「共通分母」の答えは
もう見つかっています。それは「正確な情勢判断」と「迅速な決断」。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/667
これ以外には無いでしょう。

今回重視しているのは「迅速な決断」の方。
無論、水上砲戦においても不可欠であり、むしろ空母戦に比べて彼我の距離が
近接している分、より重要だと言えます。

問題は空母戦に求められる”迅速性”と質的に異なる何かがあるのか。
「飛行機専門の者にしか理解できない戦術論」(>>459)なるものが存在するのか。
このあたりを探っていきたいですね。


473 :GF長官:2010/09/24(金) 21:37:51 ID:???
>>472の続き

「空母戦の要諦は先制空襲。敵よりも早く発見し、先に攻撃隊を出した方が主導権を握れる」

本職も異論はありません。
だが、これをそのまま6月5日0530時にあてはめて論じて良いものなのか。

即時発進を具申した多聞は、空母戦術を正しく理解しており、
それを却下した南雲は何も分かっていない素人。
こんな単純な二元論が通用するものだろうか。

全くの異分野であるジュットランド海戦から、何かヒントが見つかるかもしれません。

>>463 そんな恥ずかしいことをわざわざ発言しなくても・・・


474 :GF長官:2010/09/24(金) 21:38:50 ID:???
>>464 有難うございます。本職も読書が趣味ですが、結構食わず嫌いなんですよねぇ。
だいたい種類が多すぎて何から始めたらいいか分からないし。
今度読んでみようかな。

>>465-466 そのあたりはどうなんですかねぇ。
日米とも戦闘詳報(アクションレポート)には戦訓考察の項目があります。
中央に提出された後、関係部署に回覧されることとかあるんだろうか。

>>467 大和魂に不可能はない。わっはっはっ  新・烈風斬!


475 :GF長官:2010/09/24(金) 22:01:05 ID:???
>>460の続き

大正3年6月28日サラエボ
一発の銃声がすべての始まりだったー

当初「この戦争はクリスマスまでに終わるよ」フラグが乱立したため、事態は長期化。
欧州全土を巻き込む世界大戦へと発展する。

北海を隔てた二大海軍国・英独双方の戦略は明確に定まっていました。
まず英国側は、

「戦争勃発以来、英国海軍の戦略は
”制海権の維持こそドイツ海軍を打ち破るよりも大切である”という認識の上に
正しく組み立てられていた。
なぜなら英国の存立そのものが、これに依存していたからである」
             (『第一次世界大戦』リデル・ハート/著、上村達雄/訳)


476 :GF長官:2010/09/24(金) 22:02:13 ID:???
>>475の続き

う〜む、実に単純明快。
独海軍の撃滅は二次的なものであり、それを果たすために英艦隊が損害を被り、
戦略上の優位を失うようなことがあってはならない。。

見敵必殺・艦隊決戦至上主義の提督たちからは、不満の声が聞こえてきそうですが、

「戦争の政治的目的が積極的であれ、 消極的であれ、 いかなる環境の下においても、
海洋国は敵艦隊に対して攻勢的行動によって有効な制海を維持することなしに、 その
防衛を達成することも攻撃を充分に展開することもできない」


477 :GF長官:2010/09/24(金) 22:03:58 ID:???
>>476の続き

対する独国側はと言うと、

「1914年8月以来のドイツ海軍の戦略上の狙いは、英国艦隊を弱体化して、成功の
見込みが曇りから晴れに転するまでは決定的な行動に出るのは避けることであった」

こちらも明快ですね。
英国艦隊を漸減して、対等になるまでは決戦しない。

いくら急成長したと雖も、なお「六割優勢」の英国海軍に正面からぶつかるのは得策
ではない。かと言って、ヴィルヘルムスハーフェンにこもっているだけなら海軍増強
した意味がない。

さて、独海軍の次なる手とは。


478 :名無し三等兵:2010/09/25(土) 05:17:24 ID:???
>>465
前段と後段に論理的な整合性が無いように思われます。

>あの時期では、最初に誰が1AF長官の椅子に座ったか否かが全てでしょう。
この論理であるならば、指揮官だけでなく参謀も該当するはずです。

>MIですら部内秘、さてそれまでの第三艦隊のノウハウはちゃんと
小澤とそのスタッフに伝わったか伝承されたか、戦訓は?
MI以前と以後では全参謀が入れ替わりました。
つまり“決心”をする上司だけが残り、“実務”を担当する部下が全て替わった訳です。
つまり上記の「ノウハウ」がMI前後で断絶したとも言えるわけですが、
新編された第3艦隊は第二次ソロモン、南太平洋と二度の空母戦を遂行しています。
なお、新戦策の策定をはじめ新参謀陣をリードした長井作戦参謀はことあるごとに
「ミッドウェーの戦訓です!」
と強調し、南雲長官、草鹿参謀長は感情の面で難儀した、という話もあります。
そしてその長井参謀は小澤長官着任後も参謀として留まり、
両長官の元で第一機動艦隊編成に至る各種研究に直接関与しています。
当然これらには第二次ソロモン、南太平洋海戦の研究会も含まれます。
そして長井参謀が第一機動艦隊から異動するのは豊田GF司令部立ち上げ時です。
以上、長井参謀を中心に考察してみましたが、
「第三艦隊のノウハウ」が断絶したと言う事実は認められない、と思量いたします。

479 :名無し三等兵:2010/09/25(土) 06:02:06 ID:???
>>478
あっさり否定されたが、その考察を支持します。
>>465は私の知識不足でした。

480 :名無し三等兵:2010/09/25(土) 09:09:10 ID:???
>>478
一点だけつっこむと、MI後に全参謀が入れ替わったわけではなく、航空乙参謀だけは留任しとるよ。
航空乙参謀がMI後の母艦航空隊の戦法の基礎を作ったとも通信参謀が回想してるんで、
MI前後でもノウハウの断絶は発生していないとも言えるわな。

話はずれるけど、ノウハウの断絶ということなら海軍乙事件前後のGF司令部でこそ発生してたかもね。
司令部参謀連の大半が一挙に失われ、資料的な引継ぎはともかく人的な引継ぎができなくなってるし。
古賀長官に主席参謀を努め、その後他所に出た高田大佐が、司令部再編時に主席参謀として再度呼ばれてるあたり、
ノウハウの継承に苦労してるように見受けられない事もない。

481 :名無し三等兵:2010/09/25(土) 18:08:01 ID:???
何れにせよ、最高司令官は余り前線に来て欲しくはないね。
前線で余計な仕事が増えるだけ

482 :GF長官:2010/09/25(土) 18:12:41 ID:???
>>478 そうだったのか。有難うございます。
>長井作戦参謀はことあるごとに「ミッドウェーの戦訓です!」
>と強調し、南雲長官、草鹿参謀長は感情の面で難儀した
第三艦隊の参謀としては最も気にかかるところですよね。

>>480 航空乙参謀というと吉岡忠一少佐かな。
ミッドウェーでは源田甲参謀が病欠していた分、「最もミッドウェーを知る男」と言えるかも。


483 :名無し三等兵:2010/09/25(土) 18:31:06 ID:???
>さて、独海軍の次なる手とは。

独海軍「英海軍の戦力を分散させる→英海軍の正面戦力減少→うはwww俺勝てるしwww」
の話でもやるのだろうか。
違うだろうな。

484 :GF長官:2010/09/25(土) 18:36:57 ID:???
>>477の続き

ここでも中心となるのは巡洋戦艦部隊です。

「大正5年5月ジュットランド英独海戦において、独逸大海艦隊の作戦方針は、
英国艦隊を誘出してその出撃の機会を捉え、潜水艦をもって漸減作戦を企図し、
飛行船・飛行機・潜水艦及び通信情報によって敵情を偵知し、敵を分撃しうる
機会を捉え、我は全力を集中して敵艦隊を漸減し、彼我の勢力おおむね均等と
なったならば、決然海上決戦に移らんとするもので、偵察部隊の根幹を巡洋
戦艦とした」                           (『海軍軍戦備(1)』)

おや?どこかで聞いたような話だな・・・
劣勢の海軍が優勢な敵国と戦うには、こうならざるを得ないのかもしれませんね。


485 :GF長官:2010/09/25(土) 18:38:27 ID:???
>>484の続き

ここで重要なのは「英国艦隊を誘出して」の部分。
誘い出すには”エサ”が必要です。日本海軍の漸減邀撃作戦では比島攻略が
それに当たりますが、独海軍は何を選んだのか。

「この前提である”敵の弱体化”を図るための手段としてドイツ海軍が頼ったのは
機雷と魚雷であった」                    (『第一次世界大戦』)

日露戦役において、戦艦八島・初瀬が触雷沈没したのは記憶に新しいところ。
具体的には、
高速の独巡洋戦艦部隊が英本土東岸を砲撃
→邀撃のため英艦隊が出撃
→待ち伏せしている独軽快部隊(水雷戦隊)、潜水艦が襲撃
 (あるいは機雷源に誘致)

これを繰り返すことによってグランドフリートの弱体化を狙った。


486 :GF長官:2010/09/25(土) 18:39:19 ID:???
>>485の続き

もちろん、英側もそれを十分に警戒しており、

「1914年10月14日付、海軍本部宛の手紙の中で、ジュリコーは予言的な
洞察力を示して次のような警告を発していた。

すなわちもし戦闘となって、ドイツ戦闘艦隊が向きを変えて逃げるような場合、
それはこちらを機雷やUボートの待ち伏せに誘い込もうとするしるしであり、
そのような誘いに乗ぜられることなく、側面に速やかに移動する必要がある、と。

この計算は、ジュリコーがおのれの戦闘理論を徹底的に考え抜いたことを
示している」

しかし実行に移す段階になると、なかなかうまく行かないのが世の常と言えます。


487 :名無し三等兵:2010/09/25(土) 18:48:56 ID:???
実際艦艇に乗り組んでいる乗員は、そうはいかんだろうしねえ。
一度や二度は「罠だ規定方針通りうち切る」でも
何度も続けば……司令官、はては艦長以下をおさえきれなくなるだろう

488 :GF長官:2010/09/25(土) 19:06:43 ID:???
[北海要図]
    ■スカパ・フロー
□□    ←モーレイ・ファース
□□□□                                    スカゲラック海峡
□■インヴァーゴードン
□□□□□□
□□□□■アバディーン                                  □□ ユ
□□□                                             □□ ト
□■ロサイス                                         □□ ラ
□   ←ファース・オブ・フォース                         □  □□ ン
□□□                                   ホーンリーフ  □□ ド
□□□□□□                                         □□ 半
□□□□□□□                                       □□ 島
□□□□□□■ハートルプール                             □□
□□□□□□■ウィットビー                    ヘルゴランド島  □□
□□□□□□□■スカボロー        □                ■    □□
□□□□□□□□□         ドッガー・バンク                 □□
□□□□□□□□□                                □□□□□
□□□□□□□□□□                            □■□□□□□
□□□□□□□□□□■ヤーマス                  □□(ヴィルヘルムスハーフェン)
□□□□□□□□□□■ローズトフト               □□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□                       □□□□□□□□□□□
□□□□□□□□■ハリッジ                 □□□□□□□□□□□□□
(ロンドン)■□□                    □□□□□□□□□□□□□□□□


489 :GF長官:2010/09/25(土) 19:23:27 ID:???
>>488の続き

分かりにくくて申し訳ないですが、各自地図帳で確認されたし。

左側が英本土、■は主要港や、独海軍の砲撃目標となった都市です。
←の○○ファースは○○湾(入り江)

ドッガーバンクは英本土東方にある浅瀬(航行に支障はない)
ホーンリーフ独艦隊の主要水路


490 :GF長官:2010/09/25(土) 19:26:33 ID:???
>>481 同意。実質ジュットランド海戦が最後かな。

>>483 いよぅ、名参謀!

>>487 そうですよね。
側面に回る間に取り逃がしたら、それはそれで叩かれるだろうし。


491 :GF長官:2010/09/29(水) 21:33:29 ID:???
>>489の続き

両軍の巡洋戦艦部隊指揮官を紹介しておきましょう。

(英)サー・ディヴィッド・ビーティ中将
http://en.wikipedia.org/wiki/David_Beatty,_1st_Earl_Beatty

wikiは英語版しかなかったので、とりあえず写真だけでも。

「大艦隊の中にあって大戦勃発以来、巡洋戦艦部隊を率いるビーティ中将
(当時45才)は、”ダッシング・アドミラル”と評される歴戦の猛将で、アイル
ランド出身であったが、見敵必戦の伝統的な英国精神を持っていた。

日々の訓練に熱心なジュリコーと違い、実戦で率先垂範して勲功を立てる
タイプで、出世も早かったが、経験不足から状況にそぐわない命令を下す
ことがあった」(『ジャットランド海戦の真実』高木宏之/著)丸2006年7月号

(註)ダッシング(dushing)とは、「粉々に打ち砕く」の意。


492 :GF長官:2010/09/29(水) 21:34:42 ID:???
>>491の続き

ビーティ提督は開戦時少将だったが、三個巡戦戦隊を指揮するため、少将
としての先任期間不足のまま臨時処置により中将位を与えられている。
そう言えば、某将軍様の後継者も軍籍数年で「大将」に昇進したらしいですが。

英海軍内でも「ネルソンの再来」との呼び声が高かったとか。
ちなみに写真でお分かりの通り、帽子をアミダにかぶる独特のスタイルは
日本海軍の中でも人気があったと聞きます。
八つボタンの軍装で六つボタンしかつけないとか、”やんちゃ坊主”みたいな
感じですねぇ。


493 :GF長官:2010/09/29(水) 21:36:04 ID:???
>>492の続き

麾下兵力は、

巡洋戦艦部隊(ビーティ中将)旗艦「ライオン」
第一巡洋戦艦戦隊(ブロック少将)「プリンセス・ロイヤル」「クイーン・メリー」「タイガー」
第二巡洋戦艦戦隊(パクナム少将)「インディファティガブル」「ニュージーランド」「オーストラリア」
第三巡洋戦艦戦隊(フッド少将)「インヴィンシブル」「インドミタブル」「インフレキシブル」
第五戦艦戦隊(トーマス少将)「クイーン・エリザベス」「バーラム」「ヴァリアント」「ウォースパイト」「マレーヤ」

(註)編制は海戦により異なる。他に軽巡・水雷戦隊が加わる。

巡洋戦艦全力10隻と高速戦艦QE級5隻!
これだけの艦隊を指揮できるなんて、南雲機動部隊に匹敵する魅力ですな。


494 :GF長官:2010/09/29(水) 21:37:22 ID:???
>>493の続き

(独)フランツ・フォン・ヒッパー中将
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BC

「公海艦隊の中にあって、大戦勃発以来、第一偵察隊を率いるヒッパー中将
(当時52才)は冷静沈着な闘将であり、1914年12月ヨークシャー沿岸砲撃
では、帰路待ち伏せていたビーティの部隊を巧みにかわして無事帰還し、
翌月のドッガーバンク海戦では、乗艦していたザイドリッツが間一髪のところで
爆沈をまぬがれるなど、強運も持ち合わせていた」

対照的に、こちらは質実剛健な人柄がうかがえる。
ヒッパー提督は海大にも進まず、エリートコースである海軍省勤めもなく、専ら
海上勤務一筋の、たたき上げの実戦指揮官だったようです。


495 :GF長官:2010/09/29(水) 21:38:07 ID:???
>>494の続き

麾下兵力は、

巡洋戦艦部隊(ヒッパー中将)旗艦「リュッツオー」
第一偵察部隊(直率)「デアフリンガー」「ザイドリッツ」「モルトケ」「フォン・デア・タン」

軽巡・水雷戦隊が随伴するのは同様です。
兵力で比較すると、英側が優勢であるのは明らかですね。
ビーティ中将は「史上最大の海戦」で、それを十分に活かせるのでしょうか。


496 :GF長官:2010/09/30(木) 21:26:54 ID:???
>>495の続き

開戦からジュットランド海戦までの間には、いくつかの海戦が生じている。

ゲーベン追跡戦(大正3年8月3日〜6日 地中海)

サラエボ事件は6月28日ですが(>>475)、”THE GREAT WAR”が始まったのは、
7月末からの「激動の一週間」でした。

7月23日 墺、セルビアに最後通牒
7月25日 セルビア、最後通牒を拒否・動員令
7月28日 墺、セルビアに宣戦布告
7月29日 露、部分動員令
7月30日 墺、総動員令
       露、総動員令
7月31日 独、露に動員解除要求
       独、仏に中立維持要求
       仏、要求を拒否・総動員令
8月1日  独、総動員令
8月2日  独、露に宣戦布告
8月3日  独・仏、互いに宣戦布告
8月4日  独、ベルギーに進攻開始
       英、独に宣戦布告
       日・米、局外中立宣言
8月5日  独、英に宣戦布告
8月6日  墺、露に宣戦布告
8月13日 仏、墺に国交断絶通告
8月15日 英、墺に宣戦布告
       日、独に最後通牒
8月23日 墺、英仏に戦線布告
       日、独に宣戦布告


497 :GF長官:2010/09/30(木) 21:28:16 ID:???
>>496の続き

この混乱の真っ只中で起きたのが、ゲーベン追跡戦。
双方の指揮官とも、母国の政治的な動きに翻弄されることになる。

ゲーベンは独モルトケ級巡洋戦艦二番艦(>>441
オーストリアがセルビアに宣戦布告した7月28日、ゲーベンは地中海に派遣されており、
ポーラでボイラーを修理中だった。

(註)ポーラはアドリア海沿岸のオーストリア軍港(現クロアチア)
アドリア海の一番奥にあります。ネウロイの本拠地・・・じゃなかった、ネオ・・・これも違った、
ヴェネツィアの近くと考えれば良いでしょう。


498 :GF長官:2010/09/30(木) 21:29:02 ID:???
>>497の続き

独地中海艦隊(ヴィルヘルム・スション少将)
巡洋戦艦「ゲーベン」
装甲巡洋艦「ブレスラウ」

英地中海艦隊(アーチボルト・ミルヒ中将)
巡洋戦艦「インディファティガブル」「インドミタブル」「インフレキシブル」
装甲巡洋艦(トルーブリッジ少将)「ディフェンス」「ブラックプリンス」「ウォーリア」「デューク・オブ・エジンバラ」
軽巡洋艦「グロスター」「チャタム」「ダブリン」「ウェイマス」
駆逐艦13隻

スション少将にしてみれば、ぐずぐずしていると、英艦隊にオトラント海峡を封鎖されて
身動きがとれなくなってしまう。直ちに修理を切り上げて出港、アドリア海脱出を図ります。


499 :GF長官:2010/09/30(木) 21:42:04 ID:???
[地中海要図]
                      トリエステ
□□□□□□□□□□■□□□□□■□□□□□□
□□□□□□□□ ヴェネツィア     □□□□□□
□□□□□□□              □□□□□□□
□□□□□□□          ポーラ■□□□□□□□
□□□□□□□□                □□□□□□
□□□□□□□□□                □□□□□□□
□□□□□□□□□□    アドリア海       □□□□□□□
 □□□□□□□□□□                  □□□□□□□
  □ (イタリア半島)  □                   □□□□□□□
    □□□□□□□□□□                  □□□□□□□
      □□□□□□□□□□                 □□□□□□
        □□□□□□□□□□                 □□□□□
          □□□□□□□□□□                □□□□
ティレニア海   □□□□□□□□□□                 □□□
            □□□□□■□□□□                  □
           □□□□ タラント □□□□      オトラント海峡
          □□□□         □□□□
         □□□□            □□■ブリンティジ
        □□□□□□           □□□
 メッシナ □□□□□□
□□□■ □□□□
□□□□ □□□
□□□                 イオニア海
 シチリア島

   ■マルタ島


500 :名無し三等兵:2010/09/30(木) 21:59:58 ID:???
この状況を最後まで傍観していた英国が
その艦隊を見逃してしまったことが
トルコの参戦を招く原因を作ってしまった訳で、
トルコはその艦艇のために同盟軍側に立って参戦せざる得なくなった。

501 :名無し三等兵:2010/09/30(木) 22:27:27 ID:???
たかが大型艦2隻のせいで参戦か。
すげーなーw

502 :GF長官:2010/09/30(木) 22:32:53 ID:???
>>498訂正
ブレスラウは「装甲巡洋艦」ではなく、「軽巡洋艦」です。


503 :名無し三等兵:2010/09/30(木) 22:37:34 ID:???
>>501
いやマジな話しなんだよ。<トルコは迷ってた。

504 :名無し三等兵:2010/09/30(木) 23:36:51 ID:???
たかが2隻の大型艦で参戦とは軽いもんだな。
それで黒海の制海権を得ると思っていたのだろうか。
仮に黒海を得たとしても、中東戦線やコーカサス戦線で負けちゃ意味無いし、
仮にそこで勝利できていたとしても欧州の東部戦線や西部戦線で独墺が負けちゃ意味が無い。

国の行く末を決める決断の判断材料の決め手が2隻の船ねえ。
トルコの考えていることはよくわからん。

505 :名無し三等兵:2010/09/30(木) 23:53:04 ID:???
たった2隻の空母の就役時期に開戦時期が影響を受けた国もありますがね。
まあWWUのカタパルト作戦もあれだけど、こういう時に限って英国の対応が不味いのがなあ。

506 :名無し三等兵:2010/10/01(金) 02:51:11 ID:???
いずれにせよWWIIにはなるが、独戦艦二隻が英国本国艦隊を英本土に貼り付けさせたのはスゴいと思う。

507 :名無し三等兵:2010/10/01(金) 19:07:50 ID:???
英本国艦隊が英本土に張り付くのは、当然の話なんだけどな。
第2次大戦中にドイツ戦艦の抑えとして、本国艦隊に有力艦が何隻か回された時期もあるけど、
一時期を除けば、数的にも質的にも、英国海軍の主力は本国艦隊よりも地中海艦隊だでね。

508 :GF長官:2010/10/01(金) 20:38:26 ID:???
>>500 その結果、「トルコを英国に刃向かわせた男だ」とチャーチルは海相をクビに・・・

>>501 ドイツ軍艦の存在感は異常、ですよね。第二次大戦でも→>>506

>>503 一応、開戦前には独との密約が結ばれていたそうですが、当初は中立でしたし。

>>504 ロシアと手を組みたくなかっただけかも。

>>505 五航戦はやれば出来る子。

>>507 そうですね。英海軍にとって地中海艦隊は最重要部隊であり、その司令長官は
ポスト大艦隊長官の地位だったようです。日本なら第二艦隊に相当するかな。


509 :GF長官:2010/10/01(金) 21:32:55 ID:???
>>498の続き

地中海における独海軍の立場は非常に弱いものです。
同盟国であるオーストリアの軍港を”間借り”する程度のことしか出来ない。

対する英海軍は、大西洋への出口であるジブラルタル、中央部の要衝マルタ島、
そしてスエズ運河の入り口ポートサイドをおさえ、十分な支援態勢が整っている。

スション提督が出港を急いだのもうなずけますね。
彼がまず行ったことは「補給」です。
腹が減っては戦さにならぬー作戦行動中の指揮官を悩ませることは、すでに
何度か確認していますが、更に厄介なことにはゲーベンは石炭専焼缶だった。
すなわち、補給すべき燃料は石炭なのです。

重油ならばバルブをひねるだけで良いですが、石炭の補給(載炭)は人力に
頼らなければならない。乗員総出で、炭塵にまみれ真っ黒になりながら甲板
から炭庫へ落としていく・・・重労働ですなぁ。


510 :GF長官:2010/10/01(金) 21:35:14 ID:???
>>509の続き

余談ながら日本海海戦では、「石炭捨て方」という珍しい号令が出されている。
鎮海湾で停泊中の聨合艦隊各艦は、甲板に山のように石炭を積み上げていた。
これは万一バルチック艦隊が津軽海峡に現れた場合のためです。
信濃丸から敵艦隊発見の報が入り、出撃の際に出されたのが「石炭捨て方」。

「三笠の上甲板では、河合太郎ら軍楽手もこの石炭袋の海中投棄のため気が
狂ったように働いた。この頃英国産の無煙炭は1トン25円という高価なもので
あった。中堅小学校教員の月給ほどもある額で、河合太郎はこの”捨て方”の
作業に参加しながら”これで天丼が何杯食えるやら”と思った」(『坂の上の雲』)

石炭の一塊は血の一滴、ですね。

ゲーベンが載炭に向かったのはトリエステ(>>499
しかしアドリア海脱出を優先するため、満載にならないまま出港。
一路南下し、ブリンティジへ向かいます。8月1日に到着。
ここで、残りの石炭補給を済ませる予定だったが、イタリア側が「波が高くて
石炭船を出せない」と応じない。


511 :GF長官:2010/10/01(金) 21:38:08 ID:???
>>510の続き

毎度頼りにならない(というか、足を引っ張る?)同盟国イタリアですねぇ。
明治15年独墺伊三国同盟が締結されたが、もともと墺伊の間にはトリエステ
を含む領土問題があり、大戦勃発後、イタリア王国は中立を宣言。
この裏には、領土返還を代価として協商側での参戦を促したとの話もある。
後にイタリアは独墺に宣戦布告しています。

当ての外れたゲーベンはシチリア島のメッシナへ向かいます。
途中ドゥラッツォ(アドリア海沿岸のアルバニア都市、現ドゥレース)から追って
きた軽巡ブレスラウと合流。ここには若き日のデーニッツが乗艦していた。

翌2日午後、”孤独な二隻”はメッシナ入港。
今度はドイツ大使館からの圧力もあり、石炭船が手配された。
素早く載炭作業を終え、夜中には出港。

彼らは何処に向かおうとするのか。


512 :名無し三等兵:2010/10/02(土) 14:21:58 ID:???
平成11年9月13日 海上幕僚監部における講話、における、
海軍機関学校第40期 木山正義氏(元・水交会会長)の主張での、
山本長官と南雲長官の対比。
http://www.b-b.ne.jp/kaigun/kiyama/syosen.html




513 :名無し三等兵:2010/10/02(土) 16:42:41 ID:???
>>512
下衆の勘ぐりに過ぎない。
山本長官は敵もまた多かった。

514 :名無し三等兵:2010/10/02(土) 16:43:23 ID:???
#海軍機関学校
この辺のが要チェキ。
元々は、東郷さんが耄碌したもんだからなあ

515 :名無し三等兵:2010/10/02(土) 16:55:11 ID:???
そういや、トラトラトラでは南雲長官は
「この海域に米潜水艦が出現したとの情報もある。長居は無用」
と1次攻撃のみとしたけど、これホントかね?
このスレで知った水雷☆無双……もとい、水雷攻撃による喫水線下攻撃こそが対艦攻撃の本命と
するドクトリンとあまりに一致していて、かえって疑ってしまう。
ついでに、駆逐艦が潜水艦に狩られるレベルの大日本帝国海軍の対潜能力も考えると、まこと理
に適い筋が通った話だ。

いや、「水雷☆無双なんだから、長官だけは潜水艦怖がらなくていいよミ☆」と言うべきかもしれんがw

516 :名無し三等兵:2010/10/02(土) 17:02:57 ID:???
>>515
そもそも作戦命令書が読めれば一波二波で終わる作戦であったことが分かるはず。

517 :名無し三等兵:2010/10/02(土) 17:33:52 ID:???
>ついでに、駆逐艦が潜水艦に狩られるレベルの大日本帝国海軍の対潜能力も考えると、
別に日本の駆逐艦の対潜能力は世界的に見て低いわけじゃないわな。
「駆逐艦が潜水艦に狩られるレベル」は誤解を助長させる悪意ある言い方にみえる。
結果から物事を語るのは良くないと思うんだ。

518 :名無し三等兵:2010/10/02(土) 22:31:01 ID:???
ほぉ、海軍関係者が集まる水交会のトップが、
海上自衛隊の幹部を相手にああいうスピーチをして、紛糾しないんだな。
戦争のプロ達はそういう評価をしてるんだ。

519 :名無し三等兵:2010/10/02(土) 23:09:06 ID:???
井上は嶋はんが海自のスピーチやっただけで激怒。

520 :名無し三等兵:2010/10/03(日) 05:58:24 ID:???
>>496
WW1海戦編に突入!
ジュットランド海戦(みんな大好き「暗号解読」や「索敵機」もあり)だけに絞るのは勿体ない、
と考えてましたが、他海戦にも言及するということでよろしいでしょうか、長官!?
大胆不適な第一次ヘリゴラントバイト海戦や黒海での巡洋戦艦vs前弩級戦艦群、
仏主力艦隊によるアドリア海封鎖と平行してモンテネグロをめぐる墺仏双方の陸上砲撃戦、
等々目を輝かせて期待してますw

でもまあ、海戦とは所詮『局地戦』ですよね。
>>431の建艦競争より引用しますと
>前ド級も含めた現役の戦艦数
>1914年
>英 独 仏 米 日
>70 43 29 33 16

数の膨張より愕然とするのは「独一国で上記の全他国を敵に回した」こと。
独側には墺もいますが、協商側にはそれ以上の露伊がいるわけで。
シーパワー的には絶望的ですな。

仮に独英間で大規模艦隊決戦を生起させ、かつ独側が大戦果を得たとしても、
協商国の同盟国に対する海上優勢は揺るがない。

まさに「戦争とは政治(外交)の延長」かと。

521 :GF長官:2010/10/03(日) 16:38:04 ID:???
>>512 情報感謝します。これは「反論セヨ」ということかな。
>「戦略上から見てこれ以上に愚劣な作戦はない……」と評しています。

真珠湾攻撃に対するモリソン博士の酷評は定番でありますが、戦略云々の
話をするのならば、木山氏自身が[はじめに]の中で、「石油問題が開戦の
第一目的」と明言しておられます。

これで答えは出ているのではないでしょうか。
「第二、第三撃により真珠湾を徹底的に破壊」したとしても、石油問題は解決
しませんから。

>もしあの時、第2次、第3次の徹底攻撃により、ハワイ前進基地を壊滅したならば、
>その後の日米海戦は相当異なったものとなったでありましょう。
これも答えないとダメカナ?
ここはユーティライネン中尉殿の出番ですね!・・・「ムリダナ(・x・)」


522 :GF長官:2010/10/03(日) 16:40:05 ID:???
>>513 どうなんですかねぇ。
>思うに、当時山本連合艦隊長官は、ハワイ奇襲の機動部隊、すなわち、第1航空艦隊司令長官
>南雲中将は必ず2次、3次の攻撃をしてくれるものと信じていたに相違ありません。
出撃前に「第二撃が可能な戦況」を予想するなんて希代の楽天家ですな。
むしろ、これで空母全滅したらどうしよう・・・と心配だったと思いますよ。

>>514 なるほど。ここにも機関科将校問題が・・・

>>515 敵潜が出現したから第二撃を取りやめたのかという質問なら、>>516
その答えです。

[機密機動部隊命令作第一号]
一、作戦方針
(前略)空襲第一撃ヲX日0330ト予定ス
空襲終ラバ機動部隊ハ速ニ敵ヨリ離脱シ、一旦内地ニ帰還整備補給ノ上、
第二段作戦部署ニ就ク(後略)

南雲長官の采配は作戦計画通り、ですね。
敵潜の動静については「不明」です。
各艦の戦闘詳報を調べれば、出て来るかもしれませんが。

>いや、「水雷☆無双なんだから、長官だけは潜水艦怖がらなくていいよミ☆」と言うべきかもしれんがw
そうそう、南雲長官が率いる限り、敵のヘッポコ魚雷など当たらんのだよ。わっはっはっ


523 :GF長官:2010/10/03(日) 16:40:43 ID:???
>>517 緒戦の頃は、米魚雷の低性能にも助けられましたし。

>>518 そのあたりは「大人の対応」ですよ。

>>519 kwsk

>>520 脱線ばかりですみません。
>他海戦にも言及するということでよろしいでしょうか、長官!?
そうですね。「指揮官になりきるには時系列検証が一番」が当スレの経験則であります。
英独戦を中心に進めたいと思っていますが。

>仮に独英間で大規模艦隊決戦を生起させ、かつ独側が大戦果を得たとしても、
>協商国の同盟国に対する海上優勢は揺るがない。
苦しい台所事情ですよね。やはりアメリカを参戦させたのが不味かったか。


524 :GF長官:2010/10/03(日) 17:19:26 ID:???
>>511の続き

何処へ向かったって・・・そりゃ、トルコだろ?
違います。メッシナを発った二隻は地中海を西へと進んだ。
じゃあ、ジブラルタルを突破して本国を目指すのか?
それも違います。

地中海は8月3日の朝を迎えた。
もともと独地中海艦隊の任務は、仏領アルジェリアからフランス本土(ツーロン)への
陸兵輸送を妨害することだった。

この日、独仏は互いに宣戦布告(>>496
スション提督は直ちに行動を起こします。
両艦は地中海を西へ進み、アルジェリア北岸の港湾(フィリップビルとボーヌ)砲撃を
企図する。


525 :GF長官:2010/10/03(日) 17:22:04 ID:???
>>524の続き

8月3日深夜、ゲーベンはフィリップビルへ、ブレスラウはボーヌへ向かい、
ロシア国旗を掲げて湾内に進入、偵察の後、ドイツ海軍旗を再掲揚し砲撃開始。
終了後、沖合いへ避退し、両艦は合同する。

攻撃直前に自国の旗を掲げるというのは、国際法上正当な行為です。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1237378505/434

作戦は見事成功。
要塞砲が発砲を始めた頃には、ゲーベンたちはすでに撤退していました。

ここで両艦、果てはトルコの運命を左右する重要な電報がドイツ本国より
スション提督の手元に届きます。
「8月3日、トルコとの同盟が締結された。
ゲーベンとブレスラウは直ちにコンスタンチノープルへ向かうべし」

これを受けて、両艦は合同後、地中海を東へと進む。


526 :名無し三等兵:2010/10/03(日) 17:34:30 ID:???
>>523
>kwsk
学研 連合艦隊の最後 あの頃はまだマシだった(1995前後
その次辺りからおかしくなった、艦艇篇になってからかな。
プロモ業界の資本が入ったと思う、そうなった時点でダメ<史実の候察

527 :名無し三等兵:2010/10/03(日) 17:35:57 ID:???
#空襲終ラバ機動部隊ハ速ニ敵ヨリ離脱シ、一旦内地ニ帰還整備補給ノ上、
#第二段作戦部署ニ就ク(後略)
命令どおりやりましたな
軍令部からも内々に「空母は全部持ち帰って欲しい+飛行機」と念押しされてますし

つか、また2006年に逆戻りですかねえ<新兵ばかり

528 :名無し三等兵:2010/10/03(日) 18:26:48 ID:???
>>504
開戦前にトルコが英国に発注、試運転と乗員の派遣まで行い引渡し寸前だった
新型戦艦を接収されたせいで英国への怒りが爆発寸前だったからな

529 :名無し三等兵:2010/10/03(日) 18:32:10 ID:???
>>526
史実の候察のどの辺がおかしいのかkwsk
まとめサイトか何かあれば便利なんだが

530 :名無し三等兵:2010/10/03(日) 20:07:02 ID:???
>>527
まあ、母艦搭乗員も損耗と補充、訓練の繰り返しですからな。
このスレも、住人が戦死したり逃亡したりがあるから
まめな猛訓練が必要なのでしょう。

531 :名無し三等兵:2010/10/03(日) 20:19:10 ID:???
>>530
じゃあ、2006〜2007辺りのログをサルベージするか。
栗田系、マリアナ系 大鳳系 そして南雲スレ その前衛全部あるぜ

532 :名無し三等兵:2010/10/04(月) 16:45:41 ID:???
>>526
“マシ”なのか?
例えば同「勇躍 インド洋作戦」では、
古典「ミッドウェー」から機動部隊の南方作戦使用を批判している淵田氏の記述を引用して、
インド洋作戦全般の効果に懐疑的な論調だったと記憶してるけど。
空母雑談スレにも書いたけど、俺はインド洋作戦は戦局に寄与した作戦の一つだと考える立場なんで。
(インド洋作戦はウォーゲーム全盛の当時でも「貴重な時間のロス、燃料の無駄」という評価が目立つけどね)

>>531
>>529氏じゃないけど、察するにマリアナ沖海戦の人かな?
南雲スレに投下できるネタなら、個人的には歓迎。
今のスレ進行で、大鳳ネタは遠慮願いたい(苦笑)

533 :名無し三等兵:2010/10/04(月) 19:20:34 ID:???
>>532
まあそういう見方もあるな。
しかし、当時としては、西インド洋をほぼ掃討した南雲部隊と
その後、短期間といえどもインド洋で通称破壊戦を繰り広げた小澤部隊の戦果と手際は評価してたけどね。
問題は渕田さんが最後のすかしッぺで、五十六?凡将だよ から始まったんだと思う。

534 :名無し三等兵:2010/10/04(月) 19:22:11 ID:???
×西
○東

尉官流石に眠い。

535 :GF長官:2010/10/05(火) 20:08:47 ID:???
>>526 そんな事情があったのですか。

>>527 全く。 >命令どおりやりましたな
攻撃目標は「第一戦艦、第二空母」だから、第二撃をもって米空母を捜索撃破せよ
というのなら筋は通りますが、重油タンクやドックなんてどこから出てきたんだ?
南雲大将も苦笑いしていることでしょう。

>>528 戦艦エジンコートとエリンですね。
他にもチリ発注の戦艦カナダを接収してるし。訴えてやる!

>>529 本職も知りたい。

>>530 ここの住人は古参ばかりと思いきや、新人も出入りしているのか。
では今日は歓迎会だ!酒保開け。

>>531 大鳳系w 一つのジャンルとして成立していたのか。

>>532,533 本職も持ってます。インド洋作戦と言えば南雲機動部隊の中でも最も輝ける
日々なのに、”破滅への序曲”みたいで、読んでいて暗くなりますよねぇ。

>>534 らりほー


536 :GF長官:2010/10/05(火) 21:24:22 ID:???
>>525の続き

この間、英艦隊は何をしていたのか。

英地中海艦隊の根拠地はマルタ(>>499)で、全艦隊(>>498)が集結。
旗艦は巡洋戦艦「インフレキシブル」でミルン中将が坐乗。
次席指揮官トルーブリッジ少将は、装甲巡洋艦「ディフェンス」に坐乗。

海相チャーチルから命令が下される。
「貴官の最優先任務は、アフリカからフランスへ送られる陸軍輸送船の保護である」
当然ですね。独艦隊の狙いもまさにそれだった。

問題はそれに続く文章です。
「優越した戦力との戦闘は、それが大戦闘の一部でない限り実行すべからず。
我々は地中海の戦力を増強する方針であり、貴官は無用な損耗を避けねばならない」


537 :GF長官:2010/10/05(火) 21:26:15 ID:???
>>536の続き

即座に理解できた方は、かなりのキレ者ですねぇ。

チャーチルの意図としては、
「優越した戦力」=オーストリア海軍主力艦隊
「大戦闘」=仏海軍との協同作戦
だったようですが、ミルン提督にうまく伝わったのだろうか。

一番の疑問は独地中海艦隊は「優越した戦力」に含まれるのか否か。

要は、
「味方の損害を最小限にとどめ勝てる確証が得られない限り、こちらから仕掛けるな」
敵艦隊撃滅よりも、制海権維持を優先する英海軍の戦略(>>475)がよく表れているかと。


538 :GF長官:2010/10/05(火) 21:28:01 ID:???
>>537の続き

ここで「おや、どこかで聞いたような・・・」と思いませんでしたか?
そう、ミッドウェー海戦でニミッツ長官がスプルーアンス少将に与えた命令とよく似ている。

「フレッチャー・スプルーアンス両提督が直面した任務は、ぞっとさせられるようなものだった。
ニミッツ提督が与えた命令には、こう述べている。
”貴官は、味方の艦隊を暴露することによって敵により大きな損害を与える見込みがなければ、
優勢な敵艦隊による攻撃に味方の艦隊をさらすべきでない、という計算された危険の原則に
従うべきである”」                           (『ニミッツの太平洋海戦史』)

原文は知りませんが、日本語に訳すとどうも分かりにくくなりますよねぇ。
(註)米機動部隊の先任司令官はフレッチャー少将ですが、麾下兵力ではスプルーアンス隊
(TF16)が主力となるので、スプルーアンス少将を主人公として話を進めます。


539 :名無し三等兵:2010/10/05(火) 21:29:15 ID:???
>>519
このエピソードだろ?

海上自衛隊の練習艦隊壮行会に、
太平洋戦争開戦にGOサインを出した東條内閣時の海軍大臣である嶋田繁太郎が
出席して乾杯の音頭をとったと聞いた際は、
「恥知らずにも程がある。人様の前へ顔が出せる立場だと思っているのか」と
周囲が青ざめるほどに激怒したという。


「海軍反省会」にあるように、海軍関係者の中で、どこまで先輩筋にあたる個人批判を行うべきなのか、
という点、結構ナーバスな雰囲気がある。
ちょうど、その海軍反省会が行われていた前後の時代の水交会会長(78年5月1日 - 82年5月1日)か…


540 :GF長官:2010/10/05(火) 21:30:50 ID:???
>>538の続き

史実ではあまりにも劇的に成功したため、見逃されがちですが、実に厄介な命令なのです。
島攻略と敵艦隊撃滅の「二重目的」を有したMI作戦はしばしば叩かれますが、「単純明快」が
作戦の基本原則とするならば、ニミッツ提督の方針は明らかにそれから外れている。

それは提督自身が認めていることで、
「味方部隊を不当に暴露することなく、優勢な敵部隊と会敵し、これと用心深く戦うことは
もっとも困難なことである」

ハワイ作戦と比べると、よく分かると思います。南雲長官に託された任務は、
敵哨戒圏内突入→全速南下→攻撃隊発進→収容→反転北上→敵哨戒圏外に離脱
指揮官として、迷う要素が少ないのですよね。

ところが、ミルン提督の場合はもっと複雑です。
発見した敵艦隊が「優越した戦力」なのか否か、自分で判断しなければならない。
スプルーアンス提督も同じで、「敵により大きな損害を与えられるか否か」を見定め
なければならないのです。

ちょうどミッドウェーで南雲司令部が「島再空襲」か、「空母攻撃」かで迷ったように、
前線指揮官の判断に委ねられる領域が大きくなると、作戦は綻びを見せ始める。


541 :GF長官:2010/10/05(火) 21:33:09 ID:???
>>540の続き

それにはまず、敵兵力の全貌を正確に把握する必要がある。
指揮官に必須の条件である「正確な敵情判断」(>>472)ですね。
場合によっては、敵艦隊を発見しても攻撃を控えねばならぬことも。

敵情を得る手段は色々ありますが、重要なことは、それらが正確である保証は
ないし、じっくり検討する時間もないということ。
指揮官に求められるもう一つの条件「迅速な決断」です。

およそ近代戦が錯誤の戦いと言われるのは、敵情の正確な把握が難しいからで、
そこから誤判断が生まれると言っても過言ではない。

確かに、米海軍には暗号解読という強力な武器がありました。
「フレッチャーとスプルーアンスの両提督が、この命令を巧妙に実施できたのは、
主として情報を巧みに利用して日本艦隊に奇襲を加えることが出来たためであった」


542 :GF長官:2010/10/05(火) 21:35:10 ID:???
>>541の続き

これが決定打と言っても良いくらいですが、だからといってスプルーアンス少将の
置かれた立場が楽観できるものだったのではない。

彼にもたされた第一報(アディ大尉のPBY)は、
「空母2隻見ゆ、ミッドウェー島の方位320度・180浬、敵針135度・速力25ノット」
事前の情報では、
「空母4乃至5隻が、ミッドウェーの北西方向から進撃してくる」

南雲機動部隊であることは間違いないでしょうが、発見した空母は2隻のみ。
果たしてこれを「敵主力」とみなして良いものだろうか。

「もしかして日本側は暗号解読に気付いたのでは?」
「ナグモは艦隊を二手に分けたのかもしれない」
「アディ機が発見したのは陽動部隊で、おとりに気をとられている隙に本隊が
こちらを狙っている恐れもある」

これらを”取り越し苦労”と済ませてしまっても良いのでしょうか。


543 :GF長官:2010/10/05(火) 21:37:00 ID:???
>>542の続き

よーく思い出してみましょう。

珊瑚海海戦一日目、米索敵機の報告は「空母2・重巡4発見」だったが、これは
暗号の誤りで正しくは「重巡2・駆逐艦4」だった。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1228736921/331

実際は軽巡2隻基幹の掩護部隊(>>38)であり、優先順位からすれば最も下。
それに対してフレッチャー少将は全力攻撃をかけた。
偶然にも近くにMO主隊が居たために、祥鳳撃沈の殊勲を挙げることが出来たが、
運が悪ければ、攻撃隊が留守の隙を狙われる恐れもあった。
MO機動部隊もネオショーに全力攻撃をかけていたため救われただけです。

米海軍初日の戦果は、換言すれば「結果オーライ」。
これで済ませられるのなら、戦史検証の意味がなくなってしまう。
インド洋で赤城はブレニムの奇襲を受けたけど、命中弾がなかったから問題なし、
とするようなものです。


544 :GF長官:2010/10/05(火) 21:39:17 ID:???
>>543の続き

ミッドウェーのスプルーアンスもまた、珊瑚海のフレッチャーと同じ状況に置かれて
いたとは考えられないでしょうか。
敵兵力の全貌を正確に見極めるまでは、攻撃を待つ必要ななかったのだろうか。
事実、珊瑚海二日目では、フレッチャー少将は敵艦隊発見の報を受けても、即時
発進は行わず、索敵情報の確認を急がせている。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1245844940/259

お断りしておきますが、本職は米海軍の提督たちを評価しないと言うものではない。
ニミッツは対日戦を勝利に導き、スプルーアンスは当時最強のナグモ・タスクフォース
を撃破した。二人とも百点満点の采配です。

更にスプルーアンス提督が即時発進をためらっていたら、マクラスキー隊の奇襲成功
もなかったでしょう。
そうは言っても、彼の決断を正しかった(=空母戦術を正しく理解していた)とみなして
良いものなのか。


545 :GF長官:2010/10/05(火) 21:40:31 ID:???
>>544の続き

「空母戦の要諦は先制空襲。敵よりも早く発見し、先に攻撃隊を出した方が主導権を握れる」 (>>473
の基本原則にかなうものですが、もしも「空母2隻」が陽動だった場合、それに対する攻撃は
「優勢な敵艦隊による攻撃に味方の艦隊をさらす」ことにつながらないのでしょうか。

言うまでもなく、彼の決断は正解だった。
その決断力は高く評価されて然るべきだと思います。
ただ本職は、ミッドウェーでの勝利は紙一重であり、まさに「ミッドウェーの奇跡」と思わず
にはおれないのです。

地中海に話を戻しましょう。
ミルン中将は、この曖昧な命令をどう消化したのか。
普通に考えれば、わずか2隻の独艦隊は「優越した戦力」にはなり得ないはずですが・・・


546 :GF長官:2010/10/05(火) 21:44:55 ID:???
>>539 情報感謝します。そんなことがあったのか。
>海軍関係者の中で、どこまで先輩筋にあたる個人批判を行うべきなのか、
>という点、結構ナーバスな雰囲気がある
大井参謀の『海上護衛戦』も、そのあたりは随分と気を遣っていますよねぇ。


547 :名無し三等兵:2010/10/05(火) 22:11:16 ID:???
>>546
という背景も合わせて考えて、
木山元会長があれだけ批判する、ということはよっぽどのこと、とは思う。
海軍反省会のオブザーバーメンバー(p350に記載あり)で、しかも平成に入ってからのスピーチ。

それなりに重みがある南雲批判だと思う。

548 :名無し三等兵:2010/10/06(水) 05:45:26 ID:???
南雲や牟田口は叩いても叩かれないという程度の話ではなく?

549 :GF長官:2010/10/06(水) 20:06:04 ID:???
>>546 そうなのか。本職も会場の反応が気になってきた。

>>547 そうですねぇ。特に親しかったとかいうのでなければ、先輩であっても
我々と同じ感覚で批評するような気もしますが。


550 :GF長官:2010/10/06(水) 20:28:55 ID:???
>>545の続き

8月4日朝、ミルン中将が得ていた敵情は2件。
「8月2日、独艦隊がメッシナで石炭補給を行った」
「8月3日深夜、アルジェリア北岸の港が砲撃を受けた」

ここから敵艦隊の動きを想定すると、
(A)ジブラルタルを突破して大西洋に出る
(B)地中海にとどまり、仏輸送船(アルジェリア→ツーロン)を攻撃する
(C)ポーラに戻り、オーストリア艦隊と合同する

まさかゲーベンの目的地がトルコだとは、連合国側の誰も予想していない。


551 :GF長官:2010/10/06(水) 20:31:12 ID:???
>>550の続き

そこで英地中海艦隊は、以下のように配置された。

(1)ミルン中将の旗艦インフレキシブルは、マルタ島で総指揮をとる
(2)巡戦インディファティガブルとインドミタブル、軽巡ダブリンで地中海西方を捜索
(3)トルーブリッジ少将の第一巡洋艦戦隊(>>498)は、オトラント海峡(>>499)で哨戒
(4)軽巡チャタムは、メッシナ海峡を警戒

妥当な判断でしょう。

独艦隊の”最新情報”はアルジェリア砲撃だから、マルタ島よりは西に所在する
可能性が一番高い。そのまま逃げられてジブラルタルを突破(A)されては困る
から、主力(巡戦2隻)で急追する。

逆に東進してポーラを目指すならメッシナ海峡を通過するだろうから、軽巡で監視
させる。またアドリア海の入り口を装甲巡洋艦でかため、敵艦隊出現に備える。


552 :GF長官:2010/10/06(水) 20:32:29 ID:???
>>551の続き

装甲巡洋艦4隻で対抗できるのかは少し心配ですが、先にメッシナの警戒網に
引っかかるだろうから、西方に派遣した巡戦を呼び戻すのも良し。また、ミルン
提督自らが出撃して支援に向かえば間に合うと思われる。

何しろ兵力は英側が圧倒的に優勢であり、地中海という限定された海域では
おのずと行き先と航路は限られて来る。まさに「袋のネズミ」というわけです。

>>525の通り、ゲーベンとブレスラウはアルジェリア沖を東方に向かっていた。
そこに、マルタを出撃した巡戦インディファティガブルとインドミタブルがさしかかる。
8月4日午前10時頃、両艦隊は邂逅するー


553 :GF長官:2010/10/06(水) 20:47:08 ID:???
[8月4日朝]西地中海

↑ツーロン        □□□
               □□□サルジニア島
                □□

        ブレスラウ  ゲーベン                     シチリア島□□□
       ┏━━┳━▲▲→                               □□□
       ┗┓  ┗┓      インディファティガブル                □□□
         ┗┓  ┗┓           ←△                     □□
           ┗┓  ┗┓            △インドミタブル
                               └─┐
        フィリップビル  ボーヌ            └─────────   ■
□□□□□□□□□■□□□■□□□□□□                     マルタ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□■チュニス
□□ (仏領アルジェリア) □□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


554 :GF長官:2010/10/07(木) 22:07:59 ID:???
>>553の続き

「前方に二条の煤煙見ゆ」
「総員戦闘配置」
「機関全速即時待機」
「命令あるまで発砲を禁ず」

接近するにつれ、双方とも相手の正体を知った。
「英国海軍旗を確認」
「英国艦はインディファティガブルとインドミタブル!」

英巡戦の主砲は12インチ(>>304>>409
対するゲーベンは11インチ砲。ブレスラウに至っては4.1インチ砲しか持たない。
砲戦ともなれば、独側の不利は明らかです。


555 :GF長官:2010/10/07(木) 22:10:26 ID:???
>>554の続き

どちらが先に発砲するのか?
距離2万メートル、1万メートル、9千メートル・・・

なんと両者は静寂を保ちつつ、すれ違った!
もしかしてタイラー艦長の「宇宙で一番長い日」は、これが元ネタなのかな。

なぜ交戦が生じなかったかと言うと、
イギリスがドイツに宣戦布告したのは8月4日、
ドイツがイギリスに宣戦布告したのは8月5日(>>496

正確には、英国政府が独政府に通告したのは8月4日2300時。
故に8月4日午前10時の段階では、両国は未だ交戦国ではない。
英海軍省からも「期限に到るまでは戦闘行為を禁ず」と厳命されていた。

それで両艦隊は砲塔を指向することもなく、外見上は平時のままで見送ったのです。


556 :GF長官:2010/10/07(木) 22:11:13 ID:???
>>555の続き

しかし、このままで終わるはずがない。

直後に英巡戦2隻は180度回頭し、ゲーベンの後ろにピタリとつけた。
その意図は明らかですね。
「このまま追尾して、宣戦布告と同時に砲撃開始」

ここから、いよいよ「ゲーベン追跡戦」(前半戦)の幕開きだ。
快速で鳴る巡洋戦艦をゲーベンは振り切ることが出来るのか。
シグナル、オールグリーン!


557 :GF長官:2010/10/07(木) 22:14:15 ID:???
明日より鈴鹿へ行って参ります。もちろんF1GP観戦です。
今年はD席(逆バンク)が取れたので、各ドライバーのライン取りに注目したい。

順位予想は、
1位ハミルトン、2位バトン、3位カムイ
マクラーレンの1−2フィニッシュ!

当たったら何かちょーだい。
それでは、また来週 ノシ


558 :名無し三等兵:2010/10/07(木) 23:49:43 ID:???
>>547
>http://www.b-b.ne.jp/kaigun/kiyama/index.html#mokuji

他スレから持ってきたものだけど、木山元会長ってこんな話をしているのか。
嘘だと言ってくれ。

559 :名無し三等兵:2010/10/09(土) 00:47:19 ID:???
>>558
言っちゃ悪いけど月並みで、20年前ならともかく10年前に行われた物として考えるなら、
特に南雲長官に対する批判は古臭くて的外れなものだなあ、としか言えないわな。


560 :名無し三等兵:2010/10/09(土) 01:05:55 ID:???
>>558
木山元会長、もう逝去してるから、どうしようもないけど、その場にいたら、
自分だったらこういう質問するだろうね。

「モリソン博士の言う愚将とは山本長官ではなく、奇襲部隊の南雲長官である」と主張なさいますが、
南雲中将は航空戦の門外漢であり、
その意味では、霞ヶ浦航空隊、1航戦参謀、航空本部総務部、赤城艦長、4連空、24航戦と、
航空畑を歩みながら、ヘンに武士道にかぶれて、戦闘を知って戦争を知らぬ戦を指導したのは、
事実上は草鹿参謀長であり、問題の大部分は草鹿少将にある、と考えられませんか?
勿論、司令官である以上、南雲中将に責任がない、とは言いませんが。」

561 :名無し三等兵:2010/10/09(土) 01:24:07 ID:???
>>559
笑っちゃうだろ。
これがかの有名な海軍反省会の会長さんの発言なんだぜ

562 :名無し三等兵:2010/10/09(土) 02:02:59 ID:???
いかん、海軍反省会と水校会は全然別物じゃん。
よく分からん事は下手に書くもんじゃないな。

563 :名無し三等兵:2010/10/09(土) 02:26:41 ID:???
>>561
いや、別に笑いはしない。
もちろん現在知りうる情報や得られる資料からすれば的外れな批判だといえるけど、
お年を考えれば、考えが若い頃のままで凝り固まってしまっても仕方ない面もあるのかなと。

ただ、立場や経歴を踏まえたとしても、俺は発言内容に対して>>547のような評価は下せないなあ。

564 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 03:46:12 ID:???
問題は経歴だなぁ。
燃料戦備担当のプロであるなら俺達のような素人と違って、
ハワイ空襲時の南雲機動部隊の燃料状態を計算できるはずなんだが。

昔の世艦で1艦単位の燃料消費・残状況を推測計算していたのがあったけど、
第三波使用可能機数、日没までの攻撃可能時間等を無視しても、
再攻撃後を行ってから離脱した場合は燃料がほぼアウトだったはず(記憶モードでスマン)。

北方の待機地点へ分離した補給部隊を呼び寄せる手もあるが、
時間がかかるし米機動部隊の動静が不明な以上、危険過ぎる。
(マリアナ沖海戦二日目の二の舞になりかねない)

なお、米機動部隊捜索のために補給部隊を呼び寄せる案が現実的ではないことは、
真珠湾再攻撃を支持した淵田氏も「ミッドウェー」で言及している。

565 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 04:05:23 ID:???
>>564
そうだなあ。
仮に燃料やタンカーがどうにかなったと都合良く仮定したとして、ハワイの燃料タンクを狙うのはおいしい手なのか
仮に燃料タンクが都合良く全損したとして、米軍はどの程度困るのか
日本がトラックやケンダリーなどやったみたく、タンカーで燃料タンクの変わりにならないのか

気になることはいくつもあるけど、俺みたいな素人には判断がつかないんだよなあ。

566 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 05:05:18 ID:???
モリソン博士のハワイ作戦批判への反論
戦術面
「艦船ではなく基地施設・タンクを攻撃すべき」
・ドック内にいた駆逐艦カッシン、ダウンズ、ショーの3艦は大爆発・大火災をを起こしたが、ドック自体の損傷は軽微。
・そもそも単なる桟橋等でもない限り、恒久施設として築港された港の港湾能力を完全に破壊することはほぼ不可能である。
破壊出来るかどうかではなく、“復旧”出来るかどうかは『補給が継続出来るかどうか』である。

・艦船を攻撃せず基地施設・タンクを攻撃することは、至近に在泊している艦艇群より一方的に対空砲火を浴びることになる。
軍港地区(というよりハワイ全体)における最大の対空火力は、在泊艦艇群である。
これを制圧せず他目標を優先的に空襲することには、軍事的合理性を見出だせない。

戦略面
「馬鹿げている」
・本当に馬鹿げているなら真珠湾の損害を『戦艦2隻損傷他…』などと
ミッドウェーの大本営発表もびっくりな報道管制を戦争末期まで行う必要は無い。
米議会が被害の実態を知るのは戦後の調査委員会においてである。
なお、現地を視察したノックス海軍長官(記憶ミスならスターク作戦部長)が、あまりの惨状に精神的ショックを受けている。

政略面
「取り返しのつかない失敗」
・ハワイを攻撃するかどうかで、米国の生産能力が上下するなどと言う、非科学的現象が発生するのであろうか?
・精神的・士気の面で見ても、フィリピン、グアム、ウェークが攻撃・占領を受けているにも関わらず、
ハワイが攻撃されなければその分だけ米世論が宥和的になる、軍の士気が下がる、などということが有り得るのだろうか?
そもそも「パネー号誤爆事件」ですら日米開戦の危機となった現実を無視してはいないか?

567 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 05:49:22 ID:???
>>564
「計算できるはず」だからといって、計算したとは限らないわけでして。
帝国海軍のふがいなさにトサカにきているはずなので、そういう細かいところについてわざわざ検証しての発言ではないのでは?
だから >>558 については、私ら素人から見ても細部については事実誤認じゃないの?というところがちらほらと見受けられると。

ただ、当時の現場に居合せた人達がこういう意見を持っているわけで、各論についてはこれからも歴史的事実の発掘等で変化は
ある(このスレッドでGF長官がやっているのもそういうことでしょう)と思いますが、マクロな観点からすると帝国海軍はダメ
組織だったしその上層部にいた南雲さんに対する評価も厳しくならざるをえない、とは言えるかと。


568 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 05:57:05 ID:???
上は現場の事がわかってない、とよく言われるが、
現場は上の事をよくわかってない、ということなのだろう。

現場重視で現場の意見大好き、がミリオタにとっての美徳であり理想みたいだから仕方無いことかもしれない。

569 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 06:06:19 ID:???
>>567
>「計算できるはず」だからといって、計算したとは限らないわけでして。
帝国海軍のふがいなさにトサカにきているはずなので、そういう細かいところについてわざわざ検証しての発言ではないのでは?

もし仮に、「その検証をしないで発言する」、「根拠もなく決め付けている」
としたら、
それはダメのダメダメ以外のなにものでもないかと思いますが。

>マクロな観点からすると帝国海軍はダメ組織だったしその上層部にいた南雲さんに対する評価も厳しくならざるをえない、とは言えるかと。

その論法で南雲長官に責任があるとするならば、
当然に山本GF長官の責任はより重くなければおかしい。
そして海軍という組織全体の問題とするならば、軍令部長、海軍大臣の責任はさらに重いはずです。

570 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 06:45:33 ID:???
>>565
>仮に燃料タンクが都合良く全損したとして、米軍はどの程度困るのか

とりあえず、手元の本からあちこち数字を引っ張ると
(よって数値換算の整合性は取れていない可能性あり)

米海軍
ハワイ備蓄燃料 450万バーレル(約60万トン)
(もしくは500万バーレル=100万トン)

日本海軍
開戦時備蓄燃料 840万トン
初年度消費量 825万トン
内MI作戦消費量 60万トン

よってハワイ備蓄燃料は、日本海軍に換算するとMI作戦のGF全力出撃+α程度かと。
おそらく“戦時体制”の米太平洋艦隊消費量なら1ヶ月〜2ヶ月くらい?

これだけの量を喪失したら痛いに決まってるけど、
よく言われる「半年間行動不能」にはほど遠いかと。

571 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 06:58:43 ID:???
>>570
そいや、半年間行動不能の根拠って何だっけ?

572 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 08:27:54 ID:???
あえて手があるとすると、帰還不可能な場合の自爆先は燃料タンク。
くらいだな。

573 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 11:01:14 ID:???
>>570
戦時規定で太平洋艦隊の一日分の消費量が約8.4万バレルとモリソン博士が言ってるから、
450万バレルなら約53.6日分で、いいところ2か月分弱の備蓄量でしかない。

ただ、太平洋艦隊の使用可能(民間船含む)な油槽船が一度に運べる燃料は、76万バレル(艦隊消費量9日分)とも言っているので、
燃料タンクが全損していたならば、太平洋艦隊自前の持分(艦艇搭載量)は満載でも約100万バレル(同12日分)なんで、
両者をあわせても21日分の燃料しか確保できない計算になるし、
下手すると出撃時に艦隊に補給しただけで油槽船の搭載量が0になりかねないから、
艦隊に随伴できる油槽船をまともに確保できなそうだから、行動にかなり制約がかかるのはほぼ間違いない…のかな?

574 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 11:06:25 ID:???
それにしてもハワイにそんなに高射砲があったんか
それじゃあまるで日本軍が攻めてくるのを完全に分ってたみたいじゃないか
それを奇襲などと
もうアホかと

575 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 11:14:07 ID:???
あと、燃料タンクが全損したとして、それがどういう影響をもたらすと想定するかで行動不能期間は変わるよね。
備蓄されていた燃料が流出するだけなのか、火災を引き起こすのかでも大分違うだろうし。

単純に燃料の量だけで考えても、燃料タンクが復旧されない限り、
艦隊全力で行動させるのはほぼ不可能と言っても差し支えはない。
艦隊を満載させられる程度の貯蔵量に値する燃料タンクが復旧するまでは、まともに行動できそうもないし。

燃料の流出が起こった場合、軽くググると備蓄量からして恐ろしい事になりそうな気配がある。
今年のメキシコ湾で起こった原油流出事故の流出量が過去最大で、その流出量が現状で450万バレル近いらしい。
つまり、真珠湾の備蓄量とほぼ同じくらいなわけで、それがメキシコ湾と比べて遥かに狭い真珠湾に流出した場合、
重油を除去しない限り根拠地としては使用不能になるし、それを完了させるのには半年では効かないだろうし。

576 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 11:58:08 ID:???
>>575
>それがメキシコ湾と比べて遥かに狭い真珠湾に流出した場合、
ttp://www.history.navy.mil/photos/images/g380000/g387598.jpg
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4e/Pearlmap2.png
無理だろ
海底から流出する原油と
海岸から離されて堤防で囲まれたタンクじゃ海洋汚染させる能力に差がありすぎる

577 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 12:06:08 ID:???
ヌーメアとかの根拠地には備蓄してないのかね。

578 :名無し三等兵:2010/10/10(日) 14:27:39 ID:???
そろそろスレの主旨から外れてきているぜ。
結果としてのタンク破壊の有益性と、南雲の有能無能とは直接関係しない。

579 :名無し三等兵:2010/10/11(月) 03:35:44 ID:???
>>569
おっしゃる通りで >>558 の木山講話でのハワイ作戦評価については事実誤認が多くダメのダメダメ
ということでよいのでは?もちろん全体としては当事者の発言として貴重な内容だと思いますけど。

っていうかこのスレッドって南雲中将の何を再評価するのでしたっけ?いわゆる南雲機動部隊の指揮官
としての戦術面での行動評価に限るのか、あるいは艦隊派などの海軍組織内での活動まで含むのか。
GF長官のやりたいことは前者のようですけど。




580 :名無し三等兵:2010/10/11(月) 17:10:09 ID:???
(改)
(伊)
(呂)
(波)
(仁)
(保)
(部)
(止)
(千)
ここまで、補完完了っと。
最近の2chビュアーは下位互換が無さ過ぎていかん

581 :名無し三等兵:2010/10/11(月) 17:22:51 ID:???
GF長官、過去ログを補完してうpしておきます。
しかし、長官もご立派になられましたな。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1193947.zip (log)
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1193950.zip (log・整理したもの)

×↓
何れにしても今時のプラウザでは読めないので(ログとして表示できないらしい)
OpenJane (Doe) α 0.1.08.2 辺りを捜してきて読み込ませるといいかもしんない
○↓
リンク辿れれば読み込める。

現場、マリアナスレの最初のと二つ目は、古いノードで捜索中
ワレ、長官は無能だよスレにて前衛の任に当たり本隊スレの防御任務指揮を執りつつあり

582 :GF長官:2010/10/11(月) 21:31:39 ID:???
>>558- >>512にもありますね。
まぁ、色々想定するのは有意義だと思いますけど、
>第三波使用可能機数、日没までの攻撃可能時間等を無視しても、
>再攻撃後を行ってから離脱した場合は燃料がほぼアウトだったはず(記憶モードでスマン)。(>>564
これで答えは出ているでしょう。

過去スレにも何度か出ていますが、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1253350314/648
真珠湾の第二撃問題について、
「第二撃を実施した場合の戦果(被害)は、どれほど見込まれるか」
「その結果、戦局にどの程度影響するか」は幾度となく語られていますが、
「第二撃の後、何時、何処で補給するのか」まで考察した主張は見たことがない。

史実では、攻撃隊収容後北上、ハワイの哨戒圏(600浬)外に離脱、F点
(補給予定地点)に到達した翌9日朝から補給を開始している。
燃料切れ覚悟で、作戦計画にも無いことを指揮官に強要するのでしょうか。
いったい南雲長官に何を求めているのか、理解に苦しみますね。


583 :GF長官:2010/10/11(月) 21:32:22 ID:???
>>579 その通りです。
>いわゆる南雲機動部隊の指揮官としての戦術面での行動評価に限るのか、
>あるいは艦隊派などの海軍組織内での活動まで含むのか。
>GF長官のやりたいことは前者のようですけど。

初代スレで確認済みだったりして。
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1210507385/762
スレタイが「中将」なのも同じ理由。
具体的には真珠湾からサイパンまでになります。

と言っても、後者を禁止するわけでもないですし、
禁止したところで従わないだろうしw
本編ではとりあげないと理解して頂ければ結構かと。

>>581 これは・・・防研と勝負できそうですね!
>しかし、長官もご立派になられましたな。
また泣かせる台詞を。
皆様のあたたかい叱咤激励あったなればこそですよ。
もはや生活の一部になってしまいましたからねぇ。


584 :GF長官:2010/10/11(月) 22:06:05 ID:???
ヘアピン席にしときゃ良かったー! orz

>>556の続き

我に秘策ありー
追尾して来る英艦隊を引き離すために、スション提督はある指示を出していた。

その前に追跡戦ですから、各艦の最大速力を確認しておきましょう。
(英)インディファティガブル:25ノット、インドミタブル:25ノット(>>409
(独)ゲーベン:25.5ノット、ブレスラウ:27ノット(>>441

ただ表に出る数字というのは、大抵”修正”が加わっているものです。
26.5ノットの長門も、公式上は23ノットだったし。
そこで、全力公試で記録した速力と比較しておきます。
(英)インディファティガブル:26.89ノット、インドミタブル:26.1ノット
(独)ゲーベン:28.0ノット、ブレスラウ:27.5ノット


585 :GF長官:2010/10/11(月) 22:08:04 ID:???
>>584の続き

こちらを参考にさせて頂きました。
日本軍艦機関部データ集
http://www.geocities.jp/kigiken/ship_machineryA.html
独逸軍艦機関部データ集
http://www.geocities.jp/kigiken/ship_germanyG.html

計画速力では双方とも25ノットで並んでいますが、公試速力では独側が約2ノット優速。
しかも、ドイツでは満載排水量を公試排水量としていたようで、実際の差はもっと大きかった
と思われる(排水量については、>>315参照のこと)

更に都合の良いことに、ゲーベンはボイラーを修理したばかり(>>497
とはいえ、こういうのはタイミングが重要ですよね。
ちょうどセーフティカー解除になってレースが再開される時、加速に失敗してホームストレート
で並ばれ、1コーナーで抜かれるなんてこともある。


586 :GF長官:2010/10/11(月) 22:10:04 ID:???
>>585の続き

そこでスション提督は万全の準備を整えて、スタートに備えることとした。
その秘策が「予備炭庫から石炭を移動させる」でした。

解説が必要でしょう。
ゲーベンは石炭専焼缶。
燃料タンクに相当するのが炭庫ですが、場所は缶室のすぐ隣。
>>509の通り、石炭を罐に投入のはすべて手作業だから。

ところが、これ以外にも石炭を搭載する場所がある。それが「予備炭庫」。
何処にあるかと言うと、弾薬庫の上部。
これは敵弾が命中した際、爆発の衝撃を石炭に吸収させようとするもの。
ちょうどバルジ内に重油タンクを設置する(>>106)のと同じ理屈です。


587 :GF長官:2010/10/11(月) 22:14:23 ID:???
>>586の続き

それ故、通常は予備炭庫の石炭は使用しないことが前提になっている。
弾薬庫の防御が薄くなるのと同じことだから。
しかし、今は非常時。なんとしても英国艦をふり切らねばならない。

スション少将は長期戦を覚悟し、表面上は平静を装いつつ、艦内では乗員総出で
石炭を予備炭庫からボイラー脇の常用炭庫へ運ばせていた。
石炭の移動には多くの人手が必要だが、いざ戦闘が始まるとそんな余裕は無い。
そこで今のうちに、搭載石炭を出来るだけ缶室の近くに集めておこうとの意図です。

何も知らない英巡戦2隻は、距離を保ちつつ17ノットの速度に合わせて追尾を
続けている。
時刻は1200時。追尾開始から2時間経過。満を持してスション提督は発令した。
「さて、彼らを振り切れるかやってみようじゃないか。23ノット!」


588 :名無し三等兵:2010/10/12(火) 16:02:37 ID:???
乙女(船は女性的な)同士の追いかけっこの始まりである。

589 :GF長官:2010/10/12(火) 20:58:39 ID:???
>>588 つかまえてごらんなさ〜い  キャッキャウフフ


590 :GF長官:2010/10/12(火) 21:34:51 ID:???
>>587の続き

「艦長、ゲーベンが速力を上げています」
「何?間違いないか」
「距離は離れつつあり。煤煙も増えています。ゲーベンは加速中」
「機関室、増速せよ!」

英国側にとっても、想定内の出来事だったと思います。
そのために機関室には「即時待機」を発令していた。
ここで逃してなるものか!

さて、追いかけっこの結果はと言うと、増速から4時間、1600頃にはゲーベンの影は
水平線の彼方に消え去った。
最大速力25ノットの巡戦が、なぜ23ノットのゲーベンに引き離されてしまったのか。
一説には機関の不調が原因とも、またボイラー近くの常用炭庫が空になり、石炭の
供給が追いつかず、速力を維持できなくなったとも言われている。


591 :GF長官:2010/10/12(火) 21:36:32 ID:???
>>590の続き

しかしレースはまだ終わらない。
途中から追跡に加わった軽巡ダブリンが、巡戦2隻が落伍した後も追尾を続ける。
ダブリンの最大速力は25.5ノット。計画速力が維持できるならついていけるはず。

更に1時間が経過。1700過ぎにゲーベンからブレスラウが離れた。
独艦隊は再びメッシナで石炭を補給する予定だったので、その手配にブレスラウを
分離し先行させたもの。

英艦隊に遭遇してからずっと、ゲーベンは針路を東北東にとっていた。
これは目的地がメッシナであることを悟られないため、ナポリへ向けて航行している
ように偽装していた。分離後もゲーベンは同針路を維持。


592 :GF長官:2010/10/12(火) 21:38:26 ID:???
>>591の続き

ブレスラウが増速したので、ダブリンも追従できなくなった。
ゲーベンにはついていけるが、いざ戦闘開始となった場合、巡戦と軽巡の一騎打ち
では歩が悪い。
そこで距離をとって追尾を続けていたが、日没と共に見失ってしまった。

1920時、ダブリンは最後の報告を打電ー
「ゲーベンは視界外にあり。現在は乏しい陽光の中に煤煙が見えるだけである」
ゲーベンもそれに合わせて変針、メッシナに向かった。

かくして、ゲーベン追跡戦(前半戦)はドイツ側の勝利。
艦の性能そのものより、用意周到なスション提督の作戦勝ちといったところか。
もう一つ挙げるとするならば、イギリス側はゲーベンの目的地がトルコであることを
知らないので、独艦隊が反転してジブラルタルへ向かう可能性を考慮しつつ、追跡
を行ったため、及び腰になったのではないかとも思われます。


593 :名無し三等兵:2010/10/13(水) 18:14:17 ID:???
一人でずーっとやってたんですね
久しぶりに覗いた記念に上げときます

594 :名無し三等兵:2010/10/13(水) 18:19:19 ID:???
自動保守装置か

595 :GF長官:2010/10/13(水) 21:03:16 ID:???
>>593 Great oaks from little acorns grow.

>>594 まぁ、ほそぼそとやっております。またのお越しを。


596 :GF長官:2010/10/13(水) 21:48:25 ID:???
>>592の続き

ゲーベンは8月5日朝0745時にメッシナ入港。
先発したブレスラウの姿も見える。
両艦は、終日載炭作業に追われた。
このメッシナも安全圏とは言い難い。包囲される前に脱出したいところです。

イタリアは8月3日に中立を宣言している。
国際法の規定により、中立国に入った軍艦は24時間以内に出港するか、
さもなくば武装解除に応じなければならない。

メッシナ総督から通告があったのは、同日2030時。
スション提督は”通告時刻”を起点とし、翌6日2030時までに出港する旨を返答。
いささか屁理屈っぽいですが、少しでも補給時間を稼ぎたいとの苦肉の策でしょう。


597 :GF長官:2010/10/13(水) 21:50:50 ID:???
>>596の続き

明けて8月6日1100時、またもや衝撃的な内容が本国から打電された。
「政治的な理由から、現在のところコンスタンチノープルへの入港は不可能である」

嗚呼、天道是か非かー
地中海をさまよう孤独な二隻にとって、唯一の希望の灯が消えてしまった。
これからどうすれば良いのか。

ゲーベンに遺された道は二つしかない。
(1)地中海を西へ抜け、ジブラルタルを突破する
(2)再びアドリア海に戻り、オーストリア艦隊と合同する

しかし、どちらも成功の望みは薄い。
相手側も想定しているだろうし、西地中海には輸送船団護衛のため仏艦隊がツーロンから
出撃している。英仏の包囲網をかいくぐって大西洋に出られる可能性がどれだけ残されて
いるだろうか。


598 :GF長官:2010/10/13(水) 21:52:45 ID:???
>>597の続き

またポーラに戻るにしても、オトラント海峡が封鎖されているのは間違いないだろう。
それに肝心のオーストリア艦隊がひきこもったままで、今ひとつ頼りにならない。

>>403にもありますが、オーストリア海軍は弩級戦艦フィリブス・ウニーティス級を
4隻保有していた。速力は20ノットと劣るものの、主砲は12インチ砲12門、なんと
三連装4基を前後に背負い式に並べた画期的な設計。
英地中海艦隊に対しても十分に対抗できる戦力です。現にチャーチルも「優越した
戦力」(>>537)と警戒していた通り。

なのに、オーストリアが英国に宣戦布告したのは8月23日(>>496
開戦後もアドリア海から出ることはなく、結局主力艦4隻(フィリブス・ウニーティス、
テゲトフ、プリンツ・オイゲン、シュツェントイストファン)のうち、
シュツェントイストファン→1918年6月9日、イタリア軍魚雷艇による雷撃を受け沈没
フィリブス・ウニーティス→1918年10月31日、同「人間魚雷」による爆薬で沈没

なんとも冴えない戦績ですねぇ。どうもドイツは同盟国に恵まれないようだな。


599 :GF長官:2010/10/13(水) 21:56:14 ID:???
>>598の続き

進退窮まったスション提督は”第三の道”を選択した。
「我々は地中海を東へ進み、ダーダネルス海峡を突破して黒海に入り、ロシア艦隊と戦う」
再び、目的地はトルコに定まった。

載炭作業を終えた2隻は、8月6日1700時メッシナを出港した。
この決断は吉と出るか、凶と出るか。

個人的には、指揮官の胸の内に興味を覚えます。
上記の通り、独艦隊はメッシナに33時間(一日半)もとどまっている。
この間に包囲網が完成して、出港できなくなるとは考えなかったのだろうか。

しかしトルコに向かうのなら、東地中海を横断するだけの石炭が必要になる。
前半戦とは異なり宣戦布告後だから、英艦隊との交戦も予想される。
そうなれば単なる追跡戦以上に燃料を消費することは間違いない。
出来るだけ満載にしてから出港したいところです。

結果的にはミルン提督の錯誤により、ゲーベンたちは救われることになるのだが、
スション提督の決断は非常にきわどいものだったと思いますね。
指揮官にとって補給活動は戦闘行動と同じくらい重要な位置を占める。
真珠湾第二撃問題でも、この視点が抜けては片手落ちにならないでしょうか。


600 :名無し三等兵:2010/10/14(木) 17:16:33 ID:???
CMです。

メッシナを陥とせば、イタリア全土が陥ちる!
イタリア長靴のつま先にある石の東端こそ、イタリアがつまずく石の根幹だ。

パットン将軍の提供でお送りします。

601 :GF長官:2010/10/14(木) 20:55:36 ID:???
>>600 臆病者は銃殺だー
まぁ地理的な関係上、シチリアやマルタは激戦地になる定めなのかもしれませんね。


602 :GF長官:2010/10/14(木) 21:01:37 ID:???
>>599の続き

英国側の動きも確認しておきます。
ゲーベンがメッシナで補給をしている間、配置の変更があった。

まずミルン中将は、巡戦インフレキシブル、軽巡チャタム、ウェイマスを率いてマルタを出撃。
途中でインディファティガブル、インドミタブルと合同して、シチリア島西方に布陣(>>498
メッシナを監視していたチャタム(>>551)は軽巡グロスターと交代。
ゲーベン追跡戦から帰還したダブリンはマルタで補給中。
トルーブリッジ少将の第一巡洋艦戦隊はオトラント海峡封鎖を続行。


603 :GF長官:2010/10/14(木) 21:23:24 ID:???
[8月6日朝]
                       □□□□□□□□□□      アドリア海     □□
                        □□□□□■□□□□                  □□
                       □□□□ タラント □□□   (トルーブリッジ少将)  □□
       (スション少将)      □□□□         □□   第一巡洋艦戦隊      □□
        ゲーベン▲      □□□□                     ▽▽▽▽        □□
        ブレスラウ▲  □□□□□□          
 △         メッシナ □□□□□□                  オトラント海峡
 △        □□□■ □□□□
 △       □□□□□ □□□
 △        □□□□                 イオニア海
 △      シチリア島  △軽巡グロスター
(A)本隊
(ミルン中将)      ■マルタ島
              △軽巡ダブリン

(註)
(A)英地中海艦隊本隊(ミルン中将)
巡洋戦艦「インフ レキシブル」「インディファティガブル」「インドミタブル」
軽巡「チャタム」「ウェイマス」

(B)第一巡洋艦戦隊(トルーブリッジ少将)
装甲巡洋艦「ディフェンス」「ブラックプリンス」「ウォーリア」「デューク・オブ・エジンバラ」


604 :GF長官:2010/10/14(木) 21:36:36 ID:???
>>603の続き

ここからもミルン提督は「独艦隊はジブラルタルを突破して大西洋に出る」を
最も重視していたことが分かります。
主力全部(巡戦3隻)をシチリア西方沖に配置するくらいですから。

しかし、もしゲーベンがそのつもりならアルジェリア砲撃後、そのまま西へ
向かったはず。反転してメッシナまで戻ったということは、彼らの目的地が
アドリア海であると考えるのが自然でしょう。

ただ補給に戻っただけかもしれないし、偽装針路かもしれない。
判断が難しいところですが、最終的に独艦隊を地中海に閉じ込め、その
通商破壊を封じさえすれば、英国側の勝利と考えていたのかも。

もはやゲーベンに逃げ道は無いように思われる。
スション提督は8月6日1700時、メッシナ出港を命じた。イオニア海に進出した
”孤独な二隻”は、一時間と経たないうちに軽巡グロスターに発見されてしまう。

ここからレース再開、ゲーベン追跡戦(後半戦)の開始です。


605 :名無し三等兵:2010/10/14(木) 22:11:35 ID:???
>>598
>それに肝心のオーストリア艦隊がひきこもったままで、今ひとつ頼りにならない。

いけません、長官!
根拠の無い断定は、真珠湾再攻撃やミッドウェー云々となんら大佐(ry

と言いつつ二重帝国海軍好きな私ですが、ろくな資料持って無いんで下記サイトをどうぞ。
興味ぶかい海戦事例だけでなく、海軍戦略とは何か?に通じるようなことも色々ありますんで。
『失われたオーストリア・ハンガリー二重帝国海軍』ttp://www.hinocatv.ne.jp/~hr-aks5/index.html

こちらによりますと、墺艦隊主力は少なくとも大戦中3回は出撃しているようです。
で、第1回目は独地中海艦隊とのブリンディジ沖でのの“合流”です。
詳しい時刻は不明ですが、独側の強い要請により、墺海軍総司令官アントン・ハウス大将直卒で
ド級戦艦「ヴィリブス・ウニーティス」「テゲトフ」「プリンツ・オイゲン」 準ド級戦艦「エルツヘルツォーク・フランツ・フェルディナント」「ラデツキー」「ズリーニ」 装甲巡洋艦「サンクト・ゲオルグ」 軽巡洋艦「アドミラル・スパウン」、駆逐艦6隻、水雷艇13隻
(Wikiですとハプスブルク級前ド級戦艦「ハプスブルク」も行動しているようですので、文字通りの全力出撃かも知れません)

8月7日、ポーラ出撃
同午後、アドリア海中部まで南下した時点で、独側より独地中海艦隊の目的地変更が通知され以後行動中止
8月8日、ポーラ帰還
です。

スション提督が墺側に助力要請を打電したのはメッシナ再入港後の8月5日で、
ポーラ〜メッシナ間は580マイルあるそうですから、全速力20ノットでも29時間かかる計算です。
仮に、直ちに墺艦隊が行動を起こしたとしても、独地中海艦隊が自力でメッシナ封鎖の英地中海艦隊をなんとかしない限りどうにもならないかと。

606 :GF長官:2010/10/16(土) 17:28:50 ID:???
>>605 有難うございます。第一次大戦の海戦資料ってなかなか無いですよね。
「ヴィリブス・ウニーティス」って、一致団結という意味だったのか。人名だと思ってた。
アドリア海から出なかっただけで、出撃はしてたんだ。

現在の「ゲーベン追跡戦」は以下を参考(というか丸写しw)にしています。
ゲーベンの開きし門
http://www.d3.dion.ne.jp/~ironclad/wardroom/Goeben1/goeben00.htm

独地中海艦隊長官を「ゾーヒョン」と呼ばれることが多いですが、本編で「スション」と
記しているのは上記によります。紹介して頂いたサイトでは「スーホン」になってますね。
もともとドイツの人名は日本語の発音には馴染みがないようで、ヒトラー総統も忠実に
言えば「ヘットレル」になるとか。
”ギョエテとは 俺のことかと ゲーテ言い”

通史としては、『死闘の海』(三野正洋/著)。
>>598のオーストリアネタも同書によりました。ただ総括程度のことしか書かれてない
ので、詳しい資料は助かります。


607 :GF長官:2010/10/16(土) 17:38:13 ID:???
>>604の続き

我に秘策ありー(再)

前回は宣戦布告前だったので”追いかけっこ”で済みましたが、今度はそうはいかない。
ゲーベンにとって重要なのは、真の目的地がトルコであると敵側に悟られないこと。
そのための策は偽装針路です。

メッシナを出た独艦隊は、イタリア半島の「靴底」に沿って針路を北東に取った。
「我々はアドリア海に向かっている」と思わせるため。
偽装針路は太平洋戦争でも多用されていますが、相手に発見してもらわないこと
には意味がない。だから、出港まもなくグロスターに見つかったことは、スション
提督にとって”してやったり”なわけでした。


608 :GF長官:2010/10/16(土) 17:39:03 ID:???
>>607の続き

おそらくグロスターは「ゲーベンはアドリア海へ向かうものの如し」と各方面に通報
するでしょう。そうなればしめたもの。
ここで出港時刻である1700時が意味を持ってくる。すぐに日没です。

つまり、メッシナ出港→敵艦に発見される→目的地がアドリア海だと誤認
→日没→敵艦は我が方を見失う→変針してトルコに向かう
これが提督の筋書きでした。

グロスターは絶妙のタイミングで”発見してくれた”ことになりますね。


609 :GF長官:2010/10/16(土) 17:46:33 ID:???
>>608の続き

グロスター側の視点から見てみましょう。

[発見時]
              (イタリア半島)               →アドリア海
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□          ┏━━━→
□□□□□□                ▲ゲーベン
□□                     ▲ブレスラウ
                   ━━━┛

                      ┌───→
                      △グロスター
                 ───┘

グロスターはメッシナの南口を哨戒していたので、そのまま追尾に移った。
上図のように沖側から2隻を監視していたのだが、あたりが暗くなると共に、
ゲーベンらの艦影が陸地と重なり視認が難しくなってきた。


610 :GF長官:2010/10/16(土) 17:52:01 ID:???
>>609の続き

そこでグロスターは、独艦隊と陸地との間に入り込んだ。

[追尾位置の変更]

              (イタリア半島)               →アドリア海
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□          
□□□□□□                        ┏━━━→ 
□□        ┌───→              ▲ゲーベン
           △グロスター            ▲ブレスラウ
           │              ━━━┛
           │
           │
           │
      ───┘

これで、ゲーベンとブレスラウの艦影は月明かりに浮かび上がることになった。


611 :GF長官:2010/10/16(土) 17:55:57 ID:???
>>610の続き

こうなると、スション提督にとっては都合が悪い。
偽装針路を通報した後のグロスターは、もはや”用済み”。
このまま追尾を続けられたら、いつまで経っても変針できない。

そこで僚艦ブレスラウに命じます。
「グロスターを排除せよ」

ただ排除と言っても、沈める必要はない。
無駄な燃料や砲弾の消費は極力避けたいところだし。
さて、どうしたもんだか・・・


612 :名無し三等兵:2010/10/16(土) 18:11:13 ID:???
>>611
かの艦の進路を乱すようなことをしてみよう。
最小限でミドルクラスの効果が上がる事でしょうなあ。

ヒントは月明かりでしょう

613 :GF長官:2010/10/18(月) 20:51:30 ID:???
>>612 ですね。>ヒントは月明かりでしょう
スション提督にとっても誤算だったのではないかと。

本職も以前フェリーに乗った時、夜間に甲板へ出てみましたが、
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1271339968/232
月が出てると、意外に遠くの島影が見えることに驚いた次第です。


614 :GF長官:2010/10/18(月) 20:59:23 ID:???
>>611の続き

ブレスラウがゲーベンから離れ、少しずつ速力を落としていく・・・
追尾するグロスターとの距離が縮まっていきます。

グロスターはそれに合わせて減速せざるを得ない。
徐々に陸地との間に押し込まれていった。
ゲーベンの艦影は視界から遠ざかりつつあり。

[ブレスラウの減速]

              (イタリア半島)               →アドリア海
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□          
□□□□□□                            ┏━━━→ 
□□   ┌─→      ┏━→                ▲ゲーベン
      △グロスター  ▲ブレスラウ        ━━━┛ 
    ─┘       ━┛


615 :GF長官:2010/10/18(月) 21:25:06 ID:???
>>614の続き

これはF1レースではよく使われる手法でして、
同一チームの片方のドライバーが後続車の先頭をおさえ、その間にチームメイトを逃がす。
チャンピオン争いが緊迫してくると、しばしば見られる光景です。

ゲーベンはグロスターの視界から消えたところで変針すれば計画通り。
ブレスラウはその後で、適当に撒けば良いでしょう。

(英)グロスターと(独)ブレスラウは、ともに軽巡です。
主砲はグロスターが6インチ砲2門、ブレスラウが4インチ砲12門。
砲戦ともなればグロスターの方が有利ですが、その間にゲーベンに逃げられてしまう。
安易に戦闘を始めるわけにはいかない。


616 :GF長官:2010/10/18(月) 21:27:35 ID:???
>>615の続き

追跡開始から5時間が経過した2300時。頃合いを見てゲーベンは南東に変針。
あとはトルコに向かって一直線・・・の予定でしたが、
なんと追尾していたグロスターもそれに合わせて変針した!

十分に引き離したはずなのに、どうしてグロスターには見えていたのか。
>>610の通り、当夜は月明かりのおかげで夜間とは雖も視認性は良く、また、
ゲーベンはメッシナで補給した時、石炭の質を問わず載炭作業を優先させた
ため、質の悪い(煤煙の濃い)石炭が多く含まれていた。

その結果、変針を見破られてしまったのです。
それを牽制すべき立場にあったブレスラウは何をしていたのか。
詳しい資料はありませんが、おそらく沖側からグロスターを監視していたので、
陸地と艦影が重なり、見失ってしまったのではないかと(>>609


617 :GF長官:2010/10/18(月) 21:28:37 ID:???
>>616の続き

当然の如く、ゲーベンの変針は直ちに通報された。
英艦隊はゲーベンの「真の目的地」を知ったわけです。
次は、オトラント海峡を封鎖している”強力な艦隊”が針路を塞いで来るでしょう。

かくなる場合、指揮官はどうすべきか。
答えは簡単です。「三十六計逃げるに如かず」
もうお分かりですよね。
それでは皆様も、声を合わせてご一緒に・・・「機関増速せよ、23ノット!」


618 :機関室 カマ炊き長:2010/10/20(水) 08:27:43 ID:???
伝声管<「機関増速せよ、23ノット!
ガチャンチャンン(ピッチノブ・船首に立ってWorldで出たアレ)

カマ炊き長「おーい野郎共、23ノットだそーだ、石炭とアレも投げ込んでカマ炊けー!」
カマ炊き員A「こんな事もあろうかと、作っておいた高燃焼精錬石炭棒の威力が今ここに!」
カマ炊き員B「それスコップで4:6で投げ込めー!」

619 :GF長官:2010/10/20(水) 20:48:22 ID:???
>>618 久々の新キャラ登場ですね。>高燃焼精錬石炭棒
徳川機関長に任せておけば心配無用!


620 :GF長官:2010/10/20(水) 20:55:14 ID:???
>>617の続き

ここで俄然脚光を浴びるのが、オトラント海峡に配置されていたトルーブルッジ少将の
第一巡洋艦戦隊(>>603

追尾する軽巡グロスターにゲーベン阻止は期待できない。
ミルン中将の本隊はシチリア西方に居るから、とても追いつけない。
現時点で最も優勢な戦力を保持し、かつ独艦隊のトルコ行きを阻める位置に居るのは
彼の部隊以外にはありません。

既述の通り、メッシナを出たゲーベンは北東へ針路を取った(>>>>607
触接中のグロスターから通報を受け、トルーブリッジ少将は
「独艦隊はコロンナ岬を回ってアドリア海に入るだろう」と判断し、同海域へ急行した。


621 :GF長官:2010/10/20(水) 21:04:01 ID:???
>>620の続き

[英第一巡洋艦戦隊の動き]

     (イタリア半島)                        アドリア海
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ コロンナ岬
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□        ←─┐
□□□□□□□□□□□□□□□□□□                  └┐
□□□□□□□□□□□□□□                          └┐(トルーブリッジ少将)
□□□□□□□□□□                                  △ディフェンス
□□□□□□        ┏━━→                           △ブラック・プリンス
                 ▲ゲーベン(スション少将)                  △ウォーリア
           ━━━▲ブレスラウ                             △デューク・オブ・エジンバラ
         ┌─→                                        └┐
         △グロスター
      ──┘


622 :GF長官:2010/10/20(水) 21:09:26 ID:???
>>621の続き

妥当な指揮かと。
独艦隊が現針路を維持し、最短経路でアドリア海に入るには、これ以外に道はない。

しかし、その後ゲーベンは針路を南東に転じた(>>616
トルーブリッジ少将も、偽装針路に気付いたと思われる。
そこで明けて8月7日0010時、麾下全艦に回頭を命じ、針路南東、追尾に移った。

このまま追跡を続ければ、夜明け頃には煤煙を発見できるかもしれない。


623 :GF長官:2010/10/20(水) 21:16:01 ID:???
>>622の続き

[英第一巡洋艦戦隊の反転](8月7日0010時)

     (イタリア半島)                        アドリア海
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ コロンナ岬
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□         ┌──┐
□□□□□□□□□□□□□□□□□□               └┐  └┐
□□□□□□□□□□□□□□                       └┐ └┐(トルーブリッジ少将)
□□□□□□□□□□                                  ▽ディフェンス
□□□□□□                                         ▽ブラック・プリンス
                                                   ▽ウォーリア
           ━━━▼ブレスラウ                             ▽デューク・オブ・エジンバラ
  ──┐          ▼ゲーベン(スション少将)                    └┐
     ▽グロスター    ┗┓                                   ↓
     └┐           ↓
       ↓


624 :GF長官:2010/10/20(水) 21:31:03 ID:???
>>623の続き

ところが7日0415頃、なぜか第一巡洋艦戦隊は再反転し、オトラント海峡に戻ってしまった。
栗ターンならぬ、トルターン・・・

謎の反転をした理由については、トルーブリッジ少将が、
「ゲーベンの南東変針は陽動であり、ポーラから出撃したオーストリア艦隊(>>605)が
アドリア海から出るのを容易にするための偽装針路だ」と思い、出口封鎖に復帰した
というのが、有力な説の一つです。

また、このまま追尾を続ければ、ゲーベンとの会敵は7日昼頃と予想され、白昼の
砲撃戦となれば、装甲巡洋艦4隻が揃っていると雖も、巡洋戦艦に対して勝ち目は
ないと判断したとも言われている。

それは、彼がミルン中将宛に打電した電文からもうかがえる。
「我々には夜間にゲーベンを射程に捉える望みがない故、追跡を断念する」


625 :GF長官:2010/10/20(水) 21:32:38 ID:???
>>624の続き

後に、この再反転は上層部から「戦意不足」とみなされ、彼は司令官の職を更迭される。
確かに彼の部隊が会敵していれば、ゲーベンを沈めることは無理でも、足止め出来た
のではないかとの気持ちはよく分かる。
ちょうど我々が「栗田艦隊がレイテに突入していれば・・・」と悔やむように。

ただ、この後フォークランド沖海戦やドッガーバンク海戦等で、装甲巡洋艦が巡洋戦艦に
対して歯が立たないことは証明されている。
何より”優勢な戦力”との戦闘を禁じたのは、他ならぬ本国の方針だった(>>536)のだから、
いささか同情の余地はあるように思いますね。

これで、ゲーベンを追跡可能なのは、グロスターだけになってしまった。


626 :GF長官:2010/10/21(木) 21:04:28 ID:???
>>625の続き

グロスターはゲーベンの南東変針までは確認したが、その後見失ってしまった
ようです。やはり夜間の追跡は難しかったか。
ところが夜明けと共にゲーベンの煤煙を発見し、再度捕捉に成功。
おそらく、両艦がほぼ同一針路、同一速度で同航していたため、相対距離が
開かなかったからだと思われる。

またブレスラウもゲーベンと合同し、昨夜と同じ形のレースが再開した。
昼間の追跡戦となると、視界が良いだけに燃料勝負になりそうです。長期戦を
覚悟しなければならない。

7日正午になって、シチリア西方に居たミルン中将の本隊は、マルタへ帰投。
しかし独艦隊は、はるか東方です。


627 :GF長官:2010/10/21(木) 21:07:06 ID:???
>>626の続き

1335時に動きがあった。
グロスターが6インチ砲(>>615)を発砲。
主力艦隊が到着するまでの時間稼ぎの意図があったのではないかと。

グロスターが”本気ではない”ことを見て取ったスション提督は相手にせず、
針路・速力を維持したため、戦闘は1347時に早くも終了。
被害は、ブレスラウが艦尾に1発命中弾を受けたのみで航行に支障なし。

それからまた、静かな追跡戦が続く・・・
ついに1640時、グロスターは追尾を断念して反転した。
前日の日没前から24時間にもわたる追跡で、石炭が欠乏していたのでしょう。

遠ざかるグロスターの艦影を見届け、独艦隊は2000時、マタパン岬を回って
エーゲ海に入った。
ようやく、英艦隊を振り切ることができました。


628 :GF長官:2010/10/23(土) 19:57:30 ID:???
>>627の続き

ようやく執拗な追っ手から逃れた2隻は、速力を落とすことが出来た。
途中、石炭船からの補給を受けつつ北上し、8月10日にダーダネルス海峡を通過、
16日にはコンスタンチノープルに入った。

ついに目的地到着!
思えば7月末にポーラを出撃してから半月、まさか無事にトルコまでたどり着けるとは
誰も思っていなかったでしょう。
英国側の錯誤に助けられた面はありますが、スション提督の適切な判断、そして乗員
たちの奮闘を讃えるべきかと。

トルコは開戦直後の8月5日に中立を宣言。
中立国に入港した軍艦は、24時間以内に出港しなければならない(>>596
ここでドイツ政府は、前代未聞の手段に打って出た。
ゲーベンとブレスラウの2隻をトルコ政府に売却したのです。
自国の軍艦なら、この”中立国規定”はあてはまらないですからね。


629 :GF長官:2010/10/23(土) 19:58:52 ID:???
>>628の続き

イギリス政府は猛烈に抗議したが、トルコ側が受け入れるはずもない。
これにはある伏線がからんでいました(>>528

もともとトルコ海軍は「貧弱」の一言に尽き、主力艦と言えば、
旧式戦艦2隻(ヘイレディン・バルバロッサ、トルグット・レイス)
装甲艦1隻(メスディエ)
巡洋艦2隻(メジディエ、ハミディエ)くらいなもの。

そこで海軍力増強を計画し、イギリスに弩級戦艦2隻を発注した。
全国で募金が集められ、支払いも済み、回航時の乗員も英国に派遣され、
その訓練も始まっていた。
国民は新鋭戦艦の到着を心待ちにしており、あとは受領式を残すのみ。


630 :GF長官:2010/10/23(土) 20:00:25 ID:???
>>629の続き

ところが直前になって、英国政府は色々と難癖をつけて引き渡しを拒み、
2隻とも接収してしまったのです。
まさかの事態にトルコ国民の怒りは頂点に・・・
ちょうどその時、2隻のドイツ軍艦がコンスタンチノープルに舞い降りた。
まさに”アラーの奇蹟”と思ったに違いありません。

8月18日をもって、2隻にはトルコ海軍旗が掲げられ、
ゲーベン→ヤウズ・スルタン・セリム
ブレスラウ→ミディリ
と艦名を変更。

ただトルコ海軍所属になったと言っても、乗員はそのままで、スション提督は
トルコ艦隊司令長官に就任。軍令部総長兼GF長官と言ったところかな。


631 :GF長官:2010/10/23(土) 20:02:04 ID:???
>>630の続き

珊瑚海海戦を評する時、以下のように言われますよね。
「レキシントンを沈めた日本側の戦術的勝利」
「ポートモレスビー攻略を阻止した米国側の戦略的勝利」

しかしこのゲーベン追跡戦に関しては、戦術的にも戦略的にもドイツの大勝利。
英国側は優勢な戦力を保持しながら、たった2隻を取り逃がしたことも痛いが、
中立国であったはずのトルコを同盟国側につかせたことは、取り返しのつかない
大失策と言えるでしょう。

後のガリポリ上陸作戦では、5隻の戦艦を沈められ、25万人もの死傷者を出して
何も得るものがなかったのだから、そりゃチャーチルの首も飛ぶわなぁ・・・
躍進するドイツ海軍に対抗するため、一隻でも多くの戦艦が欲しかったとの事情は
よく理解できますが、

「のちのダーダネルス作戦での大損害を考えると、イギリスにとって2隻の軍艦を
惜しんだ代償は非常に大きかったと言えよう」          (『死闘の海』)


632 :GF長官:2010/10/23(土) 20:06:01 ID:???
>>631の続き

ゲーベン改めヤウズ・スルタン・セリムは、この後、黒海でロシア艦隊と死闘を
繰り広げるのですが、それはまた別のお話。
次回からは北海に戻ります。

英国艦隊の汚名返上なるか?
ビーティ提督、出番ですよ!


633 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 17:01:48 ID:???
丸編集部の「空母機動部隊」とか「零戦の攻防」を買って、当時の乗組員の手記をいろいろ読むと、
あれ、GF長官の解説と食い違ってるじゃん、と思える話、いくつかあるね。

その1. 飛龍乗組・榎本大尉の回想@索敵 (空母機動部隊 p44)
「攻撃隊発進と同時に赤城・加賀から97艦攻、
巡洋艦・利根、筑摩、戦艦・榛名から零式水偵、計7機の索敵機を米艦隊捕捉のため発進させたが、
この日はなぜか二段索敵を実施しなかった」 <=★★★
MI当時、二段索敵の実施がありえないとなると、なぜ、当時の乗組員はこんな回想を持つのだろう?


その2. 赤城飛行長・増田大佐の回想@6/4前日の敵機触接関連(空母機動部隊 p74)
夕方に左前方に飛行機の灯らしきもの、が星の見間違えだろう、と判断された直後のエピソード。
「そのときに各電信室から「敵の飛行機らしき感度が聞こえます。しかも距離が近い」と来た。
それで確かに偵察機であることに違いなかったんだ」

赤城の電信室は、敵機の通信らしきものを受信してたのは、ほぼ確実だろうね。
このエピソードがありながら、まだ1AFは米軍に見つかってない、というのは、
1AF幕僚・司令官の誤判断と責められてもいいネタである。


その3. 蒼龍分隊長・藤田少佐の回想@6/4-6/5(零戦の工房 p40)
「攻撃開始は6/5だったが、その前夜から米軍のB-17らしい大型機数機が、我が艦隊を触接していた。
これでは明朝から防空に忙しくなるぞと思っていた」
さて、現場は、6/5のミ島爆撃は奇襲にならない、という判断だったようですね。
1AF幕僚・司令官は、何を持ってミ島奇襲成立を信じていたのだろう?

ミ島奇襲が成立しない、という判断なら、6/5の立ち回り方に別の選択肢が出てくるだろう。

634 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 17:56:11 ID:???
>>633
否定されまくってる話を何度持ち出すのよ?

>MI当時、二段索敵の実施がありえないとなると、なぜ、当時の乗組員はこんな回想を持つのだろう?
戦後の回想だから
それまでの海戦で二段索敵していないんだから、MIに限って二段索敵をしないと感想を持つのはおかしな話

>赤城の電信室は、敵機の通信らしきものを受信してたのは、ほぼ確実だろうね。
>このエピソードがありながら、まだ1AFは米軍に見つかってない、というのは、
>1AF幕僚・司令官の誤判断と責められてもいいネタである。
米軍はその時間帯・その海域に索敵機を飛ばしていない以上、誤認と断じた判断は正しい

>「攻撃開始は6/5だったが、その前夜から米軍のB-17らしい大型機数機が、我が艦隊を触接していた。
>これでは明朝から防空に忙しくなるぞと思っていた」
>さて、現場は、6/5のミ島爆撃は奇襲にならない、という判断だったようですね。
これも米軍側が前日にB-17を機動部隊に接触させていない以上、記憶違いか嘘

大体、1AFの司令部の回想は否定するのに、なぜそれ以外の人員の回想は鵜呑みにしちゃうわけ?
それも検証すれば、信用のおけない回想に限ってさ

635 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 19:02:41 ID:???
>>634

>誤認と断じた判断は正しい

「歴史の事実として」誤認と断じたのは、正しかっただろう。
ただし、そう判断したことから、油断を生み、翌日の大敗北に相当寄与してることも事実。
むしろ、判断を誤って、敵に位置がバレた、と翌日の作戦の一部を緊急で手直し等やっていた方が、
史実よりもマシな結果を生むこともあるだろう。

誤認と断じた判断は、戦闘指揮を行う立場の状況判断としては、ホントに正しいのか?
歴史家としての立場だったら正しいが。


>検証すれば、信用のおけない回想に限ってさ
司令部の回想、戦闘詳報、「全てが正しい」とは思ってないからね。
現場情報が全て記載されるハズはないし、都合が悪いものの一部がオミットされている可能性がある
と思ってるから。そう証言する艦長クラスもいるしね。

636 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 19:19:22 ID:???
>ただし、そう判断したことから、油断を生み、翌日の大敗北に相当寄与してることも事実。
いやいや、要因の一つでしかありませんわ。
敵空母部隊がいるという情報を得ていたのならともかく。

>誤認と断じた判断は、戦闘指揮を行う立場の状況判断としては、ホントに正しいのか?
その場の判断としても、これっぽっちも間違っておりませんなあ。
誤認と断じていなければ…というのは、まさに後知恵からの発想でしかありませんので。

>司令部の回想、戦闘詳報、「全てが正しい」とは思ってないからね。
>現場情報が全て記載されるハズはないし、都合が悪いものの一部がオミットされている可能性がある
その割には自説に都合のいい証言や回想のみを検証なしで取り上げているようですな。
まさに「都合の悪いものをオミットしている」とはこの事でしょう。

637 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 21:25:41 ID:???
>>636
赤城飛行長・増田大佐の部分は、各空母4艦の飛行長クラスの座談会で、
そのうちの一人は、キチンと記録に目を通しているよ。
「現にのちの資料を見ると、視界不良とか、霧の中に入った…」って発言あるし、
司会は丸の編集がやってるし。

基本的な思い違いが発生してるなら、この時点で指摘修正されそうな回想であるけどね。

638 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 21:50:04 ID:???
お久しぶりです仙人参謀殿!

639 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 21:51:21 ID:???
根本的に南雲艦隊が沈んだ理由がだな、直接的には直上見張りの失敗だぞ。

640 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 22:11:33 ID:???
>>636
何を仰りたいのかいまいちわからんのですがね。
座談会の司会が丸編集部だろうが、記録見ながらだろうが、んなことはどうでもいいんですよ。

前日に敵機らしきものを発見して零戦が発進してるのは、確かに記録にも残っていて、
敵機の無線らしきものを傍受したという回想が複数あるのも、これまた確かですな。
そういう意味で、増田飛行長の回想に自体には思い違いと言うほどのものはないでしょう。

がしかし、その敵機や無線を傍受したとされる時間帯の南雲艦隊の周囲に敵機がいなかったのも、これまた間違いない事実。
つまり、発見されたという敵機らしき灯や増田飛行長が聞いたという
「敵の飛行機らしき感度が聞こえます。しかも距離が近い」通信室からの情報は、明らかな誤認なわけで。

そうである以上、真珠湾以来の経験からそれらを誤認とした南雲長官の判断は間違ってはおらず、
それらの明確な誤認にも関わらず、誤認を元に1AFは敵機に発見されていたという主張こそが「思い違い」と言えるでしょう。

だいたい、丸編集は平成になっても「第二次攻撃隊発進直前に3空母は被弾した」という伝説を本に書いてるわけで。
「丸編集が司会をしていたから〜」、明らかな思い違い・嘘があれば指摘修正されるというのは、ただの思い込みとしかいえませんな。

641 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 22:19:54 ID:???
>>640
話しが噛み合いませんなw

歴史上の事実に照らし合わせて、歴史家の視点だったら、誤認判断が正しいのだけれども、
「誤認」と片付けることは、最前線の状況判断として、正しい(この表現がイヤなら適切)だったのか、
という観点なのだよ。

ミッドウェー島が強襲になるのか、奇襲になるのか、で作戦運用が同じわけではないのだから。

642 :名無し三等兵:2010/10/24(日) 22:27:05 ID:???
>>641
いや、だから最前線の情況判断としても正しかった、と言ってるじゃない。
後知恵以外でそれを否定する材料があるとは思えないんだけど?

643 :名無し三等兵:2010/10/25(月) 01:34:45 ID:???
>>633
せっかく「ゲーベン追跡戦」が終ったんで、コレについても同じように考察してみたらどうでしょう?
この経過で問題とすべき点が、長官書き込み以外にもないのかな、とか。
戦術面に限っても、索敵、敵情伝達、脅威評価、情勢判断、行動命令・決心の『基本原則』は、ミッドウェー海戦となんら変わりませんから。


ところで英独間の比較(本来は仏墺伊土も考慮すべき特に仏)で英側のミスが強調される「ゲーベン追跡戦」ですが、
スション提督の独側にも“結果オーライ”的な問題点が幾つかあると私は考えますが、当スレ住人&長官はいかがでしょう?
スション提督の判断や指揮、決心に重大な問題はなかったのかなと?

644 :名無し三等兵:2010/10/25(月) 01:48:32 ID:???
戦力で勝っていようとも、敵艦隊補足撃滅がいかに難しいことであるか、
戦力で劣っていようとも、逃走は補足撃滅に比べればいかに達成しやすいか

ゲーベン追撃戦みて改めてそう思った罠。

645 :機関室 カマ炊き長:2010/10/25(月) 12:32:56 ID:???
>>640
あれは、ゆーふぉーだよ。

意外と二次大戦の各戦域で未確認飛行物体が……

646 :機関室 カマ炊き長:2010/10/25(月) 12:37:23 ID:???
戦時だから、記録がハッキリしているんで、双方から飛んでいない場合は
未確認飛行物体の可能性は高い。 どっか中立国の飛行機の可能性もあるが
ミッドウェイ海戦なら、そのおかしな未確認飛行物体は、米軍史料からもその位置に何も居ない
日本側も零戦を飛ばして捜索となれば、客観的に見てあの海域に飛行機らしきモノを飛ばせる
第三勢力は存在しない訳で。

まあ、プラズマか雷球(電気の固まり)の類だと思うけどね。
電信の周波数もそれで説明付くし、まだ遠いとはいえ既に米軍の通信量は増えている訳で
それがいろんな自然現象で、赤城の電信室で傍受されたと、ノイズまみれではあったが。

647 :GF長官:2010/10/25(月) 21:05:11 ID:???
>>633 有難うございます。久々のミッドウェイだ!
本職も読みましたよー>「空母機動部隊」「零戦の攻防」・・・立ち読みだけど。

>その1. 飛龍乗組・榎本大尉の回想@索敵 (空母機動部隊 p44)
まず当スレにおける手記の位置づけは、”雰囲気を味わうための参考程度”です。
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1215089973/501

人間の記憶ほど当てにならないものはないですからねぇ。
手記だからと言って全部否定するわけではありませんが、
>この日はなぜか二段索敵を実施しなかった」 <=★★★

わざわざ★印まで入れるくらいなら、説明するまでもないかと。
この文章を読んだ時、「じゃあそれまでは二段索敵を実施していたのだろうか」
と思いませんでしたか?
そして自ら調査することにより、その疑問は解決しましたか?
そこから戦史検証は始まると思います。健闘を念じます。


648 :GF長官:2010/10/25(月) 21:06:14 ID:???
>>647の続き

>その2. 赤城飛行長・増田大佐の回想@6/4前日の敵機触接関連(空母機動部隊 p74)
通信傍受に関しては、『ミッドウェー』や『炎の海』にも出てきます。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/252
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1268653116/230-231

しかし南雲長官の情勢判断は、
「敵は我が企図を察知せず。少なくとも機動部隊は敵に発見されていないと認める」
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/260

史実では>>634の通り、前日に1AFは発見されていないから、
南雲長官の判断は「正しかった」。
故に、>”1AF幕僚・司令官の誤判断”ではありませんよね?


649 :GF長官:2010/10/25(月) 21:07:17 ID:???
>>648の続き

ただ本職は「敵は我が企図を察知せず」の方は、「問題あり」としています。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1263203379/280

ここで注意して頂きたいのは、そう評価した理由。
「敵飛行艇らしき通信を傍受したから」ではなく、
「輸送船団が発見され、攻撃を受けたから」です。

>その3. 蒼龍分隊長・藤田少佐の回想@6/4-6/5(零戦の工房 p40)
B−17を哨戒に使うなんて、米軍は贅沢ですなぁ・・・
冗談はさておき、おそらく輸送船団がB−17に爆撃された事と混同しているのでしょう。
ね、人間の記憶って当てにならないでしょ?

さて、ここからが興味あるところですが、
>ミ島奇襲が成立しない、という判断なら、6/5の立ち回り方に別の選択肢が出てくるだろう。
ぜひ「別の選択肢」を聞かせて下さい。
まさか「索敵完了まで友永隊待機」とか言わないですよね?よね?


650 :GF長官:2010/10/25(月) 21:34:38 ID:???
>>634 いつもながら対応が早いですね。感謝します。
やっぱり南雲スレはミッドウェー関連で議論しないと、看板倒れになりますよね。
既出ネタでも結構、やってやるです!

>>635 お二人の主張はよく理解できます。
>>634様は「史実では前日に1AFは発見されていないから、南雲長官の判断は正しかった」
本職も同意です(>>648

>>635様は「それは史実を知っているからこそ言える結果論で、当時は発見された可能性は
否定しきれないのだから、何らかの対応をすべき」
これも同意。故に本職も「問題あり」としました(>>649


651 :GF長官:2010/10/25(月) 21:36:39 ID:???
>>650の続き

次に、「ではどう対応すべきだったか」が問題になります。
本職は、史実の作戦指導(七線一段索敵・第二次攻撃隊雷装待機・友永隊黎明発進)は
”妥当だった”と評価します。
何度も繰り返しますが、”正しかった”ではありません。これよりマシな計画は思いつかない
という意味です。

これに対する具体的な対案は、先任参謀殿の案「索敵完了まで、友永隊発進待機」しか
出て来ていないですね。
あのような騒動は、もう勘弁してもらいたいですが、本職が感銘を受けたのは、具体的な
(タイムスケジュールや零戦残存数を含めた)作戦案だったこと。

例えば、真珠湾で一撃のみで避退したことを非難する人は山ほどありますが、
第二撃の具体案(攻撃隊の編制、兵装、発進時刻、収容予定時刻・・・等々)
まで示す人はありませんよね。
故に、先任参謀殿の提案は画期的だったと思います。

今回はそれを上回る作戦案が出て来るのか、楽しみですね。


652 :GF長官:2010/10/25(月) 21:38:04 ID:???
>>636 今回はお手柔らかに頼みますぞ。

>>639 ですよね。敵機を直上で発見してもなぁ・・・手遅れだよ。

>>643 戦史スレらしくなってきましたな。
>せっかく「ゲーベン追跡戦」が終ったんで、コレについても同じように考察してみたらどうでしょう?

個人的には、本編でも記した通り、「メッシナに33時間も停泊したこと」(>>599
本職がブレスラウ艦長なら、「直チニ出港ノ要アリト認ム」と具申するかも。

もう一つ、コンスタンチノープル入りが不可能になったのに、トルコへ向かった(>>597
のは命令違反ですね。
仰る通りで、「結果オーライ」だから許されるのなら、将来に禍根を残すと言える。

>>644 そう思います。
開戦当初の日本海軍が米空母捕捉に苦労したのを思い出しますね。

>>645-646 そうだったのかw >あれは、ゆーふぉーだよ。
そういや、火星人襲来(ラジオドラマを本気にした事件)もこの頃だったか。
ガミラスの偵察衛星だったかもしれんな。沖田艦長に報告しておこう。


653 :GF長官:2010/10/25(月) 21:43:27 ID:???
>>652訂正
>>636 今回はお手柔らかに頼みますぞ。
>>638 今回はお手柔らかに頼みますぞ。


654 :名無し三等兵:2010/10/25(月) 22:03:35 ID:???
見張りに失敗しても回避行動を取れた場合と、山口のあったんだか無いんだかわからない進言通りに震源友永隊収容を
放棄して二次攻撃隊を無理矢理出したが見張り失敗した場合ってシミュレーションされてたっけ?

とくに後者は史実より人的被害が甚大になりそう。

655 :GF長官:2010/10/25(月) 22:27:02 ID:???
>>632の続き

ヘルゴラント・バイト海戦(大正3年8月28日)

先のゲーベン追跡戦は”追いかけっこ”でしたが、ここからは本格的な戦闘が
開始されます。

ヘルゴラントは北海の島。地図(>>488)の通り、
ドイツ海軍の本拠地ヴィルヘルムスハーフェンの目の前にある。
バイト(bight)は湾の意味。

ここへ英艦隊が奇襲をかけ、圧勝した戦いです。


656 :GF長官:2010/10/25(月) 22:29:12 ID:???
>>655の続き

両軍の兵力を確認しておきます。

(英)
[奇襲部隊]
ハリッジ戦隊(ティルウィット代将)
 軽巡「アリシューザ」「フィアレス」、第一駆逐戦隊、第三駆逐戦隊
潜水艦隊(キイス代将)潜水艦8隻

[支援部隊]
巡洋戦艦部隊(ビーティ中将)
 巡戦「ライオン」「プリンセス・ロイヤル」「クイーン・メリー」「インヴィンシブル」「ニュージーランド」
第一軽巡洋艦戦隊(グッデナフ代将)
 軽巡「サウサンプトン」「バーミンガム」「ローストフト」「ノッティンガム」

(独)
水雷戦隊(マース少将)
 軽巡「ケルン」「アドリアネ」「マインツ」「シュテッティン」「フロウエンロブ」
駆逐艦戦隊(ワリス中佐)駆逐艦12隻

(註)
ハリッジはロンドン東方の軍港(>>488)。軽巡戦隊と水雷戦隊が配置されていた。
代将は少将と大佐の間の階級(陸軍では准将に相当)


657 :GF長官:2010/10/25(月) 22:31:19 ID:???
>>656の続き

「開戦直後からイギリス海軍は、潜水艦を用いて敵軍の行動を監視していた。
そして北海の哨戒を行うドイツ軽艦隊の行動に一定のパターンがあることが判明
すると、これを利用して包囲殲滅しようと考える」          (『死闘の海』)

英海軍の戦略方針は「制海権の維持」だったはず(>>475)なのに、ずいぶんと
思い切った作戦ですね。
敵の本拠地に突入するわけだから、奇襲に失敗したら自らが「包囲殲滅」される
恐れは十分にある。よく作戦の裁可がおりたもんだ。

ただ今回の作戦目的は独哨戒部隊の撃破であって、相手は戦艦や巡戦の主力
ではない。なので、主役は軽巡主体のハリッジ戦隊です。
ビーティ中将率いる巡戦部隊はあくまでも支援部隊であって、もし敵主力が出現
した場合の備え。

ちょうど真珠湾攻撃で金剛型戦艦2隻(比叡・霧島)が随伴しましたが、その役割
とよく似ている。空母が被弾した場合の曳航任務も兼ねていましたが。

何しろ、敵の本拠地に接近するのだから何が起こるか分からない。
南雲機動部隊と同じく、奇襲は発見されないことが大前提です。
うまくいくでしょうか。


658 :GF長官:2010/10/26(火) 21:07:06 ID:???
>>654 なかったような・・・ >シミュレーションされてたっけ?
珊瑚海でもほぼ停泊同然の敷設艦に対して、28発全弾外したなんてことも
ありましたからねぇ。
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1228736921/58


659 :GF長官:2010/10/26(火) 21:42:51 ID:???
>>657の続き

8月26日ハリッジを出撃したティルウィット代将の軽巡部隊は、28日0700時、
霧深いヘルゴラント湾南方海域に進入した。

ところが、早くも哨戒中の独駆逐艦G196に発見されてしまう。
なんてこったい!
警戒厳重な敵本拠地に奇襲をかけるなんて、そうそう成功するものではない。
真珠湾奇襲成功が戦史に輝く壮挙だと分かるというものでしょう。

しかし、ティルウィット代将は女神さまと懇ろだったようで、当時ヴィルヘルムス・
ハーフェンでは、ほとんどの艦艇がボイラーの火を落としており即応できる態勢
ではなかった。

急報を受けて蒸気圧力が不十分なまま、軽巡「シュテッティン」「フロウエンロブ」が
出撃します。
wikiによると、防衛司令官ヒッパー中将は、「敵の奇襲部隊は軽巡主力」との
報告を受けていたので、こちらも軽巡を出せば対応できると判断していたようだ。
まさかその後ろに巡戦5隻のビーティ部隊が控えているとは夢にも思うまい。


660 :GF長官:2010/10/26(火) 21:45:09 ID:???
>>659の続き

この間、ドイツ駆逐艦群は苦戦を強いられ、特にV1は命中弾により速力が低下、
危機に瀕していたが、その時、軽巡シュテッティンが救援に到着。
ハリッジ戦隊が攻撃の矛先を転じたため、V1他の駆逐艦は脱出に成功。
それを見届け、シュテッティンも離脱した。

ハリッジ戦隊はこれを追って、更に湾内奥深くへと進んで行く。
0800頃、邀撃艦隊のもう一隻、軽巡フロウエンロブが現れた。
ここで「アリシューザ対フロウエンロブ」の軽巡対決が開始されます。

ゲーベン追跡戦でも紹介(>>615)しましたが、英独の軽巡主砲を比較すると、
(英)6インチ砲、(独)4インチ砲で英側が優勢。
しかもアリシューザは就役したばかりの新鋭艦でしたが、慣熟訓練不足の
ため、旧式軽巡フロウエンロブに圧倒されてしまいます。

「主砲の性能の違いが、戦力の決定的な差ではないことを教えてやる!」
軽巡フロウエンロブ艦長の台詞に、乗員の士気は大いに高揚したとか・・・
多数の命中弾を浴びたアリシューザは戦線離脱を余儀なくされた。


661 :GF長官:2010/10/26(火) 21:49:34 ID:???
>>660の続き

好事魔多しー
そこへ支援部隊の英第一軽巡戦隊(軽巡4隻>>656)が到着。
あやうし、フロウエンロブ!

ところが、これを発見したハリッジ戦隊の駆逐艦ラーチャーが敵艦と誤認、
「我れ、敵艦4隻に追跡されつつあり」と打電してしまいます。

実はビーティ、グッデナフの両部隊が支援に加わることは、ティルウィット代将に
伝わっていなかったのです!
・・・やれやれだぜ。この影響でしばらくの間、英艦隊内に混乱が生じ、その隙に
乗じて、フロウエンロブも離脱に成功した。

北海特有の濃霧が混乱に拍車をかける。
ビーティ中将の巡戦部隊は、未だ交戦海域には到着していない。
独艦隊は邀撃態勢を整えることが出来るのか。

優勢な戦力を保持しながらこのgdgdぶりは、レイテ沖海戦を思い出しますねぇ。
打ち合わせは事前に済ませておきませう。


662 :名無し三等兵:2010/10/26(火) 22:03:11 ID:???
>>658
いやぁ、なんかね、結局最初の急降下爆撃をかわせたか、かわせないかがターニングポイントであって、
仮に空荷であっても甲板やエレベーター吹っ飛んだ空母抱えての戦いになれば空母が仮に1,2隻残っても
結局二次攻撃隊の収容あきらめる羽目になったり、空母4隻喪失は変わらなかったりするんじゃないかと。

663 :名無し三等兵:2010/10/26(火) 22:23:10 ID:???
>>662
第三次攻撃隊の準備をさせてるから空荷じゃないんだな、これが。
だから降爆を回避できなきゃ、被害は史実とあまり変わらないと思うぜ。

まあ誘爆すべき爆発物が第二次攻撃隊の分だけ少なくなるかもしれないけど、
その恩恵に預かれるのは二航戦のみ、兵装転換中の一航戦は第二次攻撃隊を出しようがないんで、
赤城と加賀の損害は史実と変わりようがないんよね。

つまり、飛龍だけが史実どおりに攻撃を回避できたとしたら、
残る3空母のうち蒼龍は被弾しても史実よりマシな状態になるかも…しれない。
でも、すぐに護衛をつけて後退させなきゃ、飛龍の被弾後に結局他の空母の後を追うことになりかねないけど。

664 :名無し三等兵:2010/10/26(火) 22:33:21 ID:???
あぁ、やっぱそうですよねー。

665 :名無し三等兵:2010/10/26(火) 23:38:50 ID:???
ふと海軍作戦史を眺めていたら、南雲部隊のインド洋作戦についての部分に、
今まで気付かなかった「また僚艦『コーンウォール』は爆弾8発を受けた後〜」の記述が…。
これ英海軍の記録なんだろうか?

まあ珊瑚海をはじめ、自称命中率と実際の命中率は倍以上の差があるから、妥当な数字ではあるけど。
この数字が正しいとすると、日本軍記録で15発命中が実際は8発と言うことは、実際の命中率は5割弱ですか。


666 :名無し三等兵:2010/10/26(火) 23:44:36 ID:???
普通に考えて回避する動目標命中率5割って、化けものだと思うんだ。

667 :名無し三等兵:2010/10/27(水) 00:23:12 ID:???
>>665
日本において、ドーセットシャーは31発命中と言われている。
英語のウィキペディアでは、ドーセットシャーは10発命中。
ドーセットシャー、コーンウォールに投下した爆弾は計52発。
2艦で18発命中なら、実際の命中率は3割強になる。

ハーミズに関しては、45発投下37発命中らしいが、
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/38/HermesSinking.jpg
とても37発も爆弾が命中したように見えない件について。

668 :名無し三等兵:2010/10/27(水) 09:06:42 ID:iwoH8GOm


669 :名無し三等兵:2010/10/27(水) 20:55:06 ID:???
>>667
英語wikiだとコーンウォールの方は9発ですなあ。
まあ8乃至9発ということしておきましょう。

せっかくなのでもう少し細かく見ますか。
攻撃隊の中でどの艦を攻撃したかが確定してるのは次の通り。

ドセットシャー攻撃(命中31)
・飛龍隊(全機)     18機(命中17)
・赤城隊(第二中隊)   8機(命中7)

コーンウォール機数(命中15)
・赤城隊(第一中隊)   9機(命中8)

蒼龍隊は、投下数と命中数は判明していますが、2隻に攻撃隊をどう配分したかが不明です。
一応、命中数(の一部)はどちらの艦に当たったかは以下の様に報告されていますが。

・一番艦(ドセットシャー)に通6命中
・二番艦(コーンウォール)に通4命中、陸用爆弾命中

日本軍記録の飛龍と赤城の命中弾数から判断すると、
蒼龍は一番艦に7発、二番艦に7発とほぼ均等に命中させていますから、
赤城と同様に1隻に一個中隊を充てたと考えても問題ないでしょう。

670 :GF長官:2010/10/27(水) 20:58:30 ID:???
>>662- そうなりますよねぇ。
>結局最初の急降下爆撃をかわせたか、かわせないかがターニングポイントであって、
松田レポートの勉強会でも開くか。

>>665- まぁ、8発も命中すれば十分かな。


671 :名無し三等兵:2010/10/27(水) 20:59:02 ID:???
>>669  つづき
ということは、攻撃隊の目標配分は次のようだったと推測できます。
(赤城の爆弾不投下の機体がどちらの艦を攻撃した機体かは不明)

ドセットシャー攻撃
・赤城隊:8機
・飛龍隊:18機
・蒼龍隊:9機
合計34〜35機

コーンウォール攻撃
・赤城隊:9機
・蒼龍隊:9機
合計17〜18機

これに日本軍の自称ではない命中弾数を加えて命中率を考えると、
ドセットシャー攻撃の命中率は10/34〜35で34〜35%、
コーンウォール攻撃の命中率は8〜9/17〜18なので、8発命中の場合で44〜47%、9発命中の場合で50〜53%、
攻撃隊全体の命中率として単純に投下弾数と命中弾数で考えるなら、
>>667でも指摘されている通りに18〜19/52で35〜37%といったところですか。

…好条件が揃ってたと言う割には、この数字ってミッドウェーや南太平洋での米軍降爆命中率と実はあまり差がないかも?

672 :GF長官:2010/10/27(水) 21:08:36 ID:???
>>661の続き

これより先0820頃、英第一軽巡戦隊は哨戒中の独駆逐戦隊12隻(>>656)と交戦。
旗艦V187を撃沈しています。
その後、ハリッジ戦隊の救援に駆けつけたという流れです。

英艦隊内の混乱がおさまりつつあった1050時、増援のため出撃した独軽巡マインツが
英第一駆逐戦隊を発見、攻撃を開始した。

[ヘルゴラント・バイト海戦](1050時)

                                     ヘルゴラント島
                                         ↑

    英第一駆逐戦隊         独軽巡マインツ
────△△△△→            ←▲━━━━


         ヴィルヘルムス・ハーフェン
                ↓


673 :GF長官:2010/10/27(水) 21:18:57 ID:???
>>672の続き

軽巡と駆逐艦では勝負にならない。
英駆逐艦に損害が生じ始めたが、すぐに第一軽巡戦隊が助太刀に入った。
1対4では不利と悟ったマインツは反転し、離脱を図ったけれども、運悪く逃走した
方向にハリッジ戦隊の軽巡フィアレスが居り、挟撃されて沈没。

[ヘルゴラント・バイト海戦](1230時)

 ─┐英第一軽巡戦隊(グッデナフ代将)
   └▽ノッティンガム
     ▽ローストフト
      ▽バーミンガム
       ▽サウサンプトン
       └┐
         └─→      ┏━━━━━━
                    ┗━┓
                       ┗▼独軽巡マインツ
                         ┗┓
                           ↓
                           ×沈没(1230時)

                             ↑
                             └┐
                               └─△軽巡フィアレス
                                  └────
                               ハリッジ戦隊(ティルウィット代将)


674 :名無し三等兵:2010/10/27(水) 21:24:52 ID:???
>>669
>英語wikiだとコーンウォールの方は9発ですなあ。
Cornwall was hit eight times and sank bow first about 10 minutes later.
英語wikiにはそう書いてあるわけで、嘘はついて無いんだなあ。

675 :GF長官:2010/10/27(水) 21:26:54 ID:???
>>673の続き

「おっとり刀で駆けつける」とはよく言ったもので、
この時の独艦隊は戦闘準備も整わないまま、各艦バラバラに出撃して各個撃破される
という典型的な逐次投入です。

英艦隊内の混乱(>>661)に乗じることが出来なかった。
「兵は拙速を尊ぶ」が戦史では好んで使われますが、状況によりけりと言えるでしょう。

沈みつつあるマインツの側を5隻の大型艦が通過していく・・・
ついにビーティの巡戦部隊が加わりました。
こうなっては、もはや英艦隊に死角はない。

軽巡相手と思って出撃してきた独艦隊は、悲劇と言うより他はありません。


676 :名無し三等兵:2010/10/28(木) 13:28:45 ID:???
ミッドウェーの時のSBDも結構命中率高いよな
経験の浅いパイロットが多い割には
それとも機体が優秀なのか

677 :名無し三等兵:2010/10/28(木) 15:02:36 ID:p5DvVy/L
>>676
あれは護衛のゼロ戦がTBD狩りに必死になってるスキを狙い
しかも、雲の切れ間から突然現れたので、流石のゼロ戦もどうする事もできなかった
でなかったら全機ゼロ戦の餌食になってる

678 :名無し三等兵:2010/10/28(木) 18:27:47 ID:???
>>677
>でなかったら全機ゼロ戦の餌食になってる

そう単純なものではないよ。
南太平洋海戦では、機動部隊本隊に到達した機数は少なく見張りに発見され有力な零戦隊の迎撃を受けたにも関わらず、
投弾数に対する命中率はミッドウェーを上回るから。<SBD

679 :名無し三等兵:2010/10/28(木) 19:23:40 ID:???
確かにボコボコ落とされているねえ。
南太平洋海戦直前ですら、触接機が長い電報を打っているのを傍受。
「かなり近いようです…ほぼ直上付近」とその時に、瑞鶴の左舷右舷に水柱がどどーん。

これにより、南雲司令長官は、一斉回頭、忍び足で餓島に近づいていたのをやめて
発光信号で付近の艦に反転を命じ、それが届かない前衛や、側面の部隊、に対しては
無線封止を解除、反転命令を出して全力で北上した。

680 :GF長官:2010/10/28(木) 21:06:53 ID:???
>>669- 詳細な報告感謝します。
>>>667でも指摘されている通りに18〜19/52で35〜37%といったところですか。
実際はそんなところなのかもしれませんね。

>>676- そうなんですよねぇ。
珊瑚海でもSBDは外しまくっているんだがなぁ・・・


681 :GF長官:2010/10/28(木) 21:17:03 ID:???
>>675の続き

運悪くその場に居合わせた、独軽巡ケルン(水雷戦隊旗艦・マース少将坐乗)は
すぐさま反転。かなりの被弾があったものの、1256時友軍の軽巡アリアドネが
助勢に入ったおかげで、なんとか逃れることが出来た。

アリアドネは味方駆逐艦からの救援要請を受け出撃したが、霧のために会敵が
かなわず、ようやく霧が晴れたと思ったら、英巡戦群と鉢合わせてしまったという
わけです。
あわれアリアドネは集中砲火を浴びて沈没した。

その後、ビーティ提督は針路前方に敵の機雷源があるとの警報に接し、北方に
変針。1325時、瀕死のケルンを発見してとどめを刺した。
マース少将以下、乗員のほとんどが艦と運命を共にしています。


682 :GF長官:2010/10/28(木) 21:24:15 ID:???
>>681の続き

[ヘルゴラント・バイト海戦](1330時)

    ←───────────┐
                      └┐
                        └┐
              ┏→×沈没    │
            ┏┛ (1325時)   △英艦隊(ビーティ中将)
    軽巡ケルン▲              │
(マース少将)┏┛               │     ━┓
                         ┌┘       ┗┓
                       ┌┘           ▼軽巡アリアドネ
         ─────────┘             ↓
                                     ×沈没(1315時)


683 :GF長官:2010/10/28(木) 21:50:07 ID:???
>>682の続き

英艦隊は凱歌を轟かせながら帰途に就きました。

ご覧の通り、ヘルゴラント・バイト海戦は英国側の圧勝でした。
独海軍側は、せっかく早い段階で奇襲に気付きながらも敵の戦力評価を誤り
ほぼ全滅に等しい被害を受けている。

頼みの主力部隊(戦艦・巡戦)は、干潮のためヴィルヘルムス・ハーフェンから
身動きがとれず、1400過ぎに出撃した頃にはもう英艦隊の姿はなかった。
完敗ですね。

本来、本拠地には幾重もの防衛網が構築されているもので、ヘルゴラント湾にも
25浬に駆逐艦が、12浬に掃海艇が、それぞれ哨戒ラインを張っていた。
そこにハリッジ戦隊がかかったところまで思惑通りだったが、通信不達や天候の
影響で有効に邀撃できなかった。


684 :GF長官:2010/10/28(木) 21:51:59 ID:???
>>683の続き

この北海特有の濃霧は厄介なもので、この後のドッガーバンク海戦やジュットランド
海戦においても、悩まされることになる。
こう考えると、レーダーが如何に画期的な兵器であるかが分かります。
目に見えないものが見えるなんて反則技ですよ。

本海戦の戦訓に鑑み、ドイツ海軍は軽巡の火力強化に努めます。
それまで4インチ砲が主流でしたが、6インチ(14.9センチ)砲搭載となった。
大正4年8月竣工のヴィースバーデン級では、45口径15センチ砲8門を
備え、最新鋭軽巡としてジュットランド海戦に参戦しています。

それにしても、干潮で出撃できないって場所選びを間違ったんじゃ・・・
グーグルアースで見ると、ヴィルヘルムス・ハーフェンの面したヤーデ湾は
浅瀬のような感じですけど、その点柱島は理想の泊地ですね。
・・・爆沈さえしなければ。


685 :GF長官:2010/10/29(金) 23:16:51 ID:???
次スレ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/army/1288357779/

スレ住人の忠勇義烈なる功績は、まことに後昆の仰ぎてもって
永く武人の亀鑑とすべきところなるかな

諸士の霊、それ髣髴として来り饗げよ


686 :名無し三等兵:2010/10/29(金) 23:35:42 ID:???
え? 容量オーバー?

687 :GF長官:2010/10/30(土) 19:04:37 ID:???
>>686 まもなく。
だいたい700レス前後で容量超過が通例ですね。


688 :GF長官:2010/10/30(土) 19:31:12 ID:???
>>684の続き

コロネル沖海戦(大正3年11月1日)

コロネルってどこか分かるかな?
その前に独東洋艦隊について解説が必要でしょう。

日清戦争に勝利し、我が国は遼東半島を得ましたが、露独仏の三国干渉により
放棄せざるを得なかった。
それからわずか2年、明治30年、ドイツ人宣教師殺害事件を口実に膠州湾に
現れた独艦隊は山東半島に上陸し同地を占領。「青島」の誕生です。
ここに各施設を整備して、一大軍港都市と変貌した。


689 :GF長官:2010/10/30(土) 19:33:22 ID:???
>>688の続き

この青島を根拠地としたのが、ドイツ東洋艦隊です。
その任務は、ドイツの植民地である青島や南洋諸島の権益保護。

独東洋艦隊(マクシミリアン・フォン・シュペー中将)
装甲巡洋艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」
軽巡「ニュルンベルク」「ライプチヒ」「ドレスデン」「エムデン」
仮装巡洋艦「プリンツ・アイテル・フリードリヒ」「ヴォルフ」
砲艦「イルッツ」「チーゲル」他
駆逐艦数隻

シャルちゃん、ゼナちゃんは第三帝国の巡戦姉妹ではなく、先代の方ですね。
シュペー提督は、こちらのサイトに写真がありました。

シュペー艦隊
http://ww1.m78.com/topix/spees%20squadron.html

男前ですなぁ・・・本職も髭を生やそうかな。


690 :GF長官:2010/10/30(土) 19:34:18 ID:???
>>689の続き

対する英海軍は、香港を根拠地とする英国支那艦隊(ジェラム中将)を配置しており、
その編制は、
戦艦「トライアンフ」、巡洋艦「ミノトール」「ハンプシャー」、軽巡2隻、駆逐艦10数隻

そして何よりの脅威は、東支那海を隔てた扶桑皇国・・・じゃなかった、
我が大日本帝国海軍ですね。

日本が第一次大戦参戦を決断したのも、この独東洋艦隊の存在が大きく
影響しています。


691 :GF長官:2010/11/02(火) 21:39:59 ID:???
>>690の続き

当初、我が国は局外中立を宣言していた(>>496

英グレイ外相は、ロンドンの井上勝之助駐英大使に「参戦不要」を明言し、
東京のグリーン駐日大使も加藤高明外相に「日英同盟不適用」を申し出ていた。
当時は第二次大隈重信内閣です。

ところが8月7日、グレイ外相は前言撤回。
「中国近海におけるドイツ仮装巡洋艦の捜索撃滅」を依頼してきた。
わずか数日前に中立を公表したばかりなのに、今また参戦を表明すれば、
日本外交の信用は失墜する。


692 :GF長官:2010/11/02(火) 21:42:08 ID:???
>>691の続き

「同盟国を小馬鹿にするにも程がある」
大隈首相は憤ったが、英国には日露戦争の際、多大な恩義がある。
その申し出を無下に断るわけにもいかない。

そこで即日臨時閣議を招集し、深更「参戦やむなし」の結論に到った。
翌8日晩には元老・大臣聨合会議を開催。
当時の元老は、山県有朋、松方正義、大山巌、井上馨、西園寺公望。
その席で「日英同盟の規定に基づき、参戦可能」と決定した。

(註)日英協約第1条
「いずれか危殆に迫るものあるを認むる時は、両国政府は相互に十分にかつ
隔意なく通告し、その侵迫せられたる権利または利益を擁護せんがために
執るべき措置を協同に考量すべし」


693 :GF長官:2010/11/02(火) 21:43:41 ID:???
>>692の続き

ところが、このまますんなり参戦に至ったわけではない。

8月10日、グレイ外相から井上大使に「武装独船撃破依頼の取消覚書」が
手渡された。なんと「やはり参戦は見合わせて欲しい」との言です。

更に更に8月12日には、またもや方針変更して、
「参戦は要請するも、戦闘区域を中国沿岸にのみ限定」と申し出た。
その理由は、
「戦闘区域を制限したのは、日本が軍事行動を起こせば、事に乗じて蘭印
または独領南洋諸島を占領する可能性があるため」

朝令暮改もここにきわまれりー
現政権の”柳腰外交(失笑)”ならまだしも、ここまで愚弄されてよくぞキレ
なかったもんだな。


694 :GF長官:2010/11/02(火) 21:45:43 ID:???
>>693の続き

イギリスの方も、さすがにこの扱いは不味いと思ったのか、

チャーチル海相は「グレイ外相の行動は、大切な戦友を失うことになりかねない」
と反論。それを受けて翌13日、
「最後通牒発行時、領土的要求は含まないとの声明も合わせて発することを
条件に、地域限定しない全面参戦を支持する」と復牒。

そして、お詫びのしるし(?)に、
英キッチナー陸相から、岡市之助陸相宛に、
「英国陸軍が勇敢なる貴国軍と行動を共にするは光栄なり」

同じくチャーチル外相から、八代六郎海相宛に、
「共通の大義に向かい、共通の敵に対し、勇敢にしてシーマンライクな日本海軍と
共に戦うことを喜ぶ」
と、それぞれ打電された。


695 :GF長官:2010/11/02(火) 21:46:39 ID:???
>>694の続き

これにて交渉決着。
8月15日、東京からドイツ政府に対して最後通牒が通告された。

要求は二点で、
「日本および支那海洋方面より、独艦艇の即時退去ならびに武装解除」
「膠州湾租借地のすべてを支那国に還付」
回答期限は8月23日。

今日でも「先の見えない現代社会」や「閉塞感につつまれた今日の日本」等は
マスコミが好んで使う常套句ですが、先人が聞いたら笑われそうですね。


696 :GF長官:2010/11/03(水) 21:19:10 ID:???
>>695の続き

対独開戦には、世論の後押しがあった。

三国干渉については先に述べました(>>688)が、当時の国民が「臥薪嘗胆」を
合言葉に国力の充実に努めたことは、教科書で習いましたよね。
最も憎むべき相手は無論ロシアだが、ドイツもまたそれと同様だったでしょう。

「極東の平和の妨げとなる」という理由で、遼東半島を奪っておきながら、その
舌の根の乾かぬうちに対岸の山東半島を占領、租借してしまったのだから。

三国干渉の折、ドイツが日本に手渡した覚書は、
「露仏独三国ニ対スル戦ハ 所詮日本国ニ望ミナキコトナリト考エルノテ 
貴国ハコノ事件ニ付イテハ譲歩スルコトヲ肝要ト考エル」

これほど外交的配慮の欠けた文言は、終ぞ見たことがない。
青島の独陸海軍は日本人にとって長恨綿々、親子二代にわたる仇のような
ものだったと思われます。


697 :GF長官:2010/11/03(水) 21:20:51 ID:???
>>696の続き

かくて8月23日正午、ドイツ政府からの回答はなく、
「朕、ここに独逸国に対して戦いを宣す」との勅語が交付された。

まず行動を起こしたのは海軍でした。
27日には、第二艦隊により膠州湾封鎖を宣言。

第二艦隊(司令長官・加藤定吉中将)
 第二戦隊(加藤中将直率)海防艦「周防」「石見」「丹後」「沖島」「見島」
 第四戦隊(司令官・栃内曾次郎少将)装甲巡洋艦「磐手」「常磐」「八雲」、砲艦「淀」「宇治」「嵯峨」
 第六戦隊(司令官・上村翁輔少将)巡洋艦「千歳」「千代田」「秋津洲」
 第二水雷戦隊(司令官・岡田啓介少将)巡洋艦「利根」
  第五駆逐隊(潮・子日・若菜・朝風)、第八駆逐隊(白露・三日月・夕立・夕暮)
  第九駆逐隊(野分・白雪・白妙・松風)、第十二駆逐隊(浦波・綾波・磯波・朝霧)
  第十三駆逐隊(朝潮・白雲・陽炎・村雨)

 特務艦「高千穂」「松江」「熊野丸」
 掃海隊「甲掃海隊」「乙掃海隊」
 航空隊「若宮丸」
 特務部隊 工作艦「関東」、病院船「八幡丸」、測量班
 旅順要港部隊 巡洋艦「明石」(第九艇隊・第十一艇隊・第十二艇隊)

お馴染みの艦名が連ねていますが、初代の方ですのでお間違いなく。
主力となる第二戦隊はすべて日露戦争での戦利艦。


698 :GF長官:2010/11/03(水) 21:23:03 ID:???
>>697の続き

主役は、やはりこちらですね。

第一艦隊(司令長官・加藤友三郎中将)
 第一戦隊 戦艦「摂津」「河内」「安芸」「薩摩」
 第三戦隊 巡洋戦艦「金剛」「比叡」「鞍馬」「筑波」
 第五戦隊 巡洋艦「矢矧」「新高」「平戸」「笠置」
 第一水雷戦隊 巡洋艦「音羽」(第一駆逐隊・第二駆逐隊・第十六駆逐隊・第十七駆逐隊)

第一艦隊の任務は黄海・東支那海における敵艦隊の捜索撃滅。

なにしろ、閉塞作戦は日露戦争で懲りていますからねぇ。
また触雷で戦艦を失うようなことになっては目も当てられない。
主力艦を投入しなかったことは賢明な判断と言えるでしょう。

日本海軍の総力を挙げて青島包囲網が完成した。
もはやシュペー艦隊に逃げ道はない。
残された道は降伏しかないように思いますが、この時彼らはすでに膠州湾を脱出し、
日本近海には居なかった。

その行方は何処?


699 :GF長官:2010/11/04(木) 22:08:26 ID:???
>>698の続き

開戦時、独東洋艦隊は各地に分散していた。

装甲巡「シャルンホルスト」「グライゼナウ」→ポナペ島に在泊
軽巡「ニュルンベルク」→メキシコ沖から南洋諸島へ航行中
軽巡「ライプチヒ」→メキシコ沖で通商破壊
軽巡「ドレスデン」→カリブ海で通商破壊
軽巡「エムデン」→対馬海峡を航行中

(註)ポナペ島とは東カロリン諸島、トラックの東350浬

広大な植民地を警護しなければならないから、当然と言えるでしょう。
青島に残っていたのは、砲艦と駆逐艦が数隻程度。

開戦を受けてシュペー提督は全艦隊に下令、
8月12日パガン島(マリアナ諸島・サイパンの北170浬)に集結した。
(ライプチヒとドレスデンは距離が遠かったので間に合わず)

そこで南米経由で本国へ戻ることに決定。
但しエムデンは通商破壊のためインド洋へ。


700 :GF長官:2010/11/04(木) 22:09:41 ID:???
>>699の続き

8月13日 パガン出港
  22日 ニュルンベルク、補給手配のためホノルルへ
9月7日  ニュルンベルク、ファニング島(ライン諸島・ハワイの南900浬)の海底ケーブル中継局を砲撃
  14日 本隊、独領サモアのアピア泊
  22日 本隊、仏領タヒチ島のパペーテ砲撃、仏砲艦ゼレー撃沈
10月12日 本隊、チリ領イースター島に到着(ライプチヒとドレスデン合流)

航路図に関しては、>>689のサイトを参照のこと。

ゲーベン追跡戦とは比較にならない程、広大な太平洋での逃避行。
彼らは本国にたどり着けるのでしょうか。

海路一万五千余浬 万苦を忍び欧州の
祖国の危機を救わんと 急ぐ意気こそ健気なれ〜♪


701 :GF長官:2010/11/06(土) 18:13:32 ID:???
今週の新刊情報
『図解日本軍の小失敗の研究』(三野正洋/著)

似たような本がNF文庫にもあったような。
内容な定番のお話。
例えばダメコンに関して言うと、
「ミッドウェーの敗因は日本空母が密閉式格納庫だったから」
エセックス級の舷外エレベーターと比較して、
「日本側は最後まで密閉式格納庫と中央エレベーター方式を改めようとしなかった。
このようなところにも、日本海軍の研究不足が表れているのである」

信濃って半開放型じゃなかったっけ?
だいたい赤城も改装前は開放型だったし。
それなのに密閉式を採用したのは、「当時の軍人が無能だったから」ではなく、
「開放型にも何らかの不都合があったから」とは考えないんですかねぇ。

まぁ、おいおいと本編で検証していきましょう。
『死闘の海』(>>606)は良書だと思うんですけど、「開戦前に零戦と隼を統一して
おくべきだった」とか見ると、ちょっと残念だなぁ・・・


702 :GF長官:2010/11/06(土) 19:16:02 ID:???
>>700の続き

一方、肩透かしをくらったのが日本海軍。
8月27日の膠州湾封鎖宣言(>>697)に続いて、9月2日には陸軍第十八師団が
山東半島に上陸。本格的な攻略作戦が開始されます。

その上陸支援はもちろんですが、第二艦隊の主任務は独艦隊の捕捉撃滅。
湾内に不在であることが明らかになった今、捜索範囲を広げる必要が出て来た。
イギリスからの要請もあり、第一艦隊(>>698)の兵力を一部抽出して南遣支隊を編制。

南遣支隊(司令官・山屋他人中将)
第三戦隊 巡洋戦艦「鞍馬」「筑波」
       巡洋艦「浅間」
第十六駆逐隊 駆逐艦「海風」「山風」

9月中旬、独艦隊がサモアに現れた(>>700)との報を受け、南太平洋方面に出撃。


703 :GF長官:2010/11/06(土) 19:17:26 ID:???
>>702の続き

更に10月に入ると、南遣支隊が増派されます。

第二南遣支隊(司令官・松村龍雄少将)
第一戦隊 戦艦「薩摩」
第五戦隊 巡洋艦「矢矧」「平戸」

先の南遣支隊は「第一南遣支隊」に呼称を変更。

これら両南遣支隊には敵艦隊捜索とは別に、重要な任務を与えられていた。
それは「対敵行動の上から重要とされる独領植民地の占領」でした。


704 :GF長官:2010/11/06(土) 19:18:28 ID:???
>>703の続き

10月6日のマーシャル諸島ヤルートを皮切りに、クサイエ・ポナペ・トラック・
サイパン・ヤップ・パラオ・アンガウルと、ほぼ全域を手中に収めた。
おや?開戦時に「領土要求はしない」と言ってなかったっけ・・・

案の定、各国からの指摘を受けることになります。
その代表がアメリカとオーストラリア。

早速アメリカでは『ワシントンポスト』他の主要紙に、「日本軍の行動区域に関して、
日本の宣言したところとは違っている」との社説が掲載された。
しかしブライアン国務長官が「日本軍の行動は米国にとって大いに満足すべきこと
である」との声明を発表したので、日米間の波風はそれほど大きくならずに済んだ。


705 :GF長官:2010/11/06(土) 19:19:49 ID:???
>>704の続き

そして、問題のオーストラリア。
意外とここは”知る人ぞ知る”厄介な国なんですよねぇ。

そもそも開戦時に、英国の参戦要請が「行動区域の限定」をめぐって二転三転したのも、
オーストラリアからの圧力(?)があったからだと言われている。
つまり、彼らも太平洋の独領植民地を狙っていたのです。
事実、開戦と同時に独領サモアを占領している。

かの神出鬼没、インド洋での通商破壊で連合国を悩ませた独軽巡エムデンですが、
彼女を沈めたのは豪巡洋艦シドニーです。
ただ、そこには複雑な事情がからみ合っていました。


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